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 悪夢の中での戦いに勝利した翌日。

 すがすがしい朝は一瞬のうちに過ぎ去り、現実に戻った蜜樹は家で悶々としていた。
 何故なら校長先生の誤解は解けたものの、今日も南高校に登校できないからだ。
 クラスメイトたちの誤解がきちんと解けているのかもわからない。
 悪夢から解放されたものの、蜜樹の心はどうにも晴れなかった。
 そして悪夢の中の出来事は、例えそれがレッドバクスターの仕掛けた罠だったとわかっていても、蜜樹の心に深い傷を残していた。

「もしあの夢のように皆にばれたら……はぁ〜」

 ベッドから上半身を起こしたままため息をつく蜜樹。

(先生、あれはあいつが作り出した悪夢なんです。心配しなくても大丈夫ですよ、みんな友達じゃないですか)
「ありがとうハニィ。それはわかっているつもりなんだけど、でもあれはきつかったよ」

 一昨日教室で受けたクラスメイトたちから受けた非難の視線を上回る、悪夢の中の彼らの凍りつくような冷淡な表情を思い出して蜜樹は身震いした。

 そんな蜜樹の気持ちを知ってか知らずか、毛布の中で嬉しそうに蜜樹にじゃれついていたシャドウガールが心配顔で顔を出す。

「ハニィ、寒いのかニャ?」
「え? ううん」
「なんだか元気が無いんだニャア」
「心配しないで、大丈夫だから」

 気を取り直してシャドウガールの頭をなでる蜜樹。
 シャドウガールは嬉しそうに目を細めて喉をゴロゴロと鳴らす。
 その時、蜜樹の携帯が鳴り出した。
 電話の主は相沢謙二だった。

「もしもし、委員長なの?」
『ハニィ、今日も登校停止なんだろう? 大丈夫か?』
「うん、大丈夫。それに明日は登校してもいいみたいだから」
『そうか、良かったな。でもそれにしちゃ元気無いぞ』
「それが……嫌な夢を見て」
『夢? 何だそりゃ? ハニィらしくないなぁ。そんなの気にするなよ。がんばれよ。明日待ってるからな』
「うん、ありがとう」

 謙二の電話はそこで切れた。

「委員長、心配してくれたんだ。相変わらずいい奴だな」
(そうですね)
「ハニィ、誰からの電話だったんだニャ?」
「委員長よ」
「ああ、あいつか。あたしあいつと相性抜群なんだニャ。また合体したいんだニャア」

 首を上げたシャドウガールがにっと笑う。

「駄目よシャドウガール。もう人間に合体しちゃいけないよ」

「でもハニィを助ける為には……」と言いかけて蜜樹に睨まれると、シャドウガールは困ったように前足でぽりぽりと頭をかいた。

「うーん、わかったニャ」

 その時、蜜樹の携帯が再び鳴り出した。今度は非通知で相手は誰なのかわからない。

「非通知? 誰だろう? ……もしもし」
「生田さん?」
「は、はあ、そうですけど」

 電話の相手は女性だった。

「話は聞かせてもらったわ。生田さん、今から桜組に来なさい」
「え? あ、あの、あなたは……」
(この声、洞井先生だ)
「……洞井先生?」
(姫高の時の担任です)
「そうよ、あたしよ。ねえ生田さん、あなた姫高の制服まだ持っているんでしょう? 着てらっしゃいな」
「え? でもあたしは転校したのに」
「構わないわよ。このあたしが、担任の洞井俊子が許可するんだから問題無いわ。待ってるわよ」

 プツッ――

 電話はそこで切れた。

「ちょ、ちょっと待って……うわぁ、強引な人だなぁ」
(相変わらずマイペースな洞井先生。くすっ)
「ハニィ、どうしよう」
(先生さえよろしければ、行ってみませんか?)
「姫高の桜組と言うと、マリアちゃんもいるんだよな」
(はい。そしてあたしのクラスメイトたちも)
「文化祭で会ったあのクラスメイトたちか。うーん、今日は何もできないし……行ってみるか」

 蜜樹はベッドから立ち上がった。

「ハニィ、どこに行くんだニャ?」

 そして、ベッドの上から見上げてくるシャドウガールに、にっこりと微笑んだ。

「学校に行ってくる」
「ハニャ?」





戦え! スウィートハニィU

第8話「決戦前夜」

作:toshi9






8:45 生田生体研究所

 クリーニングされ、ビニールカバーを被せられた姫高の制服をドレッサーから取り出すと、蜜樹はビニールを外してパジャマから着替え始めた。
 着ていたパジャマを脱いで新しいブラジャーとパンティにはき替え、その上に白いブラウスを着る。そして青いジャンパースカートを被って脇腹のファスナーを上げると肩のボタンを留めた。

「うわぁ胸がきっつーい。でも何とか着れるか」

 着替え終えて、制服の窮屈さに思わず両手で両胸を押さえる蜜樹。

(変身前に着ていた服ですから、胸のサイズが小さいですよね……すみません)
「え? あ、ごめん」
(何謝っているんですか? これが本当のあたしのサイズなんですからしょうがないです……)

 そう答えつつも、自嘲気味のハニィの声にはちょっぴりくやしさが滲んでいた。
 まあブラウスはともかく、ジャンパースカートはゆったりめに作られていたので、体型が変化した現在の蜜樹にも何とか着ることができた。

 胸のリボンをつけると、ドレッサーの扉に備え付けられた鏡の前に立ってみる。
 そこに映っているのは、机の上に飾られた写真と同じ姫高の制服を着た自分の姿だ。

「う〜ん、姫高の生徒じゃないのに、本当にこの制服を着て行っていいのかなぁ……?」
(洞井先生なら大丈夫ですよ。ちょっとおせっかい焼きで突っ走るところがあるんですけど、学校から信頼されてますから)

「そうか……よし、まあ行ってみるか」

 トントンと一階に下りると、白衣を着た幸枝が研究フロアに向かおうとしていた。

「お母さん」
「あら蜜樹、その制服」
「あの、姫高の担任だった洞井先生が遊びに来いって。姫高の制服を着て」
「まあ、洞井先生が?」
「うん。今日もすることないし、ちょっと行ってみようかなって思って」
「いっそのこと姫高に転校する?」
「ええ? い、いやそれは……」
「ふふ、冗談よ。でもあなたにその気があるなら、姫高の理事長に相談してみるわよ」
「それは……それはないです」
「そうね、わかっているわ。……じゃあ、あたしは今から賢造さんや宝田君と打ち合わせがあるから、行ってらっしゃい」

 そう言って、幸枝はにこっと笑う。

「あ、あの……」
「よく似合ってるわよ。南高校の制服もいいけど、あたしには……あ、何でもない。じゃあ行ってらっしゃい」
「うん、行ってきます」

 蜜樹の返事に、手を振ってドアを閉じる幸枝だった。

「姫高までどれ位かかるんだっけ?」
(1時間くらいです。着くのは2時間目の授業中ですね)
「授業中ねぇ。入るのがちょっと恥ずかしいな」
(行くって決めたんですから、とにかく行きましょう)
「はははっ、そうだな」
 
 研究所を出て駅に向かう蜜樹。
 その姿を上空から黒い影がぴたりと追っていた。


蜜樹・姫高制服姿(illust by MONDO)



8:50 南高校二年C組

 ホームルーム後のざわついた教室の中 机に座る謙二の後ろから幸がつんつんと背中をつっつく。

「ねえ、委員長」
「ん? どうした、桜井」
「ハニィ、どうしてるかな……」
「朝電話してみたけど、ちょっと落ち込んでいるみたいだったな」
「そっか」
「どうしたんだ? 元気無いな」
「あたし、ちょっと言い過ぎたなって思って」
「ハニィにかい?」
「うん」
「今更言い過ぎただなんて……桜井もみんなも、彼女の言うことに全く聞く耳を持たなかったじゃないか。よってたかってハニィをいじめて。お前なんか先頭に立って食って掛かってたじゃないか」
「ごめん。あたしも反省してるんだって。それに……」
「それに? 何か気になることがあるのか?」
「如月先生のことなんだけど」
「先生がどうしたんだ?」
「……何か違うんだ」
「違う?」
「うん。先生なんだけど、先生じゃないような、そんな感じ」
「変なことを言うんだな。どこをどう見ても如月先生じゃないか。そりゃ失踪している間に何かあったのかもしれないけれど、先生は先生だし」
「委員長、ほんとにそう思う?」
「違うのか?」
「あたし、なんだか違和感を感じるの」
「違和感?」
「うん。最初は嬉しくって嬉しくって、あたしの先生が帰ってきてくれたって興奮してたんだけど、落ち着いてきたら何だか胸の奥がざわざわするの。あれは先生だけど先生じゃないってあたしの中で何かが騒いでいるの」
「へぇ〜? 愛のなせる業って訳かい?」
「ん〜、わかんないけど……そうね、きっと愛のなせる業ね」
「おいおい、そういう時はもう少し恥ずかしそうに答えるものだろう。そんなに胸張って言われてもなぁ」
「あたしの先生への思いは、そんな生ぬるいものじゃないってことよ」
「はいはい、わかったわかった。で、何をどうしようって言うんだ?」
「あたし確かめてみたいの」
「確かめてみたいって?」
「それは……その……」

 幸が何かを言おうとしたその時、クラスの女子生徒の一人が彼女に話しかけた。

「ねえねえ幸、聞いた?」
「え? なに?」
「昨日お化けが出たんだって」
「お化け?」
「養護室の愛子先生が、帰りがけに旧校舎横を歩いていたら出たんだって。人間より大きなネズミとかサンショウウオとか、真っ白い虎とか大きな黒い烏とか、そんなお化けがぞろぞろと旧校舎に出入りしていたらしいわよ」
「それって……」
「どうしたの? 委員長」
「そのお化けって、もしかして……」

 ガラガラ――

「……おっと、先生だ」

 教室内のあちこちでしゃべり合っていた生徒たちが、慌てて席につく。

「みんな、何を騒いでいるんだ? さあ、授業を始めるぞ」

 それはいつもと何ら変わらぬ、爽やかな如月光雄だった。

「そのお化けって『虎の爪』の怪人じゃないのか?」と言いかけた謙二の思考もそこで中断してしまった。

 養護教員・宮下愛子の見たお化けとはいったい何だったのだろうか。




9:00 生田生体研究所

 研究所の一室には研究所の全所員が集合していた。賢造は難しそうな表情でじっと腕組みしたまま話を切り出そうとしない。
 そんな彼に向かって、幸枝が問いかける。

「あなた、どうしたの? わざわざ全員を集合させるなんて」
「うむ、宝田君の情報によると、どうも不穏な動きがあるらしい」
「不穏な動きですって?」
「はい、ここのところ警察に寄せられる『虎の爪』の怪人らしき異形の目撃情報が、急に増えているんです」

 起動したパソコンを前にした宝田が、賢造に代わって答える。

「どういうこと?」
「恐らく、『虎の爪』の残党がこの町に集結しているのではないかと思われます」
「この研究所は奴らのアジトではなくなったのに?」
「はい。理由はまだわかりませんが、とにかく何か新たな動きを始めたのは確かなようです」
「ふむ、恭四郎は未だ行方をくらましたままだったな」
「未久ちゃんって女の子に化けていたんでしょう? 今もまだあの子の姿のまま何食わぬ顔して暮らしているの? 全く気持悪いったら」
「あの少女の姿のままで潜伏しているのか、それとも別な姿に変わったのか、私の掴んだ情報ではわかりません」
「本題に入ろう。宝田君、それで君の情報分析の結果はどうなのだ?」
「はい、これを見てください」

 宝田がノートパソコンをキーボードを叩くと、天井からゆっくりと白いスクリーンが下りてきて、地図が映し出された。

「これは……この町の地図ね?」
「はい。そしてこの地図に目撃情報の日時と場所をマッピングしていきますので、見ていてください」

 そう言って再びカチャカチャとキーボードを叩くと、宝田はリターンキーを押した。
 すると、町の地図の各所にいくつもの光点が点滅する。そしてその光点が徐々にある場所に移動していく。

「こ、これは!?」
「そうです。彼らが徐々に1点に集結しているのがわかると思います」
「うむ。しかしこの場所は」
「はい。如月先生の偽者が現れた真の目的とは、もしかしたら……」
「うーむ、このことを早く蜜樹に知らせないと」
「お嬢さんはどちらに? 所内にいるのではないのですか?」
「蜜樹なら姫高に行くって言って出て行ったわ。昔の担任に呼ばれたらしいの」
「それではすぐに携帯でお教えしては?」
「ちょっと待って……あれ? 通じない。どうして?」

 幸枝が蜜樹の携帯に電話しようとしても、何故か通じない。

「どうして?」
「嫌な予感がするな、蜜樹を追いかけるか」
「その役目、あたしがやるんだニャ」
「あら、シャドウガールちゃん」

 いつの間に室内に入ってきたのか、入り口のドアの前にちょこんと座った1匹の子猫が賢造に話しかける。勿論シャドウガールだ。

「姉さんから連絡が入ったんだニャ。ハニィが危ないって。応援に行くから、それまでハニィを頼むって」
「蜜樹が危ない? 何が起こっているの?」
「ニャア!」

 シャドウガールは、姉のシャドウレディから伝えられたことを3人に話し始めた。




10:00 姫高校門前

 姫高の制服を着た蜜樹は、恐る恐る姫高の校門を通り抜けた。既に授業中の校内はシーンと静まり返っている。

「うー、なんか緊張するな、黙って他校に入るなんて……さてと、桜組はっと」
(先生、こっちです。階段を上がって2階を左に曲がった突き当たりが桜組です)

 ハニィの言葉に促されて階段を上がると、蜜樹は廊下を突き当たりに向かって歩いた。
 そこに「二年桜組」の札が下がっている。

「入っていいのかな」
(大丈夫じゃないですか? そっと開けてみましょう)
「うん、それじゃあ」

 教室の後ろの扉を恐る恐る開く蜜樹。

 パシャ!!

 途端にストロボがたかれる。

「うわっ!」

 眩しさに右腕で顔を覆う蜜樹。

「お帰り、ハニィ」
「ええっと、あなた確か……コタロー……君」
「ハニィ!」
「戻ってきたのね」
「マタイッショデスネ、ハニィ」

 マリアが、コタローが、そしてルミナやレンといったクラスメイトたちが一斉に振り向いて嬉しそうに蜜樹を見詰めている。

「あ、あの、違う、違うの。今日は洞井先生に呼び出されて」
「二年桜組にようこそ、生田さん」

 教壇に立っていた女教師がにこやかに蜜樹に声をかける。

「待っていたわよ、ね、みんな」

 洞井先生がパチッと指を鳴らす。
 その瞬間、クラスメイト全員の表情が一変した。

 ガタッ――

 教室の生徒が一斉に立ち上がる。

「み、みんな、どうしたの?」
「ふふふふ……」




同時刻 生田生体研究所

「……という訳なんだニャ」
「では蜜樹をターゲットにした『ハニィ抹殺計画』なる計画が発動しているというのか?」
「そうなんだニャ。ハニィへの復讐だけじゃない、ハニィの人格まで消し去ってシスター・ミクの奴隷に、悪の手先にしてしまおうという計画を進行させているらしんだニャ。ショドウレディ姉さんによると、ハニィを大幹部に仕立てて『ネオ虎の爪』の活動を一挙に日本全国に拡大しようというのが恭四郎、いや、シスター・ミクの計画なんだと」
「なんてひどい計画。パンツァーレディに仕立てられた奈津樹と同じ仕打ちを蜜樹にしようというの?」
「うん。だから姉さんがハニィを絶対に彼らの手に渡すんじゃないって」
「シャドウガールさん、そのシスター・ミクというのは?」
「相沢未久という少女の姿を奪ったまま恭四郎は、愛らしい姿をそのまま利用しようとしているらしんだニャ。己の野望と悪の組織のカモフラージュにするために」
「なるほど、だんだん奴の計画が読めてきました。副所長、これを見てください」

 スクリーンでは一箇所に集約した光点から一つの光点が抜け出てきたかと思うと、その光点は別の地点に移動し始めていた。
 そしてその光点が止まった場所は姫高だった。

「これはどういうことだ?」
「情報が不十分ですが、お嬢さんが姫高に呼び出されたというのは、もしや……罠」
「罠ですって!? 蜜樹が危ない!!」

 立ち上がった幸枝が悲鳴を上げる。
 と同時に、シャドウガールが窓から外に飛び出していった。




10:15 姫高桜組教室

 その頃蜜樹は桜組のクラスメイトたちに組み伏せられていた

「みんな、どうしたの?」
「ふふふ、生田蜜樹、いや、スウィートハニィ、お前もこいつらと同じようにあたしの奴隷になるんだよ」
(先生、こいつは洞井先生じゃありません)
「き、貴様、洞井先生じゃないな……何者だ!」
「くっくっく、『スィートハニィ抹殺計画』は発動した。お前は死ぬんだ……スウィートハニィ」

 不気味に笑う洞井先生の口が巨大な針に変化した。 
 その先端からは、禍々しい赤い色の液体がしたたり落ちている。

「グブグブ……私に血を吸われた人間は私の思うままになるのさ。生きたまま人形にしてしまうことだってできるんだよ。ほらこんな風にね」

 そう言いながら洞井先生が掃除用具を入れたロッカーに歩み寄ってその扉を開くと、中から1体の等身大のマネキン人形がばたりと倒れ落ちた。その顔は洞井先生そっくりだった。
 無表情なその顔には、うっすらと涙が滲んでいる。

「この人形……まさか、本物の洞井先生!?」
「ふははは、この女教師の記憶と姿は私がいただいた。そしてここにいる生徒たちは全員が私の意のままに動く人形だ」

 しゃべり続ける洞井先生の偽者の姿が陽炎のように揺れると禍々しい姿に変わっていく。それは蚊のような姿をしたオレンジ色の怪人だった。

「我が名はオレンジモスキート」
「みんなに何てひどいことをっ。先生を、みんなを元に戻しなさい!」
「ふぉっふぉっふぉっ、そんなことを言ってられるのかな?」

 パチン

 オレンジモスキートの左手の指の合図と共に、焦点を失った目をしたクラスの生徒が一斉にハニィに向かってくる。

「みんな、目を覚まして!」
「ハニィ……あなたも仲間になるんだです」
「ハニィ、君の笑顔を撮らせてくれ、僕らの仲間になった喜びにあふれた笑顔を」
「ハニィ、最高の舞台が待っているわ。世界征服という最高のショーが」

 マリアが、コタローが、ルミナが蜜樹に迫る。その耳元には何かに刺されたような赤いあざがついている。

(先生、みんな操られているだけです)
「ああ、わかってる。みんなには手出しできない……だが、どうすればいいんだ」

 じりじりと後退する蜜樹。

「さあ、お前も大人しく私に血を吸われるがいい。抵抗すればこいつらは皆殺しだ。私が死ねと言えば、全員が喜んで死を選ぶぞ」

「くっ!」

 たじろぐ蜜樹をコタローとマリアが左右から組み伏せる。

「さあ、先生が吸いやすいようにするんだです」

 マリアが蜜樹の首を押さえつける。

「マリアちゃん離してっ。あたしよっ、蜜樹……いえ、ハニィよっ」

 蜜樹の声に、マリアがピクッと反応をする。

「蜜樹……ハニィ……」
「そうよ、あたしよ、マリアちゃん、目を覚まして!」
「ハニィ、ハニ……ハニィ!」

 焦点を失っていたマリアの目に、急速に光が戻ってくる。

「……ちっ!」

 オレンジモスキートが、再び洞井先生の姿に変わった。

「桜塚さん、どうしたの? 戻ってきた生田さんを皆で歓迎するんでしょう、みんな仲間なんでしょう、ほら、彼女もあたしたちの仲間にするのよ」
「仲間にする……あたしたちの……ち、ちが……う……です……」

 頭を押さえたマリアは苦しそうにうめくと、その場にバタリと倒れてしまった。それと同時に、彼女の耳の中からプーンと蚊が飛び出てくる。

「この娘、私の支配を跳ね返すとは……なんという精神力だ。しかたない、みんな一斉にかかれ!」

 ある者は馬乗りになり、ある者は足を、ある者は両手を押さえつける。
 蜜樹は一斉に飛び掛ってきたクラスメイトたちに完全に組み伏せられた。

「やめて! みんな、やめてっ!」
「さあ、お前も仲間になるんだ、スウィートハニィ!!」

 再び怪人の姿になったオレンジモスキートの針状の口が、蜜樹の首筋に徐々に近づいていく。
 まさに絶体絶命の危機!




 と、その時

 ガシャーンッ――!!

、教室の窓ガラスをぶち破って、一匹の子猫が飛び込んできた。

「間に合ったニャ!」
「シャドウガール!」

 すっくと立ち上がる子猫、いやシャドウガール。

「ハニィ、無事かニャ?」
「あまり無事じゃないけど……」

 クラスメイトたちに組み伏せられたまま答える蜜樹。

「こいつら変なんだニャ」
「その怪人に操られているの、何とかならない?」
「何とかしてもいいのかニャ?」
「何でもいいからお願い!」
「わかったニャ」

 シャドウガールはそう言うと、倒れている女子生徒の体に飛び込んだ。
 みるみるその頭から猫耳が生え、ジャンパースカートの中から尻尾がにょきにょきと生えてくる。

「シャドウガール、見参だですニャ!」

 シャドウガールが合体したのは。マリアだった。

「ニャンだか言葉が変だですニャア」

 ぽりぽりと頭をかくシャドウガール。その手が髪飾りに触れると、巨大ハリセンがその手の中に現れる。
 そのハリセンをじっと見詰めるシャドウガール。

「この武器、すごいんだですニャ。……参るですニャ!」

 視線を戻したシャドウガールは、生徒達の間を駆け抜けると手に持つハリセンを次々に生徒達の頭にヒットさせた。
 その度に彼らの耳の奥から一匹、また一匹、ふらふらと蚊が飛び出てくる。
 生徒達は次々と正気に返る。コタローが、マッチが、ルミナが、レンが、サラが、次々に不思議そうにキョロキョロと自分のまわりを見回した。

「あれ? 俺ってどうしたんだっけ……」
「あたしたち、今まで何を……」
「ええっと、ホームルームで洞井先生のお話を聞いている時に何かに刺されて、何だかわけが分からなくなって……」
「ちょっと! ハニィじゃない!?」
「え? あれ? どうしてここにハニィが? それにその姫高の制服……そうか、ハニィ、戻ってきたんだ」
「違うの、みんなっ!」
「え!?」
「……こいつら全員正気に戻ったというのか? どういうことだっ!?」
「何よこの化け物はっ……そうかっ! これは事件ねっ!!」
「うわぁ、バケモノだっ!!」
「キャアァッ!!」
「みんな落ち着くんだですニャ!!」
「桜塚さん、その格好はなんですの?」

 正気に戻った生徒たちはマリアの、いやシャドウガールの格好に気がつき彼女のほうを見る。そこには猫耳と尻尾を生やした、まるで猫少女のコスプレをしているかのようなマリアが困ったような顔をして立っていた。

「ふにゃ〜」
「みんなっ! 大丈夫!?」

 今度は蜜樹が正気に戻った彼らに声をかける。

「え? う、うん。でも何があったんだ?」
「話は後! みんな早く逃げてっ!!」
「くそう、逃がすものかっ。娘たちよ、集まるのだ」

 オレンジモスキートの言葉を合図に、生徒達から抜け出てきた蚊は一箇所に集まると大きな蚊柱を作った。密集した蚊は塊りとなって徐々にひとつの姿を取り始める。
 それはオレンジモスキートを小さくしたような怪人の姿だった。

「我が娘よ、スウィートハニィを倒せっ!」

 オレンジモスキートの言葉に従うように、蜜樹に近づく小さな蚊怪人。

「させるかだですニャ!」

 怪人に向けてハリセンを振るうシャドウガール。途端にオレンジモスキートそっくりのその姿は、まるでハリセンを避けるかのように上下に分かれる。だが、すぐにくっつくとオレンジモスキートの姿に戻る。
 それは何度やっても同じことだった。
 シャドウガールはハリセンを振りながら、はぁはぁと荒い息をし始める。

「こ……こいつ、やってもやってもキリが無いだですニャ」
「ふははは、無駄だ無駄だっ。私の娘たちは無敵さ……お前から血祭りに上げてやるっ!」

 オレンジモスキートは飛び上がると小さな蚊怪人と共に教室内を飛び始めた。

「うわぁ、気持ち悪いっ」

 天井近くを飛んでいた怪人は、やがて狙いを定めたように二体同時にシャドウガールに襲い掛かった。同時攻撃に一瞬ハリセンが遅れるシャドウガール。その隙にオレンジモスキートはシャドウガールの背中にへばりついて首筋に針を突き立てると、チューチューと血を吸い始めた。

「いやああああああっ!!」

 それを必死に振り払おうとするシャドウガール。だが両手両脚をピタリと体に絡めたオレンジモスキートは離れない。
 シャドウガールの顔がみるみる蒼ざめていく。

「ふにぃ、力が……抜ける……」
「ふふふふ、この姿と力、私がいただく」

 必死で振り払おうとするシャドウガールの手が頭の髪飾りに触れ、ぽとりと床に落ちる。途端にハリセンはその手から消えてしまった。
 やがてその手の力も徐々に弱々しくなり、腕がだらりと垂れ下がる。

「シャドウガールっ! マリアちゃんっ!」
「ハニィ……助け……て……」

 蒼白になった顔から表情から消え、マネキン人形と化していくシャドウガール。一方血を吸い続けるオレンジモスキートの醜い姿も徐々に変化し始めていた。
 そう、その姿はシャドウガールが合体したマリアの姿に変わっていた……即ち、猫耳と尻尾を生やしたマリアの姿に。
 但し、その頭にマリアの髪飾りは無い。

「どうだですニャ? この姿は」

 勝ち誇るように蜜樹の前に立つオレンジモスキート。

「貴様! よくもっ! 元に戻せ!! シャドウガールをマリアちゃんをっ! 洞井先生をっ!」
「ふっふっふ……元に戻して欲しくば今夜南高校の旧校舎に来るんだです。お前一人でな。さらばだニャ」

 その姿のまま背中から羽を生やすと、オレンジモスキートはシャドウガールがぶち破った教室の窓から飛び去っていった。
 それを呆然と見送るハニィの足元には マネキン人形と化したマリアと洞井先生が残されるのみだった……



(続く)





Special Thanks !
MONDOさん、こうけいさん、きりか進ノ介さん、猫野さん、K.伊藤さん、天爛さん


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