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(前回のあらすじ)

 相沢謙二の妹・未久になりすました謎の男は、本物の未久を怪人「ホワイトガール」に作り変えてしまうと同時に、蜜樹に接近して情報を探り出そうとする。

「未久もハニィお姉ちゃんが変身するところを見たかったな。ねえお姉ちゃん、今ここで変身できないの?」
「残念ながら、今はもう変身できないのよ」
「ふうん、な〜んだ……できないんだ……」

 一瞬、ぞくりとした笑いを浮かべる偽の未久。
 だが、次の瞬間にはあどけない少女の笑顔に戻って、蜜樹に次々に質問を浴びせ続ける。
 彼女?の問いに何気なく答えていく蜜樹だが、その情報は丸裸にされていった……

 その夜、謙二の部屋に現れる未久。と、突然怪人ブルーイソギンチャクが二人に襲い掛かった。
 謙二は未久を庇おうとするが、ブルーイソギンチャクの目標は謙二自身だった。怪人は謙二の体に取り付き、謙二の身体と心を支配しようとする。
 謙二はこのまま『虎の爪』の手中に落ちてしまうのだろうか……

 蜜樹はこの事実を、まだ知らない。





戦え! スウィートハニィU

第4話「謙二の受難」

作:toshi9





「ふふっ、どお? お姉ちゃん。女の子になった気分は」

 ひざまずく謙二を見下ろしながら、未久は冷ややかに笑った。

「あの……何だか不思議な気分……あたし……これが本当のあたし……」

 女性の体に変わってしまった己の身体を見下ろし、盛り上がった両胸を左右の手で持ち上げながら未久に答える謙二だが、突然体を両手で抱き締め苦しみ出した。

「違う! 違う違うっ、俺は女じゃないっ。俺は、俺は……相沢謙二……男なん……だ――」
「ちっ、ブルーイソギンチャク、どうした!」

 謙二は膝立ちでのけぞり、苦悶の表情を浮かべてがくがくと体を振るわせる。
 その膨らんだ胸が、ぷるぷると揺れた。

「あ、あうっあうっ……うくぅ……ぁぁ、……はぁはぁ――」
「ちっ、まだブルーイソギンチャクの支配が不十分なようだな……」

 焦点の定まらない謙二の目を、未久はじっと見詰めた。
 その瞳が蒼く輝き始める。

「お姉ちゃん……お姉ちゃんはあたしのお姉ちゃんでしょう? ……勿論生まれた時からずっと女の子……ねっ、そうでしょう?」
「あたし……女の子……ああ……そう……そう……だった……かも……」

 未久の瞳をぼーっと見詰め返す謙二。その中で、兄として彼女に接してきた記憶が、次々に「姉」としての記憶に書き換えられていく。

 小さい未久をお風呂に入れてやったこと。
 未久の宿題を見てやったこと。
 一緒にプールに行ったこと。
 母親が病気で寝込んだ時に、二人で一緒に料理を作ったこと……

 記憶の中の謙二はある時は未久そっくりの小学生に、ある時は中学女子の制服姿に、またある時はスクール水着姿に、そしてエプロン姿の女の子に変わっていった――

「お姉ちゃん……お姉ちゃんはあたしのお姉ちゃんなのよ……そうでしょう?」
「そ、そうだ……ね……そ、そう……そうよ……あたし……あたしは――」
「ふふふ、その記憶が染まれば染まるほどお姉ちゃんはブルーイソギンチャクに取り込まれていくの。そして最後はお姉ちゃん自身があたしに忠実な怪人ブルーイソギンチャクになってしまうんだよ。お姉ちゃんが気が付かないうちにね。でもそれって気持ちいいでしょう?」
「は、はぁはぁ……」

 謙二は頬を桜色に染め、肩で大きく息をする。
 未久のささやきを聞いていると、その体中を言いようのない高揚感が駆け巡る。
 彼の心をブルーイソギンチャクがしゃぶったのだ。

「なに、この気持ち。あたし……は……そうだ、あたしは未久様に従わなければいけないんだ……」
「ふふっ、お姉ちゃん、いつまでも裸のままじゃ風邪をひいちゃうから……これを着るといいよ」

 未久は謙二の様子を見て満足気に笑うと、携えていた紙袋を謙二に向かって放り投げた。

「はぁはぁ、はぁはぁ……はい」

 謙二が紙袋を開けると、中にはピンクのレオタードが入っていた。
 目の前でレオタードを広げる謙二の中を、再びぞくぞくとした快感が駆け抜ける。
 謙二は再びブルーイソギンチャクの中に取り込まれようとしていた。

「ふふふふ……それ、ママがいつもエアロビに着ているレオタードなの。お姉ちゃんにぴったりだと思うよ」

 謙二が布切れを広げてみると、それは光沢のある滑らかな生地で出来たレオタードだった。

「これを、着る……あたしが……」
「そうよ、だってお姉ちゃんは女の子なんだから」

 謙二はゆるゆると立ち上がると、広げたレオタードに足を通し、するすると引き上げていった。そのピンクの薄い生地は今の謙二の何も無い股間にぴちりと密着する。細くなった腰と大きな胸の盛り上がりは、その上に覆い被せられた光沢のある滑らかな生地によってさらに強調される。
相沢謙二♀ レオタード姿
(illust by MONDO) そう、謙二が身にまとったレオタードは彼の身体の柔らかなボディラインを一層艶かしく浮き上がらせていた。尤も首から上は元の謙二のままでなのだが、その姿は不思議と違和感を感じさせない。それは謙二を取り込んだブルーイソギンチャクの能力によるものなのか、今の謙二はボーイッシュな女の子と言ってもおかしくなかった。

 レオタードを着終えて恥ずかしそうに顔を赤らめ、両手で股間を隠して立つ謙二の姿を、未久はベッドに座ったままにやにやと見詰めた。

「ふふふ、かわいいよお兄ちゃん……おっと、お姉ちゃんだったね、へへっ。でもお姉ちゃん、あたし以外の人間には今まで通りのお兄ちゃんとして振舞うんだよ」
「……わかりました、未久様」
「ところで、あたしお姉ちゃんに聞きたいことがあるんだ」
「はい、何でしょうか?」
「スウィートハニィのことよ。あたしは少なくとも三人のスウィートハニィを知っている。かつてパンツァーレデイがとどめを刺したハニィ、シスターとして振舞っていたあたしの本体を喝破して『虎の爪』を壊滅させたハニィ、そして今生田生体研究所で暮らしているハニィ。三人のハニィは同じ人間なの? ずっとハニィの身近にいたお姉ちゃんだったらわかるでしょう」
「さあ、あたしにもよくわかりません。ただ……」
「ただ?」
「あたしが初めてスイートハニィに出会った頃、彼女の正体をクラスメイトの桜井幸と思っていました。彼女自身からそう聞きましたし、桜井が『虎の爪』と戦いながら如月先生やハニィに変身しているんだと思い込んでいたんです」
「違ったの?」
「はい。怪人事件の後、桜井は『虎の爪』と戦っていたハニィのことは何も知らないって言い張っています」
「彼女が変身していたのではないと言うの?」
「そうです。姫高から転校してきたハニィ……生田蜜樹が間違いなく『虎の爪』と戦ったハニィでした」
「ちょっと待て。如月先生というのは?」
「クラスの担任でした。でも現在行方不明です」
「ふーむ」

 脚を組み、腕組みをして考え込む未久。それは愛らしい少女の姿にまるで似つかわしくないものだった。

「スウィートハニィの正体にはシャドウレディも随分迷わされていたけれど……ということは、最初にお姉ちゃんに自分がハニィに変身しているんだと言った桜井幸も、実はハニィが変身していたってことだよね」
「……そうかもしれません」
「そもそも生田蜜樹が変身して我が『虎の爪』と戦ったスウィートハニィはパンツァーレディに倒されて一度は死んだ筈。それが再び現れ、そして桜井幸はスウィートハニィではなかった……ということは、生田生体研究所にいる生田蜜樹、いやスウィートハニィの正体は……」
「ハニィが何か?」
「簡単な消去法だな、ふっふっふっ、そうか、あっははは」
「未久……さま?」
「ふふふ、スウィートハニィ、お前をどうしてくれよう……」

 未久は狡猾な笑いを浮かべ、再び何事かを考え始めた。

「ああそうだ、それから壊れたハニィの指輪がどうなったのかお姉ちゃん知ってる? 昼間ハニィに会った時、彼女は指輪をしていなかったよね」
「指輪ですか? さあ、わかりません」
「そうか、まあいい」

 一瞬考えた後、再び未久は口を開いた。

「ねえお姉ちゃん」
「はい、未久様」
「その如月先生の写真って持ってる?」
「はい、ここに」

 謙二は本棚からアルバムを取り出すとそこから数枚の写真を抜き取った。

「ここに写っている先生です」
「へ〜え、なかなかかっこいい先生だね」
「桜井がぞっこんでしたから」
「そうか……ふふふ、なるほどね。さて、お姉ちゃん」
「はい」
「あたしはハニィをこの世から抹殺してやりたいの。その為に、まず彼女を学校で孤立させてやりたい。生徒からも教師からも憎まれて、学校にいられないようにしてやりたいの。それにはどうすればいいと思う?」
「彼女は今や南高校の人気者ですが、校内で影響力のある人間が音頭を取れば可能かと」
「適任者はいるの?」
「生徒会長の春日先輩、3年生の春日美奈子なら或いは」
「よし、それじゃ春日美奈子をあたしたちの仲間に引き込むのよ。そして彼女を使ってハニィを学校で一人ぼっちにしてやるの。誰もハニィに近づく者がいなくなるような、そんな嫌われ者にね」

 未久はそう言って、にや〜っと笑う。

「わかりました。でも春日先輩を仲間にすると言われましても……」
「大丈夫よ、お姉ちゃんは二人きりになって彼女に触れるだけでいいの。後は、ふふふ、ブルーイソギンチャクがやってくれるから」
「……わかりました」
「じゃあまた明日ね。それからハニィには決して気づかれないようにするのよ。学校には今まで通り男の格好で行きなさい」
「はい、未久様の言う通りに」
「それじゃお休みなさい、お・ね・え・ちゃん。……ふ、ふふっ、あっははは、おっかしい」

 ベッドからひょいと降りると、未久は笑いながら謙二の部屋を出て行った。そして未久の出て行った部屋のドアを、レオタード姿の謙二は夢遊病者のようにぼーっと立ち尽くしたまま眺めていた。




 さて、ここで時間を少し遡る。

 生田生体研究所では謙二と未久が帰った後、入れ違いに警察病院に入院している井荻恭四郎の動向を調べに出かけていた宝田輝一が帰ってきた。

「おお、宝田君戻ったか。どうだ? 警察病院の恭四郎の様子は」
「はい、副所長、それが……」
「どうした」
「病院長に話を伺ったのですが、恭四郎の体の傷はほとんど治っているそうです。すぐにでも公判に出廷することが可能なほどに」
「ほう」
「ところが彼は現在精神科病棟のほうに移っているそうです」
「何だって! それはどういうことだ?」
「はい、数日前から急におかしな言動を取るようになったとかで、そのために病院側が精神科病棟の個室に転科させたそうです。明日精神鑑定を実施するとか」
「おかしな言動とは?」
「はい、何でも自分のことを『これは俺じゃない』とか『俺は外科の澤田だ、医者だ』と言い張って騒いでいるそうです。罪を逃れるために頭がおかしくなったふりをしているのではないかという疑いがありますので、精神鑑定を行うのだとか」
「ふーむ、『これは俺じゃない』か。その他に変わった事は?」
「はい、その外科の澤田医師が現在行方不明なんだそうです。それと若い女性看護士がやはり一人行方不明だとか」
「それはいつからだ?」
「数日前からだそうです」
「まさか。恭四郎の様子がおかしくなった日じゃないだろうな?」
「いや、私も気になって聞いてみたんですが、そしたらそのまさかなんですよ」
「そうか……嫌な感じがするな。宝田くん、君はどう思う?」
「残念なことですが、井荻恭四郎は既に警察病院を脱走しているのではないかと思います。精神科に入院している彼の中身は別人、恐らく本物の澤田医師でしょう。何らかの方法で彼と入れ替わって警察病院を抜け出したのではないでしょうか」
「私もそう思う。まあいずれにしても本人に直接確認してみることだな。明日にでも警察病院に行ってみるとしよう。私の顔を見て奴がどんな反応を示すか、それで本物の恭四郎か別人なのかはっきりするだろう。……それとだ、実は別に気になることがあるんだ」
「気になること……ですか?」
「姫高の学園祭で事件の起きた土曜日、私は桜塚教授と一緒に井荻恭四郎のこと、そして『虎の爪』が起こした事件に関する資料について整理してみたんだが、教授から気になることを聞いたんだよ」
「と、言われますと?」
「恭四郎の写真を見た教授が『この顔は見たことがある』と洩らしたのだ」
「何ですって!?」
「だが、それが恭四郎本人かどうかはわからん。何しろ桜塚教授が見たことがあるという男は、あいつが若い頃参加した発掘チームの中にいたそうだからな」
「桜塚教授が若い頃加わったと言いますと、先代所長が主宰されていた発掘チームのことですか?」
「うむ」
「でも、井荻恭四郎は奈津樹お嬢さんの同級生です。年齢が合いませんよ」
「そうなんだ。だが、あいつにはまだまだ得体の知れない部分がたくさんある。教授に協力してもらって、さらに情報を集めてみるつもりだ。それと……蜜樹を呼んで来てくれないか」
「かしこまりました」

 宝田は立ち上がって賢造に一礼すると、部屋を出て行った。
 そして数分後……

 コンコン――

「入りなさい」

 副所長室のドアが開いて、蜜樹が入ってきた。

「そこに坐りなさい、蜜樹」
「はい」

 さっきまで宝田が坐っていた椅子に、ノースリーブのシャツとジーンズ姿の蜜樹が座る。

「お父さん、何かあったの?」
「うむ、警察病院から帰ってきた宝田君の報告を聞いたんだが……」

 賢造は蜜樹に、輝一から聞いた警察病院の異変について話した。

「……というわけだ。私は明日、警察病院で彼に面会して、真実を確かめてこようと思う」
「宝田さんやお父さんの推理通りなら、『ネオ虎の爪』を名乗る怪人たちは脱走した恭四郎の命令によって動き始めたと言うことですよね……」
「うむ、その可能性は大いにある。蜜樹、お前も充分に気をつけるんだ。何しろお前は『虎の爪』を壊滅させた張本人だからな。恭四郎が復讐しようとするかもしれん」
「でも、もしそうだとしたら、『ネオ虎の爪』の怪人は何故あたしではなく未久ちゃんを狙ったんだろう?」
(……先生)
「え? ハニィどうしたんだ?」
(先生、そのことなんですけど……あたし、どうしても気になることがあるんです)
「気になるって、ここに来た時の未久ちゃんの様子のことかい?」
(はい。昨日姫高祭に行った時の未久ちゃんと、今日ここに来た未久ちゃんは、姿は同じでも印象がまるで違うんです)
「印象が……違う?」
(はい、姫高祭でさらわれるまでの未久ちゃんって無邪気で明るくって……でもさっきの未久ちゃんはどこか嫌な感じがするんです。お手洗いの件もそうでしたけど、それだけじゃない。何処となくあたしたちのことを観察しているような……そして時折浮かべていた、何かを企むような表情。あれは小学生の笑い顔じゃなかった。そう、まるで……)
「まるで?」
(奈津樹姉さんがこの研究所に連れて来た時の恭四郎、そして恭四郎に乗り移られてシスターになってたお母さんそっくりの笑い方だった)
「……あっ!」
「どうした?」

 突然驚きの声を上げた蜜樹に、賢造は不審げな表情を浮かべた。

「俺の中のハニィが、未久ちゃんに恭四郎が乗り移っているんじゃないかって」
「なに? ふーむ……警察病院を抜け出して我々が気付かないうちに研究所に入り込む。その為にあの子に成りすまして何食わぬ顔で近づいたか。確かにあの恭四郎なら充分やりそうな、できそうなことだが……だがまだそうと決め付けるのは早いんじゃないのか? とにかくまず、明日警察病院で確かめてみることにしよう」
「でも、もしハニィの予想が当たっていたら……一緒にいる委員長が危ない! ぐずぐずしてられないんじゃ……」
(先生、その未久ちゃんなんですけど、もしかしたら)
「え?」
(あの未久ちゃんの連れていた子犬の中で泣いていた純粋な気……あれって未久ちゃんのものだったのかも)
「子犬から未久ちゃんの気配だって?」
(……はい)
「くぅっ、もしそうだとしたら、何てひどいことを……許せん」
「蜜樹、決め付けるのはまだ早いと言っただろう。委員長くんには学校でそれとなく注意してやったらどうかね?」
「そんな悠長な」
「落ち着きなさい。妹思いの彼のことだ、いきなり未久ちゃんが実は『虎の爪』の首領井荻恭四郎なんだと言っても怒り出すだけじゃないのか?」
「……そうかもしれない」
「まず、妹におかしなところがないか彼に聞いてみることだ。もし委員長くんが何か不審に感じていることがあれば、それを確かめた上で話してみるんだな」
「はい、そうしてみます」

 ふぅ〜っと大きくため息をついた蜜樹は、賢造の顔を見上げた。

「ところでお父さん」
「ん? 何だ?」
「さすがですね。素敵よ」

 にっこりと微笑む蜜樹。

「ば、ばかもん」

 顔を赤らめ、ぷいっと横を向いて照れる賢造だった。

「……こほん、そ、それと指輪のことだが」
「え? 指輪ですか?」
「うむ、もしかしたら直せるかもしれん」
「え! 本当ですか?」
「桜塚教授が直してみようと言ってくれたんだ」
「マリアちゃんのお父さんが?」
「ああ、ああ見えてあいつは修復技術にかけては天才的な腕を持っているからな。明日にでも破損した指輪と義父の遺した指輪の資料を持っていくつもりだ」
「あのインデ○ー・ジ○ーンズもどきがねぇ……」

 その男臭い笑い顔を思い出して、『天才』という言葉にどうにもギャップを感じる蜜樹だった。

「指輪が直れば元に戻れる。あっ……でも」

 はっと言葉を詰まらせ、賢造の顔を見る蜜樹。
 そう、今の自分は生田蜜樹としてここで暮らしている。そしてそれを誰よりも喜んでいるのは賢造と幸枝なのだ。
 もし、自分が元に戻ったら……
 だが、そんな蜜樹を賢造は優しく見詰める。

「先のことはまたおいおい考えようじゃないか。今のお前は紛れもなく私たちの娘だ……そうだろう、蜜樹」
「お父さん……そうね、そうですよね」

 再びにっこりと微笑む蜜樹だった。

(お父さん……)




 やがて相沢家と生田家で灯りが消され、町は静寂に包まれる。
 そして様々な思惑を内に、静かに夜が明けた。




「行ってきま〜す」

 相沢家では、謙二と未久が一緒に家を出た。
 謙二はいつも通りの黒の学生服。その胸は心なしか膨らんでいるが、ほとんど目だたない。また顔色はやや青白いものの、彼の表情もいつもと変わるところは無かった。その隣を赤いランドセルを背負って歩く未久。二人並んで歩くその姿は傍目には仲の良い兄妹にしか見えなかった。しかし……

「ふふっ、じゃあお姉ちゃん頼んだわよ」
「はい未久様」

 未久はにやっと笑うと、先に駆け出していった。
 ぼーっとしばしその後姿を見送る謙二は 再び南高校に向かう通学路を歩き始めた。

「委員長!」
「あ、ハニィおはよう」

 謙二が振り返ると、そこには心配そうな表情の蜜樹が立っている。

「昨日はあの後、何も無かった?」
「え? あ、ああ別に、何も……」
「未久ちゃんに何かおかしなところはなかった?」
「いいや。ああ、また研究所に行きたいなって言ってたぞ」
「そお……あれ? 委員長、何か背が縮んでない」
「え? そんな筈ないだろう」
「そうかなぁ。それに何だか顔色が悪いみたいだし……」
「はあ? ハニィの目がおかしいんじゃないのか? ……おっ!」
「え? どうしたの」
「春日さんだ」

 二人の前を、南高校の制服を着た一人の女子生徒が歩いていた。眼鏡をかけ、本を読みながらだ。

「春日さん? 生徒会長の春日美奈子さん……よね」
「ああ」
「それがどうしたの?」
「え? ちょっと彼女に話しておきたいことがあるんだ。……あ、ハニィ、俺今日は先に行くわ」
「う、うん」

 謙二は蜜樹を置いて走り出すと、春日美奈子を追いかけていった。

「春日さ〜ん」
「え? あら、あなた確か2年C組のクラス委員長……相沢くんだっけ?」
「はい、相沢です。実は放課後、ちょっとお話が――」
「お話? じゃあ生徒会室に来なさいな」
「わかりました。それじゃあ放課後、生徒会室で」

 二人が会話している様子を遠目で見ていたハニィだったが……

「委員長の奴、いきなりどうしたんだ?」
(先生、謙二さんの様子……ちょっとおかしい)
「え? どういうことだい」
(謙二さんの中から、何か嫌な気を感じる)
「まさか恭四郎が乗り移っているとか?」
(いいえ、恭四郎じゃないと思うけれど、いつもの謙二さんとも違う。よくわからないけど、何かに取りつかれているかも)
「何かに? でも委員長は委員長だし……どうするんだ?」
(そうですよね……)

 と、その時――

「にゃお〜っ♪」
「……え?」




 さて、その日の放課後。

「相沢です。失礼します」
「開いてるわよ。入って」

 謙二はがちゃりと生徒会室のドアを開け、中に入った。
 生徒会長・春日美奈子は彼に背中を向けたまま、机に広げられた資料をじっと見ていた。

「うーん、困ったなぁ……」
「どうしたんですか」
「今度の南高祭なんだけど、体育館のステージのスケジュールがなかなか調整つかなくって」
「生徒会長って大変ですね」

 美奈子の背後からゆっくりと近寄る謙二。美奈子に向かって伸ばした両手が段々と変型しはじめる。爪が長く伸び、両手は大きく青白いものに変わっていった。

 それはブルーイソギンチャクの手だった。

「う、ううう……」

 その時、謙二の意識と身体はブルーイソギンチャクに完全に支配されていた。禍々しく変型した両手を振り上げ、後ろから春日美奈子に掴みかかろうとする。

「うう……さあ、あなたも未久様の下僕になる……のよ……」

 そう呟く謙二だが、美奈子は資料に熱中しているのか、まるで振り返る様子がない。

「は〜、困ったなぁ……」

 彼女は椅子に座ったままため息をつくと、頬杖をついたまま目を閉じた。

「くっくっくっ……」

 謙二はその両手で、美奈子の首に掴みかかろうとした。
 だが次の瞬間、突然美奈子の髪がざわざわと逆立ち始めた。

「え? 何? いったい何が……」

 彼女の突然の変化に、ぴたっと動きを止める謙二。美奈子は閉じていた目をぱちりと開いた。

「ふっふふふふ……」

 振り向かずに笑い続ける美奈子。謙二の顔に狼狽の色が浮かぶ。

「か、春日先輩、あなたは……!?」
「相沢くん……いいやブルーイソギンチャク! そこまでなんだニャ!! お前の陰謀なんかお見通しだニャっ!!」

 美奈子は椅子から立ち上がり、くるりと振り返った。
 何時の間にかその髪の中から猫耳がぴょこんと生え、スカートからは猫の尻尾が伸びていた。

「だっ、誰だお前は? 春日先輩じゃないのか?」
「ある時は生徒会長春日美奈子、ある時はプリティーな子猫、しかしてその実体は……おっと、これってハニィの口上なんだニャア」

 美奈子はおどけた口調でそう言うと、猫耳の生えた頭をぽりぽりと掻いた。

「シャドウガール、大丈夫!?」

 生徒会室の外で様子を伺っていた蜜樹が、部屋の中に飛び込んできた。

「心配いらないニャ♪」

 ハニィを見てにやっと笑みを浮かべ、二本の指を立てる美奈子。

「……あたしが心配しているのは生徒会長のことよ」
「そんなあ、あたしのことも心配して欲しいんだニャア〜」

 笑顔から一転、美奈子は情けなさそうな表情を浮かべた。

「ふふっ……その調子なら、あなたは心配ないでしょ?」
「ま、それもそうだニャ♪ にゃははは」

 今度はからからと笑う美奈子――いやシャドウガール。全く憎めない奴である。

「おっ、お前っ! シャドウガールか!?」
「そうだニャ。久しぶりだニャ、ブルーイソギンチャク。大人しくその身体から離れるんだニャ」

 青白い顔の謙二は、そう呼ばれても動じることなく不敵に笑った。

「いやだね。この身体も心も、もう私のものだ」

 ざわざわと謙二の髪が伸び始める。そして髪の毛は太さを増し、触手状に変化していった。

「委員長、その姿……」

 蜜樹は変化していく謙二の姿を見て息を呑んだ。
 手の爪が長く伸び、全身の肌は青白く変わった上に髪は触手へと変化している。そして学生服の胸を二つの大きな膨らみが盛り上げていた。魔女ゴーゴンにも似たその全身からは異様な殺気を発している。

「……その女は私の獲物だ。邪魔するんじゃないよ、シャドウガール」

 頭の触手が一本ひゅっとシャドウガールに向かって鞭のように伸びる。
 だがシャドウガールはくるりと体を反転させ、軽やかにそれを避けた。 

「誰がお前に命令したんだニャ」
「さてね……裏切り者に語る言葉などない。死ねっ!!」

 長く伸びてうねうねと動く頭の触手が、今度はシャドウガールに向かって一斉に襲いかかる。

「危ない!」

 蜜樹はシャドウガールに飛びつくと、その身体を抱えてジャンプした。
 シャドウガールの立っていた場所で、触手は空を切る。

「あ、ありがとうだニャ、ハニィ」
「早く委員長を助けましょう」
「わかったニャ!」

 蜜樹はブルーイソギンチャクの前に仁王立ちになると、ビシッと指差した。

「ブルーイソギンチャク! 生徒会長を襲うなんて、世間が許してもこのスウィートハニィが許さない! 生徒会長には指……いいえ触手一本触れさせないわ!」
「そうだニャ!」

 シャドウガールも蜜樹に相槌を打ち、同じくブルーイソギンチャクに向かってびしっと指差す。

「おのれ、言わせておけば好き勝手なことを」

 ブルーイソギンチャクがぶるっと体を震わせる。そして魔女・ゴーゴンに似たその姿は、再び別のものに変化していく。上着もズボンもびりびりと破れたかと思うと、ほっそりとしたその青白い胴体はどんどんと膨らみ、太い丸太のように変わっていく。頭も太く伸びていく胴体と一体化していく。
 それはブルーイソギンチャク本来の姿、巨大イソギンチャクだった。

「ブルーイソギンチャク、遂に本性を現したニャ」

 壁を背にするシャドウガール。ブルーイソギンチャクは触手を振り上げて、じりじりとシャドウガールに迫ってくる。

「来なさい……だニャ」

 壁に立てかけられていた木刀を見つけ、それを手にしたシャドウガールは中段に構えた。

「ぐぐぐ、死ねっ!! 裏切り者っ」
「無茶しないでシャドウガール! その体はあなたの体じゃないのよっ。それにあなた、剣なんか使えないんでしょっ!?」

 蜜樹はシャドウガールが手にした木刀をさっと奪い取ると、ブルーイソギンチャクとの間に割って入り、その背にシャドウガールを庇う。
 だが振りかざされたブルーイソギンチャクの触手が、蜜樹の頭越しにシャドウガールに向かって伸びた。

「危ない!」

 蜜樹の木刀が一閃する。

「ぎゃっ」

 木刀で薙ぎ払われた触手が、瞬時に黒い髪の毛に戻ってはらはらと床に落ちる。

「ハニィ、あいつは委員長と合体しているんだニャ」
「うーん、そうだった……」

 一旦引っ込めた触手を再びうねらせて、蜜樹とシャドウガールに迫るブルーイソギンチャク。
 何とかできないのか、このままでは……
 ブルーイソギンチャクを睨みつけながら思案するハニィ。と、その時シャドウガールが叫んだ。

「ハニィ!」
「え? なに? シャドウガール」
「その刀、切れるのかニャ?」
「この木刀が?」
「今ちゃんと切れたんだニャ。あいつの皮だけを切り裂くんだニャ」
「皮だけ? どうして?」
「ブルーイソギンチャクは宿主の身体に皮のように薄く貼り付いているんだニャ。宿主の委員長を傷付けずにあいつを倒すには、それしかないと思うんだニャア」
「皮だけ切り裂くか……よし」

 蜜樹の頭の中に、ランプリーレディとの戦いの記憶が甦った。
 勿論、切れ味はプラチナフルーレとは比べ物にならない。いや、そもそも木刀で物を切ることなど常人ではできないのだが……それでも蜜樹はひゅっと木刀を振った。

 やってみるか……

 蜜樹は木刀を、再び斜め下段に構えた。

「来い! ブルーイソギンチャク! あなたの相手はこのあたし、スウィートハニィよ!」

 セーラー服姿で木刀を構える蜜樹の姿を見たシャドウガールはその美しさ、凛々しさに思わず嘆息を漏らした。

「ハニィ、やっぱり来て良かったニャア」
「ぐぎぎ……死ね!」

 ブルーイソギンチャクの触手が、木刀を構える蜜樹目掛けて一斉に襲い掛かる。

「なんの」

 絡め取ろうとする触手の群れを掻い潜り、蜜樹はブルーイソギンチャクの懐に一気に飛び込んだ。

「光武流奥義、桜爛空破!!」

 剣先が下から上に一閃する。

「ぐ、ぐぎ?」

 一瞬動きの止まるブルーイソギンチャク。 

 ぴ、ぴぴっ、ぴぴぴっ……。

 やがてブルーイソギンチャク体に下から上へと一本の筋が生まれる。そしてその筋はゆっくりと左右に広がっていく。そう、ブルーイソギンチャクの太い体は見事にぺろりと二枚に下ろされていた。
 どさっ
 中から出てきたのは浅黒い肌の裸の少年。そう、相沢謙二だ。

「委員長、委員長! 大丈夫?」

 駆け寄って謙二を抱き上げる蜜樹。その腕の中でゆっくりと目を開く謙二。

「う、うーん、あれ? 俺はいったい」
「あなたはあいつに取り込まれていたのよ」
「あいつ? そう言えばいきなり何か触手みたいなものが未久様に襲い掛かってきて、未久様を庇おうとしてそれから……俺は女の体になって、未久様に……未久……さまあ? なんだ? 何で俺が未久のことをさまなんて言うんだ?」
「多分ずっとマインドコントロールされていたのよ」
「あいつって……うげ! 何だあの気持ち悪いのは!?」

 蜜樹が指差した先で真っ二つになったブルーイソギンチャクは、未だにうねうねと動いていた。そしてゆっくりとくっつき、再び元のイソギンチャクに戻ろうとしている。

「ぐぎ、ぐぎぐぎい〜」
「ハニィっ! あいつは二つに切った位じゃあ簡単に復活するんだニャアッ!!」
「させるか〜」

 振り上げた蜜樹の木刀が一閃、二閃する。

「光武流奥義、桜華天翔!!」
「ぐぅ、ぐぁはああああ〜」

 元の形に戻ろうとしたブルーイソギンチャクだったが、完全な姿に戻る前に蜜樹の剣が再びその身体を切り裂く。
 縦に、そして横に……
 十文字に切り裂かれたその身体は、やがて塵となり、その場で舞い散ってしまった。

「やったニャ、ハニィ」
「ブルーイソギンチャク……委員長を取り込むなんて、何て恐ろしい奴」
「ハニィ、俺は今まで何を」
「ええっと、その、それよりか何か服着たら」
「え? 服って……な、なんだぁ、何で俺裸なんだ!?」
「ふふふ、委員長のそれかわいいね」
(せ、せんせい、あたし恥ずかしい……)
「お、おい、止めてくれよ、それより何か服ないのか?」

 真っ赤になって股間を両手で隠す謙二だった。

「しょうがないなあ。でも何もないし……じゃあ取り敢えずこれでも穿いてる?」

 蜜樹は己のスカートに両手を入れると、穿いているものをするすると脱ぎ始めた。

「ほら、委員長」

 脱いだものを右手でつまみ、蜜樹は謙二に差し出した。

「お、お、お前……それ、それって」
「スパッツよ。あたしは下にショーツ穿いているから大丈夫」
「大丈夫って、いやそういう問題じゃなくって」
「何も着ていないよりマシでしょう。ほら早く」

 謙二はますます顔を赤くしながらも、蜜樹の紺色のスパッツに足を通し、ぐっと腰に引き上げた。

「あ、暖かい。これってハニィの――」
「……ばっ、ばかっ」
「お前って変態だったんだニャア」
「ちがーう……って、あれ? あなた美奈子先輩……ですか?」

 ネコ耳と尻尾を生やした春日美奈子を不思議そうに見る謙二。

「あたしのお友だちよ、シャドウガールっていうの。生徒会長を守ってくれたのよ」
「??? そう言えば俺いつの間にこんなところに? ここって生徒会室じゃないか?」
「ん〜、説明すると長くなるんだけど……待てよ、ここって生徒会室か。そうだ、確かアレがあったんじゃ……」

 蜜樹は部屋の奥のロッカーを開けて、ごそごそと探った。

「あ、あったあった。ほら委員長、これを上に着たら?」

 蜜樹は南高校の紺のジャージの上下を謙二に投げた。

「へぇ〜、よくそこにジャージがあるのを知ってたな」
「え、う……うん、何となくね」

 笑ってごまかす蜜樹。実は教師だった時に生徒会役員がここにジャージを入れているのを偶然目撃していたのだ。
 蜜樹は心の中でぺろっと舌を出していた。




 ところでシャドウガールは、何時の間に美奈子に合体したのだろう。
 話は朝の登校時に遡る。
 春日美奈子に声をかける謙二に不審な気配を感じ、どうしたものかと思案していた蜜樹。
 その時、不意に――

「にゃお〜っ♪」
「……え?」

 背後から聞こえた猫の鳴き声に蜜樹が振り向くと、そこにはちょこんと子猫が座っていた。

「ただいまだニャア、ハニィ」
「あ、シャドウガール、帰ってきたんだ」
「うん」

 にっこりと笑う子猫。

「でもこんなところでどうしたの?」
「どうしたのはないんだニャア。せっかくここまで追いかけてきたのに……」
「ふふっ、ごめんごめん」
「ニャア」
「みんなは元気にしてるの?」
「実は姉さんに、『一刻も早くハニィの元に行け』って言われて追いかけてきたんだニャア」
「え? シャドウレディが? いったいどうしたの?」
「海外に散っていた『虎の爪』の怪人が続々と日本に戻ってきてるって。ハニィが狙われるかもしれないから、早く助けに行けって言われたんだニャ」
「それじゃあ、やっぱりあいつらは戻ってきた『虎の爪』の怪人なんだ」
(先生、あの怪人たちもやっぱり……)
「ああ、そういうことだな」

 ハニィは姫高祭で倒したイエロードクーガと、未久を拉致したパープルカメレオンのことを思い浮かべていた。

「で、もう一度相沢くんと合体して、そばでハニィを守ろうかって思ったんだけど、あたしが合体しようとしたら、あいつは既に取り付かれて……いや、取り込まれていたんだニャ」
「なんですって!?」
「あそこにいるのは、ブルーイソギンチャクなんだニャ」
「ハニィが感じたおかしな気の正体って……そうだったのか」
「あいつは宿主を取り込んで、そのうち宿主自身になってしまうんだニャ。あいつが話しているあの娘も狙われているんだニャ」
「生徒会長が!? どうして?」
「理由までは判らニャいけど……」
「そうか。どうする……」
(先生、シャドウガールの智恵を借りたほうがいいんじゃないですか? あの怪人のことに詳しそうですよ)
「そうだな……ねえシャドウガール、あの怪人から生徒会長を守って、それから委員長を取り戻すいい手はないかしら?」
「そうだニャ……会長さんがあいつに取り込まれないためには、先にあたしが合体しておくといいと思うんだニャ」
「どうして?」
「あたしたち『虎の爪』の怪人は、ひとつの体に二人同時には合体できないニャ」
「なるほど……考えている時間もないし、それでいきましょう」
「あの二人、放課後会おうって約束しているんだニャ」

 シャドウガールには遠くからでも二人の話し声がよく聞こえるようだ。

「……じゃあ、その前に」
「ニャア」

 シャドウガールはこくりと頷いた。
 そして謙二が美奈子と別れた後、シャドウガールは校門を入ろうとする美奈子に向かって飛びついた。  すると美奈子の頭にみるみる猫耳が、お尻に尻尾が生えてくる。

「……うにゃ、合体成功だニャア」
「ちょっとシャドウガールっ、それじゃあ目立つでしょ!」
「ええ? かわいいと思うんだがニャア」
「だめよ。その耳と尻尾、何とかならないの?」
「仕方ないにゃあ……」

 そう言いながら猫耳と尻尾を引っ込める美奈子――シャドウガール。

「なんだ、できるんじゃない」
「うーん残念。じゃあ、あたしは放課後生徒会室で謙二くんを待っているから。ハニィ、もし彼が本性を表したら頼んだわよ」
「うん。……え? シャドウガール、よね?」
「ふふふ、この娘の記憶を読んでるのよ。あたしは今から春日美奈子として行動するわ」
「うん、頼むわ。委員長を取り戻さないとね」
「なんだかわくわくするニャ……にゃはははは」

 校門前で豪快に笑う美奈子、いやシャドウガール。そしてそんな彼女を少し頼もしく思う蜜樹だった。




 こうして話は放課後の生徒会室での戦いへと繋がっていったのだ。
 さて、場面を再び生徒会室に戻そう。




「委員長、ぐずぐずしてないで早く未久ちゃんを助けに行きましょう」

 ジャージを着終えた謙二に、ハニィは強い調子で促した。

「え? 未久を助ける?」
「遊園地であたしが助けた未久ちゃんは本物の未久ちゃんじゃなかったの」
「どういうことだ? 俺はさっきの触手野郎から未久を庇おうとしたんだ。そして気が付いたらここにいて、ハニィがいる。まだ事情がよくわからないんだが」
「何も記憶はないの?」
「夢を見ていたみたいなんだ。俺、夢の中で女の子になっていた。いくら俺は男だと思っても、誰も認めなくって、夢の中の俺は女の子の体で、妙に気持ちよくって……あ、その――」

 心なしか顔を赤らめる謙二だった。

「いいのよ、委員長、で未久ちゃんはその時どうしていたの」
「俺、夢の中で未久のことを未久様って呼んでいたんだ。そう呼べって誰かに命令されてた気がする」
「それって夢じゃなくって……」

 と、その時――

 ばさばさっ!!

「あれは!?」

 蜜樹が言いかけた時、黒い烏が生徒会室の窓枠から飛び去っていった。

「クロウレディ!」
「え?」
「ずっとあたしたちのことを見張ってたんだニャッ!」
「じゃあ、今の戦いのことは」
「ああ、一部始終見ていたんだニャア」
「ぐずぐずしてられない。委員長の家に早く行きましょう。そして未久ちゃんの偽者と対決するの」
「ちょ、ちょっと待て、未久が本物じゃない? 偽者? そんな訳ないだろうっ」
「え? だから今説明して……」
「とにかく、未久のことは俺が確かめる。ハニィ、変なことを言わないでくれ」
「……わかったわ。未久ちゃんと二人の時は十分気をつけるのよ。おかしなことがあったらすぐにあたしに教えて」
「うん、よくわからないけど、心配してくれてありがとう」

 賢造の言った通りになってしまったなと、内心ため息をつく蜜樹だった。

「とにかくここを出ましょう。シャドウガール、生徒会長から離れて」
「わかったニャ」

 子猫の姿のシャドウガールが美奈子から抜け出ると、途端に美奈子は気を失ってそこに倒れこんでしまった。
 そんな彼女をそっと椅子に座らせると、三人は生徒会室を出た。
 それからしばらく経って目を覚ました美奈子は、何時の間に自分が生徒会室に来たのか判らずにぽかんとしていた。

「あれ……えっ? 何で? あたし、どうしてここに????」




 夕日の射す校門の前で、蜜樹はシャドウレディを連れて謙二と別れた。

「じゃあまた明日。でも委員長、くれぐれも気をつけてね」
「わかったわかった」
「ところで委員長」
「え? なんだい」
「明日ちゃんとあたしのスパッツ返してね」
「え? ……あっ!」
「じゃあね」

 自分が蜜樹のスパッツを穿いているのを思い出し、顔を真っ赤にする謙二。
 蜜樹はそんな謙二を見てふっと笑うと、謙二と反対の方向に歩き出した。その後ろをシャドウガールがとことこと着いていく。

「シャドウガール、今日は本当にありがとう。あなたがいなかったら、あたしもどうなってたかわからない」
「にゃははは、ハニィにそう言われると照れるニャア」
「これからもよろしくね、シャドウガール」
「そうだ、姉さんに今日のことを話してくるんだニャ。ハニィが言う通り、海外から戻ってきた怪人だけでなく恭四郎が動いているとなると、姉さんにも助けてもらわにゃいと。だからもう一度姉さんの所に行ってくる。さらばだにゃ、ハニィ」

 そう言うと、シャドウガールは夕日の中を駆けていった。

「ありがとう……シャドウガール」
(いい娘ですね。きっと先生の優しさが彼女あんなに一生懸命にさせているんですよ。あたしだって……)
「ああ……えっ?」
(何でもありません。さあ研究所に帰りましょう)
「そ、そうだな……」




 さて、謙二は家に戻ると、未久の部屋に入った。勉強机に座った未久は、携帯を手に誰かと話している。

「おい、未久」
「あら、お兄ちゃん、お帰りなさい」
「お前、誰と話していたんだ?」
「え? お友だちよ、ね、ホワイトガール」
「わん」

 未久の足元に座った白い子犬が相槌を打つように吼える。

「そ、そうか。なあ未久」
「なあに? お兄ちゃん」

 携帯から目を離して、謙二をじっと見詰める未久。

「……いや、なんでもない」
「お兄ちゃん、残念だったね」
「え? 何が」
「何でもないよ、何でもね。じゃああたし宿題するから、邪魔しないで」

 未久はそう言うと、机に向かった。

「え? あ、ああ悪かったな」

 腑に落ちないものを感じながらも、謙二は未久の部屋を出るしかなかった。

「ブルーイソギンチャクめ、しくじりおって。だがまあいい。ふふふ」

 謙二が出て行くと 未久は再び携帯の相手を放し始めた。

「いいな、明日は手はず通りにやるんだぞ」

 未久は電話の相手に何事かを指示すると、満足そうな笑いを浮かべて携帯を切った。




 さて、翌日である。
 朝のホームルームのチャイムと同時に2年C組に校長先生が入ってきた。
 ざわついていたクラスが、しーんと静まり返る。

「みんな、喜んでくれ。休職されていた如月先生が今日から復帰されることになった。また君たちの担任をやってもらうからよろしく頼むぞ」

 え?

「さあ、如月先生、入ってください」
「はい」

 校長先生に促されて一人の男が教室の中に入ってきた。そして教壇の前で爽やかに笑う。
 お、俺だ……
 呆気に取られて、目の前に立つ男をじっと見詰める蜜樹。

「みんな、心配かけたな。また一緒に頼むぞ」
「せんせい! 今まで何処に行ってたのよ、全く〜」

 幸が立ち上がって叫ぶ。でもその顔はとっても嬉しそうだ。

「すまんすまん、ある所に監禁されていてな、やっと脱出してきたんだ」
「え? どういうことですか?」
「全くひどい目に遭ったよ。あいつのせいでな……」

 光雄は彼を注目している生徒の中の一人をゆっくりと指差した。
 皆の視線が一斉に、光雄の指が向けられた先に座っている女子生徒に集まる。

「俺は今まで生田生体研究所の地下室に監禁されていたんだ。お前はひどい奴だ、生田蜜樹……いや、スウィートハニィ!」

(続く)

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