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 夕日の差し込む部屋の中で、一人の少女がベッドに座っていた。
 小学生用の机とベッド、そしてドレッサーが置かれ、花柄模様の壁には人気男性アイドルのポスターが貼られている。
 大股に開いたその脚の間から、スカートの奥の白いパンツがまる見え……だけど彼女はそれを気にするでもなく、床に届かない足をぶらぶらさせながら、足元に座った一匹の白い子犬に語りかけるかのように独り言を続けていた。

「あ〜あ、今日はとっても怖かった。あんな恐ろしい怪人が出てきて未久をさらおうとするんだもの」
(…………て――)
「でもやっぱりハニィお姉ちゃんが助けに来てくれた。噂で聞いていた通りだったな……強くて優しくて、そしてとっても綺麗で」
(…………めて――)
「だけど――」

 そこで言葉を止めた少女は、にや〜っとくちびるを歪めた。

「だけど未久は、そんなハニィお姉ちゃんが泣き叫ぶところを見てみたいなぁ。お姉ちゃんが苦しんで苦しんで苦しみ抜く姿をね……くふっ、ふふふっ……あっはははは――」

 少女はげらげらと笑い出した。

(やめてっ! やめてやめてっ!! 未久の真似なんかやめてぇっ!! ……それにハニィお姉ちゃんを苦しめるなんて、そんなこと絶対にやめてっ!!)

 しかしその必死の叫びは、ベッドに座った少女に届いていない。
 彼女は白い子犬の目をじっと見詰めながら、冷徹な口調で問いかけた。

「何か言いたいことがあるの? ホワイトガール」
「いいえ。このホワイトガールはご主人様の仰せのままに。何なりとお申し付けください」

 子犬が少女を見上げ、人の言葉で答えた。

「それでいいわ、それで。……あなたはあたしのためにしっかり働くのよ」
「ははっ!」

 子犬はベッドに座った少女――相沢未久に向かって頭を垂れた。

(違う違う違うっ! あたしの姿を返してっ! あたしを元に戻してっ!! あたしを――)

 子犬の――いや、『ホワイトガール』の中に閉じ込められた少女が悲鳴を上げる。
 だがそれは、誰の耳にも届くことはない。
 ベッドに座った未久は、そんな子犬を冷ややかに見おろしていた。





戦え! スウィートハニィU

第3話「ハニィ抹殺計画」

作:toshi9





 さて、蜜樹たちが訪れた姫琴高校学園祭で未久がさらわれた時、いったい何が起きたのだろうか。

 話は2時間ほど遡る。
 蜜樹がイエロードクーガと戦っている頃、謎の道化師……即ち『ネオ虎の爪』の怪人パープルカメレオンによって拉致された未久は、校庭沿いの道路に停まった大型トレーラーの中に連れ込まれていた。

「なにすんのよ!」
「大人しくしろ! 全く気の強い娘だな」

 抱えられたままで足をばたばたさせる未久。しかしパープルカメレオンにがっちりと掴まれ、逃げることができない。

「ようこそ、我が移動基地へ」
「移動基地? だれ?」

 暗がりの中に白衣を着た男のシルエットが浮かび上がる。しかし薄明かりの中ではそれが誰なのか未久には見ることができなかった。

「小娘、お前はスウィートハニィの知り合いだな」
「小娘だなんて、あたしには相沢未久って言う名前があるのっ。それにハニィお姉ちゃんのことを呼び捨てにしないでよ!」
「ハニィお姉ちゃん――か。やはり知り合いということだな」
「知り合いっていうか、ハニィお姉ちゃんはあたしのお兄ちゃんの恋人なんだから、すぐにあたしのことを助けにきてくれるわ。そしたらあんたたちなんか……」
「ふふふ、それは好都合だ。そうだな、早いところ助けてもらわなくちゃいけないな」
「え!?」

 意味不明のその言葉に、未久はぞくりとした不安を覚える。
 そんな彼女に構うことなく、男はパチッと指を鳴らした。すると、ブーンという機械音がトレーラーの中に響き渡り始めた。

「操作方法は教えた通りだ。わかるな」
「……はい」

 何処からか、若い女性の声が男に答える。

「パープルカメレオン、やれ!」
「ははっ」

 パープルカメレオンは未久をだき抱え、機械音のする方へ歩を進めた。
 そこには二つの円筒型のガラスのケースが並んでいた。パープルカメレオンは未久をその前に下ろすと、いきなり彼女の着ている服を引き剥がした。

「なっ、何するのよっ!? 馬鹿っ! やめてよっ、この変態っ!!」

 しかし怪人は未久の悲鳴を無視して、着ているブラウスもスカートも下着も、そしてソックスさえも引っぺがしてしまった。そして彼女をすっかり裸にしてしまうと、左側のケースの扉を開け、その中に無理やり押し込めた。

 どんどん、どんどんっ。「……馬鹿ぁっ!! 何するのよっ!!」

 未久は中から必死にガラスを叩くが、透明な円筒ケースはびくともしない。

「ふふふ……小娘、お前の情報を頂くぞ――」

 シルエットの男は一瞬不気味に笑った。暗がりの中にその白い歯だけが浮かび上がる。

「……さあ、始めろ」

 一瞬の間を置いて、ブーンという機械音が高まった。
 ケースの脇に置かれたパネルが盛んに点滅を始める。中央のディスプレイに未久の姿が浮かび上がった。
 その画像に重なるように、数字がカチカチと並んでいく。やがてそれは、ディスプレイいっぱいに広がった。




「……解析終了。いつでも大丈夫です」
「よし」

 シルエットの男はその声を待っていたかのように、羽織っていた白衣を脱ぎ捨て、さらに自分の着ている服を全て脱いでしまった。
 すっかり裸になった男は、未久が入れられたケースの右側に置かれた、もう一つのケースの中に自ら足を踏み入れた。
 パネルが再び点滅を始める。未久の姿が映し出されたディスプレイの隣にある、もう一つのディスプレイの中に男の姿が浮かび上がった。
 やがてそこにもカチカチと数字の列が表示され始める。すると、ディスプレイの中の男の姿は、ワイヤーフレーム状のシルエットへと変化した。
 それと同時に、ガラスケースの中が光に包まれた。




 ブーン……

 右のディスプレイの中に映ったそのシルエットが、奇妙に変化し始めた。まるで、何かの力で書き換えられていくかのように。
 身長が低くなったかと思うと、それと同時に筋肉のついた手足が、そして身体全体が、すっと細く、華奢なものに変換されていく。
 そしてディスプレイの画像は、ワイヤーシルエットから再び人物像に戻っていく……しかしその顔も、身体も、腕も、脚も、さっきまでの男の姿とは全く別の人物の姿に変わっていた。

 ……そこに映っているのは、一人の少女の姿。
 左のディスプレイに映った未久と全く同じ姿が、右のディスプレイにコピーされたのだ。




 やがて、カタン……と右のケースの扉が開き、中に入った人物がゆっくりと出てきた。
 そして左のケースに歩み寄ると、その前に立った。

「あたし……だ……」

 ケースに閉じ込められた未久は目の前に立つその姿を見て、驚きを取り越して恐怖に顔を歪ませた。
 目の前に立つその姿は、先ほどの男ではなく、自分自身だった。

「どお? この姿」

 未久そっくりになった男の声は、彼女と全く同じ声で問いかけた。

「あ、あたし? あたしがもう一人!?」
「ふふふ、この装置はね、左のケースに入ったものの姿を右のケースに入ったものに複写できるのさ。だから今の俺の身体は君と全く同じになったんだよ。君に成りすますために必要な知識も一緒にコピーさせてもらったよ」
「いやっ、気持ち悪いっ!」
「イエロードクーガに足止めされたスウートハニィは、今必死に君を探しているだろう。でも、そろそろ君を助け出してもらわなくちゃいけないな……いや、君の姿をしたこの俺をね。……くっくっくっ、はっはっは」

 男が化けた偽の未久は、床に置かれた未久の体の温もりの残る服の中からショーツをつまみ上げた。

「さて、この服を借りるよ」
「いやっ、この変態」
「え? どおしてぇ? あたし未久だもん。未久が自分のお洋服を着るのは当たり前じゃない」
「やめてよっ! あたしの真似なんかしないでっ!!」

 そんな未久の悲鳴のような言葉を無視して、偽の未久はショーツに足を通すと、ゆっくりと引き上げていった。

「ふふっ、まだ君の温もりが残ってるな。でもこれはもう俺のものだよ」

 そう言いながら、偽の未久は穿いたショーツのお尻を撫で回し、にやりと笑った。

「もういやあぁっ……」

 未久は目の前の悪夢のような光景に泣き出していた。
 だが、偽の未久は構わずスリップを頭から被り、そしてブラウスとスカートを穿いていく。
 フリルの付いたソックスを穿いてその小さい足をスニーカーに挿し入れると、もうそこに立っているのは、トレーラーに拉致された未久そのものだった。

「い……いや……」

 胸を両腕で隠し、しゃがみ込んだままそれを見詰める裸の未久。彼女はぶるぶると震えていた。それは寒さだけではないだろう。

「どお? 今からあたしが相沢未久だよ」

 にっこりと未久の笑顔で笑うと、その場でくるりと廻ってみせる偽の未久。

「いやっ、そんなの、いやっ、いやあああっ!!」

 泣きながら悲鳴を上げる未久を、偽の未久は腰に手を当てて冷ややかに見下ろした。

「さて、君の処分だが――」
「あたしの処分って……何?」
「相沢未久は二人いらないからね、君には別の存在になってもらうよ、『ネオ虎の爪』の怪人にね」
「え? ネオ……なに?」
「さあ、この小娘をこっちのケースに入れるんだ」
「やめて、やめてよ」

 うずくまって抵抗する未久を、パープルカメレオンは強引に持ち上げ、右のガラスケースの中に押し込んで扉を閉じてしまった。
 どんどんと閉じ込められた透明のケースを叩く未久。

「いやあ、出して、出してよぉ」

 それを冷たい目で見詰めるもう一人の未久。

「ばいばい、元のあたし。……さあ、やれ」
「かしこまりました」

 女性の声が偽の未久に答える。

「いや、いやだぁ」

 ディスプレイに映し出された未久の身体がワイヤーフレームのシルエットと化していく。その身体は小さい未久の身体よりもさらに小さくなっていった。
 ガラスケースが光に包まれる。
 やがて機械の音が止まり、トレーラーの中は静寂を取り戻した。そしてカプセルケースが開く。

「立て、我が僕よ」
「はい、ご主人様」

 小さくなった未久の体は白い体毛に覆われ、頭には犬の耳が、そしてお尻からは犬の尻尾が生えていた。

「お前は今から『ネオ虎の爪』の『ホワイトガール』だ。我が手足となって働くのだ」
「はいご主人様。ご主人様の為に働くことは、あたしの至上の喜びです」

 そう言うとホワイトガールは偽の未久の前にひざまずいた。

「よしよし、いい子だね」

 未久そのものの笑顔でその頭を撫でる偽の未久。

(いや……いやだよっ。口が勝手に……体が勝手に……どうして?)

 ホワイトガールの体の中で未久の意識が叫ぶ。だが、それそれはもう誰にも届くことはなかった。

「それではホワイトガール、目立たぬ姿に変身するのだ」
「はっ!」

 犬少女といった姿が徐々に変化すると、ホワイトガールは白い子犬の姿に変じていた。

「これでよし。猫には裏切られてしまったが、犬は主人への忠誠を忘れんだろうよ。……さてと、クロウレディ、スウィートハニィは今何処にいる」
「ここから南西100mの地点です」

 何時の間にかトレーラー内に入ってきていた黒い烏が答える。

「ふむ、丁度良い。パープルカメレオン、今より『ハニィ抹殺計画』をスタートさせる。いいな」
「はっ、かしこまりました」

 敬礼したパープルカメレオンは、偽の未久を脇に抱たままトレーラーを出て走り出した。そしてトレーラーのすぐ前に停められた乗用車に乗り込むふりをする。

「待ちなさい!」

 校門を出てその姿を見止めた蜜樹が叫んだ。
 それが、彼女を陥れるための茶番だとも知らずに……




 さて、場面は再び相沢家の未久の部屋に戻る。

 偽の未久は窓の外を見た。窓の向こうからは、ベランダの手すりに留まった黒い烏が部屋の中をじっと見ている。

「クロウレディ、計画は進んでいるか?」
「はい、仰せの通りに進行中です」
「イエロードクーガはどうした?」
「スウィートハニィに倒されました」
「ちっ、所詮足止めにしか過ぎんかったか。だが倒されたとは……スウィートハニィは変身できなくなったのではないのか?」
「はっ、その筈ですが」
「ふむ……もう少し調べておく必要があるな。クロウレディ、計画はこのまま進めるようにと各幹部に伝えるのだ。俺は当分この姿でハニィの懐の中にいるとしよう。『虎の爪』に襲われ、その魔の手から自分が守ろうとしている愛らしい少女が、まさかこの俺だとは思うまい。それに――」

 その時部屋の扉が開いて、一人の女性が入ってきた。

「未久、どうしたの? 誰と話していたの?」
「ううん? 誰もいないよ。未久の独り言だよ」
「そお、あら、その子犬は?」
「あたしについてきたの。……ねえママ、飼ってもいいでしょう?」
「しょうがないわね。あなたが面倒を見るのよ」
「うぁ〜い! よかったね、ホワイトガール」

 未久は子犬の頭を撫でる。嬉しそうに尻尾を振る子犬。

「ホワイトガール?」
「この子の名前だよ。未久がつけたんだ。かわいい名前でしょう」
「ふふ、そうね。それにしても今日は大変だったわね。でもあなたが無事でよかった。さあ早くお風呂に入りなさい」
「うん、ママ」

 ベッドからよいしょっと降りると、偽の未久はにっこりと微笑んでそれに答えた。

(ママ、それはあたしじゃないよっ。……いやだっ、いやいやっ、もういやああぁ〜っ!!)

 悲痛に叫ぶ未久の心を閉じ込めたまま、ホワイトガールは母親と一緒に階段を降りていく偽の未久に尻尾を振り続けていた。



 その頃生田生体研究所では、蜜樹が学園祭での出来事を生田家の面々……即ち賢造と幸枝、姉の奈津樹、賢造の助手の宝田輝一、そしてシャドウガールに話していた。

「……と言うわけで、襲われた未久ちゃんを助けることはできたけど、危うく『パープルカメレオン』と名乗るその怪人に拉致されるところでした」
「ふむ……『虎の爪』は壊滅したものとばかり思っていたんだが――」
「そうね。怪人たちに袋叩きにされて瀕死の重傷を負った恭四郎は、あれからずっと警察病院に入院しているはずでしょう。それに、たとえ体が回復して退院できても、即刻刑務所行きよね。おまけにシャドウレディたちはみんな『虎の爪』から離反しているわけだし……どうして今頃『虎の爪』を名乗る怪人が現れて、活動を始めたのかしら……奈津樹、あなたはどう思う?」

 幸枝に話を振られて、腕組みして考えていた奈津樹が口を開いた。

「気になることが二つあるわ。一つはあの恭四郎が、いつまでも大人しく警察病院に入院しているかということ。もう一つは、『虎の爪』が壊滅した時に海外に散っていた怪人たちのこと。パンツァーレディだった時のあたしのように海外に派遣されて、そのまま日本に戻っていない幹部クラスの怪人がまだ何人もいると思う。蜜樹が知らない新しい怪人が現れたってことは、もしかしたら……」
「奈津樹姉さんは、『イエロードクーガ』や『パープルカメレオン』って名前の怪人を知ってる?」
「イエロードクーガは知らない……多分雑魚ね。でも、パープルカメレオンは知ってるわ。確かアフリカに派遣されてた怪人だったと思う」
「そうか……それじゃ、やはり海外にいた虎の爪の幹部クラスが日本に戻ってきている可能性があるな。だが、たとえ幹部級の怪人だったとしても、彼らに命令する者がいないことには勝手に動き出す筈はないだろう……」
「そう、そうなのよね……」

 賢造に指摘されて、奈津樹がうなずく。

「……そう言えば、パープルカメレオンは自分たちのことを、『ネオ虎の爪』って名乗ってた」

 未久を助けた時のことを思い出し、蜜樹が顔を上げる。

「『ネオ虎の爪』――か。……やはり、『虎の爪』が何らかの活動を再開していることに間違いはないな」

 腕組みしてしばし考え込む賢造。だが、何事かを思いついたように、助手の宝田を見て口を開いた。

「宝田くん」
「はい、先生」
「至急警察病院に入院しているはずの井荻恭四郎に関して調べてくれたまえ。彼の身辺に何か起きていないかをね」
「わかりました。早速調査してみます」
「……蜜樹」
「はい、お――お父さん」

 まだ少し気恥ずかしさを感じながらも、蜜樹の中の光雄は、ようやく演技抜きで賢造のことを「お父さん」と呼べるようになってきた。

「お前はその相沢未久という少女を守るんだ。彼らが何故その子を襲ったのか……その目的はわからんが、失敗したとなると、再び彼女を狙ってくる可能性がある」
「そうですね……そうだっ、明日、未久ちゃんをここに連れてきても良いですか?」
「うむ。それはいい考えかもしれないな」
(……先生?)
「え? なんだい、ハニィ」
(……ちょっと気になることがあるんです)
「どうしたんだ? 蜜樹」
「い、いえ……俺の中のハニィ……いえ、蜜樹さんが――」
「『あたしの』でしょっ、蜜樹っ」

 蜜樹の口調に、幸枝がすかさず口を挟んだ。

「はっ、はいっ。あ――あたしの中の蜜樹さんが、気になることがあるって言うんです」
「……ほう」

 娘はちゃんと其処にいる。幸枝と賢造は、嬉しそうに目を細めて蜜樹を見た。

(あのパープルカメレオンって怪人、余りにも呆気なく退散したでしょう?)
「それは何か事情があったんじゃないのか。一撃離脱というか、速攻で拉致できなかったら引き上げるように命令されていたとか」
(そうですね……そうだったらいいんだけど――)
「どういうことだい?」
(もしかしたら、何か裏があるのかも……罠が仕組まれているのかもしれない)
「……うーん」
「どうしたんだ? 蜜樹」
「蜜樹さんが、この事件には何か罠が仕組まれているんじゃないかって。それがどんなものかはわからないけれど」
「そうか……いずれにしても用心することだな。……それにしても、再び虎の爪の怪人たちと戦うことになるとはな」
「大丈夫、どんな奴が現れたって、俺――いいえ、あたしが倒してやる」
「慢心してはいけないぞ。指輪はもう無いんだ。それに――」
「え?」
「いや、今日、桜塚教授と会ったんだが、気になることを教えてくれたんだ」
「気になること……ですか?」
「ああ、どうもあいつ、恭四郎のことを知っているらしい」
「ええ? 桜塚教授がですか?」
「うむ。この間、私から『虎の爪』の話を聞いて、改めて今回の事件に関する一連のニュースを調べ直したらしいんだが、恭四郎の顔写真を見て、あいつの研究室に出入りしていたことに気がついたらしい……名前は変えていたらしいがな」
「そうなんですか! あれ? そう言えば……」
「どうした、蜜樹」
「それが、その……学園祭でマリアちゃんがバザーに出したアクセサリーの中に、あの指輪そっくりの指輪があったんです」
「なに? 空中元素固定装置の指輪と同じものがか?」
「はい。でも変身はできなかったし、偶然かもしれないけど――」
「そうか……桜塚の奴、指輪のことは一言も話さんかったが、何か隠しているのか?」

 再び腕組みする賢造。皆も沈黙したままだ。
 部屋を静寂が包んだその時、蜜樹の携帯の着信音が鳴った。

「あ、マリアちゃんからだ」

 ディスプレイを見た蜜樹は、そのまま携帯に耳を当てた。

「もしもし、マリアちゃん?」
『ハニィ、今何してたんだです?』
「未久ちゃんを送って帰ってきたところ。家族のみんなでこれからのことを相談してたんだ」
『こっちは後夜祭のキャンプファイヤーが始まるところだです。ハニィが参加できなくて皆とっても残念がってるです』
「そっか、今日はあたしのせいで皆に迷惑かけちゃったね。よろしく言っといて」
『ハニィが悪いんじゃないんだです。気にすることない……ちょっ、こっ、こらコタロー、まだあたしが話して――』『ハニィ、今度皆で遊びにいこうぜ……って、お、おい、まだ話の途中――』『もしもしハニィ? 何だかよく覚えてないけれど、ご迷惑かけてしまったみたいね。ごめんなさい』『ルミナ、わたしにも代わってちょうだい。……あ、ハニィ、今度取材に行くわよっ。……ちょ、ちょっとマリアっ』『……あ、ハニィ? キリが無いからいっぺん切るです。また研究所に遊びに行くから……じゃあねですっ』

 そして電話はあっという間に切れた。喧騒な余韻を残して。

(楽しそうでしたね……)
「ハニィ、行きたかったのかい? 後夜祭」
(未久ちゃんをちゃんと送り届けることの方が大切ですから、仕方ないですよ。……みんなとは、また会えるし)
「そうだな、また会いたいな」
(はい……)
「……今の電話、マリアちゃんからか?」

 ぶつぶつと独り言?を言う蜜樹に、賢造が声をかけた。

「はい、後夜祭の会場から。今度クラスメイトたちと一緒に遊びに来るって」
「そうか、いつでも連れてくるといい」
「ええ」

 と、それまでずっと黙っていたシャドウガールが口を開いた。

「ハニィ、あたしは一度姉さんのところに戻るんだニャ」
「え? シャドウレディのところに?」
「うん、『ネオ虎の爪』について何か情報を掴んでいるかもしれないから、聞いてくるんだニャ」
「そっか、わかった、頼んだわね」
「あたしがいなくても大丈夫かニャ? ハニィ」

 心配そうに蜜樹を見上げるシャドウガール。

「ふふっ、大丈夫よ。心配しないで」
「よ〜く気をつけるんだニャ、ハニィ。それじゃ行ってくるんだニャ!」

 シャドウガールはそう言い残すと、窓から飛び出し、暗闇の中に姿を消した。

「今は各々ができることをやろう。情報が揃ったら、また対策を考えようじゃないか」
「「はい」」

 こうして翌日の日曜日に相沢兄妹を生田研究所に招くことになり、ハニィは早速それを謙二に電話で伝えた。
 謙二がその誘いに喜んで応じたのは、言うまでもない。



 さて、その夜のことである。謙二が自分の部屋で勉強していると、パジャマ姿の未久が入ってきた。

「お兄ちゃん?」
「ん? どうしたんだい未久」
「今日、とっても怖かった……」
「ああ、危ないところだったな……でもハニィのおかげで助かったよ。彼女に感謝しなくっちゃな」
「そうだね。未久、ますますハニィお姉ちゃんのことが好きになっちゃった。ねえお兄ちゃん、明日はハニィお姉ちゃんには会えないの?」
「さっきハニィから電話があって、明日お前を連れて研究所に遊びに来たらどうだって」
「うわぁ〜、生田生体研究所に入れるんだ。明日もハニィお姉ちゃんに会えるんだ。未久、嬉しい!」

 未久はにこっと笑うと、謙二の胸に飛び込んできた。
 謙二は未久の言葉に一瞬違和感を感じたが、抱きついてきた彼女に、その違和感はかき消されてしまう。

「……おいおい重いだろう。まあ、そういうことだから、今日はゆっくり眠るんだぞ」
「うん。未久、明日がとっても楽しみ。……じゃあお兄ちゃん、おやすみなさい」

 未久は謙二に向かって明るくそう言うと、部屋を出た。
 だが、ドアを静かに閉めたその笑顔は、謙二に見せた表情とは全く違う不敵な笑い顔に変わっていた。

(こんなに早く生田生体研究所に入れることになるとはな……未久、とっても楽しみ……か。そうだな……くっ、くくっ、あっはははは――)



 そして次の日の日曜日、謙二と未久は並んで生田生体研究所の入口の前に立っていた。
 謙二がインターホンを鳴らすと、蜜樹が研究所の扉を開けて二人を迎え入れた。

「いらっしゃい、未久ちゃん、委員長」
「こんにちは、ハニィお姉ちゃん!」

 蜜樹に抱きつく未久。幸枝と奈津樹はその姿を、蜜樹の後ろから微笑ましく見詰めた。

「いらっしゃい……あなたが相沢未久ちゃんね」
「はい、相沢未久です。こんにちは」

 蜜樹から離れて、未久は二人にぺこりとお辞儀した。

「まあまあ、お行儀のよいこと」
「未久ちゃん、あたしのお母さんとお姉さんよ」
「よろしくね、未久ちゃん」
「はい、ハニィお姉ちゃんも綺麗だけど、二人ともとってもきれい」
「まあ、お上手ね」
「未久、お前いつに間にそんなお世辞覚えたんだ」
「あら、謙二くんはお世辞だって言うの」
「え? い……いえ、あ――あの、二人ともおきれいですよ」
「よ・ろ・し・い」
「「ぷっ、あっはははは」」

 大笑いする一同。その時、蜜樹は未久の後ろに一匹の子犬が座っているのに気がついた。

「あれ? その子犬は?」
「あたしが飼ってるんだ。『ホワイトガール』って言うの。ほら、ホワイトガール、ご挨拶しなさい」

 振り向いた未久が子犬にそう言うと、子犬は「くーん」と鳴いて一同に頭を下げた。

「へぇ〜、頭いいんだ。でも『ホワイトガール』って変わった名前ね。それにどっかで聞いたような――」

 奈津樹が首をかしげる。

「さあさあ、いつまでも立ってないで早くお上がりなさい。ケーキも用意してあるわよ」
「はーい」

 幸枝に促されて未久が上がりこみ、謙二と子犬がその後に続く。

「白い子犬で『ホワイトガール』か……黒猫の『シャドウガール』の逆だな」

 妙な符号を覚えて、子犬を見詰める蜜樹。
 その目と子犬の目が、一瞬合う。
 
(…… …… …… ……)
(……え?)



 謙二と未久を囲んで、その日の生田生体研究所は明るい笑いに包まれていた。
 『ネオ虎の爪』の怪人の襲撃を警戒して建物の外には出なかったものの、みんなでゲームしたり、女性陣でわいわい騒ぎながら昼食やおやつを作ったり――と、あっという間に時間が過ぎていった。

「ねぇ、ハニィお姉ちゃん」
「なあに? 未久ちゃん」
「ハニィお姉ちゃんって、変身して『虎の爪』の怪人たちと戦っていたんだよね」
「良く知ってるわね。さては謙二くんから聞いたのかな?」
「え? 俺、未久にそんなこと教えたっけかな?」

 きょとんとする謙二。
 未久は蜜樹に、次々に質問を浴びせた。

「未久もハニィお姉ちゃんが変身するところを見たかったな。ねえお姉ちゃん、今ここで変身できないの?」
「残念ながら、今はもう変身できないのよ」
「ふうん、な〜んだ……できないんだ……」

 一瞬、未久がぞくっとした笑みを浮かべた。

「……ねえ、残っていた良い怪人たちって、まだ研究所の近くにいるのかなあ?」
「近くにはいないわ。みんなどっか遠い所で、平和に暮らしていると思うよ」
「そうなんだ。ふ〜ん」
「さあ未久、今日はそろそろ帰ろうぜ」
「うん。……ハニィお姉ちゃん、奈津樹お姉さま、幸枝お母さま、今日はどうもありがとうございました」
「まあ、どうもご丁寧に。またいらっしゃい」
「うん! またきっと遊びにくるね」
「じゃあ気をつけて」

 子犬を抱き、玄関でぺこりとお辞儀する未久。
 蜜樹と奈津樹、幸枝の三人は、兄妹を笑顔で見送った。

「未久ちゃんっていい娘ねぇ」
「そうね。かわいいし、とっても素直だし」
(先生……) 
「どうした? ハニィ」
(未久ちゃんの連れていた子犬ですけど……)
「子犬? かわいい子犬だったな。それに頭も良さそうだし」
(何かおかしいんです。あの子犬から人のような気配が感じられて……それに、あたしに何かを訴えかけていたような気が)
「人のような気配?」
(はい。それに子犬はそんなそぶり見せなかったけど、泣いていたんです。でも、今のあたしには何で泣いていたのか、何を言いたかったのかよくわからない……指輪があれば理解できたと思うんですねど)
「そうか。でも、どうして未久ちゃんの子犬が? ……まさか、怪人が子犬に化けていたとか?」
(いいえ、あれはそんな邪悪な気配じゃなかった。むしろ幼くて純粋な……どっかで触れたことがあるんだけれど、よくわからない。それに……)
「どうした、まだ気になることがあるのか?」
(未久ちゃんって、以前研究所に来たことがあるのかな?)
「いいや、今日が初めてだと思うよ。何故だい?」
(誰も教えてないのに、一人でトイレとか行ってたし……)
「へぇ〜、良く見てるな」
(何だかすごく気になるんです。……あたし、もう少し考えてみます)
「ああ、何でも思いついたら教えてくれ」
(はい)



 さて、相沢家ではその夜もパジャマ姿の未久が謙二の部屋を訪れていた。

「お兄ちゃんっ」
「おう、どうした未久。そう言えばお前、今日はやけにお風呂が長かったなぁ」
「うん、だって女の子の身体ってすっごく気持ちいいんだもんっ」
「何だそりゃ。……まるでどこかの小説みたく、突然女の子になったみたいなことを言うんだな」
「ふふっ……ねえお兄ちゃん……お兄ちゃんも、この気持ち良さを知りたくなあい……?」
「長風呂のか? ははは、俺にはそんなのわからないな。……まったく女って、なんでこんなに風呂が長いんだかなぁ」
「ふふふ、どんなに気持ちいいか……お兄ちゃんにもわからせてあげようか……」
「え?」

 ガラッ!

 その時、突然部屋の窓が開いた。そして外から何か触手のようなものが何本もうねうねと部屋の中に入ってきた。

「な、なんだこれは!?」

 謙二が呆気にとられていると、触手の後からぬらっとしたその本体がゆっくりと部屋の中に入ってきた。
 それは青い、イソギンチャクそっくりの怪人だった。

「こ、こいつ、『虎の爪』の怪人かっ? ……未久、逃げろ!」

 謙二は未久を庇うように怪人との間に入った。だが、謙二の後ろに立つ未久は驚くでも怖がるでもなく、じっと立っている。

 く、くっくっくっ……

 未久は笑いをかみ殺していた。さもおかしくて堪らないと言わんばかりに。
 しかし未久を庇おうとする謙二が、それに気が付かなかった。

「どうした!? 未久、早く!」
 
 しかし窓から完全に部屋の中に入り込んだ怪人は、謙二に向かってその触手をするすると伸ばすと、がっちりと彼の体を捕らえてしまった。

「く……くそぅっ! 離せっ、離せぇっ!! くそっ、う……うううぅっ!!」

 何本もの触手に捕まえられ、触手の先端でチクリと刺された謙二を強烈な眠気が襲う。
 やがて謙二はその場にがくりと倒れると、ぐったりと眠ってしまった。

「よし、『ブルーイソギンチャク』、やれ」
「ぐぶぐぶぐぶ」

 未久に促され、イソギンチャク怪人は触手で謙二の服をするすると脱がせた。
 裸にした謙二の体をその触手で持ち上げ、真上にある自分の口の中に入れていく。
 足、腰、胸、腕……と、謙二の体はゆっくりとイソギンチャク怪人の中に飲み込まれていった。
 彼の体が入る度に、クネクネと体を振るわせるイソギンチャク怪人。そして遂には謙二は首から上だけを残してイソギンチャク怪人に体を飲み込まれてしまった。



 謙二は夢を見ていた。
 夢の中で、彼は何時の間にか学生服を着て交差点に立っていた。

「あれ? ここ何処だ? 俺、部屋にいたんじゃ? それに、夜じゃなかったっけ?」

 きょろきょろとあたりを見回す。
 何処だ? ここ……

「ねえっ」

 突然、誰かが背後から声をかけてきた。

「……え?」

 振り返ると、後ろから一人の女子生徒が駆け寄ってくる。それは蜜樹だった。

「ちょっと幸、あなた何処行くのよ」
「え? 幸?」
「早く学校行かないと遅刻しちゃうよ」
「え? え? ちょっと待ってくれハニィ。何で俺のことを幸って、俺は相沢謙二――」
「幸ったら何わけのわかんないこと言ってるの? 夢でも見たんじゃないの? あなた女でしょ? ほら」

 蜜樹は謙二の後ろに回り込むと、自分の体を彼の背中に密着させ、左手を脇の間に差し入れた。
 そしてその胸を、ぎゅっと掴んだ。

 むにゅっ。「……あ!?」

 その瞬間、彼の胸から奇妙な感覚が湧き上がった。
 なんだ? この感触って……俺の胸に、何か出来てる!?

「ちょ、ちょっと――」

 謙二は蜜樹の手を払いのけようとしたが、その時、自分の手がいやに白く華奢になっているのに気が付いた。
 おまけに長袖の学生服を着ている筈なのに、腕がむき出しになっている。
 そう……彼の着ていた黒い学生服は、何時の間にか別の服に変化していた。

「……え? なに?」

 思わず自分の体を見下ろした謙二の目に飛び込んできたもの、それは南高校の女子の制服だった。

 ふぁさっ

 何時の間にか、長く伸びた髪が彼の頬にかかった。

「ほらっ、行くよ、幸」
「ちょ――ちょっと待って、ハニィっ。ど、どうして……これって何かの間違い?」
「待・て・な・い。……もお、早く行くよ。あたしまで遅刻しちゃうんだから」
「違う〜っ、俺は……俺は〜っ」

 蜜樹に引きずられるようにして、謙二は南高校の中に入っていった。



 教室に謙二を引っ張り込んだ蜜樹は、始業前でわいわいしているクラスの女子生徒たちに向かって叫んだ。

「ねえみんなみんな、幸ったら自分のことを男だって言うのよ」
「まあ。じゃあ、本当かどうか確かめてみましょうよ」
「え゛」
「それ、剥いちゃえ」
「止めろぉっ! そんな……止めてくれっ! それにここは教室だろうっ!!」

 だが、そんな謙二の叫びに誰も耳を貸すことはなかった。
 教壇の前で、彼は群がってくる女の子たちにセーラー服の上着もスカートも瞬く間にむしり取られてしまった。

「な〜んだ、やっぱり幸は女の子じゃない」
「え? そ、そんな……」

 謙二はブラジャーとショーツ1枚の格好でうずくまっていた。
 胸を抱えるその腕に、自分の胸の感触が伝わってくる。閉じた両足の間からは慣れ親しんだ充実感が消え失せていた。

「ほらね、幸、あなたは立派な女の子でしょう」
「違う、俺は」
「俺? 『あたし』でしょう?」
「そうよそうよ、女の子は『あたし』って言わなきゃ駄目よ……」

 口々にそう言いながら、女子たちが謙二を取り囲んだ。

「……違う、俺は男……相沢謙二だ……」
「何言ってるのよ? あなたは桜井幸……女の子でしょう? ほらっ」

 女子の一人が手鏡を謙二に向ける。
 そこには呆然と自分を見詰める、桜井幸の顔が映っていた。

「これは……幸……違う……俺は……俺は男……」
「これの何処が男なの?」

 女子の一人が、その胸をぎゅっと掴む。

「うひゃっ!?」
「ほら、あなたには立派なおっぱいがあるじゃない」
「ちが……」

 別の女子が、スカートの上から平べったくなった股間に手を当てる。

「ほら、ここだって立派な女の子じゃない。言いなさい……あたしは女の子です、って」
「言いなさい」
「言いなさい」
「俺……」
「言いなさい……」
「言いなさい……」

 いつしか彼のまわりに教室中の女子全員が集まり、声を合わせて叫んでいた。
 声に責められ、謙二の意識は段々と朦朧とし始めた。

 俺は、男? 女? 謙二? 幸? ……

「ほら、どうしたの? 幸」
「言いなさい……」
「言いなさい……」
「俺……あたし――」
「言いなさい……」
「言いなさい……」
「あたし――は、女の子?」
「ふふふ、遂に言ったわね……そうよ、あなたは女の子。そしてあたしたちは、みんなであのお方にお仕えするの」
「あのお方?」
「相沢未久様よ」
「未久が……あのお方?」
「そうよ。あたしたちは未久様にお仕えするのよ」
「未久……様」
「言いなさい……あたしは未久様に命をかけてお仕えします、って」
「あ、あ……あたし――は……未久……様、に……お仕え……しま……す……」
「「あっははは……」」

 その瞬間、蜜樹の姿も他の女子の姿も教室から消え、謙二の周囲は真っ暗になった。



 ブルーイソギンチャクの中で眠りに落ちた謙二は、うなされるように歯を食いしばっていたが……ふっと安堵の表情を見せた。
 同時に、謙二を咥えたブルーイソギンチャクはぐにゅぐにゅと体中を脈打たせながら変型し始めた。
 そのずんぐりした胴体は、謙二を咥えたまま徐々に縮み始める。そして、謙二の体の線がその表面に浮かび上がっていく。
 やがてすっかり薄っぺらくなったブルーイソギンチャクの胴体は、まるで謙二が青い全身タイツを着込んだかのように彼の体にぴったりと貼りついた。さらにその青い肌の色が、謙二の肌の色と同じものへと変わった。
 バランスを失い、ベッドに倒れこむ謙二。
 今度は彼の首から下のシルエットが変化し始めた。むくむくと胸が膨らみだす。腰がきゅ〜っとくびれて、体の線が華奢なものに変わっていく。
 そしてブルーイソギンチャクの薄い膜越しにもこっと膨らみを見せていた彼の股間は、その盛り上がりを少しずつなくし、やがてすっかりつるんとしたものに変わってしまった。
 膨らんだ胸の先端にはぽちっと乳首が突き出し、きれいな形のおへその穴が開く。
 すっきりした股間には、一筋の割れ目が生み出されていた。

 ブルーイソギンチャクは、謙二の体に張り付いた自身を変型させることで、彼を女性の姿に変化させてしまった。
 変化し続ける謙二を、にやにやと笑みを浮かべて観察する未久。
 その目の前で、謙二はうっすらと目を開いた。

「う、う〜ん……」
「ふふふ、お兄ちゃん大丈夫?」
「あ、あれ?」
「え? どうしたの? お兄ちゃん」

 謙二は、いつの間にかベッドに横になっていた自分に気がついた。

「いつの間に眠ってしまったんだ……あれ? 未久、あのイソギンチャクの化け物は? それに何か変な夢を……未久様……あたしどうしてベッドに……え? 今、あたし……何て?」

 慌てて上体を起こすと、胸の膨らみがぷるんと揺れる。
 それを見て、謙二は自分が裸になっていること……そして体の異変に気付いた。
 
「え? 胸が膨らんでいる!? 股間から……アレが無くなってるっ!?」

 鏡に映る自分の姿は、首から上は謙二のままだったが、体はすっかり女の子と化していた。

「な……なんだこれっ!? いったい、どうして……?」 
「お兄ちゃん……あ、もうお姉ちゃんだね。お姉ちゃんはもうあたしの下僕だよ。わかる?」

 未久の目がキラリと光った。

「あたし……そうだ……あたしは……」

 未久の目を見詰める謙二の中で、夢の中の出来事が彼の意識に刷り込まれていく。

「あたしはこれからハニィを恐怖と絶望の底に叩き落してやるの。そして最後に彼女を抹殺する。お姉ちゃんもそれを手伝うのよ……いいわね」
「……はい、未久様」

 謙二はベッドから降りると、ゆっくりと未久の前にひざまずいた。

(続く)

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