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若葉色の怪盗 4

作:きりか進ノ介


井上エリカは、時計が鳴る前に、目を覚ました。
学校の寮の、自分の部屋だ。

つぃん、つぃん、と、鳥の声がする。もう、明るくなっているのだろう。
部屋に泊まったはずの少女怪盗トーマの姿は、すでにない。
立ち上がって、カーテンを開けた。
五月晴れのまぶしい光が差し込む。 今日も、いい天気だ。

「行って、しまわれたのでしょうか。」
すこし寂しそうにつぶやいた、その時。


扉が音もなく開き、小柄な少女が、そっと入ってきた。
「あ、エリカちゃん、おはよう。」
トーマだ。 眠った時のジャージ姿のまま、風呂敷包みを持っている。

「おはようございます、ですわ。」
エリカはにっこり笑い、ベッドに腰掛けて、ふにゃぁ、と、のびをした。
「その風呂敷は、もしかして、もう盗みは終わったのでしょうか?」
トーマはエリカに微笑みかけて、言った。
「まだだよ。 これは、協力者からの差し入れ。 体育館裏に入れてもらったんだ。」

いきいきと輝く、生気に満ちた瞳。 機敏な動作。
昨夜は激しく落ち込んで眠りについたトーマだが、すっかり気分を切り替えたようだ。
目の前に、冒険がせまっている。 落ち込んでなどいられなかった。
先のことは、また、先になってから考えればいい。

差し入れの中身は。
「小型ラジオがたくさんに、缶の発煙筒。 それから。」
エリカは、ボタンの付いた、手のひらサイズのプラスチックの箱を見つけた。

「これは、何なのですか?」
「押さないでね。 仕掛けの起爆用リモートスイッチ。」
「あら、怪盗らしくなってきましたわね。 爆発するわけですね。」
「まあ、ちょっとね。 それより、エリカちゃん。」

トーマは、紙に包まれた小箱を取り出した。
「これは、エリカちゃんに。」
「私に、ですか。 開けてみてもよろしいですか。」
「どうぞ。」


エリカの開いた小箱の中には、首飾りが入っていた。
銀のチェーンに、小さな銀の羽根が一枚ついている。
これだけは、トーマが自分の小遣いで払うから、と、渡辺に頼んだものだ。

エリカは、じっと、首飾りをみつめた。 驚きととまどいの色が、瞳に浮かぶ。
「泊めてくれてありがとう。 それと、ボクたちが、友達になった記念に。」
エリカは、動かない。

「うまくいって落ち着いたら、手紙を書くよ。 返事をもらえると、嬉しいな。」

好きだよ、との気持ちをこっそり込めたつもりのトーマだが、エリカは笑わなかった。
小さくため息をついて、口を開く。

「だめですよ。 怪盗さんが、軽々しく正体を明かしては。」
「だめ、かな。」
「だめです。 逮捕されても、知りませんよ。」
怒ったように言うエリカ。

「エリカちゃん?」
エリカはしばらく黙っていたが、やはり、言うことに決めたらしい。

「私の家は、祖父も、父も、兄も、警察官です。 私も、将来は、なりたいと思っています。」

トーマは、驚いてエリカの顔を見た。
エリカも見つめ返す。

「私は、トーマさんが好きです。 昨日は、とても楽しかったですし。
でも、そういうこととは関係なく、今度お会いするときは、敵同士かもしれません。
だから。  どうか、謎の怪盗さんのまま、行ってくださいな。」

エリカは、ちょっと苦そうに表情をゆがめて、笑った。

「卑怯ですよね。 そんなことも内緒にしたまま、友達面して。
ですから、これは、お受け取りできませんわ。」


そのまま箱を閉めようとするエリカの手を、トーマがそっと押さえた。

「秘密を隠しているのは、エリカちゃんだけじゃないよ。」

一瞬、迷った。
言ってしまったほうが、いいのだろうか。
ボクが、本当は、男だってこと。

いや。 やっぱり、言えない。
トーマは一度つぶった目を開けて、言葉を続けた。

「ボクにも、秘密があるんだ。
だけど、それをエリカちゃんに言うことはできない。
もしかしたら、ひどい裏切りなのかもしれない、と思う。」

にっこり、笑って。

「でも、ボクも、エリカちゃんが、好きだ。 その気持ちは、本当だよ。
だから、やっぱり、受け取ってほしいんだ。
未来の名警部エリカと、大怪盗トーマが、気の合う友達だった、その記念に。」


「………そういうふうに言って頂いては、お断りするのは失礼ですね。」

エリカは、首飾りをとりだし、身につけ、鏡の前に立った。
幼い胸をおおうパジャマの上で、小さな羽根が銀の光を集めて、揺れた。

「ありがとうございます。」
トーマのほうを向き、礼を言って、エリカは明るく笑った。
「とっても、かわいいですわ。 没収されないように気をつけて、ずっと、大切にしますね。」


「お別れするのが、やはり、惜しまれますね。」
並んで制服を着ながら、エリカが言う。

「手紙は、出すよ。 どういう首尾だったか、気になるでしょう。 ただし、匿名でね。」
「それでしたら、楽しみに待っておりますわ。」

緑色のミニスカート、パステルグリーンのラインの入った、白の夏セーラー。
ウィッグと眼鏡を身に着けて、鏡の前に立つと、すっかりまじめそうな女子高生だ。
折れていた襟の端を、そっと、エリカが伸ばした。
若葉色のスカーフを、まっすぐに直して。

そして、いよいよ、TS女子高生怪盗トーマの戦いが、始まる。




「理事長! お早うございます。 心配しましたよ。」
朝礼の直前に姿を見せた理事長に、教頭はほっとした顔を見せた。

「うちの車庫のまん前に車を止めたバカがいてな。 足止めされたんだ。
わしも、もっと早く来るつもりだったんだが。」
理事長は軽自動車の名前など知らなかったが、車は、白のジムニーである。
渡辺の、妨害工作だ。

予定通り8:40に、理事長も出席して、朝礼が始まった。


教師も生徒もグラウンドに出払ったのを見計らい、トイレから、トーマが顔を出した。
ウィッグと眼鏡ははずし、肩掛けかばんを斜めに掛けている。
肩掛けかばんは、道具の出し入れに便利なように、口をあけっぱなしだ。

教室を回って、スピーカーの上に、ラジオを置いていく。
電源は入れてあるが、スケルチを効かせてあるので、ノイズは聞こえない。

予定の教室を回り終え、ふたたびトイレに潜むと、すぐに朝礼は終わった。
生徒が校舎にもどり、ざわついてくる。

ざわめきに紛れてふたたび個室から出てきて、トーマは、トイレの窓を開け放った。
これも、仕込みだ。
廊下に出て、4階の理事長室へ向かう。

理事長室の前の廊下には、誰もいなかった。
学校だというのに、この階には応接室や倉庫があるだけで、教室をまったく設けない設計だ。
最初から、理事長のプライベートフロアにするつもりだったのだろう。

理事長室のドアに忍び寄って、うげ、とトーマはうめいた。
「暗証番号式、か。」

校内のことだ。 鍵が掛かってないといいな、と思っていた。
掛かっていても物理的な鍵なら、針金と金属片で、開けられる自信があった。
しかし、今回はその技能は使えない。
あきらめるか? 一瞬、その判断も頭をかすめる。

「おちついて、とりあえず観察、だね。」
一般的な、10キーにCとEのキーの付いた入力装置だ。

指の垢の目立つのは、0、1、7、E。
Eは最終的にEnterを指示するキーとして、普通は4桁の番号があるはずだが。


ぴん。
ひらめいた。
「分かっちゃった、かも。」

場所は、奈良。
考古学マニアの理事長。 場所柄、飛鳥・奈良時代の遺物を集めているだろう。
そして、おそらくは覚えやすい数字。 と、くれば。

「なんと大きな平城京、と、これでどうかな?」

0、7、1、0、E。 トーマは、押した。
言うまでもなく、平城京遷都の西暦年だ。
ピーと電子音が鳴り、小さな緑色のライトが点く。

「ビンゴ!」
小さくつぶやいて、トーマは懐中電灯をそっと持つと、ノブをまわし、扉を開けた。


理事長の大河原氏は、室内にいた。
机の上に古い仏像を5体並べて、手袋をした手でひとつずつ、ゆっくりとなでまわす。
1000年以上の時を超え、自分だけのものに落ち着いた像たちの、なんと愛おしいことか。
至福の、時間である。

そこへ、いきなり生徒が入ってきたのだ。

理事長は、すかさず立ち上がり、叫んだ。
「こら貴様! ノックもせずに入ってくるとは何事か!」

弱い犬ほどよく吼えるものさ。 トーマは、もちろんあわてない。
「理事長。 だいじなお話があって参りました。」
「ふざけるな! だいたい、授業はどうした! どこのクラスの生徒だ!」

だめだこりゃ。 文字通り、話にならないや。
トーマは、左手に持ったライトのスイッチを入れた。
LEDの、「動物に向けて照射してはいけない」光が、理事長の目を直撃、一瞬、視力を奪う。

次の瞬間、トーマは鞠のように机を飛び越えて、理事長の後ろにいた。
椅子を、理事長の膝の裏に蹴りこむ。 かくん、と椅子に座り込む理事長。
左腕で首を抱え、すかさず、ナイフの刃を立てて、ぴたり、と頬に当てる。

「怪盗トーマ、参上。 余計なことをすると、命がないよ!」


おびえる理事長に、猿ぐつわとロープを掛けるのは、難しいことではなかった。
目隠しもして、椅子ごと部屋の横手に転がす。


室内を確認する。
ソファと、テーブル。
装飾品として、ありきたりな仏像が数体。
部屋の向こう側に、………大きな金庫。

「長い休みが明けて、学校へ出てくると、宝を見たいと思うに違いない。
普段は鍵を掛けて隠してあるものなら、なおさら確認したいだろう。
だったら、開けてもらった方が、楽でいいよ。
あとは、時間をこちらでコントロールすれば、ばっちりさ。」

昨日の、渡辺のセリフである。
そして、渡辺の予想通り、遺物を入れたその金庫の扉は、開いたままだった!


金庫を確認する前に、逃走経路の確保が先だ。
トーマは、かばんから長いロープを取り出し、机の脚に結んだ。
あと、カードも置いておこう。 エリカちゃんに怒られないように。
白いカードに、小さな馬のデザイン、”TOMA“のサイン。 文面は無し。
そして、窓を開けてから、大きな金庫に近づいた。

あるある。 仏像や経文、剣、銅鐸、宝玉。 
さすが、奈良在住の悪徳理事長だ。

そして、確かに、金色に輝く、古代鏡!


「あった! ボクの、鏡だ。」


何度も夢に見たレリーフ。 3年の時が経っても、間違えるはずはない。
そぉっと手ぬぐいに包んで、かばんに入れた。
他のものに、手を出すつもりはない。 あとは脱出するのみ、だ。

「さてと、お兄ちゃん、頼むよ。」
トーマは一息だけ付いてから、渡辺の携帯を鳴らし、相手が出る前に切った。


「よし、作戦通りだな。」
車で待機していた渡辺は、着信を確認した。
おもむろに無線機のスイッチを入れる。

「緊急連絡です。 落ち着いて聞いてください。」

授業が始まったばかりの各教室に、渡辺の声が響いた。
トーマが仕掛けたラジオからだが、スピーカーが鳴るのと、ほとんど区別はつかない。
「不審者が侵入しました。 ただいま、追跡中です。
各クラス、荷物を持って、ただちに体育館へ避難してください。 繰り返します。………」


ぷるるるる。
理事長室、トーマの前で、机の上の電話が鳴り始め、10秒ほどで切れた。
「ばれたかな。」
とはいえ、ここまで来れば計算が立っている。 あわてなくていい。
むしろ、警備の目を引きつけたほうが、あとで都合が良い。

かばんから発炎筒を取り出し、点火して、部屋の真ん中に置く。
念のため、もう1本、ふたを開けて、と。

待て。 なにか、今、気になるものが視界に入らなかったか?
トーマは身構えて、慎重に、部屋を見回した。
こういう感覚は、大切にした方がいい。

もくもくと広がっていく、白い煙。
机の上に、異常は無い。
理事長も、動いていない。

金庫は、………!  あれは!

雑多な宝物に混じって、あれが、置いてある!
………黒い縞の入った、黄色い石。
トーマが、女になったきっかけの石と、そっくりだ。

「さっきは、気が付かなかったのに!」
呆然とするトーマの耳に、小走りの足音が聞こえた。 話し声もする。
時間がない!

一瞬迷って、トーマは、金庫へ走った。
石をひっさらい、机の後ろに跳んで戻る。

白煙の向こう、ドアのところに、人影があらわれた。 
「理事長! ご無事ですか!」
拳銃を、構えている? やばい!

トーマは、机の後ろに隠れたまま、そっとロープの束を窓の外へ投げて垂らした。
セーラー服の襟を立て、ロープを跨ぎ、背中に回して、『肩がらみ』の形に体にかける。

かばんから折りたたみ傘を出し、止め具をはずした。
腰のベルトからカラビナ(登山用の連結金具)をはずして、傘の柄の紐につける。
使い慣れた用具、一瞬の早業だ。
予備の発煙筒に点火し、開けたままのかばんに放り込む。

傘をくわえ、ロープを持って窓枠に飛び上がり、こちらに向き直った。
「動くな!」 影を見つけた警備員の声が飛ぶ。
しかし、トーマの姿は、そのまま後ろ向きに、窓の外へ消えた。

窓のすぐ下で、カラビナをロープに掛けて、傘のボタンを押した。
ばすん、と音をたてて傘が開く。

ただちに、「肩がらみ懸垂降下」を始める。
登山者が、崖を降りるときに使う技法だ。 レスキューが壁を降りるのにも似ている。

5月の朝の止まったような空気の中を、トーマの体が切り裂いて降りてゆく。
緑のスカートが白い壁に映えて、蝶のように舞う。
垂直の、すべりやすい壁は危険だが、そうは言っていられない。
(たいへん危険です。 まねしないように。 筆者は足を滑らせて死にかけた経験が……。)

一跳びごとに、みぎに、ひだりに、揺らしながら、一気に高度を落とす。
すぐ上から、制服に似せた白地に緑の傘が、踊りながらついて落ちて来る。

「止まれ!撃つぞ!」
上から声がする。
「かまわん! 撃て!」
理事長だ。 助けられたらしい。

「うわ、やめて。 撃たないで。」
つぶやいたものの、トーマは止まらない。

かばんの発煙筒は、煙が濃いうえに、あまり上昇しないタイプのものを選んである。
降下経路に沿ってたまった煙は、トーマの姿を、十分、隠してくれるだろう。
煙が不十分で下が見えても、傘ともつれ合って左右に跳ぶトーマに、狙いは付け難い。

ただし。 相手がロープを撃ち抜くことを思いついたら、アウトだ。 急がなければ!

その時、トーマの指が、あらかじめ作っておいたロープの結び目に当たった。
昨日、だいたい2階の高さになるように、目印を付けておいたのだ。
理事長室や校長室は、かならず窓を背にして重い机が置いてあるので、計算できる。
2階には、さっきトーマが窓を開けたトイレが、少しだけ右手にあるはずだ。

あった!
トーマは、壁をけって右に跳んだ。
シュン! 傘を、銃弾が打ち抜いた。

間一髪で逃れたトーマは、窓に飛び込むと、発煙筒を外に投げ捨てた。
揺れて落ちていく傘を、発炎筒が追い抜いて落ちていく。
傘と、煙が、グラウンドに警備を引き付けてくれるはずだ。

ふー。 とりあえず、生きてる。 危なかった。
一息だけ吐いて、制服のほこりを払い、ウィッグと眼鏡をつけて服装をととのえる。


間もなく、生徒たちの避難が始まった。
制服を着た生徒たちの中に紛れてしまえば、まず見つからない。
「木を隠すなら、森の中、だよね。」

侵入者があったのは本当だ。 確認をとったとしても、誰も疑問に思わないだろう。
また、侵入者という言葉で、小柄な女子高生を連想する者も、まずいない。
警戒される心配は、ないと見ていい。

あとは、警備員がここに気付くのが早いか、生徒たちの列が来るのが早いか。

………ほどなく、生徒の列が見えた。
行き届いた避難訓練が、トーマに有利に働いたようだ。


先頭をやりすごし、途中にそっと合流しようとして。
トーマは、エリカを見つけた。

そばに寄って、声を掛けた。
「また、会えたね。」

「まあ。」
一瞬おどろいたエリカだが、トーマの表情が明るいのを見て、目を輝かせた。
「そのご様子だと、成功、ですか。」
「なんとかね。 あとは、脱出するだけ。」


ふたりは、体育館前まで、黙ったまま、並んで歩いた。
秘密を共有するふたりが並んでいられるだけで、楽しかった。
何かを話すことで、この時間が壊れてしまいそうで、怖かったのかもしれない。



校舎を抜け、渡り廊下を渡って、列は体育館の前に着いた。

「そろそろ、行かなきゃ。」
トーマが、沈黙を破った。

「いつか、捕まえてみせますわ。 他の誰かに捕まったら、許しませんわよ。」
「そう簡単には捕まらないよ。 君にもね。」
小さく笑いあって。

「じゃ、行くよ。」
トーマは、リモートスイッチのボタンを、押した。

「お気をつけて。」
「元気でね。」
短い言葉に、想いが詰まっている。

しゅぼぼっ。 ぱーん。 ぱぱーん。
運動場の向こう、校外で、派手に花火が上がった。
ぼんやりした空に、白い煙のかたまりが浮かび上がる。
生徒たちの間にざわめきが広がり、小さな悲鳴があがった。

一瞬、花火に気をとられたエリカが目を戻したとき、すでにトーマの姿はなかった。

体育館の角を曲がる緑のスカートが、ちらっと見えたようにも思えた。
あとは、山の若葉が、そよ風に揺れ、陽にきらめいているだけ。







<その後。 そして、いざない。>

体育館の裏で塀を越えたトーマは、竹やぶの坂を下っていた。
体を急な斜面に垂直になるまで倒し、重力も利用して、下り坂を加速するように蹴る。
方向を変えるステップは必ず竹の根元を踏み、時に手で竹を叩いて下る向きを修正する。

ふっと、トーマの前に人影がでてきた。

「なかなか、見事………」
ひゅん!
目も合わさずに、トーマはその横を抜き去った。

「あっちゃあ。 ほんま、速いな。」
あきれたようにつぶやいた時には、もうトーマの背は小さく見えている。
人影は、出てきた時と同様、唐突に、ふっ、と消えた。


学校裏の坂を下りきり、さらに川に沿ってしばらく下る。
スカートをひるがえして、砂を蹴り、岩を跳び、浅い瀬にしぶきを上げて川を渉る。
反対側の斜面を駆け上がれば、渡辺と待ち合わせの林道は、もうすぐそこだ。

ところが。 トーマの行く道に、ふたたび人影が立ちふさがったのだ。

「なかなか見事な手際やったね。 お、今度は言わしてくれたな。」

トーマは、足を止めた。
登り坂で、速度が上げられなかったこともある。
だが、それよりも。

「………どうやって、ボクより先に?」
立ちふさがったのは、ガウンを着た青年だったのだ。
熟練した登山者が相手ならともかく、こんなのに追いつかれるはずはない。

「ま、ちょっとした、魔法、や。」
青年は、右手を前に出して、掌を開いた。

「!」
黒の縞の、黄色の、石………。

「そっちの目的も果たしたとこで、今度は、僕の用事に付き合うて貰おと思てね。」
「そんな時間はないよ。 人を待たせてるんだ。」
「こっちの時間で1分くらいや。 ま、急ぐんやったら行ってええけど。」
青年はとぼけたような笑いを浮かべて、言った。


「君の持ってるその珠では、男に戻られへんで。」


「決まりやな。 僕の世界に行ってから、ちゃんと話すわ。」
相手を睨みつけたまま動かないトーマに、青年はひとりで話を進める。

「かわいらしい顔で、そない睨まんといてや。
用事が済んだら、ちゃんと元に戻したるさかい、な。」

トーマのかばんと、男の持つ石から、黄色の光があふれて。
二人の姿は、山道から、消えた。


そして、トーマは別の冒険の末、男に戻る石を持って帰るのだが。
………その話は長くなるので、もし機会があれば、そのうちに。






<エピローグ>

「お兄ちゃん。 ひさしぶりっ!」
林道の脇の山道から、若葉色のセーラー服の少女が飛び出した。
トーマが、帰ってきた。 渡辺は、拍手で迎える。

「無事でなにより。 女の子になっても、やっぱりトーマはすごいな。」
「今のセリフ、ひとこと余計だよ。」
ひと睨みして、しかし、すぐ機嫌を直す。
「はい、おみやげ。」
かばんを開けて、古代鏡をとりだした。

渡辺は、手にとって見た。
さびついた鏡の装飾面に残った金メッキが、光を反射して燦然と輝く。
「すごい。 これは………、レリーフの状態もいいし、一級品だ。」

「だいじに持って帰ろうね。 それと、これ!」
トーマは、例の黄色い石を手に乗せて差し出した。
「あ、さわらないほうが良いよ。 『お姉ちゃん』に、なりたくないでしょ。」
渡辺は、あわてて手を引っ込める。

「例の、やつか?」
「うん。 実は、使い方も分かっちゃった。 いつでも、男に戻れるよ。」
やったね! と、Vサインをしてみせる。

「………戻っちゃうのか?」
「決まってるよそんなこと。 この服を着替えたら、すぐにでも。」
「そうか。 良かったじゃないか。」
言葉と裏腹に、どうみてもガッカリして見える渡辺。


「お兄ちゃん、やっぱり、イヤラシイこと考えてたんだ?」
「いや、イヤラシイ、というかだな。」

じとぉっ。
トーマの視線に、渡辺は、観念して頭を下げた。
「すまん。 晩メシは妹とデートだと思って、楽しみにしていた。」

あまりに簡単に渡辺が白状したので、トーマはおかしくて笑った。


「いいよ。 じゃあ、晩御飯まで、この姿で。」
機嫌よくかばんを車の後部座席に乗せて、渡辺を振り返った。
「そのかわり、おいしいもの食べようね。 ひさしぶりの、素敵なごはん。」

「天理ラーメンじゃ、だめか?」
「だめ! もとに戻るよ。」
拗ねてみせるトーマの肩を、渡辺は、とん、と叩いて言った。

「ウソだよ。 ちゃんと考えてあるよ。 トーマの初成功のお祝いにふさわしい所を、ね。」

「じゃあ、行こうか。」
「了解。 あらたなる冒険を目指して!」

苦笑して、渡辺は車を発進させた。
林道の砂ぼこりが、風に乗って、空に吸い込まれていった。


あとがき

やっと、できました。 今シリーズが初投稿です。
まずは、お読みいただいた皆様、ありがとうございました。
HTMLや内容について教えて頂いた皆様にも、たいへん感謝しております。
それから掲載にご尽力いただきました編集委員様、本当にありがとうございます。

はたして、他人の鑑賞に堪えるものができるのか、迷い迷って迷いながら書きました。
短文を連ねた文章、多改行で内容のわりにやたらと縦長のWEBページ。
内容的にも、特に今回は、TSも萌えもギャグもない。
いずれも悩んだ末に、意図的にやったことなのですが、どうかなあ、と思いながらの投稿です。
よろしければ、感想掲示板の方でご意見を頂けますと、非常にうれしく思います。

そして、すこしでも面白かったと思っていただければ、これに勝る喜びはありません。
もし許されるなら、拙作ながらまたご覧に入れたいと思っております。

それではこの辺で。 みなさまご自愛くださいませ。


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