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「ぎゃぁぁぁぁぁぁっぁぁっ!! あぁっ!! あがぁっ!!」

 少女の悲痛な叫びが、夜の森に木霊する。

「いやぁ! やめて!! もうやめて!! おねがい!! やめ……ひぎぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 左脚が撃ち抜かれた。右脚は既に撃ち抜かれている。

「あぁぁぁぁぁっ!! いたいよぉ!! いだいよぉ!! ママぁ!! たずけでぇっ!!」

 地面に倒れ伏してのたうち回る少女。
 いっそ、気を失ってしまえば楽になれるのに。

「ははっ、あははっ、あはははははは!! いい悲鳴だぞフロイライン!!」
「うぐっ、うぐっ、ひどいよぉ!! あしがぁ! わたしのあしがぁ!!」
「次は左肩、その次は右肩だ、良い声で鳴けよ……英国豚!!」

 旧式のオートマチック拳銃、ワルサーP38が火を噴き、少女の左肩に紅い華が咲いた。
 第二次世界大戦当時ドイツ軍制式拳銃だった銃が、今、英国の名家ロザレイの令嬢に向けて撃たれている。

「ぐぎぃいいいぃっ!! や、やめてぇ!! もうやめでぇ!! しんじゃう!! じんじゃうよぉ!!」
「あぁ、大丈夫殺さないよ。ただ……死んだ方が楽かもなぁ?」

 また一発、少女の右肩に大輪の花が咲く。
 的確に、容赦なく、少女の肩関節を粉砕する鉛の弾丸。
 もはやのたうちまわる事も出来ない、血の海の中で少女が悶絶する。

「あぎゃぁぁぁぁっ!! あぐっ! あぐっ!! ぐ、ぐあぁぁぁっ!!」
「あー、良い悲鳴だ、射精しそうだぜ……」
「ぎぃぃぃっ!! こ……殺してやるぅ!! ぎざま、ごろじでやるぅぅっ!!」
「あぁ、別にいいぞ? 殺せるなら殺してみろ……この、血ダルマが!!」

 少女が蹴り飛ばされる。肋骨がへし折れて、少女の口から血の泡が飛んだ。
 折れた肋骨が内臓を傷つける事はなく、少女は激痛と失血で朦朧とした意識を抱えたまま。
 死ぬことも、気を失うこも許されず、ただ生きたまま地獄の中に。

「げぶぅっ!! げ、げぶっ……は、はー、はー、はーっ!! ごぶぅっ……」
「教えてやるよ、覚えておきな。俺の名はカイ・シェンカー」

 少女が着ていた純白のドレスは、今や深紅に染まり。
 少女の美しいサファイアの瞳は――。

「げふ……きざま……ころず……ごろじでやる……ころす……カイ・シェンカーぁ……」
「それがお前の手足と光を奪った、吸血鬼の名だ!!」

 ――振り抜かれたナイフによって、横一文字に切り裂かれ。

「ぐっがぁぁぁぁぁっ!!」

 ――アリソン・ロザレイは10歳の誕生日に、両手両脚両目を失った。




めいぷる! ─ザ・インセクト─

第二話・第四章「ルール&ロール・後編」

作:K.伊藤





   ―――第一幕―――

 椿のおしりたたいて、ゆうしょく食べて、おふろはいろーとしたら、けーたい電話が、なった。
 がめんの名前は『宮ノ森かなみ』……なんだろ?

「もしもし」
「楓さん……助けて、助けて……」

 あれ、かなみ、苦しそう。
 助けて、って、言ってる……。
 助けて? ……助けて? ……助けを求めてる?

 ――ぱちん、と何かのスイッチが入った。

「……!? どうした? 何があった!?」
「来て、来てください、お願い、お願い、楓さん……」
「ちょっと! ねぇかなみ!?」
「お願い、お願い、お願い、楓さん、来て、助けて……」
「わ、わかった、とにかく、すぐ行くから!!」

 何があったかわからないが、かなみが助けを求めてる事は間違いない!!
 通話を切り2階の自室に向かう、メットとバイクの鍵を持って……いや、こっちの方が早い!!
 服を脱ぎ捨て、深呼吸ひとつ。

 ――頭は冷静に、心は穏やかに、魂は熱く、手足は平静で。

 ――出血は? とまってる。
 ――気力は? 十分に。
 ――体力は? 申し分なく。
 ――問題は? 何もない。
 
 ――行けるか? 行ける!

「変身ッ!!」

 脳が送り出した命令を身体各部の器官が受信。ヒューマノイドモード終了。
 インセクトモード開始。皮膚が硬質化しそのまま外骨格の鎧に変化。
 感覚器官集中解析回路とでも呼ぶようなモノが目を覚まし、脳、及び脊髄とダイレクトリンク。
 肉体と神経の強化に伴い、身体にかけられていたリミッターがはずされる。

 ――さぁ、行こう。束縛するものは何もない。

「おっ、お姉ちゃん!? 何やっちゃってんの!?」

 っと、私の部屋の入り口に葵が立っている。いや気付いては居たんだけどね。
 どうしよう、言うか言うまいか。なんて一瞬躊躇したけど――。

「ちょっと、かなみのトコ行ってくるね!!」

 それだけ言い残して、ベランダに出る。
 雨はまだざんざか降っているけど、濡れるだの何だの言ってられない。
 かなみのピンチ、駆けつけないで何がお姉ちゃんかっていう。

「えぇぇぇぇぇっ!? 何!? 何なの!?」

 当然今の一言だけじゃ、葵は納得しない。でも、答えている時間が惜しい。というか面倒。
 何だかわかんないけど、まぁ、後で話せば良いでしょ。

「行ってきまーす!」
「ちょっとちょっとちょっと!! お姉ちゃーん!!」

 そして私は雨の中、かなみの家に向かったわけだ。

「椿のお尻叩いたその足で夜間外出!? ちゃんと説明していけー!!」

 なんて声を背中で聞きながら。

 ――近所迷惑だよ、葵。




   ―――第二幕―――

「かっ……かなみ?」
「こんばんは、楓さん……変身してきたんですか?」
「あぁ、うん、どうしたの? 何があったの? 真っ暗じゃない……電気は?」

 宮ノ森家に着くと、電気が消されていて。
 インターホンを押しても反応が無く。
 玄関をノックしようとしたら、スウッと扉が開いて、かなみが顔を覗かせて。
 その顔が、なんだか蒼白くて……こう言っちゃなんだけど、幽霊みたいで。
 失礼だけど、シチュエーションがシチュエーションだけに、えらくビックリした。

「電気、えぇ、電気が突然とまっちゃって。おうちのセキュリティもとまっちゃって。それで、怖くて怖くて思わず電話を、ごめんなさい。あの……決して楓さんを誘い出す罠なんかじゃないですよ?」
「いや罠て、とりあえず、今は家に一人きりなんだ?」
「はい、一人です。屋根裏に吸血鬼なんか匿ってないですよ?」
「か、かなみ、この状況で、そーゆー冗談は……」
「うふふ」

 うわ、かなみ色っぽい……この子、こーゆー笑い方も出来るのか。
 女は魔物、とは言うけど……。
 でもまぁ、とにかく良かった、何か事件に巻き込まれたってわけじゃないんだ。
 しかし――なんて色っぽい格好してるんだか。

「……うふ、私のおっぱい、気になりますか? 楓さんになら、見せてあげてもいいかなぁ?」
「か、かなみ、だからそういう冗談はっ」

 大きく胸の開いた、白いミニのワンピース、胸の谷間を強調するように両脇から二の腕で寄せて――。っていうか、 あのポチッとしたのって、ひょっとしてブラつけてない?
 まったくもう、「誘ってる」って思われちゃうぞ? まさか本当に誘ってる? そんなまさか――かなみが?
 な、何だか本当に喰われちゃいそう、乙女の貞操のピンチ? なんてね。

「え、えと、ブレーカーは?」
「……よくわからないんです。あ、見て貰えますか?」
「そっか、じゃぁ、ちょっと見てみるかな。お邪魔しまーす」
「……ねぇ楓さん、変身、解かないんですか?」
「ん、ほら変身解いちゃったら、私全裸だし」
「……残念です」
「いや残念て」
「すごく残念です」
「……いやあの」
「ものすごく残念……」

 か、かなみの雰囲気が違う。
 まさか、本当に罠!? 私食べられちゃう!?
 いや、まさか、かなみはそんな事するような子じゃ……え? あ、あれ?

「か、かなみ?」

 身体が動かない。

「ねぇ楓さん、変身を解いてください」

 身体が、動かない。

「ねぇ、楓さん、変身を解いて?」

 身体が、動かない!!
 私の身体にまとわりつく力。
 これ、これって、まさか、まさか。

「じゃないと、私、無理矢理奪っちゃいますよ?」

 ――かなみの結界が私を拘束している!?
 ――奪う、奪って!! まさか本当に貞操の!?

「か、かなみ、ちょ、ちょっと!! 冗談は!」
「冗談? 冗談ですか、ふふっ、うふふふっ。――あぁもう、楓さんって本当に可愛い人……」

 そこに至ってようやく気が付いた。
 やっぱり、今日の私はぼけている。
 あぁ、かなみ。

 ――その紅玉色に光る瞳は、いったいどうしたの?
 ――かなみ、そんなに八重歯尖ってたっけ?
 ――かなみ、かなみ、一体何があったの?

「……っあ!! ……っぎぃっ!!」

 力任せに無理矢理かなみの拘束を抜けようとする。
 みしみし、ぎしぎしと鳴る私の鎧、かなみの結界。かなみの、指の骨。

「あ、痛い、痛いです。楓さん、痛い、私の指が砕けちゃいますよ」
「なっ、なら……この結界、解いて!!」
「嫌です、嫌ですよ。ねぇ、なんで私を拒絶するんですか? 私のことを好きだって言ってくれたの、あれは嘘なんですか?」
「嘘じゃないよ……けどっ!!」
「なら、私に楓さんを下さい。大丈夫ですよ、最初は痛いけど、だんだん気持ちよくなります……ね? 優しく、奪ってあげますから」
「洒落になんないっ!! 洒落になんないよ、その表現!!」
「わかりました、楓。貴女やっぱり無理矢理が好きなんですね」
「呼び捨て!? なんでそうなるのっ!? やっぱりって何!? ……あ、ぐうっ!!」

 締め付けられる! やばい、やばいやばいやばい!!
 でも、でも、かなみを、傷つけるわけには!!

「か、かなみ、やめ、て……おねがい、やめて……」
「あ……だめよ、楓……そんな、切ない顔されたら、私……私……」
「か、かなみ」
「楓を、滅茶苦茶にしたくなっちゃう」
「あぅっ!! かなみ、やめ、やめ……んくうっ!!」
「変身解いたら、やめてあげるわよ?」
「ぐ、あぁぁぁっ!!」

 くそ! くそ! くそったれ!!
 ごめん、ごめんね、ごめんねっ!!

「ごめんね、かなみっ! ……ぎっ……ぎぎぃっ!!」
「あ、あ、痛い、痛い、楓、ひどい、いじわる、痛いよ、痛い」

 フルパワーでかなみの結界を押し戻す。
 目の前でかなみの指の骨が、ぺきぺきと鳴っている。
 ――痛い、心が痛い。
 ――傷つけたくない、傷つけたくなんか、ないのに!!

「あ、あぁ、痛い、けど、いいよ、楓から貰えるものなら、痛みでも、私……」
「ぐ、くうぅぅっ!!」
「あ――だめ、折れる」

 ――ぺきん、と。
 宮ノ森家の玄関に、かなみの指が砕ける音が響いた。

「あ、あぁ……折れちゃった、すごく痛い、楓、ひどい事するね」
「ごめん、ごめんね、かなみ!!」

 かなみの結界を抜けた。
 目の前にはかなみ、紅い瞳、蒼白い顔、唇から覗く牙。

「ほら、見て、私の指、ぐちゃぐちゃだよ。これ、楓がやったんだからね?」

 なんで、なんで、なんでかなみが。
 良い子なのに、かなみは、凄く良い子なのに!!

 ――どうして、吸血鬼なんかに!!

 左右の手首から糸を繰り出し、かなみを縛り上げる。
 椿のほど強くないし応用も利かないが、少しの間なら。
 ――丹念に糸を巻き付け、ぎっちりと拘束した。

「あ、うふ、うふふ、拘束されちゃった、楓に……いもむし、ごーろごろー」
「かなみ、待っていて、今助けを――……え?」

 ――……なんだ?
 ――いま感じた気配はなんだ?
 ――いま、玄関の外にいるのは、誰だ?

 私の目の前で、ゆっくりとドアが開いていく。
 稲妻が光る。湿った空気が流れ込んでくる。
 ――そこに居たのは、少女。
 雨に濡れた深紅のドレス、水の滴る美しいブロンド、夜の闇でも光を放つようなサファイアの瞳。
 覚えている、忘れられるわけがない、彼女は、彼女の名は。

「英国聖堂騎士団見習い、アリソ……へっくちゅ!!」
「そこでくしゃみ!? シリアスになりかけた雰囲気台無しだよ!!」

 つっこまずにいられなかった私だった。




   ―――第三幕―――

「……英国聖堂騎士団見習い、アリソン・ロザレイ。吸血鬼を退治しに推参しました」
「帰れ」
「断ります」
「飴あげるから帰りなさい」
「飴はもらいますが帰りません」

 もらうのかよ。
 まぁいいや、ドリアンキャンディだし。

「この子は、殺させない」
「今、この場で滅してあげるのが慈悲です」

 睨み合う。
 状況は私に不利、圧倒的不利。
 後に控える少年は狼男、浅黒い肌のメイド装束なのは、自動人形のアルフなんとかだと思う。
 実力の程度はわからないが、並じゃないことは予想できる。

 ――さて、どうする? 必死で考えを巡らせる。
 イチかバチか、やるしかないか? ……そう決断しかけた時、後のメイドが口を開いた。

「お嬢様」
「なんですか、アル」
「そちらの少女は、なりかけです。まだ間に合うかと」
「間に合う!? 助けられるの!?」

 会話に割り込んだ、まだ間に合うの? 助けられるの? 救えるの?
 その為なら、私は、何だって――!!

「……救いたいのですか?」そう問いかけるアリソン。
「勿論さ当然だよ当たり前だね!!」間髪入れずに答える私。
「うぷ……い、いもむしごろごろ、してたら、酔っちゃった……」床に転がるかなみ。

 というか、かなみ……テンションがかなり変な所に行ってるなぁ。
 そんなかなみを無視して、アリソン・ロザレイが答える。

「――では、カイ・シェンカーを出しなさい」
「……え?」
「居るのでしょう? 匿っているのでしょう? 出しなさい、今すぐ! 即刻! 耳を揃えてきっちりと!!」
「ちょ、ちょっと待って、カイ・シェンカーって……」
「出しなさい!! 早くしないと私の剣が火を噴きますよ!!」

 剣は火を噴かないと思う。
 いや、それより、カイ・シェンカーって……そいつが、此処に?
 ちらりとかなみを見る、かなみは、ちょうど大きく息を吸い込んでいるところで、そして。

「カイくぅぅぅん!! 逃げてぇぇぇぇっ!!」

 大声で、そう叫んだ。

「な!? かなみ!?」
「くっ! やはりここに潜んでいたのですね!!」

 土足のまま上がり込んで、階段を駆け上がっていくアバズレ。
 狼少年は一瞬躊躇し、しかし「お嬢様っ!!」と叫んで後を追い。

「へっぶうっ!!」
「お嬢さ、まぁぁぁぁっ!?」

 見えない壁に激突して、二人もつれあい階段を転げ降りてきた。
 ――かなみ、結界を張ったな。もう回復したのか。

「あたたたた……きゃ!? ちょ、ちょっとクリス!! 何をしているのです!!」
「な、何って、真っ暗で何も……ふ、ふぁっ!? こ、この匂いはお嬢様の!?」
「に、匂い嗅いじゃダメぇぇぇっ!!」
「あ、痛っ!! お嬢様!! やめ、やめてっ!! そんな暴れたら!! あ、ああっ!!」

 状況を説明すると、だ。
 アバズレ、もの凄い勢いで階段を駆け上がって、そのままかなみの結界に激突。
 アバズレと狼少年がもつれあいながら転げ落ちてきて、狼少年の顔にアバズレが座り込んでいる状態という。
 ちなみに、どうやら中身が入れ替わってたりはしないようだ。

「くっ、クリスっ!! 何を!! 何を硬くしているのです!! ふつつかな!!」
「ひぎぃっ!! お、お嬢様、そこは、そこは!! 痛い痛い痛い痛い!! 潰れるぅ!!」

 ふしだら、と言いたいんだろうけど、ふつつかでもあながち間違いじゃない。
 しかし――どうすれば良いんだ、この状況。
 優先順位はもちろん、かなみが一番高いのだが。
 と、それまで玄関の外で控えていた褐色肌のメイドが、口を開いて。

「お嬢様、何者かが二階のテラスより外に出た模様……追わなくて良いのですか?」

 そう言った。

「とっ、当然追います!! 追いますわよ!!」と、立ち上がるなり外に飛び出していくアバズレ。
「まっ、待って下さいお嬢様!!」と、後を追って飛び出していく狼少年。

 ……すげぇ。
 この私が、ツッコミ入れる隙も無かった……。

「えーと、あの、楓、さん、あの、お願いがあるの、ですけど」
「あ、うん、何? かなみ」

 かなみ、敬語に戻ってる……瞳は紅いままだけど、さっきまでのように爛々とはしていない。
 落ち着いた、のだろうか。

「カイ君を……助けてあげてくれませんか?」
「何を!! そいつが、カイって奴がかなみを吸血鬼にしたんじゃないの!?」
「違うんです、これは、事故で、カイ君は良い子なんです、だから、だから」
「事故って、でも、そいつが、そいつがかなみを――!!」
「お願い、お願い楓さん、カイ君を、あの子を助けてあげて――お願いです」
「かなみ……」

 泣いている。かなみが、泣いて私に頼んでいる。
 なんで、なんで、かなみをそんな風にしたのは、そのカイって吸血鬼だろうに。
 なんで、そんなに――どうして、この子はこんなに。

「あの、よろしいですか?」
「はわっ!?」

 突然声をかけられて驚いた。
 振り向けば黒髪に浅黒い肌のメイド、アルフなんとか。
 まるで気配を感じなかった、いや、目の前に居る今も気配が無い。
 当然といえば当然か、彼女は自動人形……ロボットなのだから。
 しかし――まだ居たのね。一緒に吸血鬼追っていったと思いこんでた……。

「よろしければ、そちらの方の吸血鬼化の進行を止めて差し上げますが」
「え?」
「もちろん、一時しのぎではあります。しかし取り敢えず進行を止めておけば、助かる可能性はあがります」
「そ、そんな事が出来るの!? お、おねがいします、アルフ……さん!!」

 一も二もなく飛びついた、かなみは何としてでも助けなきゃならない。

「私の名前はアルフ・ライラ・ワ・ライラ。どうぞアルとお呼び下さい……では、失礼します」

 そう言って、彼女はスカートをたくしあげて、ドロワーズ――かぼちゃパンツ状の下着――を脱ぎ始め

「って!! なんで! 何を脱いでるんですかアルさん!!」つっこむ私。
「アル、とお呼び下さい」スルーするアルフなんとか。
「え、何? なんですか?」戸惑うかなみ。

 ドロワーズを脱いだアルが、縛り上げられて芋虫状態のかなみの顔をまたいで立つ。

「いやちょっと!! だからアル!! 何をしようってんですか!!」
「私に対しては命令口調でお話下さい」
「ちょ、ちょっと、何を――むぐ!?」

 そのまま、かなみの顔をまたいだまま、座り込んで――!?
 丈の長いスカートの、その中の状況はどうなってるかわからないけど、想像するに――!?

「こ、答えなさいアル!! 何をする気なの!?」
「私は体内で聖水の精製が可能です。それを彼女に飲ませます」
「むぐー!?」

 ――それは、つまり。
 これ以上つっこんじゃいけない気がした。

「ふぅ……」
「むぐぅーっ!!」

 アルの小さなため息も、かなみの口を塞がれたような悲鳴も、小さな水音も聞こえなかった事にした。

 ――聞こえなかったんだってば。



   ―――幕間/アリソン・ロザレイ―――

「駄目です、見失いました。……申し訳ありませんお嬢様。やはりこの雨の中、空を飛ぶ対象を追うのは……」
「そう……」
「……お嬢様?」
「ねぇクリス、あれは本当にカイ・シェンカーでしたか?」
「……実は僕も違和感を抱いてました」
「そもそも、あの凶暴凶悪冷酷無比なカイ・シェンカーが、あんな風に大人しく匿われているでしょうか」
「それは……この国が、かつての同盟国だったから、狼藉を働かなかったという考えも」
「……とにかく、一度戻ります。アルの索敵なら、見つけられるかもしれません」

 それにしても、アルは何をやっているのでしょう。
 ついて来なさい、と命令は確かに下しませんでしたが、この状況ならついてきても良いでしょうに。
 土砂降りの雨の中、来た道を引き返します。しかしこの雨の中、あれだけの速度で空を飛ぶとは。
 ――あれは、本当にカイ・シェンカーだったのか。

「クリス」
「はい」
「この辺りで最も近い公共機関はどこですか」
「……すいません、わかりません……」
「そう……クリス、お願いがあるのだけど」
「お嬢様、僕はお嬢様の所有物です。願う必要はありません、ご存分に使い減らして下さい」
「――クリス、この近くの空き家と公共機関を巡り、奴の痕跡を探しなさい」
「かしこまりました、お嬢様」

 ――我が祖国から、大陸を横断して、ついにこの極東の島国に追い込んだ。
 せっかく此処まで追いつめたのだ、そう簡単に諦めてなるものか。

 この雨の中で奴ら吸血鬼が逃げ込むとしたら、住人が居ない空き家か、不特定多数の人間が自由に利用できる公共機関なはず。

 奴ら吸血鬼は住人に招き入れられない限り、住居に侵入することは出来ない。
 吸血鬼には行動を束縛するルールがあり、それを大きく逸脱することは出来ないのだ。
 奴らは生来の魔物ではなく、人間が魔物に成り果てた存在。生きながら永遠を手にいれたのではなく、死んで永遠になった者であり、本来なら生まれた地を大きく離れることも出来ない。
 流れる水を渡れないのも、住人の許可無く家に侵入出来ないのも、死者たる存在ゆえだ。活動が許されたエリアを越えることは力を失うことを意味する。
 だから奴らは、河は橋の上しか渡れないし、開かれた門しか通れないし、国境や海を渡るには棺桶で眠り「物」になるしかない。
 それでも、年を経て力を持てばそのルールを破ることは可能で。つまりそれは人間であった存在から魔物へと近づいて行くという事なのだけど。

 とはいえ奴は、カイ・シェンカーは軍事目的に改造された吸血鬼。しかも既に吸血鬼と成り果て60年以上。
 海すら自由に越え他国の領土に自由に侵入し、見ず知らずの他人の家に土足で踏み込む事も、可能ではあるかもしれないけれど。

 ――だが、やはり、カイ・シェンカーの生まれたとされるドレスデンは遠い、遠すぎる。
 ――ましてこの雨の中だ、夜とはいえ月も無く、吸血鬼が魔物としての力を行使するには条件が悪すぎるはず。
 ――なのにどうしてあれだけの速度で飛べるのか、あの力はもはや並の吸血鬼を逸脱している。
 ――まさか、真祖に、完全な魔物になったとでもいうのか。だとしたら、厄介な事になった。

「あ、来た」
「……待っていたよ、アリソン・ロザレイ」

 そう言われて気が付けば先程の、カイ・シェンカーが隠れていた家の前。
 今の声は先程の、蒼い生体装甲の娘か?
 もう一人の娘は覚えている。昨日、公園で私を愚弄した貧乳チビの小娘。
 待っていた? 何の用があるというのか。だが、私が何事か答えるより先に背の高い方の少女が。

「この俺、志藤楓は、アリソン・ロザレイに決闘を申し込む」

 そう言って、私に手袋を投げつけた。



   ―――第四幕―――

 アリソン・ロザレイとその従者クリスが、吸血鬼を追って出ていった後の宮ノ森家。

 ブレーカーを上げればそれだけで電気は回復した、セキュリティなんかはそもそも切れてない。よく考えればそれも当然で、セキュリティの電源が落ちればそれだけで警備会社が来るはずなのだから。

「ねぇお姉ちゃん、かなみちゃん……大丈夫だよね?」
「大丈夫だろ、オフクロは天才だ、きっと大丈夫」
「ううっ、おしり、おしりが痛いのじゃ……」

 宮ノ森家のやたら豪華なリビングで、無茶苦茶高価そうな紅茶を頂く、勝手に。
 本来は美味しい紅茶なのだろう、が、かなみが心配で味なんかわかりゃしない。
 今ここに居るのは、5人。俺、葵、椿、大吾、アル。。
 俺は変身を既に解いている状態で、服は葵が持ってきてくれた物を着ていて。
 ――かなみは、二階のかなみの部屋でオフクロに治療を受けている。

 あの後すぐ、TZRに乗って大吾がやって来た。
 無理矢理に聖水を飲まされてぐったりしてるかなみ、静かに佇むアル、変身状態で立っている俺。それを見ただけで、だいたいの事情は察したらしく。
 そしてその後、俺のNSRのタンデムに椿を乗せた葵が現れて。まったく、いつの間に免許を取っていたんだか。とにかく、やたら激昂する葵とやたら尻を痛がってる椿に、あれこれ説明するのに苦労して。
 
 で、大吾からかなみを救う方法を聞いたのだが、曰く吸血鬼は生まれついてのアヤカシではなく、人がアヤカシに成り果てた姿で。吸血鬼になるには手順があり。

1,吸血鬼に血を吸われる事。
2.自らも他者の血を啜ること。

 今のかなみは第一段階。この状態なら感染源の吸血鬼を滅すれば血にかけられた呪いは消え、後は吸血鬼の毒が抜けるまで閉じ込めておけば、乾きに気が狂いさえしなければ人間に戻れる可能性もあるそうで。
 第二段階、もし俺がかなみに吸血されていたらほぼ確実にアウトだったそうだ。変身していたのが幸いした。
 ギリギリだったんだ、もう少しでかなみを失う所だったんだ……それを聞いたときには腰が砕けたもんさ。
 ちなみに第一段階で死ぬと、自由意志を持たないゾンビの様な存在になるのだとか。親吸血鬼の抱擁――血を分けて貰うこと――を受けられるかどうかで、魔物としてのレベルが違ってくるのだとか。そんな決まりもあるらしい。
 ともあれならば、やはり、カイ・シェンカーは滅さなければならない存在で。

   ――カイ君を……助けてあげてくれませんか?
   ――違うんです、これは、事故で、カイ君は良い子なんです、だから、だから。
   ――お願い、お願い楓さん、カイ君を、あの子を助けてあげて――お願いです。

 ごめん、ごめんね、かなみ。
 君の願いなら、聞いてあげたいけど。
 滅多に自分の願いを言わないかなみの願いなら、なんとしてでも叶えてあげたいけど。

「ひっく……ごめん、ごめんね、かなみ……」
「お姉ちゃん、泣いてるの……?」
「楓……すまん、俺がもっとちゃんと、かなみを見ていれば……」

 何なんだ俺は。
 守れず、怪我までさせて、かなみを泣かせるとわかっていても、何もしてやれない。
 何がお姉ちゃんだ、あんな良い子に、助けられてばかりで何もしてやれないなんて。

 ――そんな風に、自己嫌悪に陥りかけていると、タクシーに乗ってオフクロが現れ。

「待たせたね、天才の登場だ、吸血鬼症のワクチンが完成したよ。……楓、何を泣いてるんだ?」

 そう、言い放ちやがった。

 ――俺の涙はいったい何だったんだ。

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

「しかし、怖ろしい人だな茜さんは……本当に治療手段を見つけ出すとは。ヴァチカンを初めとした魔術機関が総力をあげて、今まで到達できなかったんだぞ」
「既にかなみの体内で抗体ができかけていたのを、後押ししただけと言ってたけど」
「ううっ、葵お姉ちゃん、痛いのじゃ、おしり痛いのじゃぁ……」
「あー、よしよし、痛いなら無理してついてこなくても良かったのに」
「皆様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
「あ、アル、頂くよ。砂糖とミルクたっぷりで……って!!」

 何くつろいでるんだよ俺達は!!

「いや待て! 待てよ! まだ根本の部分解決してないだろう!!」

 とにかく全員につっこむ。

「……楓、そうは言うが、後はロザレイの令嬢が吸血鬼狩りを遂行したら、終わりだ」
「何言ってんだよ大吾! かなみは助けてくれって言ったんだぞ!? 俺に頼んだんだ! カイ君を助けてあげてって!!」
「……騙されたんだよ、かなみは。カイ・シェンカーは良い子なんかじゃない」
「でも!!」
「1000人以上」
「え?」
「カイ・シェンカーが殺したとされる人間の数だ」
「そんな……」
「かなみは、優しすぎる。そこを吸血鬼につけこまれたんだろう」
「でも、でも……かなみは、かなみは、俺に」
「お前も優しすぎるな、楓」
「それに、お嬢様にはカイ・シェンカーに正しき怒りを向ける権利があります」
「え?」

 それまで黙っていた、アルが口を開いた。

「良いのか人形? 勝手に話しても」
「かまいません大吾様。話すな、とは命令されていませんから……楓様」
「あ、うん」
「お嬢様はサイボーグです」
「……え?」
「両腕両足は義腕義足、両目も義眼です、10歳の誕生日にカイ・シェンカーに奪われました」
「な、なんで、そんな」
「お嬢様のお爺様が、ドレスデン――あの吸血鬼の故郷――大空襲に大きく関わった軍人だったからでしょう」
「……そんな、そんなのって」
「それだけではありません、お嬢様は、その際に……奴に血を吸われました」
「!!」
「それからです、お嬢様は、それからずっとカイ・シェンカーを追い続けて――今やっと追いつめたのです」
「そんな、そんな……」

 なんて、事。
 手足を、目を、奪われた? 10歳の少女が? しかも、血を吸われたって、それは。
 単なる我が儘なお嬢様だと思っていた。アバズレだのなんだの、ひどいこと思っていた。
 そんな過去があったなんて、あの子が、そんな過去を背負っていたなんて。
 10歳といえばまだ子供じゃないか、そんな頃からずっと血の乾きを耐えていたなんて。
 かなみが、あの優しいけれど芯の強いかなみですら、耐えきれなくなった吸血衝動を、ずっと耐えていた?
 ――それは、どんな鉄の意志なのだろう。

「ですから、私が常に傍に控え、お嬢様の吸血衝動を抑えていたのですが、聖水で」
「聖水で?」

 ……………いかん、想像するな俺。

「クリスにしても、あれはただの従者ではありません。従者ならば普通の人間でも十分で、つまり彼は、もしお嬢様が狂ってしまわれた時には……」
「――事情は、わかったよ、けど」

 それでも――いや、だからこそ。

「なぁ葵」
「な、なに?」
「ぴぎゃ」

 突然話を振られた葵は驚いて、椿のお尻を撫でていた手を握った。可愛らしい声で鳴く椿。
 ――ごめん椿、ちょっと強く叩きすぎた、ほんとごめん、来週当たり遊園地にでも連れて行くから許して。

「さっきバイクのグローブはめてたろ? あれ、貸してくれ」
「え、いいけど、たぶんお姉ちゃんの手には小さいよ?」
「ん、いや、手にはめるわけじゃないから……じゃ、ちょっと借りてくな」
「楓、まったくお前って奴は……」
「なんだ大吾、何か文句あるのか」
「いや、無い、お前の好きにしろ」
「――楓様」
「なんだい、アル」
「本来なら、私のような人形風情がこんな事を言うのは憚られるのですが――」
「うん」
「お嬢様は我が儘で、馬鹿で、粗雑で、粗暴で、高慢で、人の話を聞かなくて、頭に血が昇りやすい、困った人なのですが、あ、あと、子供っぽい面も困りものですか」
「憚られてそこまで言うの!?」
「まぁとにかく、それでも、良い子なのです、お嬢様は。ただ、同世代の友達が居なかった。あのような生まれの、そのような境遇の方ですから……あの様な態度でしか人と触れ合う術を知らないのです、ですから」
「あー、わかった、うん、その辺もなんとかしてみる」
「よろしくお願いします、楓様……お嬢様はどうやら、こちらに一度戻ってくるようですね」
「わかるんだ?」
「私も、お嬢様の安全装置の一部ですから」

 なるほどね、なら、待ってれば良いのか。
 さぁて……なんとかならなきゃ、なんとかしてみせろ、俺。
 やらないで後悔するより、やって後悔した方がマシだぞ、俺。
 今は受動的に状況を変わるのを待つって場面じゃないだろ、俺。
 玄関から外へ、土砂降りの雨の中、アリソンを待つ。

「濡れるよ、お姉ちゃん」
「ん……いや、いいよ。あの子も、アリソンも今頃はずぶ濡れだろうしさ」

 葵の差し出してくれた傘をやんわりと断る。
 それにどのみち、この後は……と、雨の向こうに紅い服が歩いてくるのが見えた。

「あ、来た」
「……待っていたよ、アリソン・ロザレイ」

 そう呼びかけると、その時ようやく気が付いたようにアリソンの顔が上がった。
 目の前には一人の少女、遠い異国から吸血鬼を追ってきたロザレイの令嬢、アリソン。
 彼女が何事か答えるより速く、俺は口を開き。

「この俺、志藤楓は、アリソン・ロザレイに決闘を申し込む」

 そう言って、手袋を投げつけた。
 唐突に決闘を申し込まれたアリソンは、一瞬呆然と、次に僅かに黙考し。

「――断ります、なぜ私が貴女と」

 そう、答えた。まぁ、断られるのも予想していたけれど――。

「逃げるのかよ、ロザレイの令嬢」
「――なんですって!? 逃げる!? 私が!?」

 思った通り、少し挑発すれば激昂して乗ってくる。扱いやすい子だ。

「お互いの誇りと名誉をかけて勝負しろ。それとも逃げるかよ、アリソン・ロザレイ」
「逃げはしません! ……ですが、貴女に賭ける程の名誉と誇りがあるとも思えません」
「そうでもないぞ、そいつの父親はシドー・アカツキ、母親はシドー・アカネだ」
「――なんですって? それは本当ですかしののね大吾」
「本当だよ、それと、しののめ、だ」
「まさか……貴女があの『曲芸飛行する弾丸(アクロバット・バレット)』と『脳神経の踊り子(ダンス・ウィズ・シナプス)』の娘だと?」
「まぁね」

 俺の両親はその筋じゃ有名らしいからな、利用させてもらう。
 アリソンは足下に落ちた、葵のバイクグローブを拾い上げ。

「良いでしょう、私アリソン・ロザレイは、シドー・カエデの決闘の申し出を受けま……くちゅん!!」

 凛とした態度で、そう言おうとして……可愛いくしゃみをした。



   ―――幕間・志藤葵―――

「ぶーぶー」
「ぶーたれるでない、葵お姉ちゃん」
「だってさ、ボク達だって立ち会いたかったじゃない」
「確かに。じゃが、留守を守るのも大事な役目であって」
「それはわかるんだけどさぁ……お姉ちゃんの戦闘シーン見たことないんだよボクは」

 宮ノ森家でおるすばん。
 お姉ちゃんと大吾さんと、あの糞ビッチとそのメイドは決闘に行っちゃった。
 もし吸血鬼が戻ってきた時、家にいるのがかなみちゃんとお母さんだけってのは確かに危ないけど。
 大吾さんに「今の葵と椿なら、並の相手じゃ相手にもなるまい」って言われたのは嬉しかったけど。
 でもでも、やっぱりボク達も決闘に立ち会いたかった。
 そりゃまぁ、大吾さんが立会人だしまず滅多なことは起きないとは思うんだけど。
 というか、ぶっちゃけお姉ちゃんの心配はしてないんだけどね。
 ――やる気になったお姉ちゃんが、あんなビッチに負けるはずがないし。

「んー、かなみちゃんにミルク粥でも作っておくかな。椿、何かあったら呼んでね」
「心得た」

 椿はソファにうつぶせに寝そべって、テレビを見ている。
 足をぱたぱたさせて、ぱんつ丸見えで――人様の家でお行儀悪いけど、お尻が痛いらしいし仕方ないかな。
 ――だらしないっ! ってお尻を叩きたい衝動に駆られたけど流石に我慢する。
 しかしまぁ、あんな状態でも、怪しい気配があれば椿にはわかるらしいけど。

「か・ん・じ・て・微妙な存在。乙女心〜♪」

 どうやら椿が毎週見てるドラマが始まったみたい。もう9時かぁ……。
 さてそれにしても宮ノ森家のシステムキッチン……ピカピカなのは良いけど……これって、単にあまり料理に使ってないだけ?
 冷蔵庫の中身は調味料とかそんなんばっかで、食材はかろうじて玉葱とベーコンがあるくらい。
 冷凍室は逆で、冷凍食品がぎっしり……かなみちゃん、普段はこんなもの食べてるのか。
 宮ノ森家の広いリビングで、冷凍グラタンを寂しそうに食べてるかなみちゃんを想像してしまう。

「……かなみちゃん」

 こんなんじゃ、料理の腕の振るいようがないよ。
 ミルク粥くらいは作れるけど、まともな料理なんて、こんなんじゃ。

「――……かなみちゃん」

 冷凍室に収められていたアイス。
 チョコミント、夏みかん、グレープフルーツ、抹茶、ストロベリー、そしてたくさんのバニラ。
 誰が買ったのか一目でわかるラインナップ。何を思って買ってきたのだろう。

「――……かなみ、ちゃん」

 ボクの友達。とても大切な、ボクの親友。
 控えめで優しくて気が回る、自分の事はあまり主張しない、とても素敵な女の子。
 良い子で、とても良い子で、良い子すぎて。
 きっと、寂しくても迷惑になることを考えて、ずっと我慢してて。
 もし、もしも、もしそんなかなみちゃんの優しさや寂しさに、つけ込んだ誰かが居たとしたら。

――それは、とてもじゃないけど許せる行為じゃ、ない。

 でも。
 もしも本当に良い子で、かなみちゃんの寂しさを癒してくれる子ならば。
 ボクが、ボク達がとるべき行動は考えるまでもない。
 大切な人が大切にしているモノ、それを守るなんて事、考えるまでもなく当然。

「さて……食事は元気の源だもんね!」

 葵特製ミルク粥、完成。流石に宮ノ森家だなぁ、食材自体は一級品ばっかだった。
 パルメザンチーズなんて本場物だよ、幾らくらいするものなんだろ。
 さてどうしよ? 部屋まで運ぼうかな? まだ起きてないだろうなぁ……。
 そう考えた矢先、階段を駆け下りる音、どたどたどたどたごろごろごろごろ、どすん!

「ふぎゃん!」
「かっ、かなみ君! 大丈夫かい!?」

かなみちゃん、階段から転げ落ちたな。
あのお母さんを焦らせるとは、流石はかなみちゃんだ。

「あたたたた……大丈夫、大丈夫ですっ、それよりも楓さん! 楓さんっ!!」
「おぉ、かなみ、起きたか。無事で何よりじゃった」
「あ、いらっしゃい、椿ちゃん……ろろみ見てるんだ、好きなの?」
「カナが好きなのじゃ。見ておかないと話題がの」
「そうなんだ、よければ今度原作本貸して……って! 楓さんは!?」
「お姉ちゃんなら、ちょっと出てるよ」

 ミルク粥をお盆に乗せて、リビングの方へ。嘘は言わないけど本当も言わない。
 決闘しに行った、なんて言えないもんね。

「あ、葵ちゃん、いらっしゃい……出て行ったってどこへ? 私、私、楓さんに――!!」
「まぁまぁ、いいからいいから、取り敢えず葵特製ミルク粥! 食べて!」
「そ、そんな事より、私、楓さんに――ひっ!?」

「 そ ん な 事 よ り ? 」

「あ、あぁ、あおい、ちゃ、ひ……ひぃ……」

「 ボ ク の 料 理 が 食 べ れ な い ? 」

「いっ、いた、いただきまひゅっ!!」
「うん、食べて食べて♪」

 ほんと、押しに弱いんだから。……まぁそこが可愛いんだけどね。

「椿、人様の家でその格好ははしたないぞ?」
「ぴぎゃあっ!?」
「ど、どうした椿? そんなに強く叩いてないはずだが」
「おしり、おしりがっ……ひーん」

 ……それにしても椿のお尻、今日は厄日なのかなぁ。

「ふーっ、ふーっ、あつっ……! でも、おいひい……おいひいよ、葵ちゃん」
「はふっ、はふっ……でしょでしょ? 我ながら会心の作♪」
「なんだ椿、お尻がどうかしたか? おできでも出来てるのか? どれ見せてみたまえ」
「ひっ、ひぁっ、お母さ、やめ、やめっ、かなみが見ておるのじゃ! 恥ずかしいのじゃぁ!」
「こ、これは!? どうしたんだ椿、尻が二つに割れてるじゃないか!?」
「尻は割れてるものなのじゃぁ〜!!」
「はふはふ……ん……くすっ」

 良かった、かなみちゃん、笑顔だ。椿には悪いけど……我慢してね椿。
 僕も胃が苦しいけど、頑張って食べるからさ。

「んぐ……あ、あのね葵ちゃん」
「ん、なに?」
「私、ものすごい思い違いをしていたみたいなんだ」
「思い違い……?」
「うん、あのね……いま夢を見てたんだけど、もしそれが事実なら――」




   ―――幕間『クリス・リー』―――

 ――お嬢様のために。

 お嬢様に、再び笑顔を取り戻すために。
 お嬢様に、幸せになっていただくために。
 そのためならば僕は、なんだってやろう。
 
 カイ・シェンカーを倒さない限り、お嬢様に未来は開かれない。
 ――限界が近い、吸血鬼化を完全に抑え込むなど不可能だ。
 なんとしても、この地で決着を着けなければならないだろう。
 
 ――お嬢様の味覚は、既に無い。
 小川ですら、渡る前に一瞬足が止まる。
 この国に渡るときも、飛行機の中で震え続けていた。
 夜に目が冴え、昼に睡魔が襲う。
 喉が渇くのか、やたらに水分を欲し――吐く。
 寝るときは義足義腕を取り外す。夢でうなされて暴れるから。
 そして、僕には嗅ぎ取れてしまう血の匂い。
 あの事件からずっと、お嬢様は菜食主義を貫いてるはずなのに。
 女の子にはあって当然の、生理すら来たことのないお嬢様なのに。

 ――お嬢様から、血の匂いがしはじめている。

 ――手足のない、とても小さなお嬢様の寝姿。
 ――怖い、怖いとうなされる、お嬢様の寝言。   
 ――あどけない寝顔の、白い頬に流れる涙粒。

 お嬢様の10歳の誕生日に、ロザレイ家の別荘で起こった惨劇。
 家人の留守を狙ったのか偶然か、お嬢様だけが出会った悲劇。
 手足を失い、両目を失ってなお、家人の安全を喜んだお嬢様。

「よかった、クリス、みなは無事なのですね」

 良くない。
 良くなんか、無い。
 僕はお嬢様の護衛となるべく、修行を積んでいたのに。
 父が現当主の護衛であるように、父の父が先代を守るために死んでいったように。
 僕は、お嬢様を守り、命を賭けて戦うべきだったのに。
 なんで。
 誕生日のプレゼントを買いに行った時に限って。
 あんな。
 あんな、むごい事が――!!

 お嬢様。
 美しく可愛らしい、僕のお嬢様。
 閉ざされたお嬢様の未来、なんとしてでもこじ開ける。
 カイ・シェンカー、奴さえ倒せばお嬢様の呪いは解けるはず。
 絶対に、なんとしても、お嬢様には幸せになっていただく。
 それが僕の役割。お嬢様の幸せこそが第一優先事項。

「クリス、もし貴方が駄目だと思ったなら――出来れば人間であるうちに、私を」

 ――馬鹿。馬鹿なことを考えるなクリス。 
 お嬢様には普通の少女になって頂くんだ。そして笑顔で幸せになってもらって。
 いつかお嬢様が結婚して子を成したなら、また、僕の子が護衛に――。

「こんな、手足の無い娘を嫁にしたいなんて物好きいませんわ」
「そうでもありませんお嬢様、貴族や金持ちはたいてい物好きです」
「――嫌ですわよ、そんな男。アル、私にだって選ぶ権利はあるでしょう」
「そうですね。まぁイザとなったらクリス様が嫁にもらってくれるでしょう」
「えぇっ!? ぼぼぼ、僕ですか!?」
「ほらアル、クリスだって嫌だと言ってますわ」
「そそそそんな滅相もない!! むしろ僕なんかにお嬢様は勿体ないくらいで!!」
「まぁクリス様は人狼ですから、壊されるほど激しいかもしれませんが」
「そんな事無いよアル!! ちゃんと優しく大事にするよ!!」
「――だ、そうですよお嬢様」
「うあっ!? は、謀ったなアル!! あ、あの、お嬢様っ、僕は!!」
「ふふっ、まぁでも、確かにクリスなら伴侶には悪くないかもね――」

 ……いかん、しゃっきりしろ僕、何を思い出し笑いしてんだ。
 だいたい僕はお嬢様の持ち物なんだからして――っと。そろそろ一度戻るかな?
 吸血鬼が飛び去った方向へと捜索を続けてはいるが、だいぶ民家が減ってきた。
 ここから先は、山だ。もし山の中にでも潜まれたら、今の僕では捜索しきれないだろう。
 それに……奴が再び住人を騙して民家に潜んだ可能性だって、ゼロじゃない。

「――ふう」

 立ち止まり見上げた空は分厚い雨雲に覆われて、そこから大粒の雨が降り注いできて。
 ――僕たち人狼は夜の住人。その力は月に大きく影響を受ける。
 今夜は、雨。雨雲に月が隠されていて、月の光は地上に届いていない。
 匂いが流されて、鼻がきかないのもこまったものだ。
 今夜は追跡には条件が悪い。対吸血鬼の戦闘ならこの雨はむしろ有利なのだけど。
 それにしてもカイ・シェンカー、奴は、いったい。

「吸血鬼は、雨の日に空を飛ぶことは出来ない。か」

 お嬢様の前では言わなかったが、僕は父に、母に、そう教わってきた。
 それが出来るとするならば、その吸血鬼は既に真祖に成っている。

 ――真祖。
 生まれついての吸血鬼か、あるいはそのレベルに達した吸血鬼をこう呼ぶ。

「真祖を侮るな。奴らは既に人ではなく、一匹の魔物だ」
「油断をするな。見た目よりはるかに長い年月を死んでいる事を忘れるな」
「奴らは強い。吸血鬼の弱点は真祖には通じないと思え、牙と爪を出し惜しむな」

 父の言葉だ。父の父の言葉だ。父の父の、そのまた父の言葉だ。
 真祖。まさかそんな存在なったとでもいうのか、カイ・シェンカー。
 でなければ、やはり奴は――。

「――よし、戻ろう」

 そろそろ頃合いだろう、これ以上の探索は意味がない。
 山狩りをするとなれば、アルの索敵能力は必須だろう。
 でなければ、悔しいがこの国の魔術師――東雲――の力も借りるか。

「ん?」

 とその時、稲妻に一瞬浮かび上がった古城のようなシルエット。
 あれは――廃ホテルか何かかな? 吸血鬼が潜むにはうってつけかもしれない。
 ちょっと距離はあるけど……最後にあそこを調べてから戻ろう。
 アスファルトを蹴って山道を走る、途中で一度トラックとすれ違う。
 瞬間、鼻をかすめる死の臭い――。

「――なっ!?」

 立ち止まり振り返る。
 青いキャビン、銀色のコンテナ、この国ではメジャーな運送業者のロゴマーク。
 外見だけなら、何処にでも走っていそうな普通のトラック、けど、今の臭いは!?

「くっ……!?」

 迷う、廃ホテルへ行くか、あのトラックを追うか。
 死体を運んでいるにしても、人間のものとは限らない。人間だとしても吸血鬼に関係あるのか。
 あの廃ホテルは、確かに吸血鬼が潜むにはうってつけかもしれない。けど奴が居るとは限らない。

「ええい!! 迷ったら……勘だっ!!」

 ――そして僕は再び、アスファルトを蹴って駆けだした。



   ―――第五幕―――

 宮ノ森家から一番近い、開けた場所。
 夜の学校、雨の校庭、そのど真ん中で。

「アリソン・ロザレイ」

 ユーラシア西端の島国から来た少女が。

「志藤楓」

 ユーラシア極東の島国の少女と向かい合い。

「Get set!(――いざ!)」

 いま、その誇りと名誉を賭けて。

「尋常に――!!(Ready――!!)」

 お互いの、譲れないものを賭けて。

「Fight!」/「勝負ッ!!」

 ――瞬間、天に雷が閃く。
 全てを白く染める輝きの、その中で。

「変身ッ!」/「Transform!」

 雨のグラウンドに蒼い稲妻が走る。
 夜の校舎を、紅い火炎が照らし出す。

 変身する。
 二人の少女が、変身する。

 昆虫を思わせる生体装甲/騎士を連想させる煌めく甲冑
 背中ではばたく蒼い羽根/背中に翻る深紅のマント
 これが/それが
 進化の頂点、最強の生命体/科学の究極、人間最終兵器
 メイプル・ザ・インセクトが/アリソン・ザ・ナイトが
 
 ――激突、した。




──次章に続く──


お待たせしました。ルール&ロール後編をお送りします。K.伊藤です。

いま自分が書いてるものは、本当に面白いのだろうか?
このキャラクターは、ちゃんと魅力的に書けてるのだろうか?
なーんて、そんな悩み。
突っ走って自分のスタイルを貫き通すしか術はないのですよね。
今回は冒頭でいきなり残酷描写。引かれたかなぁ、と心配もしてますが。
最初の構想通り、書いてしまいました。

ギャグ少なめなのも気になるところ。見捨てないで頂けるとありがたく。

そんなこんなで、補足説明。

「ドレスデン大空襲」
第二次世界大戦中に行われた都市爆撃でも、最大規模のもの。
英国を主体とする連合空軍が、ドイツの古都ドレスデンを無差別に破壊しました。
都市の85%が破壊され、死者は3〜15万人(一説には25万人)にのぼったとも言われます。
しかもこの爆撃、戦略的な意味はほとんど無い。
当時のドレスデンは無防備都市宣言をしていた街で、一切の防衛手段を持ってなかった。
犠牲者のほとんどは一般市民だったそうです。


「吸血鬼」
今回、一気に色々と吸血鬼の事出てきました。
めいぷるワールドの吸血鬼は、だいたいこんな存在です。
作中では説明してませんが、親吸血鬼の抱擁を受けた子吸血鬼は太陽の光程度では溶けません。
抱擁を受けられるかどうかで、大きく魔物としてのレベルが違う。
ではどうなるかというと、死にます。普通の死体になる。そして日没まで行動不能。
日中に棺を暴き、心臓に杭を打ち込む。というのは定番の吸血鬼狩りでしょ?(笑
で、真祖クラスになると、普通に強いです。
日中でも出歩き、現身で海を渡り、人間では使用できない魔術を行使する。
『アルクェイド』や『アーカード』ほどトンデモじゃありませんけどね。
人間でも実力と武装さえ揃えば倒せる程度。と設定してます。


「アリソン・ザ・ナイト」
銀の甲冑、深紅のマント。
科学技術と魔術で作り上げられた四肢。
生体部分は吸血鬼の影響を受け強化されて。
さぁさぁ、皆様、お立ち会い。
メイプル・ザ・インセクトはこの強敵にどう立ち向かうのか!?
どうするどうなる、待て次号!!

そんなこんなで、よろしければ次章「ルビーアイズ(仮)」もお付き合い下さい。


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