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「お姉ちゃん、朝なのじゃ」
「むー」
「起きるのじゃ、朝なのじゃ」
「んみっ」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、起きるのじゃー」
「んみっ、んみっ、んみー」
「困ったのじゃ、起きないのじゃ」
「どいて、椿」
「あ、葵お姉ちゃん……どうするのじゃ?」
「はいお姉ちゃん、あーんして」
「あー」
「ぽいっ、と」
「……んみゅ」
「……」
「……」
「…………!? んみーっ!? んみみーっ!?」
「おぉ……飛び起きたのじゃ、何をしたのじゃ?」
「ん? ドリアンキャンディ口の中に入れただけだよ?」

 主人公である志藤楓は朝からそんな調子で、生理による体調不良でボーッとしていた。
 故に今回の『めいぷる!』は楓以外の視点からのみ、物語を進めようと思う。



めいぷる! ─ザ・インセクト─

第二話・第三章「ルール&ロール・前編」

作:K.伊藤




   ―――第一幕・志藤葵―――

 お姉ちゃんが、朝からボーッとしてる。

「お姉ちゃん、ジャムのフタ開けてくんない? 硬いんだ」
「うん、えい」
「……」
「……ごめん、あおい」
「良いけど……手は大丈夫?」
「だいじょうぶ、でも、べとべと……」
「……まだ時間あるから、シャワー浴びてきなよ」
「うん」
「シャワーのコックは、ひねり潰さないでね?」
「仕方無い、妾が一緒に入ろう」
「椿は、ちゃんと朝ご飯食べなさい」

 とか。

「あれ? おべんとは?」
「今日は土曜日だよ、お姉ちゃん」

 とか。

「じゃぁいこうか、あおい」
「お姉ちゃん、それ男子用学生服だよ?」

 とか。

「いってきまーす」
「お姉ちゃん!? ブラ! ブラ着けてないでしょ!? 乳首透けてるよ!!」

 とか。

 ぼーっとしてるというか。ふんにゃりしてるというか。
 ふわふわしてるというか。馬鹿っぽいというか。
 こんなお姉ちゃんも可愛いとか思うんだけど、なんというか。

「おはよー、しまちゃん。ひろひこくん」
「……」
「……」
「あれ? おはよ、しまちゃん、ひろひこくーん」
「お、おはよう楓さん、今日は何というか……その、昨日とはまたうって変わって」
「あ、ゆのちゃんだ、おはよ、おでこかわいいね」
「あ、ありがと……楓さんも可愛いわね」
「あはは、ありがとー」

 ちょっと、なんか、可愛すぎる。
 なんというか、押し倒したくなる様な、そんな危険な可愛らしさを振りまいてる。
 頭に血が巡ってない、とか言ってたし、多分、本人に自覚はないんだろうけど……。

「あ、かなみだー、きのうはありがと。きょうはちこくしなかったんだね」
「おはようございます、楓さん……あの、平気ですか?」
「ふえ? へいきって、なにが?」
「……えぇと」
「なんか、へん?」
「あ……あの、髪の毛乱れてますよ?」
「うにゃ、ありがとー」

 かなみちゃんが、お姉ちゃんの髪の毛を手櫛で整えてる。
 本当は乱れてないんだけど、きっと、無性に頭を撫でたくなったんだと思う。
 気持ちはわかる、ボクも今朝同じような事してきたし。
 お姉ちゃんも、気持ちよさそうに目を細めちゃってまぁ……いや、実際に気持ちいいらしいんだけど。
 あれは実は髪の毛じゃなくて、神経の束なんだそうで。優しく撫でられると心地よいみたい。

 と、一通り撫で終わって満足したのか、頬を染めたかなみちゃんがボクに近づいてきた。

「お、おはよ、葵ちゃん……ねぇ、今日の楓さんって……」
「おっは、かなみちゃん。……うん、なんだかね、もう痛いとか重いとか、そういう事は無いらしいんだけど」
「……あれ、危ないね。美味しそうっていうか……犯罪者になる男の人の気持ちがわかったかも」
「いや美味しそうて、犯罪者て……でもま、危ないよねぇ。ボク達で守ってあげないと」

 元男の子なボク、半分男の子なかなみちゃん。男の子の気持ちが理解できるって点で、同類なんだなぁ。

「近寄っちゃ駄目っ!! 今の楓さんに近寄るの禁止っ!!」
「アゥア!!」

 あ、また原幌君が由乃ちゃんにぶっ飛ばされてる。
 やっぱ誰が見ても危ない状態なんだなぁ、と再確認。

「ところでさ、かなみちゃんも体調悪そうだけど……平気?」

 普段のお姉ちゃんなら気が付いたんだろうけど、今日のかなみちゃんは不健康。
 うっすらと目の下に出来た隈、充血したのか紅い瞳。さっきは頬染めていたから気が付かなかったけど……顔色も良くない。なんというか、血の気を感じない。
 まるで、一年前の、心臓病を抱えてた頃のかなみちゃんを見てる様で……そう思うと、なんか急激に不安になってきた。

「あ、私は平気だよ。昨日の夜ね、ついつい泣ける本を夜更かしして読んじゃって……」
「……そっか。あぁ、でも、なんか身体がおかしいみたいだったら」
「大丈夫だよ、大丈夫」
「でも一応さ、そうだ、今日の帰りウチに寄って行きなよ、ね? お母さん居るから」
「うん……そう、だね、じゃぁ、念のため、ね」

 そんなこんなで、今日の朝はいつもとちょっと違った。

「だから近寄るんじゃないって言ってるでしょ!! 聞いてる!? ねぇ、聞いてる!?」
「ぐはっ!? ま、まて由乃!! 折れる折れる折れる!! ギブギブギブ!!」
「あはは、はらほろくんとゆのちゃん、きょうもなかよしだねぇ」

 騒がしいクラスなのは、相変わらずなんだけども。
  ・
  ・
  ・
  ・
  ・
「あおい、ぶつりのきょうかしょ、かして?」
「え?」

 一時間目の授業が済んで、二時間目の前の休み時間。お姉ちゃんがそう語りかけてきた。
 ちなみに一時間目は現国で次が物理、三時間目は古典で四時間目はLHR(ロングホームルーム)って時間割。体育が無くて良かった……。

「あのね、きのうね、きょうかしょがカバンごとね、ずばーって」
「いやそれは昨日聞いたけど。あのね、お姉ちゃん」
「ん」
「ボクも同じクラスなんだよ? つまり、お姉ちゃんが受ける授業は、ボクも同時に受けるわけ」
「あー、そっか……じゃ、ちょっと、だいごにかりてくるね」
「大吾さんは三年生だから教科書違うよっ!!」

 ダメだ、今日のお姉ちゃんは本気で馬鹿だ。
 「こまったなぁ、どうしよ?」とか小首をかしげるお姉ちゃん……あぁ、くそ、可愛いなぁ!!
 仕方ない、ボクのを貸して、ボクは隣のクラスの友達にでも借りてこようか。お姉ちゃん、他のクラスに友達なんて居ないもんな。
 ――と、思ったんだけど。

「しょうがない、ちょっとかりてくるね」
「え?」

 ちょ、お姉ちゃん!? 借りるって誰に!?
 てててー、と教室を出て行くお姉ちゃんの後を、ボクは慌てて追いかけた。




   ―――第二幕・ドリル&コロネ―――

「ドリルちゃん、コロネちゃん、ぶつりのきょうかしょ、かして?」
「どり……」「ころ……」

楓さんが、わざわざ私達の教室に尋ねてきてくれました。
   嬉しかったのも束の間、開口一番、そう仰いましたの。
「もってない?」と、小首をかしげて尋ねられる楓さん。少し潤んだ瞳がとても綺麗で。
   あぁ、なんて素敵なお方なのでしょう! 強く、美しく、その上可愛らしいだなんて!!

決めましたの。
   決めましたわ。
今日から、私は藤代ドリル。
   今この時から、私は藤代コロネ。

『私達姉妹に、楓さんが付けてくれたニックネームなんですもの。あぁ、そう思うと、ドリル/コロネとは、なんて素敵なニックネーム!!』

「お待ち下さい」「お待ちになって」

急いで物理の教科書を持ってきます。
   慌てて物理の教科書を用意しましたの。

「どうぞ!」「使ってくださいな!!」
「何ですか、コロネさん」「何ですの、ドリルさん」
「「楓さんは、ワタクシに頼みましたのよ!?」」

コロネさんと睨み合います、譲れません。
   ドリルさんと睨み合いです、譲れませんわ。
と、楓さんは私の教科書を受け取ってくださいました。
   と、楓さんはドリルさんの教科書を受け取りなさったの。
嬉しいのですが、コロネさんの気持ちを考えると……。
   良かったですわね、ドリルさん……羨ましい、ですわ。

「あのね、さんじかんめは、こてんなの」

複雑な思いを抱えていると、楓さんがコロネさんにそう仰いました。
   複雑な思いを抱えていると、楓さんが私にそう仰って下さいましたの。

「お待ち下さい!」「お待ちになっていて!!」

急いでコロネさんが古典の教科書を用意しています。
   慌てて古典の教科書を用意しましたの、勿論、古語辞典もセットですわ。
ちゃんとフォローを忘れないなんて。あぁ、なんてお優しい方なのかしら。
   私の愛も受け取って頂けるのですね、嬉しいですわ嬉しいですわ、あぁ濡れてしまいそう!!

「あは、ありがとー。じゃぁかりてくね? ドリルちゃん、コロネちゃん」

にっこりと微笑む楓さん。
   鈴が鳴るような、素敵な声。
あぁ! 抱きしめてしまいそう。
   あぁ! 押し倒してしまいそう。
「あとで、かえしにくるね」と言い残して、楓さんがご自分の教室に戻っていきます。
   楓さんが去った後、私達の教室が騒がしくなります。主に男子生徒の皆様が騒いでますわ。

「ちょ、だ、誰よ、あの美人!!」「B組の志藤楓だろ? な、なんか、あんな可愛い子だったか!?」「うあぁぁ!! び、B組の奴ら羨ましかー!!」「あ、あの子、カレシとか居んのか!?」「三年の東雲先輩と噂らしいゼ?」「うげ、東雲先輩か!? か、勝てねぇ!!」「え、うそ、俺は百合っ子だとか聞いたぞ?」「百合!? ユリ!? Y・U・R・I!? げらぁ!? た、たまんねぇ!?」

勝手な事をほざいています。
   これだから嫌ですわ、知能の低い男共は。

「お黙りなさい」「五月蠅いですわよ」
「己の身の程をわきまえなさい」「楓さんと貴方達では、レベルが違いすぎますわ」
「楓さんは」「楓さんは」
「「ワタクシ達のものですわ!!」」

「ふっざけんなー!! お姉ちゃんはボクんだー!!」

と、小柄な女子生徒が教室に飛び込んできました。
   確か……葵さんだったかしら? 楓さんと一緒に暮らしているそうですけど。
なんて羨ましい! 着替えとか見放題ではないですか!?
   なんと妬ましい! 寝込みなど襲い放題ではありませんの!?

「うぉ!? B組の志藤葵!?」「妹にしたい娘2期連続一位の、略してイモワン葵!?」「そのネーミングはどうかと思うが、確かに可愛いっ!!」「び、B組の奴ら妬ましかー!?」「お、お姉ちゃんっ子!? なんだこの感覚!? これが萌えか!? MOEなのか!?」

また男子生徒諸君が騒いでます、節操のない。
   「がるるる」とか言いながら、葵さんが私達を睨んでます。
と、また一人教室に飛び込んでくる女子生徒が。
   あら、この方は確か、いつも楓さんと一緒に居る……。

「あ、葵ちゃん! ちょと、もうすぐ先生来るよ!?」
「止めてくれるな、かなみちゃん! こいつらとは一度キッチリと話をー!!」

「ぬふぅ!? 宮ノ森かなみまで!?」「お嫁さんにしたい娘2期連続一位の、略してヨメワンかなみ!?」「な、何だ!? 俺達のクラスに何が起こっている!?」「俺、B組の奴ら殺してくる」「おっぱい! おっぱい!」「おにーちゃん、おっぱい好きなんですか? あ、あたしこーゆー者なんですけど」

そんなこんなで、その後、先生が来るまで、クラスの中はてんやわんやでした。
   B組のクラス委員の方は、何をやってるんでしょうね。まったく困ったものですわ。



   ―――第三幕・原幌宏彦―――

「ねぇ、ちょっと君、これ志藤楓って子に渡してくれないかな?」

 放課後、帰ろうと教室を出た時に、上級生のお姉様が語りかけてきた。
 ふと見れば折りたたまれた紙が、その手にはあって。

「あ、なんだ、護身術部のお姉様じゃないっスか! 由乃呼びます?」

 気を利かせてそう答える俺。今の時代、男もマメじゃないともてないからね!
 由乃を呼ぼうと教室に向かいかけ、肩をガガシシッ!!と捕まれた、痛い。
 振り向けばお姉様は、俺を温度の低い瞳で見つめていて……照れるなぁ、つうか怖ッ!?

「……お姉さんは、君に、頼んでるんだなぁ?」
「サー! イエス! サー! もといマム!!」

 むぅ、今日は楓ちゃんに近づくのは由乃に禁止されてるんだがなぁ。
 まぁ、事情があるなら仕方ないよね♪ 教室に入り見回すが、およ? 居ない?
 取り敢えず聞き込みだ、楓ちゃんの事に一番詳しいのは……間違いなく彼女だよね。
 
「可愛い可愛い葵ちゃん、楓ちゃんはいずこ?」
「……隣の教室に教科書返しに行ったよ」
「A? C?」
「……A]

 葵ちゃん、なんか不機嫌だなぁ。いかんよ、可愛い顔が台無しであるよ。
 楓ちゃんが転校してきてからこっち、葵ちゃんはどうにも感情が安定してない。
 すぐ怒るし、笑うし、泣くし……とはいえ、昔の葵ちゃんより今の葵ちゃんの方がダンゼン魅力的だけど。
 きっと本当は、こんな風に感情豊かな女の子だったんだろうな、と思う。
 ――お兄さんが死んじゃってからの、作り笑いを終始顔に貼り付けていた葵ちゃんは、見ていて痛ましかったからなぁ。
 葵ちゃんの前で馬鹿やって、よく由乃にぶっとばされたあの頃……なんてしみじみ、しじみ。あさりはまぐり。
 いや、今でも毎日のようにぶっ飛ばされてるんだけどね?
 そんなこんなで、俺は教室を出て、一路A組へ。――これが、俺の長い冒険の始まりだったのである。

「あ、楓ちゃん、これ護身術部の先輩が君に、って」
「およ? あ、うん、たしかにうけとったよ」

 A組の前で楓ちゃんに遭遇、受け取った手紙を渡す。
 長い冒険はどうしたって? あんなん嘘に決まってるじゃないか。

「あー、んー、むむぅ……」

 でもって、手紙を読みながら楓ちゃんは、そんな風に困って。

「はらほろくん、かえではさきにかえったって、あおいにいっておいて?」

 と、読み終えて、そう言い残して。

「あ、ちょ、ちょっと、楓ちゃん!?」

 鞄も持たずに、てててーっと走り去ってしまった。
 ……なんだなんだ?
 ふと気が付くと床に落ちている手紙があった。楓ちゃん、慌てて落としていったな?
 拾い上げてしばし考える。勝手に見るなんて悪趣味だよなぁ……でも……。
 ひょっとして、あれって、なんかヤバくないか?

「ひーくん……今日の楓さんには近寄るな。って、私言ったよね……」
「うわは由乃!? これは違うんがぼぅッ!?」

 背後からドスの効いた声をかけられ、振り向いた所に手刀が飛んできた。
 的確に俺の肝臓を捉える由乃の抜き手。急所だから!! ここ、人体の急所だから!!

「……? なんです、これ?」
「げほっ、げほっ、か、かなみちゃ、それはっ!!」

 殴られた勢いで飛んだ手紙は、俺の手から教室を出てきたばっかの、かなみちゃんの手に。
 しかも、悪いことに、開いた状態になってる!?

「志藤楓へ、放課後に一人で護身術部の道場に来い。逃げたりしたら可愛い妹とお友達がどうなるか、てんてんてん」
「……」
「……」

 読み上げましたね? 何の気無しに、ごく自然に読み上げましたね? もう、かなみちゃんの天然さんめ!

「ひ、ひーくん!! あんた、あんた、なんて事を!!」
「あ、葵ちゃんっ! 葵ちゃん!! た、大変だよー!!」
「ちょ、待て由乃! 俺を攻めるより先にぬわわっ、締まる締まる息が停ま……!」
「な、何この手紙! これひょっとして、この間の護身術部での事で!?」
「何ですか? 廊下で騒がしい……」「B組の人達は本当に賑やかですわね」

 てんやわんやの大騒ぎである、つうか、息が! 息が出来ないっつの!! 

「……お前ら、何してんだ?」

 と、冷静な声が響く、誰だろう? ていうか、誰でも良いからへ、へるぷみー……。

「あ、だ、大吾さん!?」「た、大変なんですお姉ちゃんが!」「楓さんが呼び出しで護身術部の!!」「ちょっと、何ですの? 護身術部が何か?」「ちょ、ひ、ひーくん? やだ、息してない!?」「今日のお姉ちゃんまずいんです! 死んじゃうよ!!」「し、死ぬ!? そんな、楓さんが!?」「じゃなくて! 相手の方が!! パワーのセーブ効いてないんだよ今日のお姉ちゃん!!」「そ、それ、ホントに相手死んじゃう!!」「ひーくん! ちょ、ちょっと、冗談は! 冗談はやめなさいよ!! ねぇ!!」「ま、まさか、護身術部の先輩方は強いんですわよ?」「そんなの! お姉ちゃんの敵じゃないよ!!」「本気の楓さんは、誰にも止められません!!」

 大吾さん? って、誰だっけ……あぁ、そうか、東雲先輩か。はは、なんか苦しくなくなってきた……。

「まぁ落ち着け……楓が、呼び出されたのか?」
「はい!」「うん!」「そ、それは本当ですの?」「まさか、この間の事で先輩方が!?」
「で、何処にだ?」
「護身術部!」「の道場です!!」「なんてこと!」「どうしましょう!」
「わかった、俺に任せろ」
「「「「え?」」」」

 東雲先輩が窓を開け、身を躍らせた。
 俺はというと、廊下が冷たくて気持ちいい……。

「だ、大吾さん! ここ二階……って」
「うわわ……も、もうあんな所に……」
「格好いいですわ……」「やはり大吾様も素敵……」

 うん、東雲先輩は男の俺から見ても、格好いいと思うよ。
 あ、お婆ちゃんだ。そっちは綺麗だね……俺も今、その川を……。

「やだ、やだ、どうしようどうしよう! ひーくん! ひーくん死なないで!!」

 あぁ、うるさいなぁ……由乃の声か? ったく……仕方ない、無視すると後が怖いからなぁ……。
 ほんと、いくら強くなっても……昔から俺が居ないと駄目な奴なんだからなぁ、由乃。



   ―――第四幕・東雲大吾―――

 護身術部の道場は鍵がかかっていたが、こんな物は障害ではない。
 強引に扉を開けて中に入り込む。

「な!? ……し、東雲? あ、あんた……!!」
「おい! 鍵閉めて無かったのかよ!?」
「閉めたわよ! 閉めたはずよ!!」

 騒ぎ出す俺の同級生、楓を囲む、楓の元同級生達。
 楓はというと、道場の奥の方で腹を押さえ込んでうずくまっていて。

 ――殴られたのか?
 ――こいつら、楓を殴ったのか?

 楓なら、こんな人数は敵ではない筈だ。
 つまり、こいつら、何らかの方法で楓の抵抗力を奪い、一方的に……。
 ぞわり。と、俺の中の鬼が蠢いた。

「な、何だよ!? 何か文句でもあんのか!?」
「東雲!! あ、あんた!! 強いらしいけど、この人数相手に!!」

 ――騒がしいな。

「黙れよ、殺すぞ?」
「ひっ!?」

 取り敢えず、黙らせる。
 実力の差が解る程度には、鍛えているか。
 人数は5人。部長やってる奴は居ない……な。
 とすると、一番強いのは……と。ふむ、アイツがリーダー格か?

「楓に何をした?」
「な、何だって良いだろ!! アンタにカンケーは」
「答えろよ、殺すぞ?」
「ちょ、ちょっと生意気な下級生に、指導してやっただけだよ!!」

 指導。
 指導、ね。

「で、楓に直接指導したのは、どいつだ?」
「……」
「答えたくないか? それとも全員か?」
「……」
「まぁいい、全員叩きのめせば、その中には当たりが居るだろうしな」
「な!!」

 ゆっくり、近づく。大丈夫、手加減出来る程度には冷静だ。
 さて、葵達が来るまでもう時間はあまり無いな。

「だめ」
「……楓?」
「だいご、だめ」
「しかし、楓、こいつらは」
「いいんだよ、かえろ?」

 楓が立ち上がり、5人の輪を抜け出て俺の腕を掴んだ。
 少し潤んだ綺麗な瞳。真っ直ぐな楓の性格をあらわしたような、昔から変わらない楓の瞳。
 ――楓の正義を守るためなら、俺自身はいくら悪になろうと構わない。
 とはいえ、楓が望まないことをするわけにも……か。

「――はぁ、わかったよ、楓」
「うん。じゃ、かえろ、だいご。――せんぱいがた、ごしどうありがとうございました」
「あ、あぁ、これからは、あんまり調子に乗るんじゃないぞ?」
「はい」
「……お前ら、次は無いと思え?」
「だいご!!」
「わかった、わかったよ楓」

 道場を出て扉を閉める。まったく、楓はが人が良すぎる。
 きっと、もし俺が来なければ、殴られるだけ殴られるつもりだったんだろう。

「……うっく」
「あー……取り敢えず水飲み場に行くか?」
「う、うん……ひっく、ぐす」

 ぐずる楓の手を引いて、水飲み場に向かう。
 ――さっきの5人の中には、楓の元クラスメートも居た。
 そりゃまぁ、ショックだろうな……楓、可哀相に……。

「なぁ、楓」
「うー、ひっく」
「俺は、少なくとも俺と葵とかなみは、何があってもお前の味方だからな?」
「うー、うん、あ、ありがと……ハンカチかしてくれ」
「ほらよ」

 ――楓の情緒不安定っぷりが、増している。
 楓は涙もろい奴だが、決して泣き虫な訳じゃない筈で。
 ……参ったな、今の楓は。
 ちと、破壊力が、絶大すぎる。

「着いたぞ楓、取り敢えず顔を洗え」
「おー」

 水飲み場で楓に顔を洗わせる。
 さっきまで握っていた楓の手は、華奢で細くて、紛れもなく少女の指だった。
 あぁ、くそ、茜さんも、余計な事を言ってくれるものだ。
 もう認めるしか、ないじゃないか。

 ――今の楓は、魅力的な女の子だって事を。
 ――俺が、楓を女として意識してしまってるって事を。
 ――男同士じゃないか。そんな言い訳は言い訳でしかない事を。

「ぷぅっ、さぁ、かえろうか」
「もう平気か?」
「おー、へいきだぞ」

 楓が顔を洗い、スッキリとはいかないが、落ち着いた顔で言った。
 まぁ、男とか、女とか、それ以前に楓は人間として魅力的な奴で。
 俺の大切な、友達と言うことには何も変わりないのだが。
 それにしても、もうすぐ7月の空は、今日もどんより曇っていて。

「あぁ、そういえば」
「ん? どした、だいご」
「――いや、何でもない」

 そういや、もうすぐコイツの誕生日だっけか。
 せいぜい祝ってやるか、なんて思いながら。
 こっちに向かって走ってくる葵達の姿を見ながら思う俺だった。

 ――あ、かなみがコケた。




   ―――第五幕・宮ノ森かなみ―――

「あおい、アイスおいしそう」
「うん、そうだね」
「あおい、ねぇ、アイスおいしそうだよ?」
「うん、そうだね」
「ねぇねぇ、あおい、アイス」
「帰ったらお昼ごはんだよ」
「アイス……」
「……」
「……おいしそうなのに……」
「……」
「あいす……」
「あー! もう!! わかったよ!! シングル一個だけだからねっ!!」

 下校中です。
 今日の楓さんは、とても子供っぽくて。
 何というか、可愛いくて、もう、たまりません。

「やたっ、ちょこみんと♪ ちょこみんと♪」
「ねぇ葵ちゃん、楓さん、お小遣い貰ってないの?」
「んな訳ないでしょ。お財布家に忘れて来たんだよ、お姉ちゃん」
「あおいー、はやくはやくー」

 4人で流行のアイス屋さんに並びます。
 楓さん、大吾さん、葵ちゃん、私の4人。
 A組の藤代ドリルさん、コロネさんは反対方向からの通学で、一緒に帰れないのをもの凄く残念がってました。
 本当は、私も逆方向なんだけど。
 今日は、楓さんの家で健康診断を受けることになってますから、皆さんと一緒。
 大吾さんも、こっち方向じゃ無いはずなんだけど、よくわからない人だから気にしないことにしました。
 相談したいこともあるので、私にとっては好都合です。
 でも、ドリル、コロネって変わった名前ですね。

「ちょこみんと♪」
「ボクは夏みかんのシャーベットにしようかな」
「俺は……グレープフルーツのシャーベットで」
「私はバニラで」

 楓さんはチョコミントが大好き、葵ちゃんは柑橘類のシャーベットが好き。
 乳製品が大好きな私は、そのままバニラ。
 大吾さんは、たぶん、本当はあまり甘いモノが得意じゃないんだと思います。

「あ、あと、おみやげに、まっちゃ、それと、すとろべりー」

 抹茶は椿ちゃんが好きなアイスみたい。ということは、ストロベリーは志藤博士の好きなアイスかな?
 お土産かぁ、カイ君に買っていこうかな? 吸血鬼ってアイス食べるのかなぁ。
 でも、今から買ってもしょうがないか。帰り道にまた寄ってみよう。

「おいしー♪」
「はいはい、良かったね」

 楓さんはにこにこふわふわ、葵ちゃんはぷりぷりしてるけど、あれはきっと態度だけ。
 そんな二人を眺める大吾さんも、ちょっと楽しそうで。
 一見すると冷たそうな印象の大吾さんですが、実はもの凄く熱い人だと最近知りました。
 いえ、熱い冷たいというより、自分の周りに線を引いて、その内側と外側ではっきり極端に温度差がある人と言うか。
 大事な一人を守るためなら、その他100人くらいは平然と見殺しにする。そんな人なんじゃないでしょうか。
 色んな意味で危うい人だと思います。

「……なんだ? 少し喰うか?」
「あ、いえ、そういう訳では」

 大吾さんをじっと見ていたら、そんな風に勘違いされました。
 女の子に人気がある大吾さん。
 背が高くて、スポーツも勉強も出来て、格好良くて。その上、少し不良っぽい所がたまらないそうです。
 私は、楓さんみたいな優しくて可愛くて努力家、そんな人の方が好きなんですけども。

「はむっ」
「あ」
「ちょっともらっちゃった、バニラもおいしーね」

 ……不意打ち、です。
 私の食べてるバニラのアイスを、楓さんが囓っていきました。
 ……間接キス、です。

「だいごー、それもすこし、くれ」
「ほれ」
「わーい」

 楓さんは気にした様子もなく、今度は大吾さんのアイスをねだってます。
 ――男の子って、そーゆー事気にしないんでしょうか。

「……はみゅ」

 楓さんが囓った部分を、なめました。
 なんだか、さっきより美味しい気がしました。




   ―――第六幕・宮ノ森かなみ―――

「あ、あの、検査って、もう終わりでしょうか」
「終わりさ、終わりだよ終わりだね。とりあえず診断結果は現時点では寝不足及び貧血としか言いようがない。あとは、さっき採取した血液を詳しく調べないと流石の天才医学者である私にもわからないよ。とはいえまぁ、これもまず間違いなく異常なしだろうけどね。もっとも、気になるのは貧血の原因だが……怪我でもして大量に出血しなかったかい?」
「あ、えと、出血……はい、しました」
「ふむ? まぁ……とにかく、私は採取した血液を調べておくから」

 と、志藤博士が言いかけた所で、階上から葵ちゃんと椿ちゃんの声が聞こえてきます。

「お待たせー、今日のお昼は葵特製、カルシウムと鉄分たっぷり焼きうどんでーす」
「妾も手伝ったのじゃー」
「二人とも早く来てねー」

 医食同源、なのかな。
 生理中の楓さんに、骨折治療中の志藤博士に、朝から調子が悪い私に、葵ちゃんが気を遣って作ってくれたメニュー。
 葵ちゃんの料理って、とっても美味しいんですよね。本当に、葵ちゃんってとっても素敵な女の子です。
 元は男の子なのにあんなに可愛いなんて、志藤姉妹はずるい。

「……まぁ、しっかりした食事と、ちゃんとした睡眠。それだけあれば、明日にはケロリだろう。もし明日も調子が優れないようなら、また来たまえ。さて、まずは食事だよかなみ君、行こうか」
「あ、はい……ありがとうございます志藤博士」
「まぁ気にするな、治療報酬はちゃんと君の親御さんから貰ってる。それにしても、その博士というのはやめてくれないかな。確かに博士号は持っているが、かなみ君からはもっと普通に呼んでもらいたいね」
「あ、はい、わかりました茜さん。それで、あの、治療報酬って幾らぐらいか聞いても……?」
「その費用、およそ600万ドル」
「えーと……な、7億円近くも!?」(注:2006年6月下旬のレートです)
「放映当時は約18億円だったのだがね」
「――ほ、放映当時?」
「気にするな、さぁ行くぞかなみ君」

 茜さんの後について地下の研究施設を出て、リビングに行きます。
 美味しそうな匂いが漂うリビングには、見知らぬ女の子が居て。

「あ、ええと、は、はじめましてっ」
「カナ、それはお姉ちゃんの友達で、宮ノ森かなみと言う。かなみ、コレは妾の友達で奏子じゃ」
「葛城奏子です、かなみさん、よろしくです」
「うん、よろしくね、奏子ちゃん」

 そっか、椿ちゃんのお友達なんだ。
 それにしても、なんだか、もの凄く女の子率が高いなぁ、なんて。
 部屋の隅で、居心地悪そうにしてる大吾さんを見て、そう思いました。
 それにしても、どうしよう。
 カイ君の事、相談しようと思ってたんだけど、奏子ちゃんが居るここでは……。

「やきうどん♪ やきうどん♪」
「椿ちゃん、楓おねえさまって可愛いね」
「普段はもっと凛々しいのじゃが」
「しまった、娘の眼前で大脳の如くうどん玉がこぼれた」
「あぁ! お母さんは座ってて良いよ!! 私が取り分けるから!!」
「なぁ、やっぱり俺は帰らせて」
「だめっ!! 大吾さんも食べてって!! 美味しく出来たんだからっ!!」

 ……まぁ、良いか。
 帰るときにでも、相談してみよう。今日の楓さんに相談するのも、ちょっと……何だし。

「はい、椿ちゃん、あーんして?」
「ひ、一人で喰えるのじゃ奏子!!」

 きっと、何とかなるよね? 椿ちゃんだって、ほら、あんなに楽しそうにしてる。
 そう思いながら焼きうどんを頂きます。葵ちゃんの料理は、やっぱり相変わらず美味しくて。
 大丈夫、なんとかなる、なんとかなるよって、エネルギーをもらってるみたいで。
 それに――本当に、イザとなったら、助けてくれますよね? 楓さん。

「焼きうどん、おいしー♪」

あ、台詞に漢字が混じった……回復し始めてるのかな。

「あおいっ、お変わりー♪」

……いや、誤字が混じってるあたり、まだまだかもしんない。





   ―――幕間・宮ノ森かなみ―――


「あのですね」
「ん?」
「そのですね」
「ふむ」
「ええと、もし、もしもですよ?」
「……なんだ?」

 帰り道。大吾さんに相談です。
 単刀直入に相談するべきなんでしょうけど、やっぱりそれは、おっかなくて。

「もし、私や楓さんが、吸血鬼になっちゃったら……どうします?」
「――それは、考えたくないな」

 そんな風に、大吾さんに質問を投げかけてみます。
 大吾さんは目を伏せて、それでも考えてくれた後に。

「考えたくはないが、もし、もしもそうなったら――俺が、この手で始末をつけてやる」

 そんな風に、何か決意を秘めた目を私に向けて、言いました。

「た、助けてはくれないんですか?」
「吸血鬼症の治療方法は、無い」
「で、でも、茜さんなら、ひょっとしたら、とか」
「吸血鬼は病気のように感染するが、その実、病気じゃない。――あれはな、呪いだ」
「の、呪い……?」
「正確には、ウィルス感染と呪いのハイブリットとでも呼ぶようものなんだよ、あれは」
「……」
「一流の魔術師や聖職者が、一流の科学者と手を組めば、治療法も見つかるかもしれないが」
「な、ならなんで、そうしないんですか?」
「魔術師と科学者は、仲が悪い。――いや、仲が悪いどころじゃないな、敵対してる」
「あ、茜さんは、敵対なんかしてないんじゃ?」
「茜さんか……あの人は自称天才科学者にして天才医学者だが、利用できる物は魔導技術でも取り込むからな……その実は錬金術師に近いのかもしれん。確かに錬金術師が治療法に最も近い場所に居るのだが――彼らでも、決定的な治療法はいまだ見つけていないのが現状だ」
「そ、そんな……」
「天才錬金術師、志藤茜か……確かに、もしかしたら、とも思うがな」
「で、ですよね!?」
「……そうだな」

 助ける事ができるかも!
 ううん、カイ君、お姉ちゃんが必ず助けてあげるから!!

「あ、あのですね、大吾さん!!」
「かなみ、尾行されている」
「……!?」

 び、尾行!?
 以前、誘拐された時の恐怖が蘇ります、まさか、まさか、まさか!?
 あの時の人達が、また!?

「安心しろ、かなみ、俺が居る」
「は、はい」

 そうでした。
 大吾さんが居るんだった、大吾さんが居れば大丈夫。
 そ、それに、今の私には、結界だってあります。

「それに、尾けられてるのは俺の方かもしれんしな……」
「な、なんで大吾さんが、誰に」
「さぁな、内調か陸幕二部か公安か、ひょっとしたらCIAやMI6、あるいはモサドかもしれん」
「な、なにやったんですか大吾さん!?」
「冗談だ」
「冗談に聞こえない冗談はやめてくださいっ!!」
「それはそれとして、このまま家まで送る」
「は、はい、お願いします……」

 そのまま家まで送ってもらいました。
 玄関の鍵を閉めて、セキュリティを確認。大丈夫、鍵は全部閉まってる状態になってます。
 自室に行って数分もすると、大吾さんから電話が。

「大丈夫だ、家の周りには不審者は居ない」
「あ、ありがとうございました」
「かまわんさ、一応戸締まりはしっかりな」
「はい、それはもう」
「じゃ、またな、かなみ」
「あ、あのですね大吾さん」
「……なんだ?」
「いえ、その、ちょっと時間ありますか?」
「……すまんが、ロザレイの令嬢がまた問題をな……」
「……今度は何ですか?」
「人間を貨物扱いで空輸したと思われたらしくてな……」
「……それ、例の自動人形……ですか?」
「あぁ、というわけで、これから空港まで行かなくちゃならん」
「えぇと……大変だと思いますが、頑張ってください」
「あまり頑張りたくはないが、仕方ないさ、じゃぁな」
「はい」

 通話が切れます。相談、しそこねてしまいました。
 ……明日なら、楓さんもまともになってるかなぁ。
 そう思いながら、私はベットに横たわります。
 制服、着替えなくちゃ……そうは思うのだけど。
 眠くて……もう……カイ君が起きてくる日没まで……少し、眠りたい……。

 あ……カイ君に、アイス……買ってくるの……忘れちゃった、な……。
 後で……買いに行こう……かなぁ……。

 そして、私の意識は闇に沈みました。





   ―――第七幕・志藤葵―――

「うぇぇぇん!! 痛いのじゃ! ごめんなさいなのじゃ! もう、もうやめ……ふぎゃん!!」

 椿が、お姉ちゃんにお尻を叩かれてる。
 百叩き、とはいえホントに百回叩く訳じゃないと思うけど……。

「うあぁぁん!! 痛いのじゃ、お尻痛いのじゃ、ふぇ、ふぇぇぇん!!」

 夕方、行き先も告げずに雨の中、こっそり出かけていった罰で。
 どうも、怪しい気配を感じて、調べに行ったみたいなんだけど。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな、ぴぎゃあぁっ!! ひ、ひーん!! 許してなのじゃぁ!!」

 手首のスナップが効いた平手打ち、ばちんっ! って凄くいい音。
 ……そろそろ、止めてあげないと可哀相かな?

「お姉ちゃん、もう許してあげなよ、ね? 椿も反省したでしょ?」
「ひっく、ひっく、した、反省したのじゃ、ご、ごめんなさいなのじゃぁ……」

 あーあ、可愛いお尻が真っ赤になっちゃってる。
 今日のお姉ちゃん、力加減出来ない状態だからなぁ……。

「むー、もう、やっちゃだめだよ? 心配するんだからね?」
「しないのじゃ、もう黙って出かけたりしないのじゃ、嘘もつかないのじゃ、ぐすっ、ひっく」

 そう、嘘をついた罰もあるんだよね。
 夕方過ぎに、黙ってこっそり、怪しい気配を一人で調べに行って。
 しかも、バレた時に「カナが忘れ物したようじゃから届けに行った」って。
 一発で嘘だってバレたんだよね。
 だって、奏子ちゃんから電話がかかってきて、取り次ごうと思ったら部屋で宿題してるはずの椿は居なくて。
 着ていた洋服やパンツは脱ぎ捨てられていて、そりゃーびっくりもするよ。

「ぴー! ふぇぇぇぇぇん!!」
「あぁ、うん、痛かったね? でも、お姉ちゃんも椿が大好きだから叱るんだからね?」

 ボクの胸に飛び込んできた椿を抱きしめて、サラサラの髪の毛を撫でてあげる。
 椿が居ないと知るや飛び出していったお姉ちゃんが、椿を見つけたのはボク達が通う学校の近だったらしく。
 黒地に紅い椿の和服を纏って、傘もささずに雨の中静かに佇んで、校舎見ていたらしい。
 ――通行人は何かと思っただろうなぁ。
 ウチの学校の七不思議、ひとつ入れ替わったりするんじゃないだろうか。

「ひっく、ひっく、ぐす、痛いのじゃ、おしり、おしり痛いのじゃ、じんじんするのじゃ、えっぐ」
「お姉ちゃん、救急箱持ってきて、お薬塗ってあげるから」
「ん」
「まぁ、椿の気持ちも解るんだよね。今日のお姉ちゃんには相談しない方が良いんじゃないかな……って思ったんでしょ?」
「ひっく、ぐす」

 こくん、と頷く椿。
 ボクは救急箱の中から、お母さん特製の軟膏を取り出して瓶の蓋を開ける。

「でもね、やっぱり黙って出てっちゃダメだよ。それに……さ!」
「ひぎゃっ!!」
「どうして、ボクには、相談してくれないのかなぁ、なんて、思うんだけどなぁ……!?」
「い、痛いのじゃ! あ、葵お姉ちゃ、も、もっと優しく塗ってほし……にぎゃぁぁっ!!」
「そんなに頼りないお姉ちゃんかなぁ、ボク。ねぇ椿?」
「うっく、ひっ、ひ、ひーん、ごめんなさいなのじゃ、ごめんなさいなのじゃぁ……」
「ほい、塗り終わったよ。もうね、あまり心配させないでね? 椿」
「ひっく、うっく、わ、わかったのじゃ」
「さ、お夕食にしよっか。椿、顔と手を洗っておいで」
「ぐす……はいなのじゃ」

 とぼとぼと洗面所に歩いていく椿。
 可哀相だとは思うけど、ね。

「……んー、やりすぎたかなぁ」
「大丈夫でしょお姉ちゃん、椿ならわかってくれるよ」

 椿は賢い子だから、愛してるから怒るんだってわかってくれる。というか。
 ボクやお姉ちゃんもちっちゃい頃、やんちゃしてお母さんにお尻叩かれたことあるしなぁ。

「それにあの子、ボクの中でボクが怒られてるのにすら憧れてたから、さ」
「そか」
「そだよ。じゃ、お母さん呼んでくるね」

 お母さんは地下の研究室に籠もりっきりで何かやってたので、今回の件は秘密。
 椿が居なくなった、なんて報告したら飛び出して行きかねないもん。
 ――骨折完治してないから、あんまり無理させたくなかったんだよね。

 ちなみに、夕食の時。

「う、うくっ、ひうっ……ぴぃ」

 お尻が痛いのか、椿は座り方を何度も変えてた。
 ――その姿が可愛いとか思っちゃうボクって、Sっ気あんのかなぁ、やっぱし。




   ―――幕間・宮ノ森かなみ・その2―――

「はぁ、はぁ、っ、あ、あぁっ……う……え、うぇぇぇっ……!!」

 タクシーから降りるなり、吐いた。
 ほとんど消化できてない、胃の内容物。
 葵ちゃん、ごめんね、折角作ってくれたお昼御飯なのに。

「げほっ、げほっ、う、げぇっ……!!」

 一眠りしてアイスを買いに出た帰り、夕立にあった。
 傘も持たずに出かけたものだから、濡れてしまって。
 そこで、突然に気分が悪くなった。
 なんとか、学校の辺りまで辿り着いたけど、そこが限界で。
 タクシーを拾って、なんとか家に帰り着いたのだけど。

――濡れた服が気持ち悪い。
――喉が、喉が渇いている。

 自室に戻って、濡れた服を着替えて。
 キッチンに行って、冷蔵庫の牛乳をがぶ飲みした。

 それで、だいぶ落ち着いた。

「あら、かなみちゃん、何処行ってたの?」
「あ、ママ、帰ってきてたんだ。うん、ちょっとね、アイス食べたくなっちゃって、買いに行ってた」
「そう、じゃ、ママまたお仕事に行ってくるからね?」
「……うん」

 また、今日も一人の夕食か。
 ……お夕食くらい、一緒に食べてくれてもいいのにな。
 冷凍室に買ってきたアイスをしまい。もう一本、牛乳のパックを取り出して開ける。

「かなみちゃん、あんまり牛乳飲むと太るわよ?」
「う……で、でも、おいしいんだもん」
「うふふ、まぁ、栄養は胸にいってるみたいだし、いいのかもね」
「もう、ママったら」

 なんだろう、すごく、渇く。
 この不調――もしかして、ひょっとすると。

 頭に思い浮かんだのは、血だった。
 楓さん。
 楓さんの、太股をつたって、白い靴下を染めていく、紅。

「じゃ、行ってくるわね、お留守番よろしく」
「うん、行ってらっしゃい、ママ」

 ――明日は日曜日なのにな。

 敵対的買収だの株式市場がどうこうだので、お仕事忙しいのはわかるんだけど。
 セキュリティのスイッチを入れて、階段を上がる。
 雨に濡れたせいかな、手足が冷たいような……血が足りないのかな。
 血、失われていく血、私の身体の不調――やっぱり、これって。

 ――あぁ。
 ――喉が、渇く。

 ――楓さんが、欲しい。


   ―――幕間・『アリソン・ロザレイ』――

「本当ですか、クリス」
「はいお嬢様、おそらく間違いないかと」
「そうですか、そんな所に隠れていたのですか……」
「いかがなさいますか?」
「そうですね……アル、調子はどうですか?」
「使用言語を現代標準日本語に調整終了。身体各機能異常なし。各センサー及び各システム正常に作動中。――何も問題有りません、お嬢様」
「そう。では――征きましょう、クリス、アル」
「お嬢様、既に日は……」
「今なら間に合うかもしれない、明日では手遅れかもしれないのですよ、クリス」
「了解しました、お嬢様」
「ふふっ、ようやく、ようやくですわ。首を笑って待っていなさい、カイ・シェンカー……!!」
「「首を洗ってです、お嬢様」」
「さぁ、インドを渡して差し上げますわよ。我が宿敵……!!」
「「引導です、お嬢様」」




──次章に続く──


萌えあがれ! 機動戦死 K.伊藤です。ごふ。(吐血)

はい、ごめんなさい、ストーリーぜんぜん進んでませんね。
しかも、視点がコロコロ移り変わって落ち着きませんね。
その上、前回でキーキャラクターとして出たはずの英国騎士(見習い)が、最後にチラっとだけ。
ギャグと萌えはどうでしょう、今回、わりとひとりよがりのネタが多いのですが。

実験作……とまでは行かないですが、今回は割と手探りで書きました。
次回はちゃんと楓くんの一人称が基本に戻ります、ええと、まぁ、そんな感じで。

よければ見捨てないでやって下さい。

んでもって、補足説明。

「志藤椿」
本編では説明してませんが、椿は自前の糸で簡単な服なら作れるという設定です。
メイプルの最大の弱点、変身すると服が破けるというのをカバー出来る能力ですな。
それと、楓の全力で尻を叩かれても痛いで済んでるのはアヤカシが故ですね。
常人が楓の全力尻叩き喰らったら、尻が二つに割れると思います。

「ただいま生理中」
なんで虫なのに生理があるの? と、感想掲示板でも突っ込まれました。(笑
感想掲示板にも書きましたが、一言で説明すると「楓は進化の先に居る生命体だから」です。
むろん、結果が先にあって理由は後からですが。でも、世の創作のほとんどはそんなモンでしょ?(笑

そんなこんなで、よろしければ次章「ルール&ロール(後編)」もお付き合い下さい。


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