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楓・セーラー服(illust by MONDO)












めいぷる!

─ザ・インセクト─

第二話・第二章「騎士は踊る」

作:K.伊藤



   ―――第一幕―――

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくり歩くのがここでのたしなみ。

 ――なんてナレーションを入れたくなる様な挨拶をかましてくれた二人は、昨日の縦ロール。ドリル子(仮名)とコロネ子(仮名)である、本名は知らない。
 ちなみに既に夏服なので、制服は白を基調としたモノになってる、深い色なんかじゃ無いからね。

「あ、うん、おはよう……」
「爽やかな朝ですね」「爽やかな朝ですわ」
「朝から楓さんに会えるなんて」「朝から楓さんのご挨拶を受けられるなんて」
「「今日は良い事がありそうですわ」」
「あぁ、そう……? それじゃ、ごきげんよう」

 適当に返事をして下駄箱に向かい、靴を履き替えて教室に行く。「あいつら、ボクの事完全に無視してやがったなぁ……」と、隣で葵が愚痴ってる。妹よ、それは幸運だぞ? あの子達の相手は疲れるぞ? 教室に着く、まずかなみに挨拶……あれ? 居ない。

「おっはー、楓ちゃん葵ちゃん、今日も可愛いねぇ」
「あら、ごきげんよう、ハラホロ君」
「おっは、原幌君。――……お姉ちゃん、伝染ってる、伝染ってるよ」
「おっと」

 級友達と朝の挨拶を交わしながら自分の席に向かう、椅子を引いて席に座ると「ふぅ」とため息が出た。

「おはよ、楓ちゃん」

 前の席の子、しまちゃん――本名、山岸眞子――が、振り向いて挨拶してきた。挨拶を返す。

「あら、ごきげ……おはよう、しまちゃん……ねぇ、かなみ、来てないのかな?」
「ん? そう言えばまだ来てないね……珍しいね、この時間にまだ来てないなんて」
「……そうだね。そういえばオデ子……由乃ちゃんも居ないね」
「由乃なら先生に呼ばれて出て行ったけど……楓ちゃん、それ由乃の前では言わないようにね、気にしてるから」
「……気にしてるなら、なんで髪型変えないのかな?」
「なんか、初恋の人におでこが可愛いって言われたからみたいだよ?」
「そっか、由乃ちゃんも乙女なんだねぇ」
「あー、うん、由乃はねぇ、実は無茶苦茶に乙女なんだなぁ」
「おはよ、しまちゃん」
「あ、おはよ、葵ちゃん」
「おっはー、しまちゃん、今日も可愛いねぇ」
「原幌君、それみんなに言ってない?」

 なんだか知らないが皆が集まってきて雑談をしはじめる、俺は頬杖をついて聞き役に回る。頭に血が巡って無いような……朝から少し身体が重い感じだったけど……何だろう、この不調は。
 かなみとの約束――放課後に、フルモンティのケーキセットを奢る約束――があったから、ガッコに出てきたが……休んでオフクロに身体を診て貰うべきだったかもしれない。
 かなみの席を見る、まだ来ていない。かなみが休むようなら、俺も早退してオフクロに相談してみよう。
 机に頬杖をついたまま窓の外を眺める、もうすぐ7月の空は、俺の体調を映したように重く澱んでいた。

「ふぅ……」

「……ねぇ葵ちゃん、な、なんか、今日の楓ちゃん色っぽくない?」
「あ、しまちゃんもそう思う?……なーんか、朝からあんな感じなんだよね」
「あー、色っぽいね……アンニュイな美少女って感じがソソりますな、どこぞの暴力女とは大違いだ」
「由乃が聞いたらまたぶっ飛ばされるよ、原幌君」
「というか、お姉ちゃんに手を出したらボクがぶっ飛ばすけどね」

「というか、由乃さんはしっかり聞いていたから、今ぶっ飛ばしますけどね」

「うわは!? ゆゆゆゆゆ由乃っ!? お、おっはー?」
「……それだけ?」
「は、はい?」
「……………おっはー、の後に言う事は?」
「あ、い、いや、ご、ごめんなさげぶぅ!?」

 なんか外野が騒いでる……色っぽい? 俺が? ……まぁいいや、突っ込むのもかったるい。窓の外を眺めながらチャイムを待つ。――かなみ、来ないのかな……。

「ひどいや由乃!! 謝ったのに! 俺ちゃんと謝ったのに!!」
「五月蠅い黙れ馬鹿私の気も知らないでっ! これは私の分、これは私の分、それで、これは私の分だっ!!」
「がはっ!? や、やめ、ひぎぃっ!? ちょ、ちょ、やめ、やめれ由乃、出る!! 中身出ちゃう!!」

 騒がしいなぁ……なんて、普段の俺なら思ったりしないんだが。
 あー……なんか、お腹の調子まで悪くなってきた……。

 やがてチャイムが鳴り、サトちゃんが教室に入ってきて朝のホームルームが始まる。

 ――かなみが現れないままに。



   ―――第二幕―――

 朝のショートホームルームだけ受けて学校を後にする。
 頭に血が巡っていない、身体が少し重い。本来なら、この程度で休んだりする必要は無いのだけど、何しろ俺の身体は普通じゃ無いのだ、用心はするにこした事はない。

「って事で、これから帰る……」
「あぁ、わかったよ楓、検査の準備をして待っている、早く戻ってきたまえ」
「すまん、頼むオフクロ……」
「なに、気にするな楓、可愛い娘の為ならば、例え火のレイ、水のアミだ」
「うん、じゃぁ、そーゆー事で……」
「……深刻だな、では待ってるぞ楓」

 携帯を閉じて鞄にしまう。と、ため息が出た。……朝からこれで何回目だ?
 いかん、本気で深刻かもしれん。早く帰ろうと思い路地裏に入り、普段は使わない近道を通る事にする。

 ――その路地は、異世界に通じていた。

「Hello,素敵な朝ですわね」
「え? あぁ……うん、そうだね」

 路地の先から現れた少女に、声をかけられる。
 ウェーブがかかったブロンド、冷たく輝くサファイアの瞳、陶磁器のような白い肌、唇は紅く。
 深紅のいかにも高級そうなドレスが凄く似合っている、とても綺麗な女の子。
 脇に佇む小柄な可愛らしい少年は、中華風の衣装に身を包んで、従者の様に口を開かずに控えていて。

 ――……それは、薄汚い路地裏にそぐわない、非現実的な光景だった。

「貴女、これから(ねぐら)に帰るところかしら?」
「は? あ、うん、そうだけど」
「ふふっ、曇ってるとはいえ、朝のこの時間に堂々と出歩けるなんて……やりますわね、貴女」
「え? あ、違うんだ、ちょっと体調が良くなくてね」

 サボりだとでも思われたかな? というか、この子達、何なのだろう……コスプレ?

「そうですの、体調が……ところで、一応確認しておきたいのですけど」
「あ、うん、何?」
「――貴女、人間じゃ、ありませんわね?」
「な!?」

 いや、そりゃぁ、身体の大部分は虫で構成された俺だけど、流石に「人間じゃない」と言い切られるとショックだ……っていうか、この子達、俺の身体の事を知っている? 何者だ?

「そうなのでしょう? ねぇ、クリス」

 女の子が、そう言って後の少年に語りかける。男の子は口を開き。

「はい、お嬢様……その者からは心臓の鼓動が聞こえません、匂いも僅かに人間とは違う。非常に上手く化けてはいますが人間ではありません。それに、僅かながら血の臭いをまとわりつかせている」

 と、容姿に似合った可愛い声で言った。――もしかしたら、ボーイッシュな女の子なのかもしれないな。
 どっちにしても、この子達、一体何者なのか――しかしその思考は、次のショッキングな一言で打ち破られる。

「という事ですの、貴女の正体は解っているのですわ、ねぇ……吸血鬼さん?」
「……………………はい?」

 吸血鬼ヴァンパイア
 あぁ、そういえば昨日の夜大吾が電話で、吸血鬼がこの国に、とか。

「ふふっ、此処がギャングの納め時ですわ、覚悟なさいな」
「年貢です、お嬢様」
「――年貢の納め時ですわ。クリス、剣を」
「はい、お嬢様」

 クリスと呼ばれた少年が剣を捧げる、少女が柄を掴んで剣を引き抜く。
 しゃりん、と綺麗な鍔鳴りの音が響き、少年の手に鞘が残り、少女の手には白銀煌めく刀身が。
 あぁ、そっか、大吾の言っていた吸血鬼って、俺の事かぁ……。
 ――って、ンな訳あるかいっ!!

「いやいやいやいやいや!! 人違い!! 人違いだから!!」
「命乞いですか不死の王ノーライフキング、往生際が悪いですよ夜の盟主ロードオブナイトメア
「違うから!! 俺、吸血鬼じゃないから!!」
「英国聖堂騎士団見習い、アリソン・ロザレイ……参ります。――Ash to Ash, Dust to dust.(――灰は灰に、塵は塵に)」
「聞こうよ人の話!?」

 白銀が迫る、早いッ!? 手に持っていた鞄を盾にするも容易く切り裂かれた。あぁ、買ったばかりの鞄が!! 買い揃えたばかりの教科書が!!
 いやいや嘆いてる暇はない、足下狙いの二閃目を大地を蹴って回避。
 スピード、パワー、技のキレ、どれも並じゃない――やば、この女、強い!!

「やりますわね吸血鬼!!」
「だから違うって!! 俺は吸血鬼じゃ無いってば!!」
「それでは貴女の心臓が停まってる事は、どう説明しますの!?」
「それは――のぅわっ!?」

説明しようとした所に三閃目、下段から伸び上がってくるような斬撃を大きく仰け反ってかわす。

「せ、説明させろよっ!!」
「聞く耳持ちませんわ!! 大人しく刀のカビになりなさい!!」
「既知外に刃物だ!? それと、カビじゃなくてサビな」
「刀のサビになりなさい、吸血鬼!!」
「聞く耳持ってんじゃんかよう!?」

 サビにもカビになりたくは無い、誤解を解くより逃げる方が先決だろう、殺されたら誤解を解く事も出来ない。
 四閃目が来る前にアスファルトを蹴って大きく跳躍、マーヴルな蜘蛛男の様に壁に張り付く……つもりだった。

「え……? あ、あれ……?」

 壁を背に座り込んで僅かな時間、呆然とする。
 跳躍は思っていたよりも小さく、壁に張り付く事は出来ず、俺は無様に地面に落ちていた。

「終わりです、吸血鬼!!」

 そしてその僅かな時間を、この女は見逃してくれる気配もなく。
 大上段に振りかぶった十字剣が俺の額を割ろうと……やばい、死ぬ、このままでは死ぬ!!
 もうなりふり構っていられない、変身だ、変身を……!!

 ――そして、ガキィン、という音が路地裏に響き、十字剣は俺の目の前で停まった。



「――無事か? 楓」
「楓さん、大丈夫ですか?」
「だい……ご? かなみ……?」

 座り込んだ俺の目の前で、アバズレ女の十字剣を、かなみの結界を纏った大吾の腕が受け止めている。
 変身……出来なかった。俺の身体に、何が起きているのだろう。

「くっ……しののぬ大吾!! 何故邪魔をするのです!!」
「しののめ、だ。感謝して欲しいなロザレイの令嬢、人殺しになるのを停めてやったのだから」
「な、何を!! その者は人間では!!」
「人間だよ、一度死にかけて科学と奇跡の力で蘇った人間だ。全く、何を根拠に吸血鬼と思ったのかは知らないが……」

 と、とにかく、助かった……。
 今頃になって膝が震えてくる、もし、二人か来なければ、俺は今頃この路地裏で、額を割られて血の海の中に……。

「……クーリースー?」
「は、はいっ!? なんでしょうお嬢様!!」
「クリース、クリース、クリース……聞きまして? 彼女は人間だそうよ? クリス、貴方私に恥をかかせましたわね?」
「い、いえ!! 私はちゃんとアルを待って確認してからの方が良いと申し上げ……」
「お黙りなさい!! 私に口答えする気ですか!?」
「きゃいん!!」

 あばずれ女が怒鳴りつけ腕を振り上げると、クリスと呼ばれた少年にぴょこん、と耳と尻尾が生えた。
 頭を抱えてふるふると震える姿、潤んだ瞳を上目遣いにしてでアバズレを見上げる姿が、子犬っぽくてちょっと可愛い。

「くっ……お仕置きは後です、行きますよクリス!!」
「あ、は、はいっ、お嬢様!!」
「そこの貴女!! まったく紛らわしい……人間であるなら洗礼くらい受けておきなさい!!」

 捨て台詞を残してアバズレと犬少年が去っていく。
 あのアバズレ、間違いで人を殺しそうになった謝罪も無しに、あげく悪態かよ……。

「災難だったな、楓」
「立てますか? 楓さん」

 かなみの手を借りて立ち上がる、その手にふと違和感を感じた……なんだろう?

「ん……いや、助かった、大吾、かなみ……どうして此処に? 不思議パワー?」
「いや、実は偶然だ。昨日は徹夜で街中に式を仕掛けたからな、単なる遅刻さ。何だその不思議パワーってのは」
「私もです、昨日ちょっと夜更かししちゃって寝坊です。不思議と言えば不思議な偶然ですけどね」

 そう言われてみれば、かなみの目が少し赤い。大吾の目の下にもうっすらと隈が出来ている。
 しかし、何はともあれ偶然に感謝。あぁ生きてるって素晴らしい。

「ん? 楓、お前怪我を? あの女、まさか楓に怪我を……?」
「へ? 怪我?」

 大吾の視線を追って見ると、そこには血。俺の太股を伝わって流れ、靴下を汚す紅。
 気が付けば下着が湿っている感覚が気持ち悪い……あ、まさか、これって、やっぱり、アレか?

「あ!! いえ、大吾さん、こ、これ多分怪我じゃなくて、その、多分、女の子の――」
「うわ、うわわ、や、やめ!! 言わなくて良いから!! かなみ!! 言わなくて良いから!!」
「――……すまん、楓」
「うわぁん!! 察するな理解すんな納得すんな!! 大吾のばかー!!」
「ちょ、待て楓……ぐはっ!?」

左のフェイントからの右ストレート、俺の拳が大吾の顎を捕らえた。




   ―――第三幕―――

「生理だね」とオフクロが言った。
「……生理か」と俺が答えた。

 もうすぐ昼も近い志藤家の居間、学校を早退してきた俺に、肋骨が完治してないので家で大人しく療養中のオフクロがそう告知した。一応の検査を受けた俺に、検査をしたオフクロが宣言した。
 ――……少しは覚悟していたが、やはりショックが大きい。つまり、俺は男に抱かれ子供を作れる身体だという事を証明されたのだ。

「確実に間違いなく紛れもなく生理だね、体の不調もそのせいだろうね」
「……はぁ……そうか、生理かぁ……」
「な、なぁ楓」
「……なんだ? 大吾」
「こ、こういう場合は、おめでとう……と言うべきなのか?」
「知るかっ!! 大吾のあほっ!! ばかっ!!」
「痛っ!! わ、悪かった!! 俺が悪かった楓っ!! フォークは止めろ!! 刺さる刺さるっていうか刺さってる!!」
「わ、わ、楓さん!! やめやめ!! 大吾さん血が出てます!! あぁ、楓さん泣かないでっ!!」
「だいたい、何でお前も居るんだよ!! なんでかなみも居るんだよ!! うわぁぁん!!」
「うわ待て!! 待て楓!! ソレは洒落にならん!! 妖刀で斬られたら俺でも死ぬ!!」
「知るかー!! お前らを殺して俺も死ぬー!!」
「何でそんな物が!? あ、あの、楓さん、ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」
「へぎゅっ!?」

かなみが投げつけた結界が、俺の脳天に直撃した。
……かなみの奴、何時の間にこんな技を……。




   ―――第三幕(やり直し)―――

「生理だね」とオフクロが言った。
「……生理か」と俺が答えた。

 もうすぐ昼も近い志藤家の居間、学校を早退してきた俺に、肋骨が完治してないので家で大人しく療養中のオフクロがそう告知した。一応の検査を受けた俺に、検査をしたオフクロが宣言した。
 ――……少しは覚悟していたが、やはりショックが大きい。つまり、俺は男に抱かれ子供を作れる身体だという事を証明されたのだ。

「で、わかったから、この縄を解いてくれないかな、みんな」

 そう言う俺は、椅子に荒縄で縛られていた。

「落ち着いたか?」
「落ち着いたさ、落ち着いてるとも、大吾」
「もう暴れたりしませんか?」
「うん、暴れない、暴れないよ、かなみ」
「そうそう、楓、ちなみに言っておくとだ、ちゃんと人間の雄と交配して子を作れるぞ。する時はちゃんと避妊を忘れずにな」
「うわぁぁぁん!! 死ぬ!! 死んでやる!! オフクロを殺して俺も死ぬー!!」
「情緒不安定になるのも理解できるが落ち着け、楓。これは大事な事だぞ」
「う……」

 珍しくオフクロの目が真剣だ、声も真面目な物――の様な気がする。

「いいか、楓。脳というのは男性と女性で決定的に違う部分が幾つか存在する。空間認識能力とかその辺の差、それは別に良いだろう。問題なのは性欲の差だ、脳の性欲を司る部分というのは、女より男の方が確実に大きい、性欲は女より男の方が確実に多い。これは子孫を残すための生命のメカニズムで――そんな講義は今はどうでも良いか。ともかく、今の楓は男の性欲に女の身体なんだ、これは危険な事だぞ」
「あの……私、席外していた方が?」
「そうだな、俺も……」
「いや、折角だからな、かなみ君も聞きたまえ、大吾君もだ。こんな事は学校じゃ教えてくれないだろう」
「「……はい」」
「で、だ……思春期真っ盛りである所の、今の君たちは確実に『異性の体』に興味がある年頃だ。大吾君、真面目に見える君だって、部屋にアダルトな雑誌の一つくらい隠しているだろう? 同性愛者でもなければ確実に持っている筈だ。かなみ君なら少年同士の睦み合いの本といった所かな」
「「なっ……なっ……」」

 大吾とかなみが顔を紅くして息を呑んでいる、ザマァミロである。

「あぁ、そういえば楓の部屋にもそういう本はあったな。しかし楓、女医とナースの百合物とはアレか? マザーコンプレックスの一種か?」
「うわぁん!! 死ね!! 俺を殺してオフクロも死ねー!!」
「話がそれたな……で、だ。異性の体に興味を示す事、それは別に構わない、自然な事だからな。だが、興味本位だけで男女間での性交渉をして、もし子供が出来たら……君達の年齢じゃ、子供を含めて誰も幸せになれない、それくらいはわかってるな?」
「「「……」」」
「わかってくれたようだね、じゃぁ、私の言いたい事はわかるな? 避妊は大切だって事が。イザという時の為にも、避妊具は持ち歩いて、する時はちゃんと使って貰う、あるいは使うようにな」
「「「は、はい……」」」
「よし、それじゃぁ次のレクチャーだ。性欲を持て余した時の、正しい自慰行為の方法についてだが――」
 ・
 ・
 ・
 ・
「……という事だ、くれぐれも道具など使って強い刺激に慣れたりしない様に」
「「「はい……」」」

 なんか、凄い講義を受けてしまった……いや、確かに大事な事だけどさぁ……。
 性交渉を止めるのではなく、ヤっても良いが避妊は確実に、ってのがオフクロの凄いところだ。
 あぁ、顔が火照ってる、大吾とかなみの顔も紅い。クーラーの設定温度を少し下げ……って。

「あ、あのさ、誰かそろそろ縄解いてくれないかなー、なんて思うのだけど……」

 そう言う俺は、椅子に縛り付けられたままだった。




   ―――第四幕―――

 クーラーが効いた志藤家の居間で、冷たい麦茶を飲む。
 ――ようやく落ち着いてきた。
 体調不良も原因がわかった事で不安は無くなった。とはいえ下腹部にある鉛の玉でも入ってるような重さは取れないままで、頭に血が巡ってない感覚も残っているのだけど。
 しかし、女の子って一ヶ月に一回こんな思いしてるのか……大変なんだな。

「で、何の用で俺の家まで来てるんだ、大吾とかなみは」
「あぁ、いや、昨日話していた吸血鬼の事なんだがな――」

 そう言って大吾は、ちらりとかなみを見る。大吾の視線を受けたかなみが口を開き。

「私は、その、楓さんが心配だからついて来たんですが……お、お邪魔じゃなければ、その、吸血鬼の事聞きたいなーなんて……ダメ、ですか?」

 と、モジモジしながら言った。
 実際の話、あの場にかなみが居てくれて助かったのも事実で。かなみが持っていた座布団――生理用ナプキンの隠語らしい――を借りて事なきを得たのも事実で。突然の生理に戸惑う俺を助けてくれたのは事実な訳で。

「なぁ大吾、かなみももう無関係じゃないんじゃないか?」
「……そうだな……人目を気にしないで剣を振り回した令嬢が悪い、そういう事にしておこう」

 そう言って大吾は苦笑する、コイツは仲間には徹底的に甘いのだ。その分、他人には徹底的に厳しいが。

「まず、さっきのトチ狂ったじゃじゃ馬お嬢はアリソン・ロザレイ、英国聖堂騎士団所属の、あれでも名家の出だ、一応な」

 ほらな、他人には厳しい。

「で、後に控えていた従者はクリス・リー。香港出身のウェアウルフ――いわゆる狼男だな」
「ちょっと待て、狼男って、アヤカシだろ? 英国名家ならプロテスタントじゃないのか?」
「ケルトの妖精の丘の番犬、クー・シーの血族という事になっているらしい」
「アリなのか、それ」
「実際に居るんだから、アリなんだろう」

 すげぇな英国。わけわかんねぇよ英国。

「――まぁ、英国は色々と複雑な国だしな、その辺から説明すると長くなるし、取り敢えず重要な要素じゃないので省くぞ?」
「おう」
「で、それともう一人、アルフ・ライラ・ワ・ライラというのが入国予定だ」
「アルフ・ライラ・ワ・ライラ……千一夜物語、ですか」と言ったのは、かなみ。
「そう、千一夜の名を持つ、1001の機能を持つと言われている自動人形。つまり、扱いはモノだ。梱包されて貨物便で送られて来る様だな」
「アリなのか」
「アリなんだろうな」

 良いのか英国。適当過ぎないか英国。いや、それでこそ英国なのか?

「で、だ、このズッコケ三人組が追いかけてるのがカイ・シェンカー。1930年代のドイツに生まれた少年の吸血鬼。入国経路は現在調査中だが……この吸血鬼の出自が問題でな」
「あー、なんか、その時代のドイツって所でもう予想が付いてるぞ、俺」
「まぁ、ベタベタではあるな、つまり、そういう訳さ」
「あの、わ、私、予想出来てないんですけど……」

 かなみがおずおずと口を挟む。――あぁ、女の子、特にかなみの様な子には解らないのかもしれないな。

「第三帝国の末裔だろ?」と、俺。
「そう、ナチスドイツの人体実験の生き残り、さ」と、大吾。
「じ、人体実験……!?」と、かなみ。

「別に驚く様な事じゃないだろう? あの時代、強化兵士計画なんてどの国もやっていたし、今でもやってる国はやっている。ましてやドイツ、トンデモ兵器のオンパレードのハーケンクロイツ、医学・薬学は世界一チィィィ、のジーク・ハイル。機械化兵士や吸血鬼兵士なんて考えても不思議じゃ無いさ。しかし全く馬鹿だね阿呆だね間抜けだね、吸血鬼なんて非効率なシステムを軍隊で運用しようだなんてね。太陽に弱い、銀に弱い、流れる水を渡れない、十字架に弱い、なんだ、弱点だらけじゃないか、不死身とはとても言えない。しかも、タチの悪い感染病にかかってる様な状態だ。クーデターの時の危険性も考慮に入れれば、とてもじゃないが戦争の駒には使えないな」
「あぁ、茜さん居たんですか、全然気が付かなかった、不味い事聞かれちゃったなぁ」

 突然口を挟んだオフクロに、大吾が白々しく返答する。
 さっきから目の前で黙って話聞いていたっつーの。ホント、身内にはとことん甘い奴。

「居たさ、居たよ、居たとも。しかし吸血鬼か……ふふっ、天才の血が騒ぐね。大吾君、もし生け捕りにしたら、良ければ私に預けてみないかい? 吸血鬼症の治療法なんてのを、見つけてみたいよ」
「ははっ、もしそんなのが出来たら、大助かりですけどね。……とまぁ、そんな訳でな、英国騎士団から土御門に正式な協力要請があってなぁ……この街を管轄する東雲は、あのお転婆お嬢の面倒を見なくちゃならんのだ」
「そうか、大変だとは思うがしっかり面倒見てくれ、間違いで殺されちゃたまらん」
「その件に関しては俺も悪いと思っているよ、すまん楓、俺にも責任がある」
「フルモンティのケーキセットって美味しいよな、大吾」
「わかったわかった、今度奢るよ」

 ――そこで「くぅ」と可愛らしい音がした。音の源はかなみ。全員がそちらを見ると、かなみは顔を紅くして。

「あ、あの、違うんです、これ、違うんです、その、ち、違うんですぅぅ!!」

 と、なんだか手をぱたぱたさせて言った。あぁ、その音か……遅刻しそうで朝食でも抜いたのかな?

「さて、もうすぐ昼だな、出前でも取ろうと思うのだが、折角だから大吾君とかなみ君も食べて行きたまえ。そうだな……私は味噌ラメーンにでもするかな。ほら、メニューだよ、選びたまえ」
「うわ本当に味噌ラメーンって書いてあるよこのメニュー……俺はタンメン大盛り。あと胡麻団子も」
「折角ですから頂いていきます茜さん。俺もタンメン大盛りで。って、……チャハーン? 炒飯の事か?」
「……ううっ、わ、わたしも、た、タンメンでお願いします……」

 オフクロが出前の電話をかける、大吾はメニューを見ながら「しょんぼりラメーン……どんな料理だ?」とか呟いている。
 俺はいまだに頬を染め俯くかなみに微笑みかけて。

「ねぇ、かなみ。今日はありがとう、助かったよ」と、お礼を言っておいた。

「あ、い、いえ、そんな、たいした事は」
「ん、でもホント助かったから、さ。なんだか俺、かなみには助けられてばっかりだね」
「そ、そんな! 私の方こそ皆さんにはずっとずっと!!」
「困った時はお互い様、って事で良いんじゃないか?」

大吾が出前のメニューを置き会話に入ってくる。そっか、それで……良いのかな?

「ん、そうだな、友達だもんな」
「そ、そうですね、友達ですもんね、友達……うん、友達」
「まぁ、ちと臭いがな、お互い何か有れば、助け合うのに理由なんか要らないだろう」

 お互いの友情を確かめ合う、確かに青臭いなぁと思うし、恥ずかしい気もするが……友情を馬鹿にしてそれが手に入らないより良い、余程良い。

「でも、かなみのお腹の音、可愛かったなー、くぅ。って。あはは」
「うわぁん! 楓さんひどいです! 意地悪です!!」

 とはいえやはりこっ恥ずかしいので、かなみを弄ってオチをつけておいた。ごめんねかなみ。



   ―――第五幕・志藤椿―――

「椿ちゃん、またね」
「ばいばいなのじゃ、奏子」

 奏子の家の前で別れて、此処からは一人の帰宅になる。
 奏子は妾の最初の友達、臆病で内気じゃが可愛らしい娘で、数年もしたら大層な美少女になるのでは無かろうか。
 仲良くなった切っ掛けはイジメられてる所を助けたという、ありふれたもの。
 妾の姿は童女じゃが、妾はヒトではない。小学生なぞ全校生徒を相手でも一人で十分。むしろ、苦戦の末に助け出したのを演じる方に苦労した位じゃった。
 とても良い子で妾に良く懐いてくれて居る、「私ね、将来は椿ちゃんのお嫁さんになるの」という冗談が出るほどに。

 ――冗談で言って居るのじゃと、思う。


「き・ら・め・け・ホーリーメイデンズー♪」

 流行のアニメの歌を口ずさみつつ、家路に着く。
 背中のランドセルがかちゃかちゃと音を立てる、鼻歌を呟きながら自然を装って児童公園に入る。
 おあつらえ向きに公園にヒトの姿はない、先程突然降った夕立のせいじゃろう、今はもう雨は上がっている。

「――さて、それで妾に何の用じゃ?」

 やはり狙いは妾の方か。公園の真ん中に立ち、背中に問いかけた。
 木陰から現れたのは紅い異人の女と……犬か狼の獣人か? この国では珍しいアヤカシじゃのう。

「――貴女、何なのです? 少なくとも人間ではありませんわね?」

 紅い女が妾に問いかける、なかなかに流暢な日本語じゃな。獣人の方は後に控えている。従者、といった所か?

「人に物を尋ねる時はまず自分から名乗るのが良かろう、まぁ確かに妾はヒトではないがの」

 立木、遊具、その全ての位置を確認しておく。真っ先に確認しておくのは逃走路。
 ――獣人はともかく紅い女は人間じゃ。傷つけたりしたら、お姉ちゃんが悲しむからの。

「これは失礼、私は英国聖堂騎士団見習いのアリソン・ロザレイ。吸血鬼を狩りに参りましたの」
「妾は志藤椿、残念ながら吸血鬼では無いぞ、絡新婦じゃ。吸血鬼なぞお目にかかった事もない」
「ジョローグモ? ……いずれにせよ、モンスターなのでしょう。面倒ですが――見過ごすわけにも、行きませんわね」
「英国は日の本と同じく、アヤカシとヒトが調和して暮らす国と聞いていたがのう」
「善妖精なら共存も出来ますわね、悪妖精ならば話は別です」
「何故じゃ? 妾を悪と決めつける理由は何じゃ」
「その娘、シドーツバキを喰らって皮を被っているのでしょう? 許せませんわね、この皮かぶりが」
「お嬢様、そ、それは、phimosisのスラングです!」

 控えていた獣人が口を開いた。まぁ、お嬢様が口にする単語では無いのう……包茎の俗語なぞ。

「そ、そういう事は先にお言いなさいクリス! この皮かぶりが!!」
「先に言いようがないですよぅ!? なんで僕のがアレなの知ってるんですか!?」
「お、お黙りなさい!! 私に口答えする気ですか!? それと貴女!! 何処に行く気ですか!!」
「む」

 二人が漫才を始めたので、こっそりこの場を去ろうとしたが見つかってしまった。
 事を荒立てたくは無いのじゃがなぁ……仕方ない、此処は力ずくでも逃げ出させて貰うとするか。

「クリス、剣を!!――では、参ります。Ash to Ash, Dust to dust.」
「ではまたなのじゃ! アリソンとやら!!」

 小娘が剣を抜き放った所で、張り巡らせた糸に力を通す。愚か者が、蜘蛛を相手に巣を作る時間を与えるとは。
 既にこの公園は妾の巣、この糸の結界の中では自由に動き回れまい。踵を返して脱兎の如く逃げ出す。

「な!? こ、この糸は!? くっ……ま、待ちなさい!! このぉ!!」
「待てと言われて待つ馬鹿は居らぬのじゃ……なっ!?」
「待ちなさいと……言っているのです!! こんな糸など……ふんぬッ!!」

 妾の糸がぷちぷちと引きちぎられていく!!
 確かに細いが妾の力が通った蜘蛛の糸じゃぞ!? ヒトの力で引きちぎれる代物ではない筈じゃ!! 此奴、人外の力を身に帯びて居るのか!? 
 剣を振り回し妾の糸を切り裂きながら走ってくる英国蛮族の末裔。その形相はまるで鬼の様で……こ、これではどっちが化け物なのか解らぬではないか!?
 ともかく逃げなければ!! そう判断し足に力を込め、公園の出口を出たところで。

「あれれ? 椿ちゃん何やってんの? 鬼ごっこ?」

 帰宅途中なのだろう、制服姿の葵と、出くわした。

「覚悟しなさいアトラク=ナクア!! 剣のシミにしてくれます!!」
「下がれ!! 逃げるのじゃ葵!!」
「お嬢様っ!! そっちの娘は人間ですっ!! あとシミではなくサビです!!」
「へ……? き、きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ――そして、葵の叫びが助けを呼び出す。



   ―――第五幕・東雲大吾―――

「じゃぁやっぱり、あんな楓さんは珍しいんですか」
「あぁ、あんなに情緒不安定になっている楓を見たのは初めてだ」

 かなみを送りながら雨上がりの道を歩く、結局なんのかんので志藤家に長居をしてしまった。
 ちょうど下校時刻で初夏の日はまだ高い、特異能力者であるかなみを送る必要は無いのかも知れないが、念のためだ。
 宮ノ森令嬢誘拐未遂事件も、どうやら裏がありそうな気配だしな。
 逮捕された犯人達は一貫して「性的暴行目的だった」と言っているらしいが……。

「楓は元々から喜怒哀楽がハッキリしてる奴だったが、あそこまで感情が暴走するのは珍しいな……やはりショックだったんだろうか」
「でしょうね、女の子の私でも、初めてアレが来た時はショックでしたから……それに、楓さんってどうも重い方みたいですし」

 それと、かなみを送る目的はもう一つあった。そろそろ宮ノ森の家に着く、話題を切り出すのなら、そろそろか?
 と言うか話題を変えたい……男の俺には女の子のアレの話はこっ恥ずかしい。成る程、実際にアレが己が身に起こっている楓は、さぞかしショックだったろう。

「ところでだな、かなみ……何かあったか?」
「な、何かって、何ですか?」

 遅刻するのは珍しい。夜更かしするのは珍しい。控えめな性格で、興味本位で事件に関わるタイプじゃない。
 吸血鬼の事を聞きたがった理由が「なんとなく気になった」というのは、かなみの性格的には違和感がある。
 確かに些細な違和感の積み重ねだが、こういう感覚は大事にした方が良いからな。

「何か、だ……言えないようなことか?」
「べ、別に、何も……無いですよ?」
「……無理に聞き出そうとは思ってないが、困った事があるなら力になるぞ?」
「あ、あう、そ、その……」
「俺達は友達なのだからな、助け合うのに遠慮は……っ!? すまんかなみ!! 後は一人で帰ってくれ!! 気をつけてな!!」
「だ、大吾さん!?」

 会話を打ち切って駆け出す。街中に仕掛けた式に反応があった、ヒト以外の何かが力を使った!!
 まだ日は高いが、もしかしたらの可能性もある。吸血鬼被害者は一人でも出ればそこから鼠算式に増えていくのだ。
 ――人を喰い、喰った人間を同胞とし、吸血鬼のコミュニティを形成していく。――
 弱点だらけで単体としてはさほど恐るべき存在では無い吸血鬼の、真の恐怖は此処にこそある。
 一週間あれば街一つが吸血鬼に乗っ取られる、後手に回れば被害者は爆発的に増えていく。

 ――吸血鬼症の治療法は、今だ無いのだ。最悪の事態が起こりそうな状況になれば、街一つを『浄化』しなければならない羽目に!!

 走る、駆ける、現場が見えてきた、ありふれた児童公園、だが、そこは。

「……え?」

 何というか、もの凄い異世界を形成していた。

「もーっ!!」
「ひひーん!!」

 牛と馬の巨大なぬいぐるみ、としか形容のしようの無い存在が、十字剣を構える深紅のドレスの少女と対峙していた。
 ちなみに牛はホルスタイン、馬は葦毛で、とってもファンシィ。

「ふっざけんな、このビッチ!! 椿はボクの妹だ!!」
「ビッチとは言ってくれましたわね!! この貧乳!!」
「乳は関係ないだろ乳は!!」
「悔しいですかこのチビ! 悔しかったら揺らしてご覧なさいこのペッタン娘!!」
「ぷきーっ!!」

 ロザレイの令嬢と言い争っているのは葵。とすると、あの牛と馬のヌイグルミは姿こそアレだが、牛頭鬼と馬頭鬼か。
 牛頭鬼と馬頭鬼、俺とかなみが大苦戦を強いられた相手。鬼道――死霊を呼び出し操る力――に長けた、本来は葵の持つ守護神だ。
 あの時――葵が蜘蛛娘に乗っ取られていたあの時――は、葵の力を利用した蜘蛛娘に呼び出され操られていたが……。

「もー」
「ひひん」

 そうか、葵、能力に目覚めたか……。
 しかし、鬼道に長けた神社の子、か。何を祀っていた神社だったのか気になるが……今となっては確認する術は無い。

「あ、葵っ、下がるのじゃ!! その娘共は普通では!!」
「大丈夫だよ椿! お姉ちゃんが守ってあげちゃうからねっ!!」
「お嬢様、僕も加勢します!!」
「良いでしょうクリス、牛と馬は任せます!!」

 対峙する志藤の姉妹とロザレイの令嬢。一触即発の雰囲気……はっ!? い、いかん、止めなければ!!
 俺はこの事態を収拾するべく、異世界の中に飛び込んでいった。

 ――ロザレイの令嬢には、一度キッチリ話をしておこうと心に誓いながら。




   ―――第六幕・志藤家の食卓―――

 日が暮れ沈み虫達が鳴き始める時間、全国的に夕食時の、志藤家の食卓に葵の明るい声が響く。

「今日のお夕食は、葵特製半熟オムライスでーす!! 椿、お皿運ぶの手伝って!!」
「了解なのじゃ、葵お姉ちゃん♪」

 オムライス、チキンライスを卵で包んだ料理である。チキンライスは赤く染めた米と言えなくもない。
 楓の初潮を知った葵が赤飯を炊こうとして、茜に「今の楓は情緒不安定だ、なるべく刺激しないようにな」と言われて考えた末に思いついた料理である。
 半熟オムライスは楓の好きな料理でもあるから一石二鳥。デザートには楓の好きなチョコミントアイスが用意してある。
 なるべく刺激をしないように、でも、祝いたい。そんな葵の思いが詰まった食卓が用意されていく。

「ふむ? どうしたんだ葵、椿、なんだかやけに仲良しじゃないか」

 茜が、二人の母が疑問を呈した。確か今朝までは「葵、椿ちゃん」と呼び合っていたのに、今では「葵お姉ちゃん、椿」に変わっているのだ。しかも、何だかやけに仲が良くなってる様に見える。疑問は当然と言えた。

「んー、ちょっとね、姉妹の絆を確認する事件があってねー」
「うむ、妾は果報者なのじゃ、優しいお姉ちゃんが二人も居るのじゃから」
「ボクも果報者だねー、優しいお姉ちゃんに、可愛い妹が居るんだから。にひひ」

 葵の言う事件とはもちろん、下校途中に巻き込まれた時の事である。
 椿が襲われた時、葵は身を挺して椿を庇った。理由は無い、お姉ちゃんは妹を守るものだから。
 楓は自分の事を何度も助けてくれた、自分だってお姉ちゃんなのだから、椿はボクが守らなきゃ。単にそう思ったに過ぎない。

 ――葵は馬鹿だが真っ直ぐな良い子であった。

 そして、椿も良い子である。
 椿はボクの妹なんだから守る、そう言われて愛情を疑う様な真似はしない。
 だから葵を自分の姉として慕う、ただそれだけの事。そこには理由も理屈も無いし、要らない。

「ふむ? まぁ良いか、では私も幸せ者だね、可愛い娘が三人も居るのだから」
「あはは、じゃぁ幸せ家族だねー」
「幸せ家族なのじゃー」
「うむ、幸せだねハッピーさ明るい家族計画だよ、なぁ楓?」
「そうだねー……はっぴーうれぴーよろぴくねー、だねー……」

 そして、初潮を迎えた本人である楓は体調不良でぼーっとしていたりする。
 ――楓までボケにまわると志藤家にはツッコミ不在であり、仕方ないので。

「「「あはははははー」」」

 志藤家の食卓に、よくわからない笑いが訪れた。



   ―――第七幕・宮ノ森かなみ―――

「――ふぅ、ごちそうさまだ。美味しかったぞ、お姉ちゃん」
「ん……お粗末様だよ、カイ君。はい、デザートに薔薇の花はいかが?」
「うむ、頂く。しかし乙女よ――お姉ちゃんよ、それが本当に我の名前なのか?」
「駄目かぁ、名前で記憶が戻るかな、とかちょっと期待したんだけどな」

 天井裏収納スペースに私が匿っている男の子。
 銀の髪に紅玉の瞳、可愛らしい吸血鬼の子、カイ・シェンカー君。
 お姉ちゃんって、呼んでくれないかな? と頼んだら、アッサリとそう呼んでくれる様になった。
「怖いお兄ちゃんとお姉ちゃんがうろうろしてるから、部屋から出ちゃ駄目だよ」――って言ったら、ちゃんと言う事を聞いてくれた。
 暇そうだったから本を読んであげたら、喜んでくれた。
 本がちょっと悲しい内容だったりすると、共感して涙を流したりしてた。

 カイ君は、良い子だ。
 なんで、こんな良い子が退治されたりしなきゃいけないんだろう。
 人体実験で吸血鬼になったのなら、この子だって被害者じゃないか。

 私の血なら幾らでも与えよう。大丈夫、私の身体は人100倍くらい丈夫だ。
 だから、この子が退治されたりしなくて済む様に、大吾さんに相談しよう。
 大丈夫、困った時は助けてくれると約束してくれた、大丈夫、きっと大丈夫。
 だってほら、椿ちゃんだってアヤカシだけどちゃんと人と暮らせてるじゃないか。

「お姉ちゃん? 顔色が良くないようだが……飲み過ぎたか?」
「あ、ううん、平気だよ? 私、身体の丈夫さだけなら誰にも負けないから」

 カイ君の頭を撫でてあげる。ちょっと癖のある銀色の髪、私を見つめる紅玉色の瞳。

 ――大丈夫だよカイ君、きっとお姉ちゃんが守ってあげるからね?

「じゃ、カイ君、今日は何して遊ぼうか?」
「んー、お姉ちゃんに任せるぞ。我はただお話してるだけでも楽しいからな」

 可愛らしい微笑み、無垢な笑顔。守ってあげたい、守りたい、守ってみせる。
 宮ノ森は、かつては宮の守と呼ばれた家。血筋なら英国騎士団にだって負けはしない。
 私の守る力のルーツは、ひょっとしたらそこにあるのかも、なんて。

「じゃ、トランプでもしよっか?」
「うむ!」

 歴史の古さとか。家柄とか血筋とか。ホントはそんな事、どうでも良くて。

 大事な物を守る為に死に損なった私なんだから。
 守ると決めたなら、必ず、絶対、守ってみせるんだって。

 理由も理屈も無く、必要なく、それが、私の生きる為の、自分で決めたルールだから。

 ――だから、この子が笑って居られるように。
 ――頑張るんだって、そう思った。




──次章に続く──


出たな! K.伊藤ヤッホーです。

第二話のテーマは『血』、楓くん初流血。
メイプル変身不能!? 現れたるは英国騎士団(見習い)!?
深く静かに事件は進む、優しすぎる少女、かなみの運命は如何に!?


んでもって、補足説明。

「土御門」
本作における「土御門」は、日本の魔術協会という程度の意味合いしかありません
仏教系の魔術師は「総本山」と呼んだりしてると思われます。
余談ですが、これが英国魔術協会だと「時計塔」と呼ばれたり。
アメリカ魔術結社だと「ミスカトニック」と呼ばれてたりするのかな、と。
思ったりしてます。(笑

「英国」
正式名称はグレートブリテン及び北部アイルランド連合王国
イングランド ・ スコットランド ・ ウェールズ ・ 北アイルランドの連合国家です。
調べてみると面白い国ですよ、日本との共通点も多い。(妖精と妖怪とか)
でも、本作の英国はかなり嘘がまじってますので、騙されないように。
料理が不味いというのは本当なのか、一度行ってみたい国ではあります。(笑


そんなこんなで、よろしければ次章「ルール&ロール(仮)」もお付き合い下さい。


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