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「今日からこの学校に通う事になりました志藤楓です。皆さん、よろしくお願いします」

 真新しい制服に身を包んだ楓が教壇の脇に立ち、そう言ってクラスメート達に頭を下げる。
2年B組……奇しくも事故に遭う前に通っていた教室、誰かがつけた天井の靴跡がそのまま残っていたりする。
 パチパチとまばらな拍手の音、口笛をピューピュー鳴らしてる男子生徒、見渡せばにこにこしてる葵、小さく手を振っているかなみ、騒いでいるその他大勢。

「よっしゃ! 美少女!」「あれか? クールビューティって奴?」「志藤楓って、確か葵ちゃんのお兄さんが……」「背ぇ高ーい……睫毛ながーい……」「うはwww美少女キタコレwwwっうぇ」「う、負けたかも」「ママに……似てる……」「いいわぁ、ウチのお店に欲しい」「へぇ……ほぉ……ふぅん……良いね」「何よ、デレっとしちゃって……ひーくんの、ばか……」「気に入った、家に来て妹をファックして良いぞ」「良いね、85点?」「いやいや、俺なら100点だね、声も綺麗だね」

 ――等と、ざわついてるクラスメートの反応はおおむね好意的。まぁ一部変な発言も混ざっていたが。
 しかし、可愛い……か。まぁ、確かに俺の容姿は可愛いな、と志藤楓は思う。
 自画自賛の様だが、自画自賛という気はまるでない、作り物の身体だという意識があるからだ。

「はいはーい! 志藤さん、カレシとか居ますかー!?」

 一人の男子生徒が右手を挙げて元気良く楓に質問を投げかける。たいていクラスに一人か二人、こういうおちゃらけた奴というのは居るものだ。
 顔付きは二枚目だがしまらない笑顔、二枚目半、といった所か。下手な色男より女の子には人気があるのではなかろうか。志藤楓は彼の様なムードメーカー君は決して嫌いでは無い、人間的には、という意味でだが。
 考える、何と返答するべきか、と……居ないと言えばうっとうしい思いをしそうだし、居ると嘘をつけば、後々めんどくさそうだ。

「え、えーと、居ません、私、男の子には興味ありませんから」

 わずかな黙考の後に彼女がそう言うと、新たな級友達がどよめいた。

「……?」

 楓は理解していない、それはつまり、自分の興味は女の子にあるのだ、とも取れる発言だという事を。
 いや、事実、女の子の方が好きなのではあるが。

「そ、そんなもったいない、そんなに可愛いのにっ!!そうだ、俺がカレシになって男の良さをぎゃらばッ!!」

 と、ムードメーカー君が椅子から転げ落ちた、隣の席の女の子に殴り飛ばされのだ。

「えぇと──志藤さん、私がこのクラスの副委員長の、蛇塚由乃(へびづか ゆの)です、よろしく。困ったことがあったら、いつでも言って下さいね。で、今の馬鹿がクラス委員長のひーくん──コホン、原幌宏彦はらほろ ひろひこ。あ、そうそう、爬虫類が苦手なので出来れば名前の方で呼んで下さい」

 ムードメーカー君を殴り飛ばした子が、楓に自己紹介する。
ヘアバンドで前髪を上げて額を出し、肩までの長さに切り揃えられた髪、銀フレームの眼鏡、ちょっとつり目がち、男の子を殴り飛ばす気の強さ、それでいて爬虫類が苦手という弱点。……なるほど、委員長だなと楓は思う、副委員長なのだが。心の中で「オデ子」と勝手にあだ名を付けた。

「あ、うん、宜しくね、オ……由乃ちゃん」

 にこ、と微笑みかけてくる転校生。いきなりちゃん付けされて戸惑う由乃。
 突然の転校生、志藤楓。黙っていると、怖そうとも思える凛とした顔付きなのに、笑うと途端に可愛らしくなる。
 スラリとした長い手足、スリムだがセクシーな高い身長、蒼く輝く黒髪に白い肌──綺麗な癖に同時に可愛い。それでいて転入テストの成績は優秀だったそうだ。
 神様は不公平だな、と由乃は思う。彼女は自分の容姿にコンプレックスを抱えている少女だった。

「はいはーい、では良い子のみんな、志藤さんと仲良くしてあげろー? イジメとかハブでアタシに迷惑かけんなー? そんな事したらアタシが不登校に追い込むかんなー。志藤さんの席は彼処だぞー、教科書が用意できるまで隣の人のを見せて貰えー」

 このクラスの担任、金居里美(かないさとみ)先生──チビで童顔巨乳、アニメ声の容姿だけなら超がつく程に可愛い先生。サトちゃんの愛称で生徒に親しまれていて、担当は古典、独身28歳──が、そう言って、クラスをまとめに入る。
楓が用意されていた席に着くと、ちょうど朝のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
楓は自分の設定を心の中で復習する、おそらくこれから、クラスメートの質問攻めだろう。

 産まれ育ったのは福井県の、どが付く程の田舎の小さな集落。
 父と母は既に亡く、年の離れた妹とお祖母様と一緒に暮らしていたが、今年の春にお祖母様が他界、縁あってこちらの志藤の家にご厄介に。
 田舎の旧家育ち故に、常識、特に女の子としての常識に欠如。初恋の人は志藤楓。小さな時に何度か会った、自分と同じ名前の遠縁のお兄さんに淡い恋心を抱いていて、その憧れから似たような性格になった事をほのめかす……と。

 妹や友人達が作ってくれた設定だ、しかし、自分の初恋が自分というのは、どうなのだろう。
 いや、色々と知識を出し合って調べ物をして作ってくれた設定なのだ、文句を言っては罰が当たるという物。
 しっかりこの設定を守らないと、と肝に銘じる。ただでさえ楓は粗忽者なのだ、どこでボロが出るかわからない。

 もし自分の正体がバレれば、葵や椿、かなみや大吾にまで迷惑が及びかねないのだ。

「えーと、志藤さん、以前はどちらに?」
「あ、はい、私はですね、福井県の――」



めいぷる! ─ザ・インセクト─

第二話・第一章「少女と吸血鬼」

作:K.伊藤




   ―――第一幕―――

「楓ちゃん、あとお願い!!」
「うぇ!? また私!?」

 今は体育の授業中、バスケットの試合の真っ最中。
 俺に同じチームの子からパスが来た。さて、やろうと思えばダンクだって決められるのだけど……。

 ――転校から2週間経った。
 新しい学生生活は、おおむね順調……俺の正体がバレる気配も、今のところ無い。
 まぁ、俺が一度死んだ時、あの時の事故を目撃していた生徒も多かったみたいだしな。
 「一面の血の海」「どう見ても死んでる」「どこから見ても死体」って状態だったらしい、俺は。
 つうか、現場写真見せて貰ったけどさ……我ながらグロい死体だったね、あれは……。

 その上、その時の話をすると葵が。「やめて、あの時の話はやめて、やめてやめてやめて、お兄ちゃん、お兄ちゃん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」とまぁ、迫真の演技をしてくれる訳だ、これが。

 しかも、かなみが、泣くんだな──かなみの場合は演技ではなく、思い出すと本当に涙が出てくるらしいのだが。
 取り敢えずクラスメートとの関係はそこそこ良好、男子の方は基本的に馬鹿しか居ないしね。
 でもまぁ、いくつか問題点もある。

「あー! 惜しいー!!」
「あれは無理だよー、しまちゃん、3ポイント狙ってよー」

 嘘です、狙って外しました、ごめんよしまちゃん。
 とにかく、この身体のポテンシャルは高すぎる。
 高校女子レベルのバスケじゃ、全国MVPのプレイヤーでも本気の俺は止められまい。
 それに、何だか知らないが記憶力が増している……脳の力も100%に近い状態を引き出せるが故らしいのだが。
 学校の勉強など、所詮は記憶力勝負。故に、授業中寝てでも無い限りは成績は常に高水準なわけで。

 文武両道容姿端麗、俺はどこの恋愛シミュレーションのメインヒロインか。
 一緒に帰って友達に噂とかされると恥ずかしいのか、メモリアルがときめくのか。
 エルダーシスターに選ばれるのか、処女はお姉様に恋しちゃってたりするのか。

 しかも、何だか知らないが、いつの間にか俺には百合疑惑がかけられて──いや、男の子よりは女の子の方が好きだけどさぁ、確かに。

「ヘイ! 楓ちゃん!!」
「な、なんでまた私!?」

 女の子というのは、派閥を作る。どの派閥にも受け入れられなければ、孤立する。
元気いっぱいで男の子のような魅力の葵。女の子から見てもお嫁さんにしたい少女かなみ。
 この二人が居て、この二人の派閥に入れたから孤立はしなくて済んだ、それは有り難い、有り難いのだが。
 ちょっと、俺、人気出過ぎ──いやいや、おかげですぐに馴染めたのだ、文句を言ったら罰が当たるか。

「いただきー!!」
「あ!?」

 やっぱり、こうやって考え事をしながらプレイするくらいでちょうど良いみたいだ、俺のスキを突いて葵がボールを奪ってくれた。
 葵の運動能力は高い。人間レベルで、での話ではあるけれど。
 コンパクト&ハイパワーで、頭も体も柔軟性が高く、目も良いのだ。ただ、勉強は苦手だが。
 例えるなら猫かな? しなやかで俊敏、狙った獲物は逃がさない瞬発力、でもって、おばか。
──そういや車に跳ねられそうになった時も、猫っぽい動きだったなぁ。
フェイントを駆使しながら単独で切り込み、そのまま3ポイントシュートを放つ葵。

 俺、葵、大吾、かなみ、椿。志藤家、東雲家、宮ノ森家の全員は、同じ秘密を共有する仲間。
 俺の身体の秘密も、大吾の家系に潜む血も、かなみの身体に起きた異変も、今では全員が知っている。
 何も変わらなかった──という事は無い、むしろ絆は深くなった。今や全員が義兄弟みたいなモノだ。

「よっし!!」
「きゃー! 葵ちゃーん!!」

 シュートが決まった、拳を高々と突き上げるガッツポーズ、誇らしげに無い胸を張る葵。
 葵は同性に人気がある。「可愛い」「面白い」「守ってあげたい」「いぢめたい」「食べたい」「義姉さんと呼ばせて下さい」理由は様々だが……まぁ、元は男の子だしなぁ……女の子に人気があってもおかしくないっちゃぁ、無いが。
 なんか、フェロモンでも出てるのかね、俺も葵も。

「楓ちゃん、ごーっ!!」
「だから何で私っ!?」

 ばむばむとドリブルでボールを運ぶ、デフェンス陣が立ちふさがる。オデ子……もとい、由乃ちゃんか。彼女も運動できるんだよなぁ……抜けないって事は無いけど……と、葵がもの凄い勢いでこっち来るな──誰かフリーなのは──あぁ、居た居た。

「かなみっ!!」
「ふ、ふぇ!?」

 ワンバウンドでかなみにパスを出す、あはは、慌ててる慌ててる、可愛いなぁ。
 かなみちゃんは人気って点ではあまり無い、元々からして目立つのが嫌いな子だ。でも、好かれてるって点では葵以上かも。
 お淑やかで相手を立てる性格、聞き上手、地味な印象だけど良く見ると美少女、でもって、弄ると面白い。
 ──男の目から見た場合、更におっぱい大きいってのもプラス評価に……。と思ったその時である。

「うきゅ!?」
「あ……」

 バスケットボールが、かなみの下腹部に突き刺さった……というか……今、股間直撃だったよな……ろ、ローブロー!?

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「か、かなみっ!! かなみっ!! ご、ごめんねっ!!」

 しゃがみこんで悶絶するかなみに慌てて駆け寄る、試合が中断されて皆が集まってくる。

「か、かなみちゃーんっ!?」
「気をしっかり! 衛生兵っ!! 衛生兵は何処だ!!」
「アパム!! タマ持ってこいアパーム!!」

 縁起でも無い、まさか潰れちゃいないよな、タマ……。
 かなみはうずくまって声も出ない様子。あぁ、まぁ、痛いよね……ごめんね、かなみ。

「ちょ、ちょっと保健室連れて行くねっ!!」

 かなみを抱きかかえて体育館を出る、うわ、かなみの顔真っ赤だ、脂汗までかいてる。
 ご、ごめんね、かなみ、ホ、ホントに潰れちゃってたら、ど、どうしよう!!

 まぁ、潰れていてもかなみなら再生するんだろうけどさ。



   ―――第二幕―――

「かなみちゃん、大丈夫かなぁ……腫れてたりしないと良いけど」
「大丈夫だと思うよ、かなみだし……別の意味で腫れてたりはしてるかもしれないけど」
「んに? 別の意味?」
「わかんないなら、良い」

 放課後のざわめきの中、俺と葵は校舎の中を歩く。
 行き先は下駄箱だが、真っ直ぐは帰らない、これから部活の見学だ。行き先は体育館に併設されている道場、今日は護身柔術だか護身道だかの活動日らしい。
 護身術を習ってみたいという葵の付き添いであり、俺は部活――少なくとも運動部に入る気は無い。
 だって、俺が本気を出したら高校記録どころか世界記録も塗り替えちゃうもん。

「でも、何で突然に護身術?」
「んー、男の人に襲われても大丈夫なように、かな」

 ちらりと葵を見る、女の色香はまるで無いが、可愛いという点では間違いなく可愛い。

「そうだね、特殊な趣味の男ならごめんなんでもない」
「ん」

 黙って痴漢撃退スプレーを向けるのは止めて欲しい。

「でも、護身術なら大吾にでも教われば良いのに」
「あー、そっか、その手もあったか。──でも、大吾さんも忙しそうだしなぁ」
「忙しいかも知れないけど、あれは相談しないとかえってスネるタイプだぞ、だわよ……ですわよ?」
「──スネるの?」
「うん。──想像しにくいだろうけど」

 まぁ、護身合気道部だかには、大吾が「強い」と認めた顧問が居たはずだ。もっとも、教え方が上手いかは解らないけれど。
 しかし、大吾にそう言わせるって事は、人類としては最強クラスを意味するわけで。――とんでもない学校だな、此処は。
 渡り廊下を歩き体育館を通り過ぎて道場に向かう。「えい!」「やぁ!「とぉ!」とい女の子の声が聞こえてくる、「失礼しまーす」と小声で言って扉をくぐり抜け中へ。

「う……」

 嗅覚の感度を落とす、女の子の汗の匂いが道場にこもっている、不快では無いけど……なんか、こう、色々とヤバい。
 ピン、と張りつめた空気、練習に打ち込む袴姿の女の子達、体操着の子は一年生かな? うちの学校の合気柔術部だとかは、強いらしいとは聞いていたが……真面目に練習してる姿は美しく……つうか、まぁ、男なら堪らないね、この空気は。
 しばらく練習風景を眺める、あ、オデ子……由乃ちゃんだ、そっか、オデ……由乃ちゃんもこの部に所属してるのか。真面目にやってるなぁ──……綺麗な動きだな。

「どう? お姉ちゃんの目から見て」
「そうだなぁ……あのポニーテイルの子なんか可愛痛てぇ!!」
「……見学者は、静かにしてて下さい」
「……あぅ、ご、ごめんなさい、ごめんなさい」

 怒られた。
 俺の尻をツネった葵は指を口に当てて「しー!」とか言ってやがる。
 くそ、後で葵の目の前で椿だけ可愛がってやる……。

「で、お姉ちゃんの目から見て、どう?」
「っても、俺……私にはわかんないよ、格闘技なんて」
「でも、お姉ちゃん喧嘩強いって評判だったじゃん」
「あれは一緒に居た大吾が強かっただけ、私なんかたいした事なかったよ」
「そうなの? んむー、やっぱ大吾さんに相談するべきかなぁ……」

 たしかにワンパク小僧だったしそーゆー漫画は好きだけど、漫画と現実は違う。本格的な格闘技がどうこうなんて俺は本気で知らない。
 と、俺の触覚がかすかな敵意を拾った。なんだろう? 周囲を探ってみる。

「うふふ、田舎の山猿さんが見学ですわ」
「田舎者は嫌ですね、礼儀が出来てません、道場であんな大声を」
「聞きまして? あの方、立場を利用して大吾先輩に取り入っているとか」
「あら? 私が聞いた話ではあの方、レズビアンだとか。今日も獲物を求めてるのでは?」
「嫌ですね」「嫌ですわ」

 道場の端の方で、小声で囁き合ってる女子――あれは確か隣のクラスの……名前何だっけ? とにかく縦ロールな二人、ドリル子(仮名)とチョココロネ子(仮名)がこっちを見て話し合っていた。
 しかしまぁ、ワタクシとか言っちゃってるよ、あの二人。此処は何処の金持ち学校だよ。
 いやまぁ、普通に比べれば多少はハイクラスの学校だったりはするのだが──あんなの本当に居るんだなぁ。

「あら、こちらを睨んでますわ」
「嫌ですね、己が力量も省みずに……あれが井の中の蛙というものでしょう」
「あら、野原を駆け回って居たような田舎者ですからね、そこそこは出来るのではなくて?」
「あるいは、あれは獲物を狙う獣の目なのかも知れませんよ? レズビアンだそうですから」
「嫌ですね」「嫌ですわ」

 あ、しまった、俺はどうも、黙ってると怖い印象を与えるらしい。
 微笑みかけようとも思ったが、それもアレなので視線を外して練習している女の子達を見る。

 しかし、大吾に取り入ってる……ねぇ。そういえば大吾のファンに、あんなのが居た記憶もある。
 もてるんだよなぁ、大吾って。二枚目ってわけでも無いが、凛々しい顔立ちに寡黙な性格、運動も勉強も優秀で喧嘩も強く、その上で不良っぽい所が素敵。という認識ってトコかな?
 仲良くなると解るが、アレでけっこー間抜けで涙もろいし、それなりに助平でギャグも言うし、趣味の事になると饒舌だったりもするんだが。

「あいつらぁ……」
「落ち着け葵、俺……私なら、なんとも思ってないから」

 葵にも聞こえていたのか、聞こえるように言ってる訳ね、俺の聴力だから聞こえてるわけじゃぁ無いんだな。
 しかしまぁ、ステレオタイプだな、俺が編集ならネーム段階でボツだぞ、あんなキャラ。

「まぁ、微笑ましいと言えなくも無いですわ、山猿さんと小猿さんも」
「そう言えば、いつも一緒に居る出来損ないはどうしたのでしょうね」
「あの方なら、無理して体育の授業に出た挙げ句、体調を崩して早退だとか」
「お前ら、今なんて言った? 小猿だの出来損ないだの、誰の事だ?」
「お、お姉ちゃん!?」

 小猿だと? 出来損ないだと? このドリルとチョココロネ、俺の妹たちに、何を――って、し、しまった……!!

「ごめん、葵……やっちゃった……」

 気が付けば、道場中の視線を集めてしまっていた。



   ―――第三幕―――

「あー……何でこんな事に……」
「自業自得よ、全く……文句を言いたいのは、私の方よ」
「うー……ごめんね、オ、由乃ちゃん……」

 指ぬきグローブだけ借りて手に付ける、他の部員の子達は練習してはいるけど――やっぱしチラチラこっちを気にしてるなぁ、とほほ、目立ちたく無いのにな。

「まったく、今日は3年生と顧問が親善試合で居なかったから良かったような物の――取り敢えずカンタンルールです、掴み有り、投げ有り、顔と急所への打撃禁止、寝技は無し――言っておきますけどね、あの二人は結構強いわよ? 本当に防具無しでやる気?」
「んー、まぁ、大丈夫」
「その自信、何処から来るんでしょうね……」

 なんか、話の流し方を間違った挙げ句、例の二人と試合する事になっちゃいました。
 つーか、すぐに謝れば良かったんだけどね? 葵の奴が「井の中の蛙はどっちだろうね?」だの「お姉ちゃんの実力がわからない程度じゃ、見学する意味も無かったな」だの焚きつけてくれるもんだから……。

「お姉ちゃん、がんば!!」
「葵、お前、帰ったらお仕置き」
「……嘘だよね?」
「ホント、30分な」
「あぅあぅあぅ……」

 くすぐり地獄だ、お姉ちゃんだって怒るときには怒るのである、途中で失禁しても止めてやらん。まぁ、葵は最近調子に乗りすぎていたし、良い機会だろう。そうだ、椿にも手伝わせるか? くっくっくっ……。

「不敵な笑みですわね、何時でもかかっていらっしゃい?」
「あ、ごめんごめん、じゃぁ――おねがいします」
「おねがいしますわ」

 取り敢えず、掴んで投げた。

「……え? …………え?」

 地面に横たわって戸惑うドリル子――何が起こったのか解ってないんだろうな。ついで、コロネ子に向かう。

「じゃ、次は君ね――おねがいします」
「…………は? あ、お、おねがします」

 味気ないので今度はちゃんと描写してみようか。
 コロネ子に近寄り構えた腕を掴む、その手を引っ張って、相手がどうこうするより先にそのまま地面に引き倒す、畳に叩きつけるのも可哀相なので、最後に手を軽く引っ張って、終わり。
 まぁ、要するに、身体能力差が圧倒的だと技術がどうこうは通用しないって事、ただそんだけ。

「大丈夫? もうちょっと手加減した方が良かったかな……ごめんね?」

 にっこり微笑みかけて、腕を引いて起こしてあげる。
 小猿だの出来損ないだのと言ったんだ、プライドを粉々にしてやるくらい、良いでしょ。

「か、楓さん……あなた、何者……?」
「んー……田舎者?」

 オ……由乃ちゃんが驚いてる。ドリル子とコロネ子はまだ呆然としてる。……やりすぎたか?

「おー、なっかなかやるじゃん、転校生、その二人をいとも簡単に投げちゃうなんてさー」

 と、聞き覚えのある声で話しかけられた、驚いてそっちを向く。

「あ、せ、先生!? 今日は顧問お休みでは!? 親善試合は!?」
「え? 顧問? ……あの人が?」

 道場の入り口に立つ姿、チビで童顔巨乳、アニメ声、ヒラヒラした少女趣味丸出しの服装。
 とても強そうには見えない容姿、我らが担任サトちゃん先生。……顧問? ……うっそ、マジ?

「あー、親善試合な? 屋上で昼寝してたら置いて行かれっちたい、うはは」
「いいの!? 顧問がそんなんで、いいの!?」
「いーんだよ、部長しっかりした子だしなー、おーし、カエカエ、次はアタシが相手だぞー」
「カエカエって俺の事!? なんでサトちゃんとバトル!?」
「うはは、やっぱ地はそんなんだったかアンタ。あほう、里美先生と呼ばんかー、もしくはお姉様だぞぅ」
「う、うぐ……地って何ですか? ご、ごめんなさい、先生。 お、お姉様は、ちょっと……」
「いーまさら取り繕っても遅いってのカエカエ、うはは。ま、このまま帰らせたんじゃ、護身術部の看板が泣くかんなー。んじゃオデ子っち、審判お願い」
「由乃です、先生」
「いやん、部活動中はお姉様と呼んで。オデ子っち♪」
「由乃です、先生」
「オデ子っちの〜♪ 生徒手帳に挟んだ写真は〜♪」
「楓さん、お姉様、開始線に着いて下さい」

 ──なんか弱み握られてるのか、オデ子ちゃん……というか、うやむやの内に試合をする事になってる!?

「じゃー、おっぱじめっかカエカエ。……おねがいしまっす」
「お、おねがいします」

 ともかく構える、飄々とした性格や可愛らしい風体に騙されそうだが、この人は大吾に「強い」と言わせた人なのだ。油断をして勝てる相手では――いや、別に負けても良いのか、肩の力を抜く。

「ほっほー……良い構えだカエカエ。あ、そうそう、アタシが勝ったらお前もアタシの事お姉様と呼べ?」
「何でやねん!!」
「いーじゃんよー、アンタが勝ったら、ちゃんとアタシもカエカエをお姉様と」
「結構です!! 」
「ちぇー、連れないじゃないのさ。じゃ、ま、攻めてこないならアタシが攻めんぞー?」
「……え?」

 目の前から、サトちゃんの気配が消えた。
 いや、見えている、見えているのだ、見えているのに、そこに居ない。
 歩いてくる、ゆっくりとすり足で、右手を伸ばしてくる、気配が無い、リズムが掴めない、動けない!!
 な、なんだ、これ……ひょっとして、俺、やばい?
 とにかく伸ばしてきた手を避け……!! 次の瞬間、足に衝撃。え? 蹴られ、た?

「ほい、一本」
「……まひりまひた」

 足を蹴られてバランスを崩した所に、左手で鼻を摘まれた。
 これが実戦だったら、俺は今頃鼻血を噴いているか……目玉を抉られていたか。

「むふっふー、じゃぁ約束だぞカエカエ、アタシが勝ったんだから」
「いいえ、今のは先生の反則負けです。顔面への打撃無し、ですから」
「あ、そういえば、そういうルールだっけ」
「……」
「……」
「……」
「うわーん、ちくしょー、覚えてろー!! お姉様のあほー!! ばーかばーか!!」
「お、お姉様はやめて先生!!」

 捨て台詞を残して走り去るサトちゃん。慌てて声をかけたが、ちゃんと聞こえてくれただろうか。
 ところで「ばーか」ってさ、2回続けると凄く馬鹿っぽい印象だよね。あは、あはは、はぁ……。

 なんであんなのが教師なんだよ、大丈夫なのかこの学校。

「イヤ……イヤ……くすぐり地獄はイヤ……あぅあぅあぅ……神様、かみさまぁ……」

 ちなみに葵は、神様にお祈りをしながら道場の隅でガタガタ震えて命乞いをする準備はOKで。

「強いですね」「強いですわ」
「完敗ですね」「完敗ですわ」
「悔しいですね」「悔しいですわ」
「でも、なんだか胸が熱いです」「あの笑顔がトドメでしたわ」
「「私達、大吾様一筋でしたのに……」」

 んでもって、最初に絡んできた二人は、俺の事を変に熱いまなざしで見つめていた。

 ──……なんかもう、色々と勘弁して下さい、いやホントに……。


 ちなみに、その夜。

「あひゃひゃひゃ!! や、やめて!! お、お姉ちゃ、うひひひひ!! やめてやめてやめてぇ!!」
「あーん? 聞こえんなぁ」
「っひゃははは!! や、やめ、し、しむ、しんじゃう、う、うひゃひゃひゃひゃ!! は、反省した!! 反省しました!! ご、ごめんな、あひゃひゃひゃ!! ごめなさいぃ!! ボクが悪かったですぅぅぅ!!」
「そかそか、反省したか、じゃぁ、あと5分で勘弁してやる」
「ひ、ひぃぃぃ!! しぬしぬしぬしぬ!! う、うひゃはははは!! お、おね、お姉ちゃ、し、しぬ、しぬって、ほ、ホントに死んじゃうぅぅぅぅ!! あひゃはははは!!」

しっかりバッチリがっつり、ちゃーんとくすぐっておいた。




   ―――幕間・宮ノ森かなみ―――

 お風呂上がり、私の部屋の勉強机、別に高級なものじゃないけど、アンティーク風のデザインはちょっとお気に入り。
 その机の前で椅子に腰掛けて携帯電話を弄る、楓さんからのメールを開く。削除できない受信メールが携帯のメモリに増えていく。

 私の名前は宮ノ森かなみ、16歳の女の子、だった。
 今は女の子ではない、でも男の子でもない、そしてどっちでもある雌雄同体の子。
 でも、心は女の子、戸籍上も女の子。大抵の書類の性別欄には「雌雄同体」なんて無いしね。

「タイトル:今日はごめんね。
本文:痛かった……よね? うぅ、あの痛みは俺もよく知ってるからなぁ……ホント、ごめん!!」

 楓さんから謝罪のメール、体育の授業の時の事を謝ってる。
 ――あれは本当に痛かったなぁ……出来る事なら経験したくない痛みだったけど。
 けど、もうこれは私の身体、この身体と付き合ってくしかない。こんな身体でも楓さんと葵ちゃんの笑顔の傍に居る事は出来るんだ、それはとても幸せな事。

 そして……たぶん、残酷な事。

 いっそ、男の子になってればなぁ、と思わないでもないけど、それはそれで、楓さんが男の子に戻った時には……。

「う、うわ、うわわ」

 男の子に戻った楓さんと、男の子になった私、ど、どうしよう、す、すごく……良い……。
 あぁ、でもでもそれじゃ、今度は大吾さんと三角関係!? いやいや、楓さん総受けで……わ、わ、それじゃ、私攻め!? でもでも、楓さんと大吾さんなら、楓×大の方が……。
 か、楓×大!? カエダイ!? だ、大吾さんのヤオイ穴に、楓さんのメープルシロップが!? って、わた、わたわた、私は今何を!?

「うわぁん!! ご、ごめんなさい楓さん大吾さん!!」

 久し振りに乙女な妄想をしてしまった、そ、そんな事よりメールに返信を……!!

「タイトル:痛かったです。
本文:あんなに痛いなんて思いませんでした、ところでフルモンティのケーキセットって、美味しいですよね。」

 ──ちょっと生意気だったかな? 楓さん怒らないかな? ……怒らない、と、思うけど……葵ちゃんが楓さん困らせてるの見て、羨ましくてつい真似しちゃったけど……き、嫌われたり、しないよね?
 だ、だって、だってだって、困ってる楓さんってとっても可愛いんだもの……それにそれに、私だって、甘えてみたい……。
 ドキドキしながら待つ事暫し、私の携帯がメール着信の振動をする、恐る恐る開いて見る。

「タイトル:(>x<。
本文:うぅ、了解、明日にでも奢らせて頂きます、かなみ姫。」

 怒ってる様子は見受けられない、良かった、ホッとする。でもメールじゃ楓さんの可愛い顔見られないなぁ……まぁ、良いか。
 なにしろ明日の放課後は楓さんといっしょ、たぶん葵ちゃんも来るだろう。あ、大吾さんも来るかな? 楽しみ♪
 確かに痛かったけど今は何ともないし、早退したのも痛みじゃなくて収まらなくなっちゃったからで……これも怪我の功名ってヤツなのかな? 本当はそんなに怒って無かったんだけどな。でも、まぁ、いいや、ラッキー♪ くらいに思っておこう。

「お姫様抱っこして貰えたし……♪」

 そうだ、この感動を日記に残しておこう。そう思って机の鍵を開け、日記帳を……あ、これ、は……。
 日記帳の脇に丸められた、白い布の塊……ひょんな事から手に入れてしまった、楓さんの、下着。
 宮ノ森令嬢誘拐未遂事件――自分で令嬢って言うのもだけど、そう言う事件名なんだし、仕方ない――の時に、ついうっかり、その、持って来ちゃった物。
 楓さんが初めて変身した時に身につけていた衣服、その内の一枚。他の服と同様に破けちゃっているけど、これは確かに楓さんの大事な部分を直接包んでいた、布なわけで。

「あ、あう……また……」

 心は女の子、のつもりなんだけど──私の身体には男の子の生理現象も起きる。
 とはいえ、反応するのは楓さんに関してだけ、楓さん以外の女の子には反応しない。体育の着替えの最中に、他の女の子の裸を見ても何とも思わない。
 けど、楓さんの着替え姿を見てしまうと途端に反応する。だから、体育の着替えはいつも壁を向いてこそこそ着替えてる。
 クラスの子達は、「手術跡を見られたくなくてこっちを向かない」と思ってくれてるみたい。実際には私の身体には傷跡なんて一つもなのだけど、あの治療の後で古傷まで消えてしまった。

 とにかく、まぁ……つまりは、やっぱり、私は楓さんに恋してるんだろうな。

 楓さんの下着、何度も捨てようと思った、でも捨てられなかった。
 捨てるのは諦めよう、小さな巾着を取り出してその中に楓さんの下着を押し込み、引き出しの一番奥に封印する。
 ――匂いを嗅ぎたくなる、なんて……変態だ私……ごめんなさい、楓さん……。

「ふ、うっ……」

 椅子に座ったまま、私の男の子を両手で上から押さえつける、ぎゅっと目を閉じる。
 だめ、だめ、だめ……私にこれ以上楓さんを汚させないで……。

「ふはははは!! 我は不死の王(ノーライフキング)!! 夜の盟主(ロードオブナイトメア)ヴァン」
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「へぶぅ!?」

 突然、開けておいた窓から声がした。
 驚いて思わず投げつけるように結界張っちゃったけど……そうか、こうすれば攻撃にも使えるんだね、私の力。
 いや、そんな事はどうでも良くて!!

「え、えぇと……泥棒さん……なのかな?」

 恐る恐る窓に近寄る、大丈夫、私の結界はその気になれば、大吾さんですら破るのに時間がかかる。拳銃だのナイフだの、人間が携帯できる程度の兵器では破られはしない。とはいえ、そう解っていても怖い。
 窓の外、一畳ほどの広さのテラス、そこ居たのは。

「……迷子?」

 可愛い男の子、椿ちゃんと同じくらいの年かな? ショートカットの銀髪、白い肌、そしてこの場に不釣り合いな服装、タキシードに……もう6月も下旬だというのに、黒い外套を着ている。暑くないのかなぁ……。
 とにかく、可愛い男の子が仰向けになって、紅い瞳をうずまきにして――あぁ、額が紅くなっちゃってる、こ、これってやっぱり私のせい?

「だ、大丈夫!? ぼ、ボク、しっかり!!」
「う、うにゃぁ……はっ!?」

 肩を掴んで軽く揺すると目を覚ました、良かった、たいしたこと無いみたい。
 男の子は、その紅い瞳でしばらく私を見つめた後、突然立ち上がり、コホンと一つ咳払いをして。

「ふ、ふはははは!! 我は不死の王!! 夜の盟主ヴァンパイアである!! さぁ、汚れ無き乙女よ、我にその純血を捧げよ!!」と、言った。

 え、ええと……純潔って……。

「ご、強姦魔さんッ!?」
「ち、ちが、違うっ!! ヴァンパイア!! 吸血鬼!!」
「あ、そうか、だからそんな格好なんだね」
「うむ、そうだ、どうだ、格好いいだろう?」
「うん、格好いい格好いい、よく似合ってるよ」
「そうか、そうか、ふふふ、ふはははは!! さぁ、我に汚れ無きその血を捧げよ!!」
「うん、ちょっと待っててね、今用意するから。あ、此処に座ってて」
「うむ、では待たせて貰うぞ、乙女よ」

 クッションを勧めて座って貰い、準備するから、と言って部屋を出る。
 廊下をちょっと進んで、携帯を取りだして……。

「――……悪い子に、見えないんだよね」

 もう少し話を聞いてからでも良いかな? そう思って大吾さんに電話をかけるのを止めた。




   ―――第四幕―――

「それでじゃな、妾が投げた氷が奏子ちゃんの背中に入って大騒ぎだったのじゃ」
「ほう、そうかそうか、つまり学校は楽しいという事だね、椿」
「うむ、楽しいのじゃ」

 志藤家のリビング、かちゃかちゃと椅子の上に立って流しで食器を洗う椿。
 椅子に座ってお茶を飲みながら、優しい目で椿を見つめるオフクロ、携帯を弄る俺。
 葵は、笑いすぎで腹筋が痛いと早々に就寝した、風呂は明日の朝入るそうだ。

 かなみからの返信メールを読む。かなみめ、なかなか味な返しをしてくれる、というか、葵予備軍?
 俺としては、かなみには是非あのまま、ほんわか優しいかなみのままで居て欲しいのだが。でもまぁ、あれ、マジで痛そうだったしなぁ……仕方ない、奢るとするか。返信にさらに返信する。

「それで、勉強の方はどうなんだい、椿。今の私は暇だからね、わからない所があれば教えてあげようじゃないか、我が娘よ」
「んー、社会が、ちょっとわからないのじゃ」
「そうか、では、後で私の部屋においで。社会は専門外だが小学生レベルなら教えられるだろう」
「うんなのじゃー♪」

 ……なんか良いな、こういうの。

 椿は今、小学校に通っている。
 なにしろこの口調、整いすぎている容姿だ。苛められやしないか、クラスに受け入れてもらえるか、最初はドキドキもんだった。
 けど、まぁ、どうやら杞憂だったのかな? 最近の椿は学校であった事を楽しそうに報告する。今では友達の家に招かれたり、家に友達を連れてくるようにまでなった。

 ――……本当の所、最初はなかなか受け入れて貰えなかったらしい。

 けど、椿は頑張った、頑張ったのだ。話しかけて、友達になりたいって、私を受け入れて欲しいって、精一杯アピールして。なにげに努力家なのだ、椿は。
 んで、まぁ、一週間かそこらで、それなりの発言力を持つにまで至ったらしく。その辺の手練手管は、流石は元絡新婦(じょろうぐも)と言おうか。

「で、楓の方はどうなのかな、学校は。何か悩みがあったらこの母に相談するが良いよ」
「ん、順風満帆過ぎるほどさ、心配無いよ。オフクロこそどうなのかな、肋骨は」
「あぁ、椿がかいがいしく世話をしてくれるからね、順調さ。それに私は医師としても天才だからね、BJか超医者Kかってくらいの天才さ、問題ないね、問題無いよ。しかし、可愛いね椿は、可愛いよ椿は。私が男だったら押し倒してるね、椿の花が散ってるね。青い果実の散花だよ、悪夢だよ絶望だよ」
「天才なら早く俺を男に戻してくれよ。押し倒すってアンタ、ロリコンかよ。いや、そのネタはギリギリじゃないか? 俺は未成年なんで知らないんだけどさ」
「ははははははははと笑った」
「笑って誤魔化すなや」
「うぅ、申し訳無いのじゃ、お姉ちゃん、お母さん」
「なんで椿が謝るのよ?」
「それは、お母さんの怪我は、妾のせいじゃから――……でも、妾はどちらかと言うと、お姉ちゃんの子を孕みたいのう」
「いや出来ないから、作れないから、生物学的にも道徳的にも倫理的にも」
「なぁ、楓、ツッコミにいつものキレが無いぞ? 体調でもおかしいのか?」
「ツッコミが俺の健康バロメーターかよ」

 失礼な、俺だってまったりとした気分の時くらいあるのだ。
 それにまぁ、あれだ、骨折、オフクロは骨折してるのである、早く男に戻りたいのは確かだが、無理は言えな――おや、俺の携帯に電話だ……大吾から?

「はい、もしもし」
「楓か? すまんが、そこに蜘蛛娘は居るか?」
「蜘蛛娘、なんて名前の子はウチには居ないが」
「――……椿は居るか?」
「居るぞ、代わるか?」
「いや、いい、すまないが椿に聞いてくれ――最近、不審な気配を感じた事は無かったか、と」
「――何があった?」

 少し緊張気味の大吾の声、椿にそういう事を尋ねるという事は――アヤカシ関連か?

「いや――まだ、何かあったという事では無いが」
「少し待て。――椿、最近、不審な気配を感じた事はあったか?」
「――……無いのじゃ」
「無いそうだが。――なぁ、何がありそうなんだ?」
「――……吸血種がこの国に入った、らしい。まだ確認は取れていない、楓、お前ももし不審な気配を感じたら、近寄らずに俺に連絡をしてくれ」
「――吸血鬼って、あれか、ドラキュラとかの」
「あれは創作だが――まぁ、そういう存在だ、海に囲まれた、川の多いこの国に来る事なんて滅多に無いのだがな」
「流れる水を渡れないって奴か」
「力が弱い『成り立て』は渡れないな、それだけに、本当に来ているとすれば……厄介な相手かもしれん」
「わかった、注意する。……十字架でも持ち歩いた方が良いか?」
「ちゃんと祝福を受けた十字架を、信仰心がある人間が持てば効果はあるが。――お前が持っていても意味は無いな。まぁ、まだ確認が取れてない事だ、本当だとしてもこの街に来ているとは限らんし――来ていたとしたら東雲が始末する」
「頼もしいね、親友」
「まぁな、信頼を裏切らないように努力するさ、親友。……じゃぁ、また明日」
「おう、おやすみ」

 通話を終わらせる、しかし、吸血鬼ねぇ……胸に手を当ててみる、ざわめきは――無い。

「お姉ちゃん」
「ん、何だ? 椿」
(アヤカシ)は基本的に夜に活動するものじゃ、もし良ければ、妾も夜中は街を見回るぞ?」
「……馬鹿言うな、子供は夕方過ぎたら出歩いちゃいけません。――それより」
「それより?」
「盗み聞きしてたな? 椿。――お仕置きかなぁ」
「ひ、ひっ!?」

 手をわきわきさせながら、椿ににじり寄る。悪い事をしたら、ちゃんと怒らないとね。

「か、勘弁なのじゃ、許して欲しいのじゃ、あ、謝るのじゃ……や、やめ、やめて欲し……ひ、ひゃぁぁぁっ!?」


 ――志藤家は、笑い声の絶えない愉快な家族であったとさ。




   ―――幕間・宮ノ森かなみ・その2―――

「美味しい?」
「……うむ、うむむ……?」
「美味しくないかな?」
「いや、美味い、美味いのだが……な、何だ、何なのだこの味は!? コクもキレも並では無いぞ!?」
「そっか、美味しいんだ、私の血って」
「うむ、多少クセがあるが、それがまた何とも……良いな、良いぞ乙女よ、気に入った」

 ──血が美味しい、って褒め言葉、喜ぶべきなのかなぁ?
 よっぽどお腹が空いてたのか、マグカップいっぱいに入れた私の血を、目の前の子はもの凄い勢いで飲み干した。
 両手でマグカップを抱える姿が、可愛いなぁ……なんて、思うのだけど。

「デザートに薔薇の花はいかが? 摘み立てだよ」
「ほう、気が利く、気が利くな乙女よ、ますます気に入った」

 深紅の薔薇を唇に当て、すぅ、と息を吸い込むと、薔薇の花は枯れ、砂になって崩れ落ちた。
 ──あぁ、やっぱり本当に、この子って吸血鬼なんだ。
 退治──されちゃったりするんだろうか。大吾さんに、連絡したりするべきなのだろうか。

「ねぇ、君、お名前は?」「……」
「何処から来たの?」「……」
「パパと、ママは?」「……」
「……私なんかには、話せないのかなぁ」ちょっとションボリ。
「いや……思い、出せないのだ」え、記憶喪失?
「覚えてる事、何か無い?」
「むぅ、覚えている事──私の棺桶……白い、何もない部屋……紅に沈む月……白衣の男達……蟲が騒ぐ声で目覚めて──……っつ……あ、頭、が……痛い……」
「あ、ごめん、ごめんね、無理に思い出さなくても良いから」
「う……うむぅ」
「そうだ、薔薇でも食べ、痛っ!」

 薔薇の花を摘もうとして、指先に穴を開けてしまった。まぁ、良いか、この程度すぐ治──あ。

「ちゅ……く」
「あ、あわ、あわわわ」

 吸血鬼の子が、私の指先を吸っている。
 血を、飲まれている、指先を舌が這って、私の、血が、生命が、指先、から──。

 ──とくん、と心臓が大きく高鳴った。



──次章に続く──


お待たせしました、なんて挨拶。待っていてくれた人居るのかしら? K.伊藤です。

第二話のテーマは『血』。王道中の王道である吸血鬼騒動。
そう、伝奇存在では定番、故に外せない存在の吸血鬼です。
K.伊藤も吸血鬼モノは好きで、色々と読んでます。
定番のドラキュラやカーミラは勿論。
日本の小説や漫画やゲームの、吸血鬼ハンターD、ヘルシング、月姫、ヴェドゴニア。
その他にも、妖怪を扱った読み物には必ずと言って良いほど、吸血鬼って登場しますよね。
そんな、伝奇存在の中でも超一級、定番中の定番、吸血鬼が相手!?
楓くん達の運命やいかに!?
……って、ショタっ子吸血鬼かよ!! とセルフツッコミ。

今回、テーブルタグで左右に空白を設けてみました。
少しは読みやすくなったかな? 前の方が良いのかな?

そんなこんなで、よろしければ次章「騎士は踊る」もお付き合い下さい。


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