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ホーリーメイデンズ
第八夜「暗黒の使者」

作:流離太



 午前零時。
 この時間、昼間慌しく動き回っていた人影は、どこにもない。
 不規則に瞬く白灯、カラカラと空き缶が散乱した小道、それ自体が眠ってしまったかのような家々。
 漆黒の闇は、それらを静かに抱擁している。

 突如、静寂は破られる。空中に躍る二つの影。それは、空中で激しくぶつかり合う。
 降り立つのは、黒い巫女服に身を包んだ、ツインテールの少女「源終里」。
 地面に着地する瞬間、その髪は、鳥の翼のようにフワリと浮かぶ。青白い肌と対照的な、血のように紅い唇には、余裕の色が浮かんでいる。
 「くす、いきなり攻撃? 見た目どおり短気だね。それって、ふられた八つ当たり?」
 終里は、目の前の影に話しかける。
 墨のような雲が晴れ、白い月明かりが照らし出した姿は――紅い巫女服に身を包んだ少女「坂田夏月」。
 夏月は、背中まであるポニーテールを、さわさわとなびかせながら、勝気な表情を浮かべる。
 「あんただって、そのつもりで手紙よこしたんでしょ? それに、あいつのことなら誰とくっつこうが構わないから」
 「ふふ、嘘ばっかり。本当はとっても憎い。自分を捨てた先輩も、それを奪っていったあの人も。ううん、あの2人が両思いだってことを伝えた渡辺先輩や多分そのことを知ってた卜部先輩も。そんな風に思ってしまう自分が大嫌い」
 「あんたはどうなの? 確か、三四郎といつも一緒にいたよね。ああ、じゃあ、あんたもあたしと一緒じゃん。振られた者同士、仲良くやるう?」
 小ばかにしたような態度で、笑う夏月。
 途端に、終里は、鬼灯のように紅い瞳を見開く。
 「図に……乗るな」
 終里は、懐から呪符を取り出し、夏月にそれを向ける。
 「行け!!」
 たちまち、それは、うさぎやくまのぬいぐるみに変わる。
 「キャハハハハハハハハハ!!」
 「アハハハハハハハハ!!」
 無機質なぬいぐるみ達は、鋭いナイフを振りかざす。
 ヒュン、と空を切る、夏月のステッキ。
 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!! 聖焔剣終式『フツノミタマ』!!」
 呪文を唱えると同時に、ステッキは、飴細工のように変形を始める。たちまち、鷹の嘴のように鋭い剣へ。剣を包み込む炎は、シュルシュルと唸りを上げている。
 次の瞬間、夏月は式神に立ち向かう。
 式神は、一列に並び、螺旋状に襲い掛かる。
 その中心を、夏月は駆け抜ける。
 風を切り、袖と髪がなびく。その様子は、翼を広げた緋の鳥。
 ――はまった。
 思わず、ほくそ笑む終里。
 式神を、攻撃ではなく、回避するということは、予想済み。これだけの量、いちいち焼いても、キリがない。
 その上、夏月には失恋のショックがある。だからこそ、わき目も振らずに突っ込むはず。そう、自分では制御できないほどの勢いで。
 勝ち誇った表情で、終里はサメの背びれのような大鎌を構える。
 「貫け、地断刃!!」
 しゃがみこみ、向かってくる夏月に、振り子の原理で鎌を振り下ろす。
 やっぱり、勢いがつきすぎて避けられない。
 そのまま、夏月が鎌に衝突した瞬間、 終里は狂ったように笑う。
 「キャハハハハハハハハ!! 人間って脆いわね!! そうやって、すぐ感情に左右されるんだもん!!」
 「あんたも含めてね」
 背後に少女の声が響き、終里の細い首が、突如ガッとつかまれる。弛緩する体。金縛りにあったように動かない。まるで、猛禽類に狙われた蛇のように、震えが体を駆け巡る。
 その精神的ショックにより、式神は元の紙へと戻る。はらはらと、花びらのように呪符が舞いちる。
 この声は……夏月。
 「ねえ、陽炎って知ってる? 熱によって、光を屈折させることなんだけど」
 「それで、虚像を……」
 こんな話、聞いていない。いつの間に、こんなに強く……。
 「驚いた? ずっと修行してたの。ただ、力を使う機会がなかっただけ。怒りと迷いに支配されてるあんたなんかに負けない」
 段々と、締め上げる力が強められる。
 苦しい……息が出来ない。
 手足をバタつかせる終里。
 だが、夏月は、信じられない力で、グイグイと首を絞めていく。それは、万力のよう。
 「あたしね、あいつが幸せなら構わない。それなら、あたしの口出しようがないじゃない。なに、それが不満? あたしからあいつに『手を引いて』とでも頼んでほしいの?」
 喉から声を絞り出し、終里はかすれた声で応える。
 「どうせ……私とあの人は結ばれない……と思ってた。それに、碓氷先輩なら……責めるつもりないよ。でもね……お前だけは絶対に許さない」
 「ふぅん。やっぱり、なにもかもわかってたんだ。まあいいや、長い戦いももうおしまい」
 すぐ折れてしまいそうな終里の首に、更なる力がかけられる。
 「あんたが死んで……全てね」
 「お……恐ろしい女。自分の大切なもののためなら……人まで殺しちゃう……んだね。でも、それは……私も一緒」
 ふっと、終里は苦しそうに口元を歪める。
 「本当に……私が一人だったと思う?」
 ふっと緩む手の力。次の瞬間、黒い影が一斉に飛び出した。



 「碓氷冬雪」は、いつの間にか見知らぬ場所に立っていた。
 黒蜜を塗ったくったような木製の壁や床、乱雑に並べられた机や椅子、ぷぅんと漂うかび臭い空気、うっすらとほこりをまとった窓ガラス、そこから入り込む柔らかな夕陽。
 いや、見覚えのある場所。今はない、冬雪が通っていた、小学校の木造校舎。
 ふと、自分の姿を見る。服、身長、なにもかも小学校四年生の頃のもの。体も、ちゃんと男だ。
 「碓氷、どこを見ている?」
 重々しい男の声が響く。ビクッとして顔を上げると、そこには四年生の頃の担任の顔が。
 冬雪のすぐ横には、べそをかいている太った少年「佐々木敬一郎」、頬を腫らしたポニ―テ―ルの少女「夏月」がいる。
 冬雪は、ハッと思い出す。確か、夏月と佐々木が取っ組み合いになっいて、それで自分が仲裁を。でも、一体何が原因で。
 「じゃあ、状況を聞くぞ? 坂田と佐々木が取っ組み合っていた。俺の予想だと、いつものように碓氷と佐々木の間でトラブルがあった。それでお前が助けに入った。……違うか?」
 全然違う。確かに、佐々木は冬雪を執拗にいじめる。だけど、今日は全く関係ない。この教師は「いつもの喧嘩」ということにし、さっさと帰りたいのだろう。
 教師の質問に、夏月は目をそらす。そうして、しどろもどろに答える。
 「えっと……違うの。なんていうか……あたしが忘れ物を取りに行って、冬雪は教室の外で待ってたの。そしたら、佐々木君がいて。いきなり襲いかかってきて……それで抵抗をしたというか……。冬雪が先生呼びに行かなかったら……たぶん」
 眉間にしわを寄せ、教師は敬一郎を見つめる。
 「本当か、佐々木?」
 途端に、敬一郎は顔を上げる。
 「ちあう!! おえおんあおおいえあいあうえ!!」
 必死に訴える敬一郎だが、全く言葉になっていない。
 それに追い討ちをかけるよう、夏月は顔を押さえる。
 「い、いきなり胸に手をかけてきて……。あたし……本当に怖かった。それで、思わず。……失礼します!!」
 そのまま、夏月は教室から出ていく。
 「夏月!!」
 冬雪は、慌ててその後を追う。

 「あ―、緊張した」
 穏やかな橙色の光が差し込む廊下にて、夏月は大きく溜息を吐く。その顔を、冬雪は心配そうに覗き込む。
 「な、夏月……本当にそんなことされたの?」
 「ん、勿論嘘!」
 あっけらかんとした夏月の言い様。予想もしなかった言葉に肩透かしを食らい、冬雪は呆然とする。
 「なんで……そんなことを」
 「だってあいつ、あんたの机に便所の雑巾入れてたんだよ!!」
 「ぞ、雑巾!?」
 冬雪は思わず声を大にする。
 「ああ、大丈夫。明日、あたしがちゃんと綺麗にしてあげるから。たぶん、その通りに言っても、あの先生なにもしてくれないよ。あんたがいじめられても、見て見ぬ振りしてたし。まあ、女の子に手を出したって言うならあいつも動くでしょ。佐々木も終わったね。ざまあみろっての!」
 吐き捨てるように夏月は言い放つ。とても、同い年の少女の言葉とは思えない。
 「で、でも……一言ぐらい言ってくれたって」
 「敵を欺くにはまず味方から! 特にあんた、嘘つけなさそうだしね」
 「むっ……」
 冬雪はグッと言葉に詰まる。確かに、否定できない。
 「ま、あんた守れるのはあたしだけってこと! これからも、なんかあったらすぐに言いなよ」
 ふと、冬雪は足を止める。
 「ねえ、夏月……なんでそこまでしてくれるの?」
 ぴたりと止まる夏月の足――しばしの沈黙が、場に訪れる。
 上目遣いに、ジッと夏月の背中を凝視する冬雪。柔らかい髪や肌は光に溶け込み、その体を透かしている。なんだか、今にもどこかへ行ってしまいそう。
 「……知りたい? じゃあさ、目を閉じて」
 冬雪に背中を向けたまま、夏月は言う。その口調は、太陽のように明るいいつもの様子と違い、月のように穏やか。
 言われた通り、恐る恐る目を閉じる冬雪。 光は絶たれ、無限の暗闇が広がる。
 夏月が近づいてくる気配がする、すぐ目の前で夏月の息遣いを感じる、心臓の鼓動が次第に高まっていく。
 ――もしかして、これって!?
 次の瞬間、冬雪の額に軽く痛みが走った。
 「へぶっ!」
 ――で、デコピン!? 
 情けない声を上げる冬雪。目を開けると、そこには意地の悪い笑みを浮かべた夏月が。琥珀色の瞳には、さもおかしげな色が浮かんでいる。
 「残念でした! あたしの唇は、本当に好きになった人にしかあげないの!」
 「ひ、ひどいよ夏月!」
 瞳を潤ませ、冬雪は夏月をキッと睨みつける。
 「あっはっはっはっはっはっはっはっは……」
 夏月は明るい笑い声を上げる。
 それは、無人の廊下に、どこまでも、どこまでも響き渡った。


 「……君、冬雪君!」
 声変わりしたばかりの、少年の声が聞こえる。それに応えるよう、冬雪はうっすら目を開く。
 ぼんやりした視界の向こうには、太い眉をした実直そうな少年の顔が。
 それが、クラスメイトの「桃ノ木三四郎」だと気づくのに、数秒かかった。
 三四郎も、眼鏡をしていない方がかっこいい。
 ――あれ、ここは?  慌てて辺りを見回す冬雪。そこは、近所の公園のベンチだった。
 「夢……か」
 そうだ、中々寝付けなくて、それで気分転換に散歩を。
 そのうちに、寝てしまったのだろう。
 昨日、家を訪ねても、電話をかけても、夏月は冬雪に会ってくれようとしなかった。今まで、喧嘩をしたことはあっても、口をきかなかったことは一度もない。
 刹那、風がそっとミゾレみたいに白い肌を撫でる。
 「くしゅっ」
 冬雪は小さくくしゃみをし、身震いする。夏とはいえ、北海道の夜は肌寒い。
 「ほぅら、こんなところで寝てたんじゃあ、風邪を引きますよ? 特に、今は女の子なんですから、こんな時間に出歩いちゃ駄目ですよ」
 三四郎は、そう言って、腰に手をやる。
 そういえば、
 「なんで桃ノ木君が、こんなところに?」
 「いやあ、中々寝つけなくて。それで、ふらっと……」
 そこで冬雪は、前日のことをハッと思い出す。
 「あ、あの、昨日は勝手に帰ってごめんなさい! ちょっと、用事ができちゃって……」
 慌てて頭を下げる冬雪に対し、三四郎は笑顔を返す。どうやら、怒っていないよう。
 「いやあ、いいんですよ。……それより、その格好何とかした方がいいんじゃないですか?」
 頬をかきがながら言う三四郎の言葉に、冬雪は慌てて自分の姿を見る。
 確かに、冬雪の格好はひどいもの。空色をしたパジャマは胸のボタンが取れ、白い肌が露わになっている。みるみる冬雪の顔が、薄紅色に染まっていく。慌ててボタンを留め、冬雪はキッと三四郎を睨む。
 「エッチ!」
 「え、いや、なんで僕が!! それに、小さくて、よ、よくわかりませんでした!」
 「どうせ、僕は貧乳だよ!」
 頬を膨らませ、冬雪はプイッと顔を背ける。
 その行動には、夏月とのことをかき回した、仕返しの意味も入っている。
 「そ、そんなあ! 許してくださいよお! この通りです!」
 手を合わせて、三四郎は泣きそうな表情で何度も頭を下げる。その様子をチラッと見て、冬雪は「やりすぎたかな?」と、頬をかく。
 その時だった。
 「冬雪……」
 風に乗って、少女の声が耳に舞い込む。
 聞き覚えのある声、いや、いつもの聞きなれた声。
 そう、この声は。
 「なつ……き?」
 思わず、辺りを見回す――が、公園には人影らしいものはない。無機質な街灯に照らされた遊具は、かすかな輪郭を浮き彫りにしている。
 「どうしたんですか、冬雪君?」
 首をかしげる三四郎、空耳……だったのだろうか?
 「冬雪……」
 再び聞こえる声――間違いない、夏月だ。しかも、今にも消えてしまいそうなほど、か細い。
 思わず冬雪は、深い闇の中へ飛び込む。
 「あ、冬雪君!!」
 背後で響く三四郎の大声も、今の冬雪には関係なかった。

 冬雪は声を追い、青白く光る星空の下を駆けていく。
 ――夏月、どこ?
 ――どこにいるの?
 ――なにがあったの?
 苦しそうな声が、息づかいが、次第に近くなってくる。
 そのうち、一箇所の路地に差し掛かった。そこで、冬雪は足を止める。
 思わず息をするのも忘れ、その大きな瞳を、さらに見開く。
 およそ五体くらいの黒マントが宙に浮いている。それは人の半分くらいの身長をしており、三角の目とギザギザの口がついたスイカ頭を持つ。鈍く光る鎌や大バサミは、獲物を引き裂こうとする、獣の牙のよう。
 いや、そんなことよりも、その真下で、ボロボロになっているのは。
 「ふゆ……き?」
 「夏月!!」
 冬雪は叫び、急いで駆け寄る。
 今の夏月の状態よりも、見つけられた安堵感の方が先行する。
 とにかく、見つかってよかった。早く、介抱してあげないと。そして、三四郎とのことを話さないと。
 今の冬雪の頭には、それしかない。
 だが、夏月は息苦しそうに顔を上げ、たどたどしく唇を動かす。
 「来ちゃ……駄目」
 「……え?」
 途端、その前に、蝙蝠のように漆黒の影が現れる。それは、夏月と冬雪の間に立つ闇の壁。まるで、二人の絆を引き裂かんとするよう。
 「くすくすくす、こんばんは……」
 その者は、三日月のように大きく口を歪め、冬雪を嘲笑う。
 「ダーク……メイデン」
 そう、彼女はアヤカシを統べる存在……決して、一人で戦える相手ではない。
 その肌理細やかな頬を、つうっと一滴の冷や汗が滴る。
 「すっごい偶然だね。この女と違って、あなたのことは呼び出してないのに」
 ダークメイデンは、さもおかしそうに、口元を押さえる。
 「この女、手紙で呼び出したらのこのこ来たの。そして、やられちゃった! キャハハハハハ!! ざまあないね!!」
 「……してよ」
 冬雪は、うつむき加減に呟く。
 「は?」
 「夏月を……夏月を返してよ!!」
 冬雪はその温和な目に力を込め、その手に、碧いオーヌサステッキを出現させる。
 そうだ、敵わないかもしれない。だけど、やるべきことはひとつ。守らなくてはいけない、夏月を。夏のように爽やかで、明るい笑顔を、もう一度見るんだ。
 「古(いにしえ)は天地未だ剖れず、陰陽(めを)分れざりし時、渾沌(まろが)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、ほのかにして牙(きざし)を含めり。……時に、天地の中に一物生(ひとつのものな)れり。伏葦牙(かたちあしかひ)の如し。すなわち神となる。国常立尊と号(もう)す」
 言霊を唱え終えた時、蒼い光が冬雪を包み込む。光が止んだ時、冬雪は水の巫女「ホーリーアクア」に変身していた。
 「行け、テケテケ」
 終里は指示を出す。  途端、テケテケは目を怪しく光らせ、疾風のごとく冬雪に迫る。
 得物を振りかざして飛ぶ様子は、まるで猛禽類。
 一方、冬雪は、ジッと立ち止まったまま。
 そして、小さく呟く。
 空を切り、鎌は頭上に迫る。
 それは、もう目前。
 瞬間、テケテケの顔面に、ピシリと亀裂が入る。
 そして、真っ二つに。
 血のような果汁を飛び散らせ、そのまま、ドシャリと落下する。
 冬雪は、ひらひらと浅葱の袖をはためかす。リボンや背中まである艶やかな髪は、月の光を反射しながら、小波のようになびく。その様子は、まるで天女の舞。
 その度、テケテケは、次々と弾け飛ぶ。あっという間に、辺りは、ペンキをぶちまけたよう。
 「アロエビクスマンに使った、見えない刃……しかも、前よりも強い。力をつけたのは、この女だけじゃなかったわけか」
 それには答えず、冬雪は、ダークメイデンに目を向ける。その視線は力強く、射るよう
 「あとは、君だけだよ」
 口の端を歪め、ダークは嘲る。
 「くす、雑魚を倒したくらいで調子に乗らないで。一人で勝てるの? ずっと守られてばっかいたお前が」
 「一人じゃないぞ」
 路地の反対側から響く、白金のように凛とした声。そこには、山吹色の巫女服に身を包んだ、ショートカットの少女「秋綺」が。
 「秋綺!」
 冬雪の表情が、パッと明るくなる。
 ダークは、丁度二人に挟まれた形となる。
 「眠れないんでフラフラしてたら、でかいのにあたったな。さぁて、昨日の決着をつけるか?」
 余裕の表情を浮かべ、秋綺は身の丈ほどもある槍を構える。
 「くすくす、こっちには人質がいるってことを忘れてない?」
 ダークメイデンは、夏月のポニーテールをつかんで無理やり起こす。と、同時に、その手は突如鋭いものに貫かれる。
 「うああああああああっっ!!?」
 夏月から手を離し、ダークは、腕を押さえる。
 「戦いというのは、戦術よりも戦略。人質というのは有効ですけど、あとは奇襲なんかもいいですね」
 「なんだよ……お前もいたのか」
 「ええ、ちょっと眠れないので散歩を」
 「理由も同じか」
 そう言う秋綺の後方から、弓を構えた翠の巫女「渡辺春花」が現れる。その表情には、いつもの穏やかな笑みが欠片も見えない。
 「私だけじゃなくて、夏月ちゃんにまで手を出しちゃいましたか……遠慮なく、ブチのめさせていただきます」
 「な……なめるな」
 よろめきながら、ダークは大鎌を構える。春花の弓が聞いたらしく、息も絶え絶え。それにも関わらず、噛み付かんばかりの勢いで、冬雪達を睨みつける。
 その時、突如、背後で声が響く。
 「終里ちゃん!?」
 思わず、冬雪は視線を背後に向ける。そこには、息を切らせた三四郎が。
 「三四郎……先輩」
 呆けた表情で、ダークは呟く。
 三四郎を知っている?
 思わず冬雪は、ニ人を交互に見比べる。
 「な、夏月さん!? どうして……。まさか、終里ちゃんが?」
 ダークメイデン、いや、終里と呼ばれた少女は、蝋人形のように立ち尽くしている。
 「一体どうしたんですか!? なにがあったかは知りませんけど、終里ちゃんはそんなことをする娘じゃ」
 「うるさい!!」
 辺りに響く、ダークの声。一瞬、静寂が辺りを漂う。その固められたような空気は、瞬きひとつ許さない。
 場が静まると同時に、ダークメイデンは顔を上げる。その顔には、自嘲的な笑みが浮かぶ。
 「終里は、そんな娘だよ? 性格悪くって、真っ黒で、汚い……暗黒の使者。この女みたいに、光になんかなれない。そう思ってた」
 ダークは、地面に倒れている夏月に目を移す。
 「でも、違った。この女も、十分真っ黒だった」
 再び三四郎に視線を向け、ダークメイデンは微笑みかける。
 その瞬間、冬雪には彼女が、アヤカシの長ではなく、どこにでもいる少女に見えた。そう、休み時間に友達と盛り上がっているような、ごく普通の少女に。
 「先輩、今までありがとう。終里ね、忘れないから。三四郎先輩と出会えて本当によかった。だって、先輩は、初めて終里に優しくしてくれた人だもん」
 ダークがそう言った時、二人の体は、徐々に闇と同化し始める。
 「夏月!?」
 冬雪は慌てて駆け寄る、が、まるで空をつかむかのように、その腕はすり抜ける。
 「くす、無駄だよ。もうその女は、私達の次元にいる。触ることは、もうできないよ」
 再び冷たい視線を向け、終里は言い放つ。
 ――行かせない、そんなこと絶対させない!
 心の中で繰り返し、夏月をつかもうとする。だけれども、その手が夏月に届くことはなかい。それでも、何度も何度も冬雪は夏月を捕まえようとする。
 それを尻目に、終里は秋綺と春花に目を向ける。
 「もうすぐ……もうすぐ、アヤカシの王たる魔獣が蘇る。くす、あんたらメイデンズもおしまいだよ。キャハ、キャハハハハハハハハハハハハ!!」
 すぅっと、音もなく消える終里。辺りには、その甲高い笑い声が響くばかり。
 そして、夏月も……行ってしまった。


 笑い声が消えると同時に、春花はその場にへたり込む。
 「な、夏月ちゃん……」
 ゴーグルの奥にある翠がかった瞳から、とめどもなく熱いものがこみ上げてくる。
 ――知ってました? 冬雪君と三四郎さんって、両思いだったんですよ。嘘だと思うなら、そこの窓から覗いてみてください。仲良くしている二人が見えるはずです――
 昨日、夏月に言った言葉。闇に飲まれていたとはいえ、まさか、あれが最後の言葉になるなんて。
 そんなの、嫌だ。また会って、話をしたい。ごめんねって、謝りたい。せっかく、冬雪や秋綺とも仲良くなれたのに。戻ってきてよ。戻って
 「大丈夫だよ、春花さん」
 頭上から響く、緩やかな声。ふと、顔を上げると、そこには。勝気な表情を浮かべる。
 「夏月ちゃん!?」
 「え?」
 瞬きをした時、そこには、冬雪の顔があった。途端に、春花は目を背ける。
 「な、なんでもありません……」
 自分でもわからない。なんで、冬雪と夏月を間違えたのだろう。
 「俺も、碓氷に同感だ。あいつらの目的は、メイデンズ殲滅。だったら、人質として手元に残すはずだ」
 秋綺が、極めて冷静に言い放つ。
 「すごい……そこまで考えられるなんて。秋綺の方が、ずっと水の巫女らしいね」
 「あれ? お前も同じ考えじゃなかったのかよ」
 「うん、なんていうか……夏月なら大丈夫かな、なんて思ったから」
 「お前、相変わらずお気楽なやつだな」
 そんなやり取りを見ながら、春花はうつむく。
 自分は、なんて身勝手なんだろう。一番辛いのは、冬雪のはずなのに。
 そうだ、冬雪のためにも、いや、自分たち四人のためにも、アヤカシの本拠地を探さなければ。
 春花が決心を固めた、その時。
 「あのお……」
 三四郎が、腰を低くして、話題に入り込む。
 「あなた達は……春花さんに卜部さん、それに、冬雪君ですか?」
 途端に、冬雪と秋綺は、気まずそうな表情をする。それ横目に、春花は三四郎の前に一歩進み出る。
 「はい、そうです!」
 春花はそう言って、ゴーグルをはずす。
 「やっぱり……。もしやとは思っていましたが」
 腕組みをする三四郎の反対側で、冬雪は困惑した表情を見せる。
 「は、春花さん。どういうつもり?」
 「ギブアンドテイクです。私達はメイデンズのことを話す。そして、三四郎さんにはダークメイデンのことを話してもらいます。もしかしたら、アヤカシの住処を探す手がかりになるかもしれません」
 そう、夏月を救うためには、ひとつでも情報がいる。だったら、出来るだけ情報を。
 「じゃあ、場所を移しましょう。丁度私の家、今日も親がいませんし」
 にっこり微笑む春花の後ろで、秋綺は背中を向ける。
 「ちょっと、家に戻るわ。アヤカシに関する資料、持ってくる。もしかしたら、あいつらのねぐらがわかるかもしれないから」
 冷めた口調で言う秋綺に、冬雪はこっくりうなずく。
 「はい。ごめんなさい、バレるの嫌がってたのに……」
 そう言って手を合わせる春花に対し、冬雪と秋綺は、笑顔で返す。
 「いいんじゃねえ? 確かに、恥ずかしがってる場合じゃないし」
 「だよね! じゃあ、春花さんの家で」
 こうして秋綺は、春花の視界から去っていく。
 ――本当にありがとう、私なんかの意見を受け入れてくれて。
 春花は心の中で、再び二人に手を合わせた。



 「うっ……ううっ……。や、やっぱり、サーラ対鋼はいつ見ても泣かされるなあ」
 畳の上であぐらをかき、テレビの画面に食い入る中年男「山川夏夫」。よれよれになった袖で、しきりに涙をぬぐう。
 「いい年して、泣いてるんじゃねえよ」
 耳に飛び込む冷ややかな声……秋綺だ。
 山川は、重そうに体を動かし、秋綺をたしなめる。
 「こんの不良娘が。今までどこほっつき歩いてたんだ?」
 「とりあえず、俺がいなくなってるにも関わらず、のんきにアニメ見ながら飯食ってたあんたには言われたくないな。ていうか、もう朝飯かよ」
 山川は、ちゃぶ台の上にあるどんぶり飯を、得意げに箸で指し示す。
 「ああ。メイプルシロップを湯で割った『楓ジュース』に、馬肉入りコンビーフをご飯に乗せた『葵丼』。これが本当の姉妹丼ってか? だーっはっはっはっはっは!」
 「あんた、浮いた話もないのに、オヤジ化だけは進行してるな」
 これまでにないほど哀れみに満ちた視線を、秋綺から向けられる。それは、今までのどの攻撃よりも鋭く、山川は打ちひしがれる。
 そんな山川のことを、全く気にしていないかのごとく、秋綺は自分の机の上のファイルを手に取る。
 「んじゃ、行ってくる。今日は学校、行かないから」
 「ファイル、大事に扱えよ。俺が必死こいて集めてきたやつだから」
 「あんたには、本当に感謝してる。色々ありがとう」  くすりと笑みを浮かべる秋綺。その柔和な笑顔は秋桜のよう。
 秋綺が出て行き、扉が閉まると同時に、山川は腕組みする。
 秋綺は中学生とは思えないほど魅力的だ。ピンで留められた、耳までかかるショートカット。陶磁器のように白くなめらかな肌。スレンダーでありながら、出るところは出ている体つき。それにプラスし、女性特有のしなやかさが加わった気がする。まあ、こんなことを当人に話したら、ぶっとばされそうだが。
 「ん〜あとニ、三年ってところかな?」
 「お前も相変わらずだな、山川」
 ざらざらとした顎を撫でながらにやつく山川に、声変わり前の少年の声がかかる。ふと、扉のところに目を移すと、そこには小柄な少年の姿が。
 「どうした? 俺と一緒にアニメでも見に来たか? 丁度ここに『どどめ色の通行人』があるし」
 「なんだよ、その虹色トレイルのパクリみたいなやつ。いらねえよ」
 つれない少年の態度に肩をすくめ、山川は不適に笑う。
 「そっか、まあいいや。ところで、随分中途半端な形で物語に関わっているじゃないか? お前だろ、あの四人引き合わせたの? その上、主要キャストに毎回ちょっかいかけるなんて、どういうつもりだ?」
 「三四郎先輩はオレだけど、メイデンズはちげーよ。ただの偶然だ」
 「へぇ、となると、虫の知らせってやつかね? ふ〜ん、あの三人がね〜」
 腕を組み、感慨深げにうなずく山川。それを、少年は鋭い口調で責め立てる。
 「お前こそどうよ? アヤカシの目的、白虎の巫女に教えやがっただろ」
 「ん、もしかしてそれを注意しに? 俺はいいんだよ。俺はなんにも束縛されずに生きてるから。それに、俺は材料をやっただけで、答えにたどり着いたのはあいつだ」
 少年は、小さく舌打ちをし、顔に不快の色を浮かべる。
 彼がこのような顔をするのは、本当に快感だ。
 そう思いながら、一層ニヤついた表情を、山川は浮かべる。
 「なあ、お前何者だ? 人間じゃねえだろ」
 「ん? 俺はただの新聞記者だよ。違ったとしても、お前に話す気はサラサラねえし」
 少年は、無言で山川を睨みつける。そして、
 「邪魔したな」  とだけ言うと、背を向けた。山川は、その背中に声をかける。
 「別にいいんじゃね? 関わってもよ。どうしても我慢できなきゃ、そんな信念捨てちまえ。俺あ信念なんて、やりたいことを妨げる荷物ぐらいにしか思ってないから」
 「お前のように思えたら、どれだけ楽だろうな」
 少年は背中を向けたまま、木製のドアを開け、部屋を出て行った。
 あとに残された山川は、棚からコーラキャンデーを出して、口に含める。その瞬間、甘ったるい味が、口一杯に広がる。
 ――やれやれ、そんなに人間が嫌いかよ。
 「まあ、別にいいけど」
 山川は、小さく呟くと、ところどころ虫食いのある畳にドテ寝した。



 「――そっか。あの娘、桃ノ木君の」
 ここは、春花の住むマンション。そこにあるソファーに、冬雪達三人は腰掛けている。
 「ええ。終里ちゃんは、僕のことをとても慕ってくれました。確かにちょっと浮いてました。けど、終里ちゃんだけです、一日も休まず、誰よりも早く来るのって。よく気がつくし、頑張り屋の、とてもいい娘だったんです。だから……」
 三四郎は、そこで言葉につまり、うつむく。その瞳は、事実を享受し切れていない。
 言わなくても、冬雪にはわかる。よっぽど、仲がよかったのだろう。その目は、三四郎への告白を見た、自分と同じ。
 「全部……嘘だったんですね。僕を慕っていたのも、単に利用しようとしただけで」「そんなことない!!」
 三四郎の言葉を遮り、冬雪は叫ぶ。
 「ダークメイデン……いや、終里さん、言ってたよね? 三四郎先輩と出会えて本当によかった、って。利用してた相手に、そんなこと言わないよね?」
 三四郎の顔を覗き込み、その肩に、冬雪は自分の手を乗せる。
 「信じようよ、自分の好きな人のこと。ね?」
 「ふ、冬雪君……」
 肩にかけられた手を、そっと握る三四郎。瞬間、手と手の間に春花の手刀が振り下ろされる。
 「汚い手で……冬雪ちゃんに触ってるんじゃねえよ」
 満面の笑みを浮かべる春花の瞳は、少しも笑っていない。
 ――相変わらず、怖いよお。
 サーッと血の気が引いていき、冬雪と三四郎は、引きつった笑みを浮かべる。
 「あ、あはははははははは! じゃ、じゃあ、トイレお借りしますね! あははははははははは」
 渇いた笑いを残し、三四郎はトイレへと逃げる。
 ――う、うまく逃げた……。それにしても、今。
 「ね、ねえ春花さん。今僕のこと……冬雪『ちゃん』って」
 そう言った途端、春花は顔を紅潮させ、わたわたと慌て始める。
 「え、いや、その……ふ、冬雪君が夏月ちゃんに。いえ、そうじゃなくて、あの!」
 正直、ここまで狼狽するとは、思わなかった。
 作り笑いを浮かべ、冬雪は両手を左右に振る。
 「い、いいよ! 冬雪ちゃんで。春花さんの好きなように呼んで。その代わり……その」
 仄かに頬を桃色に染め、冬雪は上目遣いで春花を見る。
 「僕も……春花さんのこと、春花『ちゃん』って呼んでも、いいかな?」
 「は、はい。私は構いません」
 「じゃ、じゃあ……呼ぶよ」
 冬雪はふっと春花に体の正面を向け、その小さな口を動かす。
 「春花……ちゃん」
 お互いの目が合う。冬雪と春花は恥ずかしげな笑みを浮かべ、両手をつなぐ。
 「冬雪ちゃん」
 「春花ちゃん」
 「冬雪ちゃん」
 「春花ちゃん」
 「冬雪ちゃん!」
 「春花ちゃん!」
 その時、玄関の戸が開き、短パンTシャツ姿の秋綺が入ってくる。
 「おーい、鍵開いてたぞ? 無用心だな」
 「「あ、秋綺ちゃんだ!」」
 二人は、同時に声を揃える。
 「いや、誰が秋綺ちゃん?」

 ソファーに腰掛けた秋綺は、手早く目の前のテーブルに資料を広げる。
 「これ……全部秋綺ちゃんが?」
 「俺の力じゃねえよ。新聞記者の友達が、探してくれたんだよ。それから、その名前で呼ぶの、や、やめろよ……」
 顔を紅葉色に染め、恥ずかしそうに、秋綺は顔を背ける。
 ――こうして見ると、秋綺も普通の女の子だなあ。あ、そういえば男の子だったか。
 「これは、古事記ですね?」
 机の上の本をつまみ上げ、神妙そうな顔をする三四郎に対し、秋綺は不敵な笑みを浮かべる。
 「さすが桃ノ木、怪談好きなだけあるな。そう、日本最古の歴史書。こいつは勿論、複製版だけど。その序文は『古(いにしえ)は天地未だ剖れず、陰陽(めを)分れざりし時』」
 「それって、メイデンズに変身する言霊!」
 素っ頓狂な声を上げる冬雪に、秋綺はこっくりうなずく。
 「天地開闢について示した部分……つまり、万物の理を表す。この言霊を通して、俺達は四聖獣と一体化する。問題は、こいつだ」
 秋綺は、パラパラと素早くページをめくりながら、説明を続ける。
 「お前らも一度は聞いたことがあるだろ? 英雄スサノオの化け物退治。その化け物は治水工事のメタファーから生まれたって話だけど、やがて話が一人歩きを始め、最初で最強のアヤカシとなった」
 冬雪は「メタファー」というのがどういうものか知らない。だけど、その怪物は知っている。
 「魔獣『八岐大蛇(やまたのおろち)』。古事記の表記では八俣遠呂智だけど、まあ、同じだな。そいつを倒すために生まれたのが、五人の巫女」
 「私達の、先輩ですね。私も青龍さんから聞きました」
 「うちの玄武は、なんにも教えてくれなかったけどね。初めて知ったよ」
 そう言って冬雪は、床の玄武をジト目で見る。
 それにしても、五人? 四聖獣なのに。
 「高次な存在である聖獣は、人間の女の体を通して力を発揮する。まあ、そのお陰で大蛇は、めでたく別次元に追いやられたわけだ。だけど、その戦いで特異な力を見せた巫女は、迫害された」
 「なんで……そんな?」
 冬雪は、思わず口に手をやり、驚愕の色を浮かべる。
 巫女達は、みんなを救ったはずなのに。
 「人間は……人並みはずれた存在を受け入れることが出来ないんですよ。昔からそうやって、多くの人が殺されてきました」
 秋綺の代わりに、三四郎が目を伏せながら答える。
 冬雪には、理解できない。
 なんで、手を取り合って生きてはいけないのだろう? 相手を大事に思う気持ちだけでは、駄目なのか?
 「結局、巫女は死んだ。そのことを特に嘆いたのは、中央を司る大地の聖獣。それかららしいぞ、そいつが二度と人間には手を貸さないようになったのは。話によると、あの世とこの世を行き来することも出来るらしいけどホントかね?」
 そう言いながら、秋綺はその涼しげな瞳を向ける。
 「さて、ここからが問題だ。これを見てくれ」
 そう言って、秋綺は机の上に黒いファイルを広げる。そこには、セピア色に変色した、新聞記事が。内容は「中学生少女 トイレで自殺」というもの。その顔写真を見た途端、冬雪はアッと声を上げる。
 「は、花子さん!!」
 間違いない。ある日突然少女になっていて、自殺した元少年の霊。その原因は、最後までわからずじまいだった。
 「こいつがなあ、珍しいニュースだったもんで、新聞に取り上げられたんだよ。ほら、ここの部分『女の子になる前日、紫の大蛇が夢に出てきたって』。これ、八岐大蛇のことだよ」
 「ということは、この少年が性転換したのは、アヤカシの仕業ってことですか? なんで、そんなことを……」
 「連中は、巫女を探してたんだよ」
 春花の疑問に、秋綺は間髪入れずに答える。
 「八岐大蛇は別世界に追放された。再びこちらの世に召還するには、媒体が必要だった。だけど、人間を救うのが目的の聖獣と違って、人間に理由もなしに危害を加えるアヤカシの味方をする馬鹿は中々いない。だから、クラスの中でも浮いた存在のこいつを性転換させて、心を闇に染めようとしたんだろ? だけど、利用する前に、さっさと自殺をした」
 冬雪は腕組みをし、頭に血を巡らす。
 紫の蛇……確か、春花が利用された時、その周りを取り巻いていたのも、そうだった。そういえば、花子の武器もダークメイデンの武器も、同じ鎌。じゃあ、やっぱりダークメイデンとアヤカシは、八岐大蛇を復活させようとしているのか。
 秋綺は、そこで、一息置く。
 「ところで、なんでアヤカシは性転換能力を持っていたと思う?」
 突然の質問に、冬雪は困惑する。
 そんなこと、考えもしなかった。春花と三四郎も、同じように頭をひねる。そんな三人を見かねてか、秋綺は口を開く。
 「これはあくまでも推測だけど、あいつらには終里の意思が入り込んでるんじゃないのか? つまり、強い願望」
 そこまで言われ、冬雪はハッとする。
 「あいつは恐らく、俺や碓氷と同じ」
 秋綺は目を一層鋭くし、言葉を続ける。
 「つまり……男だ」

 しばしの沈黙が、辺りに流れる。部屋には呼吸音だけが聞こえ、時折クラクションの音が遠くから聞こえてくる。

 「終里ちゃんが……男?」
 三四郎は、呆けた表情で呟く。
 信じられないのも無理はない。冬雪の目から見ても、違和感のようなものは全く感じなかった。
 「多分、それに関することで、アヤカシと手を結んでるんだろ? やつは、桃ノ木に噂をばらまかせる一方で、実際にアヤカシを出現させ、人々に認知させた。そうすることで、現実と虚構の境界を曖昧にしたんだ。そうすることで、大蛇を引っ張り出しやすい状況に持っていった」
 「終里さん、言ってましたね。もうすぐ、復活するって」
 サラサラとした髪を人差し指で玩び、秋綺は苛立たしげに答える。
 「ああ、阻止しなきゃいけない。だけど、場所がわからないんだよ……アヤカシのアジトが。一応、この町の北東辺りだってことは押さえたけど、どこだか」
 「旭小学校七不思議。十二時きっかしに校門をくぐると、黄泉の国に行ってしまう」
 突如呟く冬雪の声に、全員が顔を向ける。
 「旭小学校……確か、北東!」
 「冬雪君、すごいです! 僕だって、一つひとつの学校の七不思議なんて把握していないのに!」
 目を輝かせ、三四郎は感心する。
 知っていても、おかしくはない。そう、そこは、冬雪と夏月が通っていた学校。
 あの時の夢は、もしかしたらこういうことだったのかもしれない
 「それで、提案があるんだけど」
 冬雪は顔を上げ、作戦を説明する。
 「まず、敵の本拠地だから、アヤカシが待ち構えているはず。だから、防御が得意な僕と春花ちゃんがそいつらを抑える。その間、秋綺は終里さんを抑えつつ、隙があれば夏月を奪い返す」
 そこで冬雪は、そのすみれ色の瞳を三四郎に向ける。
 「そして、桃ノ木君は、終里さんを説得して」
 途端に、秋綺は目をむく。
 「お前……正気かよ? 桃ノ木連れてくのかよ。第一あれは、説得しても応じるタマじゃないぞ」
 それは、秋綺に言われるまでもない。終里の闇がなんなのかを冬雪は知らないが、相当深いということだけはわかる。
 でも。
 「助けたいんだ! どうしても、助けなきゃいけないんだ。僕だって、夏月や春花ちゃん、秋綺や玄武、ついでに桃ノ木君に出会わなかったら、そうなってたかもしれない。それに、もしかしたら、友達になれるかもしれないし」
 そう訴える冬雪を、秋綺は呆れた表情で見る。
 「お前、相当お人よしの上、肝据わってるな。坂田が人質にとられてるってのに。やっぱ、水の巫女はお前だよ」
 「え、図太いのと冷静なのは、違うんじゃ……」
 そう言って頬をかく冬雪に、春花は桜色の笑顔を向ける。
 「いえ、こんな時に自分を見失わないなんて、やっぱり冬雪君は水の巫女です。ますます、惚れ直しました!」
 両拳を握り締め、三四郎は言う。
 冬雪は思わずうつむき、顔を仄かに染める。
 「そ、そんなに誉められても……」
 自分はただ、やりたいようにやっているだけなのに。
 「じゃあ、俺からもわがまま一つ良いか? ダークメイデンを抑えるのは、俺じゃなくて碓氷を推薦する」
 突然の指名に、冬雪は目を白黒させる。
 なんで、自分が!?
 「俺が敵わなかったアヤカシを、お前は追い詰めた。確率なら、お前の方が高い」
 「う、うん……」
 そう言われても、今一自信がない。
 「じゃあ、十二時まで、体力蓄えておくか……ふわぁ」
 秋綺は、大きくアクビをする。思わず写真に撮りたいくらい、可愛い表情をしていた。
 「ですね! あ、三四郎さん。そこの右の部屋、お父さんとお母さんの部屋なので、そこのベッドを使ってください」
 そう言って指差す春花に、三四郎は歯を見せて笑う。
 「いやあ、どうせならみなさんと一緒のベッドで……」
 次の瞬間、三四郎は、三人の少女の冷線を食らう。そのどれもが、軽蔑に満ちている。
 「……は無理ですよね。おやすみなさい」
 そのまますごすごと、エロ眼鏡は退散する。
 「とりあえず、夏月とうちのお母さんに『一緒に泊まってる』って電話してから寝ようよ。もう、起きてる時間だし」
 「ですね。余計な心配かけちゃまずいですし」

 ベッドの上で身を寄せ合い、規則正しい寝息を立てている春花と秋綺。カーテンの隙間から差し込む、かすかな日の光が、少女達の白い肌を透かしている。
 その真ん中で冬雪は、壁に目をはせている。そこには、冬雪達メイデンズ四人の絵が。
 夏月は昔から絵が上手だった。その絵は、今まで見た中でも、一番の出来。表情の一つひとつが、生き生きとしている。
 そういえば、四人揃った時って、いつも戦う話の時だけ。このメンバーで遊んだことなんて、一度もない。
 そうだ、戦いが終わったら、一緒に遊ぼう。みんなで買い物に行ったり、海に行ったり、とにかくいっぱいいっぱい。女の子だけで、連れ立って遊ぶのも悪くないかな? なんて。

 チッ、チッ、チッと、時計の無機質な音が、規則正しくリズムを刻んでいる。
 それに合いの手を入れるように、雀が時折、チュチュッとよく通る声で鳴く。
 部屋には、薄暗闇が、静かな影を落としていた。

 それにしても、終里の言葉が気になる。
 「この女も、十分真っ黒だった」
 あれは一体、どういう意味だったのだろう?
 その時だった。突如秋綺が寝返りを打ち、その細腕で、冬雪を抱きしめる。
 ――ええっ!?
 「ん……んんっ……」
 秋綺は、その柔らかく、豊かな胸の双丘を、冬雪の胸に押し付ける。丁度、服がすれる度に、衝撃が体を駆け巡る。
 「駄目だってぇ、今は女同士なんだから……ふにゃ……」
 ――ど、どんな夢見てるの!? ひゃうっ!
 すぐ目前には、秋綺のまつげが長く、整った顔が。心臓の音が、次第に時計の音を上回っていく。
 「うふふふふふふ、夏月ちゃんも冬雪ちゃんも大胆ですねえ。秋綺ちゃん、私達も負けてはいられませんよぉ」
 そう言って、春花が反対側から腕を回してくる。
 ――は、春花ちゃんまでぇ!?
 二人の柔らかいく滑らかな肉体に、サンドィッチされる冬雪。日本中の男が、どれだけ羨むだろう。そんな冬雪自身も、今は女の子だが。
 二人の寝息が、交互に冬雪の耳に当たる。その度に、冬雪は身を震わせる。
 ――はぅう……ね、眠れないよお!!
 心の中で叫び、冬雪は目をギンギンと見開くのだった。



 終里が見ている世界は、いつも黒一色だった。
 光もなく、人もなく、来る者を拒まない闇。
 全てを包み込み、ひとりぼっちにしてくれる闇。

 性同一性障害、それが終里の病名。
 体は男。
 心は女。
 そんな彼女を、周りは「化け物」と呼んだ。
 友達も、先生も、親も、みんな終里から離れていく。

 ――なんで、「私」じゃなくて「ボク」でなきゃ駄目なの?
 ――なんで、可愛い服を着ちゃ駄目なの?
 ――なんで、女子トイレを使っちゃ駄目なの?
 ――なんで、男と女って分けるの?

 そうやって、終里は繰り返す。
 仲間にだけは温かい、光への憎しみを。
 ひとりぼっちの自分には冷たい、光への恨みを。
 仲間をバラバラに引き離す、闇への賛美を。
 ひとりぼっちだということを問題にしない、闇への慈しみを。


 「終里!」
 旭小学校への道を歩いていた終里の背中に、声変わり前の少年の声が響く。振り返ると、そこには同じクラスの「野々宮 始」が。童顔で、短めのスポーツ刈り。その小柄な体を、学ランが包んでいる
 「朝っぱらからなにやってんだよ? 学校、そっちじゃないだろが」
 ――いよいよ儀式が始まるというのに、余計なやつが現れた。
 始は、終里によくちょっかいをかけるので「グドン」の異名をとる。そんな彼を、終里は煙たがっていた。
 「別にいいでしょ? 終里がなにしようと、あんたには関係ない」
 ――本当に、こいつは自分のすることに一々うるさい。
 プイと背を向ける終里の肩を、突如始はつかむ。小さいながらも、骨ばった男の手。終里は、思わずドキッとする。
 「好きだ! お前のことが」
 肩の手を払い、終里は始を睨みつける。
 「なんの冗談? そんなのに付き合ってるほど、終里は暇じゃないよ」
 そう言って、終里は始の目を見る。睨みつけるような視線。思わず、見つめ続けてしまう。
 ハッとし、終里は慌てて顔を背ける。
 「そ、そんな顔しても駄目だよ! 終里なんか、終里なんか、いいところなんてひとつもないでしょ!」
 そう言って、終里は逃げるようにその場を去る。

 「ハァ……ハァ……」
 電信柱に背をつけ、終里は息を整える。ヒューヒューと喉をかすりながら通る息。激しい動悸は、未だ止まる気配がない
 あんなの、嘘に決まってる。そう、誰も自分のことなんて、大事に思わない。それに、愛なんていらない。あの女のように、縛られるなんてまっぴら。
 終里はその懐から、クシャクシャになった画用紙を取り出す。そこには、クレヨンで、幼い男の子と女の子が描かれている。男の子の周りは赤いクレヨンで塗りたくられ、女の子は大粒の涙を流している。
 それを見て、終里は口の端を歪める。
 「くすくす、お前が絵を破いたように、バラバラにしてあげる」
 ふっと顔を上げる終里。その瞳に光はなく、夜のように深い闇色をしている。
 「お前の仲間をね。キャハ、キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
 終里は目を見開き、狂ったように笑う。まるで、天までその声を届けるように、いつまでも。


 もう、光なんて求めない。
 自分を受け入れない温かさなんて、必要ない。
 全部、闇で塗りつぶし、グチャグチャにしてやる。
 綺麗なもの、美しいものを、全部、全部。



[次回予告]に変えて


 「きらめけ! ホーリーメイデンズ」

 作曲:きりか進ノ助さん&あずさちゃん
 作詞:流離太

 カラスが啼き喚く 夕暮れの道で
 息を殺すアヤカシ 僕らを狙う
 木火土金水 五つのチカラ
 心と心 絆で繋げ
 手を取り合い 立ち向かう
 暗闇を照らそう
 きらめけホーリー メイデンズ

次回「黄泉比良坂の戦い」!

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