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ホーリーメイデンズ
第七夜「ダーク・メイデン」

作:流離太



とある嵐の夜。
暗い部屋の窓を、魔物が叩いているかのように雨は強く降り注ぐ。
まるで亡者の唸り声のように聞こえる風。
「ケホッケホッ!!」
暗い部屋の中に響き渡る咳。
布団に包まっているのは、翠のパジャマを着た髪の長い少女。
近所の中学生に通う1年生「渡辺春花」だ。
彼女は風邪を引いて、今日は学校を休んでいた。
側にある洗面器の水は、もうすっかりぬるくなっている。
だけど、怖くて起き上がれない。
熱で震える春花に、闇が襲い掛かってくる気がする。
暗い。
寒い。
怖い。
――いつもそうだ。
隣に誰かいて欲しい時、誰もいない。
友達だってそうだ。
自分は、いつも相手のことを第一に考えるようにしている。
だけど、遠慮しすぎてしまう性格のせいで、みんな自分から去っていく。
みんな、自分を置いていく。
もしかして、自分に価値なんてないのかもしれない。
そうだ、こんななんのとりえもない人間なんかに。
赤くなった目に、涙を浮かべる春花。
「うっ……うぅっ……」
誰でもいい。
誰か……側にいて。
その時だった、部屋にチャイムが鳴り響いたのは。
ベッドのすぐ上にあるインターフォンを取る春花。
「はっるかあ!」
明るく響く、少女の声。
「坂田……さん?」
坂田夏月。
同じクラスの、学級委員長だ。
確か、学級委員長を引き受けるものが誰もいなかった時、率先して引き受けていた。
「うん。入れてよ、春花!」
こんな晩に、なんの用だろう?
ボーっとする頭に考えをめぐらせながら、春花は部屋の鍵を開ける。
ドアの向こうには、びしょぬれのポニーテール少女。
でも、その顔は太陽のように明るい。
「ごっめーん、遅くなって! ほら、あんた学校休んだでしょ? だから、ノート届けに来たんだけど……見事に誰もいないね。あんた、ご飯とか食べたの?」
ふるふると頭を振る春花。
「冷蔵庫に……オムライスが入っていたのですが、食欲がなくて」
「はぁ!? そんなもん入るわけないでしょ!」
そう言って、靴を脱いで家に上がる夏月。
途端に春花は狼狽する。
「え、い、一体なにを!?」
「あんたが食べられるもん作るの! 鍋とかはあそこの棚だよね?」 春花はこっくりとうなずく。
「よし、わかった! ほれ、病人はさっさと寝た寝た!」
追い立てられるように布団に入る春花。
間もなく、硝子の器とスプ―ンを持った夏月が入ってくる。
「はい、口を開けて! ア―ン!」
言われたように小さく開けた春花の口に、冷たい感触が伝わる。
甘酸っぱく、さらさらと口の中で溶ける摩り下ろしりんご……。
一口食べるごとに、体が浄化される気がする。
「ごめん、こんなものしか作れなかった……って、こんなもんじゃ作れたうちに入らないよね。ちょっと、家でおかゆ作ってくるね!」
そう言って去ろうとする夏月の手を、春花はつかむ。
「お願い……もうちょっとこうしてて」
ギュッとその手を握り締める春花。
――暖かい……まるでおひさまを浴びてるみたい。

生徒のざわめきが遠くから聞こえる。
薄暗く、湿った闇の牢獄に、自分だけが取り残されてしまったみたい……。
某中学校の女子トイレ。
三つ網にセーラー服といった格好の春花は、そこで追憶を止める。
そんな夏月が、大好きだった。
夏月に追いつきたい。
夏月の役に立ちたい。
そう思って、今までがんばってきた。
随分強くなったつもりでいた。
だけど……結局前と何も変わらない。
自分のことしか考えていなかったんだ。
夏月が三四郎のことを好きなことは、以前から聞いている。
照れくさそうにそのことを話す夏月を見て、正直驚いた。
今まで、いつも一緒にいる冬雪のことが好きだとばかり思っていたから。
長い間一緒にいたせいで、冬雪は夏月の一部になっているのかもしれない。
だからこそ、傷つけたくなかった。
夏月は冬雪の感情を知らなかったみたいだが、このことを知ったら冬雪は傷つく。
冬雪が傷つくということは、夏月が傷つくということ。
だから、もう少し時が経ってからこのことを教えようと考えていた。
「でもそれは、あなたのエゴ」
突如背中に聞こえる、透き通るような少女の声。
春花はハッとして振り返る。
そこには、春花と同じセーラー服に身を包んだ小柄な少女がいた。
二つ結びにされた髪と小動物みたいに丸い瞳。
一見すると、あどけない童女のよう。
だが、その不気味な雰囲気は、それとかけ離れている。
「碓氷先輩が女の子になって登校してきたよね? 可哀想に、やけになっちゃったんだね。これから、一生女の子として生きていくかもね。一生手にはいらない坂田先輩のことを頭に浮かべながら」
思わず後ずさりする春花。
しだいに荒くなっていく息。
視線がぬめるように絡みつく。
「卜部先輩殴っちゃったのも、自分のせいだと思ってたからでしょ? それを認めたくなくて、思わず……。くす、最低だね」
「やめてください……」
目を見開き、耳を押さえる春花。
動悸がますます激しくなってくる。
――見透かされている。
一体なんなんだ、この娘は?
口の端を、一層歪める少女。
それは、まるで三日月のよう。
「ほぅら、鏡を見てみなよ。映ってるのは誰? 臆病で、引っ込み思案で、ひとりぼっちのあなた。仮面を被ってごまかしても駄目。『誰にも嫌われたくない』。それがあなたの本音だわ」
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
もう自分は生まれ変わったんだ。
夏月と出会ったあの日に。
その怯えた瞳を、少女は覗き込む。
遠目からはわからなかった、深い……闇のような瞳。
「安心して、闇はあなたを受け入れてくれるよ。ずっとあなたが閉じこもっていた闇は」
途端、春花の懐から飛び出す蒼い蛇「青龍」。
「いかん! こいつの話を聞くな!!」
「口を出すな」
地の底から響くような声。
辺りを見回す青龍の体を、紫の鎖が縛り上げる。
「ぐぅっっ!!」
ギリギリと歯軋りする青龍。
その横で、百合の花弁のように白い春花の手をつかむ少女。
「さあ、一緒に行こう。あなたと私は同じ、虐げられた存在。一緒に……」
再び口の端を少女は歪める。
「なにもかも壊しちゃおうよ。嫌なもの、見たくないものを、全部、全部」
そう言って、なにかを目の前に振りかざす少女。
それは、ひらひらと舞う橙色の紙がついた、藍色の棒……。

がやがやと騒がしい、朝の教室。
話題は、昨日の運動会に現れた謎の少女2人のこと。
「あれ、絶対人間じゃないよね!」
「うんうん、それに戦ってたやつも!」
「なんかのショー?」
――まいったなあ。
教室の真ん中辺りの席で、1人の少女が冷や汗を流している。
背中まであるふわりとした黒髪、頭に結ばれた桃色のリボン。
縁なし眼鏡の奥にある、海のように深いすみれ色の瞳。
さくらんぼのように瑞々しい唇。
みぞれのように白く、透明感のある肌。
紺地のスカートから伸びるソックスに包まれた脚は、華奢ですぐに折れてしまいそう。
このクラスの生徒「碓氷冬雪」だ。
「確かにやばいよねぇ、ホーリーメイデンズのことばれるの。あんな恥ずかしい格好してること、家族にばれたら……」
そう言って、ひそひそと話しかける夏月。
パッチリとした琥珀色の目を向ける夏月から、冬雪は視線をそらして答える。
「う……うん」
――なにをやっているんだ、僕は。
もう、逃げないって決めたのに。

一人称が僕……。
冬雪はつい最近まで、普通の男子中学生だった。
冬雪に夏月、さらに「卜部秋綺」と先程の春花を加えた4人が「ホーリーメイデンズ」である。
ホーリーメイデンズは、四神をその身に降ろす巫女であり、女にしかできない仕事。
したがって、本来男である冬雪や秋綺の体は戦闘時に女性化する。
だが、2人ともそれぞれの事情で、日常生活でも女の子の姿をしていた。

「ちょっとお、なんかあったの? 春花もなんか変だったし」
ぷくっと頬を膨らませる夏月。
「え、私がどうかしたんですか?」
背後からにこやかな笑顔を出す春花。
「あれ、元気そうじゃん? なんか、朝から元気なかったのに……」
「そうですかねえ? きっと低血圧だからですよ!」
「ああ、あんた朝弱いしね! 夜更かしでもしたの? 深夜番組?」
「ええ、帰りが遅いので、すごいの見ちゃいました! うふふふふふふふふ……」
「あんた、キャラ崩れてきてない!?」
楽しそうにはしゃぎあう、夏月と春花。
いつも通りの日常。
まるで、昨日のことが嘘みたいに思えてくる。
でも、なんだろう。
いつも通り過ぎることに感じる、この違和感は。
そのように考えを巡らせていた時、ひげ面の担任教師が教室に入ってきた。
「起立」
委員長である春花の号令により、一斉に立ち上がる生徒達。
そのまま頭を下げると、着席する。
「え〜、みんなも昨日から知っていると思うが、碓氷がまた女の子になった。先生達で話し合った結果、今日から碓氷を女子として扱うことにする。みんな、身の回りの世話とか色々助けてやってくれ。碓氷、いつ戻るかわからないが、がんばれよ」
「は……はい」
うつむき、蚊の鳴くような声で返事をする冬雪。
「じゃあ出席を取るぞ。有森」
途端、冬雪の耳にひそひそとささやかれる生徒達の声が聞こえてくる。
担任教師は、出席に夢中で気がつかないらしい。
「また女の子にだって……」
「じゃあ、体育の時とかプールの時とかも? きもっ」
「それにしても本当なのかなあ? 案外女装だったりして」
「ひんむいて調べちゃう?」
「くすくす」
思わず、スカートを膝の上で握り締める冬雪。
やっぱり、自分は異質なんだ。
考えてみれば無理もない。
男がこんな格好しているなんて、確かに気持ち悪い。
これから先、仲間はずれにされることが何度もあるかもしれない。
そう思うと、1度決めたはずの決心が、ぐらぐらと揺れ始める。
その時、突如教室に響き渡る、机を叩く音。
気がつくと、夏月が立ち上がっていた。
こそこそ話をしていた連中をキッと睨みつけ、烈火のような勢いでまくし立てる。
「いい加減にしなよあんたらっ!! こいつが女になってどんな思いしてるかわかるの?」
困ったような笑顔で、冬雪はそれをなだめる。
夏月の気持ちは嬉しいが、また頼るわけにはいかない。
「い、いいよ夏月。僕は大丈夫だから。ね?」
「いいわけないでしょ!! 大体ね、そんな邪な感情抱くほど、冬雪は肝据わってないわよ!」
「いや、本当にいいから。もう何も言わないで」
正直、フォローになっているのかなんなのかわからない。
夏月はしぶしぶと席に座る。
なんとなく、気持ちがすっきりした気がする。
結局、夏月に助けられてしまったということか。
……そうだ、こんなことに負けていては強くなんてなれない。
この状況に、夏月の助けを借りず、耐え抜こう。
やっぱり、自分のやろうとしていたことは間違っていなかったんだ。
冬雪は華奢な拳を握り締め、新たな決意を固めるのだった。

その頃、秋綺の家。
そこは、建設何十年というボロアパート。
階段の手すりはところどころ剥げ、木目の扉は傷だらけ。
その一室に、布団にくるまっているショートカットの少女がいた。
秋綺だ。
天井をその黒真珠のような瞳でじっと見つめる秋綺。
思わず、溜息が出る。
「おーい、いつまで寝てるんだ? この不良少女」
奥から聞こえる、軽そうな男の声。
よれよれのコートを着て、ボサボサ頭をした三十代くらいの男。
父親の親友で、新聞記者の「山川夏夫」。
両親は東京にいるので、今は彼との二人暮らしだ。
「今更だな、もう1時間目始まってるのに」
けだるそうな声で言う秋綺。
「あれ? そうだったっけなあ。いや、学校はほとんどさぼってたからさ」
「不良はあんただよ」
「それより飯作ってくれよ! 腹ペコで死にそう」
「俺が来る前は三食駄菓子だったくせに……」
ぶつぶつ文句を言いながらも布団から出て、朝食の支度を始める秋綺。
白いエプロンをつけ、身長の半分くらいしかない冷蔵庫から鶯色のだしを取り出す。
ちゃぶ台に座りながら、それをにやけ面で見る山川。
「いやあ、あんなに小さかった秋綺ちゃんがこんなに成長しちゃって。白いシャツから透けるブラジャーもまたいいね」
「見るんじゃねえ!!」
陶磁器のように白い肌を紅潮させ、怒鳴る秋綺。
「おお、怖い! その調子なら学校に行けそうなんじゃない?」
ちゃぶ台を黄ばんだ布巾で拭きながら、おどけた口調で言う山川。
「うるせえよ。男にはな、事情っていうもんがあるんだよ」
「なぁにが男だよ! お前のことだから、また言い過ぎでもしたんだろ」
ピクッと、秋綺の味噌汁を作る手が止まる。
「俺の予想だと、例の冬雪君って子だろ? 原因は、幼馴染の夏月ちゃんがらみ。冬雪君が振られてめそめそ泣いているところを、お前が『女々しい』とか言ったんだろ?」
ほぼ正解。
思わずきつめな目を見開き、振り返る秋綺。
「あんた……まさかあの場所にいたんじゃないだろうな?」
「うんや。お前の性格と勘を織り交ぜた。ノストラ山川ダッムスと呼んでくれ!」
「ああ、インチキくさいあんたにぴったり」
そう言って、背を向ける秋綺。
同じように背を向け、山川は新聞を広げる。
ふと、秋綺は聞いてみたくなった。
――あの時、山川ならどうしただろう?
「なあ、あんたなら……親父がそういう状態だったら、なんて言った?」
「お前と同じこと言うだろうよ」
間髪いれずに言う山川。
「迷いが全然ないな、うらやましいよ」
新聞をとじ、山川は秋綺に目を向ける。
「だから言ったろ? お前はガキなんだっつーの! そんなことでぐだぐだ悩んでるんじゃねえよ。自分が正しいと思うことなら、スパッと言えばいいだろ。それが駄目だって言うなら、んな連中と付き合いやめちまえ。つーかよ、お前がここで休んだら、相手が気にしてるかどうかもわからないだろ。ほら、さっさと学校行けや!」
「え、飯は?」
「そんなもん、駄菓子で済ますから! ほら、着替えた着替えた」
そう言って、天井にかけてあるセーラー服を手渡す山川。
その強引な態度に、秋綺は思わず口の端をふっと歪める。
――やっぱ敵わない、この人には。
男だとか女だとか、山川の前では関係ない。
前は、山川さえいればよかったのに……。
――なんでこんなに気にするんだよ……俺。
そう思いながら、部屋の奥で、短パンに手をかける秋綺。
その時、背中に視線を感じる。
ふと振り向くと、そこには8mカメラを持った山川が。
「いや、実家の方にお前の元気な姿を送ろうと思ってさ」
目を見開く秋綺。
その目は、完全に瞳孔が開いている。
「ハッピ―命日、トゥ―ユ―……」
一歩一歩と秋綺は近づく。
作り笑いを浮かべ、山川は後ずさりする。
「いやいやいや、冗談だから冗談。いや、本当にそんなつもりじゃなくて。フィルムだって入ってな……いや、入ってたけど違うんだ。違っっ!!」
数秒後、辺りに男の悲鳴が響き渡ったと、付近の住人は語る……。

「あの……春花さん。ちょっと、いいかな?」
昼休み。
夏月がトイレに行ったのを見計らい、冬雪は春花に話しかける。
「なんですか?」
一点の曇りもない、青空のような笑みを向ける春花。
「昨日は……ごめんなさい。僕、女の子になってるけど、やけになったわけじゃないから。強くなりたいんだ、心も体も。夏月が振り向くくらい……」
そんな冬雪の滑らかな肩を、春花はポンと叩く。
「そうだったんですか! 安心しました。そうとわかれば、早速アタック開始ですね!」
「え……今から?」
思わず苦笑する冬雪。
――さすがに、それは早い気がする。
この段階では、三四郎どころか、他の男子にも敵わない。
「ん〜、確かにもっとレベルを上げてからの方がよさそうですね。じゃあ、まずはあの2人の仲がどこまでいったかを聞きますか?」
「発展って……夏月は昨日告白したばかりだよ?」
チッチッチ、と指を振る春花。
「甘いですね。もしかしたら、あの後即キスしたかも」
あの2人がキス……思わず思い浮かべる冬雪。

雨音だけが響き渡る会議室。
辺りは薄暗く、乱雑にパイプ椅子が散らばっている。
そこにいるのは、眼鏡をかけた長身の少年「桃ノ木三四郎」と夏月。
はにかんだように、2人は微笑み合う。
行為の邪魔にならないよう眼鏡をはずし、見つめあう瞳と瞳。
三四郎の肩に夏月のしなやかな腕が回される。
そして、そのまま唇を……。

ボンッ、と冬雪の中で何かが弾ける。
そのまま、まるで夕陽を浴びたかのように顔を紅潮させる冬雪。
「はわわ! し、舌まで!? だ、駄目ぇっ!!」
わたわたと手をバタつかせる冬雪。
その光景を、にこやかな表情で見つめる春花。
「うふふ! 想像力がたくましいですね。まあ、三四郎さんと会うなら放課後の方がいいでしょうね。プライベートだと口割りやすいですし。では放課後、三四郎さんと会うことに決定」
あっという間に話をまとめる春花。
さすが委員長だけあって、仕切るのに慣れている。
「ありがとう、春花さん。じゃあ、早速行ってくるよ。あ、夏月には内緒にしてね」
「ええ、わかっていますよ! ご健闘をお祈りします」
お互いに微笑みあう2人。
冬雪は、そのまま三四郎のいる体育館へと走っていく。
「がんばってくださいね。あなたにかかっているのですから……」
春花の小さな呟きは、今の冬雪には聞こえなかった。

体育館からは、キュッキュッとスニ―カ―を床にこすりつける音が聞こえる。
木製の大きなドアも、前より重く感じる。
「んしょっ!」
ドアが開くと、そこには学ラン姿の男子生徒たちが。
くすんだチョコレート色のボールを地面に叩きつける少年。
高く両手を上げ、それに立ちはだかる人林。
次の瞬間、少年の手から放たれる一陣の風。
風が林を貫けた時、ボールは床の上を弾んでいた。
「はい、また僕の勝ち!」
得意そうに言う三四郎。
そのままボールをしまい、教室に帰ろうとする。
「あ……あの!!」
冬雪の声により、三四郎はこちらに目を向ける。
「あ、ああ。碓氷君じゃないですか。どうしたんです?」
頭を掻き、目をそらす三四郎。
多分、冬雪と夏月のことを考え、気まずいのだろう。
あまり話したことはないが、わかりやすい人だと認識する冬雪。
その時、三四郎の背後から顔を出す、背の低いやんちゃそうな少年。
バスケ部一年生の「野々宮 始」だ。
「あれ、先輩の彼女ってこの人でしたっけ?」
途端に冬雪は真っ赤になり、ぶんぶんと首を振る。
その横で、笑いながら言う三四郎。
「誤解しないでください、僕には彼女なんていませんよ」
「え―、こんなに可愛いのに唾ひとつつけてないんですか?」
「そういう発想だからあんたはもてないのよ」
背後でボソッと呟く、ツインテールの少女「源 終里」。
「うるせえ!!」
そのやり取りを尻目に、冬雪は本来の条件を話す。
「実は、今日話したいことがあるんだけど……いいかな?」
「え、ここじゃまずいんですか?」
「まあ、たぶんここじゃ桃ノ木君が困ることかなあ……なんて」
そう言って、三四郎と同じ仕草をする冬雪。
「わかりました。じゃあ、今日は部活があるので、5時にたこ公園なんていかがです?」
「あはは、じゃあそういうことで」
冬雪は、そそくさとその場を立ち去る。
その額は、いつの間にか汗びっしょり。
「あ―、緊張した」
まさか彼女に間違えられるとは。
しかも、可愛いとか言われてしまった。
ふと、踊り場の鏡を見る冬雪。
口の端を上げると、鏡の少女もにっこり微笑む。
「……なにやってるんだろう、僕」
少し自己嫌悪に陥り、その場を立ち去る冬雪だった。


「ただいま〜」
学校が終わり、自宅に帰る冬雪。
三四郎とは、5時にたこ公園で会う約束をしている。
今は4時15分。
目的地はここから近く、およそ10分くらい。
まだ35分くらい時間がある。
とりあえず、おやつでも食べて時間を潰そう。
そう考え、自室に荷物を下ろしたその時。
シャーコ、シャーコ、と隣の部屋から妙な音が響いていることに気づいた。
ふっと障子に目を移すと、包丁を持った影が映っている。
「安達が原っっ!?」
思わず大きく飛びのく冬雪。
「いや〜ね、誰が餅と一緒に食べられた婆よ」
それは三枚のお札。
ともかく、隣室から顔を出したのは、冬雪によく似た顔つきをした二十代くらいの女性。
冬雪の母親「碓氷深雪」だ。
思わず呆然と立ち尽くす冬雪。
「……なんでそんなところで包丁磨いでるの?」
「いや、なんとなく雰囲気的に」
どういう雰囲気?
「そういえば聞いたわよ! 今日お出かけするんだってね!」
目をキラキラと輝かせ、上機嫌になる深雪。
なんで深雪が知っているのだろう?
「まあ……一応」
柔らかな頬をかきながら、しぶしぶ返事をする冬雪。
途端に、一層輝きを増す深雪の瞳。
「やったあ! あのね、あのね、冬雪のために私、張り切ってたくさん買い物しちゃったんだ!」
水色のスカートをひらめかせ、踊るように自室のクローゼットを開ける深雪。
そこには、丁度中学生が着るくらいの服がおよそ十着入っていた。
どれも、見るからに女物の服。
ポカーンと口を開け放つ冬雪。
「これ……ひょっとして全部僕の?」
「そう! いや〜、もうちょっと欲しかったんだけどさすがに冬太さんの安月給じゃあ……んじゃあまずはこれで」
ひょい、と一着つまみあげる深雪。
次の瞬間、冬雪は背中を向けて逃げ出そうとする。
その目の前に、まるでダーツのように突き刺さる包丁。
「はうあっ!?」
急いで立ち止まったため、冬雪は大きくしりもちをつく。
ふわっとスカートが舞い上がり、一瞬水色のショーツが見える。
「逃がさないわよ〜、観念して可愛くなっちゃいなさい」
満面の笑みを浮かべ、じりじりと迫っていく深雪。
その華奢な体をカタカタと震わす冬雪。
体の芯が凍り付いてしまったように寒い。
「待って! 話せばわかるって!!」
「問答無用!!」
冬雪はそのまま、奥の部屋にずりずりと引き込まれていった……。

軽快に鳴り響く、碓氷家のチャイム。
戸を開けると、そこには春花が。
「え―と、確か春花ちゃんだったよね?」
「はい! この前は、お世話になりました」
「あはは! 逆でしょ逆! あ、冬雪準備できたわよ」
そう言って、家の中にいる冬雪を引っ張り出す深雪。
そこには、碓氷冬雪という少年は存在していなかった。
眼鏡をかけておらず、そのみぞれ色の頬は熟した果実のように紅潮している。
膝まである蒼いワンピースの上には、淡い空色をしたフェルト地のカーディガン。
アイボリーホワイトのサラサラとしたタイツに覆われたしなやかな脚を包むバンドつき黒革靴。
「うわぁ……まるで本物の女の子みたいです」
感嘆の声を上げる春花。
正直、あまり見ないで欲しい。
思わずうつむき、もじもじと手を擦り合わせる冬雪。
「おっと、最後の仕上げを忘れちゃいけないわね」
そう言って、冬雪を手招きする深雪。
深雪は急いでポケットから色つきリップを取り出し、冬雪の唇に塗る。
冷たく、しっとりとしたものが唇を這う。
今まで経験したことのない感覚に、酔いしれそうになる冬雪。
その耳元で、深雪はそっとささやく。
「あの春花って子には気をつけなさい」
いつもの深雪からは想像できない、鋭い声。
冬雪は思わず現実に引き戻される。
ふっと深雪の顔を見る冬雪。
そこには、いつもの深雪の顔。
「ほい完成! じゃあ、元気よくデートに励みなさい」
「違うよ、母さん」
苦笑する冬雪。
今のは一体……。

黄昏色の空の下、たこ公園はすっかり茜色に染まっている。
人影はなく、辺りにはカラスの羽音と鳴き声だけが響き渡っている。
ところどころはげている、さびたジャングルジム。
かすかな風が揺らしているブランコ。
公園をぐるりと囲む木々は、その黒い葉をざわざわと揺らす。
それら全てに、深い陰影が刻み込まれている。
その中心に、1人の少年がもたれかかっている。
三四郎だ。
先程から、細い手首に巻かれた腕時計と公園の入り口をちらちらと見比べている。
オレンジのポロシャツに藍色のズボンという格好をした、三四郎。
「おまたせしました〜!」
そう言って、手を振りながら走ってくるセーラー服の春花。
その後ろには、見慣れない少女がいる。
答えはひとつしかない……冬雪だ。
「今日は……眼鏡していないんですね」
「う、うん。お母さんがはずせって」
「そっちの方がいいと思いますよ、その……かわいくて」
言った途端、顔を赤らめてぷいと顔を背ける三四郎。
――キザったらしい。
まさか、自分がこのような歯の浮く台詞を言うとは。
「それじゃあ2人とも、あとはがんばってくださいね」
そう言って、春花は手を振って去る。
辺りは途端に、先ほどの静寂に戻る。
「そういえばこの公園、生首少女とかマッドガッサーが出るって噂でしたよね。まあ、もう誰も覚えていませんけど」
――情けない。
口を開ければ都市伝説の話題ばかり。
とりあえず、場所を移そう。
「それじゃあ、ラーメンでも食べに行きますか?」
「あ、じゃあオヤジの味にしようよ。あそこのラーメンおいしいから」
「では、そこで話をしましょう」
そうして、2人は連れ立って歩いていった。

その頃、夏月の家。
オレンジのパーカーに、赤いチェックのミニスカートを履いた夏月は、1人絵を描いていた。
だけど、一向にはかどらない。
――冬雪と春花、仲良かったな。
昨日からだ、2人の態度がなんとなくよそよそしくなったのは。
秋綺も遅刻してきたし、一体何があったのか、全く見当もつかない。
こんなこと、今までなかったのに……。
その時だった。
「夏月ぃっ! 春花ちゃんから電話!」
階段下から聞こえる、母の怒鳴り声。
鉛筆を置き、階下まで駆け下りる。
「あーもしもし、どうしたの春花?」
黒電話の受話器に向かって話しかける夏月。
「夏月ちゃん。今日、見せたい物があるんだけどいいかな?」
「見せたい物ぉ?」
一体なんだろう?
「それじゃあ、これからたこ公園に来てください。話はそれからで」
そこで、電話は切れる。
腕のひまわり時計を見る夏月。
時間は5時を少し過ぎたところ。
――もしかしたら、あの2人がおかしかった理由がわかるかもしれない。
そう思った夏月は、スニーカーを足に引っ掛け、家を出て行った。

「へい、おまちぃ!」
威勢よく叫び、ラーメンを運ぶ割烹着姿のおばさん。
丁度向かい合う形で座った2人のテーブルに、そのままが置かれる。
食べてくれといわんばかりに、香りのいい湯気を立ち上らせるラーメン。
三四郎の方は、旭川名物醤油。
冬雪の方は、その倍以上もあるどんぶりに入った道産子パワーラーメン。
「きたきたぁ!」
心をわくわくと躍らせ、うっとりとすみれ色の目を細める冬雪。
それを三四郎は、訝しげな目で見る。
「6人前を30分ですよ? 冬雪君、大丈夫ですか?」
「一回やってみたくて。大丈夫、食べられなかった時は僕が5千円払うから」
「そういう問題じゃなくて、体のほうですよ」
三四郎がそう言った時には、冬雪はもう箸を恐るべきスピードで動かしている。
三四郎が気づいた時には、すでに冬雪のどんぶりは空となっていた。
「ごちそーさまあ!」
両手を合わせ、満足そうに微笑む冬雪。
その時間、15分。
目標時間の半分である。
恍惚の表情を浮かべ、冬雪はお腹をさする。
「ふー、なんか女の子の体で食べるのも慣れちゃった。本当は、まだ入るんだけど」
「野槌ですか、君は……。そういえば、なんか話があったのではないですか?」
ハッとする冬雪。
そうだ、ラーメンに舌鼓を打っている場合ではない。
冬雪は三四郎の顔をじっと見つめる。
実直そうな太い眉、眼鏡の奥のまっすぐな黒目、そして通った鼻筋。
同世代の男友達の顔を、ここまで至近距離で見たことがないから、少し緊張する。
考えてみれば、これまで男友達などいなかった気がする。
つくづく自分は、健全な中学生男子ではないということを思い知らされる。
「あの……それじゃあ僕から話してもいいですか? 丁度話したいことがありましたし」
そう言って、まっすぐ冬雪の瞳を見据える三四郎。
話?
夏月絡みのことだろうか。
「よければ……僕と付き合っていただけませんか?」
一瞬、全ての時が止まった。
口をポカーンと開け放ち、呆然とする冬雪。
今、なんて……。
「いや、その、なんていうか……君って男と思えないくらい女の子らしいっていうか。だけど、女の子としての嫌なところは感じませんし。いや、それに初々しいところがなんとも。本当は男だけど、その……」
頭を掻いていたかと思うと、突如立ち上がる三四郎。
「すみません!! ちょ、ちょっとトイレに行ってきます!!」
ドタドタと慌しく走り、三四郎は急いでトイレに駆け込む。
あとに残された冬雪は、わずかな膨らみのある胸を押さえ、高まる鼓動を抑えようとしていた。
これは全く予想していなかった不意打ち。
春花のような冗談?
いや、三四郎のまっすぐな性格と先程の行動から考えて、それはない。
そうか、運動会の時に自分と夏月が付き合っているかどうか聞いたのは、
夏月じゃなくて自分のことを聞きたかったんだ、と納得する冬雪。
それにしても、同性から告白されるとは。
正直、複雑な気持ち。
なんというか、まんざらでもない気分だ。
――って、僕はホモか。
とにかく、もう一杯ラーメンを食べて気分を落ち着かせよう。
「すみません、道産子パワーラーメン追加」
「あいよ!」
――そういえば、夏月はどうしたのだろう?
ふと思い立つ冬雪。
そうだ、三四郎は自分のことが好き。
ということは、あの時夏月は……。
ふっと何気なく窓の方を見て、冬雪は思わず叫びそうになる。
そこには、呆けた表情をしている、オレンジノパーカーにチェックのスカートを履いた少女が立ち尽くしていた。
――夏月。
冬雪が思わず立ち上がった瞬間、夏月はそこから逃げ出すように走り出す。
慌てて後を追おうとする冬雪。
「ちょっと、お譲ちゃん! ラーメンどうするの!?」
「すみません、一緒にいた眼鏡の人にお願いします!」
そう言うが早いか、冬雪はあっという間に店を出て行った。

必死に夏月を追いかける冬雪。
なんで、夏月がこんなところに。
なんで。
なんで。
その腕を、突如ガッチリと掴まれる冬雪。
誰かわからないが、追いかけなきゃ。
必死に振りほどこうとするが、引っかかったように動かない。
段々と遠くなっていく夏月の背中。
それは小さな点となり、夕闇の中に消えていく。
「もう無駄です。諦めた方がいいんじゃないですか?」
聞き覚えのある声。
冬雪は声の主を見る。
たこ公園の入り口で、微笑む少女――春花。
夕闇が、その表情に不気味な陰影を掘り込んでいる。
呆けた表情をする冬雪。
もしかして。
もしかして。
「ええ、夏月ちゃんを連れて行ったのは私です。びっくりしましたか?」
ガラガラとなにかが崩れ落ちていく気がした。
いつもと変わらない表情。
その口から出た言葉とは思えない。
「なんで……こんなことを……」
「あなたが憎いからです」
サラリと言い放ち、冬雪の目の前に顔をやる春花。
その柔らかそうな頬に、春花は手を伸ばす。
思わずドキッとし、体が痺れたように動かなくなる冬雪。
「いつもそう。夏月ちゃんにとっての1番はあなた。私になったことなんて、一度もない」
「夏月は……三四郎さんのことが好きだったんじゃあ」
「そうですよ、男としてはね。だけど、夏月ちゃんの1番近くにいたのは紛れもなくあなたです。だから……夏月ちゃん、ものすごくショック受けたんじゃないかな。あなたのせいで」
止まらない心臓の鼓動。
まさか、春花がそんなことを考えていたとは。
再びにっこり微笑む春花。
「大嫌いです。私に振り向いてくれない夏月ちゃんも、それを奪う冬雪君も。みんな、みんな……。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
見開かれる春花の瞳。
それは、鬼灯のように紅い、縦線の入った目。
「惑わされてるんじゃねえよ。そいつは渡辺じゃねえ」
背後から響く、凛とした声。
そこには、山吹の巫女服に身を包んだ秋綺が。
「秋綺!!」
思わず叫ぶ冬雪。
春花は間合いを取り、笑みを崩さずに口を開く。
「あら、正真正銘の春花ですよ。あなただって、私と同じじゃないですか。口の悪さで、いっつも1人」
「うるせえよ。俺は好きで1人なんだよ。それより、操ってるやつ出てこい」
途端に、ざわざわと鳴る木々。
「くすくす……操ってなんかいないわよ。それは渡辺先輩の意思よ」
そう言って、ザッと木の上から降りてくる少女。
二つ結びにした髪、耳元までを覆うゴーグル、袖の広い着物は烏羽のように漆黒。
京紫をしたミニスカート状の袴、黒いストッキングに包まれた足を覆う紫のブーツ。
白い手袋を履いた手には、夕闇のような藍色をしたオーヌサステッキが握られている。
「お前……誰だ?」
少女は、血のように紅い口の端を、三日月のように歪める。
「くすくす。私は大いなる魔獣の巫女にして、アヤカシを統べる者。そうね、あなた達にちなんで『ダークメイデン』とでも名乗っておくわ」
「ダーク……メイデン」
少女の言葉を復唱する冬雪。
その横で、不敵な笑みを浮かべる秋綺。
「やっぱり、誰かが陰で操ってたんだな。おかしいと思ってたんだよ、全員に性転換能力があるからな。もしかして、お前」
次の瞬間、秋綺に襲いかかる紫の大蛇。
「雷槍!」
バチバチとほとばしる紫電は、大蛇をあっという間に打ち落とす。
うたかたのように弾ける大蛇。
蛇は、春花を覆う紫焔から次々と放たれる。
「碓氷、勝って渡辺を取り返すぞ」
こっくりと、無言でうなずく冬雪。
――そうだ、あれが春花の本音だろうとなんだろうと関係ない。
闇から救ってあげなければ。
冬雪は碧いステッキを構え、意識を集中させる。
途端に、海のように蒼い光で満たされる冬雪の体。
すみれ色の瞳を覆うゴーグル。
その白樺の小枝のように白く、細い手には、白い手袋がはめられる。
カーディガンは浅葱色の着物に変化していき、袖が広がっていく。
空色のワンピースは上半身部分が消え、蒼いミニスカート状の袴となる。
ストッキングの色はさらに純白となり、まるで雪のような透明感を増す。
最後に袴と同色のブーツが足に現れ、変身は完了した。
「お前は渡辺を引き付けておいてくれ。その間に俺は、ダークメイデンを潰す。
「うん!!」
2人を喰らい尽くさんと、眼前まで迫る大蛇。
左右に分かれ、それを回避する2人。
大蛇は一斉に地面に突っ込み、粉塵が霧のように舞う。
「春花さん!!」
その細い手首をつかむ冬雪。
焔はその手を、じりじりと焼き尽くそうとする。
「うふふふ、辛いでしょう? いい加減、私を攻撃してはいかがですか?」
ぶすぶすと煙が上がる。
苦痛に、歯をギリギリと食いしばる冬雪。
――熱い。
――こんな手袋なんてすぐに焼けちゃう。
――骨になっちゃうかもしれない。
――手の感覚がなくなってくる。
――だけど、放すもんか。
「放すもんかああああああああああっっ!!」
瞬間、水のドームが2人を覆う。
碧く、透き通った水は、闇の焔をすっぽり包み込む。
呆然とした表情の春花。
その小さな手を、冬雪はギュッと握り締める。
「……知らなかった、春花さんがそんなこと考えてたなんて。だけど、僕だってそうだよ!! 春花さんの気持ち、わかるよ!!」
ギン、と冬雪を睨みつける春花。
「わかるわけない!! いっつも夏月ちゃんに守られてる、あんたなんかに!!」
ますます強まる焔。
それは、冬雪の全身を焼き尽くそうとする。
体中、鋭い痛みが走る。
目に浮かぶ涙さえ、ジュッと蒸発する。
「辛いなら、逃げれば? 私なんて放っておいてさ。どうせ、私なんて……誰も大事に思ってないんだから」
ハッと目を開く冬雪。
春花は苦しんでる。
闇の中で、ずっとずっと。
逃げたら今までと同じ。
逃げちゃ駄目だ。
――勇気を出せ、碓氷冬雪。
「大事に思っていないわけない!! 夏月だって、僕だって、春花さんが大事だよ!! 僕に技を教えてくれたのも、春花さんじゃないか!! 春花さんはどう思ってるかわからない。けど、僕にとって、春花さんや秋綺は夏月以外に初めてできた友達なんだ!!」
まっすぐ春花の瞳を見つめる冬雪。
真紅の瞳は、みるみる翠の輝きを取り戻していく。
「僕は、夏月のように春花さんを支えることは出来ないかもしれない。だけど……春花さんが好きな気持ちは変わらないよ」
小さく口を開く春花。
「本当に……いいんですか。一緒にいても? こんな私でも」
「もったいないくらいだよ、僕にそんな言葉。春花さんがいいなら、一緒にいよう。ね?」
両手で顔を覆い、膝を地面につける春花。
「うっ……うぅっ! ひっく……ごめんなさい。嫌いなんて嘘です。大好きなんですよ! みんなみんな大好きなんですよ!」
そっと春花に近寄り、冬雪はその震える体を優しく抱きしめる。
今まで夏月が、怖い時、辛い時、悲しい時は必ずそうしてくれたように。
暖かく、そして柔らかい春花の感触が伝わってくる。
闇の焔は、もうすっかり消えていた。

「ふん、あいつの方が先に片付けたか。もう、誰もあいつに敵わないかもな」
満足げに微笑む秋綺。
その向かい側で、苦虫を噛み潰したかのような表情をするダークメイデン。
「どうした? 可愛い顔が台無しだぞ」
「……うるさい!! 地断刃!!」
「雷槍二式『轟雷戟』!!」
火花を散らしてぶつかり合う、大鎌と槍。
ダークメイデンは素早く間合いを取り、木の上に飛び上がる。
「くす、今日はこの辺にしてあげる。だけど、闇はどんな人の心にも潜むんだからね。くすくすくす、キャハハハハハハハハハハハ……」
甲高い笑い声を残し、ダークメイデンは溶けるように消えた。
「ったく、当たり前のこと言ってるんじゃねえよ」
秋綺は毒づきながら、舌打ちをした。

「2人とも、本当にごめんなさい」
戦いが終わった公園。
その場所で、春花は深々と頭を下げる。
「あはは、いいよ春花さん」
「そうそう。その……俺も言い過ぎたし」
照れくさそうに頬をかく秋綺。
夕日に染まった顔を上げ、笑みを浮かべる春花。
どうやら、完全に立ち直ったみたいだ。
ふと、その視線を冬雪に向ける秋綺。
「お前、今日は男らしかったな。素直に見直した」
「関係ないよ、男とか女とか。僕は自分のやりたいようにやっただけだから」
「男も女も関係ない……」
冬雪の言葉を反復する秋綺。
その一言で、馬鹿馬鹿しくなってくる。 男とか女にこだわっていた自分が。
ポンと、冬雪の肩を叩く秋綺。
「お前すげぇよ」
「ほえ?」
キョトンとする冬雪。
その手を春花がにこやかに握る。
「じゃあ、手をつないで帰りましょうか?」
「そうだね、歌でも歌いながら。んじゃあ、秋綺も一緒に」
「俺も!?」

賑やかな3人。
その後方で、一人の少女が足をぶらつかせる。
終里だ。
「男も女も関係ない? そんなの……あるわけないでしょ」
そう言って、その小さな拳を握り締める終里。
皮が破れ、うっすらと血がにじんでいる。

「ゆ〜やけこやけで日が暮れて〜」
「や〜まのお寺のかねが鳴る〜」
「お手々つないで〜みなかえろ〜」
「からすが啼いたら帰りましょ〜」
「恥ず……」
夕焼けの中、透き通るような少女達の声が響く。
連れ立って歩く3人の影。
春花は、先ほどの出来事が嘘のように明るい表情をしている。
それを見て、笑顔になる冬雪。
とても、その一言が言い出せない。
夏月はどうしたのだろう……と。

その頃、夏月の家。
部屋は薄暗く、電気一つついていない。
夏月が包まっている布団の横にある机。
その絵は、4人の少女の絵だった。
だが、今はびりびりに破かれ、ただの紙切れ……。
「大嫌い……」
夏月は布団に包まり、再び布団の中に潜り込んだ……。



[次回予告]


 「ねえ、夏月……なんでそこまでしてくれるの?」
 「来ちゃ……駄目」
 「一人じゃないぞ」
 「なあ、お前何者だ? 人間じゃねえだろ」
 「連中は、巫女を探してたんだよ」
 「それで、提案があるんだけど」
 「好きだ! お前のことが」

 全部、闇で塗りつぶし、グチャグチャにしてやる。

次回「暗黒の使者」!


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