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ホーリーメイデンズ
第六夜「君はだぁれ?(後編)」

作:流離太



この日の天気は雲ひとつない快晴。
絶好の運動会日和だ。
そんな空の下、赤組、白組ともに朝早くから集合し、士気を高めていた。
「いいかぁ! 古来壇ノ浦で平家、つまり赤組は敗北した!  だがなあ、だからと言って今日負ける道理はない!
白組をぶっ潰せえええええええ!!」
「ぶっ潰せええええええええ!!」
「それじゃあ行くぞ! 運動会五つの誓い!」
そのように赤組全体が士気をあげている中、その雰囲気に乗れない者が1人いた。
指定の青い短パンと白い名前入りの半そでシャツを着た小柄な少女。
そこから伸びた小さな手足は綿菓子のように白く、柔らかそう。
柔らかな黒髪をツインテールにしており、赤を表にした紅白帽をかぶっている。
一年生の「源 終里」だ。
はっきりいって終里にとってこのような催しは、下らなかった。
赤が勝とうが白が勝とうが、人生にそんなことは関係ない。
それなら、普通に授業をやってくれた方がマシだ。
そんな終里に同じくらいの背丈の少年が近づく。
見るからにいたずら小僧といった風貌の少年は顔をにやつかせている。
「よう、終里! お前テンション低いじゃん。駄目じゃないか乗らなきゃあ」
そんな少年を、小動物のような瞳でじとっと一瞥する終里。
彼の名は「野々宮 始(ののみや はじめ)」。
同じバスケ部員であり、よく終里につっかかることから「グドン」の異名を持つ。
そんな始を、終里はいつもうっとうしく感じている。
その時、始は突如視線をそらした。
別な方向を凝視している。
「あれ……桃ノ木先輩だよなぁ」
思わず、始の見ている方向を見る終里。
白組の陣地であるそこには、眼鏡の少年と話す三つ網の少女の姿が。
三四郎と春花だ。
「へぇ、あの先輩彼女いたんだ〜。まあ、もてるから無理ないよな」
その顔には嫉妬の色が浮かんでいる。
短パンのポケットにある筆箱を思い切り握り締める終里。
許せない――自分以外の人間が三四郎の隣にいるなんて――。
あそこは、自分だけがいていい場所。
終里は顔を上げ、口元を三日月のように歪める。
「うふふ、白組の……息の根を止める」
「気合入りすぎ!!」

背中まであるゆったりと編まれた三つ網を持つ、翡翠色の瞳を持つ少女。
つい先日、クラスメイトの春花と体が入れ替わってしまった冬雪だ。
冬雪は、先程の三四郎の言葉を反復していた。
「その、2人は、あの……付き合っているんですか?」
冬雪と夏月の仲を聞く三四郎。
そして、付き合っていないという事実を確認し、喜ぶように飛び跳ねる。
答えなんて、ほぼ1つしかない。
いや、いつもこの2人は喧嘩をしているじゃないか。
そんな冬雪の肩を小さな手が叩く。
三つ網を揺らし、振り返る冬雪。
そこには、向日葵のように明るい表情のポニーテール少女が立っていた。
シャツや短パンから覗くしなやかな手足は、彼女の活発さを表している。
クラスメイトで冬雪の幼馴染「坂田夏月」。
同じホーリーメイデンズメンバーで、炎を司る「ホーリーフレア」だ。
「おっはよー! 春花!」
そう言って、パッチリとウィンクする夏月。
小さい頃から見ている、天真爛漫な笑顔。
だけど、三四郎の言葉が気になって、なんとなく話づらい……。
だけど、話さなきゃ――今は「碓氷冬雪」ではなく「渡辺春花」なのだから。
「おはよう、夏月ちゃん」
春風のような声で微笑みかける冬雪。
その表情には、わずかな陰が差している。
「休みって聞いてましたけど、痛みの方は……大丈夫なんですか?」
「ああ、なんとか昨日で治まった。本当は休めって言われてたんだけどね。
あ〜あ、あれは本気で女やめたくなる時だわ、マジで」
と、大きく溜息をつく夏月。
いつもと変わらない様子――それに少しホッとする。
体のことは勿論だが、三四郎とは特別なことはなかったという事実に。
たんなる取り越し苦労、あったとしても三四郎の片思い。
そうだ、夏月との関係は何も変わらない。
幼馴染という絆は。
その考えていた時、急に声を潜め始める夏月。
「そういえばさあ、休みの前に言ってた話だけど、今日実行しようと思うんだ。
昼休みに会議室にきてくれない?」
「え?」
キョトンとした表情をする冬雪。
休みの前に言っていた話?
一体なんだろう……。
その時、背後から夏月の肩に細い腕が回される。
背中まである絹糸のように艶やかな黒髪を持つ、眼鏡の少女。
冬雪女の子バージョン、つまり中身は春花。
「夏月! 探してたよぉ!」
そう言ってころころと笑う、冬雪の顔をした春花。
いつもの消極的な態度からは想像できない。
それを夏月は、呆気にとられた表情で引き剥がす。
「なに? あんた、また女の子になったの?」
「そうそう! 僕、玄武のやつには参っちゃったよ」
春花は再び抱きつこうとする。
それを嫌そうに避ける夏月。
「あんたの方が参っちゃうわよ。女の子になってからいやにベタベタしてこない?」
「えへへ、女の子になって不安だからさ」
「とてもそうは思えないんだけど……なんかこう、よこしまな感情が見え隠れしているような……」
訝しげな目で春花を見る夏月。
さらにその光景を、冬雪は羨望の眼差しで見つめる。
正直、あそこまで夏月と接したことはない。
春花は自分と冬雪が似ていると言っていたが、今の彼女はクラス委員で積極性もある。
だが、自分はいつまで経っても内気なまま……。
その時、校庭に体育教師のホイッスルが鳴り響く。
どうやら、集合時間がきたようだ。
「よっしゃ、今日は今まで休んでた分暴れちゃうぞぉ!」
そう言って腕を振り回し、元気に駆け出していく夏月。
「冬雪君」
誰もいないことを確認し、普段の口調で話しかける春花。
「私、委員長ですから。大変だとは思いますが、がんばって仕事をきっちりやってくださいね」
穏やかに微笑みかける春花。
だが、眼鏡の奥にある目には、かすかな殺気が。
翻訳するとつまり、しっかりやらなければ血を見るということ……。
その華奢な体をかたかたと震わせ、怯える冬雪。
本音を言うと、これ以上自分の体でそんな表情をしないで欲しい。
元に戻った時、自分の顔を鏡で見れなくなるから。

こうして、運動会は幕を開けた。
まずは徒競走。
一番手は白組のホープ三四郎。
その中でも異彩を放っているのは、留学生のデイビットだ。
身長も高く、日本人とは違ったサラブレットのような体格。
校内でも長身の部類に入る三四郎が、まるで小さく見える。
白組のテントから飛ぶ、火のように勢いのある夏月の声。
「がんばれぇっ!! 三四郎!! 道産子パワーで、鬼畜(ピー)なんてぶっちぎっちゃえ!!」
「ちょ、今の発言はまずいよ! このご時勢でそれは」
思わず素に戻り、ツッコミを入れる冬雪。
負けじと赤組からも戟が飛ぶ。
「デイビット!! 負けるんじゃねえぞ!! お前が主砲なんだからな!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らす赤組のリーダー。
それに対して、デイビットの表情は涼しげ。
その青い瞳は確固たる自信で満ちている。
「任せてくだサーイ。ボクは国では、運動大の得意だったデース」
バチバチと火花を散らす三四郎とデイビット。
ホイッスルが鳴り響き、三四郎達は位置につく。
サングラスをかけ、銃を上に構える教師。
「よーい……」
鳴り響く銃声、途端に選手達は風を切って走っていく。
あっという間にデイビットを追い抜く三四郎。
歯を食いしばり、疾風のごとくゴールテープを切る。
そのままデイビットは2人目、3人目と追い抜かれてあっという間に最下位。
「よっしゃあ!! よくやった三四郎、あんた男だよ!!」
夏月の耳をつんざくばかりの大声により、一気に湧く白組陣地。
三四郎は、冬雪達のいる場所に向かって手を振った。
それにつられ、思わずその百合の花弁のような手で拍手を送る。
やっぱり三四郎はすごい。
まるで、普段の様子が嘘のように思えてくる。
もてるのも無理がない。

その後、士気が落ちていった赤組は白組の敵ではなかった。
結果は徒競走が惨敗、赤組全員の表情には早くも暗い影が落ちている。
赤組は休憩時間の間に、校舎裏でデイビットを取り囲んだ。
「おい、なにいきなり負けてるんだよ!!」
「こっちは白組に負けたら、マンゴープリン奢る約束してるんだよ!」
「運動が大の得意なんだろ? どうしたんだよ」
口々に赤組は、デイビットをののしる。
思わず顔を押さえ、肩を震わせるデイビット。
言いすぎた――そう思ってお互いの顔を見合わせる赤組メンバー。
なんとなく気まずい雰囲気が漂ってい始める。
とその時、突如覆っていた手を離すデイビット。
「フーーンフ フーーン フーーン フーーン……すいまセーン、ボクウソついてマーシタ。
運動とか、ヘドが出るほど嫌いデース」
「帰れ!!」
完全に開き直った態度のデイビットに、怒り心頭のリーダー。
「あーあ、どうするんだよ」
「向こうは三四郎がいるから勝てないぜ」
まだ徒競争しか済んでないというのに、もう負けたような気がする。
リーダーも、思わず渋い顔で腕組みをする。
その袖を、ちょいちょいと引っ張る小さな手。
振り返ると、そこには上目遣いの終里。
その顔には、得意げな笑みが浮かんでいる。
「くす、そんなに勝ちたいの? いるわよ、強力な助っ人が」
「なに!?」
一斉に集まる注目。
終里は白樺の木陰から、何者かの手を握る。
そこから出てきたのは、緑の全身タイツに身を包んだ2mくらいの男。
溢れんばかりの筋肉によりはち切れそうなゴム製タイツ。
頭には、アロエのような突起物が生えている。
ポカーンと口を開け放つ赤組の面々。
一瞬、全ての時が止まる。
思わず口を開く始。
「誰それ?」
「親戚」
「名前は?」
「アロエビクスマン」
「それ本名!?」
始は思わず声を荒げる。
その肩を、ポンと叩く赤組リーダー。
顔にはずる賢そうな笑みが浮かんでいる。
「いいじゃねえか。この際、手段なんて選んでられねえ。 こいつをデイビットの代打に出そうぜ。文句ねえだろ?」
「賛成!!」
満場一致の赤組、かつてこれほど生徒達が団結したことがあっただろうか。

次の競技は綱引き。
総練習では何度も白組が勝っていた競技。
ほとんど白の勝ちは見えていた。
だが、赤組の顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「なんか怪しいわねえ……」
ふわりとポニーテール揺らし、訝しげな表情をする夏月。
うなずく、冬雪の姿をした春花。
「ここは、少し警戒した方がいいかもしれませんね」
「なんで敬語?」
途端に狼狽を始める春花。
慌てて笑顔を取り繕っている。
「あ、あははははははは! いや、緊張のあまり。 まあ、油断していたらDEATHですね。なんちゃって」
――親父……それは親父だよ春花さん。
涙を流す冬雪。
なんか、自分の体に戻るのが嫌になってきた。
そんな冬雪達に声をかける三四郎。
「まあ、なにがあろうとも全力を尽くすしかないんですよ! がんばりましょう!」
そう言って、三四郎は目に力強い光を宿す。
いつもの勝気な笑顔に戻る夏月。
「うん! 勝ってマンゴープリン奢らせないとね!」
「マンゴープリン?」
同時に首をかしげる冬雪と春花。

綱引きは教師の鳴らすピストルによってスタートした。
ワーッと響く生徒達の歓声。
手にちくちくと刺さる綱を、顔が真っ赤になるほど引っ張る。
次第に引っ張られていく赤組。
だが、次の瞬間立場は逆転した。
一気にラインを超える綱。
白組の面々は何が起こったかわからず、ポカーンと口を開け放っている。
「それまで!! 赤組の勝ち!!」
一気に湧く赤組メンバー。
「よっしゃあ、やったなアロエビクスマン!!」
「これで赤組は優勝だ!!」
そう言ってアロエビクスマンの背中を叩いて喜ぶ赤組達。
「アッローエ!」
エアロビクスらしき踊りをしながら飛び跳ねるアロエビクスマン。
その横で、始はひきつった笑いを浮かべる。
「はは……なんでばれないんだ?」

その後もアロエビクスマンの活躍によって、赤組は順調に勝ち進んでいった。
白組は、後半全ての競技に勝たなければならない。
昼休みをむかえた白組達の顔はすっかり沈んでいた。
約一名を除いて。
「くっそお!! 赤組のやつ、見てなさいよお!!」
目に炎を浮かべ、俄然やる気の夏月。
なんだか、周囲の温度が5度くらい上がった気がする。
そんな冬雪のなめらかな肩を、誰かが叩く。
振り返ると、そこには自分の顔――つまり春花がいた。
声を潜めて、耳元でささやく春花。
「白組の惨敗は残念ですけど、委員長としてうまくやってるじゃないですか」
「いやぁ……そんな」
思わず、マシュマロのような頬を桃色に染め、もじもじとする冬雪。
委員長の仕事は生徒を整列させるだけと、意外にも簡単で、冬雪にも出来た。
赤組対白組という構図のおかげで団結力が強まったというのがあるが、
自分でもなにかの役に立てるというのは素直に嬉しい。
これなら、春花にしばかれる心配もしなくていいだろう。
「さあ、じゃあお昼ごはんを食べましょう」
そう言って、満面の笑顔でバザー売り場に行こうとする2人。
それを、夏月は呼び止める。
「あー、そういえば忘れてた! 冬雪、はいこれ。おばさんから」
重そうなビニール袋を春花に手渡す夏月。
そこには、銀紙に包まれた拳大のおにぎりが。
その数は推定でも、およそ15個。
戸惑っている様子の春花。
頬をかきながら苦笑する。
「えっとぉ、僕はこんなに食べきれないんだけど……」
「はぁ? なに言ってるの、大飯食らいのあんたが。
去年の運動会も、食欲ないとか言って、それくらい食べてたから大丈夫でしょ?」
そう言って、夏月はスキップしてバザー売り場に行く。
恐る恐る春花の方を向く冬雪。
春花はにっこり微笑んでいる。
「お互いの体が元に戻ったら……体育館裏に来い」
スタスタと去っていく春花。
これからの自分の運命を知り、冬雪ははらはらと涙を流す。
「だって……だって、育ち盛りなんだもん……」
さっきから、泣いてばかりいるような気がする。
その時、冬雪の目に一人の少女が飛び込んだ。
スレンダーなショートカットの少女「卜部秋綺」。
クラスメイトの彼女は、実は元男で、雷の戦士「ホーリーライト」でもある。
秋綺は、黙々とハンバーガーを食べている。
急にあの時の唇の感触を思い出す冬雪。
思わず唇に手を触れる。
この体は春花ものだが、瑞々しく、柔らかな女の子の感触は同じ。
あれから、秋綺とは話しづらくなっている。
秋綺の方も、なんとなく自分を避けているよう。
だが、今は春花の体。
恥ずかしがる必要などない。
それに、あれは人工呼吸。
決してキス等でない。
そう自分に言い聞かせながら、冬雪は秋綺に近づく。
「卜部さん」
声をかけられ、振り返る秋綺。
相変わらずすました表情。
凛とした声で秋綺は呟く。
「渡辺か。休んで悪かったな……」
「いえいえ。お体の具合も大丈夫そうですし、よかったですね。
よろしければ、一緒にお昼食べませんか?」
ジッと冬雪の顔を見る秋綺。
それから、プイと顔を背ける。
「悪い、飯は1人で食べる派だから……」
「そう……ですか」
思わず、しゅんとなる冬雪。
やはり、秋綺と自分達の距離は、まだ遠いのだろう。
そういえば、秋綺から自分達に話しかけることはない。
いつも、こちらが話しかけたら応答する程度。
――やっぱり、もう少し時間が必要……か。
そう思って去ろうとする冬雪の背中に、秋綺の声がかかる。
「お前から誘うなんて珍しいな、いつもは坂田なのに……」
ハッと気づく冬雪。
――そうだ、いつもなら夏月が強引にでも、秋綺を自分達の所に引きずってくるのに。
いつもの夏月らしくない――どうしたのだろう?
そのように思考を巡らせている時、春花が近寄ってきた。
背中まである黒髪を揺らし、頭を下げる眼鏡の少女。
「おはよう、卜部さん」
「もう昼だけどな……ていうか、お前女になったんだ」
「まあね。えへへ、かわいいでしょ?」
くるっと一回転する春花。
それに対し、秋綺は相変わらずの無表情。
「……きもい。碓氷じゃないみたい」
「あー、それひどい!」
ぷくっと頬を膨らませる春花。
なんか、春花の演技がどんどん自分の性格と離れていくような……。
「どうでもいいけどさ、あの緑色のやつってアヤカシだよな?」
そう言って、赤組テントのアロエビクスマンを指差す秋綺。
「あ、やっぱり? どうして先生方気づかないんだろうね」
「馬鹿だからな」
「馬鹿だからね」
「いつも俺の名前間違えるし。『アッキッキ』じゃねえよ『アキ』だ。モンチッチかっての」
今一はずんでるのかはずんでないのかわからないが、会話を続ける2人。
――そういえば、会議室に来てくれって夏月が言ってたな。
2人をそのままにし、冬雪はそのままふらっと校内に入っていった。

その頃、赤組本陣テント。
そこではメンバーがアロエビクスマンの功をねぎらっていた。
敷かれた青いビニールの上に座りながら、リーダーはアロエビクスマンの肩を叩く。
「いやあ、お前のおかげだよここまでこれたのは!」
「この調子で後半も頼むよ! ほれ、いなり寿司食って」
「ハンバーガーも食べるデース」
そう言って、次々に食べ物を進める。
その時だった。
アロエビクスマンは突如体をぶるぶると震わせる。
「ん、なした? アル中か?」
そう言った男子生徒の胸倉をいきなりつかむアロエビクスマン。
「コホォォォォォォォ……」
「うわ!? なんだよ」
そのまま持ち上げられる男子生徒。
ざわざわと動き始める頭のアロエ。
次の瞬間、アロエはまるで槍のように、男子生徒の胸を貫く。
「か……はっ……」
呆けた表情をし、ドサッと地面に降ろされる生徒。
その髪はざわざわと伸びていき、手足が段々と細くなっていく。
怯えた表情で、アロエビクスマンから距離をとり始める赤組達。
タイツ越しで目は見えないが、まるで猛禽類のように獰猛な視線を感じる。
彼らの第六感が、警鐘を告げている。
自分の意思に反し、ガクガクと揺れる足。
まるで触手のようなアロエをくねらせながら、アロエビクスマンは生徒達に襲い掛かり始める。
悲鳴を上げ、必死に逃げ惑う生徒達。
だが、その太い腕、あるいは触手に捕らえられ、次第に女性化していく。
たちまち、阿鼻叫喚と化すグラウンド。
そんな中、始は終里に詰め寄る。
「おい!! どうなってるんだよ!?」
なんか変なやつだとは思っていたが、あんなに危険なやつだとは思わなかった。
やっぱり……人間ではない。
始の必死な表情とは対照的に、すまし顔で答える終里。
「たぶん、この数時間、アロエを摂取していなかったのが原因ね……」
「アロエジャンキー!?」

その様子を見ていた春花と秋綺は息を飲む。
やっぱり、あの緑色の怪人はアヤカシだったか……。
とにかく、放っては置けない。
4人であいつを倒さないと。
そういえば、冬雪はどこだろう?
辺りを見回しても、それらしき影はない。
とすると――校舎の中。
ハッとする春花。
もしかして、夏月のところに行ったのかもしれない。
きっとそうだ。
夏月は、今日「あれ」を決行するのだと、何日も前から言っていた。
そして、自分が「それ」に付き添うという約束もしていた……。
つくづく自分の間抜けさに嫌気が差す。
警戒していたつもりだったのに、これではアヤカシどころではない。
こうしてはいられない、止めないと。
脱兎のように、急いで玄関の方へと駆けていく春花。
「おい、碓氷!! ……ったく、俺1人かよ」
秋綺は溜息をつき、急いで物陰に隠れる。
その手に現れる、純白のオーヌサステッキ。
「古(いにしえ)は天地未だ剖れず、陰陽(めを)分れざりし時、
渾沌(まろが)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、ほのかにして牙(きざし)を含めり。
……時に、天地の中に一物生(ひとつのものな)れり。
伏葦牙(かたちあしかひ)の如し。すなわち神となる。国常立尊と号(もう)す」
言霊を唱え、意識を集中させる。
途端に、秋綺の周囲は月のように白い光で満たされる。
面長の端正な顔には、耳までを覆うゴーグル。
その白樺の小枝のように白く、細い手には、白い手袋がはめられる。
シャツは檸檬色の着物に変化していき、袖が広がっていく。
青い半ズボンの裾は一体化していき、山吹色をしたミニスカート状の袴となる。
陶磁器のように白く、無駄な肉付きのない長い脚を、柔らかな白いストッキングが覆っていく。
最後に山吹色のブーツが足に現れ、変身は完了した。
「あーあ、ついに大勢の前で変身しちゃったよ……まあいいや。
アレもようやく終わったし……行くぞ」
その少し上がり気味の目を、アロエビクスマンに向ける秋綺。

会議室にはパイプ椅子が乱雑に並んでおり、人が来る気配はない。
長机の上には、お茶のペットボトルが散乱している。
その中心に、夏月は立っていた。
「サンキュー春花! やっぱり……1人だと不安だからさ。ごめんね!」
そう言って、照れくさそうに笑う夏月。
「んじゃあさ、春花はそこの長机の下に隠れてて」
言われた通り、しゃがみこんで長机の下にもぐる冬雪。
「あのこと」――なんのことだか見当もつかない。
一体、夏月はなにをしようとしているのだ?
そう思っていると、会議室の戸を誰かが開ける音がする。
長机の下にいるため、顔は見えない。
「あ、ありがとう……来てくれて」
しどろもどろする夏月の声。
こんな夏月、見たことない。
「まあ、今日はその……運動会だしさ。
やっぱ、こういう行事の時に言うのが一番かなあって思って。
あのさあ……いつもあんたに冷たくして悪かったというか……。
いや、ホントはあんたのそういう一直線なところはいいわけで……」
激しくなる動悸。
次第に呼吸も荒くなる。
もしかしなくてもわかる、相手の名前は……。
「あんたの怪談話、今日からあたしのためだけに聞かせて欲しいなって。駄目かな……三四郎?」
頭を思い切り殴られたかのような衝撃を受ける冬雪。
一瞬、真っ白になる視界。
全ての思考が止まり、冬雪は呆けた表情をする。
「その、2人は、あの……付き合っているんですか?」
「その、2人は、あの……付き合っているんですか?」
「その、2人は、あの……付き合っているんですか?」
何度も頭の中で繰り返される三四郎の言葉。
その時だった、急に襲ってくる眩暈。
視界がぐにゃりと歪んでいき、まるで絵の具を全て混ぜたような風景が訪れる。
だんだんと意識が遠のいていき、冬雪は闇の中に落ちていった……。

気がつくと、冬雪は会議室近くの廊下に立っていた。
眼鏡がかかっていることから、どうやら自分の体に戻ったようだ。
呆然とする冬雪。
不思議と、涙は出ない。
今日、たくさん泣いた気がするのに。
信じられないからかもしれない……まるであのできごとが夢みたいで。
三四郎との喧嘩――確かに、じゃれているようにも見える。
そう、まるでドラマなんかで見る、軽い痴話喧嘩のように。
そうか……両思いだったのか。
あれは、自分以外の女の子に三四郎の一所懸命なところを見せたくないからという嫉妬心。
そうか……両思いだったのか。
なんだ、結構お似合いじゃないか。
運動神経でもなく、頭のいいところでも容姿でもなく、三四郎のそういうところが好きなんて。
夏月らしい気がする。
それにしても、なんで気づかなかったのだろう。
1番近くにいたのは、自分のはずなのに。
「冬雪」
足下からする声――そこにはぬいぐるみのような亀「玄武」がいる。
「秋綺が外で戦ってるけど……どうする?」
いつもの関心がなさそうな声。
だけれど、どこか温かみを感じる。
微笑みかける冬雪。
「くす、玄武らしくないなあ……行こう」
そう言って、冬雪は玄関まで走っていった。

先程から校庭では、秋綺とアロエビクスマンの戦いが続いている。
最初は雷槍で攻撃するが、ゴム製のタイツに覆われているせいで決定打にならない。
人々は、ただその戦いを呆然として見ているしかできなかった。
唸りを上げ、頭のアロエを秋綺に向かって伸ばすアロエビクスマン。
アロエはまるで蛇のように、秋綺を狙う。
空中に飛び上がり、雷槍でそれを叩き落そうとする秋綺。
だが、アロエは槍を絡めとり、彼女の華奢な体を一気に引き寄せる。
その反動を利用し、秋綺はアロエビクスマンの厚い胸板に蹴りを入れる。
しかし、全く効いている様子がない。
しまった……そう思った時にはもう手遅れだった。
アロエはそのまま、秋綺の両手首と足首をギチギチと縛り上げる。
丁度、磔の格好になる秋綺。
しばられたところから、ポタポタと滴る紅い雫。
秋綺は歯を食いしばり、なんとか拘束から逃れようとする。
だが、まるで有刺鉄線のようなアロエは、全く千切れる気配がない。
――間違いない、アヤカシは力をつけている。
これまで何度もアヤカシを倒してきたが、ここに来てからのやつは段違いだ。
だが、一体なぜ?
そう思った時、突如秋綺の肌理細やかな頬を、一滴の雫が濡らす。
雨?
いつの間にか空は、灰色の厚い雲に覆われている。
やがて降り注ぐ、滝のような雨。
その向こうに立っているのは、秋綺と似たような格好をした蒼い少女――冬雪。
瞬間、アロエはまるで鎌でそがれたかのように、切り裂かれる。
「オオオオオオオオォォォ……」
頭を押さえ、もがき苦しむアロエビクスマン。
秋綺は素早く間を取り、腕に残っているアロエを引き剥がす。
――あの頑丈なアロエを一瞬で……。
思わず冬雪に目を向ける秋綺。
冬雪はその広い袖をたなびかせ、アロエビクスマンに向かっていく。
「グモオッ!!」
掛け声を上げ、その丸太のような腕で冬雪に殴りかかるアロエビクスマン。
冬雪は、素早く碧いオーヌサステッキを構える。
「水鏡盾!!」
叫んだ瞬間、上半身を覆うくらいの銅鏡に変化するステッキ。
走る鈍い金属音。
雄叫びを上げ、思わず転げまわるアロエビクスマン。
それを容赦なく、ステッキで打ち据えようとする冬雪。
アロエビクスマンは転がり、そのまま冬雪に足払いをかける。
雨のグラウンド、両者は泥だらけになりながら殴りあう。
その光景に、思わず呆然とする秋綺。
アロエビクスマン相手に、一歩も退かない実力。
つい最近まで術が使えないことに、悩んでいたやつとは思えない。
それほどまで、冬雪の攻撃には勢いがある。
でも、なぜだろう。
冬雪がアロエビクスマンではなく、もっと別なものと戦っている気がするのは。
数十分にも及ぶ殴り合い。
次第にふらついてくる冬雪の足下。
ついにバシャッと地面に膝を突く。
「ハァ……ハァ……ケホッ」
雨に濡れ、浅葱色の着物もストッキングも、地肌を透かしている。
それでもなお両手を地に着け、冬雪は敵に向かっていこうとする。
そんな冬雪に迫るアロエビクスマンの拳。
間に入り、慌ててそれを槍で受け止める秋綺。
アロエビクスマンのタイツは、これまでの戦いによって無数の裂け目ができている。
「碓氷、こっからは俺がやる。ゆっくり休んでろ」
再び槍をアロエビクスマンに向ける秋綺。
冬雪のがんばりを無駄にはしない。
槍に全ての力を込める。
「とっておきで決めてやる、ありがたく思え。――轟雷破斬!!」
巻き起こる、閃光と轟音。
周囲は純白の光で満たされ、視界は白一色となる。
まるで巨大な虎の唸り声のような音は、振動だけで相手を粉々にするほど。
次第に光は薄れていき、まるでポラロイド写真のように風景が浮かび上がってくる。
再びグラウンドが姿を現した時、そこにはアロエビクスマンの姿はなかった。
そして、冬雪の姿さえも。

体育館裏。
変身を解いた冬雪は、よろめきながら砂利にすねをつける。
降り続ける雨を受けて光沢を放つすね。
そこに手を置き、爪を食い込ませる。
背中まである髪から、ポタポタと雫が落ちる。
歪んでくる視界。
先程流れなかった涙が、何度目を擦ってもとめどなく流れてくる。
「くっ……うっ……うぅっ……」
唇を結び、すすり泣く冬雪。
抑えきれない気持ちが次々と、そのすみれ色の瞳からあふれ出ていく。
頭の中を駆け抜けていく、小さい頃の思い出。
まるで太陽のように、明るく自分を照らしてくれた夏月。
常に、自分の前を走ってそれを追いかけていくのが自分の役目。
いつもいじめっ子から守ってくれた夏月。
時には泣かされることもあったが、それも楽しかった。
悲しい時、辛い時、苦しい時……気がつけばいつでも隣にいた夏月。
……だが、置いていかれてしまった。
1人、取り残されてしまった。
もう、誰も抱きしめてくれない……。
「碓氷」
突如背中に聞こえる、涼しげな声。
振り返ると、それは秋綺だった。
隣には、うつむき加減の春花がいる。
「聞いたよ、坂田の告白シーン見ちまったんだって?」
思わず顔を背ける冬雪。
「女々しいやつだな、お前」
吐き捨てるように言う秋綺。
瞬間、雷のように心を貫かれる冬雪。
「好きなんだろ? だったら三四郎なんかに負けるなよ。
両思いだろうがなんだろうが、関係ないだろ。
それが男だろ。本当にむかつくやつだな、見ててイライラしてくる」
秋綺は、いつもの無口さが嘘のようにまくし立てる。
「いっそのこと、本当に女になっちまえ」
突如、冬雪の背後で乾いた音がした。
反射的に振り向く冬雪。
そこには、手を振り上げた春花と片頬を腫らした秋綺がいる。
キッと、翡翠色の瞳で秋綺を睨みつける春花。
「それは……言い過ぎです」
その春花さえも冷たい目線で見据える秋綺。
「お前も同罪だよ。なんで知ってるのに黙ってた? こいつが坂田のこと好きなの知ってて。
こいつにはっきりと言ってやれば、もっと傷つかずにすんだんじゃないのか?」
愕然とした表情をする春花。
「ホント怖いな、女って」
そう言い捨てると、その場を去っていく秋綺。
あとには、雨を受けた2人の少女が立ち尽くしているばかりだった……。

その晩、少年に戻った冬雪は、布団の上に寝転がっていた。
サーッと聞こえる雨音。
もう夜中にもなるというのに、外では雨が降り続いている。
冬雪は目を開き、ずっと天井を凝視していた。
そして、ふいに口を開く。
「ねえ、玄武……起きてる?」
もぞもとと机の下から這い出す玄武。
「まあ、ボク達は基本的に眠らないから」
「そっか……」
感慨深げに押し黙る冬雪。
「んで、なんの用?」
ずっと頭の中で考えを巡らせて出た結論。
冬雪は上半身を起こし、玄武をしっかり見据える。
「僕を……女の子にして欲しいんだ」
きっぱりと言い放つ冬雪。
その瞳には、覚悟の光が宿っている。
秋綺の言う通りだ。
最初に変身した時から、夏月を守るって決めていた。
だったら、手段なんて選んでられない。
春花よりも、秋綺よりも、そして夏月よりも強くなる。
「だけど、女の子じゃないと強くなれない。だから……お願い」
しばらく続く静寂……その後に玄武は口を開く。
「本当に……いいんだね?」
「うん。もう、決めたから」
にっこりと微笑む冬雪。
迷う必要なんてどこにもない。
夏月を失うほど、怖いことなんてないから。
まずは強くなって、自分に自信をつけること。
「わかったよ、んじゃあいくね」
性転換の術を使う玄武。
瞬間、蒼い光が部屋に立ち込める。

次の日の朝。
「お母さん……どうかな?」
碓氷家の今で響く、小川のせせらぎのような声。
テーブルの前には、紺地のセーラー服を着た少女がいる。
背中まであるふわりとした黒髪、頭に結ばれた桃色のリボン。
縁なし眼鏡の奥にある、海のように深いすみれ色の瞳。
さくらんぼのように瑞々しい唇。
みぞれのように白く、透明感のある肌。
すぐに折れてしまいそうな指、スカートから除く白いソックスに覆われたなめらかな脚。
エンジ色のスカーフを、胸のわずかな膨らみが押し出している。
髪を水色のリボンで留めた、エプロン姿の女性「碓氷深雪」はそれを見てにっこり微笑む。
「うん、合格。しっかり女の子してるじゃない、冬雪」
それを聞き、少しはにかんだような笑みを浮かべる冬雪。
嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気分。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って、玄関に行こうとする冬雪を、深雪は呼び止める。
「冬雪」
ふっと振り返る冬雪。
その小さな体を、深雪はふわりと抱き上げる。
いつもとは違う深雪に、キョトンとする冬雪。
「自分に自信を持ちなさい。あんたが女の子でも男の子でも、私と冬太さんにとっては大事な子どもなんだから」
「お母……さん?」
一体どうしたのだろう、うまく言葉が出ない。
そんな冬雪を、深雪は一転して追いたてる。
「ほら、さっさと学校に行きなさい。夏っちゃん達待ってるんでしょ?」
「あ、ホントだ! じゃあ、いってきまーす!」
鞄をつかみ、慌てて外に飛び出していく冬雪。
深雪はそれに向かって、笑顔で手を振る。

台所に戻り、深雪は鼻歌を歌いながら、皿を流しに移す。
懐かしい、自分にもあんな初々しかった時があったのだろうか。
その時、エプロンのポケットからひょっこり顔を出す玄武。
いつの間に潜り込んでいたのだろう、相変わらず神出鬼没だ。
さして驚きもせず、深雪は玄武に話しかける。
「あら? そんなところにいたの。やっぱり冬雪が心配なのね」
「まあ、そんなところかな。それにしても、随分と君も変わったね。今じゃすっかりいい母親」
「ふふ、玄武だって。前は普通の亀と変わらない姿だったのに」
「ボクのこれは、癒し系ブームの影響かな?
君が考えたホーリーメイデンズやオーヌサステッキという名前同様、ボクらも変わってきてるのさ」
エプロンから飛び出し、そのまま床に着地する玄武。
「まあ、大丈夫かもね。なんたって、すっかり女の子になじんだ君の子どもだから」
すましたように言う玄武。
そう、深雪は先代のホーリーアクア。
自分の子どもが選ばれたのは、まさに運命としか思えない。
おまけに、自分と同じ男の子とは。
だけど、冬雪は違う。 「あの子は私の子どもであって、私じゃないから。
私と違って、男に戻って夏っちゃんを掻っ攫っていったりして」
小さくウィンクする深雪。
「まあ、そうなることが本人にとっても望ましいだろうね」
そう言って、とたとたと去っていく玄武。
残された深雪は、スポンジに洗剤を含ませながら窓に目をはせる。
大丈夫、冬雪ならきっと自分の道を見据えられる。
「がんばりなさい……冬雪」
昨日からの雨はすっかり上がっている。
爽やかな空には、七色の虹がかかっていた……。



[次回予告]


春花「こんにちは、今回の次回予告は私と」
青龍「わしじゃ……ふぁ〜あ」
春花「今回の話、作者が『前回楽しんでくれた読者に失礼かも』なんて
    思って書いていたらしいですよ。
    まあ、それはどうでもいいとして、なんで私の次回予告が
    卜部さんの後なのでしょう?
    登場順から言っても、私の方が先ではありませんか?
    いや、別にいいんですけどね。
    卜部さんといえば、私に本編で生意気な口をきいてくださり
    やがりましたよね。
    いや、別にいいんですけどね。
    そういえば……」
青龍「ZZZ……」

次回「ダーク・メイデン」!


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