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ホーリーメイデンズ
第壱夜「夕闇からの挑戦者」

作:流離太



噂。
それは、様々な場で人々によって交換されるもの。
時にはそれが真実であり、時にはそれが根も葉もないものである。
だが、人々は根も葉もないそれを、あたかも本当にあったもののように語ることがある。
もしかしたら、人々によって生み出された噂が真実になっていくのではないだろうか…。


黄昏時の公園。
さびついた滑り台やジャングルジム。
それらが全て、橙色一色に染められていた。
その近くを、中学生らしい学ランの少年が歩いていた。
眼鏡をかけた少年は、辺りをきょろきょろと見回しながら、早足気味に歩いた。
それというのも、この公園にはとある噂があるのだ。
少年は、なるべく公園の方を見ないようにした。
その時。
キィ…キィ…と、金属がこすれあうような音が聞こえてきた。
まるで、ブランコをこいでいるような…。
少年は、まるで操られるかのようにそちらに首を向けた。
ブランコは、かすかに揺れていた。
鞠のような影を乗せて。

この公園に伝わる噂とはこうだ。
夕方にブランコを誰かがこいでいる。
誰だろうと思ってみると、そこには誰も乗っていない。
いや、よく見ると乗っているのだ。
髪の長い、少女の生首が。

蝋細工のような少女の生首は、少年のほうを見ると、血で紅を差したような赤い唇で言った。
「お…兄…ちゃ…ん…あ…そ…ぼ…。」
生首は、口が裂けんばかりに口を歪めた。
少年は、腰が抜けてなにも喋れなかった。
生首は、ふわっと音もなく浮かび上がると、徐々に少年に近づいていった。
その時。
「そこまでよ!」
鋭い少女の声がした。
声のした方向を見ると、そこには夕陽を受けた二つの黒い影が立っていた。
それは、少年と同い年くらいの二人の少女だった。
少女は、巫女が着るような着物を着、ミニスカート状の袴をはいていた。
その髪は、鈴のついた大きなリボンで留められていた。
生首は、今度は怒りに顔を歪ませた。
「邪魔をするなぁぁぁ…。」
「そんなわけにいかないっての! さっさと消えなさい!」
赤で色調を統一された少女は、挑発的にそう言った。
生首はそれを聞くと、鮫のような白い歯をむき出しにし、勢いよく襲い掛かってきた。
緑で色調を統一された少女は、素早く白いシダのついた翡翠の棒を腰から取った。
それで五角形を描くと、二人の少女は風に包まれた。
生首は軽く吹っ飛ばされ、砂場の上に転がった。
生首が素早く起き上がろうとした次の瞬間、突如焔が舞い上がった。
いつの間にか、赤い着物の少女は、紅の棒を取り出していた。
「聖なる焔よ!」
少女が命じた途端、焔は生首を包み込んだ。
「ぐえええええええええええ!!!」
生首は、断末魔の悲鳴を残し、焔の中に消えていった…。
尻を地面につけたまま、少年はただ呆然としていた。
それに対し、赤い着物の少女は、手を差し伸べた。
白い手袋に包まれた華奢な手を、少年は握って立ち上がった。
「怪我はなかった?」
少女の問いに対し、少年は慌てて返事をした。
「あ、は、は、はい!!」
少女はそれを聞くと、口の端をちょっと吊り上げ、満足そうに背中を向けた。
それと同時に、二人の少女は、夕闇の中に溶けるように消えていった…。


翌日の少年の自宅。
(昨日のあれは…なんだったんだろう…。)
眼鏡の少年は、そんなことを考えながら、歯を磨いていた。
その時、居間の方から母親らしき怒声が響いた。
「冬雪ぃ!! 早くしないと、学校遅刻するわよ!!」
「ふぁーい!!」
少年は素早く口をすすぐと、急いで家を飛び出した。

少年は、朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込みながら歩いていた。
彼の名は「碓氷冬雪(うすいふゆき)」。
近所にある花田中学校に通う、二年生だ。
最近の悩みは、少し影が薄いことと、小柄な体系の上女顔のために私服だと女の子に間違われることだ。
そして、もう一つ。
「おっはよぉ! ふっゆきぃ!」
誰かが大声を張り上げながら、冬雪の背中を勢いよく叩いた。
冬雪は思わず、前のめりになった。
振り向くと、そこにはセーラー服に身を包んだ、ポニーテールの少女がいた。
健康そうな小麦色の肌が、その少女に活発な印象を与えた。
冬希の同級生で幼馴染の「坂田夏月(さかたなつき)」だ。
夏月は男勝りな性格で、よく冬希をいじめっ子から守っていたりした。
昔から「夏月と冬雪君を入れ替えられたら、丁度いいのに」と夏月の母がよくぼやいていた。
冬雪は、早速昨日のことを話そうとした。
口を開きかけたその時、夏月は道の向こう側にいる人影に向かって、手を振りながら走っていった。
夏子と同じセーラー服を着た、大きな三つ編みの少女だ。
抜けるような白い肌に、柔和な笑顔が特徴的だった。
二人の同級生で、委員長の「渡辺春花(わたなべはるか)」だ。
「おはようございます、夏月ちゃん、冬雪君。」
「おはよう春花!」
夏月と春花は、並んで歩き始めた。
冬希のもう一つの悩みとは、最近夏月と疎遠になったことだった。
昔は冬雪と連れ立ってよく遊んでいたが、中学生になってからは女友達の春花としか話さなくなった。
その話題も、冬雪がついていけないような、ファッションとか好きなアイドルとかの話題だ。
最近では、不可解な用語の出てくる話をしていた。
それと同時に、夏月が急に女らしくなってきたような気がする。
はっきりとは言えないが、仕草の一つ一つがそう見えた。
おしとやかな春花の影響だろうか。
(僕が、女の子だったらなあ…。)
冬雪は、心の中で静かに呟いた。

「みなさん、知っていますか!! マッドガッサーの噂を!!」
教室に入ると、やかましく声を張り上げている眼鏡の少年がいた。
長身で、筋肉質な体は、スポーツマンであることをわからせるに十分だ。
バスケ部で、クラスの副委員長を務める「桃ノ木三四郎(もものきさんしろう)」だ。
スポーツ、勉強、共に上位の成績に食い込む実力者であるが、噂好きで、
新しいネタを仕入れてはこうやって怒鳴り散らすところが玉に傷だ。
「マッドガッサーは、大きな袋をいつも持っています!!
その姿は全身毛むくじゃらで、人間を見ると近寄ってくるんです!!
そして、その袋の中のガスを人間に吹き付けるそうです!!
そのガスをかけられた人間は」
そこで、三四郎の話は強制終了させられた。
「はいはい、今日の講釈はここまで〜!」
夏月はそう言って、三四郎の前を横切った。
「ちょっとなにするんですか!! 今いいところなのに!!」
三四郎は憤慨し、夏子に食い掛かった。
「うるさいっての!! この爽やかな空気を、あんたの馬鹿でかい声に汚されるのが耐えられないのよ!!」
「なんですってえ!!」
その様子を、春花は笑いながら見ていた。
「あの二人、相変わらず仲がいいですね。」
それに対して、冬雪は苦笑した。

放課後。
「えー! 春花ぁ、今日一緒に帰れないのー!」
「ごめんなさい、今日はクラス代表の集まりがあって…。」
すまなそうに言う春花に対し、夏月は頬を膨らませた。
「仕方ないか! いこ、冬雪!」
そう言うと夏月は、スカートを翻し、春花と三四郎に背を向けた。
冬雪は、慌ててその後を追った。

辺りは昨日と同じように、夕陽の柔らかな光を受けていた。
木造のボロアパートも畑もすっかり黄昏ていた。
冬雪は、前をスタスタと歩いていく夏月の後ろを、まるで鳥の雛のようについていった。
話しかけるなら、今が絶好の機会だった。
これは、長い間待っていたはずの機会だった。
だが、いざ機会が訪れてみると、冬雪はどう話しかけていいかわからなかった。
言葉は咽まで出掛かっていた。
冬雪がもたもたしている間に、時間は一分一秒と消失していき、家との距離も縮まっていった。
そのうち二人は、昨日の公園の前を通りかかった。
昨日のことを思い出し、冬雪は自然と早足になっていった。
その時、一陣の風が通り抜けた。
風は、公園の草木をざわざわと揺らした。
次の瞬間、木の上から黒い何かが飛び出してきた。
それは、黒いコートを着た男だった。
いや、よく見ると、人間ではなかった。
コートから突き出た腕や顔は、熊のような毛に覆われていた。
目は夕闇の中で爛々と輝き、耳まで裂けた口には鮫のような歯が並んでいた。
その手には、大きな頭陀袋が握られていた。
冬雪が大声を上げようとした次の瞬間、白いガスが勢いよく袋から飛び出した。

「よいしょ!」
三四郎は山のような書類を担任の机の上に置いた。
「すいません、私の分まで運んでいただいて…。」
「いいえ! これも男の仕事です!」
三四郎は、そう言って高笑いをした。
「そういえば、マッドガッサーのガスを浴びると、どうなるんですか?」
「う〜ん、色々ありますねえ…。
死ぬとか気が狂うとか、植物人間になるとか…。
あとは…」

ガスに包まれながら、冬雪は、だんだん体が熱くなってくるのを感じた。
冬雪はのぼせてしまい、不意に気が遠くなっていった。
「冬雪!!」
夏月の声を最後に、冬雪は深淵へと墜ちていった…。

冬雪は、しばらくするとうっすらと目を開けた。
なにかが首や肩にまとわりつく。
それを無意識に取り払おうとすると、頭皮に痛みが走った。
その刺激により、完全に目がさえた。
「な、なにこれ!?」
そう言って上げた声は、透き通るように高かった。
いつもの声も、一般の中学生男子にしては高いが、今のはそれ以上だ。
そう、まるで少女のような声。
冬雪は、自分の体の各部を学ランの上から手探りで確かめた。
背中まである長い髪。
胸のわずかなふくらみ。
そしてその他諸々。
冬雪は、あのガスのせいで少女になってしまったことを完全に理解した。
パニック状態の冬雪は、ふと気づいた。
そういえばあの怪人は?
そうだ、夏月は大丈夫なのか?
そう思い立った時、目の前になにかが重い衝撃とともに落ちてきた。
それは、昨日の赤い着物の少女だった。
少女は顔をゆがめながら、両手に力を込め、立ち上がった。
少女の体は激痛のため痙攣しており、
白いストッキングに包まれた細い足は、
所々紅に染まっていた。
少女は振り返ると、口の端に血のにじんだ顔で微笑みかけた。
「あは、起きたんだ。待っててね、すぐ元に戻れるから。
あんたは、あたしが守ってあげる!」
少女はそう言って、怪人に立ち向かっていった。
あんたは、あたしが守ってあげる。
それは幼い頃から、冬雪が何度も聞いた言葉だった。
ゴーグルで顔はわからなかったが、冬雪は少女の正体を確信した。
じゃあ、昨日のあれも…。
(そうだったのか…。)
夏月は、何も変わっていなかったんだ。
昔と同じ、世話焼きの好きな幼馴染。
いつも、自分を助けてくれた。
「彼女を助けたいかい?」
不意に、少年のような声が冬雪の耳に飛び込んだ。
冬雪は、辺りを見回した。
「君の足元を見てごらん。」
素っ気ない声に従い、その方向を見た。
そこには、黄緑色で縦横に線の入った円盤状の物体だった。
「…メロンパン?」
「違うっての。」
そう言って、物体から手足が出てきた。
それは、ぬいぐるみのような亀だった。
冬雪は、思わず大きく飛びのいた。
「ボクの名前は、玄武。北を守護する聖獣さ。
そんなことより、彼女を助けたいんだろう?」
「あ、う、うん!」
冬雪は慌ててうなずいた。
亀はにっこり笑った。
「じゃあ、話は簡単だ。」
亀がそう言った途端、手の中に何かが現れた。
それは、白いシダのついた碧い棒だった。
神秘的な深い蒼の棒は、冬雪の手になじんだ。
「さあ、その棒『オーヌサステッキ』に祈るんだ。君の思いをこめて。」
亀の言うことに疑問はあったが、今は信じるしか選択がなかった。
冬雪は言われたように精神を集中させた。
不思議と、あれほど取り乱していたはずなのに、今はとても気持ちが落ち着いていた。
「この冷静さ、さすが水の巫女の適合者なだけあるね。」
(水の…巫女…?)
不可解な言葉に冬雪が疑問を抱いたその時、青白い光が冬雪を包み込んだ…。

「くぅ!!」
夏月は、マッドガッサーの頭陀袋によって殴りつけられた。
重い鉄の塊のような袋が脇腹に激突した瞬間、鈍い衝撃が走った。
マッドガッサーの攻撃が俊敏な上、今は防御役である春花がいない。
防御がこれほど重要なものだということを、つくづく思い知らされた。
その上、相手の動きを自動追尾する「オラクル・ゴーグル」も最初の攻撃で故障してしまった。
(くっそ、運悪いな…。)
夏月がそう思った次の瞬間、マッドガッサーは視界から消えた。
ハッとした時には、敵は上空にいた。
その時、なにかがぶつかるような音がした。
攻撃を防がれたマッドガッサーは、空中で回転すると、素早く戦闘体勢に戻った。
夏月の目の前には、彼女と同じような格好をした少女がいた。
一瞬、今はいない春花だと思った。
だが、その少女は背中まであるロングヘアーをしていた。
その髪には蒼いリボンが留められていた。
浅葱色の着物にミニスカートのような群青色の袴。
目から耳にかけてを覆う蒼いゴーグル。 白いストッキングに覆われた脚にはスカートと同色のブーツ。
白い手袋をはめた手には、海のような色のオーヌサステッキが握られていた。
「大丈夫、夏月?」
見知らぬ少女は振り返ると、にこやかにそう言った。
いや、どこか知人に似ているような気がした。
そう思った時には、蒼い少女はマッドガッサーに立ち向かっていった。
しかし、いくらオーヌサステッキで殴りかかっても、軽業師のように俊敏なマッドガッサーの敵ではなかった。
夏月は、だんだんイライラしてきた。
(なにやってるのよ、術使いなさいよ!)
そういう気分にさせるところも、誰かに似ていた。
そのうち蒼い少女は、オーヌサステッキをマッドガッサーの袋によってはじき飛ばされた。
「あ!!」
蒼い少女は、顔いっぱいに驚きを表した。
マッドガッサーは、武器を失った少女に対し、余裕を浮かべながら近づいた。
余裕?
そうだ、今は隙だらけだ。
夏月は、オーヌサステッキを持ちながら空中で九本の線を交差させた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!! 燃え上がれ焔よ!!」
オーヌサはたちまち焔に包まれた。
夏月は飛び上がり、オーヌサステッキを垂直に振り下ろした。
マッドガッサーは、たちまち一刀両断された。
その後、煙となって掻き消えてしまった。
「ふー、終わったわね…。」
夏月はそう言って、その場にへたり込んだ。
「ありがとう、おかげで助かったよ。」
そう言って振り向いた時には、もう誰もいなかった。

「あー、疲れたぁ…。」
変身を解いた冬雪は、家に帰るとまっすぐ自分の部屋の布団に倒れこんだ。
「お疲れ様。あんまり役に立たなかったけど。」
「うるさい…。」
今の冬雪には、満足に言い返す余力も残っていなかった。
冬雪はそのまま、泥のように眠った。



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