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キミドリ
序章

作:ユタ




 遅いなあ、と、私は呟いた。

 目の前のアイスティーの中に入っている、やけに大きめなサイズの氷が、からん、と音を立てる。正直、この氷のサイズを見ていると、実際のアイスティーの容量より大きいんじゃないか、と思ってしまう。

 ストローを含み、少しだけ喉に通す。

 うん、味は悪くない。あっさりしたさわやかな喉越し。甘さも申し分ない…まあ、自分で砂糖を入れたんだけどね。

 しかし、やっぱりこれ氷、多いって。ほら、こんなに少なくなった。全く、これで350円って、ぼったくりにもほどがあるよね。

 そんな小さな憤りは声には出さず、私はまた、喫茶店の窓ガラス…その向こうの交差点に目をやった。まだ、待ち人が来る気配はない。


 おっと、私の物語を始める前に、だ。まずやらなければならないことがあった。

 そう、自己紹介。

 私の名は、安 みどり。

 続けて読むと、ヤスミドリ。何かすっごくなまけんぼな感じなので、続けて呼ばれるのはあんまりよろしくないね。

 趣味は…特になし。むしろ、楽しいことは何でも趣味だね。友達と駄弁ったり、遊びに行ったり、マンガ読んだり、買い物したり…まあ、授業はつまんないけど、学校はとっても大好き。なんたって高校一年生。何が何でも楽しい時期なのだ。

 お昼に、誰かがお箸を転がり落とすだけで爆笑モノ。それが、今の私。

 あ、それと…趣味といえばピアノッすねやっぱり。結構気が向いたら弾いてるんだ。昔は音楽教室で習ってたけど、もう無理やり弾かされるのに嫌気が差して、今じゃ好きなドラマの曲とか、アニメの曲とかを好き勝手弾いてる。やっぱりいいよね自由って。

 んで、お父さんは地方公務員。農業なんたらセンターってところの副所長さん。副所長、なんて肩書きだけど、実は普通の給料の、普通の公務員さん。

 お母さんは、近くにある大学で雑用のパートをしつつ、家事をしている。こっちはこっちで楽しんでるらしい。仕事というより、他のパートの人と駄弁るのが楽しいらしい。私とは…なんていうか…友達母子、って感じかな?






 そしてそんな、みどりという私。私は今、なんと、初デートの待ち合わせ中なのだ。でへ。

 私の想いが届いたのは、ほんのおとついのこと。

 私より一年先輩の、テニス部の部員。別にキャプテンってわけじゃないけど、そこそこ強くて、そこそこカッコいい人。

 見た目はキャプテンの方がカッコいいんだけど…私は先輩が大好きだった。

 馴れ初めは…まあ、恥ずかしいからこの際削除。あはは。秘密です。

 で、今日は私、気合入れてデートに臨むのです。化粧、服装はばっちり…だと思う。

 …さて、ただいまの時刻…11時3分。

 あーあ。私なんて一時間も早く来て待ってるんだよ?なのに、3分も遅れるとは何事だこのヤロー。何ていわないけどね。来たらちょっと拗ねてやる。えへへ。

 もしかしたら、先輩も緊張してるのかな。それで遅刻とか。いや、もしかしたら、ラブラブカップルの定番。『遅刻する男』を演出する予定とか?あはは、まさかね。でも、それも面白いなあ。

 それにしても、女の子を待たせた罪は重い。今日は全部先輩のおごりだよね。ふっふっふ〜。

 …でもまあ、私も緊張してるんだけどね…憧れの人と付き合えるんだから…ああ、私って恋する乙女爆進中。千鶴には今度思いっきり自慢してやろ。楽しみ。

 何となく、周りを見渡す。この喫茶店は、あまり人が入っていない。そもそも通りに面しているとはいえ、小さな喫茶店だ。私のほかに、ちらほらとしか人が見えない。

 まあ、だかこそ待ち合わせ場所に決定したんだけど。

 そして



カラン、カラン…

 背中越しに、喫茶店のドアのベルが鳴った。来客らしい。

 もしかして、先輩かな?と期待を込めて、私は振り返った。

 入ってきたのは、一人の男。

 一瞬、先輩かと思った……が、違った。顔はちょっと先輩に似ていたが、どう見てもセンスが違う。元は黄色いのだろうが、ところどころ黒い汚れで汚くなった作業着。どこかの工場で働いている人だろうか…それにしても、目が先輩の優しそうな目とは違い、どこか怖い感じがする。

 私はその人が先輩と違う、と分かると、姿勢を戻した。

 真後ろで、ドサッ!というちょっと行儀の悪い音。どうやら、さっき入ってきた作業着の男が私の後ろの席に座ったらしい。

(オイオイ、他に席いっぱいあるじゃん。それに、一人なんだからカウンターにすればいいのに…)

 と思った。そして、ウェイターのお姉さんが、注文をとりに言った。

「いらっしゃいませ。何にいたしましょう」

 といっても、この店は大したものはない。軽食程度のサンドウィッチとかコーヒーとかくらい。その人は…

「水」

 と、低い声でそれだけ言った。

「…、かしこまりました」

 若干、硬い声でウェイターのお姉さんが言った。

(水だけかよ)

 私は、心の中で呟く。どうやら見た目どおり、陰険なお人のよう。ああ、なんつーか…背中に不思議な圧力を感じますよ?優雅な待ち時間が重苦しい雰囲気になりましたよ?どうしてくれるんですか後ろの人!

 と私はどうでもいい事を考えて時間をつぶす。

 腕時計に、視線を落とした。

 11時14分

 ああ、15分も遅れてる…も、もしかして、先輩…忘れてるとか!?もしくは時間間違えたとか…寝坊してるとか…!?

 考え出すと止まらない。も、ももも、もしかしてもしかして!私が間違えてる!?待ち合わせ場所、時間、日にち…あ、あってる…よね!?

 あ!もしかして、先輩と付き合ってること自体妄想だったりして!あっはっは〜!シャレになんない!

 思わずケータイを取り出す。私の名前にちなんで、緑色のかわいい絵柄にした着せ替えケータイ。あけると、中には私とその愉快な仲間達のプリクラが貼られている。ストラップは…つけていない。アレは正直邪魔なだけ。いつの間にかなくなってるし、ポケットから出しにくいし。

 私は先輩に直接電話しようか悩んだ。

 でも、いきなり催促するのって…なんだか失礼じゃないかな?でも、私が間違えてたら恥ずかしいし…

 私は悩みながら、先輩のアドレスの前で、発信ボタンを押す寸前で止まっていた。そのとき、突然ケータイの着信音が鳴り出した。曲は、私の好きな『アメージング・グレース』。何を隠そう、私は結構本田美奈子さんのファンなのだ。はやっているラップなんかより、断然いいんですからね!まあ…最近病気で亡くなったのは悲しいけど。

 で、突然の着信に驚いた私。突然鳴り響いた音楽が喫茶店に響き渡る。

 私は回りに頭を下げながら、通話ボタンを押した。

『ああ、ごめんヤスさん。完全遅刻だ』

 先輩だった。ていうか、アメージング・グレースは先輩専用の着信音なのだが。

「遅いです先輩!ていうか、安さんって苗字で呼ばないでくださいって言ってるじゃないですか」

『ああ、ごめんごめん。いきなり下で呼ぶのも恥ずかしくて…今、そっちに向かってる』

 どうやら、走りながら通話しているようだ。定期的な雑音と、先輩のちょっと荒い吐息がケータイから届いてくる。

 私はその声に安心して、椅子に深くもたれかかった。よかった、間違ってなくて。

「まだかかりそうなんですか?」

『いや、もうすぐだよ。もう喫茶店の前の交差点に着くから。あと一分待ってくれ』

「了解です。じゃ、あと55秒!ファイトです先輩!」

『うお、ちょっと待って!遅れたらどうなる!?』

「もちろん、遅刻の罰で初デートは全部先輩のおごりです。あと49秒で着かなかったら、プラス私へのプレゼントがペナルティとして追加されます」

『マジか!うおお!全力疾走するからいったん切る!』

「はい、頑張ってくださいね〜」

 通話終了。私は、そんな電話だけでのやり取りで、さらに笑みが止まらなくなった。

 ああカミサマ。私はいま幸せの絶頂です。これからデートだっていうのに、こんなんでいいのでしょうか。もしかしたら、幸せで死ぬかも。ふふふ。


 背中越しで、バン!という音。

 後ろの男が、荒々しく水入りグラスを机に叩きつけるように置いたようだ。もしかして、怒ったのかな?と思ったが…その後男のふかーいため息…もしかしたら、怒ったんじゃなくて疲れてる人なのかもしれない。

…ちょっと、幸せ気分が逃げた気がした。やれやれ。

 私は時計に目をやった。残り25秒。先輩は…

 窓から外の景色を見る。目の前の交差点には、たくさんの人が信号待ちをしていた。

 目を凝らすと、人だかりの中で、ブンブンと手を振っている人の姿。めちゃくちゃ目立ってる…

「せ、先輩…恥ずかしいって…」

 やはり、先輩だった。窓際の私に向かって、ブンブン手を振っている。おかげで人目につきすぎだ。ああ、何て満面の笑顔…あはは、先輩らしい。信号に捕まったのか、足を動かしてそわそわしている。あと20秒ですよ。

 と、信号が変わりそうになった。反対側の歩道の信号が赤になったのだ。

 先輩は、今にも走り出そうとしてる。全速力で走って…ギリギリといったところ。私はちょっと『間に合わなかったらいいのにな』と思ってしまった…本音です。どうもゴメンナサイ。

 信号が、赤から青に変わる。先輩がスタートダッシュの体制に入った。

 先輩はテニス部。足の出の速さは、私でも知っている。先輩の、足は部でもかなりのもので、テニス内じゃ俊足で通ってる。ボールに追いつく速さには自信があるらしい。

 そして、青に変わろうかという瞬間に、フライングギリギリで走り出した。他にも、人だかりの中に急いでいる人が居るのか、すでにフライングで横断歩道に出かけている人もいる。

 そのとき、だ。私は横から突っ込んでくるトラックに目が行った。

 どうやら、信号に間に合いそうになく、止まるどころか加速して突っ切ろうとしているらしい。信号は、もう青に変わっている。いったん加速してしまったせいで、後には引けなくなったのだろうか…ものすごい音を立てて、トラックが先輩の方へ…

「危ない!」

 私は手を握り締めた。先輩が轢かれるかと思ったのだ。

キイイイイッ!

 しかし、その寸前でトラックは先輩をかわし、先輩は驚いてステップで後ずさった。

 よかった。ぶつかったらどうしようかと思った…

 と、安心したところで、トラックの違和感に気づく。

 …………

 あれ?





 なんでこっちに。





 トラックが。





 いや。





 こないで。





 ダメ。





 逃げなきゃ。















 お母さ…










































































 

私…安 みどりの物語は…ここでおしまい。











 私は覚悟もできず

 遺言も残せず

 別れもできず

 親よりも早く、この世を去る。

 悔いすら残す暇も無く、あっけなく終わった私の物語。

 私の物語に続くのは…


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