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姉がくれたもの(2)

作:うえきバチ

「もう、大丈夫だから。下行ってて……」
 僕は膝を抱えながら、背中を擦ってくれているお母さんに言った。
「そう……どうする?ご飯食べる?」
「うん。すぐ行くから」
「わかった。無理に食べなくてもいいからね」
そう言うと、まだここに居てあげたいという気持ちなのか、ゆっくりお母さんは階段を降りていった。僕はしばらく立ちながらぼーっとしていたが、いつまでもここにいると嫌なことばかり考えそうなので一階に下りることにした。
 お母さんは庭で洗濯物を干していた。
「いただきます」
「どうぞ」
 僕は食卓に着きご飯と味噌汁をゆっくり交互に食べ始めた。
「ねぇ……お母さん」
「何?」
洗濯物を庭に干して居間に戻ってきたお母さんに訊いた。
「二階のもう一つの部屋って元々物置だったっけ?」
「え?……なに言ってんのよ。元々もなにも引っ越した時から物置にしてたでしょ?どうしたの?急にそんなこと訊いて」
「別に……訊いただけ」
もう何がなんだかわからなかった。まだ、薫という存在が亡くなり僕の部屋が物置になったのなら、なんとか納得がいく。なのに薫という存在がもともと居なくて、いきなり姉の顔でぼくが居る。お姉ちゃんはなぜ僕にこんなことをしたのかわからない。
「美夏?大丈夫?」
いつのまにかお母さんが僕の顔を覗き込んでいた。
「え?う、うん、大丈夫。考え事してただけ」
「ホントに大丈夫?体調悪くないなら気分転換に散歩しに行ったら?」
「あ、うん、そうする。ごちそうさま」
僕は微妙にご飯を残して二階の自分の部屋に行った。
(ひとまず、シャワーでもして行こ……)


 僕は風呂場の鏡で自分の身体を数分間見ていた。
(へぇー、女の人の胸まじまじ見たの初めてだ。でも、小さいなこれ……)
と思い小さいものを掴んでみた。
「はふぅあ……」
(なんだ?この感覚……ま、まあいいや。さっさと洗って出よ)
急に恥ずかしくなり急いで洗い始めた。


「ふぅ……」
 頭と身体洗うのに一時間弱掛かりやっと終わった。
「なんで、腰まで髪があるんだよ。洗いにくいし、首ダルイし」
僕はぶつぶつ言いながら髪を拭いた後、下着と着替えを持って来るのを忘れていたので、しょうがなく身体にタオルを巻いて二階に着替えに行った。
 その途中で、お母さんに注意されてしまった。いいじゃん、減るもんじゃないし……


「いってきまーす」
 僕は今、犬の顔が描いてある黒の長袖Tシャツとジーンズで身を包んでいる。女だからといって、スカートを穿こうという気分にはなれない。だから、必死に服を全部出してまでズボンを探したのだ(ああ、帰ってきたら片付けねば。トホホ……)。だが、明日から高校らしくいずれにしても、スカートを穿かなければいけないのだが。
「いってらっしゃい。気をつけてね」
お母さんの声が聞こえたと同時に外へ出た。そして、玄関の戸を閉めて戸に寄りかかった。
「はぁ……」
外に出た途端、急激に気が沈んだ。数秒間空を見上げた後、トボトボと目的地なく歩いた。


 商店街――
 僕は色々な店を歩きながら見ていた。しかし、頭の中ではお姉ちゃんのことを考えていた。
(はぁ、僕はこれからどうしろっていうんだよ……)
「なんでそんなことするの!」
街の喧騒の中、後ろの方でいきなり中年女性の怒鳴り声が聞こえた。僕は歩くのを止めて後ろを振り向いた。そんな離れていない所に、人形を持った小学生ぐらいの男の子におそらく親であろう人が、唾が出てるんじゃないかと思うほど、口を激しく動かして問いただしていた。
「ねえ!なんで貰ったものすぐ壊すの!」
よく見ると男の子の持っている人形の首が道路に落ちていた。
「いいじゃん!貰ったものは僕の物なんだから何したってさぁ!」
男の子はもう泣き泣きだった。
「そういう問題じゃないでしょ!貰ったものは大事にしなさいって言ってるの!何回言えば分かるの!」
「自分のしたいようにして何が悪いのさぁ!」
「じゃあ今度からもう何も貰わないからね!わかった!?」

――貰った物は僕のものなんだから何したって……

――自分のしたいようにして何が悪い……

 なぜかその言葉が耳に残り僕の頭の中で繰り返し反響していた。ふと横を見るとガラスに映った自分が見えた。そこには、姉の顔をした髪の長い自分がいた。そして、そのガラスの向こうではすらっとした人たちが、椅子に座っている人たちの髪を切っていた。そこは美容院だった。
「お姉ちゃん、この身体僕のしたいようにしていいよね?」
僕はしばらく中を見ていたが、決心して薄い笑みを浮かべながら吸い込まれるように、僕はその中に入っていった。
「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」
案内されて僕は、一番奥の席に座った。
「どういう髪型にしますか?」
店員が鏡のに映った自分を見ながら訊いた。
「うーん。どうしようかなぁ」
僕が悩んでいると店員が、離れたと思ったら雑誌みたいなのを二、三冊持ってきた。「この中で何か気に入った髪形があればそのように致しますが」と言って差しだされた雑誌をパラパラ捲っていくと、肩よりも上になっている(ミディアムということを後々知った)茶髪の女性が、満面の笑みをしながら載っているのに目が留まった。
「この様にしてください」
「はい、畏まりました」
そのページを開きながら渡した後、他の雑誌を読んでいた。僕は髪型のバリエーションが多いことに驚いていた。
(男より、女のほうが人生楽しんでたりして……)
「これでは染められていますが、この様に染めますか?」
「え?あ、はい。お願いします」
雑誌を捲りながらぼーっと見ていた僕は、驚いたように雑誌から目を離して内容も分からず答えた。
 しばらく渡された雑誌を読んでいたがだんだん眠くなり瞼が下がっていった。


 僕は夢を見た。そこには一人の少女がいた。
「お願いします。助けてください」
「よかろう。そなたの願いはなんだ?」
「薫を、薫を助けてください」
「一つ助かる方法を教えてやろう」
「はい!お願いします」
「しかし、薫の身体はもうボロボロで無理だ」
「じゃ、じゃあどうすれば?」
「そなたの身体に薫の魂を入れるのだ」
「入れる?入れたらどうなるんですか?」
「薫はそなたの身体で生きていけるであろう」
「そうですか。え?じゃあ私は……」
「消える。一つの身体に二つも魂は入らんからな」
「つまり、私が代わりに死ぬと」
「そういうことになるな。どうする?」
「……構いません。お願いします」
「そうか、理解ができんな。そういう考えには」
「そういう考えとは?」
「なぜ自分の人生を相手に与えるのかが分からん」
「まあ兄弟愛っていうものですよ」
「そうか、じゃあ薫を闇から光に連れ出してくれ。わたくしが案内する」
「どうも、あ!そうだ。もし入れ替わったら薫という存在を消してください。そしたら元々いなかったのですから両親も悲しまなくて済みますし」
「ふむ、わかった。そうしよう。しかし、薫の記憶にはそなたのことが残るぞ」
「構いません。むしろ一人くらい覚えててくれたほうがうれしいです」
「そうか。では、行くぞ」
そうして僕の視界を光が覆った。


「お客様、終わりましたよ」
「……ふぁい?夢か」
 僕は肩を叩かれて目が覚めた。すでにどんな夢かは覚えていなかった。
「このようなものでよろしいでしょうか?」
「え?……あ、はい。いいで……え?」
僕はそこに映っている自分を見て目を疑った。髪型はまあいいのだが、
「茶髪……?」
「はい、お客様の言われた通りにいたしたのですが?」
「僕がそうしろと……」
「はい」
「そ、そういですか。どうも」と言って席を立ち、焦点のあっていない目でお金を払って足を引きずるように美容院から出て行った。
「ありがとうございましたー。またのご来店をお待ちしております」


「どうしよう。このまま帰ったら、お母さん怒るかも……明日から高校って言ってたしなぁ。あー、どうしよう。なんかないかなぁ」
 僕は商店街の近くの公園で、視線を地面に落としながらブランコに座っていた。
「お姉ちゃんどうしたのぉ?」
隣でブランコを漕いでいた小学生ぐらいの女の子が、いつの間にか僕の前に立っていた。
「ん?あのね。僕いけない事しちゃって困ってるの」
僕は無視するのも可愛そうだったので、とりあえず答えた。
「ふーん。じゃあ、素直に謝ったらぁ?」
なかなか普通のことを言ってくるではないかと苦笑した。
「そうもいかないんだよ」
「謝ったら許してくれるかもしれないよ」
「そうかもしれないけど、ばれたら大変なことになるんだよ」
(もし茶髪禁止の高校だと色々と厄介だし。下手したら、始業式から先生に呼び出されて退学かも……)
「じゃあばれないように隠したら?」
「ばれないように隠すたって……あ!そっか、隠せばいいんだ」
僕は閃いたというか簡単なことを思い付いた。女の子にありがとと頭を撫でた後、目的地に向かって走った。
「でもね、お姉ちゃん。隠してもいつかはばれるもんなんだよ」
一人ぽつんと残された女の子は、走り去っていく人影を見ながら呟いた。


「ただいまー」
僕は目的地であることをした後、家に帰ってきた。
「おかえり。どう?少しは気が晴れた?」
居間に入るとお母さんが台所から顔を出して訊いてきた。
「大分ね。心配掛けてごめんなさい」
「気にしなくていいのよ。ささっと風呂でも入ってきたら?もうそろそろご飯できるし」
「じゃあ、そうしようかな」
と言って居間から出た。
「よし!ばれてない」
僕は小声でガッツポーズをした。


「ふぅ、いい湯だった。さてと」
風呂に入って寝巻を着た後、僕はあるものを手にした。それは、かつらだ。
「まさか、これを付ける経験ができるとは。でも、あまりうれしくないけど」
ネットを頭に被り、かつらを装着し始めた。
「よし、完成!」
そこに映っているのは、髪の毛が腰まである髪を切る前の自分だった。もちろん髪の色は黒である。
「うん!OK!買ってきてよかった。さてと、ご飯ご飯」
風呂場の鏡で確認した後、僕は居間に向かった。
「ん?お父さん?」
「あ、美夏か。ただいま」
玄関で靴を脱いでいるお父さんは、目をこっちに向けて言った。
「おかえり」と言って僕は居間に入った。
「丁度ご飯ができたところよ。運ぶの手伝ってくれない」
「はーい」


 三人で、テーブルを囲んでの食事。
「美夏。明日から高校だな」
ビールを飲んでいるお父さんは上機嫌そうに言った。
「うん、そうだね」
食事に夢中の僕は声だけで返した。なぜなら、手術までの入院中ずっと味気ない病院の食事だったので、こういう食事は久しぶりだった。
「勉強がんばりなさいよ!」
お母さんはまあ大丈夫だろうけどという感じて言った。
(まあ、僕じゃなけりゃ問題ないんだろうけどね。僕中学二年のところまでしか分からないし……)
「まあ、僕なりにがんばるよ。にしても、おいしいねこの麻婆豆腐!」
僕は本当に感涙しそうだった。そんなにも病院のご飯は味気なかったのかと言われれば、即答でそうだと言うだろう。
「おかわり!」
本日三杯目だ。お母さんは、目を皿のようにして驚いた後お米を僕の茶碗によそった。
「今日はどうしたんだ?」
お父さんが訊いてきた。
「何が?」
「いや、いつもよりやけに元気だなと思ってな。なんかあったのか?」
「ん?まあ、色々とね」
何があったとかは言える筈もなく、僕は軽い感じで答えた。
「まあ、女にはね、男にはわからないことが色々あるのよ」
お母さんはそう言いながら食器を片付け始めた。
「まあ、そういうこと」
僕もさっさと食べ終えて食器を片付け始めた。
「なんだよ、二人して。男にだってな、あるんだぞ」
一人席に座っているお父さんはそう言うとグビッとビールを飲んだ。僕とお母さんは、それを見て小さく笑った。


「ふぅー、食った食った」
僕は食器の片付けを手伝った後、自分の部屋のベットに寝そべった。
「あー、明日から高校か……」
お母さんの話によると、ここから徒歩で三十分も掛からないらしい。まあ、近くてよかったんだけどこれからどうすればいいんだろうか。考えたってどうしようもないと思うけど。
「まあ、なんとかなる!プラス思考にこれからは生きよう」
僕はさっさと部屋の電気を消して布団に潜った。今日は精神的にも肉体的にも疲れていたのですぐに深い眠りに入った。

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