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姉がくれたもの

作:うえきバチ

 私の名前は沢木 美夏、中学三年生です。今病院の手術室の前で長椅子に座っています。手術室では私より一つ下の弟である薫が、一生懸命生きようとがんばっているのでしょう。
 薫は生まれた時から心臓が弱く通院生活の日々でした。生まれた当時、お医者様にいつ危険な状態になってもおかしくないと言われました。助かる方法としては、人工臓器を付けるしかないとのことでした。そして、少しずつですが元気になってきたということなので、今日人工臓器の手術をするということが決まり、今日と言う日を迎えました。
 私の隣に座っている父と母は、祈るように両目を瞑って俯いていました。母はもう涙すら流しています。私といえば、「手術中」という赤いランプを瞬きすることも忘れ、じっと睨んでいました。
 かれこれどのくらい時間がたったのでしょうか、私には何十時間もこうしているような気さえしました。私は目を閉じて祈りました。
(お願いします。どうか、薫が助かりますように。弟が助かる方法があるのでしたらどんなことでもいいです。お願いします。お願いします。お願いします)
 私はギュッと目を瞑りながら祈っていると、だんだん意識が無くなっていきました。そして――


 僕は、暗い中で一人両腕で膝を抱え込み、顔を伏せて縮こまっていた。
「ここはどこなんだろ?僕は手術中のはずなのに、暗くて怖い。誰か助けに来てよ。誰か……」
 しかし助けを求めたところで、誰も来てくれないだろうと思い、泣くしかなかった。暗闇の中、自分の声以外何も聞こえず、恐ろしいほど、しんっとしていた。
 僕はもうこのまま死ぬんだと思った。
「いつまで泣いてるの?」
 暗闇の沈黙を破るかのように、優しく強い声が聞こえた。そして、僕の頭にとても暖かい手が置かれた。最初は、びくっとしたけど、誰の声かすぐにわかった。
「お、お姉ちゃん?」
 僕は涙で濡れた顔を上げた。そこには、優しく微笑んだお姉ちゃんがいた。
「薫……いつまでも縮こまってないで動かなきゃ駄目だよ。あなたにはちゃんと歩ける足があるでしょ?」
「無理だよ。僕はもう駄目なんだよ」
 僕はもう立つ気力も無かった。
「諦めないで!ほら、お姉ちゃんが連れてってあげるから」
と言って手を差し伸べてきた。
「どこに?」
と訊くとお姉ちゃんは僕の後ろの方に指を指した。
 首だけを後ろに向くと、遠くのほうに明るく光る点が見えた。
「ほら、早く行こ?走っていけばすぐに着くから」
「僕もう走れないよ……走った途端心臓が破裂しちゃう」
 僕はもうどうでもよかった。どうせ僕はもう……
「なんで走ったらそうなるってわかるの?」
 お姉ちゃんは小首を傾げながら訊いた。
「だって、お医者さんだってみんなだってそう言うんだもん」
 なにいってるんだよと言う感じで僕は応えた。
「お姉ちゃんはそうは思わないよ」
「えっ?」
 僕は顔を上げてお姉ちゃんの顔を見た。
「なんで?」
「だって薫は強い子だもん。優しくて、誰よりも強い子だもん」
 お姉ちゃんは僕の手を取って立ち上がらせた。
「何を根拠に言ってるんだよぉ?」
 僕はお姉ちゃんを睨みながら訊いた。
「だってリハビリも頑張ってたし、朝晩欠かさず散歩してたじゃない」
「散歩じゃない、ウォーキングっていう運動だよ」
「どっちも同じようなもんでしょ」
「違うもん」
「はいはい。分かったから立って」
「絶対わかってないし……」
 お姉ちゃんに無理矢理立たされ。
「そんな引っ張らなくても、今自分で立つところだったのに」
「ふふっ。さて走るよ!」
と言って僕の手を強く握っていた。最初は戸惑ったが、僕も応えるように強く握った。
「大丈夫かな……」
「大丈夫!自分を信じて!いくよ、位置について、よーい……
 僕は、怖かったが勇気を出した。自分の力を信じて。
「……ドン!」
と言うお姉ちゃんの掛け声と共に走った。遠くの光を目指して、
「走れるじゃない。やっぱり」
「うん、走れた」
 不思議と疲れも感じなかった。
 そして、光が近づいてきた時、
「ねぇ、薫」
「何?」
「お姉ちゃんのプレゼント貰ってくれる?」
「うん!いいものなら」
 そう応えると、お姉ちゃんは顔を伏せて笑っていた。
「じゃあ、受け取ってね」
 僕らは光の中に突っ込んだ。


――と同時にお姉ちゃんとの手が離された。


「……美夏」
 ん?
「美夏!」
 お母さん?
「いい加減起きなさい!」
「うわぁ!」
 怒鳴り声と同時に僕は身体を起こした。
「いつまで寝てるのよ!明日から高校でしょ」
 お母さんは腰に手をあてて言った。
「……高校?」
 僕はぼーっとしていた。
「そうよ。さっさと下降りてきて朝食食べなさい」
と言ってお母さんは部屋から出て行った。
「高校かぁ……そっか明日から」
 あれ?なんかおかしいぞ。さっきお母さんは僕を起こす時美夏って……
「ま、まぁいいや。とりあえず、朝食を……」
と言って部屋から出ようとした時に、運悪く(?)戸の横にある姿見の鏡が視界に入りそこで僕は硬直した。
「えっ……。えーっ!!」
 僕は今までにない大声を出して驚いた。なんと、そこに映っていたのはお姉ちゃんだった。
「なんで、こんなことになっっちゃったんだ?お姉ちゃんは?」
 僕はお姉ちゃんの部屋に行こうとしたが、足を止めた。
(僕がお姉ちゃんになったということは、お姉ちゃんは……)
と思い本当なら僕がいても、おかしくはない自分の部屋に行った。
 ガチャ……
 僕の部屋の戸を開けたがそこは僕の部屋ではなく物置部屋と化していた。
「お姉ちゃんは何処に行ったんだろ?」
と呟いた時、ふと頭の中を何かが過ぎった。


「お姉ちゃんのプレゼント貰ってくれる?」


(そうだ、思い出した。僕は病院で手術を受けてたんだ。そして、僕の見ていた夢の中にお姉ちゃんが出てきて……)
 僕はいつの間にか笑っていた。
「ははっ……冗談だろ?お姉ちゃんが僕にくれた物って、この身体なの?この身体がプレゼントなの?」

 僕は、心の中からふつふつと沸き上がってきた。

「ふ、ふざけるな!なんで自分を犠牲にしてまでこんなことするんだよ!お姉ちゃん言ったじゃん!強い子だって、誰よりも強い子だって!なのに、こんなことされても全然喜べないよ!これじゃあまるで……僕がもう助からないから代わりに……この身体をあげたみたいじゃんかぁ!僕を信じてなかったのかよ!……お、お姉、姉ちゃんの……馬鹿ぁ!……」

 僕は泣きながらうずくまっていた。いつのまにか、お母さんが後ろにいて「どうしたの?」と心配そうに訊いてきたが、僕はとにかく何もかも涙として流してしまいたかったので、振り向かず黙って、涙で濡れている目の中で床を睨んでいた。でも、お母さんは何も訊こうとせずただ、背中を優しく擦ってくれているのがとてもうれしかった。

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