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「本日は連日の雨模様が嘘のように晴れ、快晴となるでしょう」





 晴れ渡る空、漂う雲。文句のつけようがない程の快晴が広がっていた。おそらく、どんなに頑固な
人間でも気分が高揚するであろう穏やかな天気だった。町のあちらこちらでは、この絶好の天気を無駄にするのは
もったいないとばかりに人々は出かけていくのであろう。事実、犬の散歩をする人や公園のベンチで日向ぼっこ
しているおじいさんは、いつもより多そうだった。

 しかし、晴天の下に天気とまったく逆の気分の青年がいた。

 青年は平日の昼だというのに学校の屋上に寝転んでいた。別に眠たいわけではない。

ただ、授業が退屈だから抜け出してきたまでである。

「あー、つまんねぇ。本日は快晴なりってか、無駄に天気だけはいいんだな、今日は」
 しばらく、流れていく雲をぼーっと眺めていた青年は、やがて起き上がって階段のほうへ
歩いていった。











特異恋愛忌憚
猫又三郎presents






 第話 境界線





 ここは西日本のとある県の一角にその住居を構える、名もなき町である。名もなき町とは言っても
とりあえず名前はある、薫春町というのがこの名もなき町の正体であった。

 別にこれといって取り柄のない住人2万人の小規模の町である。町には高校が1つしかなく、大抵の
学生は小さい頃からの知り合い同士であった。この事実は、この町がよく言えば地域交流が盛んな
悪く言えば閉鎖的であるかを如実に示していた。

 しかし、こんな町にも歴史がある。昔、おそらくは鎌倉時代以前のことだろうか平氏と源氏の
歴史的な合戦が各地で繰り広げられていた。ここ薫春の里も例外ではなかった、合戦で落ち延びた
武士が野党と化して、村々を襲うことなど当たり前な世の中で人々は不安に苛まれていた。

さらに悪いことに村である事件が起こった。

「落ち武者の亡霊を見た」

 そんな噂が、村の中に瞬く間に広がっていったのである。今の世ならいざ知らず、迷信や
古いしきたりが受けいれられていた時代のことである。人々の混乱は計り知れなかっただろう。

 しかし、ある僧がこの村に訪れたことで、自体は良い方向に転がりだした。

 僧侶は村の人々に信仰を説き、更に野党に対する防壁を築くべきだと進言し村に平和を取り戻した、といった内容である。

 僧侶が立ち去った後も、この町の人々は信仰を忘れることはなく、今でも町のあちらこちらには
この時代に作ったとされる寺院や神社が点在している。それがこの町の特徴といえる唯一のものであった。






 ゴロゴロゴロ。





 夕方になり、あれほど晴れていた天気が一転、どうやら一雨来そうな天気になっていた。

その天気の下を先刻の青年が歩いている。

「帰るまで保つかな、天気予報ってのは当てにはならないもんだな」

 晴れていたら晴れていたで、曇ったら曇ったで不平を言う、不条理な年頃である。

「見つけたぞ、洋二。」

 突如後ろからドスの効いた声が青年に掛けられた。後ろを振り向くと、今時の若者の格好とは
およそ異なった、古臭いヤンキースタイルの男が4人ほどがこちらを睨み付けていた。

「あんたら何処のどちらさん?ぜんぜん見覚えないんだけど」

 しかし、青年は怯む様子もなく、むしろ淡々と返答をした。

当然の事ながらこの言葉が、こういった手合いの感情を逆撫ですることは言うまでもないが。

「ふざけんじゃねえっ!お前に覚えがなくても、こっちにはあるんだよ!」

 そう怒鳴ると4人の男は一斉に青年にかかって行く。

「まあいいけどな。雨が降りそうだから、さっさと終わらせるか」

 青年は軽く構えを取り、男達を迎え撃った。





 数十分程後、さきほどの路上でヤンキースタイルの男達が転がっているのが発見されるのだった。





 洋二と呼ばれていた青年。本名、岩崎 洋二(いわさき ようじ)は所謂、不良とみなされていた。

何処の町にも、そんな存在はいるものなのである。しかし彼、洋二は別段、一般の地域住民に迷惑を
掛けたりはしない。そもそも彼は短気ではあるが、自分から喧嘩を売って行ったりはしなかった。

相手が喧嘩を売ってくるから買う。そんなことを繰り返しているうちに彼は不良と呼ばれるようになった。

 洋二は喧嘩が強かった。一般の成人男性よりも頭一つ分ほど背が高く、それでいて痩身といったわけではなく
ガッシリとした体つきだった。見た目には、モデル並の体型、さらさらとしている黒髪で、
なかなかの美丈夫ではあったが、その鋭い目つきと不良といった肩書きの所為で親しい友人も居らず
クラスでも少々浮いた存在だった。洋二はそんなことには我関せずといった態度で飄々としていたが。

そうでなくとも洋二は、この町では珍しく、中学の頃に転校してきた転校生であった。

そんな彼は現在、薫春高校に通う、まあまあ普通の高校2年生であった。





 そう、この日までは。





 ヤンキーどもを瞬く間に倒した洋二は、現在この町最大の川である古縁川にかかる古縁橋を渡っていた。

 古縁川は、昔はたびたび氾濫して薫春町を北と南に分け隔てていた。そのためか、この川は別名「天の川」とも
呼ばれていた。最も明治時代に行われた大規模な河川工事のおかげで、川が氾濫するがなくなると共にそんな話も
だんだんと廃れ、今ではこの橋で出会った男女は恋人なれるといった話に取って代わられていた。

 橋の中ほどを過ぎた頃、洋二の目に川を一心不乱に見つめている少女が映った。少女は川の流れを見つめて
世を儚んでいる、わけではなかった。どちらかというと困った感じである。

「お前何やってるんだ」

 洋二の声に少女がビクッと身をすくめた。振り返り洋二を認めた瞬間、ビククッと更に身をすくめる。

どうやら洋二のことを知っているらしい、どうせろくでもない噂関連だろうけども。

 やれやれといった感じで洋二は頭を振った。

「そんなに身構えるなよ、別にとって食おうってわけじゃないだろ」

 洋二が声を掛けても、少女は防御の姿勢を解かなかった。どうも信用されてないらしい。

 しかし、洋二よりも気になる物があるらしく、また視線を川に向けた。

 洋二の方もつられて少女の視線の先を見る。そこには段ボール箱に入った1匹の子犬が流されているのが見えた。

どうやら川の土手に捨てられていたダンボールが、連日の雨の影響で増水した川によって押し流されているのであろう。

中に入っていた子犬と一緒に。

「あの犬か?」

 洋二が尋ねると少女は頷いた。少女の横顔を見るともなく見ると何処となく見覚えがあった。

(たしか同じクラスだよな、名前は三木 葉子(みつき ようこ)だったかな)

 なぜ洋二が少女、葉子の名前を知っていたかと言うと葉子が絶世の美少女だった、わけではない。

どちらかといえば地味だ。黒ぶち眼鏡に三つ編み、まさに文学少女然とした格好。単に自分の席の
隣に彼女がいたのを偶然覚えていただけであった。

「このままじゃ、あの子が死んじゃう!」

 隣からは切羽詰った声が聞こえる。

「って言われてもなぁ、どうしようもないし」

 洋二は辺りを見渡してみたが、既に暗くなりかけていたためか自分たちの他に人の姿は見つからなかった。

別に子犬に同情はしなかった。ただ運がなかったんだな、とでも言いたげに事態を傍観していた。

 突然、葉子は走り出した。どうやら橋の下に回りこむらしい、そうしたところで子犬までの距離が
縮むとは思えないのだが。

「おい!どうするつもりだ!」

 洋二は葉子の後を追いかけながら尋ねた。

「………」

 葉子は答えない。おそらくは自分でも、わけが分からず走り出してしまったのだろう。

見た目とは違い、激情家なのかも知れない。

 橋の下の川原に着いたが、流されている子犬との距離は変わらなかった。

 ダンボールの中にいる子犬は、不安そうにキャンキャンほえている。

「………っ」

 葉子は先日までの雨で増水し、流れも急になっている川に足を踏み出した。

「おい!ちょっと待てよ!」

 追いついてきた洋二が、思わず葉子の手を掴んで止める。

「お前、こんなに流れが速い川に入ったら死んじまうぞ!止めろって!」

「離してっ!…岩崎君には関係ないじゃない!」

 葉子は今になって初めて洋二の名前を呼んだ、が今そんなことは関係ない。

 洋二に手を払いのけて、さらに川の中に入っていく葉子。まだ春先で海水浴には早すぎる季節ではあるし
夕暮れの時間帯の川水は刺すように冷たい。

「関係ないって言われればその通りだ。犬が死のうが死ぬまいが俺には関係ない。

…けど目の前で人が死が死ぬとなれば話は別物だ。じゃあ、どうする?一緒に溺れ死ぬのか?ばかばかしい…
でもなぁ…」

 洋二は迷っていた、迷いぬいて出した結論は…。

「あーーーっ!神様恨むぜ、くそっ!どうにでもなれ!」

 洋二は葉子の後を追って川の中に入っていく。

「待て三木!俺に代われ!」

「待って、後もう少しだから…」

 既に葉子はダンボールに手の届きそうな所にまで来ていた。葉子の手がダンボールに伸びて触れた。

が。

「あっ。」






 ばしゃーん。





 手を伸ばそうとした所為で体勢が崩れ、葉子は川を流されていく。

「三木!手を伸ばせ!」

 やっと葉子の所まで来た洋二は、出来る限り手を伸ばした。

「でっ…できないよ、こ…の子がまた流されちゃう」

「ばか!なにやってんだ、早くしろ!」

 葉子は溺れながらも子犬を放そうとはしない。どんどん距離は離れていく。

「くそっ!」

 洋二は自ら川に飛び込み、葉子の方に近寄っていく。川の流れが急で半ば流されるようにして
洋二は彼女の元にたどり着いた。既に葉子はかなりの量の水を飲んでるようで苦しそうな顔つきだった。

葉子を背負い少しでも陸に近づこうと懸命に手を動かす、が、効果は上がらず無駄に体力を消耗してしまう。

(苦しい、息が出来ない…。もう手も動きやしねぇ…)

 もはや二人共、意識はなく激流になすすべもなく流されていった。

 沈んでいく。その刹那、光の膜が二人を包んだ。暖かい光が暗闇を照らす様子は幻想的だったが
その光景を見ているものは、ただ一人としていなかった。









 後書き
  初めまして、作者の猫又三郎です。後書きを書こうか書くまいか悩みましたが折角なんで
  書かして頂こうかと。すいません、出来るだけ作品の雰囲気を壊さないようにしますんで読んでやってくださいw

  えーと、私が言いたいことは一つ。この作品は全篇、喜怒哀楽の“喜”と“楽”で構成されるであろうってことです。

  誰も悲しい目には遭いませんので、安心してお読みくださいw




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