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厄年

作:山口多聞




「……どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

 わた……俺は呆然としていた。いや、呆然を通り越した放心かし……な。

 わ……俺の目の前には、鏡があり、そこには1人の女のが映し出されている。綺麗なロングヘア、整った顔立ち、男の視線を釘付けにすること間違い無しの大きさと形の良いバスト、出るところは出てへっこむ所はしっかりとへっこんでいる体。

 美少女と言っても過言ではない。恋人にしたい位だ……それが自分自身の姿でなければ。



 今年は本当についていない。大学卒業後3年も経ってようやく入社した会社がブラック企業で体を壊して半年で退社することになるわ、自動車をぶつけられて雀の涙の貯金を取り崩すはめになるわ、他にも小さなことを含めれば運が悪いにもほどがあるって言う位だ。

 去年まではそこまでではなかったのに、一体どうしてここまでツキに見放されているんだろ!?

「そりゃお前アレだろ、今年が厄年だからじゃないか?」

「厄年?」

 会社を辞め、再就職活動のために戻った実家で、親父からそんなことを言われた。

「お前今年で数えが25歳だろ。だったら本厄じゃないか。ちゃんと厄落とししないから、悪いことが続くんじゃないか?」

「くだらない。そんなの迷信じゃないか」

 俺は神とか、そう言う類のものははこれっぽちも信じない。信じても何も変わらないってのが俺の考えだ。

「そんなこと言うから、罰が当たっているんじゃないのか?言い伝えをバカにし過ぎると、碌なことにならないぞ」

 と、その時は勝手に言ってろと思っていたが、その後も就職活動は上手く行かないわ、財布は落とすわ、転んでケガするわと、悪いことが立て続けに起きた。

「何か悪いものに憑かれているんじゃないですか?」

 医者にまでそう言われる始末だ。

 こうなると、自分自身情けないことだが、親父の言葉がフッと頭を過ぎった。

『今年は厄年だろ』

 もう神だろうと仏だろうとなんでもいい。この不運から少しでも逃れられるなら、何でも頼ってやろうじゃないか。

 そうして、俺は実家の近くにある逓得巣神社に向かった。と言うか、この辺りにはこの神社以外、厄払いのお払いをやってくれる神社などなかったのだが。

 そしてまさか、これが俺の運命を捻じ曲げることになるとは微塵も思いもしなかった。



「厄払いですか?」

 対応に出てきたのは、俺と同じ位の年頃の若い宮司だった。なんでも、最近親からこの神社を継いだらしい。

「うん。今年が厄年で、そのせいか判らないけどどうも運に見放されていて。だからお払いをお願いしたいんだけど」

「わかりました。準備するので少々お待ち下さい。その間にこちらに受付と、祈願料をお願いします。」

 宮司はそう言うと、一度社務所の中へと入っていった。俺としてはこんなことに金払うのもどうかと思ったが、必要経費と思って割り切った。

 そしてしばらくすると、宮司がよくテレビとかでも見る、白い神がついた棒を持って戻って来た。

「あ、それって良くテレビとかで見る」

「これは御幣と言って、これで厄を祓い清めるための道具です。さあ、拝殿へ行きましょう」

 俺は宮司に案内されるまま、拝殿へと入った。

「じゃ、御祓いを始めますのでここに座ってください」

「はいよ」

 宮司に言われるまま座った。さすがに胡坐はマズイと思って正座はしたけど。

「それでは始めますので」

 宮司が太鼓を鳴らし、御祓いの儀式が始まったらしい。

 神様をありがたがるやつが見れば、神聖に見えるんだろうけど、生憎神様なんか信じてないからな、すぐに眠くなってきた。

 後で考えれば、この不届きな態度も不味かったかもしれない。

 宮司が祝詞を読み始めた頃、俺は突然体全体に違和感を感じた。痛みとかじゃない。なんと言うか、体全体がくすぐったい様な、むず痒いような。

「!?」

 眠気は吹っ飛び、俺は声を上げようとした。けど、俺の体はまるで金縛りにあったかのように、全く動かない。

 何がどうなっているんだ!?と思っている内に、胸の辺りに今まで感じたことのない重みを感じた。さらに下半身で何かが這いずるような不思議な感覚。

 痛みとかの不快感はない。ただ俺の体に得体の知れない何かが起きていることだけはたしかだ。しかし、そのことを声に出そうとしても、全くに声にならない。宮司は俺に背を向けたまま祝詞を読み続けている。

 その間にも、俺は体に変化を感じ続けた。段々と目線が下がる。体が小さくなっているようだ。しかし、それとは対照的に胸や腰周りに窮屈な感じがする。

 だが、突然胸を肩と背中で締め付ける感触と、腰周りを何かがぴっちりと張り付くような感触がした。そして目の前に何かが落ちてきた。どうやら髪の毛のようだ。

 体を動かすことが出来ないため、自分の体に何がおきているのか全然わからなかったが、とにかく俺の体が何か別の物に変わっていることだけは確からしい。

 しかし、不思議と恐怖とか不安は感じない。ただ驚きと混乱だけが俺の頭の中を渦巻いている。

 次第に体から感じられる変化が小さくなっていく。ただし、逆に俺の頭はボーッとし始める。苦しみは一切感じられない。逆に、なんと言うのだろう、体全体が脳から脚のつま先までマッサージされ、その心地よさの中に沈んでいくような。

 意識が遠のく……



 意識が戻ってきたとき、私の目の前には御祓いを頼んだ若い宮司の顔があった。

「うわあ!?」

「わあ!?」

 私は宮司の顔に驚き声を上げ、宮司はそんな私を見て声を上げた。あまりにも驚いたものだから、自分の声や体の違和感に気づかなかった位だ。

「あ、ごめん」

「いや、こちらこそ驚かせました。ところで、あなたは東雲さんでよろしいですか?」

「そうです、他に誰……て、なんですかこの声?」

 私の口から出たのは、自分のものとは思えない透き通った綺麗な女性の声……あれ?おかしい、何故か自分のことを俺ではなく私と言っている。

 そして体の違和感にもようやく気づいた。胸にはこれまでに感じたことのない重みがあり、しかも肩と背中で締め付けられるような、変な感覚。

 視線を少しずつ自分の体の方へ向けていくと、まず手が映る。ゴツゴツした男の手ではなく、白く細い女性の手。腕も以下同文。そして、さらに視線を降ろせば、胸にある服を押し上げている巨大な膨らみ。

 恐る恐る手で触ってみる。手の平に伝わるぷよぷよした感触と、胸から伝わる触られていると言う感触。

「……」

 無言のまま、今度はその手を股間へと下ろす。先ほどまで履いていたスラックスは跡形もなく消え、そこにはスカートがあった。足と足を動かすと、自然と擦り合い、胸同様今まで感じたことの無い感触が脳に伝わる。

 思わず声をあげそうになったが、幸か不幸かそれ以上の衝撃がわた……俺の意識を奪っていった。股間には、慣れ親しんだ物の感触が全くない。それどころか、体の中に何か今までなかったようなものがあるように感じられた。

 手を顔にやると、朝はあった口回りの髭の感触がない。いや、顔全体が丸みを帯びて小さくなっている。それに、肌もスベスベになっている。

「あの、鏡ありますか?」

 自分の口から恐る恐る出た声。

「あ、ちょっと待ってください」

 宮司がすぐに社務舎の方へ走っていった。そして、彼が持ってきた鏡に映し出されたのは、朝まで見えた自分の顔とは似ても似つかぬ美女が不安そうな表情でこちらを見ている光景だった。

 次の瞬間、私は遠くに宮司の叫び声を聞きながら、再び意識を投げ出した。



「あなた、本当に男だったんですか?」

 わた……俺の目の前に座る医者が怪訝な表情をしている。

「あたりまえです!わ、俺は男です!正真正銘東雲武志です!」

 堂々と本名を名乗ってみるが、自分で言うのも何だが声のせいで違和感ありまくりだ。

「と言われましても、色々検査してみましたが、あなたは正真正銘女性ですよ。むしろ、男性であった痕跡を探す方が難しいです」

「うう……」

 医師の言葉に、わ、俺はうな垂れるしかなかった。神社で倒れたわ、俺はその後病院に駆け込み、自分の体を調べてもらった。しかし、結果は予想を裏切るものでわた、俺の体は完全に女になっていた。

 このやたら重く膨らんだ胸も、平になった股間も間違いなくわたし、じゃなくて俺のもの。体内を調べた結果、子宮や卵巣まであり、そのエコー写真まで撮られれば、いやでも認めずにはいられなかった。

「あとは指紋かDNA鑑定を行なう位しかありませんね。まあ、それでわかるのは、あなたが東雲武志と言う男性と同一人物だということだけですが」

「……どうしてこうなったとかは?」

「今の科学じゃ、瞬時に男性を女性にするなんて不可能ですよ。もちろん、逆もです。つまり、あなたに起きた事を科学的に証明することはできません」

「……」



「どうでしたか?」

 わ、俺が診察室から出ると病院まで連れて来た若い宮司、高垣譲治が声を掛けてきた。

 わた、じゃなくて俺は力なく首を振った。

「そうでしたか」

「別にあなたが気にする必要はないわ」

「けど、目の前であなたが女になったのを見たのに、放っておくことなんかできませんよ」

「ありがとう。けど、あなたはわた、俺を男に戻せる?」

「そ、それは」

「でしょ?だから、気にしないで。わた、俺のことは放っておいてくれる?」

「でも、うちの神社で起きたことなんですから、放って置くなんてことは出来ませんよ。あなた自身はどうする気なんですか?」

「そ、それは……」

 正直わた、俺もどうすればいいかなんてわからない。両親にどう説明すればいいかもわからないし、とにかく今自分の身に起きたことを理解するのにさえ苦労している。

「ええと、まずは家へ帰って……親になんて顔をすればいいのかな?」

「僕も一緒に行きます。今のあなたのことを一緒に説明してあげます」

 確かに。この姿で家に帰っても、お父さ……親父もお袋も信じてくれないだろう。ここはこのひ……こいつの厚意に甘えよう。

「じゃあ、よろしくお願いします」



「あれからもう1年か」

 女になってからの一年を短いようで、長く。長いようで短かった気がする。

 女になってしまったその日、家に帰った私を出迎えた両親は、驚きこそすれそのまま私を受け入れてくれた。それどころか「私娘が欲しかったのよ」とお約束のセリフを口にするお母さんに頭が痛くなった。

 その後、なんとか男に戻れないか色々とやってもみたし、調べてもみた。譲治も私のためにいろいろやってくれた。けど、結局全部実を結ばなかった。

 男には戻れない。そう感じたわた、俺は仕方がなく社会的に女として生きていく道を選んだ。何せ、そうでもしないと色々と不便どころか、自分の存在が認められなかったのだから。何度お役所や病院へ足を運んだかわからない。

 ようやく先日戸籍を全て女性に直し、名前も貴子になった。両親は色々と違う名前を出してきたが、少しでも男の名前に似せたかったので、母さんの玩具になりっぱなしのわた、俺もこれだけは貫いた。

 未練が残るかもしれない。けど、男だった証を残しておきたかったんだ。これから女として生きることを受け入れるとしても、大切な人生を捨てたくはない。

「貴子さん?どうかしましたか?」

 物思いに耽っていたわた、俺の背中に声が掛かる。もう何ヶ月もほぼ毎日顔を合わせている男の声。譲治の奴だ。

「ちょっと思い出してね」

「あ、ごめんなさい」

「別に謝ることじゃないから、気にしないで。それよりもどう?似合う?」

「はい。とても良くお似合いですよ」

 今のわた、俺が来ているのは赤い袴が特徴の、所謂巫女服って奴だ。今日からこの神社で働くので、これからは毎日のように着ることとなる服だ。

「ありがとう……本当に今日まで色々とありがとう」

「何ですか?藪から棒に?」

「その、この1年間あなたに本当にお世話になったなあって」

「何を言ってるんですか。僕の方こそ、あなたを元に戻せなかった。本当に申し訳ありません」

 本当にこの人は。優しい人だな。まあ、だからこそ今日まで頑張ってこれたし、仕事にもありつけた。

「本当にあなたってお人好しね……けどそんなあなたとなら、女としての人生も楽しく生きて行けそうかな?」

 私が微笑むと、彼は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 可愛い人だ……つい1年前まで私は男だったのに。なのに、今じゃこの人に惹かれている自分がいる。

 思い直せば、この人と出会ってからはそれまでのツキに見放された生活とは打って変わって調子がいい。くじ引きや抽選に応募すれば何がしか当たることが多くなったし、祟られていると思えるほどトラブルに見舞われていたのに、あれからピタリと止んだ。そして、新しい自分の居場所も得られた。

 女になってしまったことが、不幸なことなのか幸福なことなのかはまだわからない。ただ、今の現実を見れば、厄はあの時完全に取り払われたような、そんな気がする。

「改めてになるけど、今日からよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」


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