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見えない生物バイトン3
作:雅良生


「その時、オサマビンラディンはお前に何をした?」

「オサマビンラディン?それは彼の本当の名前ではない。それは、彼が生まれてすぐに養子に出された先の養親に因んだ名前だ。彼の本当の名前は、獅子心王子オサマサウド。聖王ファイサルが巡礼宿の聖女と結ばれて誕生した御子。アラビーヤの希望の星。我ら旅の仲間の導き手だ。」

「旅の仲間?それはいったいどういう意味だ?」

「旅の仲間とは、アルカイダの本来の意味だ。カイダとは巡礼宿のこと。アルカイダとは同じ宿に泊って同じ釜の飯を食った仲間という意味だ。我らは聖王ファイサルが巡礼宿の聖女と結ばれることによって始められ、その御子によって引き継がれた悪魔を退治する旅に同行する旅の仲間だ。」

自白剤をしこたま食らわされたのだろう。拘束されたタリバンは、やや興奮気味にベラベラとしゃべり続けていた。

「それで、そのやんごとなきアラビーヤの王子様はお前に何をした?」

「まずヨードチンキを右手のヒジと肩の間に塗ってくれた。そしてメスカリンだといって赤い液体をスポイドでグラスの水に正確に五滴したたらせたのを飲ませてくれた。それからお前の目は、5、6分見えなくなるが心配しなくていい。目の玉が変わる間そうなるのだと言って脱脂綿のかたまりに真っ青なメチレンブルーをひたしたのを私の目に近づけた。さあこれで君もアラーが遣わされた使徒たちを見ることがが出来るようになると、言いながら。」

1939年にスウェーデンの科学者ペーデル・ビョルンセンは人間の目で見られる光の範囲を広げることに成功した。ヨード、メチレンブルー・メスカリンによる共同作用によりこのビョルンセンの処方をほどこされた人間は、普通の人間が見ることのできる光の範囲よりはるかに広い範囲の光を一時的に見られるようになった。その処方で分かったことは、人間よりもはるかに賢く善良で美しい生き物がこの地球には存在していたという事実だった。

「この4月4日にエルサレムに行った時に、私はビョルンセンの処方を自分に試してみた。聖都にはいたるところにバイトンがいるのを私は見た。」

「なんということを。」

クゥアンダルモ基地内でのタリバンへの尋問の様子を映したビデオ映像を見終わった後、国務長官のコリン・パウエルは衝撃的な事実を私に話した。

「そう。馬鹿なことをしたと思うよ。その結果は君も知っての通りだ。私はイスラエル軍のパレスチナ自治区への侵攻を非難する演説をしてしまった。ほんの一目見ただけだったのに、自分でも知らないうちに私はバイトンの影響を受けてしまったのだね。おかげで私は、国防総省や副大統領事務局のみならず、全米のマスコミから裏切り者と非難されることになった。」

コリン・パウエルは、4月危機の真相を淡々とした口調で告げ終わると、彼は私の方に向き直りこう質問した。

「あれは、本当に邪悪な生き物なのかね?」

私はこたえて言った。

「いちがいにそうは言えないと思います。しかし、それだからこそ、あれは危険なのです。」

コリン・パウエルは、彼の刎頚の友である国務副長官のアーミテージと共にバイトンの脅威を真剣に受け止めてくれている閣僚の一人だ。これと正反対なのが副大統領のチェイニーと国防長官のラムズフェルドそしてその腹心のウォルフワイズだ。先日のペンタゴンでの会議も、国防長官のラムズフェルドを引きずり出すためのものだったのだが、結局彼は口実をもうけて会議には姿をみせなかった。

国務長官のコリン・パウエルと参謀総長である空軍のマイヤーズ将軍そしてCIA長官のジョージ・テネットのいわゆる非戦派(全米のマスコミはこの呼び名を避けて彼らをプラグマティストと呼んでいた)と、チェイニー、ラムズフェルド、ウォルフワイズの開戦派と一線を画すのが、国家安全保障問題の担当の大統領補佐官コンドリーザ・ライスだ。彼女は、マスコミからの取材に対してこのように答えていた。

「私たちは、多くの問題を抱えています。テロリストたちとならず者国家への対応、大量破壊兵器の発見とその廃棄、そして民族問題などです。しかしその中でも優先されなければならないのは、エルサレム問題です。」

マスコミは、彼女がなぜパレスチナ問題と言わずにエルサレム問題と言ったのかを論じたものは皆無だった。しかしそこにこそ重要なものが隠されていたのだ。彼女はそのことを最初に発見した一人であり、コリン・パウエルはそのことに気づいた二人目だった。そしてそのころはまだ、私もそのことに気づかないその他大勢の一人だった。

国務省でのブリーフィングのためにワシントンDCに出てきた私は、そのついでに有名なサープラスショップ「フルメタルジャケット」に立ち寄った。ケーニッヒを車に残して店内に入ると、イラクに持っていく装備のいくつかを物色して購入した。ここは軍人や政府関係者もよく利用する店で、軍が支給する本物のデザートBDU関係の装備が購入できることで知られていた。

10月10日と11日に下院と上院のそれぞれがイラクを一国で攻撃する完全な権限を大統領に与える決議を圧倒的多数で可決すると、予備役の召集が開始された。全米の各地で週末ともなるとコミュニティーセンターや、小ホールで先の戦役に参加した年寄りによる子供たちに戦争とはどんなものであるかを話すトークショーが催された。「戦争には絶対に勝たねばならない」という信念を若者たちに刷り込む作業が行われていた。

召集令状によって動員された兵士たちを送りだす市町村では、教師や父兄に引率された小中学校の生徒たちが星条旗の小旗を持って送り出す場面が日常的になっていた。私たちIBM職員も、その多くが戦地に赴く日が迫ってきていた。私たちは実際の戦闘には参加せずに、私たちが戦争のために準備した対バイトン兵器の実戦における効果の評価をするのがその任務で、ために軍から支給される装備は限られていた。

両手で持ちきれないほどの買い物をすると、私は店主のジム・コーンに近道をしたいからと言って、裏口から出してもらった。路地を30メートルも行かないうちに、白のワイシャツに無地のタイ紺色の背広の尾行者がそっと後をつけてくるのを確認した。曲がり角を左折した瞬間に抱えていた買い物袋をドブに捨てると、私は駆け出した。横道にそれ裏通りを逆走すると、一見いきどまりの廃棄された変電所の前に行き着くと錆付いた梯子を昇った。

変電所の屋上から、尾行者が見当違いの方に走って行くのを確認すると、私はそっと梯子をおりた。路地を抜け出して車を駐車している方向に向かって歩き出していくらもいかないうちにいきなり腕をつかまれた。抵抗するのを予期したように利き腕は筋肉の伸び切る方向に捻じ曲げられた。人体のツボをこころえた扱いはあきらかにプロのものだった。振り返った私は驚愕した。

「ナディア、あなたには弁護士を呼ぶ権利と、自分に不利なことを黙秘する権利があります。」

ウオールは、逮捕令状を示すと、紋切り型の口上を述べると私を車に乗せた。最初の驚愕から我に返ると私は質問して言った。

「容疑はなんですか?」

「業務上横領と背任罪です。」

私は、瞬間に事実を悟った。そうかナディアは公金を横領していたのか。でも何でそんなことを?不思議とドナーに対する恨みの感情はわかなかった。おそらくは、心理学でいう解離に近い状態だったのだろう。なにもかもが他人事のような気がした。それと同時にすべてが当然のような気がした。人は何かを得た代償に同等のものをさしださねばならない。私は彼女の身体を得た代償に彼女の罪も引き受けることになったのだ。

「何か事情がおありだったのでしょう。お察しします。悪いようにはしませんので私たちにご協力ください。」

ハンドルを握りながら無表情にそう告げるかつての親友の横顔をながめながら、私は笑い出しそうになった。こんな場面にもかかわらず、彼との出会いから現在にいたる思い出が走馬灯のように思い出された。ハイスクールのバスケ部で州大会まですすむことの出来た時の興奮。イェール大学で優等生の座を争い、結果として二人ともにスカル&ボーンズに入会を許されて恒例の裸に泥をぬりたくってレスリングをした等々の思い出が。

「悪いようにしないだって。Go to hell(くそ食らえ)」

ガクっと車のスピードが落ちた。車を路肩に停車するとウォールは、私の顔をまじまじと見つめた。それからようやくのことで口を開いて言った。

「グレアム、戻ってきてくれたんだね。」

彼は、私の身体に腕をまわした、そして私も、見つめあい、抱き合った。それから彼の唇が私の唇に重なった。彼の唇はミントの味がした。幸せだった。こんな場面でなければとも思わなかった。おそらく私の思考は、想像以上に女性の身体に支配されていたのだろう。私は彼の愛撫に身をゆだね、親友と身体をひとつにしたよろこびをかみしめていた。

つづく


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