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霸 〜haou〜 王

作者:驟雨



 後編


翠は郷に寵愛されているのか。
あの地下の部屋にいることができるやつなんか普通いない・・。
余計な考えが脳裏に浮かぶ。



オレは翠の横顔を眺めながら呟いた。
翠は地下のこの場所をぐるりと見回している。

「翠・・これからどうするんだ?」

「私はこれから任務よ。」

「そうか。また・・・会えるのか?」

「え? だって任務って言うのは・・・」

「おい兄貴! 話は終わったのか!? そろそろ行かないと仕事の時間に遅れちまうぞ! オレは先に本部に行ってるからな!」

翠の言葉が途切れてしまった。
廃虚のマンションに真二の声が響いた。
それを聞いて翠はまた笑った。

「フフッ、真二君って勇敢なのね。あなたを助けるために1人で囮になろうなんて。」

その言葉はオレに嫉妬感を与えるものだった。
少しむっとしたが、構わなかった。

「兄貴! 早くしないとまたあの方に殴られるぞ!」

遠くからまた真二の声がした。
この言葉を聞いたとき、不意にキリリっと頬が痛んだ。
そう、このあいだ殴られた痕。
あの方に暗殺と命じられ、
その命に刃向かったことで殴られた痣がまだきっちり残っている。

標的はもちろん『禅』。
暗殺はオレにとっては初めての任務になる。

最初にその命を受けたとき、
『お前の実力なら暗殺など容易い。』
などと言われたが、禅もそれなりの権力者。
部下の数も知れたもんじゃない。
どこが容易いんだ。

「まったく。いつ、どこで、どうやって禅を殺せばいいんだ。武器も無しに?」

「やっぱり、一秀君も禅の暗殺の命を受けてたのね。」

「『も』って言うことは、翠も?」

翠は首を縦に振った。
そしてゆっくり話しだした。

「私があの方に仕えるようになってからすぐにその命は受けた。えーと初めて会ったのは今年の冬に入ってから、かな。あの方にとって禅は脅威であり、邪魔な存在。暗殺の方法も時期も聞いた。しかも指令の内容にこのようなことがあった。”霸王”と共に殺れ(やれ)って。」

「オ、オレと一緒に!?」

「うん。そうすればお前も手厚く扱ってやるって。まあそれだけなんだけど、私はうれしかったなぁ。一秀君と一緒の任務だ!って。」

オレはそういう翠をじっと見つめた。
頬を一筋汗がつたった。
心臓の鼓動をより早く、より大きく感じる。

「翠・・君は本当にそれでいいと思ってるのか? 人を殺すと言う任務(こと)が、本当にうれしいと思っているのか!?」

「え? 何言ってんの?」

「そのままの意味さ! 翠はうれしかったんだろ? この任務を言い渡されたとき。」

「ち、違うよ! 私が言いたいのは・・」

「違う? 嘘だ!」

「嘘じゃないわ! 私は人を殺すことがうれしいなんて微塵も考えてない。郷に断ることだっていつでも考えてた。私が言いたいのは・・一秀君と一緒なら、一緒ならうれしい。そう言ったかっただけ。」

「・・・え?」

オレはとにかく驚いた。
翠のあまりに必死な姿に心がうたれるわけなかった。

「信じて・・・お願いよ。」

翠の漆黒の瞳から一筋の光が零れる。
オレは鼻の奥が痛くなってきた。
頭の後ろのほうで冷たい何かが貯まり始めた。
この一言でオレは引き下がるしかなかった。

「ごめん、悪かった・・・。翠を信じるよ。」

「・・・・。」

それを聞いて安心したように肩をすくめた。
少し俯き、目をこすった。

まったく、オレはなに考えてんだ・・。
『殺す』。その言葉だけでカッカして、
翠にあたるなんて。

「ごめん、ごめんな。」

「もう、いいよ。一秀がそう言ってくれて、良かった・・。」

翠は顔をあげた。
そしてにこっと笑った。
またいつもの笑顔に戻ってくれたことがオレにとってなによりだった。
このときだけは翠が誠だなんてことはすっかり忘れて、
翠を本物の少女として見ていた。









手がキリリと痛んだ。
この寒さだけじゃない。
どこで傷を負ったのか右手の甲から血が出ていた。
オレはポケットから青いハンカチを出すとそこを左手と歯を使って、ぎゅっと縛った。

「ん・・」

やはりちょっと痛かったが、我慢出来る範囲であった。

2人は外へ出た。
いつもなら仕事へ向かうときこんなにのんびりしていられないが、
翠もいるし、気が向かなかいのもあったからゆっくり歩きはじめた。



今日は晴れていい天気だ。
空は青く住んでいて雲1つない。
この寒さだけはなんとかしてほしかったが、
オレは別の意味でちょっとだけ身体の顔の部分だけがが温かい気がした。

隣を歩く翠をちらりと見る。
白い頬と黒い髪に太陽の光が反射している。
本当にかわいい。
今まで生きてきて、出会った女の子で最高にかわいい。
他の人がそうでないと言ってもオレは絶対にその人の言葉は信じない。

まさか、翠と同じ任務だったなんて。
仕事としてやってきたことでもこれだけは避けたかったが・・。

だがオレはそれより重大な結論を出さなければならない。
翠とともに任務に就くか否か。
もちろん任務を破棄したい気持ちはこれで2人とも一緒だと言うことになるが、
命令に背き、あの方『郷』の怒りを買うのも好ましくない。
あれだけ殴られたんだ。
もう逆らうことに恐怖を覚える。
それに翠を巻き込みたくない・・・。

「翠、任務の内容に関係なく聞きたい。本当にこれでいいのか?」

「あの方の為ならって思えばもちろんいいわ。でもやっぱり内容が暗殺っていうのが、ね。」

「やっぱりそうくるよな。オレもだ。」

「うん・・・。でもやらなきゃまた一秀君が・・・」

「いいさ。殴られるのには慣れてる。」

オレは軽い気持ちで言ったが、
翠には深刻の表情が窺えた。

「いいえ、今度は殴られるだけじゃすまない。私、聞いたのよ。あの方がしゃべってること。今度背いたら──あなたを殺すって・・・。」

「なっ! それは・・ホントなのか!? ということは翠も?」

「ええ、おそらく私も殺される。裏世界って言うのはそういうものだと思ってはいたけど・・・」

「ああ、オレもそれくらいは考えていたが──自分が死の危機に直面するのは初めてだ。」

以外と落ち着いていた自分が恐ろしかった。
殺されるという事実が目の前にあるのに、
オレも翠もいたって普通の態度であった。

「翠に危ない目に会って欲しくない。オレだけで行く。オレがやれば翠は・・・」

「それじゃだめ!」

すべて言い終える前に翠が口を挟んだ。

「一秀君はやりたくないんでしょ!? そんな屈するような態度じゃだめだよ!」

「でも! こうするしかないだろ! 死ぬならオレだけでいい。」

「ううん。それも許さない。」

「・・・。」

こんなに人が多い通りで2人は大声で言い合っていたらしい。
通行人が不思議そうに、また白い目でこちらを見ていた。

今までこんなに心臓がドキドキしたことがあっただろうか。
今までこんなに頭の後ろが冷たくなったことがあっただろうか。
いや、ないだろう。

オレは考えた。
翠の希望は尊重したい。
でも翠はどうしても危険な目にあってほしくない。
仮にうまくいっても警察に捕まる。
うまくいかなくても郷に殺される。

選択肢なんかない。
オレがどうなろうと、翠が無事ならそれでいい。
それがオレの思いだ。

判断はオレに委ねられた。
もし危険が及ぶと予想出来たら翠だけでも逃げてもらう。
成功したら・・・それもすっきりしない。

考えがまとまらなかった。
頭がこんがらがりそうだ。

「翠・・一度休もう。あの公園で。」

オレが指さしたのは噴水が上がるきれいな公園だ。
冬に噴水の側は寒いが、あそこはオレが一番落ち着ける場所だった。
















噴水の側の石段に腰掛けた。
やや距離をおいた2人。
会って、真相を打ち明けて、まだ3日と経っていないのに。
こんなに本気で気持ちをぶつけ合った相手は翠が初めてだ。

翠のその素顔を臨み、
オレは決心した。
翠は折れない。決して折れることのない信念を胸に掲げている。
それのれっきとした態度に動くべきはオレだった。

「これは任務だ。やらなければやられる。それでもいいのか? オレと、一緒で。」

「構わないわ。」

翠の表情は変わらず、
オレを一直線に見つめている。
オレは相対した翠の右隣に移動し、座り直した。

翠は一瞬躊躇したが、
すぐに落ち着いた。

「本当にいいのか? 命を懸けた使命だぞ?」

「もちろんよ。」

もう一度確認したが、
翠の答えは変わらなかった。

「それならもう何も言わない。オレと、一緒に行こう。」

「ありがとう・・・。そう言ってくれて、うれしいわ。」

翠は隣に腰掛けたオレの左手を握った。
この暖かさが伝わってきたからなのか、
それともまた別の感情が生まれたのか分からないが、
顔が紅潮するのを感じた。

腰の辺りの力が抜けて、
立ち上がろうとしても立ち上がれない。

「ちょっ、あ。な、なに握ってんだよ。」

「ごっ、ごめん。」

焦るオレの態度と口調に、
翠は謝りながら手を放した。

だがこの行動はオレの意に反している。
心の中では翠の手を放して欲しくなかった。
もう、そう思っているから今翠の手を止めた。

「待って。」

ひっこめようとする翠の腕をすばやく掴んだ。

「えっ?」

「もうちょっとだけ、握っててもらっていいか?」

今度はオレから翠の白い手を握った。
握られたときより暖かさは感じなかったが、
今度はうれしさが込み上げる。

「・・・いいよ。」

翠はオレの手をギュッと握り返した。
何かが伝わった?
オレの中の何かがまた変わった気がする。

これで2度目。
あの老人に出会ってからもこんな感覚になったことがあった。

なにか懐かしくて、心が落ち着いて、
優しいこの感じ。

そうだ、これは友達ができたとき感じたもの・・・

そして今やっと友達が2人目。
いや、これはまだ1人目なのかもしれない。
だって翠も誠も同一人物だったんだから。

でもそんなことはどうでもいい。
誠は誠、翠は翠だ。

オレには・・・そう割り切るしか、なかったんだ。





ただ手を握っただけなのに。
ただこうして翠と2人っきりでいるだけなのに。

どうしてこんなに心が重たいんだろう。
何がオレをこうさせたんだろう?

今は翠はオレにとって友達以上の存在だった。
親とか、兄弟とか、
そういうものとはまた別の・・・存在。

「翠・・・」

「どうかしたの? さっきから黙り込んじゃって。」

「この任務が終わったら、終わったらでいい。無事に生きていられたら、オレと・・・ううん。回りくどいことはよそうか。オレは翠が・・・好きなんだ。」

別の存在とはそんなに特別な言葉では表現出来なかった。
簡単に言えば──『好きな人』。
恋人とか運命の人とかかたっ苦しい言葉は使いたくないが、
その言葉も当てはまりそうだ。

元々気づいていたのに、
自分の思いは何度も心の中で連呼していたはずだ。
ただ、出てこなかっただけ、か。

オレは息を飲んだ。
ただ一言伝えるだけなのに躊躇してきた。
口の中がカラカラに乾く感じがした。
心臓が胸を突き破って出てきそうなくらいバクバク唸っている。

言葉を聞いた翠は一瞬だけ驚いた。
そう、ほんの一瞬だけ。
でもすぐに笑顔を見せた。
翠はまた笑ったのだ。
最初に見たときと同じ、自然な『にこっ』としたあの表情を浮かべている。

「・・・ありがとう。」

それだけ言うと翠は立ち上がった。

「さあ、行きましょう。」

翠は手を差し出した。
オレはその手を握るとスッと立ち上がった。

「・・・ああ!」




まったく、この雰囲気をぶち壊しにするこいつさえいなければなぁ・・。
翠の背後からオレ目掛けて走ってくる少年が目に入った。

「おい!兄貴!本部への報告もオレにやらせて自分だけ・・誰? じゃなくてどちら様? 誠さんは?」











真二に事情を説明するのにそんなに時間は要しなかった。
元々誠を怪しんでいたのは真二も同じだったようだ。

「そりゃそうだよな。あんなに貧弱そうな奴(もちろん誠のことだったのでオレはその後真二を殴った)に手下なんているわけないし、ましてやあの方の幹部を1人よこしたんだからな。オレを助けたのがその幹部でさ〜。ん〜と、誰だったかな。忘れた。」











3人は通りを歩む。
オレはぶっきらぼうに歩く真二を監視しながら翠をちらちら見ていた。
また同じことを思ってしまうオレだが、朝日に映える翠は一層きれいに見えた。
女の子らしい白い肌と長い黒髪は光を反射し、スーツを着た翠の身体も一段ときれいだ。
この姿が誠だなんてもう到底考えられなかった。

「一秀君・・・大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」

翠が急に話しかけてきたのでオレはびっくりして足を軽くひねってしまった。
どうやら顔が紅潮していたのは本当だ。
翠ばかり見つめすぎてドキドキしていたのも事実。

「だ、大丈夫だよ。」

そう言うオレを見て翠がクスクス笑った。

「それにしても翠さんって本当に女の子みたいだよな。その指輪、オレも欲しーなぁ。」

真二が羨ましそうに翠の左手薬指に収まる銀色の指輪を眺めた。

「真二君も女の子になりたかったの?」

「そりゃそうだ! だって、女の子ならあんなことやこんなこと・・・(ボコッ!)」

(この、バカ弟が!! それ以上言ったら投稿出来なくなるだろうが!)









「ここが禅の経営するバーか。」

3人は足を止めた。
オレが建物を見上げながら呟いた。
古くさいボロボロの外見だが、
人が出入りしたような後がいくつも残っている。

「嫌な場所ね、いつ見ても。」

「禅は本当にここにいるのか? こんな人が多い通りに面した店に?」

真二が質問したが、それには翠が答えた。

「だからこそ見つかり難い。人目を避ければ避けるほど怪しまれる。そう思うでしょ?」

「ん〜、確かにそうだけどな。」

「翠。」

「? 何、一秀君。」

オレは感心する真二をよそに翠を呼んだ。

「『いつ見ても』ってどういうことだ?」

「ああ、私は何度もここに仕事に来たから。私が郷の配下だなんて禅は知らないから簡単に忍び込んで調査も取引もすることができたわ。」

「・・・そ、そうか。便利なものだな。女って。」

「あら、それって偏見じゃない? 男だって簡単に出入り出来るくらい警備は薄いし、私が女の子になったのはそのためじゃないわ。」

「・・・?」

オレはその言葉に疑問を持ったが、
ここでは追及をやめた。

「さて、どうするか。このまま正面から行くか?」

「その前に、どうやって禅を叩くつもり?」

翠はオレを上目づかいで見ながら言った。
じっと見つめられるとまた心臓がドキドキしそうだった。

「ああ・・その・・白兵戦で。」

オレは目をそらしながら言った。

「だって、武器は無し。あるとすりゃ・・」

オレはポケットから小さなペーパーナイフを取りだした。

「これだけだ。」

「悩む選択ね。」

「おい姉ちゃん。オレらはなんとかなるぜ? だってガキの頃から郷に『これ』仕込まれたからな。」

真二が口を挟むと、
足を180度真上に挙げて見せた。
通りを通りかかった人々はびっくりしてこちらを見ている。

「真二、下ろせ。まあ、格闘技は得意分野だ。相手が銃を持っててもなんとかなる。」

「頼もしいのね。私だけかと思ってた。」

「私だけ・・?」

翠はクスクス笑うと、

「見れば分かるわ。」

とだけ言い、店を見つめた。

「行きましょ。」









オレはドアノブに手をかけた。

「翠、普通に入っちゃって大丈夫か? 君はまだしもオレたちはまずいんじゃ・・。」

「大丈夫よ。中には誰もいないわ。」

「誰も・・いない?」

「そうよ。だってここは夜しか営業しないんだから。まあそれも表向きだけだけどね。」

「そうだよ兄貴。いまさらグズグズするのは無しだぜ。」

オレは迷ったが、2人の言うことがもっともだった。
真二を信じず、翠を信じずに誰を信じればいいんだ?

「わかった、行こう。もう迷わない。」

「そうこなくっちゃ!」

「それでこそ”霸王”だぜ!」

オレはドアノブを『回した』。









翠の言ったとおり、
中はもぬけの殻だった。
人の気配は全く無く、
机や椅子がちらばっているほか、何も無い。

「ほら。」

「ああ・・でも禅はどこにいるんだ?」

「郷の本部と同じ、地下室にいるわ。」

「そうか。よし、行こう。」

3人は足を地下へと進める。
分かりやすくあった扉をくぐり、
その奥の階段を降りる。
まるで本部と同じ構造だ。

「妙だな。なんでここまで似せてあるんだ?」

「さあ・・それは私にもわからないわ。」

「いいじゃんか。わかりやすくて。」

まあ今それを考えるときじゃない、か。
階段を一段一段踏みしめるごとに任務に対する嫌悪感が生まれてくる。
どうしても気が乗らない。当たり前だが・・。
隣を歩く翠をまたチラリと見た。

表情は固く、薄暗いからなのか、
顔から血の気が薄れている。

「翠、大丈夫か?」

「えっ?」

「表情に乱れがあるぞ。」

「だ、大丈夫。」

「・・・そうか。」

それ以上、何も話さなかった。









そしてついにその時が来た。
地下の冷たく分厚い鉄の扉の前にたどり着いたのだ。

「2人とも、用意はいいか?」

「私はオッケーよ。」

「いつでもいいぜ、兄貴。」

「中でなにが起こっても──」

オレは2人を見ながら言った。
さすがにこの深さだと顔の輪郭と表情がうっすらしか見えないが、
熱意や気持ちは伝わってくる。
それを頼りにオレは言った。

「──耐えていけるか? 例え死人が出ても、だ。」

「「・・・」」

2人はだんまりだった。
言い方が悪かったのだろうか?
死人はさすがにまずかったか・・・。

「一秀君、死ぬのは私たちじゃないわ。」

「もちろんだ。」

「絶対にやられたりなんかしないぜ!そうだろ兄貴?」

「ああ!」

2人は頷いた。
それに続いてオレも。

「開けるぞ・・・」









まったく、こんなところとはおさらばしたいよ。
なんて思ってる暇は無い。
オレはたばこの匂いが大嫌いだが・・今はそれすら忘れそうだ。

「おう・・これはこれは翠。よくやった。」

禅の発した言葉がこれだ。
もうオレはなにがなんだかわからない。

「仰せの通り、霸王とその弟を生け捕りにいたしました。」

そして翠もこう言うんだから。
信じたのにもうどうでもよくなっちまった。

「おい姉ちゃん! どういうことだよ!?」

真二もわめいているが、その声すら翠の耳に届かないようだ。
まったく無視している。

「さあ禅様。どうぞ・・・」

「翠よ。さがって良い。」

翠は禅に一礼して3歩程後退した。




地下室にいる人数はおよそ20数人。
これが禅の幹部なのか、ただの下っ端クラスなのかはわからないが、
どのみちオレたちは助からないだろう。

この部屋は郷の本部よりずっと広い。
ビリヤード台やらゲーム機器やらやたらと物が置いてある。

たばこの煙も本部より多く立ちこめている。
鼻をつんと突く匂いがさっきからずっとする。
それとアルコールの匂いと・・・マリファナ。

「翠! ・・・どういうことなんだよ!?」

「ごめんなさい。私は郷の部下なんかじゃないわ。逆なのよ。禅様の部下。あなたたちに近づいたのもすべて禅様のため。一秀・・・あの告白にも答えることができそうにないわ。」

「・・・」

「これでわかったでしょう。郷なんかより禅様に仕えたほうがよっぽど・・・」

「もういい!! それ以上なにも聞きたくない!!」

オレは翠を睨んだ。
両腕を縛られ、肩を捕まれ身動きが取れない状態でオレはいきり立った。
隣に真二も同じ体勢でいる。

「兄貴! こいつは、こんなやつ・・・だったのか!? オレとしたことが・・・はじめから信用しなければ良かったよ!」

「ふはははは! 言い様だな”霸王”よ。好きな女性に裏切られた苦しみを存分に味わうが良い!」

オレは歯をギリリと食いしばった。
俯きかげんのオレの目からは涙がこぼれ落ちた。
悔しいのと、絶望感と、裏切られた悲しい気持ちがその理由だ。
翠がまさか裏切るなんて・・・

「さ〜て、”霸王”を生け捕りにすればこちらのものだ!全員郷の本部へ突き進め!郷を倒せ!こいつほどがいなければほとんど戦力も残っておるまい・・。」

禅が叫んだ。
その声に従い、部屋にいた20人くらいの手下が声をあげる。

「み・・どり・・」

オレはとぎれとぎれの押し殺した声で翠を呼んだ。
いや、呼んだのではなく、翠の名を呟いただけだ。
が、翠はそれに反応したようにこちらを見た。
翠はオレを見ると小さく片目を閉じた。

「・・・?」

「禅様。この者たちの処分は私にお任せを・・」

「そうだな。頼んだぞ。刺し殺すなり、撃ち殺すなり、好きにするが良い。」

「はっ。」

翠は軽くお辞儀をした。
その頭を下げた姿勢でまたオレのほうを見た。
今度は少しだけ微笑んでいた。









「さて、真二君。悪いけどあなたから死んでもらうわ。」

翠はそう言うと懐から銃をとりだした。
そして真二の眉間に銃口を向けた。

「お前なんかに殺されるかよ!」

真二はまだ気づいていないらしい。
翠には何か考えがあることを・・・

「真二! ・・・もう何も言うな。」

「でっ、でも兄貴!」

「いいから、黙ってじっとしてろ。そうすれば痛くない。」

その言葉に禅は反応した。

「フフフ、さすが”霸王”死ぬときの方法も考えていたとはな。感心だ。」

禅はまた笑いながら言い放った。

「くっそぉ・・」

真二は顔を歪め、禅を睨みきった。
禅はその今まで見せたことの無い真二の表情にぴくりとも反応せず、
翠にむかって頷いた。
きっと「殺れ」って意味だろう。

翠は引き金に指をかけた。
真二は覚悟を決めたのか、目を閉じている。

「さあ、最後に何か言っておくことは?」

この言葉、普通なら翠が真二に向かっているべきセリフであるが、
発した人物はオレだ。
オレが禅に向かって言ったのだ。

「禅、答えろ!」

「・・・? 何をおかしなこと言っている霸王。それはキサマにそっくりそのまま返してやる。」

「・・・。」

オレはにやりと微笑んだ。
禅はわけがわからないようで動揺していた。
そして翠を見ると頬をくっと上に上げた。

オレは縛られた腕を懸命にひっぱり、
後ろポケットからナイフをとりだした。
それを勢いよく禅に向かって投げた。

「ぐあっ!!」

バン!!

続いて銃声がした。
撃ったのは翠。
撃たれたのは真二・・ではなく真二の背後にいた禅の手下。

「その影に!」

翠が言った。

オレは真二を引き連れ、
翠について物陰へと飛び込んだ。

バンバンバン!

次々に銃声が聞こえてくる。
チュイン! と掠める音も、チリチリ火花が散る音も聞こえる。

「殺せ! 殺すんだ!くっそぉ〜!」

禅が痛みに耐えながら部下に命令している。
その隙にオレと真二は翠に縄を解いてもらった

「一言言えよな?」

「そうならそうと言えよ姉ちゃん。」

オレと真二は同時に翠に言った。

「ごめんごめん! 敵を欺くにはまず味方から、よ。・・!」

バン!

翠の銃がまた1人敵を打ち抜いた。

「さて、オレたちの出番ってワケだ。」

「行こうぜ、兄貴!」

2人で物陰から飛びだし、敵に蹴りかかっていった。
銃弾が飛び交う中、オレと真二は敵を殴り、蹴り、投げ回した。

「やるじゃない! あんなに嫌がってたのが嘘みたい。ま、私が闘争心をかき立てちゃったかな?」

翠はそのすぐ後に続いた。
銃弾は3人を掠めることも無く、
禅の手下は次々と倒れていった。

「ふん!」

「おら!」

「はっ!」

3人は多勢相手にまさに奮戦。
数はあっという間に減り、
残りは禅を含め4人となった。

「もうすぐだ!」

「ああっ!」

残りの3人の手下は銃を持っていなかった。
禅はこのような展開になってもまだそんなに焦らず、
落ち着いた口調で言った。

「なるほど、翠。私が逆にだまされたと言うわけだな。」

「あんたなんかに仕えるわけないでしょ? 下心が見え見えなのよ。」

「まあ・・その通りだな。」

禅はナイフが刺さり血が出ている右腕を押さえた。
そして瞬時にオレが投げたナイフを今度は翠に向かって投げた。

ヒュン!

翠のスーツを少し掠めただけだったが、
スーツが一瞬にしてはらけ、
翠は上半身がスポーツブラだけになってしまった。

「・・・やってくれるわ。」

「翠!大丈夫か!?」

オレは翠の方を振り向きながら言った。
白い肩と鎖骨と腕が露出しただけで、
そんなに翠は気にしてなさそうだった。

だが、豊満なバストの谷間が露になり、禅は妙な笑い方をして翠を見ている。
翠は軽く胸を腕で隠すと、

「ええ。このエロオヤジ、なんとかしなきゃね。」

と言い、禅を睨んだ。

「ふふ・・。いい身体をしている。まさに絶世の美女だ。私が手に入れてもおかしくない身体だ。権力のすべてを手に入れた私ならな。」

「なに寝ぼけた事言ってるんだ禅!」

「姉ちゃんをなんだと思ってやがだ!」

「ホント、能書きはそのくらいにしておいて欲しいものだわ。」

3人の総攻撃を受け、
禅はそろそろキレ気味のようだった。

「フッ・・フフッ。キサマらの相手は我らが幹部が承る。私はまだ用事が残っているからな。お暇させていただく。果たしてキサマらに倒すことができるかな? ハハッ、ハハハハ!!」

禅は高笑いをしながら背をこちらに向け、
地上への階段を上っていった。

「どうするよ兄貴? 禅が逃げちまうぜ。追いかけないと・・・」

「ああ、オレだってそうしたいよ。」

「そう。・・・でも彼らがそうさせてくれそうもないわね。」

3人の前に3人の幹部が立ちはだかる。
全員体格はがっちり、手の骨をポキポキと鳴らし、
下目遣いでこちらを見た。

多少は背が高いオレですら見上げる程の身長をもつ彼らは、
今までのやつとは本当に格が違うようだ。

「じゃあそれぞれ正面の奴を・・・やるか?」

一番右にいた男が言った。

「手っ取り早い方法でやろう。何でも・・有りだ!」

真ん中の男が飛びかかってきた。

「うっ、く!」

オレは辛うじてかわしたが、
横から強烈なストレートパンチが頬に打たれた。

ボスッ!!

「ぐご!」

オレは鈍い音とともに周囲の物を蹴散らしながら吹っ飛んだ。
ガラスの割れる音や何かが倒れる音が部屋を埋め尽くした。

「へっ・・大したことないぜ。」

幹部の中の誰かがそう呟くのが微かに聞こえた。
意識が朦朧(もうろう)としている。
こんなに痛いのなら、郷に殴られたほうがよっぽどマシだ。

「うわああ!!」

真二が飛びかかった。
だが勢いよく蹴り上げた足が、いとも簡単に掴まれ、
ブンッと投げ飛ばされた。

「うぐっ!」

真二もオレと同じように壁にたたきつけられるまで飛ばされた。
これで残りはまともに戦えそうなのは翠だけになってしまった。

「さぁ〜て、残りは君だけだぜ、姉ちゃん?」

男が言う。
明らかにその口調には下心が見えていた。

ただでさえ露出気味の服装なのに、
今度は翠は隠しもしていない。
翠がやや顔を赤らめているのが、
なにより恥ずかしい気持ちを隠しきれていない証拠だった。

「今の2人には・・・これが限界、ね。」

翠は後ろを振り向いて言った。
そしてふうっと溜め息をつき、向き直って男達を睨んだ。

「私を、そう甘く見ないことね。」

「大した自信じゃないか。」

「フッ。」

翠はほんの少し笑みを浮かべると、
その場から一瞬にして消えた。

「なっ!?」

「どこへ行ったぁ!?」

男達が慌てる中、
翠は1人の男の背後に回り込んでいた。

身長が高い男に合わせるために勢いよくジャンプし、
振り向き様に首の後ろに拳を叩き込んだ。

ドス!

「ぐはぁ!!」

男は一瞬、一撃にして倒れ込んでしまったのだ。

「どうした同胞よ!」

「背後か!?」

残った2人は未だに翠の姿が見えないらしく、
辺りをキョロキョロ見回している。

 あなたたちに、私の動きが読めるはずないわ・・・ 

その声が響いたときだ。
翠は目にも留まらぬ高速で2人の眉間を突いた。

ヒュン・・

「っ!!・・」

「がっ!」

バタ・・バタ!

2人はその場に崩れ去った。
翠はなんと1人で大男3人を倒してしまったのだ。

「そのまま寝てなさい、デカブツ。」

床に静かに着地した翠は倒れた3人に目をやりながら言った。
乱れた髪を整えると、オレの方へ歩み寄ってきた。

「倒したわ。」

翠はそう言って手を指し伸ばした。
オレはやっとまともに見えるようになった目で翠の手を捉え、
掴んで立ち上がった。

まだ頬がかなり痛んでいる。
こんなに吹き飛ばされるほど殴られたんだから無理も無いが・・。

「今の・・・動き・・・いったい・・・?」

オレは殴られた影響なのか、うまく声が出せないでいた。
それでも片言で翠に質問したかった。

「・・・独流の格闘技よ。私があみ出した、高速で動くことができる移動術を利用した戦闘スタイル。普通の人間なら考えないかな。」

「っ。なんでそんなことができるんだ?」

真二もわき腹を押さえながら立ち上がり、
翠に質問した。質問と言うより嫌みなのかもしれないが。

「それは・・・」

翠が答えに迷っているのを見て、
オレは真二を宥めた。

「真二・・・今・・・そのこと・・・より・・・禅。」

「んん・・そうだな。その格闘術のおかげで助かったんだし、な・・・。」

「・・・。」

翠はオレのほうを見て、
声に出さないように『ありがとう』と言った。










オレは真二を肩に担ぎ、
翠はそれをサポートしながら階段を上がった。

真二は太ももを大きく切っており、
歩くのもままならない状態だったのだ。

「わりぃな、兄貴。」

「いい・・・さ。」

「兄弟っていいのね・・・羨ましい。」

翠がそう小声で呟いたのをオレは聞き逃さなかった。
翠がオレと同じ境遇にあり、仲間が欲しいという願いがあるということ。
いつでも助け合えて、信じ合える友が欲しいという祈りがあるということ。
そのことにオレが気づくのはもうちょっと後の話だ。









地上(うえ)に近づくにつれ、人の声が耳に入ってくるのに気づいた。
ざわめき声に混ざる悲鳴のような大きめの声も。

「何か・・・あったのかな?」

翠が地上へのドアを開けながら言った。

「さあな・・さっきサイレンみたいのも聞こえたような気が・・うっ!」

真二が太ももを押さえて唸った。
また血が流れ出ている。
一応タオルで止血をしてはあるが、はやく病院へ運んだ方がよさそうだ。
ただ・・・

「兄貴、病院だけは、やめてくれ。オレたちが・・・捕まっちまうかもしれない!」

真二がこう言うのだ。
それはもっともだ。
昨日も捕まりかけたんだから今度こそ捕まってしまうだろう。

「そんな・・・こと・・・言ってられるか・・・。」

やっと少しは口が回るようになってきた。

「一秀君。真二君。今はそれどころじゃ無さそうよ。あなたたちよりもっと悲惨な結果に終わった人がいるわ。」

「「??」」

翠が店の扉を少し開け、外を眺めているのが見えた。
オレは真二をそこに座らせ、翠の肩越しに外を見た。

「あっ、あれは!」

「禅・・・」

道路は赤色に染まり、
倒れている人物の側にフロントバンパーがひしゃげ、ガラスが割れている車が止まっている。
警察や救急車がやっとそこに到着したというところらしい。
やじ馬が集まり、この騒ぎを一目見ようと押し合いへし合いしているのも見えた。

禅は・・・あまりに無残に・・・この世を去った。
皮肉な結果だ。
禅を車でひいたのが・・・禅の部下だったのだから。

「やっぱり・・・あの時なにか・・・言って・・・おくべき・・・だったって・・・後悔・・・してんのかな・・・?」

オレはぽつりぽつりと呟いた。
死人の気持ちなんてわかったもんじゃないが、
禅はあまりに哀れだった。
禅の非道振りの噂は聞いていたものの、
それを目の当たりにしたことはない。
それがオレをこんな気持ちにさせたのだろうか。

「どうかしら・・・私はあまりそうは考えることができないけど、ね。」

・・・

オレは翠の言葉を聞いた瞬間、やじ馬の中に郷の姿を捉えた。
郷はオレたちに向かって頷くとそのまま人込みへ消え去った、

「あいつ・・一体・・・何考えてるんだか・・・一生・・・わからないまま・・・なんだろうな・・・」









「これで、良かったんじゃない?」

「何が?」

オレはとあるビルの屋上の柵に寄り掛かりながら、
多少は良くなった頬を使いしゃべった。
風がふわりふわりと翠の髪を動かし、浮かせた。









さっきまであんな局面に瀕していたことが嘘のよう。
緊迫した雰囲気はどこへやら。
真二は急ぎ病院に運ばれ、一命をとりとめた。(まああいつがあの程度で死ぬわけないが。)

禅の死因は本当に皮肉な結果だった。
堂々と道路を横切った禅を、禅の部下はオレと勘違いしたらしく、
思い切ってぶつかっていったのだそうだ。

手下のほうもほぼ即死。
自分の命を省みずオレを殺そうとし、
殺した相手が自分の主人だなんて・・・。









目の前に夕日を臨みながら翠を見た。
翠はまだ服を着ていないまま。
オレはそんな翠を真っ向から見るのがちょっと恥ずかしかった。
翠はと言えばオレのほうを見ず、
夕日に向かって話しかけているようだ。

紅く光る翠のきれいな横顔を見つめていた。
その紅の色を見ると、さっきの禅の・・・血を思い出しそうで半ば恐い気もした。
だが、翠は違った。
なによりも美しく、きれいだ。

「あなたはその手を悪に染めることも無く禅を倒すという任務を遂行したようなもの・・・。」

「オレには・・わからないな。」

「どうして?」

今度は翠はオレのほうを見て聞いた。

「人が死ぬって言うことは、誰かが必ず悲しむ。喜ぶ奴なんか・・・この世界にいちゃいけないと思うんだ。たとえ死んだ奴がどうしようもない奴でも、そいつが死んだことで悲しむ奴が関係なくても、二度とオレはこんなことに遭遇したくないな・・・。」

「うん・・・一秀のその意見は完璧にあってる・・・」

今翠はオレのことを初めて呼び捨て、君を付けずに言った。
その瞳でオレを見つめながらもう一度口を開いた。

「でもね・・・こうしなきゃまた別の人が死んじゃってたかもしれないんだよ?」

「それは・・・オレのことか?」


翠はゆっくり頷いた。
涙を一筋流しながらオレの側に近寄った。

「私は禅をどうしても倒さなければならなかった。一秀に死んで欲しくなかった。一秀の死と禅の死。どちらを選ぶって聞かれたらなんの疑いも迷いも無くあなたを選ぶわ。」

「なぜ・・泣くんだ?」

「だって、だって・・・!!」

オレは、やっと決心したようだ。
今度はオレから翠に近づき、翠を胸の中に引き入れた。
翠の髪に触れないようにそっと背中に手を回し、
ぎゅっと抱きしめた。

「ありがとうな。翠のその気持ち。オレにはすごくわかるんだ・・・」

「ええっ?」

「友・・仲間・・。これらは掛け替えのないものだ。金なんかよりもよっぽど大事で、仕事なんかよりもずっと大事な存在。過去のオレはそれを求めたんだ。その願いがまさか1日で叶うなんて思っても見なかったけどな。」

「それは・・どういうこと?」

「誠のときの君に出会って、初めて君を友だと感じることができたんだ。ある人からの助言もあったけど、君に出会ったことでオレは変わることができた。君も、きっとそうなれると思う。だってこれほどオレと似てる人に会ったことなんて、無かったからな。」

翠はちょっと間をおいて話し始めた。
オレの胸に額を当てて。

「あの言葉、今でも嘘、偽りは一切ない?」

「あの言葉・・・?」

「あなたの、告白よ。」

「・・・もちろんだ。」

オレは翠を見つめて言った。
翠は顔を上げ、オレを見た。
そしてそっと微笑むと目を閉じた。

オレは彼女の唇にゆっくりと口づけをした。
数秒くらいの短い口づけ。
だが、それが意味するものは大きく、深いものだ。
何より祈りや願いというものが通じるということを身にしみるほど感じた。

オレは無意識のうちにに翠の胸に手を置いていた。
翠はそれに気づき、手をとった。

「ちょっ、どこ触ってるの・・」

「やっぱり、本物なのな。」

オレはこのセリフを発した時点で無意識ではなく、
意識して翠の豊かに膨らんだ胸に触れていたことになる。

翠は顔を真っ赤にし、オレを見た。
ちょっと軽蔑気味の視線だ。

「当たり前じゃない。まだ疑ってたの?」

「だって・・・な。わかるだろ?」

「無理もない・・か。そうね。」

翠はまた笑った。
ちょっと冷や汗をかいたが、
心配なかったようだ。

「あっ・・」

翠が突然声を漏らした。
カリン!と金属が地面に落ちる音がした。

「指輪か?」

「うん。でも、もういいの。私には必要ない物だわ。」

翠がそう言うと、持ち主がなくなった指輪は砂のように風に舞った。
その砂は夕日を浴び、星のようにきらめきながら宙を漂い、消えた。

「もう、戻れないな。本当にこれで・・・」

翠はオレが全部言いきる前に言った。

「くどいわ。・・・ふふ。これでいいのよ。」

今度は翠からオレにキスをした。
さっきよりも長く、熱いキス。
オレは翠をぎゅっと抱きしめた。
もう、二度と”あんなこと”をさせるものかと決意を胸に。





その2人の背後で微笑む1つの影。
誠は存在しなくなったが、オレの一生の友達だ。
翠は、誠であり、翠でもある。
絶対に失わない、翠の笑顔を絶やさないことを・・・誓う。





「そういえばあの格闘技、どこで習ったんだ?」

「えっ?」

「だって、あれ。ただの目くらましだろ?」

「うっ、気づいてたのね・・・。そうよ。ただの目くらまし。相手の錯覚を利用して背後に回るの。びっくりさせようと思ったのに。」

「オレは”霸王”だぞ? 甘く見るな。」

「あら? 一撃でやられちゃったくせに。」

「うっ、そこを責めるな。翠みたいに身軽に動けるようにもっと練習しとくよ。」

「あはは! そう、せいぜい精進することね。」

「翠だってその”霸王”が・・・」

「えっ?」

「い、いや、なんでもない。」

「・・・・」

(好き・・・なんだろ? オレも翠が大好きだ。)






The End・・




あとがくぃ←?


「お〜い驟雨あとがき・・・えっ、無し!? 逃げたな驟雨。純愛ストーリーが恥ずかしかったんだろ?
まったく。仕方ない、オレが変わりに言うよ。今回一番怪我しちまった真二だ。」

「驟雨にとって純愛ストーリーなんてこれが最初じゃねえか? しかも一気に3編も・・・。無理すんなよ。ちなみにキーワードにずっとくっついてた『謎解き』あれは読者に対しての挑戦らしいぞ。小説にはいくつか謎があるからそれを解明してくれってことじゃないか? オレは、1っつもわからないがな。はっはっはっは!」

「そうだな、オレとしては良かったと思うぜ? なんか謎のままで残った部分が多いのもこの小説の特徴だな。あの老人、指輪の経緯、郷と禅の対立の理由。まあそこまで語る必要もなかったのかもな。だって、理由もなしに憎み合ってる人間なんかいくらでもいる。だから最近は物騒な世の中だってんだろ。」

「指輪をどう手に入れたかオレも知りたかったな。興味深いからな。だってどんな男も女になりたがってんだろ? まあ理由はほとんどが不純だけどよ、驟雨は本気で理由もしっかりしてて女になりたがったことがあるんだってよ。驚きだよな。」

「あんなに別の世界を描くのも難しいんだなって呟いてたな。でも今回のストーリーでなんか自信がついたらしく、『Angel・Hyper』を完結後、SFを描くつもりだって。あんなに嫌がってたのに・・・そういえば最後の影の正体もわからな・・・えっ、わかるって!? くっそぉ〜!わかる人にはわかるってか。」

「というわけでオレはそろそろ仕事だから行くけど、ここまで読んでくれてありがとうな。・・・敬語の使い方がいまいちで悪かったな。じゃあまたどこかで会おうぜ!」


2004年 10月  驟雨

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