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霸 〜haou〜 王

作者:驟雨



 中編


今日の授業がやっと終わった。
教科ごと、どの先生にも睨まれ、
どの生徒にも変な目で見られた一日だった。

前に来たときもそうだったと思う。
だが、今日は一段と意識してしまった。
視線が気になり、集中出来ないこともあった。

それでも珍しく授業はまじめに受け、
先生の話もちゃんと聞いたつもりだ。
もちろんたまにしか来ない学校の授業なんか理解はできない。
その点は誠に教えてもらっていた。

誠はオレに聞かれるのがすごくうれしいらしく、
いつでも笑顔で答えてくれた。

「あ〜、ここはこの公式を当てはめて・・うん。そんな感じ。」

こんな感じだ。
オレに普通に接するのはきっと誠だけだな。
いや、これは普通じゃないのかも。

でもオレにとってこれはとてもありがたいことだし、
これが友達と言える関係のだろう。

「一秀君!」

昇降口に降り、
鞄を肩にかけながら靴を出す。

そんなオレにこんな大声がかかったのだ。
振り向くと、トコトコ小走りで来る誠がいた。
誠以外に、オレのほうを変な目で見る生徒も何人かいた。
その光景を見てオレが最初に発した言葉が、

「バカ! あんまり大声でオレを呼ぶなよ・・」

「ご、ごめん! ・・その、一緒に帰ろうかと思って。だってだって、一秀君、いつもすぐに帰っちゃうんだもん。」

オレはと言えば部活なんかに入ってるわけないし、
誠もひょろひょろの身体で運動がうまくいくわけがなく、
帰宅部である。
というわけでこんな会話が成り立っていいのである。

「あ・・・オレ仕事あるから。」

「仕事? 仕事ってアルバイトのこと?」

「ん・・・まあそんなとこだ。」

もちろんこれは嘘になってしまう発言だ。
オレがアルバイトなんかしてるわけがない。
あの『指令』のこともあるが、
仕事と言うのはやはり裏世界、暗黒街の”仕事”のことだ。
オレが霸王としてこなす仕事は数々ある。

取引を自分から遂行したり、
尾行やら強奪やらいろいろ。

取引の中には拳銃などの武器や、
麻薬の取引も行っている。

自分が使用するわけではない。
オレが遂行した取引のブツは大人に売りさばき、
その金でオレは生活している。

「というわけだ。・・ごめんな。また明日学校で会おうな。」

オレは誠に軽く手を振り、背を向け走り出した。
誠はその場にぼう然と立ち尽くしていたが、
誠の中に新たな考えが浮かんでいた。

「もしかして学校に来れない理由って仕事のせいなんじゃ・・ボクが力になってあげられれば・・・!」









「なんか、悪いことしたかな・・」

鞄をパタパタさせ、
シャツのすそを出しながらオレは川沿いの堤防脇をダッシュしていた。
誠と別れたときの誠の表情が頭に浮かんだ。
とても悲しそうだった。

そんなことを考えていたら、走っていたはずの足は自然と遅くなり、
気づくと足はその場に杭を刺したように動かなくなっていた。

「・・・だが、オレにはオレのやるべきことがある・・・。誠を巻き込むわけにはいかない。あれで・・良かったんだ。」

そう自分に言い聞かせたが、
まだ心のどこかに何か嫌なものが残ってる気がした。
初めて友と呼べる者ができたのに、
簡単に別れを告げる自分が信じられなかった。
それも、仕事のためというばかげた理由で、だ。

オレは頭の中からこのことを消し去ろうと努めたが──
それは無駄な努力に終わった。









遅い。
遅すぎる。
取引の約束時刻はとっくに過ぎているのに、
アイツはまだ現れない。

オレは左側のポケットから赤い携帯を取りだし、
もう一度時刻を確認した。
約束の時間から30分も経っている。

オレの待つ場所は2丁目の角のパブの裏口。
裏口が面する通りは路地裏。
人気は少なく、ゴミが散乱していてきれいな所とはもちろん言えない。
まだ下水道整備が済んでおらず、
排水溝からは生暖かい湯気が立ち上っている。

オレは冬の突き刺すような寒さに耐えながら待ち合わせの人物を探しに、
もう一回表通りに出た。

表通りは人が溢れ帰り、
商店街であるこの道は活気に溢れている。
どこか昭和時代の風景を感じさせる場所だ。

とは言っても道行く人は現代人。
携帯のメールを打ちながら歩いたり、
集団で歩くミニスカの女子高生はオレの方をちらちら見ながら大声でしゃべくっている。

オレはその集団を睨み返すと再び裏口前に引っ込んだ。
すると待ち合わせの人物が背後に立っていた。
なぜ気づいたかはオレの長年の勘である。

大きな黒いコートを着込み、
白い息を荒く吐きながらその人物は立っていた。
オレより遥かに身長が高い。
190センチ以上はある。

「遅い。オレを”霸王”と知っていてこの態度を取るのか、B?」

Bと呼ばれた人物はすこし怯んだが、
表情は一切変えずオレに相対した。
このデカブツさえもビビさせる程、霸王の名は知れ渡っている。

「霸王、そんなつもりはなかった。そこでやつらの集団に囲まれて・・」

「言い訳は無用。それより時間が無い。そのブツを今夜中にあの方に届けなければならないからな。」

オレはBの腕に収まる小さな包みを指さして言った。
Bは大事そうにそれを差し出した。

「金だ。」

「B、慌てるな。金はキサマの口座に振り込んである。50万きっちりな。」

「・・・。」

オレの言葉を聞くとBはその場から立ち去った。
あんな口をオレに向かってたたくなんて・・

「胸糞悪い。さて、これをあの方に届けるとするか・・。ところでこの中身は聞いてないんだよな・・なんなんだ?」

オレは包みを開こうとした。
が、そこに声が入った。
高い、女の声。

「それは開けないほうがいい。あの方の怒りを買うことになる。」

オレは声のするほうを向いた。
左右にそびえ立つ建物右側の非常階段にその人物がいた。
長い黒髪を背中にまっすぐ流し、
身体にぴったりした黒いスーツを着ている。
腰がきゅっと締まっていて、年はオレと同じくらい。
黒のサングラスをしている。

全身黒ずくめの女は階段から飛び、
オレの前に降り立った。
あんな高いところから・・
そして首を振って髪を整えると彼女の口が開いた。

「”霸王”? あなた、霸王なのね?」

「だったら?」

「やっと、会えた。暗黒街で有名な霸王に会ってみたかったから。」

「・・・お前は何者だ?」

「私のことが気になるの。」

「!? ・・・別に、聞いてみただけだ。」

オレは一瞬心臓がドキッとした。
そんなオレに気づいたのか、彼女は首をかしげた。

「まあそれでもいいけど。私は翠。あなたと同じあの方に仕える者。」

翠はサングラスを取りながら言った。
そしてちょっと辺りをキョロキョロすると、
サングラスの下のきれいな漆黒の瞳でオレをじっと見つめた。

「ふーん、あなた、結構いい目してんのね。また会えたらうれしいな。それじゃあね。」

簡潔にしゃべり終えると翠は一瞬ニッと笑い、
路地の奥へと走り去っていった。
オレは彼女の背中をずっと見つめていた。
見えなくなるまでずっと。

オレの中でまたなにかが変わる気がした。

また会いたい。
会えるのか?
いや、絶対会える。

オレの頭は翠でいっぱいになった。









オレは頭の中を切り替えなければならなかった。
だが、どうしても頭から翠のあの笑顔が消えない。

今からあの方の元へ赴き、
このブツを渡すためには雑念は振り払わないと。
普通の態度で。あの方を怒らせてはならない。

オレは首をぶんぶん振った。
あまりの勢いに、首をひねるところだった。

「忘れろ、今だけでいいから・・」

目を閉じて心を落ち着けようと試みた。

が、オレのまぶたの裏で翠が振り返り、
オレに向かって微笑む。
その姿が現れては消え、また現れては消えた。

「・・・翠・・・か。」

オレの足は気づかぬうちに本部まで歩んでいた。
扉の前に立ち尽くし、
一回深呼吸した。

「・・・ッ、フゥ〜・・・。」

ちょっとは落ち着いたようだ。
扉に手をかけ、中へと押した。

いつも通り、この部屋はたばこ臭い。
変な煙が立っているのは、また誰かヤクをやってるんだ。
オレは口を塞ぎ、できるだけ息をしないように奥へ進んだ。

「おう、霸王じゃねえか。あの方に用でもあるのかい?」

大柄な男がオレに寄ってきた。
タンクトップを着ている男の両腕にはびっしりとタトゥーが彫られている。
オレは黙って手に持つ包みを見せると、
その場から立ち去ろうとした。

「おい待てよ。なんでそんなに無愛想なんだ? 一緒にこれでも飲もうぜ? ヘヘへ・・・」

男がそう言って出したのはジョッキに入った黄色い液体。
淵から零れそうになるくらい泡が入ったビールだ。

オレはその言葉を無視し、
足早にあの方、”郷”(きょう)の元へ向かった。





薄暗い地下への階段を一段一段コツコツと踏み、
慎重に降りていく。

明かりと言える明かりは無く、
もう真っ暗と言っていいくらいここは暗い。
幸い、降り口には扉が無いので1階の明かりが漏れ、地下への階段を照らしてくれる。

ここへはいつきても緊張してしまう。
胸がさっき翠のことを考えていたときよりもバクバク唸っている。

最深部に到達した頃には身心共に疲れてしまった。
奥の扉から白い光が漏れている。
その冷たい扉をオレはぐっと押した。

ギギッと古い鉄がこすれるような音ともに、
部屋から光が漏れる。

「失礼する。あの方へのブツを手に入れた。それを渡しにに来たんだが・・」

オレはそこにいた門番らしき人物に声を掛ける。
包みをじっくりと見ながらオレを霸王だと分かったらしく、
何も言わずにそこを通してくれた。
目だけがオレを追う気配がしたが、気にしなかった。

さらに奥に扉がある。
こっちは木製の比較的新しそうな扉だ。
オレがドアノブを回す前に扉は勝手に開いた。

開いた瞬間オレのドキドキがまた戻ってきた。
なんと扉を開けてくれた(?)人物が翠だったからだ。
ドギマギするオレと翠と目が合うと小声で言った・・のか分からないが、
こんな感じに『聞こえた』。

(あなたと同じあの方に仕えるって言ったでしょ?)

「やっと来たか霸王。待ちかねたぞ。」

郷が口を開いた。
白いスーツに黒い蝶ネクタイをして、
スキの無い身のこなし。

わき腹の辺りが膨らんでいるのが見えた。
おそらくそこには銃が収まっているのだろうと思った。

「我が君、約束通りブツを手に入れました。これを・・」

オレは頭を下げ、包みを差し出した。
郷はそれを受け取ると、

「頭をあげろ霸王。それに我が君なんていいかたはよせ。身体がムズかゆくなる・・」

「はい・・仰せの通りに・・。」

「さて、霸王。お前はもう下がっていい。」

「・・お言葉ですが・・1つ質問が。その包みはいったいなんなのですか?」

「霸王。お前が知るべき物ではない。さあ、去れ。」

オレは黙って振り向き、
その部屋を後にした。
門番を軽くにらみつけると、
階段を駈け上がった。
後ろで翠が心配そうに見ているのに気づきもせず。









オレはむさくるしい本部を出ると、
また地上の空気を吸いに行った。

「はあ・・郷、なんなんだろうな。あの態度は・・まるでオレに教えてくれないじゃんか。それに側にいた翠が気になるな・・。」

オレはまた翠のことしか考えられなくなった。

ここでは人が多いし、
サツに見つかる怖れも多い。
場所を変えるにはうってつけの予定がオレの頭に浮かんだ。





オレは真二にもらったメモ(もらったというより、今日渡された鞄に入っていた)
にしたがって、真二の仕事場へ向かった。

馬鹿なあいつは仕事のスケジュールなんかを書いて、
馬鹿なあいつはそのスケジュールをオレの鞄に入れっぱなしにしていった。

「4丁目のおもちゃ屋・・・か。ここからそう遠くは無いな・・・。」

もう住所を見ただけでどんな仕事なのか分かった。
盗みだ。
とは言ってもまだ日も沈んでいないし、
人目につくし、こんな時間から仕事をするほどあいつもバカじゃない・・はずだ。
スケジュールを落としさえしなければもうちょっと信用できるのだが。









「兄貴・・・遅いな。メモを忍び込ませておいたから心配になってくると思ってたんだけど・・・」

こいつはなかなかの策略家&小心者だな。
オレがそこについたときは待ちわびた顔でオレに手を振っていた。
まだ2人とも制服姿なのでそんなには怪しまれない。

「真二。そこまでオレを慕うのもどうかと思うぞ。」

「あれ? 聞こえてたの?」

「お前が独り言を言ってる間ずっとお前の背後にいたからな。」

「えっ、ウッソ〜!? 全然気づかなかった。」

「まだまだ未熟だな。そんなんじゃ今日の仕事、失敗するぞ?」

「んなわけないだろ? オレは兄貴より腕は劣るけど兄貴みたいに鈍くないからな。」

「なんだと? そっくりそのままお前に返してやる。っと、こんなとこで言い争ってる場合じゃないな。中へ忍び込んで閉店時間まで待つぞ。」

「オーケー。」

オレたちはいかにも仲のいい兄弟を装い、(手まで繋いで歩いていた)
おもちゃ屋に自然と入っていった。

中は親子連れの割合がおそらくトップ。
その後に続くのはおそらく女子学生。
1人だったり、2人だったり、集団だったりとその形態は様々。

小さい子供がオレの足下を掠めていき、
危なくオレがコケさせるとこだった。
その子供を追いかける母親がオレに謝り、引き続き追跡を続行していた。

おもちゃのがちゃがちゃという音と子供の声がせわしなく響き、
オレの耳がちょっとおかしくなった気がした。

「おい、とりあえず隠れるところを探すぞ。」

(真二が近くのゲームに手を出していたのでその腕を掴みながら言った。)

「あ、ああ。」

真二は偉そうに答えるととりあえず散った。
オレは店内をぐるりと見回し、
商品棚の間や、下などに隠れることができるスペースがないか調べた。

もちろん、他の客や店員に怪しまれないように、だ。





しばらくして真二と落ち合った。

「兄貴、なんかいい場所あったか?」

「いや、どこも狭いし、人が入るのは無理。」

「こっちもだ。」

オレと真二は顔を見合わせた。
そしてぐるりと同じ方向を向いた。

「やっぱりあそこしかないのか。」

2人が見た先はトイレ。
そして自然とそっちへと足が動いていた。

男子トイレのドアを押した。
レモンのようなフルーティーな香りがした。
幸い中には誰もいなく、
2人は隠れる場所にすんなり入ることができた。
すんなり・・。

「でも兄貴。ここやっぱり狭いぜ。2人ともいい体形してんだから・・。」

「ああ・・でも我慢しろ。仕事だ。」

一緒に入った場所は天井の通気孔。
ホントに狭い。
身体が押しつぶされるのではないかという不安に駆られる。
真二の方が身体は小さいが、それでも窮屈そう。
いくらトイレに消臭剤が置いてあっても、

通気孔までは消臭しない。
ものすごい埃と錆びた鉄の匂いがする。

「ここであと2,3時間足止めか。」

真二がそうぼやいたときだ。
トイレに誰か入ってきた。
オレは自分が思うにかなり”小さい”声で「シッ!」と真二に促した。

上から見るとその男性は頭の毛が薄い太った中年オヤジ。
一言で言うと気持ち悪い。

「うへぇ・・暑い暑い。」

そう呟くとオヤジはそこで着替えを始めた。
見ていてまずます気分が悪くなってしまった。
冬なのに暑い・・? こいつはどうかしてる。




トイレに篭ってどのくらいたったのだろう?
もうかなり立った筈だ。
さっき入ってきたオヤジ以外にももちろんトイレを利用する人はいる。
子供も若い大人も。
上から眺めるのはいい光景じゃない。
もううんざりしてきた。

そのとき耳に入ってきた音声を聞いてオレの胸が躍った。
やっとこの苦しみから解放される・・

『あと10分で閉店いたします。本日はご来店ありがとうございました・・』

「兄貴! そろそろだ。」

真二の細い声がする。
オレは小声で「ああ。」と言った。

その後しばらくしてトイレの明かりが消え、
辺りはシーンとなった。

「・・・よし、降りるぞ。」

オレは狭い通気孔の中で身体をよじらせ、
すばやく飛び降りた。
続いて真二も降りてきた。

「ああ〜狭いとこにずっと。首やら腰やら痛くてしょうがないよ。」

真二は腕を回したり回旋したりと忙しそうだったが、
オレは別のことに忙しかった。
トイレのドアに耳を立て、
音を探った。
人気がないか、自分たちの存在に気づかれていないか・・・。

「真二、行こう。」

「大丈夫なのか?」

「心配ない。物音1つしない。」

2人はトイレを出た。
シャッターがしまっていなかったのが幸いし、
外の街灯の光が微かに店内を照らしてくれている。

外もすでに闇夜と化し、
冬の静けさを保っている。

「よし、レジの下の金庫だ。」

オレが言うと真二はきょとんとした。

「兄貴、なんで知ってんだよ?」

「・・お前なぁ、下調べって知ってるか? オレもここは狙い目だったし、調べといたんだ。」

「さっすが”霸王”。」

そう言われると照れるが、
今は照れている場合じゃない。

2人はレジの下に潜り込み、
黒い金庫に触れることまでは成功していた。

「開け方は?」

真二が聞いた。
もちろん暗唱番号なんか知ってる筈が無い。

「壊すのさ。本部までこれを運ぶ。」

「マ、マジかよ・・これをか!?」

見るからに重そうな鉄製の金庫。
2人の少年で運べるのだろうか?

「やるしかない。仕事だろ?」

2人は一斉の〜せ、で持ち上げようとした。
そのときに聞こえた音はオレの中の内蔵と言う内蔵を震え上がらせた。

ウ〜ウ〜・・!

「サツか!」

オレが言ったとき、
サイレンはもうすぐそこまで来ていた。

「なんで、こんなに早く!?」

「金庫に振動感知、接触感知か、元々怪しまれてたか。どっちにしろヤバイぞ!逃げるんだ!!」

2人は正面から逃げようとしたが、
無論正面は警察でいっぱい。
そこで裏口に回ることにした。

しかし裏口を空けた瞬間、
オレは目を塞がざるを得なかった。

「大島兄弟! 君たちは完全に包囲されている! 武器を所持しているのなら捨て、両手を上げて投降しなさい!さもなくば然るべき手段をとる!」

スピーカーの声とともにサイレンのうるさい音、
警察が乱れ動く気配、
そして光り輝くサーチライトのせいで目が利かない。
見えるのは狭い路地にうごめく人影だけだ。

「お、おい兄貴! どうすんだよ!?」

「オレに聞かれても・・」

名前を呼ばれた時点で2人ともはじめから謀られていたと言うことが分かった。
が、今さら遅い。

「”霸王”の兄貴が捕まっちまったらあの方にとって分が悪い・・兄貴!オレが囮になるからその間に逃げろ!」

「なっ、何言ってんだ・・・!?」

オレが見たときは真二は警察の集団の方へ向かって走り出していた。

「真二!」

光が真二が前に出たことにより遮られ、
真二の走り行く姿がはっきりと確認出来た。

オレは追いかけようと身を乗り出したが、
何者かに腕を捕まれ、自由を奪われた。

「はお・・一秀君!こっち!」

そこにいたのはなんと誠だった。

「誠! なんでこんなとこに!?」

「説明してる時間は無いよ!さあはやく!」

誠はオレの手を引き、
別の道へと誘(いざな)った。

いつもの誠とは全然違う積極性がある。
不審に思ったが、今はそれよりも気になっていたことがあった。
走っていた身体を急に止め、振り向き様に言った。

「そうだ、真二! 真二を助けないと・・」

「弟さんなら大丈夫。わた・・ボクが助けたから。」

「助けた・・あの短時間にか?」

「ボクの仲間がいるんだよ。うん、それで大丈夫。警察もすぐに撤退するよ・・」

オレは顔色が変わる感覚がした。
誠を凝視して言った。

「な・・どうしてそんなことができる・・? それに仲間だと? 警察に対抗するなんて馬鹿な真似、普通の人間じゃしないことだ!なぜだ? なぜオレがここにいて、警察に囲まれているなんてことまで知っている!?」

「・・そんなこと・・聞いてどうするの?」 

いつの間にか誠の手はオレの腕から離れていた。
そのまま静寂が続く。

「いいから行こうよ一秀君。ここはまだ危険だよ・・」

いいから?
いいわけないだろう!
誠はなにか企んでいるのか?
もしかして警察を呼んだのも誠なんじゃ・・

だがもしそうだったらなんでオレを助けるんだ?
なんですべてを知った口調で話せるんだ?





疑問文で頭がいっぱいになった。
いったい何を考えればいいのか、
それすらわからなくなるほどだ。

「かず・・・秀君?」

ぼう然とするオレに誠が心配そうな声をかける。
今度はオレが誠の手を握った。
男同士などという恥じらいの気持ちは捨て、
そのまま路地を走った。









真二は次の日の朝に『家』に戻ってきた。
家と言っても廃虚になったマンションの地下。
ホント、よくこれまでこんなとこで生きてこれたなと自分でも驚くくらいひどいところだ。

夜は寝ずに誠と2人っきりで過ごした。
なにもせず、話しもせず。
オレは真二の事がずっと気にかかっていたが、
その顔をみて安心した。

「兄貴! 無事だったんだな・・ってそいつ誰だ?」

真二が指さしたのは誠だった。
椅子に座り、汚れたコートを背もたれに流し、
学校の時のサラサラの髪がくしゃくしゃになってしまった誠だ。

しかし、学校の態度とは裏腹に、
左手の薬指には青光りした不思議な指輪をしている。
おとなしそうなこいつに反するイメージが漂っている。
学校でもしていたのだろうか?
思い出せなかった。

「こんばんは・・真二君。ボクは君のお兄さんの同級生の誠です。」

「真二、誠がオレを助けてくれた。お前を助けたのも誠の仲間だったんだ。」

「あなたの・・仲間? そんなはずは・・」

「・・? どうした、真二?」

「ん・・いやなんでもないよ。」

真二の様子も妙だった。
オレは知らないことが多すぎる。

「誠。」

「何、一秀君?」

「聞きたいことがあるんだ。」

誠は返事をしなかった。
少し俯いただけだ。
オレは構わず質問した。

「なんでオレたちがあそこにいて、警察に囲まれていると言うことが分かったんだ? お前はオレの仕事のことも、弟のことも、異名のことも、裏のことはなにも知らない筈だ。なぜ知っている? 仲間って誰だ? 誠に友人がいることは認めることができるが・・警察に抵抗するなんて馬鹿な真似は普通の友人ならしない。そうだろう!?」

オレは今まで頭にあった質問をすべてぶつけた。
傍らにいた真二も知りた気な顔だったが、
オレほどではない。
オレはすべてを知りたい。
誠の事も、あの夜のことも。

「・・・・」

誠は下を向き、なにも話さない。
オレは再度聞いた。

「誠、答えてくれ。お願いだ。たとえお前がどんなやつでもオレの友達には変わりない。」

友達・・
自然と出た言葉だった。
オレの・・友達。

誠はその言葉に反応し、やや驚愕の色を出した顔でこちらを見た。
また辺りがシーンとしたが、やっと誠は口を開いた。

「真二君は・・はずしてもらえるかな?」

「えっ? オレは聞いちゃダメなのか!?」

真二はかなり残念がったが、最後はオレの言葉に折れた。
(いいから早く出ていけ!)








真二の姿が何も見えなくなるのを確認して、
誠はオレを見つめた。
その仕草、前にどこかで見た気がした。

「ボクはなんですべてを知ってたか・・そしてボクの仲間が何者なのか・・。もう隠し通せなくなっちゃうなんて。一秀君と友達になって、友達って言ってくれて、すごくうれしかった。でもこの秘密だけは言いたくなかったんだ。」

そう言うと誠は意味あり気に左手の指輪に触れた。
すると誠の身体がだんだんと強い光を発したのだ。

「お、おい。何を・・」

すべてを言い終える前にオレは驚いて何も言えなくなった。
目の前にはすこし気弱そうな細い男の子が座っていた筈だ。
だが、今は気が強そうで、きりっとした表情。
黒い身体にぴったりしたスーツを着た、スタイル抜群の少女が座っていたのだ。
そしてきれいな漆黒の瞳をオレに向け、切りだした。

「これがボク・・いいえ、私の秘密。私を覚えてる? ”霸王”」

「翠・・誠が翠・・・?」

「ふふ。覚えててくれたんだ。驚くのも無理ないわ。でもこれが私の秘密。・・・誠は私の本当の姿だった。昔は・・・。でも今は誠が仮の姿、翠の姿が本当の私。これだけですべての説明がつくと思うんだけどな。」

まさにその通りだった。
共にあの方に仕える者なら任務の情報をなんらかの形で手に入れることは可能だし、
オレの弟の存在や、いつどこにいるなんてことも分かる。
警察から真二を助けたのも翠の部下なら問題ない。
暗黒街きっての悪のあの方なら警察に抵抗するなどわけないのだから。

「翠、知ってたのか? オレたちがどういう目にあってたってことを・・?」

「・・・うん。」

翠はゆっくり頷いた。
またあの時の感情が戻ってきた。
胸のドキドキが止まらなくなってくる。
顔がほてってくるのを感じた。

「私はあなたたちの動きをあの方の敵、『禅』(ぜん)に気取られてたことを知ったわ。”霸王”として名を挙げたあなたが警察に捕まったという知らせが暗黒街で知り渡れば、禅が有利に、あの方は窮地に追い込まれるほどの影響が及ぶことも。」

「・・・」

オレは黙って漆黒の瞳を見つめていた。

禅とはあの方、郷と対立するほどの権力をもつ暗君。
裏世界の2勢力のうちの1つの総統。
禅と郷はオレが裏世界に入る前から有名な対立関係にあった。
禅はしつこく郷側の人間を陥れようとしていた。

「”霸王の弟も狙われている”その情報まで掴んでたから私は真二君も追うことができた。うん、とにかく良かったわ。2人とも無事だったんだし。誠の姿なら誰も疑わず、私はフリーに動くことができたから。」

スラスラと真相を話してくれる翠。
これも知りたいことだったが、
今はそんなことはどうでもいい。
オレが知りたいのはそんなことじゃ・・ない。

「翠・・君は誠なのか? それとも今の姿が本当の姿なのか・・?」

「私は2つの身体を持つけど、本当は誠。ただ、この指輪をはめた瞬間、それが逆になってしまった。本当が翠、偽りが誠。だから翠って呼んで。」

翠は左手の指輪を見せながら言った。
さっきまでほんのり青く光っていた指輪が、
今はただの銀色の指輪に変わっていた。

「私が指輪を手に入れた経緯は話せないけど、翠の姿になることで裏で動くことができた。女の子なら周囲の男の気も引けるし、ね。」

ワンテンポおいて再び口を開いた。

「私ね、誠だったときに一秀君にすごくあこがれててね。あんなふうに自由に気ままに、かっこよく振る舞いたい!って思ってたんだ・・。だから私は自分を変えた。性別まで変わったのにはビックリしたけど、今は女の子の姿でちゃんとやってけてる。」

翠は少しクスクス笑いながら言った。
しかし、心から笑っているようには見えなかった。

だが、その笑顔を見てまたオレの心臓が唸った。

「どこかで思ってたんだよ。一秀君に近づきたい、もっと一秀君みたいになりたいってね。もちろん誠だったときだけど・・」






オレは誠を好きになっていたのか?
好き・・
この感情は好き・・なのか・・?
オレは翠が好きで、誠は友達で・・

ドキドキがまだ止まらない。
こうして翠と2人っきりでいることで、
オレは・・・幸せなのか?

幸せ?
今日警察に捕まりそうになった。
今まで何度も悪事を働いてきた。
これが幸せ?

翠は?
翠は今まで通り誠の姿で学校へ通ってたほうが良かったんじゃ・・
オレについてくるために翠になった、
それが幸せなのか?

オレは友達が欲しかった。
でも今は・・・友達以上の関係になれる人が欲しい。
翠が、好きだ。


後編に続く・・

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