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別にこの学校を“不純な”動機で選んで、
受験して、
合格した訳ではない。

この学校の校風や、 
教育方針、そして進学、就職状況を見て自分に合っていると思ったから。
その考えだけで、この学校に今通っている。

中学時代の友達は、
「うらやましい」とか「女の子ばかりでイイよな」と、口をそろえていってくる。
まわりから見れば、この学校はハーレム状態で、
そう考えるのが男の性と言える。

しかし、自分としてはそうは思えない。
元女子高で、今年から男女共学になったこの西丘高校。
自分以外にも男子生徒が入学すると思っていた。
だが、今この教室にいる男子生徒はオレだけだ。
「この教室」ではなく、「この学校」と言うのが正しいのだが……

「ねえ月島君。なんでこの学校に入ったの……?」

それがいつも言われる、このクラスの女子生徒からのセリフ。
クラスメイトとは歯車が噛み合わず、
中にも入っていけない。
もちろん、仲良く話す仲間なんているわけがない。
ちなみにオレの名前は、月島 淕(リク)。
変わった名前なのも、ちょっとコンプレックスだったりする。




Desire

作:驟雨





「じゃあ、1年A組の代議員を決める。クラスから男女一人ずつが原則となったから、月島には強制的に代議員となってもらうが……いいか?」
「…………」

 わかっていたことだ。
 クラスの担任の槙原先生は、この学校では厳格な男の先生で有名だ。
 反抗するすべもなく、オレはコクリと頷いた。

「さて、それじゃあ女子の方だが……誰か立候補する者?」
「はい」

 真っ先に手を上げたのは、まっすぐな髪をショートにそろえている、中井沙織さんだ。
 見た目はすごくかわいい。

「他には……いない、な。……それじゃあ月島と中井にやってもらうか。今後の進行は二人で進めろ」
「じゃあ、月島君は黒板に委員の名前を書いてって」
「……わかった」

 やる気なさげに返事したのが間違いだったのか、中井さんはつっかかってきた。

「代議員なんだから、しっかりしてよねっ」
「わかったよっ」

 ぶっきらぼうにそう答えると、今度はクラス中の嫌な視線を感じる羽目になった。



「……いいじゃんか、女の子ばっかり――しかもかわいい娘がたくさんで有名なあの西丘高校だろ〜?」
「最初はちょっとはそう思ったけどな。……でもあのクラスじゃ生活しにくいし、今日もまた強制的に代議員にさせられたし」

 オレはまだ部活に登録していない(そもそも、オレが所属できるような部活がない)ので、学校が終わると中学の頃の友だちと会って話すのが日課になっていた。
 夕方6時に駅前の本屋の前。この時間にこの場所で。それが決まりだ。

「まあ、男一人ってのは寂しいかもしれないけどさ……オレもいるし、頑張れよ」

 そう言ってはげましてくれるのは、親友の向井 健(ツヨシ)。
 いつもオレの愚痴を聞いてくれる、イイ奴なのだが……。

「そうだけど……これから心配だ。今までクラスの女子と一言もしゃべったことないんだよ」

 屋外に置いてある雑誌を手に取りながら、オレはつぶやいた。

「ん〜、悩みどころだなぁ。……そこはお前の努力次第だな」

 こうして励まされてはいるが、いい考えみたいなものは浮かばず、オレは健と別れて家路に着いた。



「ただいま〜……」
「お帰り淕。……あらあら今日もうなだれてるわねぇ。」
「そう? ……あ〜、なんであの学校にしたんだろ……?」
「まだそんなこと言ってるの? あの学校を選んだのも、決めたのも淕自信じゃない。今さら後悔なんかしてないで、頑張りなさい」
「へい……」

 今さらながら、うちの母さんはいい人だと思った。



「あああ〜っ。でも、オレが女の子だったらこんな苦労しないんだろうなぁ……まあそんなこと、考えられないけど」  

 ベッドに横になり、天井を見つめながらそう独り言をつぶやく。
 部屋には男の子らしく、プラモデルが飾ってあったり、女の子アイドルのポスターなんかが貼ってある。
 もちろんあの手の本や雑誌もないわけではないが――

「女の子だったらなぁ……」



 そのまま寝てしまったのか、気づいたら朝日が差し込んで部屋は明るかった。

「ん? 朝か? ……あ〜今日も学校って考えると憂鬱だな」

 起き上がって下着をタンスから出す。
 机の側に落ちている学ランをベッドに投げて、前日着ていた服を脱ぐと、Tシャツを着て、ワイシャツをその上に羽織る。
 制服のズボンを穿いて学ランを手に取ると、オレは部屋を出た。

「おはよう。……あら、そのまま寝てたのね? 髪がボサボサよ。早く整えてきなさい」
「はぁ〜い」

 洗面台へいって髪を整えた。
 鏡に映っているオレの顔は、昨日よりうなだれていた。

「健にも言われたし、少し頑張ってみるか」



「じゃあ、行ってくるよ。」

 学ランを羽織って、鞄に弁当箱を入れながらオレは母さんにそう言った。

「また『学校が嫌だ』なんて言わないでよ……」
「ああ。じゃあ行ってきます」

 玄関を出て、家のガレージに止めてある自転車にまたがった。

「……?」

 普通に自転車を漕いで、いつもの通学路を進んでいるはずなのに、なぜが人の視線を感じる。
 通りを行く人すべてが、オレのほうを見ている。ヒソヒソ話をしながらこちらをうかがう二人組なんかもいる。

「…………」

 何がなんだか分からずに、大通りの信号待ちをしていたときだった。

「あなた、うちの高校のステッカー貼ってる自転車に乗ってるけど…………その……なんで学ランなの?」

 突然横からそう声を掛けられた。
 声の主は……中井さんだった。

「えっ? なんでって……、……!?」

 オレは思わず口を右手で塞いだ。自分のものではないソプラノの声。

「女の子が学ラン着てるなんて普通じゃないよ? それにそのクラス番号――」

「な・・・なんだぁっ!? この声っ!?」

「……急に大きな声を出さないでよ。みんながこっち見るじゃないっ」
「あうっ。……ご、ごめん」
「なんか怪しい娘(こ)……ちょっと来てっ」

 中井さんに手を引かれて、誰もいない細い路地へ連れ込まれた。

「おかしいわよ、女の子なのに西丘高校の学ラン着てるなんて……。うちの高校に男子生徒は月島っていう男の子しかいないの。それにそのクラス番号――それ、その月島っていう子の番号に間違いないわ。……あなた、月島君の知り合いなの?」
「あ、あのさぁ……さっきから女の子女の子って言ってるけど、オレは男――」

 急に変な感覚が体中を駆け巡った。
 中井さんがオレの両胸に手を当て、ギュッと揉んでいたのだ。

「あふ……」

 変な声を出してしまった。
 顔が急に赤くなるのを感じた。
 この感覚は……? 

「こんなに立派な胸があって、『女の子じゃない、男だ』なんて言い張る気?」

 やっと胸から中井さんの手が離れた。

「……だいたい男の子なら、私からは見上げるほど背が高いはずよ。私の目の前にあなたのおでこが見えるし、髪は……金髪だけど女の子っぽい髪形だし、目は……水色?」

 そう言われて自分の頭に触れてみると、サラッとした感触。
 髪は流れるように元の形に戻った。

「そんな…………オレ、女の子、なの、か……?」
「自分のことを『オレ』なんて言うの? うちの学校の生徒なら、名前くらい教えなさいよ」

 焦った。
 女の子の姿で「月島 淕」なんて名乗ったら、それこそ大変だ。
 だけど何も思いつかない。正直に打ち明けるしかなかった。

「あ、あの……中井さん。頼むからまじめに聞いてくれないか。……オレの名前は……月島 淕だ。正真正銘、西丘高校唯一の男子生徒」
「そんなこと言われて『信じろ』っていうのがおかしいけど……でもこの場面じゃ、信じられなくもないわね」
「信じてくれるのか?」
「まあ、その格好からしゃべり口調まで男の子……あ、“元”男の子としての説明が充分つくしね」
「……ありがとう」
「でも月島君とこんなに話すの、初めてね。……性別が違うだけでこうも変わるのかな?」



 オレの「願い」が叶った瞬間だった。
 こうして目を見て、普通に会話して(内容はともかく)――
 昨日まではあり得なかった現実。
 性別が変わるというだけで、全てがうまくいっていた。
 そんな喜びを隠せずに、顔に出してしまった。
 そんなオレの様子を見て、中井さんは不思議そうな表情を浮かべた。
 このままではどうにもならないので、とりあえずオレは中井さんと一緒に、彼女の家に向かうことにした。

「じゃあ、今日から月島君の名前は『漓依(リエ)』ね」
「ええっ!?」
「だって、『淕』じゃあ男の子の名前じゃん。……りの字が残ってるし、女の子らしい名前よ。……ねっ、漓依ちゃん♪」 
「ああ……でも、それもいいかな」

 心落ちな返事ながらも照れていた。
 自分は今女の子で、女の子と自然に会話できて、「漓依」なんて名前ができて――
 今の自分にとって、夢のような話だった。



「はい、ここが私の家。まあ普通だけどね。男――いや、“元”男の子を家に招くのは初めてだから、ちょっと緊張するかも」
「オレも……初めてだから」

 沙織に手を引かれ、彼女の部屋に入った。
 「秀才」と言われている彼女でも、やはり普通の女の子。部屋はかわいらしく飾ってある。

「はぁ〜っ、中井さんの部屋って以外と女の子っぽいんだな」
「あっ、それどういう意味よ? それにそんなに高い声で『中井さん』なんて呼ばないでよ……変な感じがするから。ねえ、『沙織』って呼んで」
「……あ、うん。そ、それじゃあ、さ――沙織、ちゃん」
「それでいいの。……じゃあこっちに来て」

 中井さん――沙織ちゃんは部屋の奥のタンスを空けて、なにやらごそごそと探し回っている。

「あった!」

 沙織ちゃんはそう叫んで両手を広げた。そこには西丘高校の女の子の制服があった。

「う〜ん、私の予備の制服だけど……サイズ合うかな?」
「そっ、それをオレが着る……なんてそんなわけないよな?」
「何言ってるの? そうに決まってるじゃない」
「やっぱり……」
「嫌なの? じゃあそのダボダボの学ランでで学校に行く?」

 沙織ちゃんはきつい口調で詰め寄ってきた。

「す、すみません……」
「なんで謝るのよ? まあいいわ。それじゃあ――」

 沙織ちゃんは別のタンスを空けた。そして出してきたものは……

「……ハハ、さすがにそれまで着ろって言うんじゃ……」
「じゃあ着ないでいいわ。そのかわり肌が荒れたり、変な感覚に襲われることになるけど」

 彼女の手に握られているのは……ブラジャー。

「う〜、女の子ならみんなしてるものだよな……仕方ないか」
「慣れが早いのね。元々女の子になりたかったとか思ってたの?」
「……うっ、なんて鋭い」
「そうだったのね。私とは逆、か」
「は?」
「いや、私も男の子に生まれたかったなぁとか、男の子になりたいって思ったことは何度かあったの。中学の時男女混合の柔道部で、どんどん強くなってく男子に追いつきたくて。なんかありふれてるけど、本気で思ったことあるよ」
「オレと、同じなんだな……」
「漓依ちゃんも思ってたの? 女の子になりたいって」
「ああ……まあね。わかるだろ? うちの高校の実態」
「うん、今年から男女共学になったのに、男子生徒は月島君だけだもんね。……でも男の子にとっては夢のような場所じゃないの? まわりはみんなかわいい女の子だし、ハーレムじゃない」
「それはそうだけどさ……でも、気軽に話す友達もいないし、話しかけられることも、一緒に行動することもないし、そんな孤独感に耐えられるか?」
「難しい質問ね。実際にそういう境遇に立ってみないことには……」
「ところで中……沙織、ちゃん、は、なんでこんなにいろいろ面倒見てくれるんだ?」

 あわてて言い直した呼び方だったが、沙織ちゃんの鋭い眼差しを見ることになってしまった。
 一息ついてから、彼女はこう言った。

「私と同じ願いを持った人だからよ。今、この話を聞いてますます漓依がうらやましいというか、助けたくなったの」
「……ありがとう」
「え?」
「沙織ちゃんがいてくれなかったら、いくら願いがかなったからって困るだけだったし、なにより今こうして話す人がいることが、何よりうれしいよ」
「漓依ちゃん……じゃあこれ着てみる?」
「え? あ、ブラ。……着てみるよ」

 オレはいそいそと服を脱ぎ出した。それを見て沙織ちゃんはあわてて立ち上がった。

「あっ、私、部屋を出とくね」
「あ!」

 気づいた時、オレは学ランを脱いでワイシャツのボタンを外したところだった。
 胸の膨らみは既にその形をあらわにしていたのだ。
 顔が真っ赤になっている沙織ちゃんと、真っ赤になっていると思われるオレ。

「女の子になると、着替えも一苦労だな……」

 やっとブラのホックを背中で止めることに成功した。
 そのあと部屋の傍らに広げてある女の子の制服を着てみた。
 サイズはぴったりだった。

「沙織ちゃん、着替えたよ」
「すごい! 完ぺきに似合ってるね」

 部屋に入ってきた沙織ちゃんが誉めてくれた。

「制服はいいんだけど、な……なんか胸が苦しいんだよ」
「え!? もしかしてブラのサイズあってないとか――」

 そう言うと、沙織ちゃんはまたオレの胸をつかんだ。

「な……あっ」

 また、いいようのない感覚。さっきよりも顔が赤くなるのを感じた。

「私より……大きい! 漓依ちゃんてばっ!」

 沙織ちゃんはいつもの睨み方とは違う、女の子らしい笑みを浮かべながらオレの顔を見た。

「な……何?」
「なんで私より胸が大きいのよっ」
「そっ、そんなこと言われたって……!」

 そのいざこざは、しばらくの間続いた。


「これで明日からはなんとか学校へ行けそうね」
「ああ。沙織ちゃんのおかげだよ」
「そんなこと言われると照れるわね。でも、とりあえず今のところはこれでなんとかなるけど……このことは秘密にしておいてもきっとバレることになるわね。月島君がいなくなって、代わりにこんな金髪の美少女が、急に学校に来るわけだから――」
「そうか。でも、まあしょうがないとしか言えないな」
「じゃあ、今日は家に帰って、お母さんに報告しないとね。また大変だろうけど」
「ホント、いろいろありがとう沙織ちゃん。借りてるものはこっちでそろい次第、返すから」
「うん、困ってる人は助けないと。……あ、でも困る前に助けちゃったかな?」
「でも感謝してる」
「……月島君って、けっこういい人なのね。気づかなかった」
「そ、そうか? いや、女子にそう言われるのは初めてだ」
「でも、あなたも今は女子よ」
「そうだけどさ、今までじゃ考えられないことだから」
「そうね。……じゃあ漓依ちゃん、今日は急用で学校を休むということにしておくから、明日また学校で、ね」
「ああ。じゃあな!」

 しばらくお互いに手を振り続けていた。
 沙織ちゃんの姿は、今まで以上に素敵に見えた。
 明日からの学校は何もかもが今までと違う。
 期待と不安を抱いて、オレは一歩を踏み出した――




to be continued?




あとがき


 新作「Desire(「願い」の意)」です。
 とりあえずこれは完結という短編になりましたが、シリーズ化しようかやめようか考え中です。  
 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 下記に登場人物を記しますので、迷ってしまったらご参照ください……。
 ではもしかしたら、「Desire続編」で。
 あるいは他の作品で、お会いしましょう。
 驟雨でした。



月島 淕(リク)
 本編主人公。本人はまじめな理由で元女子高・西丘高校へ入学したと主張。
 しかし全校生徒で男子生徒はたった1人。そんな環境から生まれた願いが女の子になりたいという願いだった。1−A−25

↓↓↓

月島漓依(リエ)
 淕が思い続けて叶った(?)あとの姿。なぜかショートカットでストレートな金髪。 
 瞳の色は透き通った青色。

向井 健(ツヨシ)
 淕のかつての親友(今も)。良き相談役+愚痴聞き役の彼。

中井沙織(サオリ)
 淕(漓依)と同じクラスで代議員。漓依と同じ髪形(色は無論黒である)。
 スタイルが抜群な女の子だが、強気。学年トップクラスの秀才。1−A−24

月島佳代子(カヨコ)
 淕(漓依)の母親。息子を「かなり」かわいがる。

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