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Angel・Hyper

驟雨

5th Story 〜 ゼロの苦悩 〜







 戻ったのはその日のうちだった。
 3人ではなく、私とガイアの2人。
 ゼロは『まだ始末が済んでいないから』と、ホテルに残り、あとの処理をすませてから戻るらしい。
 記憶を消し、魔力の糸を切る。
 さらに、その場にいた人間は回収し、魔力を消し去ってから現実へ送り返す――おそらくこの程度の作業。
「優はなんでも知ってるんだ。すごいな……」
 ガイアが感心して言ってくれた何気ない一言だけど、私はすごくうれしかった。
「まあ……お姉ちゃんたちがよく知ってるから。とくに咲香お姉ちゃんは……」
「恵まれてるんだな」
 コツコツと大聖堂の床を足が突く。
 いろいろ走ったりして額にうっすら汗していた。
 ガイアも多少息が荒い。
「疲れたね」
「あの戦争ほどじゃないけどな」
「それを言わない」
「おっ、悪い。今から学校だ」
「えっ?」
「あれ、言わなかったか? オレも今咲香さんと同じ魔法学校へ通っててさ。そろそろ咲香さんも来るんじゃないか……ってほら。言った通りだ」
「あ……」
 私の目の先にあの服装(黒い昔の魔女みたいな)の咲姉がいた。
 こっちに気づくと手を振りながら小走りで近寄ってきた。
「優ちゃん!どうだった任務?」
「それが……」
「すべては失敗だ、咲香」
 そこにゼロが帰ってきた。
 声だけが最初に聞こえ、ちょっとしてからゼロの姿が露になった。
 服がちょっとボロボロになっている。
 息も荒い。
「ハァ……ハァ……。月風晃に邪魔さえされなければな」
「誰それ?」
「ゼロ、お前だけで話を進めるな。呼んでおいてそれでは無責任だろう?」
 私もガイアも真相を知りたかったようだ。
 一体あの会場で何が起こっていたのか。
「迅雷の月風晃。奴はそう呼ばれている。剣術を学び、補助として魔法も使える。まあちょっとした魔法剣士ってワケだ。名前が日本っぽいのはよくわからないが」
「あのときいた2人のうちどっちのこと?」
 私がさらに聞いてみた。
「背が低いほうだ。それに……あいつは人間じゃない。ネコだ」
「ネコ!?」
 これには私もビックリだった。
 ゼロがこれほど悔しがる相手がネコだったなんて……
「そう、ネコだ。まあそこはどうでもいい。奴の持つ武器・月閃華戟はどんな形の武器にも姿を変え、剣にも銃にも……そう優の持つ弓、愛美の持つ二刀短剣、健一の持つ剱にもな」
「はぁ……そりゃあ大したもんだ」
 ガイアが感心して言った。
「奴の目的はさっぱりだが……オレたちと同じ目的なのかもしれない。書類がキルの手に渡らなかっただけ良かった」
「月風晃という子が書類を持ってるのですか?」
 咲姉が口を挟む。
「そうだ」
「なんで取りに行かないのです?」
「ん……。敵か味方かわからない。いつもそうだ。突如現れては消える。それがいつものパターンだからな。もしかしたら罠かもしれないし」
 とゼロがしゃべっていたときだ。
 妙な気配とともに何かが現れた。
 ここで驚かなかった人物はいない。
 なぜならここにいるはずのない人物が口を開いたからだ。
「それはない。我はそなたたちに危害を加えるつもりは無いし、敵対する気も無い」
 そこにいたのは今話題になっていた人……ネコ、月風晃だった。
 ホテルにいたときみたいに着込んでいるわけでもなく、
 ただマントを羽織っただけの服装だった。
 ただ、シルクハットはかぶっている。
 白い耳に白いしっぽ。
 緑色の剛に長けたと見る光る瞳。
 それでいてクールに落ち着いている。
 私は一目見た瞬間こう思った。
「か、かわいい……うん? かっこいいいの間違いかな……」
「おい、なんのつもりだ?」
 ゼロがいきり立った。
「これを渡しに来たのだ。それと……今キルが何をしようとしているのかも伝えに、な」
 そう言うと月風晃は懐から茶封筒に包まれた例の書類を出した。
 それをゼロに差し出した。
「………」
 ゼロは無言で受け取った。
 それを見て私が言った。
「ゼロ、お礼くらい言ったら?」
「うっ……あ、ありがとう」
「礼には及ばない。そなたに必要な物、我には必要ない」
 ゼロはちょっと顔を赤らめた。
 ガイアが口をわる。
「キルが何をしようとしてるか、それが聞きたいんだが……」
 ガイアが言うと、月風晃はすぐに答えた。
「そうであった。キルは魔法界の影で駈け回るトランプゾーンというグループと手を組んでいる。トランプゾーンには首領がいてそれに連なる組織構造。4人の幹部もいる。ハーツ、スペイド、クラバー、ダイシンの4人。名前は知っているが、その正体は不明だ。それに首領については名も正体も全くの謎。表では多数存在する手下が政府のために活動し、裏ではそれなりのことを行っている。それが露になれば、政府が動き、処罰をくだす。とまあ流れはこんな感じだ」
「トランプゾーンについては大聖堂の資料室を見るといい。過去の事件暦が残ってる筈だ。結構有名な魔法犯罪組織だ」
 一通り月風晃がしゃべり終わると、ゼロが補足をいれる。
「ああ、分かった。これは野放しにしておく事件じゃ無いってことがな」
 ガイアがやっと納得した。
「ま〜たそんな一味と争うのかぁ。もうゴメンだったのに」
「優さん、そんなことは言ってられないですよ。あなたが救いの手を差し伸べれば、必ずそれに応える方が現れます。その時まで……頑張るのです」
「咲香お姉ちゃん……」
「さて、我はそろそろ行くとするか」
 月風晃がそう言ったときだ。
「待って!」
 私が月風晃を呼び止めた。
 月風晃は呼ばれてこちらを向く。
「?」
「私も連れてって」
「優さん!?」
「優。どういうつもりだ?」
「だって、この子は悪者じゃないんでしょ? お姉ちゃんとガイアは学校。ゼロは仕事。私の身体が空くからさ」
「こいつについて行くのか? ろくなことが無いと思うが……」
 咲姉もガイアもゼロもなにか否定的な意見だったが、私は考えを曲げなかった。
「うん。大丈夫だよ。付いて行くべきだって、なぜか……そんな気がする」
 その会話を聞いていた月風晃が頷きながら私の側に寄った。
「承知しました。では優さん、行きましょう」
「ホントに!? やったぁ〜!じゃ咲香お姉ちゃん、ガイア。この子に付いて行くね」
「何!? そんな唐突にか。オ、オレも後から向かうからな」
 と言うガイアはちょっと焦り気味。
 ホントは嫉妬してんじゃないの? 
「そうですか。頑張るんですよ、優さん」
 咲姉は普通、だけどなんか企んでそう。
 いや、そんな気がして……。
「月風晃、ホントにお前味方なのか?」
 ゼロが聞く。
 月風晃はこう答えた。
「……答えるまでもないであろう?」
 そう言い放ち、私の手を取った。
 背が小さい月風晃は、私の手を取るために上へ手を伸ばしている。
 そしてその場から消え去った。
 
「あ、あいつ優の手を握りやがった!」
 後になってガイアがちょっと悔やんでいた。
「さて、ガイア。行きますか」
 咲香がクスクス笑いながら言った。
「くっそぉ……」
 
 
 
「ねえ月風晃ちゃん、これからどこへ行くつもりなの?」
 ついた場所は人通りの少ない道。
 まだフランス国内であることは分かる。
 が、ここがどこだか分からない。
「ふむ……我の名は日本に詳しい友人から授かった。昔日本に字(あざな)という別の名を付けるというのも聞いてな。その字で普段は呼ばれている。我の本名はリオ(漓嗚)。月風晃は字なのだ」
「ずいぶん日本が好きなのね、その人。でも今はそんな風習はないけど……」
「優さんは日本が好きではないのか?」
「うーん、好きって言うか住み心地はいいよ。それからそのしゃべり方は変。『優』でいいよ」
「承知しました、優」
「その方が断然いいよ!」
「ありがとう。では、最初の質問に答えるが……これからゼロを追うのだ」
「え? 追うってまだゼロは動いていないんじゃ……」
 そう言う私にリオは首を振った。
「いや、ゼロはすでに足を進めている。政府の資料室からトランプゾーンの集結場所を突き止めて、な。今……そこへ向かっているはず」
「一体……どうしてそんなことがわかるの?」
「我の力とでも申しておこうか」
 リオはちょっと自身気に語った。
 その姿がまた少しかっこよかった。
 
「トランプゾーンか。やはりな……。オレの考えていた通りだったと言うわけか。なぜ早く気づかなかったんだ。さっき説明しておいて正解だったな。おかげで思い出せた」
 ゼロは黒いマントを靡かせ、足を速める。
 大聖堂の資料室を出、
 コツリコツリと床を突く音が響く。
 そして足を止めたのは大広間中央に設置された台の前。
 その台に手を翳すとゼロはスペルを始めた。
「"ケーション"」
 ゼロがスペルをするとその台座に宮島・コルス・ナオキの姿が現れた。
 透き通ったその姿はまさに本物だったが、大きさは小さい。
  ――なんです、ゼロ。 
「オレはこれからトランプゾーンのアジトへ向かう。人手をよこして欲しい」
  ――また独断で動くつもりですか? 長官はボクですよ。 
「(フン、いちいちむかつく言い方だな)だから、今こうして長官と交信してんだろうが」
  ――そのしゃべり方はどうにかならないんですか?
「だーっ!もう、いちいちうるさい奴だ。さっさとよこせ!」
  ――まあいいでしょう。許可はしますが……部下はまわせませんね。
「んだって!?」
  ――ゼロなら部下などいらない筈でしょう?
 それしか言わない宮島にゼロはキレてしまった。
「くっ、勝手にしろ!」
 大声で宮島の映像に向かって叫んだ。
 ゼロは心底めった打ちにされ、宮島との交信を切った。さすがにゼロはプライドがメッタメタにされたらしく、その後の足取りは重かった。


「こうなったらオレ1人でトランプゾーンを一網打尽にしてやる」
 
 ゼロは意気込んだ。
 手をギュッと握り締めた。
 さらに足を速めた。
 
 
 
 ゼロは大聖堂のとある個室に入った。
 そこの部屋にはいくつもの階段を下りた地下にある。
 部屋にはいると、魔法で出現させる魔方陣よりも遥かに大きな魔方陣が目に入った。
「ようゼロ。久々にアースゲートを利用するんだな」
「まあな。移動場所が困難だから」
 その場所にいたのは怪しげなマスクをした背の高い人。
 全身も黒いマントで覆われ、どんな姿なのか分からない。
「この地導閃門(アースゲート)管理者"イプシロン"の救いを求める者がまだいたとは」
「ああ。数年前までは悪用されっぱなしでそのおかげで咲香も……」
「そこでこのアースゲートに管理者が必要になったわけだ。このイプシロンの力がな。それ以来めっきり利用者は減ったがな。ハッハッハッハッハ」
「オレが推薦したんだろう? かつては『魔の一族』であったお前を……」
「それは言わない約束だ」
「フッ……そうだったな。では頼んだぞ。トランプゾーンのアジトまで」
「了解だ。しっかり『つかまって』ろよ!」
 イプシロンはつかまってろと言ったが、そのままの意味ではない。
 この魔方陣では魔法使いが作り出す魔方陣より遥かに高い魔力を必要とする。
 魔力の『綱』で自分を固定し、安定して移動しなければならない。
「"リコード"」
 ゼロの身体を薄い青色の『綱』がつつんでいく。それは魔方陣としっかり結合し、ゼロの身体を固定した。
「いくぞ!"コンダクション"!」
 ゼロの身体が激しく揺れ、一瞬でその姿が消え去った。
 後に残ったのは少しのゼロの魔力の残り香だけだった。
 
「幸運を、ゼロ」


「さて、どいつからかかってくる?」
 ゼロはトランプゾーンのアジトへ単身乗り込んだ。
 1人だけこの部屋の中央に立ち尽くし、
 周りには数十人。
 部屋は薄暗く、窓ガラスはすべて黒いカーテンでふさがれている。たばこの煙なのか、天井の電灯に照らされ、部屋中が曇っている。バーがあるらしく、酒の匂いがする。
 要するにゼロはたくさんの敵に囲まれ、まさに四面楚歌だ。
「お前……1人か?」
 だれかがゼロに問う。
 ゼロは答えず、周りをにらみつける。
「首領(ドン)を呼べ」
 まただれかが言った。
 それも聞きながらゼロは手を翳した。
 そして……
「"プレストアトラス"」
 ゼロの手の先から大きな石の槍が出現し、
 何人もの人を貫いた。槍はこの部屋を貫通し、外の通りまで突きだした。激しい音がして、その場は血まみれになった。
 ゼロは下をペロリと出すと、振り向いてもう一度手を翳した。
「次はお前らだ」
 
 
 そう言った時だ。
 
「待て……」
 奥から低い声がした。
 その瞬間あたりはシーンと静まり返る。
「ゼロよ」
「……?」
 ゼロが見た人物。
 それはゼロがもっともよく知る人物だ。
「お、親父?」
 黒い髪に黒い瞳はゼロと同じ。
 頬に深い傷の後があり、それが印象深い。身体にぴったりしたスーツに身を包み、腕を組んだ姿勢でその場に立っていた。
「魔法界の神。そう、私の昔の通称だった。だが、それを受け継いだキサマはその名にドロを塗った。今では魔法省の狗。キサマには死んでもらわねばならない」
「そう簡単にやらせるか!」
「だが、ここまで成り上がったキサマをただ殺すのも惜しい。そこで取引といこうではないか。再び我に付き従い、魔法省と縁を切るのなら殺さずに生かしておいてやる。どうだ?」
 ゼロはちょっとの間考えたが、――即座に答えた。
「お前みたいな裏でしか生きられないクソ野郎なんかに付いて行くわけがないだろ?」
「ほう……それならば、付いてこざるを得なくしてやる!"トランスセクシュアル"!!」
「くっ……性転換術!"リバースウィスパー"!」
 ゼロは反対魔術をスペルした。
 だが――
「もう遅い!女性化したお前は魔法がスペル無しでは使えん!要するに天使ではないのだ!!」
「ぐああ!!」
 ゼロの身長が徐々に縮み、黒い髪が段々と長くなっていく。
 マントの中でなにかが膨らみ、何かが無くなる感触。
 そのあと見た自分は白い腕、白い手を持つ少女の姿となった自分だった。
「そんな!」
 声の高さもそこまで変化はないが、
 確かに高くなっている。
「フッ……フハハハハハ!!どうした、かわいい姿じゃないか!」
 そう言って魔法でそこに鏡を作り出した。
 嫌でも見てしまう自分の今の姿。
 黒い髪は肩の後ろの当たりまでまっすぐ伸び、きていた服はダボダボ。
 マントも床をさらに引きずるくらい長くなってしまっていた。
 鏡に映る少女は歳は元に近い13歳くらい。
 まさにかわいいと表現出来る容姿だった。
「こ、こんなことが……」
「さて、あとはキル。任せたぞ……」
「……御意」
 その場にキルもいた。
 そして………………



「リオ?  どうしたの」
 ふと不安げな表情を浮かべたリオを見て私は聞いた。
「いや、なにかとてつもなく嫌なことが起こる気がする」
「リオのそういうことは当たるからなぁ……ちょっと心配だよ……」
「ん……何事も無ければ良いのだが」
 すでに2人はトランプゾーンのアジトのすぐ側まで来ていた。
 リオの力でゼロの魔力を辿った。
 私の力じゃ及ばないほどリオはすごかった。
「優、あそこを見ろ」
「……っ」
 声にならなかった。
 建物から石の槍みたいなものが突き出て、
 人を貫き、赤い液体がそこら中に散乱していた。
 私の心の奥がまた揺らいでいる。
 ここから先へ行っていいのか。
 この先は、創造も出来ないくらいひどい状況に決まっている。
「我の心術を乱す原因はきっとここだ……。入るぞ、優」
「…………」
 私は無言だった。
 心に迷いが芽生えた。
「優……?」
「あの中に入るの?」
「……怖れを感じるな」
「それは違う、と言ったら嘘になるね。もちろん恐い。また……あの時と一緒になるのが……」
「あの時? あの戦争のことだな」
 リオはその言葉ですべてを理解していた。
 私のことを……。
「リオは恐くないの? この中で少なくとも人が……死んでる」
「死とは必ず訪れるもの。違うのはいつ、ということだけだ。皆死……」
「みんな死ぬなんて言わないでよ!!」
 私はリオに向かって叫んでしまった。
 それも眼に涙を浮かべながら。
 2人がいたところは人通りの少ない通りだったが、少ないというだけで人はいる。
 その声に驚き、道行く人はこちらに目線をやった。
 おそらく不審な目で見ていただろう。
 私は耐えられなかった。
 人の死……どれだけ恐いものか。
 想像もしたくない。
「……すみません。ですが、我々は行かなければならないのだ。行かねば……ゼロが死ぬかもしれないのだ」
 私は目線を落とした。
 もっとも、その先に背の小さいリオが立っているのだが。
 通りに弱い風が吹く。
 靡くものは2つ。
 私の結った髪とリオの白いマント。
 寂しい音を立てながら風は通りを進んでいく。
「ゼロのため……か……」
 私は背の低いリオのためにその場に膝を突いてしゃがんだ。
 目線を合わせ、緑の瞳を見つめた。
「わかった。私、リオに付いて行くって決めたもんね。『ゼロのために』あの建物に入るよ」
「いいのか? 我1人でも……」
「今は私はリオのパートナーだよ。一緒に行くよ!」
 そう言うと私はリオの手を取って立ち上がった。
 リオの髭がぴくっと動いた。
「……。優がいれば心強い。ありがとう」
 リオが笑ったのは初めてなのかな?
 いや、私が見たのが初めてか。
 リオは笑うとかわいくて、
 きりっとするとかっこよくて……。
 ガイア……負けんなよ!
 
  


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