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「俺は……自分から逃げてるのか……」

 夜道を1人歩く健一。
 答えに迷った健一は"タイムデント"をスペルした。
 時間が止まっている間に窓から外へ「飛び去った」のだ。
「健一……」
 私はまた健一の気持ちを聞きそびれた。
 いつでも会えるのだがいざとなると聞きにくかった。
 2人の時間はそこで止まり、夏休みはすぐに過ぎ去った。
 咲香は学校でもすぐに打ち解けることができた。
 心配していた私をよそに咲香は私以上にあかるく振るまい、
 友達もすぐにできたようだった。
 私と同じクラスだったのも良かった理由になると思った。
 新学期が始まってしばらく立った日、
 しかし今日は昨日からの腹痛に悩まされていた。
 今日は水泳の授業まであるのに困ったことになってしまった。




Angel

驟雨

第9話 『Between』




「な、なんでこんなにお腹が痛いんだろ……」
「お姉ちゃん!早くしないと学校に遅れちゃうよ!」
 部屋の外からノックしながら優がせかした。
「ごめん優!今ちょっといそ……忙しいから……」
「う、うん」
 優は廊下を歩いていった。
「とりあえず腹痛の薬飲んどくかな……」
 私は部屋に合った救急箱から腹痛用の鎮痛剤を取り出し、洗面所へ向かった。
 廊下を歩くのもつらかった。
 すれ違うメイドが私の身を案じてくれた。1人が支えてくれた。
「愛美様、本当に大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫だよ。なにか……悪いものでも食べたかな?」
「しかし、下腹部が痛いのではちょっと大事になってしまう可能性があります。お医者様に見てもらった方が良いのでは……?」
「う、う〜ん……」
 私は悩んでしまった。
 学校を休めば授業が遅れるのは目に見えている。
 せっかく成績が上々になってきたのに後れは取りたくない。
 私は鎮痛剤を水で流し込み、
 そのまま部屋に戻った。メイドにはお礼を言って別れた。
 制服に着替えようとしてピンクのパジャマを脱いだときだった。
「ち、血!?」
 パジャマの「股」の部分に赤いしみができていた。
「え、え、え!?なにこれ!?」
「お姉ちゃんどうかしたの!?」
 優が私の大きな声を聞いて部屋にバタバタと入ってきた。
「あ、優。これ、これって……」
「お姉ちゃんもしかして生理知らないの?」
「生理……」
 もちろん高校生にもなれば生理という言葉くらいは耳にする。
 しかし実際どういうことが起こるなんてことは知っているワケが無い。  
「生理って血がでることなの?それに今日朝からお腹が痛くて大変だったんだけどそれも生理の影響だってりして……」
「そうだと思うよ。生理痛かぁ。私もまだ2回しか月経が来てないけどお姉ちゃんがはじめてなんて……」
「…………」
 女の子には必ず現れるこの現象に対処の仕方が分からなく、情けないながら妹に教えてもらうことになった。ご飯の方は問題ないみたいだけど、今日ある体育は見学した方がいいとのことだった。
 女子の見学が多いのは生理が理由だったらしい。
 
「やあ愛美……って元気ないな」
「今日生理があって……」
「生理……ああ〜!そうか、愛美はまだ生理がきてなかったのか。ごめんごめん。対処の仕方とか教えておけば良かったな」
「男子高校生が生理の対処の仕方を完ぺきに知ってるなんて世の中にしれたら大変だよね」
「あ、まあそうだよな。しかし愛美も完全に女の子になっちゃったってことか」
「……へ?」
 私は健一の言葉に変な声を出してしまった。
 完ぺきになってしまったとはどういうことなんだろう。
「じゃあ今までは完ぺきじゃなかったってこと?」
「そういうことだな。入れ替わったときは外見だけが変わって、まだ言葉遣いも仕草もそのままだっただろ?でも言葉遣いや仕草が変わったときから双方の女の子化、男の子化が進んだって考えた方が自然だ。今は自然にその言葉遣いで話してるし、別に恥ずかしいとも思わなくなっただろうしな」
「そういえばそうだね。私もずいぶん変わったって思うよ。着替えも全然恥ずかしくなくなってきたし……ってこれはまずいかな。でもこれはだんだん私は元の健一から遠ざかってるってことになるんだね。もとに戻っても自然にいられるかな」
「俺も、か」
 2人はそこで話しが途切れた。
 元に戻るということはこの数日考えたことが無かった。
 今までこの姿になった生活を苦労しながらも楽しんでいた部分が多い。
 
 黙ったまま2人で学校の門をくぐり、教室へ向かった。
 鎮痛剤のおかげで痛みは引いていた。
「愛美、顔色悪いよ、大丈夫?」
 雪菜が心配そうな声を出した。
 気分は確かに優れない。
「まあ、今日ちょっと、ね」
「あっ……そうなの。それじゃしかたないかな?」
 今の言葉で悟ったらしく、
 雪菜はまたいつものように私に接するようになった。
 
 体育はプールの外の個室で見学することになった。
 ガラス張りの部屋で中のプールを覗いていた。
 
 もともと水泳は嫌いじゃなかったからちょっとうらめしかった。
 今日で水泳は終わりというのも理由のうちになったのかもしれない。
「今日で水泳も終わりだ!」
「やっと終わったね。男子の変な目ともおさらばだね」
 他の女子の会話が更衣室に響く。
 体操着に着替えての見学だったので私も中にいたのだが、
 こんな会話を聞くとちょっと悲しくなってしまう。
 
  
 放課後、健一と一緒に帰りながら話をしていた。  
 
「愛美、今日は大丈夫だったか?」
「うん。あれから痛みも引いたままだし、だいぶ良くなったよ。ありがとう」
「そうか、良かった……」
「心配かけてごめんね」
「いや、いいんだよ。でもこれから何度もあるから対処法を教えとくな」
「うん」
 私は頷きながら小声で返事をした。
 健一は男の子化が進んでいるはずなのにとても優しかった。
 昔の私の周りにいた男友達は優しいと言える奴はいなかったと思う。
 
「愛美、ちょっと後ろにいてくれ」
 健一はそう言って私を健一の背後に回す。
「え?どうしたの?」
「貴樹だ」
 健一の背中から顔をちょっとだして前を見る。
 貴樹とその仲間と思われる5〜6人の集団がこちらに向かって歩いてくる。
「ごめん愛美。こりゃまた騒ぎになりそうだよ」
「う、うん……」
「お姉さん、貴樹さんが来る前にこちらへ……」
「咲香」
「ちょうどいい。愛美。ちょっとあの路地へいてくれ。またあいつに絡まれるのはうんざりだろ?」
「そうだね」
 私は咲香の元へ向かった。
「ありがとう。でも咲香はなんでここに?」
「この間魔法界の用事で出かけたことがありましたよね?その内容が貴樹さんのことだったのです」
「あ、咲香。さんはいらないよ。貴樹でね。それで魔法界で呼ばれるなんてあいつなにやったの?」
「それが……魔法使いとの接触を確認したのです。それで私が尾行をしてその魔法使いの正体をつかむということになったのです。それで今もここに」 
「なるほど。ってそれじゃあいつ……もしかして魔法使ったりしないよね?」
 急に健一が隠れている路地の入り口まで飛んできた。
「ぐっ!!」
 制服がボロボロになった健一が倒れている。
「健一!」
 私は倒れている健一に座り込んで寄り添った。
「不覚……だった……」
 しかしいいながら健一は笑っている。
「お姉さん!健一さんの怪我は全然大したことはありません。制服がボロボロになってるだけです。それよりあいつを……」
「うん。健一はここにいて」
 路地から不意に飛び出して健一の側によった私を見て貴樹は驚愕していた。
「なんだ、おまえもいたのか、愛美。今俺の彼女に手を出すやっかいなネズミを退治したところだ」
 貴樹はポケットに手を突っ込んで見下した言い方をした。
 横には並んだ数人の不良っぽい男子学生が手をポキポキ鳴らしている。
 どうやら魔法ではなくただの殴り合いだったようだ。
 殴り合いはただごとではないのだがともかく魔法でなくて良かった。
 
「ふう。咲香!『あれ』の心配、いらないみたいだよ」
 私はちょっと大きめの声で言った。
 そして立ち上がってけっこう距離がある貴樹を睨んだ。
 ここまで吹っ飛ばすなんてなんて力。
 左側に咲香が並んだ。
「そのようですね」
「咲香、いたのか。愛美とそっくりなのは罪だな。お前とも付き合ってやろうか?」
「こんなやつだから私……いや健一が嫌になるのも分かるでしょ?」
「はい」
「2人で話すのもほどほどにして……って七瀬、もう立てるのか?」
 健一が私の右側に立った。
「おまえらはそんなことしか脳がないからな。痛かったけどここが違うんでね」
 健一はそう言って胸をトントンとたたいた。
「くっ、減らず口を……まだやられ足りないってか……おまえらあいつを立てなくしろ」
 
 貴樹は不良グループ(?)の男たちに命令を出す。
 言われるままに5人の男たちは「私たち」に向かって歩み寄ってきた。
「懲りないね」
「そうだな」
「どうします?」
「立てなくしろってそんなことしたら学校で問題になるだろが……先のことを考えないバカには言うこともないな」
「うん」
「逃げるか」
「それが上策ですね」
 3人は相手に背を見せ走り出した。
「えっ……おい!逃げるのか!!?待て!」
 そんな貴樹の言葉も追ってくる不良たちも振りきって逃げた。
 
 
 
「はあ……はあ……逃げたなぁ!」
「逃げたね!」
「はあ……はい。逃げました」
 息が荒くなった3人は隣町の公園まで逃げてきたのだ。
「ここまで追ってきたらすごいな」
「そうだね」
「人間の姿でこんなに走ったのは初めてなので先に帰って休ませてもらっていいですか……?」
 咲香はかなり息が荒れていた。
「おう、またな!」
「じゃあ咲香、面倒かけるけど優のことよろしく」
「今日は優さんのピアノのレッスン日でしたね。承知しました。ではお姉さんも健一さんと頑張ってくださいね」
 咲香は手を振って行ってしまった。
「そっ、それはどういう意味よ!?」
 私は赤くなった顔を上げて咲香に向かって叫んだ。
「もうっ……どういうつもりなの……」
 
 
「愛美、咲香とうまくいってるのか?」
 ブランコに座ってる私に真正面の手すりに座った健一が話しかける。
「えっ、あ、うん。急にどうしたの?」
「お前こそ急に妹が増えて苦戦してないなと思ってさ」
「全然。家は広いワリには家族少ないし、メイドはいるけど楽しくないもん。だから心強い仲間であるし、今は妹だし、咲香はすごく大切な存在……だから苦労もしてないし、大丈夫だよ」
「そうか。それを聞いて安心したよ。愛美がうまくやってるならいいんだ。ところでさっき言ってた咲香の頑張ってって言ってたけどなんのことだ?」
「あっあっ、それは……その……まあいいから♪……また、今度ね」
 
 秋になって日が短くなり、
 すでに夕焼けに染まりつつある空を見上げて私は言った。
 私もそれを見て空を見た。
 赤い私の髪よりも赤い空だった。
「なんなんだよ…………?」 
 
「明日から冬服に変えっこだね、お姉ちゃん!」
 あるちょっと寒くなってきた日曜日、部屋を掃除しながら言った。
 こんな時代に三角巾までして掃除する2人。
 クローゼットの奥に見えた白いハンガーにかかった私の制服。
 ちょっと赤みがかったブレザー。なつかしい感じがした。
「うん。久しぶりに見るよ。まだちょっとしか着たことないからなぁ」
「入れ替わったのは春の終わりだったかな?すぐに夏服に変わっちゃったもんね」
「そうだね」
「出しとくね」
「ありがとう」
 優はブレザーのハンガーに手をかけた。
 クローゼットの外に出すと虫よけのビニールを取る。
「なんか変なにおい!」
「虫よけ剤のにおいでしょ。優のセーラーもそんなにおいするんじゃない?」
「え〜〜!」
 ガチャリという音とともに部屋に咲香が入ってきた。
 咲香も三角巾をしている。
「お姉さん、買い出しに行ってきました」
「あっ!ありがと〜!これがないとねっ」
「何それ?」
「え?消臭剤」
「お姉ちゃんの部屋別に臭くないじゃん。むしろいいにおいするのに……」
「そう?」
「私もそう思いますが……」
「いいから!」
 私は咲香の手のビニール袋を取って中からスプレーボトルを出した。
「あっお姉さんそっちじゃ……」
 その言葉も聞かず私はスプレーを握った。
「わっなんだこれ!」
「泡?」
「お姉さん……それは消臭剤じゃなくてお風呂用の洗剤なんです……」
「わっわっわっ!」
「あはははっ!お姉ちゃん可笑し〜!!」
「ふふふっ、お姉さん、こっちが消臭剤ですよ」
「それを早く言ってよぉ……」
 姉妹3人となった石垣家の会話は以前よりもかわいらしさと迫力を増して飛び交う。
 
「よし!掃除も一段落したところでお昼にしますかぁ!」
「どうします?今から作ってもらいますか?それとも自分で作りますか?」
「私はどっか行きたいなぁ!」
「優の行きたい場所はだいたいあそこでしょ?」
「『やまぶき』……ですか?」
「へへ〜!バレてたか」
「じゃあそこにするか!遠いけど」
「やったあ!」
「そんなに行きたかったのですね優さん」
 
 
 
「あれ?愛美。今日は家の掃除じゃなかったのか?」
「健一こそ日曜日は練習じゃないの?」
 喫茶やまぶきにつくと健一とお仲間数人がテーブル席に座っていた。
 健一の連れは2人でいつも通り明と幸二だった。
 明は私を見るなり俯いた。幸二はちょこんと顔を下げた。
「今日は練習午前中で終わったから昼飯食べに来てたんだよ」
「私は掃除の合間だから」
「そうか」
 健一は立ち上がって私に耳打ちした。
「今日はお互い相手がいることだし、ここまでにしとこうか」
「へっ?」
 私は変な声を出した。
 健一の言ってることがよくわかるようでわからなかった。
「そういうことだから先行くな。おばさん、ごちそうさま!」
「あら、今日は彼女と一緒に帰らないのかい?」
「おばさん、なんか勘違いしてないか?」
「はっはっはっ!そうかい?また来なよ!」
「ああ。じゃあな愛美。行くぞ明、幸二」
「うん、じゃあね。石垣さん」
「…………」
 幸二は挨拶してきたけど明はだんまりだった。
 まだあのことを引きずってるらしい。
「ばいばい」
「じゃあねお兄ちゃんたち」
「ではまた学校で……」
 3人と3人は会話を交わして別れた。
 
 
 
「愛美ちゃん、健一君とはうまくいってないのかい?」
 この間と同じカウンター席で運ばれてきた食事に手を付けながらおばさんと話していた。
 すっかりおばさんは健一を私の彼氏だと思い込んでる。
 私としてはうれしいと思ったりすることもあるけど、健一のことを考えるとやっぱりそのままじゃいけないと思った。
「おばさん、私たちは付き合ってなんかないですよ」
「ふうん、前々から否定し続けてるね。あたしが強引すぎたか」
「いえ、おばさんは気にしないでください」
「そうかい?……2人は誰が見ても仲がいいの1つ上をいってると思ったんだけどね」
「そうですか……」
 入れ替わる前は健一(愛美)のことを一直線に考えて、ただ好きだと思ってばかりいたけど、入れ替わって愛美になって健一のことをよく考えることが多くなって、
 好きなんだけど言えないようなそんな感じに気持ちが押されているような気がしてならない。
「女の子の気持ちって難しいからね……あたしも若い頃はそうだったよ」
「はあ」
 おばさんにはそのあと若い頃のはなしとかを散々聞かされてしまった。
 咲香と優はそんな話を聞きながら笑っていた。
 私は面白いときは笑ってはいたが心から笑ってはいなかった。
 それは自分で自分を押さえつけていたことをあからさまにした行動でもあったのだ……
 
「おばさんおばさん!大変だよ!」
 急にお店に見知らぬ男の人が入ってきた。
 かなり慌てている。言葉からもその人の行動からも読み取れるが……
「どうしたんだい?騒々しいね」
「騒々しいのはすぐそこだって。事故だよ事故!車がシュールに突っ込んでけが人がすごくいるんだ」
「シュールってあの若いもんが行きつけてる……」
「あの本をもらったところだ」
「お姉さん、あの店にはもしかして健一さんも行っているのでは?」
「うん……可能性は無くはないけど……まさか事故に巻き込まれてたりしないよね……」
「お姉ちゃん、行ってみる?」
「おばさん、あとで戻ってくるからちょっと見てきます」
「はいよ、行っておいで。健一君、巻き込まれてないことを祈るよ」
「ありがとうございます。じゃ!」
 私たちはお店を飛び出し、駅前の『シュール』に向かった。
 『健一……お願い無事でいて……』
 心の中で何度も繰り返しながら角を曲がる。  
   
 見た先はまさに惨劇とでも言えば良いのか……
「咲香、優に見せちゃ駄目」
「はい……これはひどすぎます……」
 咲香は優を説得してこの場から離した。
 警察や救急車はまだここに向かっている途中らしい。
 車はいつもだしている屋外販売の露店に突っ込み、店自体にもフロントバンパーが突き刺さっている。
 路上には血痕が多く残っていて
 倒れている人も何人かいる。その中に明がいた。
「瀬戸君!大丈夫?」
「あ、石垣さん……俺はただのかすり傷だよ。でもあの車に健一が……くっ!」
「これは足が折れてますね」
 咲香が明の足を押さえながら言った。
「健一は!?」
「あっちへ……」
 明が指さす先は車そのものだった。
「健一!」
 私は夢中でその車の方へ近づいていった。
 フロントバンパーの影に健一は倒れていた。
 ぐったりと倒れていた健一の頭からは血が流れ出している。
「健一!しっかりしてよ!」
 私は頭を抱きかかえ、着ていた上着を脱いで止血をした。
 健一の意識は幸いあった。
「め……愛美、か……?……とんだドジを踏んだな……」
「健一!目を閉じちゃ駄目だよ!」
 私は目に涙を浮かべて言った。
 耳にサイレンの音が入ってくる。
 
 健一はその後到着した救急車によって運ばれた。
 走り去る救急車を見つめる。
 おばさんには優が事情を説明して真っ先に病院に向かうことを承諾してくれた。
 
   
 手術室に入ってもう5時間。
 部屋の前で頭に纏わりつく不安と戦っている。
 健一は大げさなこと言うと生と死の境目で戦っている。
 健一のお母さんも……元私のお母さんだけど、私たちに事情を聞いた。
 
「石垣さん……健一は!?」
「あの……怪我がひどくて……」
 お母さんはショック状態でなにを言っても納得しなかった。
 そんな筈は無い、私の健一がそんなことに会う訳はない、と。
 母親なら信じたくない気持ちがあるというのは充分分かっている。
 その後お母さんは警察に呼ばれて院長室へ行ってしまった。
 
「お姉さん、健一さんは必ず無事ですよ」
「そうだよ!お兄ちゃんがそんな簡単にお姉ちゃんから離れる訳ないじゃん!」
「……そうだよね」
 私は涙を拭い、鼻をすすった。
  
 さらに5時間後、やっと手術の赤いランプが消えた。  
 なかからマスクをした医師が深刻そうな顔をして出てきた。
「七瀬さんは石垣さんの止血のおかげで一命はとりとめました。ですが、脳への衝撃、背骨の骨折と重症です。今は意識はありませんが数日で取り戻すでしょう。ですが目を覚ましても植物状態の可能性があります。お気の毒ですが……」
「そんな……」
 戻ってきたお母さんはその場に崩れた。
 私もまた目の奥が熱くなってきた。
 
 病院の個室に運ばれた健一に私はつきっきりだった。
 いろんなチューブを身体に埋め込まれ、機械がピッ……ピッ……と静かな病室に響く。
「ねえ健一、戻ってくるよね?また私と遊んだり『あれ』のことで話したりできるよね?」
 もちろん返事などする筈も無い。
 口に酸素吸入マスクをつけている健一のは静かに眠っている。
「あなたが愛美さんなのね。健一がよく言ってたわ」
 部屋にお母さんが戻ってきた。
 目が赤く腫れ上がっている。
 おそらく見つからないように泣いていたに違いない。
「そうですけど……よく言っていたというのは……?」
「健一の部屋にあなたの写真が2枚貼ってあってどこかで見たことある女の子だとは思っていたのよ。 
 健一ったら、あなたのような彼女がいてもそのことまでは話してくれないのだから」
「そ、そんな。写真が2枚って私は1枚しか……まさか健一が!?」
 大きな声を出した。
 確かに部屋には愛美の……私の写真が貼ってあったはずだけど1枚だけだった。
 ということは他の誰かが貼ったと言うことになる。
 
「健一……」
 
 布団の中から健一の手を取りギュッと握った。
 手は冷たく、まるで生気を感じられない。 
 自分の手で暖めようと思った。
 
 
 
「…………?」
 翌日早朝、健一は朝の日差しが差し込む中、目を覚ました。
「病院、か」
 酸素マスクで声がこもっていた。
「愛美……」
 手を握りながら眠っている私を下目遣いで見つめた。
「一晩中いてくれたのか。ありがとな。……くっ、身体が動かないな」
 健一は精いっぱいの力を込めて身体を動かそうとしたが微動だにしなかった。
「ん……」
 私はその声が聞こえたのか、目が覚めた。
「愛美。その……ありがとう」
「えっ?……健一!目が覚めたの!?」
「ああ。でも身体が動かないんだ……」
「!!……やっぱり植物状態になっちゃたか。でも意識はあって会話もできるんじゃ完全な植物状態じゃあないね。神経障害ってところかな?」
「なんでそんなに気楽なんだよ。動けないのに……」
「私を誰だと思ってるの?"リゼレク"みたいな天使術は使えないけど今なら治癒術で治るでしょ?私は、魔法使いだよ!」
「そうだな……でも外傷なら治るけど内部の怪我には普通の治癒術じゃ治らないぞ」
「それも知ってるよ。私だって勉強したんだから」
 私は両手を広げた。
 マナの粒子が身体の周りを包み、
 背中にピンク色の羽を出した。
「天の恵みをここに集え、この者に聖なる祝福を……"レストレーション"!!」
 手から光の粒子が飛び健一の身体に吸い込まれるようにして消えた。
 ふわっと暖かい風が健一の身体から発せられやがておさまった。
「はあっ……」
 健一は深く息を吸った。
「どう?」
 ふわふわと浮遊しながら聞いた。
「よくこんな魔法覚えたな。すっかり動くぞ」
 健一は腕を上げて見せた。
「ただ機械が邪魔だな」
「まあその辺は我慢してよ」
「愛美。羽は早くしまった方が良かったな」
「え?」
 くるっと後ろを向く。
 起きたお母さんがこれ以上ものが言えない顔で驚いていた。
「あっ、その……これには……あの……・」
「てっ……天使!?」
「お母さん。それは正解だよ。……・はやく羽をしまって」
「うん」
 パッと光が舞い、羽が消えた。
「"オヴィジョン"!」
 健一は忘却術をスペルした。
「ごめんねお母さん、"スラムバー"」
 お母さんはパタッと眠った。
「ふう。健一、その……もうすっかり異常なし?」
「ああ、すっかりだ。全身動く。それにさっきは何も感じなかったけどいまとても温かい」
「ホントに!?よかったぁ!」
 私は健一に飛びかかった。
「って、おいおい。お前女の子だろ?ちょっとは……ん……」
 酸素マスクを取り払って気づいたときは唇が唇に触れていた。
 目をつむって健一と長いキスをした。
 私はファーストキスが健一とできてすごくうれしかった。が、健一のことを考えなくちゃいけなかった。
「ん……」
 やっと唇同士が離れた。
「さっきまで何も感じなかったって考えるといまのキスはなんにも意味のないものになって終わっちゃうけど……ホントに……感覚が戻って良かった」
 健一の目にうっすら涙が浮かぶ。
 私はやっと自分のしたことに気づいて顔が今までにないくらい紅潮した。
「あっ……じゃあ、私は行くね。咲香も優も心配してるしね」
「愛美……ああ、ありがとう」
「じゃ……」
 私は手を振った。
 健一は動くようになった腕を振り、その手を見ると私はすごく安心した。
 健一は一命をとりとめて元の身体に回復した。
 それに今したキスのことを考えると死ぬほど恥ずかしかった。
 そしてなによりうれしかった。
 笑顔を振り部屋を出た。
 
 ドアを開けて外に出ると廊下を看護婦さんと医師が走っていった。
 
「容体急変です!」
「患者は!?」
「秋山幸二様です!」
「!!」
 私は気が抜けた。
 幸二のことを忘れていた訳ではなかったが、健一に気を取られていた。
「幸二!」


    第10話に続く……


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