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 朝起きればそこはいつもと変わらない風景で始まる。

 そう思っていた。
 しかし起きてみれば今まで見たことの無かった、
 いや、見たことはある。だが知らないと思い込んでいる女の子が私の前に私がいる。
 咲香は私をわざわざ起こしに来てくれた。
「お姉さん、朝の7時ですよ。今日は皆さんで出かける予定のある日です。さあ、早く起きてください」
 もう咲香がこの家に私の妹として住み始めて1週間が経った。
 コツコツ宿題もやっていたから余裕があった。
 まあそれは健一の協力もあってのことだったけど。
 吹奏楽コンクールも無事終わったが県大会止まりとなった。
 残念だったが来年にまた頑張るしかない。
 健一のサッカーの大会が上位に入り、
 今日は全校で応援に行くことになっていたのだ。
 私としてはこれはうれしいイベントだった。




Angel

驟雨

第8話 『クロスロード』





 まだ早朝にもかかわらず猛暑を感じさせる。
 夏の陽は照り、道路の向こう側がぼやけて見える。
 学校までの道のりが長く感じられる。
 部活指定のTシャツを着て制服のスカートをはいた姿はなんとも言えない感じがした。
 健一だったときはこんなすがたの「愛美」を見たらさらに惚れてしまっただろう。
 長い髪の毛ではさすがに暑いのでポニーテールにして
 帽子をかぶっていた。
 横を歩く咲香もツインテールの制服姿である。
「フェンリルの姿なら暑いのもへっちゃらなのですが……」
「そう言わないで。人間の大変さを実感できるでしょ?」
「そうですね」
 そういえば学校には咲香のことをすでに話してあるが、
 クラスメイトは知らない。
 どう受け止めてくれるだろうか……。
「ねえ咲香?学校行くの、不安にならない?」
「そうですね……最初お姉さんが入れ替わってその後すぐに学校へ行ったときの気持ちと同じ……と言えるでしょうか。自分が本来の姿でないのならそれなりの不安もあります」
「いやそうじゃなくて、クラスメイトが咲香に、その……」
「私を受け入れてくれるかどうか……と言うことを心配してるのですね。大丈夫ですよ」 
「あ、咲香がそう言うなら心配はいらないよね」
 会話を重ねるうちに学校に到着し、部室へと急いだ。
 咲香とは部室へ行く階段で別れた。
 部室の前まで来たとき横から呼び止められた。
「めぐめぐ、こっちこっち」
「綾香。もう来てたの?」
「うん。私、ちょっと練習したくて」
 私は近づきながら話しかけた。
「由美奈さんはかわいそうだったね。最後まで泣いてたし……一番意気込んでたのにね」
「由美奈さんの分まで私たちが頑張らなきゃ!もう3年生は引退だし、これからは2年生と私たち1年生がやらなくちゃいけないからね」
「そうだね!」
「今日はまだ3年生がいらっしゃるから、一緒に演奏するのは最後になるかもしれないし気合い入れて行こっか!」
「うん!」
 綾香はニッと笑った。
 私も笑顔を返した。
 時間が経つにつれ部員も集まってきて、
 楽器を運び出す準備をしだした。
 1年生は中心となって動くから私は暑い中必死で楽器を運んだ。
 やっとトラックに積み終えたときは汗だくで、部活のTシャツもびしょびしょだった。
 それは私だけに言えることではないが……。
「では全員、球場へ向かってください!」
「はい!!」
 由美奈さんが部員に指示を出す。
 周辺にいた部員が大きな声で返事をした。
「めぐめぐ、1年生の取りまとめ、よろしくね」
「はい!」

 自転車で15分ほど道を移動する。
 大通り沿いにあるサッカー球場。
 大きな門の前には車が何台も止められ、
 朝布学園の生徒が入ってくる車を先導していた。
「人人人。すごいね」
「そりゃ県大会決勝だから。七瀬君も出るんでしょ?」
 私は綾香と由佳里の3人で自転車を止め、楽器を運搬したトラックの元へ向かった。
 横から2人が私に話しかける。
「うん。健一は引き抜かれだから……」
「彼氏を応援する吹奏楽部員、かぁ。いいかんじだよね〜?」
「まっ、まさかそんな関係じゃないよっ」
「そんなにごまかしたって無駄だよ。もうクラス中、いや1年生中が知ってることだと思うよ。めぐめ 
 ぐは吹奏楽部のアイドル。七瀬君は容姿も運動神経も抜群のサッカー部員。お似合いだよね」
「ホントホント。めぐめぐはいいよね。私だって彼氏欲しいよ」
「いや、だからそんなんじゃないってば!」
 健一がどう思ってるか分からないし、
 2人が入れ替わってもまだ片思いのままというのも私の中では分かりきっていたことだった。
 こう見られているのはうれしいことだったけど、健一のことを考えると素直に喜べない。
「綾香、めぐめぐが困ってるから、それくらいにしておきなよ……」
 由佳里が綾香を止める。
「あっ、めぐめぐごめんね〜!」
「ううん、いいんだよ」
 トラックが見えて、
 楽器などを下ろして、応援スタンドへ向かう。
 私は他の1年生に由美奈さんからの指示を通す。
 私はパートが軽い木管楽器のクラリネットだったから打楽器の運搬を手伝った。
 重いドラムセットを運ぶときには手が痛くてかなりきつかった。
「これ、お、重いね」
「めぐめぐ、いつも1人で運んでたじゃん。パーカス(打楽器・パーカッションの略称)じゃないのに」
「えっ……ああ、今日はちょっと重いかな〜って思ったの……」
 健一は私だったときどうやってこんな重いもの1人で運んだんだろ。
 ちょっとひねって考えれば分かりそうな気もする。
 応援席に入って、譜面台を組立てていると選手がフィールドに入場してきた。
 朝布学園の選手が入ってきたときはスタンドから大きな声援が飛んだ。
「ほらほら!七瀬君だよ!!」
 綾香が私の肩をたたいて叫ぶ。
 こんなに歓声が響いていては叫ばないと声は伝わらないだろう。
 綾香の指さす緑色のフィールドに青いビプスをきて紫色のユニフォームを着た健一がいた。
 私は健一の方を見てぼうっとしていた。
「めぐめぐ?」
 由佳里が背中をたたく。
「え?あっ、ごめん」
「……大丈夫?」
「なんでもないよっ!それより準備準備♪」
 私は無理に元気いい声をだしてごまかした。
 健一に見とれていたなんて知られたくなかった。

「い〜い!?今から校歌を演奏するから準備して!」
「はい!!」
 由美奈さんが指示をだす。

 演奏が終わり、選手がフィールドを一時出る。
 そしてビプスを脱いでユニフォームをあらわにした11人の選手が出てくる。
 相手チームは赤いユニフォーム、
 全国大会に度々出場する上戸商業高校というらしい。
 選手が散り散りになり、審判が笛をくわえる。
 手を振りホイッスルを鳴らす。
 いよいよ試合開始だ。
 両チームの選手は動き回り、白いボールを目と足で追う。
 応援する側はずっと試合に熱中していられない。
「次は『振り向くな○は美しい』を演奏するから!」

 前半は惜しい部分もあったが両チームとも得点には至らなかった。
「さっきの惜しかったね〜」
「もうちょっとだったんだけどね」
 私はまた綾香と由佳里と話をしていた。
 健一はいいところまで詰めたのだが、相手のディフェンスに阻まれることが何度かあった。
 シュートも打ったのだがゴールの外だ。
 相手も決勝戦と言うことだけあってかなりの実力だ。
 それに全国大会にも出場したことのある高校だから簡単に行くはずが無い。
 こちらのゴールもかなり脅かされていたからだ。
 ハーフタイムの間は吹奏楽も応援団も休憩をしていた。
 そのため、スタンドは話し声が飛び交っていた。

「石垣さんって七瀬と付き合ってるんだよな?」 
「そうらしいけど……なんで?」
「あいつなんかとよく付き合えるよな。俺と付き合って欲しかったんだけどな」
「お、お前も!?実は俺もなんだけど」
「バカ、声がでかいよ。石垣さんはブラスバンド部だろ?すぐそこにいるからさ」
「あ、そうか。……きっとあれじゃない?赤い髪で赤い帽子、ポニーテールの彼女」
「ああっ……やっぱかわいいよな〜。いや、きれいって言ったほうがいいのかな」
「かわいいでいいんじゃない?俺はかわいいって思うし。あのTシャツ、俺も欲しいな」
「でもなんで赤い髪なんだろ?この学校、髪を染めちゃだめなんだろ?」
「お前知らなかったか?石垣さんの髪は地毛だよ。もともと赤髪なんだよ」
「ああ、そうだったのか!……なおさらかわいいじゃん」
 2人の男子生徒のアホな会話がすべて聞こえた。
 しかし私もあんな会話をした覚えがある。
 人のことは言えないかな……
 もう1つの会話も聞こえる。
「石垣さんって七瀬君とラブラブ、なんでしょ?」
「そこにいるから小声で、ね」
「わかってるけど……私が七瀬君に告白する前に石垣さんと付き合っちゃうなんて」
「え?七瀬君のこと……」
「好きだったんだよ。でももう遅いかなぁ……」
「うーん……」

 こんな会話が聞こえては私としては困ったことである。
 なんとも言えないが、私は心の中で謝った。
「めぐめぐ!ほら、後半だよ!応援再開ぃ〜!!」
「あっ、ごめん。ちょっと考えごとしてて」
「ふーん?まあいいから演奏するよ!日除けのタオルをクラリネットに巻くのを忘れないでって指示が 
 あったからね」
「ありがとう」
 後半の終了5分前、朝布学園はついに点を決められてしまった。
「そんなぁ〜!もう時間無いじゃん!」
「このままじゃ負けちゃうよ……時間止まってくれないかなぁ……」
「時間が止まる……?」
 私の頭には"タイムデント"という言葉が浮かんだ。
 確かに今ここで使用すれば朝布学園が勝利することは間違いないだろう。
 でもこれは私のなかの「プライド」と戦うことになると思った。
 元々サッカー部だった私にとって卑怯な手は使いたくないに決まってる。
「健一〜!!負けたら承知しないよ!!」
 私はスタンドから監督に呼ばれた健一に向かって叫んだ。
 健一は手をグーにして胸元に当てた。 
 時間は残りわずかであったが、健一の顔には自信が満ちあふれていた。
「七瀬くーん!朝布学園を全国大会につれてって〜!!」
「しっかりね〜!」
 スタンドから他の女の子の黄色い悲鳴が聞こえる。
 健一は軽く手を振って(私に?)フィールドへ走っていった。

「ほんと惜しかったよね」
「ごめんな、せっかく応援に来てくれたのに負けちゃって……」
「謝ることじゃないでしょ!健一は精いっぱい頑張った、それでいいじゃん」
「ハハ……ホントありがとう」
 健一のミーティングの終了まで部室に残って健一を待っていたのでお腹がぺこぺこだった。
 結局あのまま試合は進み、朝布学園は決勝戦敗退となってしまったのだ。
 私は健一の頑張ってくれてる姿をみてすごくうれしかったし、負けても気にしていなかった。
 健一は「俺のせいだ」とか「あのときああしてれば」とずっとぼやいていたが、
 私は「次言ったら許さない」、と言っておいた。
 咲香は学校の先生としばらく話した後、魔法界の用事で出払ってしまった。
「健一、それより今日はお疲れさま。良かったらどこかに食べに行く?」
「ああ、いいよ。今日は家に親もいないし遅くまで大丈夫だからな」
 健一の親……つまり元私の親なのだが、おそらくこの時期は泊まりがけで出張だろう。
 以前にもあったような覚えがある。
「こないだいいお店見っけたんだ。駅前の裏道の小さい店」
「ああ、それなら知ってるよ。『喫茶やまぶき』だろ?」
「あ、うん。知ってたの」
 ちなみに文化祭の時の名前と同じなのはこの店をイメージして(パクって)
 開店していたからなのだ。
「じゃあ、やめようか?知ってたんじゃビックリしなかったでしょ……」
「いやそこがいい。あの店はかなりうまい料理を出してくれるからな。だから文化祭の時に名前を付け 
 させてもらったんだろ?」
「私は知らなかったんだけどね。委員長達が絶対これ、って言うもんだから」
「朝布学園の女子なら誰でも知ってるさ。俺は元女子だから知ってたんだよ。だからあんまりがっかり 
 するな」
「うん、ありがと」

 辺りは7時頃でもまだかなりの明るさを保っていた。
 街灯はともっていたが、無くても充分明るいだろう。
 夏真っ盛りのこの時期、夕方でも風は生ぬるく、私のスカートや髪を靡かせても、
 ちっとも涼しくなかった。無いよりはマシだけど……
「ここだな。しばらく来てなかったけど変わってないな」
「おしゃれだよね、このお店」
 見栄えはログハウス、扉も丸太でできた扉だった。
 扉を開けると鈴の音とともに涼しい風が私の顔に当たった。
「中は涼しくて良かった」
「変だな。まえはエアコンついてなかったのに」
「え?」
「おばさ〜んエアコンいつの間につけたの?」
 カウンターに腰かけ、健一は声をあげた。
 1度綾香たちと来てここを知ったのだが、
 あらためて見ると厨房はどこにでもある普通のキッチンだ。
 内装は落ち着ける空間を醸し出し、至る所に植木鉢が置かれ、植物が植えられている。
 天井にはぶら下がったオレンジ色のランプがある。
 カウンター席とテーブル席が2つあるだけの見た目も中もシンプルなお店だ。
 私は1度来てからここに健一と来ようと思っていたが、
 こんなに早く来ることになるとは思っていなかった。
「おや、はじめてのお客さんのくせにエアコンが無かったのを知ってるのかい?……ってあら、愛美 
 ちゃんじゃないのさ。ははあ〜ん、さてはついにカ・レ・シができたのね。そうかい、いけてるお兄さ 
 んじゃないの。愛美ちゃんもかなり人気があるって聞いてたからお兄さんも相当運がいいと言うかね」
「あ……私たちはそんなんじゃ……」
「おばさん、そんなことはいいから注文受けてよ。お腹ぺこぺこなんだ」
「はいはい、熱々っぷりは食事中に一番現れるからね。長年の経験というやつさ。さあ、注文は?」
「ああ、えーとこの日替わり定食……でいいかな?あと食後にコーヒー」
「私もそれで。飲み物は紅茶でお願いします」
「はいよ、ちょっと待っておくれよ」
 おばさんは厨房へ入っていった。
 しばらくするとなにかを炒めるおばさんが見えた。
「健一はここのことよく知ってるんでしょ?あのおばさんっていつもああなの?」
「ああ。以前に付き合い出した俺の友達と一緒に来たらあんな感じだったよ。悪い人じゃないから。ま 
 あそれはわかってるだろうけど」
「うん……それよりもあんなこと言われちゃってたけど健一はどうも思ってない?」
「別に?気にしなければいいんじゃない?」
「……バカ」
「え?なんだって?」
「……」

 その後は2人とも黙ってしまった。
 しばらくしておばさんが料理を運んできた。
「はい、お待ちどうさま〜!……ってなに暗い顔してんのさ。かわいい顔に似合わないぞっ」
 おばさんはそう言って料理をカウンターに置くと私のおでこをつついた。 
「あうっ」
 それでも私は何も言わず料理に手をつけ始めた。
「……なにかあったね。もしかしてあたしのせいかい?」
「いえ、おばさんは何もしてないから……あっ、これうまいな。」
「ああ、ありがとうね。……?」
 おばさんは不思議そうな顔をして奥に引っ込んでいった。
 食べながら健一は私を横目で見たが、私は見向きもしなかった。
「なあ、何怒ってんだよ?」
 健一はコーヒーの入ったカップを握って言った。
「……なんでもないよ」
「本当かよ」
 そう言う健一には何も反応せず、
 私は紅茶をすすった。
 
「じゃあ、おばさん、また来ます」
「はいよ、いつでもおいで。あ、ちょっとちょっと健一君」
「はい?」
 健一はおばさんに呼び止められ近寄っていった。
 私は下を向いたままお店の入り口で立っていた。
 黒いローファーが私の心を映し出しているかのような感じがした。
 おばさんが小声で健一の耳元に話す。
「愛美ちゃんを怒らせたね?女の子は何気ない一言で傷つくものだから自分の言動をもうちょっと考え 
 てみたら?」
「は、はあ」
「男なんだから、女の子を護ってあげるんだよ。身体も、心も」
「……」

 もう8時半をまわっていた。
 街灯が暗い夜道を照らす。
 
「何を話してたの?」
「……別にいいだろ?」
「よくない」
「え?」
「よくないの」
「うう〜ん、俺としては話しにくい内容だった、な」
「……なんで話しにくいの?」
「えっ、そ、それは……」
 2人は十字路の角の街灯の下で止まった。
 私は背の高い健一を見上げてじっと見つめた。
 健一の目がおよいでいるのが見えた。
「私がなんで怒ってたか、そのことでおばさんに言われてた。違う?」
「あ、……ああ。そうだよ」
「それでわかったの?」
「……」
 そのまま健一は黙り込んだ。
 何も言わず立ち尽くしていた。
「そう、ならいいよ。じゃあ、私はこっちだから。今日は付き合ってくれてありがとう、お疲れさ 
 ま」
 一方の道へ私は歩いていった。
 1歩1歩に力が込められ、髪が上下に激しく揺れている感じがした。

 そのとき突然風が強まり、私の髪をスカートを靡かせる。
 スカートを押さえながら振り向く。
「誰……?」
 振り向くがそこには誰もいない。
 考えて見れば誰もいない路地を1人っきりで今歩いている。
 今私は女の子なのだから怪しい人間が近寄ってきてもおかしくない。
「……ちょっと怖いかな」
 私は自分の家の方向へ走り始めた。
 背後から足音が聞こえてきた。
「そ、そんな。誰かいる……」
 足を速める。
 しかし街灯の下で手をつかまれ私は足を止めざるを得なかった。
「こんな時間に1人でお出かけかい?」
 振り向いて見ると40歳前後の男が立っていた。
 手をしっかりつかまれ逃げるにも逃げられない。
「へへへ。今日は運がいい」
「放してください!」
「そうはいかないんだよ。お姉ちゃんにはおじさんを楽しませてもらうよ」
 私は素早く捕まれていない手を上げ男の顔の前に掲げた。
 その手は左手。薬指にはめた指輪はきらりと光った。
「へっ、い、いったいなんのつもりだ?」
「放さないと痛い目に会いますよ」
「へえ……?手に武器でも仕込んでるってのか?それにしてもかわいらしい手だ。雲みたいにやわらか 
 くて白くて小さい」
「警告はしました。覚悟してください!」
 私の手から赤い閃光が放たれ男は一瞬で燃え上がった。
「ぐっぐあああ!!熱い!!」
「はっ!」
 もう一度念を込める。
 男に燃え広がっていた火は再び一瞬で消え去り、私の手の中に吸収された。
「熱っ!熱……あれ?どこも熱くない」
「もう立ち去ってください。これ以上つきまとうと今以上の苦痛を味わいますよ?」
「わ、わかった」
 私は男に背を向けた。
 しかし男もしつこかった。
「今度はさっきみたいにはいかないぜ?」
 男は後ろから両手をつかみ、自信満々にいった。
「ほんっとしつこいなぁ。もう諦めたら?」
 私は顔だけ振り向いていった。
 そのとき男の後ろにもう一つ人影が見えた。
「今日は逃がさないよ」
 私はふうっ、とため息をついた。
 人影が誰なのか分かっていた。
「そろそろ放すしたらどうだ?中年おやじ」
 男の頭に手を掲げていたのは健一だった。
「なっ、いつのまに……」
「手を放せ。また痛い目に会いたいのか?」
「ええい、クソガキめが。邪魔だ!」
 健一を押しのけ男は進もうとする。
「ったく、この男は懲りないな」
 そう言うと健一の手から一筋の風が吹き出て男を包む。
 そして風は一斉に男に襲いかかった。
 男の服をズバズバと引き裂く風の渦。
「くっ、なんなんだこの風は!分かったよ放すよ!」
 ついに男は諦めたようだ。
 健一がかざした手を引っ込めると同時に風は健一の手の中に吸収され、引き裂く風は消滅した。
「さっさと消えな!」
 逃げ去る男に向かって手を掲げながら健一は言った。
 手が淡い光を放ち、やがて消えた。
「健一……ずっと、見てたの?」
「いや、さっき突風あっただろ?その風にかすかに魔力を感じたもんだから調べたんだけど結局分から 
 ずじまい。それで来た道で愛美が男に絡まれてたから」
「……そう。まあ健一の手助けが無くても逃げることはできたんだけどね」
「……そうか、なら余計なことをしたな……」
 健一は振り向いて私に背を向けた。
 その健一の手を取って私は言った。
「待って。……ごめん健一、本当はすごくうれしかったのに素直になれなくて……ありがとう」
「俺が悪いのにさきに謝ってもらっちゃ俺の立場がないな。何で愛美が怒ってたのか今までだったら分 
 かったはずなのに俺も鈍感になったな。ごめん愛美……」
「ううん、いいの。私がただ強情を張っただけだから……。ところで理由、分かったんでしょ?」
「え、ああ。うーんとおばさんに言われたことを気にしなければって言ったから、だろ?」
「……そうだよ。何でか分かる?」
「……」
 健一は顔を赤くしてうつむいた。
「……ここでじゃ話しにくいかな。家に寄ってく?」
「ああ」
 私と健一は並んで道を歩く。
 大きな体格の健一が隣を歩いていればさっきのようなオヤジもよってこないだろう。
 自宅に着くといつものように自動で門が開く。
 玄関のドアを開けると優が駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん遅ーーい!早くしないとテレビ始まっちゃう……ってお兄ちゃんも一緒。……あ〜、さ 
 てはお姉ちゃんついにオ・ト・コを連れ込んだなぁ〜!」
「そっ、そんなんじゃないってば!」
 私は焦りながら顔を紅潮させて言った。
「そんなこといったって無駄だよお姉ちゃん。だって今だって手をつないでるじゃん」
 帰ってくるときに無意識につないだ健一の左手は私の右手と結ばれていたのだ。
「あっ、こ、これにはワケが……」
 あわてて手を放す。
 そのときに目に入った健一の顔にはやれやれという表情が浮かんでいた。
「まあいいや。じゃお姉ちゃんたち、頑張ってね!」
「なにを頑張ると思ってるの!?」
 優は笑顔で奥に引っ込んでいった。
「あんな妹だっけ……」
「え?何か言った?」
「あ、いいや何でもないよ」
 健一は変な言葉を発した。
 私は不思議に思ったがここは聞き流すことにした。
 部屋に入ると無造作に散らかった服が目に入る。
「あ、ちょっと待ってて。すぐ片づけるから」
「うん」
 健一はうなずいて部屋の外の廊下の壁に寄り掛かった。
 ちょうど通りかかったメイドに挨拶をする健一はすこしかっこよく見えた。
「はぁ。男の子呼ぶなら部屋くらい片づけておかなくちゃいけないなぁ」
 服や本だらけの部屋を見て反省をした。
 やがて部屋を片づけ終わり、部屋のドアを開けて健一に入るように合図した。
 近くにいたメイドに飲み物を頼むとドアを閉めた。
「へえ〜。きれいな部屋になったな。俺のときはもうちょっと散らかってたぞ。外見が女の子になると 
 中身も変わるんだな」
「それはお互い様、でしょ?」
 私はフフンといった感じで言い返した。
「フッ、それもそうだな」
 健一は鼻で笑い、
 机の上において合った本を取った。
「ちゃんと勉強してるんだ」
「それはちょっとは、ね。それより本題なんだけど……」
「おばさんに言われたことか。俺もそろそろ素直にならないといけないのかな……」
「私は気にするよ!ああいうこと言われたら」
「俺は!……俺は……」


    第9話に続く……


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