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「では、平成○○年度、1学期修了式を終了いたします。一同、礼」

 周りのみんなは前に立っている教頭先生といっしょに礼をしたが私だけワンテンポ遅れた。
 あわてて頭を下げる。しかしそれが横から見ていた担任の先生に見られたらしい。
 そのあと呼び出されることになった。
「まったくぅ。こんなことぐらいで呼び出さなくたって……」
「そう言うなよ。まさか俺だってこの呼び出しの理由が礼が遅れただなんて思わなかったんだから」
 呼び出しの知らせを教えてくれたのは健一だった。
 放課後職員室の応接室に来なさいとのことだ。
「理由がなにか言ってなかった?」
「いーや、なんにも聞いてない」
「ふう、そう。ありがと健一」
「なにかあったらまた呼べよ。助けになるから」



Angel

驟雨

第6話『愛美の決断』




「石垣、呼び出した理由がわかるか?」
「いえ、なんでしょう?」
 担任の先生に敬語で応対する私。
 放課後になり職員室にきて担任の小林先生に真剣なまなざしで見つめられた。
「石垣のクラリネット。文化祭前に壊されたって言っただろ、その犯人がわかったんだ」
「え、今日の修了式のおじぎの件じゃなかったのですか?」
「は?おじぎの件?なんのことだ?」
 どうやら違ったみたい。
 また勘違い。あはは、もう笑ってごまかすしかないや。
「石垣のクラリネットが文化祭の演奏の日に壊されていただろう?覚えてるか?」
 クラリネット・・。そういえば壊されたのだった。
 犯人はまだ見つかってなかったみたいだったが。
「はい。覚えてます」
「実はその犯人が見つかったので石垣に直接謝罪をさせようと思って呼び出した」
 犯人が見つかった……。
 誰なのだろうというよりも不安な気持ちがよぎった。
 この犯人が貴樹ならもっともらしいと思ったが、もしこの犯人が私の知り合いや友達だったら……
「入りなさい」
 ガチャリとドアが開いて入ってきたのはなんと明だった!!
 右手にはなぜかE♭クラリネットが握られていた。私のものではない。
「見ての通りこいつがやったことだ。言ってくれるな?瀬戸?」
「………」
 明はだんまりだった。
「瀬戸君が……やったの?」
「………ああ」
 明は重い口を開いた。
「どうして!」
「………君が好きで好きでたまらなくて文化祭の日に告白しただろう?まあこないだ振られたけど。それで君が古いE♭クラリネットを使ってるのがかわいそうでたまらなかった。でも俺にはどうしようもできないからわざと君のクラリネットを壊して新しいのを君にプレゼントしようと思ってたんだ。だけど本番当日になって壊したことが怖くなって、後で嘆いたよ」
「そんなことはどうでもいいの! どうして……こんなこと……」
 私は泣きたくなってきた。
 以前の私の親友であり、ライバルであった明がこんなことをするなんて。いくら好きな人のためとは言えやりすぎだ。
「どうしてあんなことをしたのかわからない。君に何度謝っても許してもらえない覚悟は出来ている」
「………」
 私の頬を涙が滑り、頭の中は真っ白になった。
 文化祭のときとはまた違う感情が込み上げてきた。
「石垣、瀬戸はこう言っている。どう言った事情かは先生は触れないことにするが理由がどうあれ瀬戸は取り返しのつかないことをした。石垣の重要なソロを奪ったのだからな。あ、それは山口に聞いたんだが」
 山口とはおそらく由美奈さんのことだろう。
 あのときソロが無くなったのが一番ショックだったんだよなぁ……。
「もういいです。では、私は部活がありますのでもう行っても?」
「瀬戸を許せないのか?」
「……今すぐは無理です」
「そうか。瀬戸、もう一度謝れ」
「ホントにごめん、石垣さん」
「………」
 私は黙って応接室をでて職員室を出た。
 廊下に健一が立っていた。
「愛美……」
「健一!」
 わ〜! と泣き出してしまった。
 健一は優しく受け止めてくれた。健一も泣いているようで私の耳に水滴が落ちてきた。
 幸いすでに放課後と言うこともあって回りに生徒はいなかった。

 親友に裏切られた。
 この気持ちは言葉には表すことが出来ないだろう。
 健一が入れ替わる前に貴樹に裏切られたのと同じ気持ちになったのかもしれない。
 心の奥底につらい記憶があるような気がした。
「なあ、愛美。元気出せよ」
「う、うん」
 部活帰りの道、並んで歩く健一が私を励ました。
 しかし心はどんよりとふかい霧に覆われていた。
「今日から夏休みだよ、部活は大変だけど。お互いに頑張ろうよ」
「私、出来るかな。コンクールなんて出たことないし、どういうものかも分からない」
「愛美ならできる。前にも言ったろ?」
「今の気持ちじゃとてもやる気になれない」
「………」
 健一も言葉に迷ったようだった。
 しばらく2人は会話をしないで歩いていたが前方の違和感には私が先に気づいた。
「健一、あれ何?」
 私は前方10メートル位の位置を指さした。
 夏だから日は長く、まだ辺りは明るかったのでよく見えたのだ。
 そこには何か黒い物体があってちょっとずつこっちに向かってくる。
 話を急にきりだしたので健一は少し驚いたが、私の言葉に従い、前を見た。
「やばいぞ、あれは魔法生物だ。まあ言ってみればモンスターだな」
「モンスター?」
「誰か魔法使いが召喚する召喚獣かもしれないけど……。でもあのなりからしてアースゲートをくぐって迷い出てきたって感じだな」
「アースゲートって……何?」
「アースゲートって言うのは魔法界に存在する地中の魔法の門。極一部の地域にゲートは出現して、どこからかやって来る魔法生物がそこから出てくる。大抵は人を襲ったり、魔法使いと対峙するんだ」
「な、なんでそんなものが……?」
「どこかにアースゲートを操ってる魔法使いがいるみたいだよ。その魔法使いが人間界にアースゲートを開いて、魔法生物を送ってくるんだ。魔法界のお偉いさん方はその魔法使いの詮索に全力を注いでるみたいだけど、まだその行方は分からないままなんだ……。おい。近づいてきたぞ」
「なんかヤバイ感じだね……」
 その魔法生物は見た目は大きい狼。
 キバがきらっと光った。目は濃い赤色をしていた。
「愛美。指にはめてる指輪。発動しとけよ」
「発動? そんな、どうやるの?」
 かなり焦った。
 狼は今にも飛びかかってきそうだ。
「外して手のひらに乗せろ」
「うん、わかった」
 薬指にはめていた銀色の魔法のリングをはずして手のひらに置いた。
 するとリングは急に光を発して巨大化し、左腕に収まり、ブレスレットみたいになった。
「こ、これは?」
「それがそのリングの特性なんだろう。その状態が魔力が展開されてる状態だ」
 そういう健一のリングは薬指の先に浮遊している。
 しかし、それもまた光を発すると剣状の形になった。
 とても大きく、野太刀ほどの大きさだった。

 その剣は健一の手に収まった。
 健一はその剣を構え、いつでも動ける姿勢になった。
「来るぞ!」
「えっ……」
 狼は勢いよく突進してきた。
 私は反応が遅かった。
 なんとか横に回避はしたが、そのまま倒れ込んでしまった。
 健一はすばやく剣を振りかざし、狼に風の魔法を放った。
「"クラウド"!!」
 風が渦を巻き、狼を切り裂いた。
 狼に深い切り傷ができた。
 血が流れている。
 しかし、もう1人怪我をして少量の血を流している人がいる。
「いったぁ〜!」
「愛美!」
 傷ついた狼は今度は私の方を向いて目を光らせた。
「け、健一ぃ〜」
 私は倒れて、ひざにケガをした。
 動けない。
 倒れ方が悪かったのか、足首まで捻挫したようだ。
 後ろで魔法を使おうと健一は剣を構えたが、
 狼と私がかぶってしまったようだ。
「くそっ、愛美がいて魔法が使えない!」
 そのとき、このリングをもらったときの健一の言葉を思い出した。
 たしかイメージで初級魔術を発動出来るはずだった。
 現にいま健一は魔法を詠唱無しでスペルした。
 私は以前聞いた自分の魔力の特性を思い出して、
 その火を相手にぶつけるイメージを思い浮かべた。
 左腕のブレスレットがカッと光って、掌から火の玉が飛び出した。
 しかし、掌から発動するとは思わず、その火は地面に当たって消滅した。
「わっ、すごい。魔法が使えた!」
「愛美、なにやってるんだ、狼に向かって放て!」
「わかってるよ!」
 もう一度さっきのイメージを思い浮かべた。
 今度は火の玉は狼に向かっていった。
 直撃のはずだった。
 だが、狼は火の衝突で発した煙の中から私に向かって突っ込んできた。
「くっ!」
 私は思わず腕で身を守ろうとした。
「愛美!」
「……ん?」
 狼は見えない壁に衝突して私の前に倒れていた。
 腕が左腕で、その時運良く物理防御術が発動したのだ。
「大丈夫か?」
 健一は私の側に来て手を差し伸べた。
「あ、ありがとう」
 健一の手を握り、立ち上がった。
「いやー、よかったよ。防御術が発動して。そう、イメージだよ。こうしたい!と思うことが大切なんだ。それが魔法の原理」
「うん。また勉強になったよ。っ……」
 私は足首の痛みに耐えがたい苦痛を感じた。
「愛美、ここ怪我してるぞ。血も出てる」
「ホントだ。でも大したことないから……」
「ウソつけ。すごく腫れてるじゃないか。待って、今治すよ」
 健一は剣を横にして私の足の前で構え、左手で剣を持ち、右手を私のけがの部分にかざした。
 すると傷口はみるみるうちに塞がり、完全に傷は癒えた。
 足首の痛みもすっかり引いた。
「ありがとう」
「いやいや、お礼を言うことじゃないよ。男として当然のことをしたんだよ」
「あ〜、私と同じこと言ってる。それに身体は男でも心はまだ女の子でしょ?」
「それを言うなら愛美だって……あっ! まだこいつ動くぞ!」
 健一が見ている先に、さっきまで倒れていた狼が起き上がって、よたよたとこっちに近づいてくる。
「そんなぁ、まだ動くなんて」
「とは言っても"クラウド"と"ブラスト"だけじゃ対してダメージは与えられないよ」
「そっか。このリングは初級魔術しか使えないのか。だから威力も弱いんだ……」
「また来るぞ!」
「よーし、今度こそ……あれっ?この狼、なんか感じが違うよ?」
「どこがだよ。また襲おうとしてるじゃないか!」
 狼はさっきとは目の色が違った。
 赤い色だったが今は青い色をしている。
「待って!この狼優しい目をしてる」
「………?」
「ほら……こっちにおいで」
 私は両手を伸ばして狼を呼んだ。
 狼は犬で言うおすわりの姿勢を取った。
 とくに襲う様子も無く、ちょっとずつ近寄ってきた。
 そして、私の腕に狼は頬をよせた。
「あはっ、ほらね!やっぱりこの狼は悪いモンスターじゃないんだよ」
「……そんなことってあるのか。ん〜まあアースゲートで出現する魔法生物が全て悪いモンスターとは限らないからな」
「さっきはごめんなさい。てっきり『あの方』の手先なのでは無いかと疑っちゃって。君たちが相当強い魔力を発しているから」
「「!!!」」

 2人してビックリした。
 狼がしゃべった!?
「え?な、何でしゃべるの?」
「今まで聞いたことが無いぞ。アースゲートから出てきた魔法生物がしゃべるなんて」
「ううん、私はアースゲートから出てきた魔法生物じゃないよ。魔法使いの召喚獣です」
「召喚獣……」
 健一は疑いの目を送った。
 それに狼は気づいたのか、長く語り出した。
「私のディペントは以前、『あの方』の下僕によって殺されました。ディペントをなくした召喚獣は本来の力を発揮出来ず、死を待つか、また新しいディペントを探すのです。もちろんただ死を待つのはいやですので放浪していたところ君たちに遭遇したのです。2人とも強大な魔力を持っていることはすぐに分かりました。私のディペントになってもらえないかと思ったのですが攻撃を受けてあっさりとやられてしまいました。なさけないですが本来後からが発揮出来ないのでしかたないことなのです。それに
 しても、男の方は熟練者のようですがこんなにドジな魔法使いには会ったことが無いですよ……」
「ドジは余計です!」
「それじゃはじめから戦闘意志はなかったのか」
「はい」
「なら何で襲ったんだよ」
「襲ったつもりは無いんですが、君たちが魔法を展開するので私も戦闘態勢を一応とっておいたのです。すみませんでした」
「私はホントに怖かったんだから」
「すみません。あなたはまだ初心者なのですね」
「まったくぅ、言い過ぎだよ。……事実だけど」
「で、お前はディペントを探してるんだよな?」
「そういえばディペントって何?それに『あの方』って誰?」
「『あの方』は置いといて、ディペントは召喚獣の使い手のことです。召喚獣は契約をしたディペントに忠誠を誓い、ディペントのために命まで懸けます。それが召喚獣なのです。それから、私は咲(しょうこう)です。これでも一応女の子なので。あの〜それで君たちのどちらか私のディペントになってくれませんか?」
「だって。健一、どうする?」
「おまえの以前のディペントも天使だったのか」
「はい、しかし……なぜ分かるのですか?」
「咲香の潜在能力はすさまじい。こんな召喚獣を連れて歩けるのは天使しかいない」
「……それなら君たちは天使じゃないといけないということになるけど……」
「大丈夫だよ。私たち、2人とも天使だから」
「本当なの?天使の証である羽を見ない限りは信用出来ないけど」
「わかったよ。愛美、やるよ」
「うん」
 私と健一のまわりに光の粒子が発散され始めた。
 そして、あたりをまばゆい光を包む。
 光がおさまると、私は淡いピンク色をした羽、健一は緑色をした羽を背中に纏い、
 地面から少し離れたところでフワフワと浮遊した。羽はゆっくりとはばたいていた。
 2人の羽は透き通っていて、光っていた。
「これで信じる?」
「まあ信じない奴の気が知れないが」
 私と健一は狼に向かって軽く笑った。
 咲香は顔色を変えずに答えた。
「もちろん。この羽が天使の証拠だから。君たちを信用するよ」
「信じてもらえたみたい」
「じゃ愛美、お前がディペントになれ」
「え、いいの?」
「なんだお前、なりたかったのか」
「だって咲香は女の子でしょ? 健一の家に置いとく訳には行かないじゃん」
「お、俺だってもともとは女の子なんだけどな」
「え?それはどういうことですか?」
「ああ〜うん。それは話すと長くなるから時間があったらゆっくり話すよ」
「それじゃ愛美、それでいいんだな?召喚獣、つまりバティクスの使い手になるには契約が必要だ」
「契約って?」
「えーと契約はこれにサインしてくれれば」
 と言う咲香はピラと1枚の紙を差し出し、私に見せた。
 横から健一のものぞき込んできた。
「なんだ。よくある契約書か」
「ですが、サインするには普通のペンではできません。魔法大聖堂の神筆でないとできないのです」
 またよく分からない言葉が出てきた。
 魔法大聖堂?神筆?
「ちょっと待って。よく分からないから詳しく説明してくれないかな?」
「魔法大聖堂は外国、ヨーロッパ辺りでしょうか。そこに密かに存在する魔法界の大聖堂にある神筆、
 特殊なペンなのですが、そのペンじゃないとこの契約書にはサインできないのです」
「が、外国ぅ〜?」
「へぇ〜。外国か。今ちょうど夏休みだし、行ってみるのもいいかもな」
「健一、そうは言うけどお金はどうするの?それに親にはなんて……」
「その点は大丈夫。さ〜ていろいろ準備が必要だな」

 健一はすでに行く気満々である。
 咲香も健一なら同行してくれた方がいいと言った。
 それは私1人じゃ頼りないってこと〜?
「じゃあ咲香、出発は?」
「では明日の深夜に朝布学園の屋上でよければ」
「決まりだな」
 まったく着いていけない。
 そこからどうやっていくのよ!?
 準備には普通1日以上かかると思うんだけどなぁ。
 それにパスポートだって持ってないし……。
 私がこんな現実的な問題に頭を悩ませていたころ、健一はとっくに魔法でなにからなにまでそろった旅行用のバックを出現させ、咲香に『これでいいか?』と聞いていた。
「はい。健一さん、愛美さんの教育をお願いいたします。私は一足先に大聖堂に行って聖堂騎士曹長に報告してきます。明日の深夜には間に合いますので」
「わかった。愛美は任せておいてくれ」
「それでは! 愛美さん、あなたが私のディペントになってくれる日を楽しみにしています!」
 咲香はそう言うと足下になにやら光の枠みたいのを出現させ、身体がだんだん透き通ってきたかと思うと消えた。
「……健一、分かるように1から説明してくれない?」
「わかってる。短時間でここまで覚えるのは愛美には無理だろうな。家に帰ったらゆっくり話すよ」
 私たちはようやく帰路についた。
「魔法で移動もできちゃうの?」
 あっけにとられて健一に聞いた。
 私の部屋に来て健一は細かに説明してくれた。
 部屋に紅茶と趣味で作ったクッキーを用意して健一を精いっぱいもてなしたつもりだった。
 私の誠意は伝わったかな………。
「さっき咲香が移動に使った魔方陣を使うんだよ。光の枠、愛美も見てただろ?」
「見た。それはいいとして準備も済んだ。残りの問題は親になんて言うかだけど」
「それも心配ない。部活の方も。"タイムデント"は時間を止めるだけじゃなくて操作が出来る。帰ってきたら今日の今の時間に戻せば記憶も消えるし、部活にも支障はでない。それから"タイムデント"を簡単に使いすぎるなよ。危険が伴うから……サクッ……ん、このクッキーうまいな」
「あ、ありがとう。時間操作か……。なら問題はないかな?」
「大丈夫だよ。いざとなったら忘却術を使えばいい。制御すれば旅行中の記憶だけを消せる」
「わかった。じゃあこのバックを持っていけばいいんだね」
 健一が用意してくれた旅行用バック。
 中を見ると私のいつもの服と制服(なんでかな?)その他旅行に必要なものは全て入っていた。
 もちろんさっき心配したパスポートも公式なものだった。
 所属身分は『特質天使体系 魔法界』と書かれていた。
「ああ。それがあれば大丈夫だろう」 
「うん、ありがとう。でも外国って初めてでなんか怖いな……」
「英語がしゃべれなくてもOKだからな。というか余計なことはあまり心配しなくていいから」
「それって私が……その……」
 私は言葉に詰まった。
 ホントに私はだらしがない。
「じゃあ、今日はゆっくり寝ろよ。あっそうだ明日の昼間はどうする?」
「え? 考えてないけど……」
「じゃあ俺に付き合ってくれないかな。ちょっと今日用意した物以外にも持っていきたいものがあるからそれを買いに行くんだけど」
「わかった。じゃあ明日の10時にいつもの公園に来て」
「いいけどあまり派手な格好で来るなよ。こないだみたいなことになったら困るからな」
「わかってます! その点はしっかり学習したから……」
「ならいいよ。じゃな、また明日」
「うん。いろいろありがとう」
 健一はもう1枚クッキーを手に取り、紅茶をグッと飲むとクッキーをくわえて手を振って部屋を出ていった。
 私も軽く手を振った。
「旅行か……」

 1人湯船につかりながらつぶやいた。
 遠出の旅行は元健一だったときに新幹線で行ったことぐらいで、それがいきなり外国とくると不安がたくさん募った。
 ここはそこまで田舎というわけではないけど、遠くへ出かける時間が無いのだ。
「魔法大聖堂ってどんなとこなんだろ……」

 まったく、あの妹にはホントに困った。
 魔法なんてうっかり言ったもんなら必ず絡んできてしまいには付いてくる。
「お姉ちゃん、旅行に行くの?」
「ゆっ、優ちゃん!?」
「お姉ちゃんいいなぁ〜、どこ行くの?」
「べっ、別に関係ないでしょ。ほら、またタオル巻いてない。早く巻いて来なよ」
「あっ、もしかしてお姉ちゃん、恥ずかしいの?私の身体見るの」
「そ、そ、そ、そんなことないってば!お風呂にはいるときタオルを巻くのが普通なの!!」
 健一に聞いたことだが、それが元愛美にとって『普通』らしい。
 しかし自分の家でタオルを巻くってことは私もちょっと不思議だった。
 でも私は優ちゃんの裸を見るのがとても恥ずかしかった。
 優ちゃんに言われたことが図星だったことで、ちょっと悔しかった。
「自分家でタオル巻くのは普通じゃないと思うけど。お姉ちゃんは健一さんだったからかな?だから恥ずかしいの。それなら分かる気がするけどお姉ちゃんは自分の身体見て恥ずかしくない?」
「うっ、痛いとこを突く。いいから優ちゃんはあっちいってて!」
 私は湯船から上がり、優ちゃんを出口方向に向かせると背中をぐいぐい押した。
「お姉ちゃん、そんなに強く背中押したら転んじゃうよ!」
 案の定、その通りになった。
 優ちゃんは私が強く押しすぎたせいで足を滑らせ、転んでしまった。
「わっ!」
「きゃっ!」

 私のほうが女の子らしい悲鳴を上げ、
 2人とも前に倒れ込んだ。
 幸い手を突いて倒れたので優ちゃんも私も怪我はしなかった。
 しかし問題も1つ生まれた。
 前にもこんなことがあったような気がする。
 倒れた私はやっと体勢をたてなおして立ち上がろうとした。
 優ちゃんはうつぶせになっていた。
「だ、大丈夫?」
「いったぁ〜!お姉ちゃん、ひどいよ〜」
「ごめんごめん。はい、起き上がれる?」
 私は手を伸ばした。
 優ちゃんはこっちを向いて手を伸ばしてやっと立ち上がった。
 そのときまたしてもこのようになった。
「お姉ちゃん、いつまで見てるの?」
 気づくと裸の優ちゃんに見とれていた。
「あ、うっわ。ごめん!」
「……お姉ちゃん、この償いを取ってくれる?」
「え、何?」
「私の裸を見たんだから……私も旅行につれてって!」
「ええ〜〜〜!?」

 私にはもはや断るすべが無かった。
 お風呂をでたあと部屋でパジャマに着替えて髪を拭きながら健一にメールをうち、
 事情を説明して優ちゃんを一緒につれて行くことを頼んだ。
 健一にはぶつくさ言われて私は謝った回数を覚えていない。
 やっと許してもらい長いメールを終えると布団に入り床についた。
 優ちゃんにはまったく歯が立たない。
 もっとお姉さんらしくしないとなぁ――とつくづく感じた夜だった。

 次の日もかなり暑い日だった。
 今日はこないだよりも守りを固めた服装をしたつもりだった。
 普段は決してかけない眼鏡までして帽子をかぶり、スカートとブラウス。
 中にはキャミソールも着ていた。ちょっと暑いが我慢だ。
 まあ帽子は日除けのつもりでかぶってきたのだけど。
 もちろん顔を上げずに午前9時55分、いつもの公園のベンチに座っていた。
 髪も後ろで2つ結っている。
 見た目は地味だと思うけど……。

 いろいろ視線を感じる。
 変な人と思われているのか、それともその逆の意味なのか……。
「よっ、待たせたか?ごめん」
「健一」
 時間よりちょっと遅めに健一は来た。
 ちょっと女の子らしく言ってみた。
「女の子を待たせるなんて……」
「悪かったよ。さっき咲香が俺のとこに来て今日出発だけど準備はいいかとか聞いてきたんだよ。優を 
 連れていくことには不満だったみたいだけど優も天使だって言ったら承知してくれたよ」
「咲香……なんで私のとこに来なかったのかな?」
「ほんのちょっと前に戻ってきたから。もう家を出てたんじゃないか?」
「そうかも」
「ん?咲香だ。こっちに向かってるぞ」
「え?どこ」
 周りを見回したが狼の姿なんてどこにもなく、人しか見当たらない。
「いないよ?」
 そう言ったとき、1人の女の子が近寄ってきた。
 どこかで見た顔。どこかで見た髪。
 女の子は朝布学園の制服を着て髪は後ろに流していた。
「愛美さん、探しましたよ。健一さんとお出かけですか?」
「……誰?」
 見知らぬ女の子……いや、どちらかというと見たことがある。
 この女の子、私そっくりだ。
「あ、ごめん咲香。愛美にはまだ言ってなかったんだよ」
「はぁ?この女の子もしかして……」
「はい。私は咲香(しょうこう)です。もっとも、今は石垣咲香(さきか)ですけど」
「石垣って一体なんなの?これは一体」
「愛美、咲香がお前のバティクスになったとき、咲香はどうする?まさかヒモにつなげて犬みたいに飼うつもりじゃないだろうな?」
「そんなことは考えてないよ」
「飼うつもりじゃないならいいんだけど、咲香には上級変身術で人間に変身して普段生活してもらうことになったんだよ。名前は今愛美が聞いた通り石垣咲香。朝布学園にも一緒に通うことになる。生き別れの妹としてな。優と合わせて2人の妹を持つことになるけど咲香は優みたいに世話をやくことも無いと思うから大丈夫だよな? 簡単な理由だからバレるかもしれないけど、そのときはこれが物言うから心配ない」
 人さし指を立てて健一はスラスラと言った。
「そういうわけなんですけど愛美さん、……いやお姉さん、よろしいでしょうか?」
「うん。他に方法が思いつかないし、妹が増えてもいいから」
「私がこのような姿になってしまうのは魔力の性質だと思うんです。もしお姉さんに似ていなければ全くの他人として生活していこうと思ったのですが、なぜかお姉さんと瓜二つな姿に変身してしまうのです。いろいろご迷惑をおかけします。ディペントになっていただく上に、妹にまで……」
「いいのいいの。咲香は気にしないで。これから咲香(さきか)って呼ぶから」
「はい。ではお姉さん、今日の夜に朝布学園の屋上でお会いしましょう」

 咲香はそう言うと魔方陣を発動させ、消えていった。
「愛美、家族が増えるんだぞ。ホントにいいのか?」
「うん。別に気にすることないよ。ありのままを受け入れる。それでいいんじゃないかな?」
「そうか。それを聞いて安心したよ。まだ健一の部分も残ってるんだな」
「どんな部分?」
「それは・・健一のいいところだよ」
「いいところ……」
「それはそうとなんで今日は眼鏡に帽子なんだ?」
「えっ、その、ナンパ対策のつもりだけど……」
「う〜ん、かけてても無理だと思うな。だってその格好、かわいすぎる」
 うれしいのかがっかりなのかよく分からない気持ちになった。
 ナンパはいやだけどかわいいと言われて悪い気分にはならない。
 それに今は健一がいてくれてるからナンパはされないだろう。
「………」
「まあいいや。優にも旅行用バックを渡しておいたし、集合時間も教えてあるから夜まで暇をつぶすか」
「うん。そのつもりだったんでしょ?」
「まあね。じゃ行こっか」
 私はスッと立ち上がった。
 帽子がちょっとずれてしまった。
「ふっ、しっかりかぶっとけよ。今日は暑いから」
「そうする」

 帽子をかぶり直して2人は歩き始めた。
 行く予定の場所はきっと駅前のあの店だ。
 学生の行きつけでもあり、何でもそろってる。
「いつものあそこに行くんでしょ?」
「ああ」
「何を買うの?」
「本。だって愛美は用があっても俺はただの付添いだからな。暇だし」
「私は何を買おう?」
「愛美の買うものはあの店に行ったら考えよう」
「………?」
 言った意味がよく分からないまま歩いていった。
 そのうち周りを歩く人の数も増え、目の前に駅がだんだん見えてきた。
「人だかり……」
「ホントだ。何やってんだろ?」

 いつもの店『シュール』の店先に人が20人くらい集まっていた。
 その中心に大きい声を出している店員らしき人がいる。
「さぁ〜!今日発売の魔法の本『コンタクト』これを買えば君もたちまち魔法使いになれるよ!」
「なんだ。ばかばかしい。そんな本のために中学生や高校生が集まって眺めるなんて・・ガキっぽい」
「愛美、本当にそう思うか?」
「えっ?」
「まあついて来なって」
 健一は私の手を引いて店の中へ連れて行こうとした。
 入り口で幸二に会った。明も一緒だ。
 他にも数人男子クラスメイトがいた。
「おっ、健一。今日も石垣とデートか!?」
「最近お前が石垣さんと付き合ってるって噂が流れてたけど本当だったんだな!」
 それを聞いていた明が後ろのほうでうつむいていた。
「うるっさいな。もう、あっち行けよ」
「石垣さんはこんな男でいいのか?なんならもっといい男がここにいるぜ〜?」
「健一と同じ意見。あっち行って」
「ひっどいこと言うなぁ。おい、行こうぜ」
 人だかりからクラスメイトの集団が抜けていった。
 明もちょっとお辞儀して行ってしまった。

 私は健一から男子には冷たくしろと言われていたのでこういう態度を取ったのだが、
 ホントだったらあの中でバカな話をだべったりする仲だったのに……明は別として。
 今更と言ってもなんだけど寂しくなってきた。
「愛美?行くよ」
「……うん」

 店の中はもちろんいつもと変わらない。
 しかし連れてこられた場所はいつもと違う。
 階段を下りて地下室のようだ。
 扉を開けるとそこは薄暗い部屋だった。
「おーい、じいさん!いるか〜?」
「誰?」
「ここの裏のオーナーだよ」
 健一がそう言ったとき奥から60歳後半くらいだろう。
 年を食ったおじいさんが出てきた。
「聞こえたのは男の声じゃった。愛美、これはどういうことじゃ?」
「あ、じいさんなんて呼んだことなかったっけ。おじいちゃん、実は……」
 この老体に健一は今までのことを説明した。
 信頼出来る人なのか、魔法のこともスラスラと話しに混ぜてしゃべった。
「そうじゃったか。ふーむ、そのようなこともあるのだのう」
「愛美、この人、俺のじいさんだよ。名前は石垣十寸見(ますみ)」
「あ、はい。私は今は愛美ですが、もともとは七瀬健一と言います。よろしくお願いします」
「愛美、……いや今では健一と言うのか。わしは健一の師匠じゃよ」
「というのは置いといて……じいさん、外で売ってたレプリカ。あれはどういうことだよ?」
「ん?あれか。あれはただの商売じゃよ。本物はここにある」
 おじいさんは後ろの椅子においてあった本を取った。
 それをおじいさんは私に差し出した。
 受け取った私はなにか不思議な力を感じた。
 それは外で売っていた『コンタクト』と同じだった。
「これは……?」
「これが本物の『コンタクト』じゃよ」 
「そうか。ありがとうじいさん。愛美、これをお前に渡すために今日付き合ってもらったんだ」
「これのため?」
「この本に中級魔術までの詠唱方法が載ってる。魔法大聖堂の聖兵と戦うには初級魔術じゃ勝てないからな。それに防御にもそれなりの強さが必要になってくるし」
「え、ちょっとまって。なんで私が魔法大聖堂の聖兵と戦うのよ!?」
「聞いてなかったのか。まったく、うかつだな咲香のやつ。相手は物理攻撃を全く通用させない魔法で
 動く人形だ。攻撃パターンは物理、魔法、心術といろいろあって……」
「健一!それはいいから何で戦わなきゃいけないのかって聞いてるんだけど」
「神筆をただで使えると思ってたのか?大聖堂長に従える聖兵がそれを守ってる。資格ある魔法使いしかそのペンに触れることすら出来ない」

 私は絶句した。
 それ以上何も言えなかった。
 戦う必要があったなんて……。
「う……ん……」
「健一よ。まだ愛美ちゃんには魔法使いの戦いには早すぎるのではないかのう?天使化したのがつい4ヶ月前で戦いの経験はまだ咲香との戦闘1度きりじゃ。聖兵にいきなり挑んで勝てと言うのは筋違いなのではないか?」
「まあ言ったら直ぐに戦いに行かなくてもいいワケだし、ちょっと練習すれば低級の聖兵には勝てるよ。そうすれば愛美もめでたく咲香のディペントだ」
「……やるだけがんばる。私が頑張らなきゃ咲香が困るんだもん。他の人(?)には迷惑をかけられないし」

 私が決意を固めていたときおじいさんは健一に耳打ちをしていた。
「いい娘じゃな。この娘をお前の『パステル』に選んでも良いのではないかの?」
「そうだな。もともとそういう傾向で考えてきたから。心配いらないよ。愛美は強い精神力を持っている。それに愛美はどこかが違う。今まで会ってきたどの魔法使いとも……」
 2人は愛美には確実に理解出来ない会話をしていた。
 それがなんなのかを知るのは愛美が大きく成長してからだろう。

    第7話に続く……


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