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Angel

驟雨

第5話『After This』




 文化祭の次の日は学校が休みだった。
 だからなのか、昼近くに愛美に近くの公園に呼び出れた。
 一体なんのつもりなのか……。
 とくに気を使うつもりがなかったから服装はラフだ。下はスカート、上はシャツ1枚。
 そんな格好だったからこうなったのかも。
 
 公園に来てみるとまだ愛美は来ていなかった。
 しかたなく公園のベンチに1人座っていると、2人組の男がよってきた。
「君、すごくかわいいね。1人?」
 1人が話しかけてきた。
 これはもしかして……ナンパ? ……にしては古い言い回しだな。
「な、なに?」
 しかし焦った。こんなのはじめてだから、どう対応したらいいのかわからない。
「女の子なのに強気だね。外見はおしとやかそうなのに」
 もう1人も口を開く。
 しかしここは強気で押し通そう。
「うるさいな。あっち行ってよ!」
「まあまあそう言うなよ」
「しつこいなぁ。今待ち合わせ中なんだからあきらめてよ」
「そうなのか。なら相手が来ないうちに行こうよ」
 ちょっと小太りの男が俺の手を握った。
 手は汗だくで気持ち悪い。
「いや、……やめて、放してよっ!」
 俺は力任せに腕をふり、手を振りほどこうとした。
 しかししょせんは女の子の力、大柄な男の手を離すほどの力は出なかった。
 魔法を使えば別だがその後の対処の仕方が分からない。
「そう暴れるなって。いいじゃんか」
 男の手が私に伸びる。
「やめて!」
 伸びた腕をつかむもう一つの手。
 見たことのある腕。
 愛美は俺に伸ばされていた腕をつかみひねりながら男を睨んだ。
 なぜか制服姿の愛美に見とれていた。……はっ! なんで俺が。男に見とれるなんて……。
「やめろ。嫌がってんだろ」
「痛っ。な、なんだよお前」
「お前は人としてまともなことはしてるのかと聞いたんだ」
「そんなこと聞かれた覚えは無い……いって!」
 愛美はつかんだ腕をもっと強くひねった。
 男はかなり痛がっている。
「お、おい行こうぜ」
 もう1人の小柄な男が言った。
「くっ。なんなんだよお前!」
 強引にひっぱり愛美の手から男の腕が放れた。
 太った男は捕まれた方の手を押さえながら小柄の男に目を流し、それに小柄な男も反応して2人組はその場を去った。
「……ありがとう」
「いいって。それよりこんなとこで1人、こんな格好でうろうろするなよ」
「うん。経験にはなったかな」
「……って健一、なんか言葉遣い変わってないか?」
「そういえばそうだね。でも今は全然違和感ないし。自然と出てくるんだけどなぁ」
「それって入れ替わってから健一は女性化、俺は男性化が進行したってことか?」
 え!魔法で入れ替わると女性化が進行するのか!?
 でも俺たちが初めて入れ替わった魔法使いってわけだし……。
 それに愛美も自然と自分のことを俺って言った。
 頭の中はまだ男なんだけど、じきに女の子になっちゃうのかな。
 愛美は俺の隣に座りながら焦ったような少々大きめ声で聞いてきた。
「どうする健一?これじゃ全部が入れ替わるのも時間の問題かも」
「全部がって?」
「今は二人の意志だけが入れ替わってるけど、時間が経てば考えることも心もすべてが入れ替わっちゃうかもしれないってことだよ。まだその通りとは言えないけど」
「とすると私が完全に愛美になって愛美は完全に健一になるってこと……これも魔法の影響なの?」
「魔法の影響かもしれないね。もともと強い魔力を持つ天使同士が魔法を反発したのだから何が起こってもおかしくないし。それに今健一自分のこと私って言った」
「あ、でも別に意識した訳じゃ……」
 だんだん悲しくなってきた。
 今までの生活にはもう戻れないのか。シュンとしてうつむいた俺に愛美は優しく声をかけた。
「まあそう気を落とすなよ。自然なことだし」
「う、うん」
 さっき愛美に見とれたのも女性化が原因かな?
 そうだろうな……困った。
 ここまであっさりこの状況を飲み込んじゃっていいのか。
 抵抗したって意味のないことだけど……。
「でも1日でこんなに変化するなんてあり得るの?」
「う〜ん……。なんども言うけど魔法で人が入れ替わったっていう実例は無いから。あり得るもなにもどうなるかわからない」
「…………」
 しばらく考えた。
 精神や心が女の子になったらこれからの生活は今までとはホントに変わってくる。
 服装にも気を使って……あああ。そう考えただけで頭が痛い。
「大丈夫だよ。別に今はしゃべり方が変わるだけだから」 
「でもいつかは全部が入れ替わっちゃうんでしょ?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
「なんとも言えないってことね」
「そうだな」
 私は不意に立ち上がり走り出した。
 そして腕を横に広げてくるっと振り向いた。
 髪がふわっと揺れた。
 スカートが広がって腿まで見えてしまった。妙にかわいらしかったのか、愛美は顔をちょっと赤らめていた。
「愛美!これから呼び方も変えよっか!」
 手を後ろで組んで言った。
「え?俺は健一を愛美って呼ぶってことか」
「そうだよ。いいかなぁ?」
「う〜んまあいいかな?このしゃべり方で呼び名もそのままじゃ自分が変に感じるし」
「じゃ、決定だね。健一!!」
「なんでそんなに元気なんだよけ……愛美!」
 私はまた振り向いて愛美に背を向けて歩き出した。
 なんか恥ずかしいようなうれしいような微妙な気分。
 浮かれ気分だったためかちょっと足がもつれて転びそうになった。
 背後から健一が追いかけてきて私の手をつかんだ。
 それにしても慣れるの早いなぁ私。着替えとかは慣れるのにすごく時間がかかるのに。
「おい、あぶないぞ」
「ご、ごめん。でも大丈夫だよ。健一がいるし」
「は、そうか?」
「そういえば何で制服なの?」 
「あ、そうそう今日はそれを言おうと思って呼んだんだっけ。俺サッカー部にスカウトされたんだよ」
「そういえば私は元々サッカー部だったなぁ」
「そうなんだ。それでか。同期のやつに呼ばれて部室に行って、ちょっと披露っていうか、とにかくやってみせたんだけどそれが買われたらしくて入部することになったんだ。なんか体が勝手に動くんだよね〜。そういえば愛美もクラリネット1発で吹けたし、お互いに体が覚えていたのかもね」
 健一は私の手をにぎったまま自慢気に言った。
 私は健一の中学生の時サッカー部FWのエースだった。
 自分で言うのは恥ずかしいけど、けっこういいセンいってた。
 だけど怪我で試合に出れなくなってサッカーをやめた。
 まあもうその怪我は治ったし動けるけどブランクが長かったからそんなにうまく出来るはずないのに。
「体が覚えてた、か。まあ確かに入れ替わったのは中身だけだし。それより足の怪我の跡見た? あれは練習中にその……折っちゃって。それでサッカーやめたんだけど」
「見たよ。すごい治療の跡だな」
「手術したから。でもその後遺症であんまりうまく走れないハズなんだけどな・・・」
「"ケアルガ"覚えてる?俺が神社で"タイムデント"を使って倒れたときのこと」
「覚えてるけど・・・まさかそのおかげ?あれはマナを回復させるんじゃないの?」
「わからないけど多分あれのせいだと思う。ほかに治癒魔法を使ったことないし」
「そっか。魔法って便利だね」
「効力をもっと勉強しなきゃな。……ってあ!」
 健一は急に大きな声を出した。
 その声に私はかなり驚愕した。
「な、なに?」
「もうすぐテストじゃん!勉強してる!?」
「え、してない……」
「ああ〜!俺はいいとして愛美はやばいんだった! だってクラス30番だろ!?」
 俺は顔をぷーっとふくらませた。
 ちょっと顔が赤くなるのを感じた。
「そこまで言わなくても……」
「あ、ごめん。でもこのままじゃまずいから明日から勉強だ!」
「そ、そんなに急ぐの?」
「当たり前だろ!テスト前は勉強、当然だ」
「はぁ〜〜」
 いろいろ変化したところもあったがここはまだ愛美らしい。
 まあ心は入れ替わってないんだし。
 しっかし明日から地獄だ〜!。

 初夏の候。7月にはいればもう蒸し暑い日々が続く。
 今日もすごく暑い。家にエアコンがあれば・・・
「ああ〜!もう、やってられないよぉ!!」
 健一の家に来て勉強中だがきちんとした姿勢。
 暑い部屋。おまけに下着が蒸れてきた。
 私は机にシャープペンをほうり投げた。
「こら、愛美!俺だって暑い部屋で毎日頑張ってるんだから愛美も頑張れよ!」
「うん……」
「はぁ。元自宅ならあるのにな」
「しょうがないじゃん。うちにお父さんの取引会社の取締役が来てるんだし」
「ごめん。さあ、もう一頑張り!」
 健一もすごくあついのだろう。汗はかなり出ている。
 家のことだがしばしばお父さんは自宅に客人を招いて接待をする。
 社長自ら接待というのがウリらしい。夏場もちろん家では普通の格好をしている私が家の中をうろうろしていては相手会社の人に失礼だからしばらく他で時間を潰せということなのだ。
 もっともだがここまであついとさすがに弱気の1つもはいてしまう。
「ふう。ねえ健一。足崩しちゃ駄目?」
 Tシャツをぱたぱたさせながら聞いた。
 襟元からブラが見えたらしく、健一は顔を真っ赤にしていった。
「わっ、ばか。やめろよ!いいから!!」
「ん?どうしたの健一?顔真っ赤だよ?」
「ん〜〜!!愛美!わかるだろ!?」
「…………?」
 私はさっぱりわけがわからず首をかしげた。
 健一はあきれた顔だ。
「わからないのか……はぁ。まったく、女の子はもっと清楚にするものだぜ?そんな仕草しないでくれよ。だから!胸が見えてる……」
「え?あ〜!そっか。ごめんごめん!」
「……続き、やるよ」
 健一は座り直して勉強を始めた。
 しかし元は女の子なのにその女の子の体を見て恥ずかしくなるなんて。
 やっぱり健一は男性化が進んでいるのだろう。
「うん」
 私は勉強が嫌い。でも健一が一緒ならいいかなと思った。
 毎日の様に放課後部活がテスト休みで無いので一緒に勉強した。
 健一はいろいろ教えてくれたし。なにより2人でいるからうれしかった。
 
 
 今日も健一の家で勉強をしていた。
 明日はいよいよテスト。2人の目に気合いが見られる。
 私がすこし集中力を切らしてしゃべりだした。
「ねえ健一、明のことなんだけど、あれは健一が愛美の意志でOKしたんだよね?」
「文化祭のときのことか?そうだよ」
「でも実際に付き合うことになるのは私ってこと忘れてない?」
「そっか!ごめん、忘れてた」
「そんなぁ〜!どうするの」
「仕方ないな、愛美に頑張ってもらうしか……」
「え!?私の気持ちは無視?健一の望みだけで私は動かなきゃいけないの?」
「そうは言っても……今更どうにも出来ないだろ?勘弁してくれよ」
「……!!そんな、勝手な!」
「そう、じゃ明と別れればいいんだな?俺が言ったら変だから愛美から言っといてくれよ」
「もう!知らないっ!!」
 私は自分で持ってきた勉強道具を鞄に入れ、それをつかむとスタスタと部屋を跡にした。
 『おい、愛美!』という健一の声が聞こえたが、聞く耳を持たなかった。
 あんな風に考えてたなんて。
 あれじゃ貴樹とまったく変わらないじゃないか! 付き合うということを全然真剣に考えてない。
 しかし、まだ健一のことが好きだった。その気持ちが胸の内から離れないことに腹が立った。
 
 そのまま私は家に帰って机に座り、うつぶせになって嘆いた。
 よく泣いてしまうのはよくないと思うがショックが大きすぎた。
 好きな人の汚点を見つけるとやはりズキッとくるのだ。
 私があんな話をしなければ……今更おそい後悔だった。

 次の日はもちろんテストの日だったが2人は何も会話をせず目も合わせなかった。
 1日は終わり、私は部活へ向かった。
 教室を出るときチラリと健一のほうを見たが、
 健一は見向きもしない様で明と幸二と話していた。
 少し気落ちしたが自分も心を鬼にして教室を出た。

「めぐめぐ、いつのまにE♭(エス)クラ直したの?」
 クラリネットを組立てているとき隣で楽譜を眺めていた綾香が言った。
 壊された自分のクラリネットを魔法で直したなんて言えないしなぁ……
 どうしよう?
 そういえば犯人は未だに見つかっていない。
 もうあの事件の記憶さえ残っていないのだろうか。
 こうなったら自分で調べよっかな。どうしてもソロ吹きたかったしなぁ。
「ああ……えーと修理してもらったよ。業者さんに頼んで」
「そっか。めぐめぐっ家はお金持ちだから。あ、ごめん。こんなこと言って」
「いいよ〜。何にも気にしてないから」
「じゃ練習行くか!」
「うん」
 コンクールに向けてブラスバンド部は緊迫した時期に入る。
 文化祭の前から練習していたはずなので私にはさっぱり分からないはずの曲も
 なぜかスラスラッとできた。それはちょっと『あの力』も使ったからなのだが。
 このことは健一にも事情を説明済みだった。さすがに無断で使うとこっちが危ない。

 次の日。いつものように学校に来て、教室に来ていつものように1時限の準備をしていたが・・・
 予定表を見るとそこには
 『4時限 体育 水泳 』
 と書かれていた。
 今日は水泳だった。無論、準備はしてきたのだが。
 とするとあの問題が浮かび上がる。
 そのことを3時限の授業中考えていた。
 窓側の席だから外がよく見える。校庭の隅に次に使うプールがある。
 この時間にもどこかのクラスが使っているみたいで人影がたくさん見える。
 今日もとても暑い日なので水泳の授業には差し支えないが、どうしても避けられない難題だった。
「石垣!よそ見をするな。次のページを読んでもらうぞ」
「は、はい!」
 窓の外を眺めていた私は国語の先生に怒られた。
 あの先生厳しいんだよなぁ。
 そんなことをしているうちに3時限は終わり、
 ついに水泳の時間が来てしまった。
 健一がこっちを向いて手でグーの形にして揺らしている。
 ガンバレという意味なのか。水泳は苦手じゃないのにやる気が出ない。
 
「めぐめぐ、行こ!」
「あ、……う、うん」
 雪菜に声をかけられて一緒に更衣室に向かった。
 体育は基本的に2クラス同時に受けるので隣の1−Aと一緒だ。
 ということで更衣室は1クラス分の人数でごった返している。
 しかも全て女子。まあここは女子更衣室だから当然だけど難題はここにある。
「あっ」
 もう恥ずかしくて部屋にすら入れない。
 顔を真っ赤にして手を顔に当て、部屋から後ずさりした。
「もう!何照れてるのよめぐめぐっ。はやく着替えないと間に合わないよ!」
「ああっ。うう……」
 目をやる場所が無い。目線をいつものようにしていれば胸が見え、下にやれば・・・
「なんでみんなタオル巻きながら着替えないの!?」
 独り言で言ったつもりが以外と声が大きかったらしく、みんながこっちを向いた。
「だって・・・暑いんだもん」
「それにみんな女子だから」
 前にいた知らない女の子達が言った。
 そういうものなのか……まあたしかに男子も着替えるときはタオル巻いてたのは
 私と数名だけだったけど。女子でも同じなのかな?
「……」
 私は言葉を失い、目をつぶって手探りで着替えた。
 なんとか制服を脱いで、下着も脱げた。今タオルの中で裸。
 早く水着を着ようと無造作に手を伸ばし探った。
「きゃっ。もう、めぐめぐったら大胆だね」
「!!!!」
 なにが起こったのかは自分にもすぐにわかった。
 触れたものはとてもやわらかいものだったからだ。
 前にいた他の女の子の胸に触れていたのだ。
「あ、ご、ごめんなさい!」
 そう言うために目を開けたんです。
 ホントです。
 あう〜、目を開けたその後を思い出したら鼻血が出そう。
 
「はぁ〜〜〜」
 プールサイドで座っていた私はため息ばかりをついていた。
 あの光景が頭から離れない。
 それにすごく恥ずかしいこの格好。
 なんか身体にぴったりしてうっとうしいというか、解放感が無くて変な気分。
 男ならもっと簡単な格好なのに・・・
「次!!ほら、石垣さんっ!次はあなたの番ですよ!」
「は、はいい〜!」
 先生に呼ばれてあわてて立ち上がり、プールの中にゆっくり入った。
 まったく、泳ぎを教わってもそれは緊急事態か水泳選手しか役に立たないよ。
 なんて考えたことがなんどあったことか。
 片道100メートルもある大きいプール。コースも16コースある。
 さすが私立……というかデカすぎ。
 とは言ってもここは中等部と兼用だからこのくらいがちょうどいいのかもしれない。
 今も同時に2クラスが授業を行っている。
 しかも雨の日でも使えるように屋根が左右の壁からでる仕組みになっているらしい。
「初めてはいるけどすごいなぁ・・・」
 きれいで広いこのプールを泳いでいる自分にちょっと感動した。
 クロールは早いけど体力を直ぐに消耗してしまう。
 100メートルも泳げば女の子ではへとへとだった。
 ザバァと水から上がって一息ついた。
「はぁはぁ……疲れた」
「ホント、100メートルはやりすぎよね」
 隣をペタペタと一緒に歩く1−Aの綾香。
 ブラスバンド部でかなり仲良くなった。
 まあ健一はもともと綾香とは仲が良かったんだろうけど。
「うん確かに。先生も1回泳いでみろって話だよね」
「ハハハ……ん? あれ七瀬君じゃない?」
 綾香が指さす方向に健一がいた。
「ほんとだ。なにやってんだろ?」
 健一はプールの真ん中辺りで苦しそうな顔をしていた。
 なにか足を押さえてるみたいだった。
 バシャバシャと水しぶきを上げてもがいている。
「健一!」「おい!七瀬?」
 遠くから男子の声が響く。
 一体何が起こったのかわからないが、さっき考えた緊急事態だということを悟った。
「綾香ちゃん、私、行ってくる!」
「え?待って、めぐめぐ!」
 綾香はそう言ったが、私にはわからなかった。
 しゃべってる途中ですでに私はプールに飛び込んでいた。
 ケンカをしてる身だったが今はそんなことは関係ない。
 クロールで健一の元へ泳いでいく。
 さっきの疲れを忘れて夢中で泳いだ。
 頭の中には健一のことでいっぱいだった。
 健片足の太ももを押さえ、もう片方の足で棒立ちしている。
 これは足が吊ったんだと思った。
「健一!大丈夫?」
「め、愛美!?」
 私は健一の腕を自分の肩に回し、いそいでプールサイドにむかって走り出した。
 水の中で抵抗が激しく走ると言うより歩きだった。
 しかし水の中のおかげで重いはずの大柄な健一も軽々と担げた。
 やっとのことで健一を他の男子生徒に抱きかかえてもらい、私はプールから上がった。
 やはり健一は足を吊らせたみたいですごく痛がっていた。
 先生がきて処置をとった。
「めぐめぐ、すごいよ!かっこよかった!!」
「石垣、お前すごいやつだな」
 周りに集まってきた生徒に口々に言われた。
 照れを隠せず顔を赤くしてうつむいていた。
 なにはともあれ健一が無事で良かった。
 
 
 体育も終わり、昼休みになった。
 ベランダにでて扉の淵に腰かけ、
 まだ乾ききれていない髪の毛を拭いていたら横から大柄な影が近づいてきた。
「愛美。さっきは……その……ありがとう。ホントに助かったよ」
 横から話しかけてきたのは健一だった。
 髪を拭きながら私は言った。
「ううん。そんなのお礼を言うことじゃないよ。男として当然のことをしたんだって」
「でも今は女の子だよ」
「そうだけど元々男だから女の子を守らなきゃいけないって思う。たとえ体は変わっても心は変わっていないんだから・・・」
 
「愛美、君はやっぱえらいよ。いくら勉強はできなくてもそれよりも大切なことがある。俺がそれを教えられたよ」
「なんか喜んでいいのか怒ればいいのか微妙なセリフだね」
「それに、反省した。こないだ2人で勉強してたときのこと。安易にものを言い過ぎた。ごめん、許してくれ」
 しばらく考えたが健一が本当に理解してくれたという眼差しをしていた。
 それを悟った私は髪を拭いていたタオルをおいて席から立ち上がりながら言った。
「いいよ。健一も分かってくれて私もうれしい」
「ホントに悪かったよ。もっと考えなくちゃいけないな。それから、明には俺から言っとくよ。やっぱりごめんなさいって。前使った変身術で言うよ」
「え、いいの?」
「うん。俺には他に好きな人がいることが分かった。だからその気持ちに従う」
「そう」
 簡単な返事をしながらこう思っていた。
 それが私なら―――
「今日あんなところじゃ魔法は使えなかった訳だし、愛美が来てくれなかったら俺が溺れてたかもしれ 
 なかったわけだから、心からお礼を言うよ」
「いえいえ♪ でも準備運動もちゃんとしなくちゃ駄目だよ?」

「フッ、そうだな」
「しっかりしろよっ!」
 そう言って健一の額をちょんっと人さし指で押した。
 背が高い健一の額は思ったより高く、背伸びをしないと届かなかった。
 あうっとくらった健一は私にやりかえしてきた。
 やっと戻ってきた和やかな雰囲気が辺りを包んだ。
 
 それが私なら……って思ったとき、健一は常に展開している魔法の輪で読心術を使ったに違いない。
 健一は私の気持ちに全く気づいていないのか、それとも気づいてないフリをしていないのか……。
 双方どちらかに当てはまっていたとしてもこの雰囲気がいつまでも壊れないで欲しい。
 このままずっと。
 気づくと私は健一に寄り掛かり、健一の胸の鼓動を聞いていた。
 健一はちょっと驚いていたがそんなことはお構いなしに私は言った。
「健一の心臓、優しい音がする」
「お、おいおい。こんなところで……」
「ごめんごめん!でもつい聞き入っちゃって」
「心臓の音にか?愛美、最近大胆だよな」
「抱いたって!?誰に抱かれたの?」
「抱いたなんて言ってないよ。大胆。でもまあその聞き間違いもある意味正しいのかも」
 そう言って健一も私の肩の後ろに手を回しぎゅっと私を引き寄せた。
 胸がちょっと苦しかったので不安になって聞いてみた。
「け、健一?いいの?」
「今なら大丈夫。魔法障壁でここには誰にもいないと言う風にしか見えないから」
「そうじゃなくて、健一は私を抱いてるけどどうして?」
「ま、まあいいじゃん。愛美、こういうときこそ読心術を使ったら?」
「うっ……痛いとこを突く。でも詠唱の仕方が分からないよ」
「愛美も知ってるだろ?いつもここにあるわっか。これでイメージをすると即その魔法が発動するから便利だよ。まあ使えるのは初級魔術だけだけどね」
 ここというのは健一の左手の薬指の指先に浮いている小さい金色の輪のことである。
 見た目は指輪。というかこれは指輪だろう。
 前から気にはなっていたがそれがなんのためにあるのかは分からなかった。
「じゃ、仲直りした印に」
 と言って健一は手をかざす。
 手のひらに光が集まってリング状に集まると、光の粒子が銀色の輪を形成した。
 それは私の左手の薬指に近づき、指先で浮遊した。
「なんかあったかい……」
「俺の魔力がそこに詰まってるからかも。根拠は無いけどね」
「ありがとう。なんか天使って感じだね」
 
「感じじゃなくて天使なんだろ?」
「そうだった。……私、健一と仲直り出来て良かった。唯一秘密を知ってる人が離れていくと不安だし、なにより寂しかった」
「実は俺もだったんだ。それに俺には責任があるし。愛美を天使にしてさらに俺と入れ替わっちゃったんだから。俺が悪いのに……」
「そんなに自分を責めることないよ。私も反省する」
「ありがとな愛美」
「こちらこそ」
 一通り話し終えて、その日の授業は終わった。
 そして2人は部活に向かう。
 今日はしっかりと挨拶をした。
 部活に対する意気込みが大きく膨らんだ気がした。
 その意気込みは部活と健一に向けられていた。
 
    第6話に続く……


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