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 「はぁ〜まったくもうくたくただよ」
 俺は毎日の遅くまで練習に耐えかねて、
 つい弱音をはいてしまった。

「もう、健一。文化祭まであと一週間だよ。頑張って!」
 ////。まあ愛美に励まされるのは悪くないし、
 あと少しだから頑張るか。




Angel

驟雨

第4話『黄昏の文化祭』





 6月に入ってまもない時期。
 梅雨時ということもあり雨は3日に1回は降る。
 じめじめした天気が最近続いている。
 木管楽器であるクラリネットにとってはいやな季節だ。
 あくまで木製だから湿気には弱い。俺は毎日の手入れは怠らなかった。
 ポー♪。
 俺はいつものように部活に行きクラリネットを口にくわえ、曲の練習をしていた。
 普通のクラリネットよりも高い音がでる。
 一人の先輩に見てもらっていた。
 今日は由美奈さんがお休みらしく、見ていない。
「曲にも慣れてきたし、あとはテンポだね」
 先輩に言われた。
「はい」
 曲か。
 もとは音楽なんて全く興味が無かったのにいざやってみるとすごく面白いし、やりはじめて1週間後くらいには音楽が好きになっていた。
 もともと好きだったのにそれに気づかなかっただけなのかもしれない。
「じゃ、パートで合わせるからみんな呼んできて」
「はい!」
「フフフ。めぐめぐ、最近とても元気よね?なにかいいことあったの?」
 威勢のいい返事をしたからなのか変な質問をされた。
「いえ特にないですよ(ホントは……あるのかも)。では呼んできます」
「あ、お願いね」
 部活の進行状況も順調だ。

 愛美も陰ながらサポートをしてくれている。
 無論、やったことのない楽器に初めて挑戦するのだから
 吹き方のコツや、曲に対しての挑み方などいろいろ教えてもらった。
「アンプシュアはそんなカンジ。高い音のときはもっと口を締めて」
「こ、こんな……」
「そう。健一けっこうやるのね」
「ありがと」
 毎日と言うわけではないがたまに俺の家に来て一緒に練習している。
 一緒にいるのは俺にとってとてもうれしいことなのだが、愛美はどう思ってるのかな……?
 俺は1年生でありながら短い間のソロを任せられた。
 普段ならこんなことは無いはずだが、演奏する曲が俺だけ1曲少ないので先輩が考慮してやらせてくれることになった。ソロはとても難しい部分だったので毎日欠かさず懸命に練習した。その甲斐があったのか、ソロはとてもうまくできるようになった。
 失敗は10回中1回あるか無いかというところまで練習を積み重ねた。

 文化祭1日目前日。
 文化祭は3日間あってその最終日の演奏だったのでクラスの出し物の準備もしなければならないので準備をしに行った。
 男子はゲームコーナー、女子は喫茶店というありふれた出し物だったがそう決まっちゃってるからしかたない。

「愛美〜」
「なに健一?」
「俺、ウェイトレス任されちゃった」
「え〜!いいじゃないっ。いいなぁ。私もやりたいけどしかたないか」
「そうはいってもウェイトレスって……」
「それはお客さんからの注文とって、料理作る人にその内容を伝えて、料理を運んだりするんでしょ? 
 カンタンじゃない。それとも別の問題があるの?」

「……メイド服」
「メイド服ぅ〜!?すっご〜い。本格的だね」

「そんなぁ。すごく恥ずかしいんだけど」
「大丈夫!似合うよきっと!」
 それは自分に自信があるっていうことなのか。
 でも俺はとてもかわいいって思ってるし、なにより好きなんだからそういう愛美の姿勢はとてもいい。
「わかったよ。そうだ、愛美も来てよ。『喫茶やまぶき。』」
「そーいう名前なの。……なかなかやるな委員長」
 いろいろ手回しが早い委員長になにもかも決められて俺がウェイトレスってのも委員長が勝手に決めたことだった。
 もうふたりやる人がいるけど、なんで俺だけメイド服?
「じゃ、私はゲームコーナーの準備があるから……」
「ああ。ありがとな」
 あとは文化祭を待つばかりである。
 愛美。来てくれるかな?
 
 ついに文化祭1日目。
 一日目から俺は『喫茶やまぶき』のウェイトレス役なのだった。
「「いらっしゃいませぇ〜!」」
「いらっしゃいませ」
  
 大きな声で入ってくるお客さんに挨拶する……練習をさせられていた。
 俺はかなり小さい声で言った。
 ……恥ずかしい。

「石垣さん!声が小さいですよ!!」
「めぐめぐほら、がんばって」
「あ、うん……何で私だけメイド服?」
「それはあなたが一番似合いそうだからよ」
 委員長はあいかわらずのポーカーフェイスとまじめな声で俺に言った。
 その言葉のとりようによっては他の4人には似合わないということなので当然4人は怒るはずである。
 まあちょっとうれしい言葉ではあるが。
「…………」
 4人は声に出さないで怒っている。
 こりゃ見れば分かる。
「いいこと?お客さんに満足してもらいたいのならまずは態度からよっ!!」
 そんなことは知ったこっちゃない委員長。
 それにしても委員長がなんでここまで喫茶店に意気込んでるのか……
 単なる文化祭なのに。
 愛美の方は大丈夫かな? そんなことしてるうちに文化祭は始まった。
 いきなり大勢のお客さんが入ってきた。
 しかも大半が男子。
 なんでこんなに男子が多いのか初めはわからなかったが、俺がマニュアル通り注文をとっていくうちに分かってきた。
 狙いは……俺だ。
 注文を受けにテーブルに近寄っていくと見られる見られる……。みんなに注目されているのが分かる。
 顔を見てる奴もいるし、服だったり胸だったり……
「ほら、石垣がいるぜ。かわいいよなぁ〜」
「い、石垣さん……」
「俺と付き合ってくんないかな?」

 教室の外からも見ている人もいる。
 愛美ってこんなに人気があったのか。
 ま、その愛美が好きな一人なんだけどね。俺は。
 でその愛美になっちゃってるから複雑だなぁ。

 けっきょく半日中ウェイトレスをやって俺は休憩になった。
 今日の仕事はこれで終わりになった。
 どうやら今日は軽い予行練習のつもりらしい。
 休憩に入って委員長に『今日は練習、本番は明日よ!』って言われた。
 一体委員長は何考えてるのか。
「めぐめぐとってもかわいいよ♪」
「ありがとう」
 クラスの女子(名前なんだっけ)が俺に話しかけてきた。
「いいなぁ。わたしも厨房係じゃなくてウェイトレスが良かったよぉ」
「でも私はちょっと……」
「え〜!?めぐめぐ、嫌だったの?あんなにやりたがってたのに」
 え、愛美。そんなにやりたかったのか……
 なんか悪いことしたなぁ。でもメイド服は関係ないよな?
 そういえば愛美、来てくれなかったな。何かあったのか。
 とりあえず愛美の方を見てくるか。
「あ、いや。じゃ私ちょっと他の店見てくるね」
「……うん。その間は任せて♪」
「よろしく〜」
 ……気にせず女言葉を話す自分が怖くなってきた。
 これって女の子に近づいているってことなのかな?
 俺は多目的室で行っている男子のゲームコーナーへ行った。
「へぇ〜、結構本格的なんだな」
 見ると、射的の銃がならんでる店もあるし、
 輪投げやパンチングマシンなどの店まであった。
 人だかりができていたところはきっと本物のゲームコーナーだな。
 たぶん幸二が持ってきたんだろうな。
 デカモニターまで……あいつ……
「まるで祭りだな」
「健一」
 後ろから小声で呼ばれた。
 振り向いて『あ、愛美。』と言おうとしたとき、不意に俺の腕をつかみ、
 愛美は部屋の隅に俺を引っ張っていった。 
「健一、なんて格好でここに来てるの」
「はぁ?……あ」

 俺は制服に着替えることなく、メイド服のままここまで来ていたのだ。
 すでに俺の存在に気づいた男子達は俺のほうをじっと見ている。
「貴樹がこんな格好見たらどうなると思ってるのよ。気をつけてよ!」
「ごめんごめん!悪かったよ」
「おい七瀬!おまえ石垣さんとどういう関係なんだよ!」
 俺の名前を愛美に向かっていったのは体が大きい一人の男子生徒。
 気づくと数名の男子に囲まれていた。
 とくにガラが悪いと言う印象ではなかったが、
 嫌な雰囲気だった。
 一応きつい態度をとった。
「別に。これという関係はないけど」
 俺は愛美から離れた。
「え、石垣さんには聞いてないんだけどな」
 あ、ついうっかり。
 愛美がこっちを睨んだ。
「でもそれならいいじゃんか。石垣さん、俺と一緒に店見て回らない?」
「え……」
「断ってよ」
 横からひっそりと愛美は俺に語りかけた。
「えーと、ごめんなさい」
 じゃあ俺と! 僕と!と次から次へと声が上がった。
 それをことごとく断る俺。ちょっと悪い気もするが仕方ないか。
 やがて男子の群れは散り散りになり、
 やっと二人だけになった。
  
「健一、これで分かった?学校では魔法のこと、天使のこと以外に自分のことも考えてよ。今までの生活とは違うんだから」
 愛美はキョロキョロしながら言った。
 まだ警戒してるのか。
「わかったよ」
「……それより健一、私と回ろっか?私も他のお店見たいし」 
「え……」 
 意外な申し出。
 ちょっとドキドキしたが、愛美ならフォローもできそうだし
 なによりとてもうれしい。
 愛美との距離が縮まったのかな。
 俺にとって1歩前進!ってとこか。
「大丈夫!また健一が絡まれたら私が追い払うから」
「ああ、いいよ」
「ありがと〜。おっと、その前に着替えてきてよ。さっきみたいになるの嫌だし」
「分かった」
 女子更衣室に戻り、メイド服を脱いで制服に着替えた。
 もう慣れたものだが、自分の体を見るのはまだ恥ずかしくて、まともにはできなかった。
 メイド服はあとで委員長に渡しとくか。
 制服に着替えて、メイド服を持って更衣室を出ると、廊下で愛美は明と話していた。
「あ、石垣。じゃな明」
「え?おまえ石垣さんと回るのか?」
「……駄目?」
「いや別に。じゃ」
 明はちょっと悲しそうな顔をして行ってしまった。
「…………じゃ行こっか?」
「あ、そのまえに委員長にこれ返しに行くよ」
「うん」
  
 委員長にメイド服を返し終わった後、二人で学校中を回って、1日目終了時刻になった。
 とくに買い物はせず、見ただけだった。
 俺が囲まれることは無かったが、2人で歩いていれば何かと勘違いされるのはわかっていた。
 じろじろ見られた。
 俺はとても恥ずかしかったのに愛美は堂々としていた。
 今では愛美の方が背が高いので愛美の顔を見上げて見た。

 今二人は屋上でフェンスに寄りかかり、校庭を眺めていた。
 夕方4時に終了ということで、帰宅する生徒、明日に向けて準備する生徒の風景が見える。
 今日も一日中暑かったので風も生ぬるかった。
 肩より少し低い位置まで伸びた少し赤みがかった髪が風に揺られてさらさら靡いた。
 鼻の上を通る風がとても気持ちがいい。
 しかしスカートと言うものはどうもはきにくい。足がスースーするし、色白い足がむき出しで恥ずかしい。
 女の子って恥ずかしいことが多いんだな。
 それは今はまだ男としての感情が残ってるからかな。
 屋上から見る眺めってこんなによかったっけ?
 ほんのちょっと目が悪かったからな。愛美は目がいいからか。
 紅に染まる空を見ていると愛美は話しかけてきた。
「今日はありがとう、付き合ってくれて」
「いや、いいんだよ。俺だって他の店見たかったし」
「…………」
 愛美はちょっと黙った後また話を始めた。
「健一、私と入れ替わってなにか不便だったことって何かある?あるよね……」
「そうだな……まず困ったのは着替えとトイレ。女の子の着替えって面倒だよな。下着は多いし、暑い季節にも下にはもう1枚着ないといけないし。トイレは……わかるだろ?」
「うんわかる。私も同じ。着替えもトイレも困ったよ」
「あとはお風呂、言語、と態度だな。どれも慣れないことばかりだし、お風呂は初めて一人で入ったとき気絶しそうになっちゃったよ」
「それは私の体を見て?」
「……そんなところ」
「健一ったらもう!でもまあ仕方ないけか。じつは私もドキドキして最初はまともに服脱げなかったよ」
 今更気づいたが、愛美は毎日俺の体見てるんだよな。
 愛美の体を見るより恥ずかしいかも。
「健一は私のことなにか知ってる?」

「へ?」
 わけがわからず間抜けな声で聞き返してしまった。
 その声は高くかわいらしい声だったのでよけい変に聞こえた。
「なんでもいいから!」
「えーと魔法使いで天使ってことかな。あと妹がいて、優って名前で、親がお金持ち……それくらいしか知らないって」
「そう」
 なんで。
 それだけ言って愛美は急に表情を変えて俺を向けていた顔を背けた。
 その目は悲しそうだった。
「一体何なんだよ」
 俺は無性に腹立たしかった。
 話しを始めたのは愛美なのに勝手に怒りだした。
 ちょっと怒りをあらわにした言葉で言い返した。
「ふう、健一には言っておく必要があるかな。今日ゲームコーナーで男子に囲まれたときあなたは私から離れたでしょ?変な話だけどあのとき私はすごく悲しかった。また私が男に裏切られるのかと思った。今私が健一で男なのを忘れて」
 そうか愛美、貴樹にひどい目にあってるんだ。
 貴樹は愛美を裏切って何人の女の子と重ねて付き合ってたのかわからない。
 明に聞いたが、女の子と付き合うのと遊びと思ってるのだという。
 そのとき俺は貴樹の安易な考え方にすごく腹が立ったが、愛美のことも考えるべきだったな……。

「!!。そうか、貴樹のことか……ごめん気づかなかった……」
「別に誤らなくたって。健一にはそのことを言ったことないんだから知らなくて当然だよ」
「そうか。あと聞きたいことがあったんだけどいい?」
「うん、何?」
「なんで愛美は俺のこと名前で呼ぶようになったんだ? 自分も名前で呼べって言うし」
「うっ、それは……聞かないで」
 愛美は軽く赤面した。
 名前で呼ぶことがそんなに恥ずかしいのか。
 ならやめればいいのにと思ったけどそれは俺が嫌だ。
 愛美との距離がまた離れてしまいそうな気がした。
「お、俺は名前で呼び合うのはすごくうれしいんだ。愛美って呼べて」
「え……そう、よかった」
 声が緩んだ。
 また愛美の顔に笑顔が戻った。
「でも今の話を聞いて分かった?今危機に面してるのは健一ってことだよ?危機って言っちゃ大げさか 
 もしれないけど……」
「そういうことになるな」
「私は今男なんだし、貴樹にはこれ以上好きにはさせたくないから私が健一を守るよ」
 たしかに愛美の体じゃ体力も力も貴樹には劣る。
 魔法は使っちゃいけないから、愛美はとても必要な存在だった。
「うん。ありがとう」
 和やかな雰囲気の中、俺は笑顔でかえした。
 愛美も笑った。
 笑っている愛美の顔が夕日に映えてキラりと光ったように見えた。
 俺は愛美を必要としているのか。
 愛美は俺を必要としてくれるまで俺はやるぞ!
 
 
 次の日、朝起きると気持ちはすっきりしていた。

 文化祭二日目か。今日もいろいろ大変だけど頑張ろう!
 自分に言い聞かせた。
 本来男が守るべきなのに守られるなんて……
 あ、今女の子だっけ。
 いまさらこんなことを考えてしまった。
 着替えをして、学校に行く準備をして
 朝食を食べに食堂へ向かう途中、優ちゃんに会った。
「お姉ちゃん、おはよっ!」
「優ちゃん。おはよう」
「大丈夫?目の回りが赤いけど」
 昨晩、ベッドの中で恥ずかしながら泣いてしまった。
 昨日の愛美のことを考えるととてもうれしくて
 泣かずにはいられなかった。感涙ってやつかな。
「だ、大丈夫」
「そお?」
 食堂に二人は入った。
 キッチンでお父さんが支度をしていた。
「おはよう二人とも。って愛美!目の周りが腫れてるじゃないか!どうかしたのか」
「別に、なんでもないよ」
「だめだ!女の子は顔を大事にしなきゃ。目薬一応差しときなさい」
「……はい」
 そういうものなのかな。
 朝食を済ませ、目薬を差した。
 すーっとして気持ちいい。もやもやが吹っ飛んだ感覚だった。
 部屋に戻って鞄をつかむと家を出た。
 門の外には愛美がいた。いつも待っててくれるのだが、
 今日は早くから待ってたらしく、側にあった岩に腰掛けていた。
「おはよう〜健一!」
「おはよ、愛美」
「って目、大丈夫!?」
 やはり言われたか。そんなに腫れてるのか。
「はは、やっぱばれちゃったか。昨日泣いちゃって」
「でも笑ってる健一が一番かわいいよ。泣いちゃだめだよっ」 
「そ、そうか、そうだな!」
「フフフッ、じゃ、行こっか!」
「うん」
 今までにないことだ。
 2人は自然と手を触れ、
 軽く手をつないであるき始めた。
 

 学校が近づいてきたので手はさすがに放すことにしたが、並んで歩いている。
 今まではどっちかが走って行くことになっていたが
 いつも通りのことは二人ともしなかった。二人とも同じ気持ちだったからだ。
 ずっと一緒にいたい。そう思う。 
 
「まったく、委員長め。本番とか言ってて昨日と変わらないじゃん」 
 ウェイトレスとしてメイド服を着て仕事をしていた俺は愚痴をこぼした。
 ホントに昨日と同じで、ただ仕事時間が長いってだけだった。
 しかし幸い目の腫れは良くなってきた。目薬だけで良くなったとは思えない。
 魔力のせいかな?
「石垣さんっ!サボってもらっては困りますよ。あのテーブルの注文を受けてください!」
「はぁ〜い」
 委員長は厨房で料理を作る係の様子を見ながら言った。
 なにもかも見てるんだな。
 しかし今日は笑顔で仕事をした。
 愛美の影響もあって気持ちはすっきりしていた。
 途中で愛美が明と幸二と一緒に来てくれた。
 3人とも昼食をここで摂るらしく、料理と飲み物、両方注文していった。
 愛美は俺のほうを見てニヤニヤしている。
 似合ってるよ、とでも言いたいのか。さっぱりわからない。
 結局その日は仕事だけで終わってしまい、帰り道、愛美に笑いながら愚痴を聞いてもらった。
「よく頑張ったね!あしたはついに演奏会だね。こっちも頑張らなきゃねっ」
「ああ。絶対成功させてみせるよ!」
「うん!」
 

 なにごともなければこのまま明日の文化祭で俺は学校のホールの舞台上で演奏出来るはずだった。
 しかし事件は本番当日に起こった。
 文化祭3日目。
 今日はクラスの出し物の仕事は休んで、
 朝から音出し、練習という予定のはずだった。
 しかし、俺が部室に行ってみるといつもと違う光景に驚き、その場で立ち尽くしてしまった。
 部室の中に1本のクラリネットとそのケースが無造作に置かれ、その状態は口では言い表せない。
 クラリネットと分かるのはブラスバンド部の部員のみで、他の人が見たら、ごみ。
 俺が使っていたクラリネットが金づちで砕いたかのようにバラバラにされていた。
「え!?なんで!どうしてこんなことに!!」
 一瞬にして目の前が真っ暗になった。
 絶望的だった。元々経費がかかる部活なので予備の楽器はない。
 E♭(エス)クラリネットはこの部に1つしか無かったのだ。
 (E♭クラリネットとはその楽器のキーがE♭になっているクラリネットということです。
  わからないひとはそんなに深く考えなくてもいいですよ(笑))
 数分後には部室は大騒ぎ。
 俺は泣いてしまった。
 もう演奏できない。なんてことだ。
「めぐめぐ、そんなに気を落とさないで」
 由美奈さんがやさしく声をかけてくれた。
 クラリネットパートリーダーでもあるので気を使うのに必死だった。

「……ぐすっ、ありがとうございます由美奈さん。でも、……もう無理なんです」
 涙を流しながら言った。
 この言葉にさすがの由美奈さんもかける言葉を失ったようだ。
 俺の心には深い悲しみと同時に怒りが込み上げてきた。
 この壊れ方からして人為的であることは明確だ。
 犯人が憎くて仕方がなかった。
 愛美に合わす顔がなかったが、
 その後事情を説明するために愛美に会いに行った。
 愛美は俺の説明を聞くや否や怒り出した。
「なんてこと!元私のクラリネットが……許せない……」
「でもソロは無くなっちゃったけど、普通のクラリネットで出ることにはなったよ」
「健一のソロ、聞きたかったのに……」
「ごめんね。約束が果たせなくて」
「そんな、健一のせいじゃないよ。それよりも誰がそんなことを?」
「そう。それ俺も考えたんだけど、もしかしたら……」
「貴樹!!」
「でもまさか、あいつがここまでやるか?」
「無くはない」
「……疑うのは嫌だけど、もしあいつが犯人なら許さない」
「私も」
「とにかく今日は本番だし、あと2時間で始まるから。見に来てね愛美」
「うん。行くよ。あんまり気を落とさないでね。音に自分の気持ちが出るから。沈んでると音も悪く 
 なっちゃうよ。ガンバレッ!」
  
「ああ!」
 愛美は手を振った。
 俺も「バイバイ!」と言った。
 とりあえず貴樹のことは忘れよう。
  
 音出し、合奏も終わってあと10分で本番。
 舞台袖で俺の緊張はピークに達した。
「うわ〜すごくドキドキする」
「ホントだね」
 今話しかけたのはこの間会ったクラリネットパートの2人のうちの1人、
 島田綾香。隣のクラスの娘だったが、俺が男の時になぜかよく会う娘だった。
「……ソロがあったらもっとドキドキしただろうな」
「めぐめぐっ、そのことはもう言わないで!今日はこの演奏会に賭けなきゃ」
「そうだね」
「じゃ、集まって」
 クラリネットパートリーダーで、部長でもある由美奈さんだ。
 なんだろ?
「みんな、手を出して」
 クラリネットのメンバー8人がみんな輪になって手を出した。
「絶対頑張るぞぉ〜!」
「お〜〜〜!!」
 8人は声をそろえて言った。 
 ソロが無くても俺の力を懸命に発揮しよう!
 ついに本番。
 観客席はすでにかなりの人数分埋まっている。
 部員は本番用の衣装、ブラスバンド部特製ブレザーに身を包み、舞台上に入場した。
 観客席から拍手が巻き起こる。
 クラリネットが座る位置は一番前。
 椅子の前にたち、指揮者の入場を待つ。
 指揮者はブラスバンドの講師、出雲先生だ。
 先生はタキシードを着て、右手には指揮棒が握られていた。
 先生が礼をした。
 拍手が一層大きくなった。
 先生が手をかざすと部員は同時に座った。
 しかし、俺は少し遅れてしまった。
 焦ったが、気にしないで曲に集中することにした。
 観客席では愛美が冷や冷やしながらみていた。
「ああっ、健一ったらもう」
 愛美の方が緊張してるようだった。
 1曲目、2曲目と順調に進んだ。
 ホントはこの2曲目でソロの演奏があったのだが残念だ。
 しかし、そのことはしたなくよしとして、次は最後の曲。

 MCの曲紹介が入り、先生が指揮棒を振り上げた。
 ガタ!
 頭上で不審な音がした。
 しかし、今は本番中。上を向くことなんかできない。
 曲が始まった瞬間、悲劇は起こった。
 頭上にぶら下がっていた照明器具が落下してきた!
 その気配を俺は感じ取って心の中でこうつぶやいた。
『愛美、ゴメン!』
「"タイムデント"!!」
 フッとあたりがしーんとした。
 周りを見渡すとみんな止まっている。
 時間が止まった。

 俺はと言うと、ブレザーからピンク色の天使の羽を出し、
 体は淡い光に包まれ、軽く床からフワフワと浮き上がっていた。
 照明器具は人2,3人を押しつぶす位の大きさで、ちょうど俺の頭の上1メートルあたりで
 制止していた。
「ホッ」
 とりあえず、俺はクラリネットを持っていなかった左手で胸をなで下ろした。
「健一」
 上を向いていた俺に声がかかった。
 しーんとした客席の一番前まで来て、愛美は俺を呼んだ。
「健一、大丈夫?」
「ああ、なんとか」
「滅びの魔法、使って欲しくなかったけど、みんなを守るためだし」
「ごめん、愛美。約束破って……」
「いいの。もし魔法を使わなかったらみんな死んじゃってたかもしれないし」
 そのとき、俺は体から力が抜けていくのを感じた。
「うっ……力が……抜ける……」
「あ、"タイムデント"の持続時間を延ばせば延ばすほどマナの消費量が増えるから。ちょっと待って、この照明器具退かすから……」 
 愛美の体が光り、緑色をした天使の羽を出した。
 そして、手を振り上げた。

 照明器具は一瞬で上昇し、元の位置に戻った。

「ふう。これで騒ぎは無かったことになるかな」
「はぁはぁ……そ、そうだな」
「じゃ、健一。本番の続きを頑張ってね。私が"ケアルガ"をかけるのと同時に"タイムデント"を解いて」
「わ、わかった……」
  
「"ケアルガ"!」
 愛美が言うと同時に俺は"タイムデント"を解き、羽を消した。
 体に力が戻った。 
 急いで座り、曲を再開した。
 なにごともなかったように演奏は続いた。
 愛美は客席に戻りながら健一を見た。
 安心したようだ。
「よかった♪」
 そして短い演奏会は終演を向かえ、拍手とアンコールの声が響くなか、
 俺は最高の気分だった。
 
「よかったね!大成功だよ!!」
「うん。みんな頑張ったからね」
 演奏が終わって、お客さんを見送るためにホールの出入り口へ走りながら、
 隣で走る綾香と話していた。
「でもめぐめぐのソロ聞けなくてやっぱり残念だね」
 はじめてあったクラリネットの2人組のもう1人、木下由佳里が小さい声で言った。
「そうだね。でも気にしてないから。これからがあるし!」
「めぐめぐは前向きで偉いなぁ〜」
 2人は感心していった。

 お客さんの見送りをしていると、
 前を明が通った。
「石垣さん、あとで西校舎の屋上に来てくれないかな?」
「え?う、うん」
 なにがなんだか分からなかったが、とりあえず承諾した。
 断る理由がなかったからすこし困った。

 後ろから肩をたたかれた。
 振り向くと愛美がいた。
「すごくよかったよ!大成功だねっ。私の分も演奏してくれてありがとう」
「ああ、こちらこそありがとう。いままで世話かけたな」
「いえいえ♪あ、綾香達が見てるから行くね」
「うん。じゃまたな」


 演奏会終了後の打ち上げで、先輩や他の部員との反省やおしゃべりをやっと終えたのは
 その2時間後だった。急いで屋上に向かった。途中でいろいろ教室の前を通った。
 演奏会は文化祭最終演目だったから、ほとんどの店は片づけを終え、帰宅している生徒もいる。
 そんな生徒とのすれ違い様に『よかったよ!』とか『石垣さん、かっこよかった。』などと言われた。
 こういうのも悪くないなと思った。
 自分の教室の前を通りかかったとき、ふと中を覗いてみた。
 店はとっくに片づけを終えて、委員長と数名の生徒が残っているだけだった。
 俺にきづいたらしく、委員長が相変わらずの口調で話しかけてきた。
「石垣さん。演奏会成功おめでとうございます。石垣さんがいればもっと『喫茶やまぶき』がもっと繁盛はずでしたのに、残念ですけどね」
「役立たずで悪かったわね」
 横にいたクラスメイトが委員長に反抗した。
 やはり委員長はそれも聞き流した。
「委員長、ちょっと私用があるのでもう行きますね」
「あら、わかりましたわ」
 委員長のすこしきつい言い方を聞いたのち、俺は屋上へ向かった。

 屋上への入り口の扉から屋上の様子をうかがってみると、
 明はすでに待っていた。
 フェンスに寄りかかり俺を待っているのか。
 しばらくソワソワしていたが、
 俺は思い切って屋上に出ていくことにした。
 今日は雨が降っていなかったが、屋上はなぜか湿っていた。
 やはり屋上は風が強い。夕方だと言うのにいまだに蒸し暑く、
 生ぬるい風が自分の髪とスカートを靡かせる。
「瀬戸君、何の用?」
 俺は明に声をかけた。
 急に声をかけられて明は相当驚いていた。
「石垣さん……来てたんだ」
 明は驚きを隠し、
 俺のほうをじっと見つめた。
「な、何?」
「今日の演奏、とってもよかったよ」
「うん、ありがとう」
「…………石垣さん、最近変った?」
 この言葉に俺はドキっとした。
 まさか……まさかね。
「ううん、別になんでもないけど」
「そう。いやちょっと前とは雰囲気が違って。今まで全然話さないのに男子ともよく話すし。とは言っても健一だけかな」
「…………」
「石垣さんは健一のこと、好きなのか?」
「えっ?」
 弱ったな。こういうときなんて言えばいいんだろ?
 別に。とでも言うべきか?それとも……
 明が真剣な顔で俺の答弁を待っている。
 俺は目のやり場に困ってふと屋上への入り口へ目をやった。
 するとそこにはこそこそしている愛美がいた。
 手でバッテンの文字をつくっている。
 ちょっとがっかり。
「ううん。そんなことないよ」
 やはり俺にとっては悲しいな。
 これって愛美は俺のことはなんとも思ってないってことだし。
「そう。じゃ、今好きな人いる?」
「え……」
 またちらりと愛美のほうを見る。
 手をぶんぶん振っている。
 言うなってことなのか。
 それともいないって意味なのか……
 どちらかわからず俺は、
「いないよ」
「……!じゃ、その……僕と付き合ってくれませんか!?」
 !!。意外な展開。
 愛美は頭を抱えている。そして俺のほうを変な目で見た。
 賭けはハズレか……ってそんな場合じゃない。
 というかこれまでの会話を考えてこうなるなと思わなかった俺は鈍いな。
 どうしよう。なんて言えば?
「わ、私は……」

 とりあえずちょっとうつむいて悩むふりをした。
「け、健一!」
 は!?
 俺はばっと顔を上げた。
 急に健一と呼ばれたのは愛美。
 どうやら明に存在を気づかれたらしい。
「あ!バレちゃったか。いや、こんなとこで何してんのかなと思ってさ」
 後ろ頭をぽりぽりかきながら近づいてきた。
 そのしぐさはまるで俺だった。
 癖まで覚えたか。こちとらさっぱりだって言うのに。
「健一。もしかして今までの会話聞いてた?」
「……まあ一部始終」
「とにかく俺は石垣さんが好きだ。今日の演奏を見て決心した。付き合って欲しい!」
「えっ!?」
 明の告白。赤面したのは俺じゃなく愛美。
 焦るのは俺。どうしよう。愛美の見てる前で一体なんて言えばいいんだよ!
 愛美は俺の横に周り、小声で言った。
 その声は遥か上から聞こえたようだった。

「OKして」
 この瞬間、俺の頭は真っ白になった。
 愛美は明が好き。
 俺は邪魔者。
 しかし俺はあることに気づいた。
 明と付き合うのは俺だ。そのことは考えてるのか愛美?
 俺は仕方なく返事をした。
 ものすごく悲しかった。
 しかし愛美が幸せになるならよしとしようか。
 これで貴樹からも明が守ってくれるわけだし。

 こうして俺の文化祭は幕を閉じた。
 俺にとってはあまりにも切ない恋の終わりだった。
 明、しかしお前が俺の親友で恋のライバルであったなんて。
 悔しいな。

 家に帰って愛美は俺なのに流すのは悔し涙。
 魔法で直したE♭クラリネットを片手に握りながら泣く俺。
 一人の一途な恋が終わった。
 
    第5話に続く……


イラスト 田代憂様 ありがとうございます!!
イメージ 『健一&愛美』 
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