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Angel

驟雨

第1話『女の子になること』




 春の暖かさをやっと感じるようになったこの季節。
 ベッドの中でその暖かさに身を包まれて、すでに8時だというのにまだ起きない高校生がここに一人。
 この少年は七瀬健一15歳。どこにでもいるような普通の高校生である。
「健一。いいかげん早く起きなさい!」
 一階から怒りのこもった声が聞こえてくる。
 確かにもう起きたほうがいいな、と思う健一。
 昨日は夜更かししすぎた。なんせ友達の瀬戸明が夜遅くまで勉強と言って俺の家にいるからだ。
 実際は勉強と言うよりも漫画を読んだりゲームをしたりというなんとも情けない理由でのだが……。
「はぁ〜い、母さん……」
 俺はまだ寝ていたいという気力のない声で返事をした。が、しかし時計を見てがく然とした。
「やばいっ! もう8時だ! 母さん何で起こしてくれなかったんだ!」
 お約束の展開だが人間とはなんでも人のせいにするものなのだ。
「もうっ。何回も起こしました!早く降りてらっしゃい」
 急いで制服に着替える。ネクタイを締め、ズボンをはく。
「早く食べちゃいなさい」
「わかってるよ!」
 ぶっきらぼうに言うとパンを口に押し込み鞄を握って家を飛び出した。


「おはよ〜七瀬君!」
 後ろから女の子の声が聞こえた。同じクラスの石垣愛美(めぐみ)だった。
「ああ……おはよう、石垣」
 学校の側まで来ればまだ登校途中の生徒がたくさんいた。もちろん彼らはしっかりと朝食をとりきちんとして家を出てきたはずなので息なんて荒れてるわけないが、俺だけははぁはぁいってる。
「大丈夫?七瀬君。なんかはぁはぁいってるけど」
 まさか寝坊したなんて言えるわけない。しかも目の前にいる彼女は俺が好意を寄せている女の子だ。
「い、いやべつに。ただ走ってきただけだよ……」
「ふーん。」
 石垣はなぜかすべてを悟ったような顔をしている。それがなぜだかはわからなかった。
 そして朝布学園とかいてある門をくぐり俺たちは学校へ入っていった。


 教室にはいると真っ先にあいつが話しかけてきた。

 別に石垣といっしょに来たつもりは無いが、後ろにくっついてきている。
 同じクラスなのだから仕方がないが、ヤツの目にはそうは映らない。
「おう?なんだ七瀬。朝っぱらからデートかよ?」
「はぁ?べつに石垣は俺の後ろにいるってだけじゃん。」
「そうそう。私は七瀬君といっしょに来たつもりは無いけど?」
 その言葉を聞いて俺はすこしがっかりしたがこの場面では仕方がない。
 もともとなぜこの太田貴樹が俺につっかかってくるのか。それにはわけがあった。
 貴樹は石垣と以前交際していたが想像通りこいつの性格じゃすぐにフラれるに決まっている。
 付き合い始めて1ヶ月も満たないうちに別れたらしい。
 その石垣が俺といっしょに……というか石垣が男のそばにいれば、必ずこうやってつっかかってくるのだ。
「ほうほう?そんなに隠さなくてもいいんだぜ?」
「うるさいわね!あ、あんたなんかに関係ないでしょ!」
「おっ?その言葉は脈有りか?ヒューヒュー」
 俺はその言葉にキレてしまった。
「ふざけるな!おまえに関係ないんだからこれ以上石垣にちょっかい出すな!!」
 ときつい一言をぶちまけ、殴りかかろうとしていた。
 ちょうどその時担任の先生が教室に入ってきたので一大事にはならなかったが、その後のSHRの時間中、ずっと俺と貴樹は睨み合っていた。
 SHRが終わった後、石垣が俺に話しかけてきた。
「七瀬君。さっきはありがとね。でも暴力はよくないよ。たとえその相手が嫌なヤツでもね。」
「ああ。ごめん、石垣……」
 緊張した雰囲気だった。ちょっとして瀬戸明と話し出した。
「そうか。だからあいつ、あんなにキレまくってたのか。」
 明は朝の様子を窓際から見ていたらしい。
「まったく。冗談じゃないぜあいつめ。本気で殴ってやればよかったよ。」
「でも、さっき石垣さんに説得されてたじゃない。暴力はだめだよって。」
「聞いてたのか。」
「ごめん。つい、気になっちゃって。だって健一、石垣さんのこと好きなんだろ?話をしてるのは気になるじゃない。」
「……まあそうだけどさ。」
「でも健一、今後気をつけろよ?最近貴樹、一部の不良とかかわってるって噂らしいぜ?」
「不良?」
「石垣さんが狙われたらどうする?フラれたことまだ根に持ってるからああいうことしてくるんだろ?」
「そうか。俺もまたからまれるかもしれないし。注意しとくよ。」

 その帰り道。案の定、貴樹とそのお仲間が俺の前に立ちふさがった。
「おまえ、ホントに懲りないヤツだな。」
「石垣に近寄ってる中年坊はおまえだな。」
「貴樹、ほんとにこんなひょろひょろなやつがあの石垣に近づいてるのか」
「ああ、そうだよ。マジむかつくぜこいつ。」
 どうしてこんなめにあうのだろうか。俺は何もしてないのに……。
 ボロボロになりながらも石垣のことを考えていた。
「次に石垣が狙われたら……」
 大きな不安が俺の頭をよぎった。
「石垣……」
 しかしそのまま気を失った。


「……っ」
「……一!」
 誰だ?俺を呼ぶ声がする。
「健一!」
 はっと我に返った。そうだ、俺は道端で気を失ったんだった。
「おい、健一、大丈夫か?」
 話しかけていたのは明だった。
 傷だらけの俺に治療を施していたのだ。しかしここは?
「あ、明。ここは?」
「学校の保健室だよ。」
「元気なのはいいけどケガには気をつけなさいよ。」
 保健室の浅見先生が言った。浅見先生は保健室の先生でありながら教論も勤めるすごい先生だ。
「あ、えーと、ありがとうございます。」
 先生なのにまだ22歳で美人の女性が目の前にいて落ち着いてられなかった。
「なあ健一。なんでおまえあんなところで倒れてたんだ? ――まさか」
「ああ、やられたよあいつらに……あっ!」
 突如大きな声を出してしまった。その声に二人とも驚愕していた。
「どうしたの?七瀬君?」
 そうだ、あいつら今度は石垣の方に向かったのだ(――に違いない)。
「明!石垣が危ない!あいつらに……いてて……」
「お、おい大丈夫かよ」
「落ち着きなさい。一体誰にやられたの?それになぜ石垣さんが危ないの?」
「えーと、俺は貴樹に――というか貴樹の仲間にボコにされて、それでたぶん次は石垣のところに向かったと思う。なんせあいつは…… 」
 石垣にフラれたから。と言いそうになったが口を閉じた。そんなことよりも石垣の安全確保が先だ。
「明。早く行こう。あいつがいるところと言ったらあそこしかない。」
「そうか。でもお前の傷……」
「大丈夫だよ。それより早く行くぞ!」
 俺たちは保健室を飛び出し、まっすぐあの場所へ向かった。
「ああ、ちょっと二人とも! ……まったく、もう」

 保健室を飛び出した俺たちが向かったのはこの町の外れにある稲荷神社の天成神社だ。
 いつもあそこは不良のたまり場になっているから間違いない。石垣はきっとそこに呼び出されている。
 しかし、確証が無いのにどうしてこういい切れるのだろうか? 俺って一体……
「明! あそこだ!」
「ホントにいるよ。貴樹も石垣さんも……」
「やばい、あいつら、さっきより増えてやがる……」
「あ、石垣さんが……!」
 見ると石垣さんが不良の集団に囲まれている。しかしちょっと様子が変だ。
「あなた、ホントにしつこいのね」
「なにいってやがる、おまえがおれをふった時一生つきまとってやるって言ったのを覚えてないのか?」
 遠くから見ていたのになぜか2人の会話が聞こえる。なぜ……?
 それはともかくこのままじゃ石垣がマジで危ない。

「ちょっとさわんないでよ! あなたとはもうかかわらないはずでしょ!?」
「へっ、そんなこと俺には関係ねぇな〜?」
 といった瞬間、複数の男が飛びかかっていった。その時だ!!
 まわりの時間が――なんというか、止まったような感覚に襲われた。横を見ると明もなぜか硬直している。
 石垣の方はというとなぜか空中でとまっているやつもいれば、両手を上げて止まっているやつもいる。貴樹は石垣に手を触れる直前で止まっている。
「ふう、まったく、これだけ時間を止めるのも楽じゃないわね……」
 石垣は体に光りを纏い、背中にはピンク色の羽が生えている。
 漫画で見たことあるがどう見ても天使だ。俺は石垣の方へ近寄っていった。
「お、おい石垣。これは一体……?」
「七瀬君! あなた、どうして動いていられるの?」
「あ、ああ。それはいいとして、君のその姿は?」
「それはいいとしてじゃないわよ!これは普通の人なら私の魔法の力で動きが束縛されて動けないはずよ!なぜ私の魔力が効かないの? あなたまさか……」
「なんのことだかさっぱりわからない! なんだよ魔法って!? それにその羽は!!?」
「この羽が見えるの? ……アナタは一体……? でも私の秘密を知ってしまったわね。記憶を消去するにもみんな消えてしまうのは……言わないでくれって言ったって無理だろうし……。そうだ! あの方法があるわ。七瀬君には悪いけど私の秘密を知ってしまった今、この魔法をかけないわけにはいかない!」
「な、なにをするんだよ! やめろっ!」
「この魔法をかければ、あなただって言いたくても言えないはず!」
 石垣は謎の言葉を詠唱し、俺に向かって何かを当てた。そのまま意識が遠のいていった……。


 なぜだ……? 体が……重い……。
 ここは……? 自分の体の下が柔らかい……。
「気づいたのね……」
 え?誰だ?男の声……。
 はっと目を覚ました。ここは女の子の部屋……誰の?一体何が起こったんだ?
「まったく、こんなことになるなんて……」
「え?」
 目を開けるとなぜか女の子の部屋に男が座ってこっちを見ている。しかもどこかで見たことがある男だ。
「ここがわかる?わかるわけないか。ここは私の部屋。――いや、今はあなたの部屋と言ったほうがいいかもしれないけど」
「え?なんで?ここは……」
 と言葉を発した俺だが何だか声色がおかしい。今までの俺の声より数段高い声だ。今までより――!?
「え?え?え?なんだこれ〜!」
 再び高い声を発し、起き上がってまず目の前にいた男を見た。どう見ても俺だ。
 対して自分はというと……下を見れば2つの膨らんだものが見える。
 その下に手をやる。するとそこはすらっと曲線を描き、アレのような突起物は無かった。
「わかる? 七瀬君は私になったの。」
「え? なんで? っていうかあんた誰だ?」
「まだ錯乱状態ってワケね。私はさっきまで石垣愛美でした。いまは七瀬健一。そして七瀬君はさっきまで七瀬健一。今は石垣愛美。これでわかった?私たちは精神だけ入れ替わってしまったの。もっともそれ以外にも変化はあるけどね……」
 そう言って石垣(現 健一)は立ち上がると向こうを向いた。つまり、こっちには背中が見える。すると、特に変ったところなんて無い制服をきた背中から一筋の光がでてきた。それは拡大し、羽の形になった。あの神社で見た石垣と同じような……しかし色は違っていて薄い緑色だ。しかも、透き通っていてとてもきれいだった。
「え?なんで俺に羽が? ……いや、石垣に羽があるんだ?っていうかなんで入れ替わったんだ?」
「あのとき神社で私が魔法をかけて時間を止めた。でも七瀬君だけは動いていた。そして天使化している私を見てしまった。それで私は七瀬君に強力な魔法をかけたの。七瀬君も天使化すれば私のことは口にはできないはずだし、秘密がバレない、って思ったの」
 振り向いて、石垣は話した。男の声で女言葉ってすごく気持ち悪いが今は仕方がない。
「ああ。それで俺は意識を失った。」
「そう。でも……ふう。七瀬君って、ホントは魔法が使えたんじゃないの?魔法を普通の人間にかければなんの抵抗も無く術にかかるはずなのに七瀬君だけは違った!七瀬君の魔力と私の魔力が反発して弾き合った。そして双方に魔法があたったわ。その結果がこうなの」
 石垣はとても悲しそうな声で話した。
「魔法……。そういえば普通に学校生活送ってるときもたまに不思議なことは起こったし、遠くで石垣と貴樹が話してる声も直接頭の中に入ってきてた……。あれも魔法なのか?」
「それは読心術の一種よ。……あのとき感じた魔力は七瀬君だったの。」
「魔法はちょっと置いといてこれからどうするんだよ。天使のことや魔法のことは俺が石垣になっちゃったんだから俺にも関係してくるし、石垣は石垣で俺になっちゃってしかも天使化して魔法まで使えると来たもんだ。これじゃ今までの普通の生活に戻れないんじゃないか?」
 不安そうに言う。それを聞いて特に焦りもせず、石垣は落ちついて言った。
「別に普段通り過ごせばいいのよ。ただし、私は七瀬君として、七瀬君は私としてね……」
 ええっ!?そんな!と思ったがそれしか方法はないのか?と思った俺はこんな質問をした。
「なあ、石垣。これ、魔法で元に戻らないのかよ?」
「ああ、そのことなら私も調べたんだけどこんなこと普通はないことだから魔法界での実例が無いの。だから今はもとに戻す方法がわからないの。」
「魔法界?今俺たちがいる世界は一体何なんだよ?」
「―――ここの世界は普通の世界でもあり、魔法界でもあるの。魔法使いや私たちのような天使は人間にはバレないように普段は普通の生活を送っているけど、隠れて魔法も使う。特に天使は羽があるから苦労するけどそれでも私はなんとか今までやってきたわ。時間を止めれば羽を出しても大丈夫だし、万が一見られてしまっても忘却の魔法で記憶を消せる。……七瀬君に会う前まではそんなヘマはしたことなかったけどね」
 自信あり気に石垣は語った。そうか、そんなことがあったのか。と、改めて思った。
「でもなんで俺は魔法使いじゃなかったのに。しかも今の俺の体には羽まで生えて天使化しちゃってるよ。こんなことがあるのか?」
「魔法界でも――」
 魔法界……魔法界と言う言葉をよく石垣が言うが聞き覚えがある。なぜだ……?
「魔法界でもそういう例はいくつかあるわ。今まで普通の人間だった人が側にいた魔法使いや天使の体からにじみ出る魔力によってその潜在能力を引き出されてふとしたことから魔法使い、天使に変化することがあるらしいの。まぁその実例は数えるほどだけどね。その数えるほどにあなたは入ってしまった。ということね」
「はあ」
「もうっなんとも頼りない返事ね。でもわかった?こうなった理由も魔法界のことも……」
「ああ。わかったよ。でも俺の声で女言葉なんて気持ち悪いな。」
「七瀬君だって私の声で男言葉しゃべってるじゃない。これからはしっかり言語も変えていかなきゃ。それに他の人にはこのことは絶対しゃべっちゃだめよ。私の親もあなたの親も普通の人間なんだから。」
 ということは石垣も潜在能力を引き出されたってことか。それにしてもよく知ってるよなそんなこと……。
「わかったよ。俺――わ、わたしって言えばいいんだ――いいんでしょ?」
 すごく恥ずかしかった。それは石垣にとっても同じことだと思うが……。
「そうだ。ん、俺って言うのも悪くないな。」
 ……なんで石垣はこんなに慣れが早いんだろ?
「あ、それから七瀬君のことは愛美って呼ぶから。俺のことは健一って呼んでよ。」
「ああ。――うん。」
 こうして健一は愛美としての、愛美は健一としての生活が始まった。しかしなんで名前で呼ぶんだろ? 名字じゃだめなのかな? ……俺はこうして石垣……け、健一と話せてうれしいけどね。


  第2話に続く……


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