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 その昔、世界を股にかけた美少女怪盗がいた。
 猫のように俊敏な身のこなしと、医師・外交官・弁護士と様々な変装で姿を現す神出鬼没さで、強固な警備網も易々と通り抜け、手品のように鮮やかな手口で世界各国の秘宝や財宝を盗み出す謎の人物。そして時には、法で裁けぬ社会悪を懲らすその姿は、まさにフランスの作家毛利蘭じゃなかったモーリス=ルブランの生み出した怪盗紳士アルセーヌ=リュパンのようであった。
 彼女の名は、怪盗ファントムキャット!!
 人々はブラウン管や誌面を賑わす彼女の痛快無比な活躍に心を踊らせ、今風に言う多くの追っかけファンが生まれた。彼女に逢いたいがために警察官になった者さえいたという。
 彼女は天才的犯罪者であると同時に人々のアイドルでもあったのだ。
 ところがある日を境に、彼女の活躍は忽然と消え失せてしまう。死亡しただの記憶喪失だの某国に拉致されただの様々な憶測が飛び交う中、世間では何処からともなくこんな噂が流れた。
「ファントムキャットは、彼女を追跡していた私立探偵と運命の赤い糸で結ばれ、普通の女の子に戻りましたとさ。めでたし、めでたし」

 

 

Ladies and Gentlemen,  Welcome to the Shoutime presented byPhanTom-Cat!
(皆さんお待ちかね、ようこそ、ファントムキャットの花舞台へ!)」

 

 

 

 


本若菜すとりーと
紳士怪盗PhanTomGirl
作:TRACE900番台


 

 

 

1. 名怪盗復活!!

 

 東京の閑静な住宅街にある、こぢんまりとした喫茶店『ワトソン』。
 放課後ということもあり、店内には男女二人の中学生がいる。
「さ〜て皆さん、このハンカチをよ〜くご覧になって下さい」
 ボブカット気味の男子中学生・後志 苗穂(しりべし なえほ)が、ウエイトレスやマスターの前で一枚の白いハンカチを広げている。表、裏、当たり前だが何の仕掛けもない。
「では……ワン、トゥー、スリー!」
 苗穂が一声叫んでハンカチを宙に投げた瞬間、ハンカチは一匹のハトに変わった。
「おおっ、後志くんすごーい!」
 ウエイトレスから黄色い歓声が上がる。
「どーもっ!これなら今度のHRに使えるな……ってコラ、早くポケットに戻れ!!」
 苗穂がハトを追いかける中、店内にいるもう一人の中学生・日高 早苗(ひだか さなえ)は雑誌を読みふけっている。
「相変わらず目立つの好きねぇ、あいつも」
 彼女は苗穂に呆れ気味な視線を向けていた。
「ふう、捕まえた」
 苗穂はやれやれといった具合で店内のテレビへ視線を向けた。
 この時間は再放送域で、以前放送したテレビ特番が流れている。昔の有名人の『今』を探る番組だ。
『みなさぁん、あの女怪盗を覚えておいでですか?黒いマントをなびかせ、黒いスーツをまとった麗しの美少女怪盗。そう、彼女の名は――』
 やけにノリのいいアナウンサーに対し、苗穂はきっぱりと言う。
「知るか」
「苗穂、テレビにツッコミ入れないの」
『――さて、当局ではなんと、なんとぉぉ!あの女怪盗が今、都内某所にて暮らしているとの情報を入手し、突撃取材を敢行しちゃいました!!それでは、行ってみましょぉぉ』
 アナウンサーがカメラを従え、モザイクだらけの家に近づいていく。
「……ホントかよ?どーせガセネタじゃないの」
 コーヒーを煮出しているマスターが感慨深げにつぶやいた。
「20年近く前の話か……」
「マスター、知ってるんですか?」
「知ってるとも早苗ちゃん。あの頃の私は若かったなぁ」
 と、苗穂があることに気付く。
「マスター、そういえば最近同じ名前の強盗犯がいたような……」
「ああ、しかしそいつとは別人だろう。予告状を出すという点は同じだが、いかんせん手口が手荒すぎる。彼女の手口はもっとスマートだよ。まぁそのニセモノも、ここ数日は国際手配中の凶悪犯が来日したとかで、めっきり話の陰に隠れているけどね」
「ふ〜ん」
 苗穂は興味がないのかアッサリ聞き流し、おもむろに立ち上がった。
「早苗悪い、ちょっとトイレに……」
 が、肘がテーブルのグラスに当たり、中の水をこぼしてしまった。水はテーブルを伝って、早苗のスカートに滴り落ちる。
 スカートは股間の辺りでぐっしょり濡れた。
「あ」
「きゃ」
 気まずい空気。
「こらこらこら〜〜っ!これじゃお漏らしじゃない!!」
「わーっ、ごめんごめん!ちゃんとハンカチで拭くから」
「女の股を気安く触るなーっ!!」
 げしっ
 苗穂の頭で鈍い音が響く。
「あははは。そうだったなぁ、お前ノーパイだけど女なんだよなぁ」
「……いっぺん死ぬ?」
 早苗は物騒なことを平気で吐き捨て、自分のハンカチを取り出した。しかしスカートを拭くにはテーブルが邪魔だ。仕方なく席を立ち、裾を持ち上げてスカートを拭き始める。
 自分のガードの甘さに気付かずに……。
「あっ、白……」
「きゃ」
 危険を察知したのか、苗穂のポケットで大人しくしていたハトが飛び出した。
「ちぇすとぉぉぉぉっ!!」
「ぐはぁぁぁぁっ、見たくて見た訳じゃないのにぃ――っ!?」
 轟音と悲鳴とともに、苗穂は壁際まで吹っ飛んだ。
「やれやれ。いつものコトだけど、二人とも仲がいいねぇ」
 再びハトが店内を飛び回る中、マスターは暢気にパイプをふかすのだった。
 時は11月。北風が冬の空気を運びはじめていた。

 

「ただいまぁー」
「おかえりー……って早苗ちゃん、帰る家が違うでしょ」
 早苗が帰ってきた(?)のは苗穂の家だ。
 苗穂の一家は母子家庭(父親死別)ということもあり、母親の慶子は早苗を娘のように可愛がっていた。面白いことに早苗の一家は父子家庭(母親に逃げられたらしい)で、早苗の父親は苗穂を息子のように可愛がっている。文字通り家族ぐるみの付き合いという訳だ。
「おばさま、苗穂は帰ってます?」
「ええ、苗ちゃんなら二階のお父さんの部屋で掃除してるけど。呼んでくるからリビングで待ってて」
「はーい」
 慣れた足取りでリビングへ向かう早苗の背中を見送り、慶子はニヤリと意味深に笑った。
「(さて、そろそろ見つけた頃かしら?)」

 

 苗穂は自分の姿を鏡に映していた。
 父親の部屋を掃除中にクローゼットから引っ張り出したもので、赤い派手なYシャツに黒いネクタイと黒い背広、そしてサングラスに帽子という一風変わった風貌だ。これでタバコがあれば、『探偵物語』の松田優作(工藤俊作とも)そっくりだ。
「うーん、父さんってホントに衣装持ちだったんだなぁ」
 他にもクローゼットの中には、シカ帽とベージュのトレンチコートとパイプといった具合にシャーロック=ホームズそっくりの衣装もある。生前の父が趣味で集めていた物らしい。

 

 が!

 

「ん?」
 クローゼットの奥に、なぜか女物のスーツがある。見たことのないスーツだ。
 まるで闇夜に染め上げられたかのように黒いスーツだ。セットになっているスカートは随分と短く、大胆にもスリットが入っている。そして何より特徴的なのが、片面が黒・もう片面が血に染まったように赤いマントだ。
「こいつは……」

 

 その頃、リビングのテレビでは。
『……ここ数日で5件の強盗傷害事件を起こしている黒スーツにマントの女性、通称ファントムキャットが先日警視庁に予告状を送りつけていたことが明らかになりました。盗み出すと予告されていたのは、上野美術館で開催されている「松前家500年の歴史展」で展示されている古伊万里の壺で、推定時価は3億……』
「ふ〜ん」
 早苗は聞き流し、テレビのリモコンをいじった。

 

「ふふふ……見つけてしまったのね、苗ちゃん」
 いつの間にか背後に慶子が立っていた。
「母さん」苗穂は恐る恐る切り出す。「まさか……」
「ふふふふ……ふっふっふっふっ」

 

「母さんはコスプレ好きだったのか」
「こらこらこら〜〜っ!」
 それも健全な反応である(そうか?)。

ひゅるるるるるるるる

「……ん?苗ちゃん、何か聞こえない?」
「おれが知るかよ」

ひゅるるるるるるるる

「うわああああああああっ」

「あら?何か懐かしい悲鳴が……」
「おれは知らないぞ。でも……何処から?」
 二人は天井を見上げた。
「「まさかねぇ……」」

 

 ばきっ!

 

 ちゅどおおおおおおおおん

 

 何でもない日々。
 変わりようのない平凡な日常。
 そんな彼らの平和な生活に、小さな天使が舞い降りる。
 その天使は、ホンワカな街に雪のような羽根を振りまいて……。

 

ごほっ、ごほっ、げほっ、げほっ!いででで……」
 苗穂と慶子の目の前に、尻を押さえて痛がっている女性が転がっている。
 ファンタジー調のゆったりとした服をまとった、清楚な趣の女性だ。もっとも周囲のガレキとホコリのせいで清楚も何もないが。
「????」
 苗穂が天井を見上げると、そこからは爽やかな冬空が顔を覗かせていた。鳥か飛行機か、何かが気持ち良さそうに空を飛んでいる。
「うーん、今日の天気は晴れ時々曇りところにより天使ね」
「『天使』?」
 確かに、背中に羽根でも生えていれば天使という言葉も似合いそうな女性だ。しかも周りに広がるガレキとぽっかり空いた天井からして、この女性は空から『墜落』してきたらしい。
「なんで?」
 誰とでもなく問う苗穂。苗穂でなくても、どーいう状況で何を一体どこでどーやって間違えれば人間が空から墜落してくるのか、理解しかねるだろう。
 いや、全てを理解している人物が一人いた。
「あっ、あなたは」
 慶子は相手の姿を確かめるように歩み寄っていく。
「母さん、その人のこと知ってるのか?」
「ええ、彼女は………誰だっけ?」
 ずべっ
 前のめりにコケる苗穂。
「ややこしい反応すんなよ」
 そして転がったままの女性に尋ねる。
「あなたは誰で……」
「あ――っ!」
 慶子は苗穂の耳元で叫ぶや否や、倒れている女性の手を握り締めた。
「思い出した思い出した!あなた、キロロよね?いやん久しぶり!!相変わらず着地がヘタねぇ」
「はい、イタタタ……そうです、キロロです。慶子さん相変わらずスリムですねぇ」
「いやんいやん、サイズ9号のわたしが、そんなあ♪」
 昔馴染みのように打ち解ける二人。苗穂は完全に取り残されている。
「あのー」
「あ、ごめんごめん苗ちゃん。母さんが昔お世話になってた大天使・キロロよ」
「慶子さんの息子さんですね。初めまして、大天使(archangel)のキロロです」
「????」
 さらに無数の疑問符。
「ところでキロロ」そんな苗穂を無視して慶子は話を切り出す。「ずいぶん久しぶりに落っこちてきたみたいだけど、何の用?」
「はい。慶子さん、また活動再会したんですねぇ。さっきテレビで犯行予告やってましたよ。最後の件から15年以上経ってる訳ですし、慶子さんもクセモノですねぇ」
「テレビ?ああ、あれはニセモノよ。誰かがカッコつけたくて勝手に名前を横取りしてんでしょ」
「え?じゃあ慶子さんじゃないんですか」
「当たり前でしょ、スマァ〜トなわたしとあんな強盗を一緒にして欲しくないわ」
「ニセモノは放っておくんですか?」
「う〜ん、確かにニセモノにいいカッコされるのは困るけど、さすがにこの年であのカッコはちょっと……お?」
 慶子はそこで言葉を切り、無数の疑問符に押し潰されている苗穂に意味深な流し目を向けた。
「よし、苗ちゃんが2代目になりなさい!」
「はぁ??」苗穂の無数の疑問符が爆発した。「だからぁ、何の2代目だよ?ぺ天使は空から墜落してくるし、さっきから何が何だかサッパリ訳が分かんねーよ。ちゃんと分かりやすく説明しろよ」
「……ふっふっふっ、そうね。では全てを話しましょう」
 慶子はやけにゆっくりと語りだした。

 

 その昔、世界を股に(中略)めでたし、めでたし。

 

「……ふ〜ん、母さんは泥棒だったのか」
「ちょっと苗ちゃん、その地味な反応はなに!?もっと驚きなさいよ、母さんは名怪盗だったのよ!!」
「名探偵じゃないんだから。そりゃ父さんが探偵やってたってのは知ってたけど、美少女怪盗なんて昔のOVAみたいな話があるかよ」
「あら、母さんの時代はそーいう時代よ」
 閑話休題。
「で?2代目やるの、やらないの?」
 単刀直入な問いに、苗穂はしばし考え込む。
「怪盗ファントムキャットねぇ……」

 

 夜更け、月明かりのみが照らす漆黒の世界。
 不気味に輝く満月をバックに、豪邸の屋根に立つ人影がある。
 夜の闇のように黒いタキシードで身を固め、背中のマントが風もないのに大きくなびかせるその男は、何がおかしいのか口元に鋭い笑みを浮かべている。
 男はマントを翻し、両の手を高く天に掲げた。頭上の月さえその手中に収めんとするように。
「Ladies and Gentlemen, Welcome to the Showtime!(みんな待たせたな、さあショーの始まりだぜ!)」

 

 以上、苗穂の妄想である。
「(う〜ん、ダークヒーローっぽくてカッコイイ……ファンレターどっさり届くかも)」
 カッコつけたい、モテまくりたい、苗穂の頭には思春期の男の子らしい妄想が広がっている。
「苗穂さん顔がニヤけてますね」
「ってことは、晴れて2代目美少女怪盗の誕生ね♪」

 

「……はい!?」

 

  一瞬、部屋の空気が凍りつく。
「……あのさ母さん、おれの耳が正しいようなら、いま『美少女怪盗』って言わなかったか?」
「何を今さら」
 涼しい顔で受け流す母親。
「……おれに、女装しろと?」
「やーねぇ。そんな訳ないっしょ」
「……なんだよ。冷や冷やさせやがって」
 だが、ホッとできたのは束の間だった。
「苗ちゃんには……ホントの女の子になってもらうのよ♪」

 

「「はい!?」」

 

 今度は天使(自称)の声も重なる。
「あのー慶子さん、話が別の方向に行ってるような……」
「いーのいーの。わたしも早苗ちゃんみたいな女の子が欲しいと思ってたし、この際♪」
「こらこらこら〜〜っ!!」
 しかし、苗穂はいつの間にか慶子に羽交い絞めされていた。慶子は間違いなく本気だ。
「ほらキロロ、アストラルスペルの見せ所よ。『冬の中の冬』を抑止する時空監視員のあなたなら、簡単なことでしょ」
「でも息子さん嫌がって……」
「ぐだぐだ言うなら『木馬』よ」
 慶子は冷ややかに告げる。
 ちなみに木馬とは、公園にあるバネ仕掛けのお馬さんでもトロイの木馬でも某強襲揚陸艦でもない。昔から世界中で愛用されている『責め具』である。使用法は至って簡単なもので、足首に重りをぶら下げたら、横に倒した三角柱『木馬』に腰掛けるだけでいい。便秘にも『死ぬほど』効果があるらしいので是非お試しあれ(ホントかよ……でも原理的には浣腸だしなぁ)。
「木馬(gray phantom)……!!」
 キロロの顔は真っ青になった。
「はいいっ、分かりましたから勘弁してっ!!」
「ええっ!?ちょっと待てぺ天使!」
「苗穂さんごめんなさいっ!」
 キロロは苗穂に頭を下げ、衣服の裾から板状の物体を取り出した。A4サイズ、チタンカラーの物体だ。
「ノートパソコン?」と尋ねる慶子。
「はい。星霊界(アストラル・プレーン)のシステムがIT化されまして」
 キロロはパソコンを起動させ、キーボードを(人差し指で)カタカタ叩き始める。
「アストラル・プレーンに接続。パスワードはKIRORO、と」
「安易なパスワードねぇ」
 ぴ〜、ぴ〜、が〜、ぴが〜、ぴが〜、ぴ〜、ぴ〜(ダイヤルアップ接続の音)
 契約(ログイン)が完了し、さっそく呪文を唱え始める。

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ

 念のために言っておくが、彼女は本当に『ぶつぶつ』と唱えているのである。
「―――来たっ!」
 キロロが天を見上げるのにつられ、ホールド中の慶子と苗穂も顔を上げる。天井に開いた大穴からは、昼間だというのに赤い月。
 刹那、周囲は閃光に包まれた。
「雷?」
「UFO?」
「違う、敵を察知した時の『キラリーン』ってヤツだよ!」
 騒然とする人々。
 一方、リビングの早苗にもその現象は届いていた。
「慶子さん遅いなー、さっきから何ドタバタやってんだろ?」
 で、実際2階で何をやっていたかというと。
「ごほっ、ごほっ、げほっ、げほっ……すごい煙」
 部屋中に広まった煙で慶子とキロロは咳き込んでいた。肝心の苗穂の姿は煙でよく見えない。
「苗ちゃん?苗ちゃーん?」
 呼びかけると、煙の中からゆっくりと人影が現れた。
 風もないのに大きく翻る漆黒と真紅のマント、身につけたタキシードは夜の闇をまとったかのように黒く、スラックスズボンはびしっと引き締まり、ボブカット気味の髪の上に被ったシルクハットには白いストライプが走る。
 つまり、服装が変わっただけで、彼はいつも通りの後志苗穂である。
「あれ、苗ちゃん……」
「ふっふっふっふっ、何を期待していたのかな母さん?」
 苗穂はシルクハットを被りなおし、マントを大きく翻す。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。サツを倒せとおれを呼ぶ。警察の敵、庶民の味方。お見せしよう、紳士怪盗ファントムキャット!」
 仮●ライダーの台詞を拝借し、高らかと言い放つ苗穂。
「ふっ、カッコイイねぇおれって」
 しかし、欲求が満たされないのは慶子である。
「キロロ、話が違うじゃないの」
 彼女の眼光で射抜かれたキロロはびくっと身震いした。
「はうっ……で、でも、私は確かに……ってあーっ!?処理の手順を間違えてました!!どうしましょどうしましょどうしましょ!?ああっ、このままじゃ木馬の刑が……」
「ちょっとそのパソコン貸しなさい」
 パニックになり始めたキロロから強引にノートパソコンを没収し、慶子はマウスポインタをいじり始めた。
「なるほど、命令の実行手順が違うから、苗ちゃん女性化の命令が実行されなかった訳ね……」
「慶子さん勝手に操作は……」
 しかしキロロは完全に無視された。
「……ん?待てよ……別にこのままの実行手順でも、早苗ちゃんを呼んでくれば……」
 そう確信したその時、丁度いいタイミングで早苗が部屋に現れた。
「うわっ、すごい煙」
 早苗は咳き込みながら部屋を見回し、黒装束姿の苗穂に気付く。
「あ、苗穂。何やってんの?」
「ふっふっふっ、何をやっていると思うかな早苗くん?」
 逆に苗穂は聞き返し、トランプを手の中でもてあそび始めた。時折図柄が変わったり、唐突に巨大化したりする様はほとんど手品だ。そのうちラッ●ー君でも出すのか?
「うーん、わたしが思うところによると……」
「(よし、早苗ちゃんあと一息)」
 慶子の思惑(策略)などつゆ知らず、早苗は素直に答える。
「……さっきテレビでやってたファントムキャットっぽいかも」
「ふっふっふっふっ、その通り……」
「よっしゃああああっ!!」
「「「へ!?」」」
 突然のおたけびに一同がギョッとする中、叫び主の慶子は大きくガッツポーズを取っていた。
「うふふふ……苗ちゃん、正体バレたわね?」
「はぁ?」訊き返す苗穂。
「早苗ちゃんに正体バレたわね?」
「だからそれがどーしたって……」
 苗穂は何となく早苗に視線を向けた。
 が、早苗の様子がおかしい。苗穂を凝視したまま、表情が固まっているのだ。
「な、苗穂……」
「ん?」
「胸、ムネ……」
 震え気味の声につられ、視線を下ろす。
 首筋には赤いネクタイが結ばれ、黒いタキシードをまとっている。
 しかし、早苗が震える指先で指している辺りは妙に『ふっくら』しているのである。
「へっ!?」
 何だこれは、そう叫ぶ間もなく腰が『きゅっ』とくびれていく。
 尻の大きさそのものに変化は少ないが、柔らかな丸みを帯びていく。
「わっ、わっ、わっ……わあっ!?」
 体格の変化に対応しきれず、尻モチをつく苗穂。
 床に投げ出されたズボンの丈がみるみる短くなり、健康的な太モモを露出する。左右の裾が一つにつながり、最終的には膝丈20センチ近い超ミニスカートへと変わった。
 裾からチラリと顔を覗かせる下着も、いつの間にか白が健康的なショーツに変わっている。
「な、苗穂……!?」
 早苗は愕然とつぶやくしかなかった。
 彼女の目の前でヘタレこんでいるのは、確かに苗穂のはずだ。しかしそのタキシードは胸の辺りで高く隆起し、下着がモロ見えの超ミニスカートからは曲線美の艶かしい太モモが伸びている。
 そこにいるのは、苗穂であって苗穂ではない『少女』だったのだ。
「な……何だよこれ……!?」
 少女らしく高い声は動揺そのままに震えていた。
「苗ちゃん……」
 慶子は今にも泣きそうな苗穂の顔をじっと見つめる。
「母さん……あの、おれ、おれは……」
「苗ちゃん……」

 

 ぎゅっ

 

「かっわいい〜♪」
 慶子は苗穂を抱きしめ、とても嬉しそうに頬擦りを始めた。
「う〜ん苗ちゃん、ぽちゃぽちゃして柔らか〜い♪やっぱり女の子はこうでないと♪」
「あの、母さん、やめ、やめ……むぎゅっ」
 離れようともがく苗穂。母親とはいえ異性に抱きしめられるのは、やはり思春期の男(……)にとっては抵抗があるものだ。
「ふう……」
 しかし、一度落ち着くと今度は自分の身体が気になりだした。胸は服越しにあからさまに膨らんでいるし、ミニスカートがへばりついている股間は逆にぴっちりしているのである。早い話、男の象徴の存在が感じられないのだ。
「あの……これって……?」
「そーよ。今の苗ちゃんは正真正銘の女の子よ♪」
「……」
「……」
 苗穂(♀)と早苗の思考回路が止まる。

 

「「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」

 

 苗穂はすぐさまぺ天使の首を締め上げた。
「おいぺ天使、よくもよくもよくも!」
「む〜っ、む〜っ!?私はキロロですって」
「何言ってんの、苗ちゃんの自業自得よ」
「へ?」
 慶子が二人の間に割って入った。
「コホン、母さんが説明しましょう。そもそもの始まりは、ぺ天使キロロがパソコンのプログラム構築を間違った点にあります」
「だから私は天使ですってば」
「(無視)分かりやすく言うと、『苗ちゃんを女の子にする』という命令に『正体がバレたら』って条件をつけちゃったのよ。それで苗ちゃん、早苗ちゃんに自分がファントムキャットだって言っちゃったでしょ?つまりそれが『正体がバレたら』って条件を満たしたわけで、苗ちゃんは晴れて女の子に♪」
「……おいおい……」
 苗穂は何と反論すればいいのか分からなくなった。
「ぺ天使、やっぱりお前が間違えたせいじゃん」
「うっ」
 とりあえず責任をキロロになすりつける。
「まあまあ苗ちゃん。正体がバレたらペナルティーってのは『お約束』の話だから。わたしの時はどんな罰だったっけ?」
「『普通の女の子になる』でした」
「それのどこがペナルティーだ!?」
 必死に突っ込むが、苗穂自身その行為がむなしかった。
「(うう……むなしい)」
 しかし、このまま男としての一生を台無しにされるのはもっとむなしい事態である。
「早く元に戻せ!」
「あら、ダメよ」
「へ?」
 あっさりと拒絶する慶子。
「苗ちゃんがニセモノ退治できたら考えてあげてもいいけどね〜?」
「おいおいおい……」
 苗穂はイヤーな予感がしていた。
 どーせこういう母親なのだ。ニセモノ退治できても屁理屈でっち上げられて結局女の子のままにさせられる可能性は極めて高い。とはいえ、断れば僅かに残された可能性を捨てることになる。どの道、すぐに男に戻れるという選択肢は最初から存在しないようだ。
 苗穂に選択の余地はなかった。
「はあっ、何でおれがこんな目に……」
 苗穂は力なくへなへなと座り込んだ。しかし座り方が悪くてミニスカートがめくれてしまい、真っ白な下着が顔を出す。
 白い下着とは打って変わって、苗穂の顔は真っ赤っ赤に染まった。
「はうううっ……」
 慌ててスカートを直すものの、そんな自分の姿がますます恥ずかしい。
「ちょっとおばさま!」今まで話についていけなかった早苗が怒鳴った。「いくら何でもこれじゃあんまりです!ホントに苗穂が女の子になっちゃったって言うんなら、わたしも……」
「早苗ちゃ……」
「(早苗、まさかお前、自分も男にしてくれって言うんじゃ……?)」
 一同は息を呑んで次の発言を待つ。
 早苗は胸を張って、ハッキリと断言した。
「わたしの胸もデッカくして下さいっ!!」
 次の瞬間、苗穂たちがずっこけたのは言うまでもあるまい……。

 

※       ※       ※

 

 オフィスの机で、イカめし弁当を貪り食っている中年男性がいる。
 周りを見渡せば電話を取り次いでいたり、パソコンのデータベースと顔写真とを比べてにらめっこしていたり、OLらしき女性から事情徴収していたりと結構忙しいはずなのだが、この中年男性の周りの空気はマイペースだ。
 机の三角プレートには『森警部』と書かれている。
 警視庁捜査二課。花の捜査一課と比べれば存在感は薄いが、都の治安を守るには欠かせない部署だ。
「警部、森警部っ!」
「あー?」
 直属の部下の声にも、彼は倦怠感たっぷりに振り返った。
 もっとも部下の北見刑事も慣れたものなのか、そんな森警部に構わず話を始める。
「ファントムキャットから予告状です」
「やれやれ、またぁ?よりによって一課が国際手配犯で忙しいときに」
 案の定、森警部はやる気のなさそうな口振りだ。
「ところで国際手配犯の名前って何だっけ?京田四郎だっけ?」
「いえ、南部響介……いや安藤正樹……それとも伊達隆聖だったかな?」
「う〜ん、日本人臭い名前だってのは覚えてるんだけどな」
 閑話休題。
「警部、それよりファントムキャットのことで」
「ふんふん。その件が何?」
「はい。届いた予告状なんですが」
 北見刑事はパソコンでメールを開いた。

 

『親愛なる警視庁御一行様
このたび、わたしの陳腐なニセモノが皆様に御迷惑をおかけしている件、大変遺憾に思っている次第です。つきましては今夜、そのニセモノを討伐致します。御理解と御協力をお願い致します。

真なる怪盗 ファントムキャット』

「『真なる怪盗 ファントムキャット』か……しかしEメールで予告状とは、最近の怪盗もハイテクになったもんだ」
 興味深そうにつぶやく森警部。
「そういえば君の父さん、北見基夫刑事部長は昔ファントムキャットと渡り合ったそうだね。彼は何て言ってるんの?」
「あ、はい。刑事部長の話によると、この慇懃な文面はまさしくファントムキャットのものだそうですが……」
「ですが?」
「この予告状にも不審な点があるそうです」
 北見刑事はそう言い、画面を下にスクロールする。
 文面の末尾には画像ファイルが貼り付けられていた。それも『キスマーク』である。
「……ずいぶんリアルなキスマークだなぁ。スキャナーに直接キスしたのか?このキスマークが何か?」
 北見刑事は恥ずかしげに口を開く。
「……形がいびつだそうです」

 

「へーく、しょいっ!?」
 その頃、当の2代目美少女怪盗(暫定)ファントムキャットは。
「う〜っ、口紅がぺたぺたするぅ〜……」
「我慢なさい苗ちゃん」

 

 そして、夜。
 ファントムキャットがかねてから予告状を出していた美術館の周囲は、警官の姿が多く見受けられる。しかし『アリ一匹這い出るスキがない』と形容するには、どこか物足りない。
 パトカーにもたれかかっている森警部は相変わらずやる気のなさそうな表情をしている。
「あーあ、やっぱり一課に人手取られたよ。芝浦警部に借りを返しておくべきだったかなぁ、精神的に」
「しかしホントに来ますかね、本物のファントムキャット」
「来るでしょ、本当に本物なら」
 森警部は北見にそう言い、タバコを軽くふかした。

 

「へーく、しょいっ!?」
 その頃、当の2代目美少女怪盗(暫定)ファントムキャットは。
「今年の冬は寒ひ……明日はマジで雪かも」
 美術館近くのビル屋上で、苗穂は寒さに身を震わせていた。マントで身体を覆っても寒さはしのげない。
「足がすーすーして寒ひ……ミニスカ穿く女の人って大変だなぁ」
 こういう場合、そもそもこんな冬にミニスカ姿の苗穂の方が大間違いなのだが、15年間まっとうな男性だった苗穂には『パンスト』という対処法は浮かんでこないのだ。
「こうなりゃ何が何でも早く終わらせて、さっさと男に戻してもらお……」

 ひゅうううううううう

「おや?この悲鳴は……」
 苗穂は夜空を見上げる。
「まさかねぇ……」
 しかし、曇りがちの夜空に輝く星は次第に輝きを増し、やがて人の形をとって……。

 ずしゃああああああああっ

 ……苗穂の目の前に墜落した。
「やっぱりぺ天使か」
「ぺ天使じゃありませんっ!キロロというれっきとしたコードネームが……あいたた」
 尻を押さえて起き上がるキロロ。
 苗穂は思い切って、今までの疑問をぶつけてみた。
「あのさ、あんたと母さんってどんな関係だったの?」
 キロロは相変わらず尻を押さえながら語りだした。
「私は『冬の中の冬』と呼ばれる最終戦争を未然に抑止するため、アズガルド機関から派遣された時空監視員なのです。『天使』と名乗っているのは話を分かりやすくするためで、私の制式コードネームはキロ28‐2833でして」
「で、何で母さんは『怪盗』なんだ?」
「慶子さんは私の協力者でした。当初は分かりやすく『正義の味方』で行こうってことになってたんですが、法律とか色々大人の事情があったので、思い切って非合法活動を貫くことにしたんです。社会規範に縛られずに活動できますし、活動資金も稼げますし」
「ふーん。つまり母さんは泥棒する傍ら『冬の中の冬』とかいうのが起こらないように活動していた訳ね」
「正確には『冬の中の冬』が本来起こるべき時代に起こるように修復した、といった所ですか」
「本来起こるべき時代って?」
「約500年後です。文明が崩壊する最終戦争ですから」
「500年後ねぇ」言ってから、苗穂ははたと気付く。「……ってそれじゃ、おれがファントムキャットやる意味なんてどこにもないじゃん!?」
「……実はそーなんです。苗穂さん、見事にハメられましたね」
 キロロは申し訳なさそうにうなずいた。
「……ひどい……」
 肩を落とし、そのままぺたりと座り込む苗穂。素足に触れる地面が冷たかった。
「ちめたい……身も心も」
 そんな彼女の肩を、キロロは「まあまあ」といった具合に叩く。
「落ち込まないで下さい苗穂さん。このままじゃ気の毒な気がしたので、アストラル・プレーンからいいモノを仕入れてきましたから」
 そう言って、苗穂の額にサングラスを掛けた。
「ん?……これは?」
 苗穂はサングラスを手に取り、月明かりの中しげしげと眺めてみる。
 グラスは一枚につながったゴーグル状で、色は薄めのスモークグレー。正体を隠すというよりファッション性の方が強いサングラスだ。
「ファントムアイです」
「ウルトラアイみたいな名前だな」
「あと、それを身に付けるときはコレも飲んで下さい」
 キロロはそう言って一本の栄養ドリンクを手渡す。
『栄養疲労時の肉体補給に(逆!?) リポビ∀(ターンエー)』
 ちなみに『奉仕品 ¥65』とラベルが貼ってある。
「……市販の栄養ドリンクじゃん。コレを飲むとどーなる?」
「ムネが大きくなりまぁす」
 ぱこぉぉぉぉん
 周囲に気持ちのいい音が響き渡った。
「……どさくさに紛れて変なモン飲ますな」
 フライパンを握り締めたまま、ぶっきらぼうに言う苗穂。しかしそのフライパン、一体どこから出したのだろう?
「いたたた……冗談なのにぃ」
「冗談に聞こえねーよ」
 そう言いつつも、苗穂はドリンクを飲み干してサングラスを掛けなおす。
「で?コレをつけると……」
 訊いてる間にさっそく『変化』が始まっていた。
 まずミニスカートの丈がぐんぐん伸び、左右に分かれて黒のスラックスへと変わった。
「お?」
 尻も引き締まって軽くなり、逆に腰はがっちりと落ち着く。
 さらに、今までずっと気になって仕方なかった胸の重みがどんどん軽減していくのだ。
「おおっ、こ、これは!」
 声も聞き慣れた男声に戻っている。
「……」
 夢中になった苗穂(♂)は身体のあちこちを触ってから、股間に手を持ってきた。数時間ぶりの再会である。
「いいなぁ〜、やっぱり男の身体が落ち着くや♪」
「あ、ファントムアイは外しちゃダメです」
「へ?」
 サングラスを外そうとしていた苗穂の手が止まる。
「外すとまた女の子に変身しちゃうんです」
「……え゛っ!?」絶句する苗穂。「……じゃあ、おれが男に戻っていられるのは、このサングラスを掛けている間だけってこと?」
「はい。皆さんよく勘違いしてますけど、モロボシ・●ンがウルトラセブンに変身するのではなくて、ウルトラセブンがモロ●シ・ダンに変身しているわけですから」
「訳分からん」
「えー、科学的に説明しますと、反応を活性化させるにはリポビ∀のような栄養ドリンクによって補給した熱量が不可欠なわけでして、ミトコンドリアの活性化でクエン酸回路と水素伝達系の反応を促進。2ATPと34ATPの大量生成によって身体能力を飛躍的に……」
「……悪い、おれ生物は苦手で」
 直後、爆音が苗穂の発言を遮る。
「始まったか!」
 博物館の一角から煙が立ち昇り、サーチライトの光が夜空を斬り裂く。
「……さて、おれも表舞台に立つか。紳士怪盗のお披露目だ!」
 マントを翼のように羽ばたかせ、苗穂はビルの屋上から飛び降りた。彼の顔に浮かんだ凛々しい表情は、既に歴戦の勇士のような風格を備えている。
 その黒い姿は瞬く間に闇夜の中へと溶け込んでいった。
 キロロはその姿を見送り―――ハッと気付いて唇を押さえた。
「……ああっ!?大事なコト忘れてた!苗穂さん待って、そのファントムアイには……」
 そして彼女はもう一つ大事なコトを忘れていた。彼女は『着地』がヘタなのだ。

 

『パスワード入力 SAYAKA』
 重々しい音を立て、目の前の扉が左右に開かれていく。チタン性の重厚な扉は軽く50センチはありそうだ。ちなみに『SAYAKA』とは、松前家当主の愛娘の名前である。
 彼女はフンと鼻先で笑い、分厚い扉をくぐり抜けた。扉の左右には彼女が倒した警備員が転がっている。
 部屋の中は青白い蛍光灯に照らされ、床に敷き詰められた白いパネルと特殊合金製の壁と相まって、手術室のような寒々しい印象を受ける。
 そして部屋の一番奥には、場違いに華やかな物体が佇んでいた。
 松前家の家宝、推定時価3億とも言われる古伊万里だ。
「楽なものね」
 彼女が壺に手を触れようとしたその時。
「待った!」
「!?」
 彼女は振り向き、懐から拳銃を取り出す。自分以外誰もいないはずだ。
 案の定そこには誰も立っていなかった。上から黒いマントがぶら下がっているだけだ。
「……?」
 いや、そこに人は立っていた。黒いシルクハットとスーツにタイトなミニスカで固めた彼女同様、黒いシルクハットとタキシードに身を包んだ男が。
 ただ彼女と大きく異なる点は、その男が天井から逆さに立っているという点だ。
「ッ!?なっ、なっ、なっ……!?」
 彼女が腰を抜かすのにも構わず、男は重力に逆らったままの姿勢で語り始めた。
「……派手な爆発で警官たちの注意を向けさせ、生じた僅かな隙に乗じて進入。……そんな荒っぽい手口じゃファントムキャットの名は渡せない。……このニセモノドロボウネコめ、いや滝川裕子さんよ!」
「ッ!?」
 本名を見抜かれて焦った彼女は思わず引き金を引いた。
 グロック18Cと呼ばれるその拳銃は、拳銃とは思えないほどの連射性能を持っている。その危険性ゆえに、販売対象も一部の特殊部隊のみに限られている代物なのだ。
 逆さの男は全弾を受けて蜂の巣となり、床に叩きつけられる。
「……む?」
 だが、叩きつけられた割に落下音はやけに小さかった。それに血も全く流れていない。
 不審に思って彼女――滝川が覗き込んでみると、ぼろぼろのタキシードを着込んでいるそれは、ただの空気人形だったのだ。
「なに!?」
 しかし、確かにそれは喋っていた。口元が動いていたのだから間違いない。
「マナーモードだよ」
 答えが滝川の背後から返ってきた。
「ケータイを人形の口元に仕込んでブルブル震わせてりゃ、喋ってるように見えるからな。最近のケータイはスピーカーの音質もいいし、隠しカメラとしても使えるし、犯罪者にとってはありがたいアイテムに成長したねぇ」
「なっ……」滝川は振り向き、銃口を向ける。「誰だ!?」
 そこには先程の空気人形と同じ格好の男が立っていた。シルクハットにタキシード、赤と黒のマント。しかし――。
「子供!?」
 色の薄いサングラスを掛けたその顔には、まだ少年らしいあどけなさが残っていた。
「……おいおい、『子供』はないだろ?おれはもう15だぜ」
 少年は苦笑し、凛とした口調で語り始めた。
「Sweet Foolish Honey, Welcome to the Showtime presented by PhanTom Cat!
(愛しい愚かな子ネコちゃん、ファントムキャットの花舞台へようこそ!)」
 彼はハットの鍔ごしに、キッと正面を見据える。
「紳士怪盗 ファントムキャットだ!」
 後志苗穂は高らかに言い放った。

 

「(くぅ〜っ、カッコいい!やっぱダークヒーローっていいなぁ、観客は誰もいないけど)」
 苗穂はひとり心の中でガッツポーズをとる。
「ふん、何が紳士怪盗だ」
 滝川はあからさまな侮蔑の視線を投げつけた。
「ファントムキャットは私だ。第一、男のあんたがファントムキャットだと?ニセモノはあんたの方だろ」
 立ち去らないなら撃つ、そんな殺意を込めて向けた銃口にも苗穂は動じない。
「ニセモノといえば、あんたの後ろの壺、よく出来てるけどニセモノだよ」
「何?」
「考えてもみなよ。モノは松前家代々の家宝、そして相手はニセモノといえ凶悪強盗犯。ここみたいな厳重な金庫でも安全とは言い難い。しかし展示場に野ざらしにするのも考えものだ。裏の裏を書いたつもりでも、素直な犯人なら気付かないかもしれない。金庫以外のどこかに隠すのはタンスにヘソクリを隠すようなもの。不特定の誰かが偶然発見してしまう可能性はある。……そこで、不特定の人間が入り込まず、なおかつ誰も考え付かないような隠し場所……」
 苗穂は腰を下ろし、足元のパネルをゆっくり持ち上げた。
 パネルの下から現れた穴の中に、色彩鮮やかな壺が佇んでいる。それは間違いなく、松前家代々の家宝である古伊万里の壺だった。
「さぁ、どうする?おれを撃ってこいつを持っていくかい?」
「……」
 滝川はほんの少し黙り込み、冷たく言い放つ。
「そうさせてもらう」
 放たれる無数の銃弾。
 ところが、それが標的を捉えようとした瞬間、苗穂の姿は脇にそれた。
「よけた!?」
「フッ……ニセモノとは訳が違う!」
 苗穂は2枚のトランプを取り出す。
「斬り裂け!スペードリッパー!!」
 着地するのと同時に、苗穂はトランプを投げ放った。
 拳銃の銃身にトランプが突き刺さり、そのまま真っ二つに斬り裂く。切断面は鋭利な刃物で斬り付けかのように真っ平らだ。
 さらにもう一枚のトランプが追い打ちをかけ、滝川が被っていたシルクハットを弾き飛ばす。
 背後の壁にはトランプが深々と突き刺さった。
「ひいっ、たかがトランプで!?」
「ファントムキャットのエモノはトランプって相場は決まってんだ。あんたが持ってるようなオモチャじゃない」
 苗穂は再びトランプをどこからともなく取り出し、不気味にゆっくりな足取りで歩み寄っていく。
「さあ、返してもらおうか」
「なっ、何を!?」
「ファントムキャットの名前を」
「ふっ、ふざけるな!」滝川は殆どヤケ気味に叫んだ。「男のお前がファントムキャットの訳が……あんただってニセモノだろ!!」
 苗穂は口元に鋭い笑みを浮かべた。
「フッ……それもそうだな。なら、ファントムキャットの名前は……紳士怪盗らしく、いただいてゆくっ!!」
 勝ち誇るような口調とともに、トランプを投げ放つ。
 トランプは滝川の目の前まで迫ってから上方へと舞い上がり、天井に突き刺さる。その一角が堰を切ったように崩れ、滝川の頭上めがけて落下してきた。この位置からでは、どう逃げようと脳天を直撃する。
「うわああああああああっ!?」

 

 ぼよおおおおん

 

「あーあ。気絶しちゃったよ、これも風船だったのに」
 呆れ顔で苗穂はつぶやき、滝川の上に乗った瓦礫形バルーンの空気を抜き始めた。
「犯罪に下準備と後始末は不可欠。大変なんだぞ、短時間でここまで準備するのは……って誰も聞いてないか」
 改めて苗穂は目を回して倒れている滝川を見下ろした。既に手足は縛って猿ぐつわも噛ませ、逃げられないようにしてある。そこでふとひらめき、こんなメッセージカードを残した。
『処分完了  紳士怪盗ファントムキャット』
「よし、これで完璧」

 

 ピコーン ピコーン ピコーン

 

「へっ!?」
 突然の警告音に驚く間もなく、サングラスの右端に『3:00』とデジタル表示が現れた。
 2:59。
 2:58。
 数字はどんどん減っていく。
「なっ……これってまさか!?」

 

 説明しよう!
 慶子の策略によって女の子にされてしまった後志苗穂だが、ファントムキャットを装着することで男に戻ることができる。ただし、15分を過ぎると再び女の子に変身してしまうのだ!

 

「ええええっウソ!?そんなのってアリかよ!?」
 2:42。
 2:41。
 2:40。
 その間もデジタル表示は減っていく。
「あーっ、おれは真夜中のシンデレラじゃないってのにぃ!?」
 そして苗穂は12時の鐘に追われるかのように、花舞台から一目散に退場していくのだった。ガラスの靴ならぬ、バラ付きのメッセージカードを残して―――。

 

 ピカッ
 北見刑事の真横で、フラッシュの閃光が迸る。
 先程の爆発で博物館内の全防火扉が作動してしまい、彼ら刑事たちは突入しようにも突入できなかった。これもファントムキャットの仕掛けに違いない。
「森警部、フラッシュ焚くなら言って下さいよ!……目がチカチカする」
 隣の森警部は一眼レフを下ろした。
「いやー、ごめんごめん。夜空に人影が見えたもんだから。デジカメじゃなくISO800にしといて良かった」
「人影……ですか?」
「シルエットは男っぽかったが……一体誰だったのやら」
 彼らが真相を知るのは、それから間もなくのことである。

 

 美術館から少し離れた、ビルの屋上にて。
「5、4、3……」
 サングラス右端のデジタル表示はついに『0』をカウントした。
「ううっ……時間切れ」
 スラックスは瞬く間にミニスカートと化し、胸は膨らみ、腰はくびれ、苗穂は再び女の子の姿に変身してしまった。
 むき出しになった素足に冷たい北風が吹きつける。
「ちめたい……身も心も」
 すっかり高くなってしまった自分の声が、心にさらなる北風を呼ぶ。
 そんな苗穂(♀)の肩を、どこからともなくコートが優しく包んだ。
「ん?ありがとう……って早苗!?」
 振り向いた苗穂は思わず叫んだ。
「何よその反応は。せっかくコート持ってきてあげたのに」
 早苗の後ろには慶子やキロロの姿もある。
「苗ちゃん、怪盗(phantom thief)になった気分はどう?」
 慶子の質問に、サングラスを外して応じる苗穂。
「……紳士怪盗、自分で言うのも変だがバッチリだ。でもキロロ、いくら何でも15分しか元に戻れないってのはないだろーが」
 言い寄ると、キロロはごまかすように笑った。
「あははは、だって本当に男に戻したら慶子さんに何されちゃうか♪」
「……確かになぁ。おれだって無事かどうか」
「……聞こえてるわよ」
「「あ゛」」
 恐る恐る振り返る苗穂とキロロ。慶子の周りには不気味な空気が渦巻いている。
「……今までの話からすると、苗ちゃん男に戻れるみたいね」
「だ、だから何だよ?」
 及び腰で尋ねる苗穂に、慶子はニッコリと微笑んだ。
「もう男としての生活は無理ね♪」
「へっ?」
 一瞬、周囲の時間が止まる。

 

「「ええ〜〜〜〜っ!?」」

 

「だってそうでしょ?苗ちゃん、普段も紳士怪盗でいるつもり?」
「そ、そりゃそんな訳ないけど……」
 曖昧に返す苗穂。すでにイヤーな予感はしていた。
「つまり、苗ちゃんは正体を隠して生活しなきゃいけないわけよ。いくら警察でも、普段は性別が変わってるなんて想像つかないだろうし♪」
「……おれを女の子でいさせたいだけだろ」
「あら、よく分かったわね」
「おい」
 あっさり肯定されては、もはや嫌がる気にもなれない苗穂である。
「……でもホントはね」慶子は急にしんみりとした口調になった。「……苗ちゃんには危険な目にあってほしくないの。行方不明になった父さんみたいにはね」
「えっ?」
 行方不明の父。苗穂がその言葉を聞いたのは初めてのことだ。
「苗穂、あんたのお父さんって亡くなったんじゃ……」
「いや……おれが生まれる前に、遭難中の山で滝から落ちて死んだとしか……」
 慶子は二人のやり取りを黙って聞いている。
「慶子さん……」
「いいのよ、キロロ。いつか話す日が来ると思ってたから」
 慶子は一息つき、落ち着いた口調で語り始めた。
「ファントムキャットを現役でやってた頃、わたしは何者かに命を狙われた。警察でも探偵でもない何者かにね。あの人はそんなわたしを命がけで守ってくれた。次第に二人の間には恋が芽生え、萌え上がって燃え上がった二人は満月の夜ついに……キャーッ、いやんいやん!!」
「「こらこらこら〜〜っ!」」
 勝手に盛り上がり始めた慶子に苗穂と早苗は遠慮なく突っ込む。
「誰が父さんと母さんのラブラブ話をしろって言った!?第一その話なら、昔っからうんざりする程聞かされるよ!!」
「……おばさまが美少女怪盗だったって話はなかったけどね」
「ごめんごめん、いつものクセで」気をとり直す慶子。「……で、父さんはわたしが家業を引退したあとも彼らの正体を密かに探っていた。そしてとうとう首謀者のシッポを掴んだんだけど、二人は揉み合っているうちに滝つぼへ転落して………首謀者らしき男の死体は下流で見つかったけど、あの人が残したのは血だらけのコートだけ。姿はどこにも……」
 それきり慶子は黙り込んでしまった。
「母さん……」
 苗穂の心境は複雑だった。今のように寂しげな母親の姿を見るのは、苗穂といえども初めてのことだったのだ。
「……大丈夫、母さん」
 だから、彼女は力強く言い切った。
「父さんはきっと生きてるよ。あの名探偵だって、ライヘンバッハの滝から転落しても生きて還ってきたんだ。だから母さん、おれに任せて。ファントムキャットやってりゃ、きっと父さんの手掛かりは掴めるさ」
「ううっ、いい話ですぅ〜っ」
 傍らで勝手に漢泣き(?)するキロロをよそに、慶子はすがりつくようにして苗穂の手を優しく包み込んだ。
「……苗ちゃん、ありがとう。じゃ、これからは女の子でいてくれるのね?」
「うっ!?」言葉に詰まる苗穂。「……あ、えーと、そのー、それとコレとは……」
 しどろもどろの苗穂。先程母親の本音を垣間見ただけに、にべもなく断る訳にはいかない気がしたのだ。
「早苗ちゃん、これから苗ちゃんは女の子だけど、今まで通りによろしくね。可愛いファッションとか髪形とか、しなの作り方とか、いろいろ教えてあげてね♪」
「わ、わたしがですか?」
「ええ(断言)。今のままの苗ちゃんでも十分可愛いけどね」
 よほど嬉しかったのか、慶子は勝手に話を進めた。もっとも自分を思いやってくれた我が子の気持ちが嬉しかったのか、我が子が女の子でいてくれることが嬉しいのか、それは誰にも分からないが。
「おいおい……」

 

 こうして苗穂は、結局女の子として生活するハメになったのである。

 

※       ※       ※

 

 何でもない日常。変わりようのない平凡な朝。人々の平和な営みが今日も始まる。
『西本若菜、西本若菜。本若菜学園にご用のお客様は当駅をご利用下さい』
 停車した路面電車から、紺のブレザー姿の学生たちがちらほら下車していく。この時間の列車から降りる学生は既に遅刻が確定しているからか、焦ることもなくマイペースで校門へと歩いていく。
 中3Eの教室に担任の女教師が現れ、それに合わせて生徒が礼をする。
「起立、礼。着席」
 生徒が座ったところで、担任は落ち着いた口調で話を始めた。
「さて、みんな聞いてくれ。今日からE組に新しい生徒が入る」
 クラス中にざわめき。
 もっとも早苗は『新しい生徒』の正体を知っているので、全然騒ぎもしないのだが。
「(……大丈夫かな苗穂。他の人から記憶は消してあるけど、当の本人がアレだからなぁ)」
 実はキロロによって(慶子に脅迫された)、苗穂が男だったという記憶はクラスメートや担任から消去してある。戸籍の性別欄も(ハッキングして)改ざんしてあり、苗穂(♀)は転校生として装いも新たに中3Eに編入されることになったのである。
 ちなみに、戸籍改ざん後も名前は『後志 苗穂』のままだ。
「おーい後志、入っていいぞ」
 彼女の合図を受け、ブレザーの制服に身を包んだショートボブの少女が入ってきた。
 しかし、うつむき気味の顔は若干赤い。少々恥らっているようである。歩き方も妙にぎこちない。
「あ、あの、えーと、わたしは……」
「(あ〜っ、やっぱり。苗穂もじもじモードだよ)」
 呆れ返る早苗の前で、苗穂(♀)は相変わらずもじもじしている。理由は何となく見当がついた。いくら見知ったクラスメートであっても、男子の興味本位な視線をどう受け止めていいのか戸惑っているのだろう。いつもはカッコつけで目立ちたがり屋の苗穂だが、いざ恥ずかしがりだすと手が付けられない程の恥ずかしがり屋になってしまうのだ。
「(やれやれ、世話の焼けるコね)」
 早苗はフッと小さく微笑み、つかつかと前へ歩み出た。
「ん?早苗何を……ぶっ!?」
 尋ねる苗穂の首根っこを掴み、早苗は強引にお辞儀をさせた。
「このコ、わたしの昔っからの友達で後志 苗穂って言います。皆さん、よろしくね♪」
 ニッコリ笑い、早苗自身もぺこりと一礼。
「(おい早苗、何すんだよ?)」
「(見てらんなかったの!いつもの目立ち好きはどこ行ったのよ?)」
「(いや……さっきまでは何ともなかったんだけど、教室に入ったら急に胸がきゅんって……)」
「(胸きゅんねぇ……)」
 小声で話し合う二人。ちらっと生徒たちの様子を伺う。
「(あれ……後志苗穂って名前、どこかで聞いたことないか?)」
「(さあ?でもあのコの顔どっかで……)」
「(うーん、会ったことあるような、ないような……)」
 生徒たちの間に既視感(デジャビュ)が漂っている。担任もまた然り。
「後志、お前手品は得意か?」
「は?ええ、まあ」
「(うーむ、どっかで似た生徒を受け持った気が……気のせいか?)」
 彼女はタバコをふかして悩み始めてしまった。
「(おいおい……みんなの記憶、ビミョーに消えてないじゃん。あのぺ天使、また失敗したな)」
「(でもいいんじゃない?その方がみんなと打ち解けやすいし)」
「(ま、そうかな)」
 確かにクラスの連中は顔見知りばかりだ。早苗以外にも、温和なメガネ男の名寄、一応お嬢様のメン食いギャル松前(下の名前は『さやか』)、無口でニヒルな少女の手宮、それに……
「あっ」
 誰かが声を上げるのにつられ、苗穂たちも窓に目を向けた。
 窓も凍えそうなほど寒い冬空から、白い妖精がちらりほらりと舞い降りてくる。やがて妖精たちは仲間を引き連れ、ホンワカな街の空に舞い始めた。
 それは例年よりずいぶん早い、この冬最初の初雪だった。
「雪か……」
 苗穂は窓から手を出し、雪をそっと捕まえてみた。
「この雪、父さんは気付いているのかな……」

 

 

 その昔、世界を股にかけた美少女怪盗がいた。
 猫のように俊敏な身のこなしと、医師・外交官・弁護士と様々な変装で姿を現す神出鬼没さで、強固な警備網も易々と通り抜け、手品のように鮮やかな手口で世界各国の秘宝や財宝を盗み出す謎の人物。そして時には、法で裁けぬ社会悪を懲らすその姿は、まさにフランスの作家モーリス=ルブランの生み出した怪盗紳士アルセーヌ=リュパンのようであった。
 そして今、その人物の名を受け継ぐ紳士怪盗が再び世間を賑わせている。
 間もなく、世間ではこんな噂が流れた。
『紳士怪盗はあの美少女怪盗の息子らしい』

 

 

「あーっ!?母さん、お願いだから普段ファントムアイを没収するのはやめてってば!!」
「だーめ。でないと苗ちゃん、しょっちゅう男に戻っちゃうもん」

 

おしまい?おしまい、たぶん。


 

  実はハガキサイズです……特に意味はありませんが

 

今回のオマケ
『このイラストは小説の内容とは一切関係ありません』

 


 

 ≪あとがき作者の愚痴こぼしスペース≫
お久しぶりです。名前が少しだけ変わったTRACE900番台でござる。
相変わらずベタベタな出来ですが、いかがなモンでしょうか?
『メガネを外したら女の子に変身』……肝心のこの設定が活かせず残念至極。
趣味で書いてる方の作品を投稿した方が良かったかなぁ(でもこっちは救いようのないくらい暗い話だからなぁ……)
こんなおバカな作品でも、皆さまのアイデアのお役に立てれば光栄です。
では、今回はこの辺で(?)

TRACE900番台


 

 

 

今回の自爆オマケ

 

「おばさまぁー」
「あら早苗ちゃん。こんな夜中にどうしたの?」
「実はうちのお風呂が壊れて……」
「あらあら。この近くに銭湯なんてないものね」
「それで……お風呂貸してもらえません?」
「ええ、もちろん。……誰も入ってないしね」
 居間に向かう早苗の背中を見送り、慶子は意味深な笑みを浮かべた。
「(ふっふっふっ……いま早苗ちゃんがお風呂に入れば、苗ちゃんと『あんなコト♪』(放送禁止)や『こんなコト♪』(放送禁止)が♪早苗ちゃん家の風呂釜に時限爆弾仕掛けた甲斐があったわね。……カメラ、カメラ)」(←犯罪)

 

 早苗は更衣室で服を脱ぎ始めた。
 細身のジーンズをずり下ろしベストを脱ぐと、スラリとした体格が現れる。身長はそれほど高くはないが、頭身が高めなので足が長く見えるのだ。
 そして、15歳という年齢を考慮に入れても、その胸はお世辞にも大きいとは言い難い。
「苗穂のやつ、服ごしでも結構ムネ大っきかったよなぁ……」
 別に大きければいいというものではない(某元戦闘用アンドロイドのメイドさん談)とは早苗も思っているが、実際に見せつけられると妙に悔しい。
「ま、いいか」
 早苗は最後の一枚を脱ぎ捨て、浴室のドアを開けて……
「あ」
「きゃ」
 ……素っ裸の苗穂(ファントムアイ着用)と視線が交わった。
「ちぇすとぉぉぉぉっ!!」
「あばぁおわぁくぅぅ――っ!?」
(断末魔)
 思い切り殴り飛ばされ、苗穂(♂)は狭い浴室を転げ回った。
「……入ってきたのは早苗の方だろ!?」
「入ってるなら入ってるって言ってよ!そもそもあんた女の子になったんじゃ……」
 苗穂の身体をじろじろ観察する早苗。女の子になった苗穂(♀)はやせ型ながらもぽっちゃり気味で女の子らしい体格だったが、当たり前だが今の苗穂(♂)は同じやせ型でもがっちりと骨太な印象がある。
「わ、ナニも骨太」
「こらこらこら〜〜っ!何見てんだお前は!?」
「へっ!?見てない、見てない、わたしそんな趣味じゃないもん!!」
 早苗は顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「(うーむ……苗穂はナニもデカイから比例してムネもデカくなるわけか……って全っ然参考にならーん!?いやそれ以前に何考えてんだわたしはーっ!?)」
 頭を抱えて錯乱しかける早苗。とっさに話題をすりかえた。
「でもさ苗穂、女の子の姿で風呂に入らないの?」
「おいおい、そんなコトできる訳ねーだろ。母さんには内緒だが」
「たった15分でも?」
「男の風呂は15分で十分」
「なるほど」
 早苗は素直に納得した。確かに女の方が入浴に手間はかかる。
「そーいう意味では、あんた便利な体質ねぇ」
「……ところで早苗」
「ん?」
 振り向く早苗に、苗穂は呆れた口調で言った。
「……お前、前隠せよ」
「えっ」
 目線を下半身に下ろす早苗。当たり前だが服を着て入浴する人間はまずいない。早苗の場合も例外ではない。
「きゃ」
 とっさにハンドタオルで悪あがきをする。
 早苗の顔は恥じらいと怒りで紅潮した。
「……あんたねぇ!?」
「わーっ!おれが何した!?」
 問答無用で右ストレート(強)を繰り出す早苗。
 しかし、踏ん張った右足が、石鹸に足を取られる。
「はうっ!?」
 右ストレートにはフックがかかって苗穂の顔面スレスレを避け、サングラスを弾き飛ばす。
 サングラスはバスタブの中に沈んだ。
「ああっ!?まだ10分残って……」
 さらに、バランスを崩した早苗が苗穂めがけて倒れ込んできた。
「わぁーっ!?」
「きゃーっ!?」

 

 どたばた どたばた べちゃああああっ

 

「うみゅ〜〜っ」
 早苗は苗穂の胸板にうずくまっていた。
「(ん……苗穂の胸板か。やっぱり苗穂も男なんだなぁ、苗穂の胸板ってぽっちゃりして柔らか……へっ!?)」
 慌てて顔を上げる早苗。
 彼女がうずくまっていたのは苗穂(♀)の胸元だったのだ。
「違うっ!わたしはそんな趣味じゃ……」
「さ……早苗、その手……ムネが、ムネが……あんっ」
 妙に色っぽい声を上げる苗穂。
 胸が早苗の手の平に圧迫されているのだ。早苗本人は錯乱中で気付いていない。
「早苗ちゃーん、お父さんから電話が……」
 そこへ、慶子が浴室のドアを開けた。ノックをしないあたり、覗こうという確信犯ぶりが窺える。
「あら」
 慶子は折り重なったままの二人を見て、悪戯っぽく微笑んだ。
「あらまあ♪二人とも何してるの?」
「「へっ!?」」
 苗穂と慶子は怪しい姿勢のまま、頬を瞬時に赤らめる。
「「なっ、何もしてませーんっ!!」」

 

おしまい


 

あとがき作者の愚痴こぼしスペース≫
という訳で(謎)「お約束」の入浴シーンです……って「お約束」ゼロ?身体も洗ってないし、気絶もしてないし(笑)。
二人を絡ませようとしたら、なぜかぶん殴ったりコケたりしてます。
……うーむ。この展開(早苗のキャラも含めて)何かに似ている気がするのだが。

 

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