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夢の続き   (作:Taika Yamani)
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  番外編その7 「テニスをした前の日」


 ひと気も多いその場所で、その少女はひときわ視線を集めていた。
 どこぞのお嬢様かと思われるその姿。シンプルな裾の長いワンピースに、レースのソフトジャケット。ジャケットは胸元の第一ボタンだけはめて、Aラインを描くように柔らかく、細いウエストまで広がっていた。小さな頭の上には大きな丸い鍔つき帽子をのせて、長い髪は背に流し、少量の二筋だけ横に細く編んで、細いリボンでとめている。片手には肩掛けのハンドバッグをもって、いかにも「待ち合わせです」という風情。
 春の日差しが暖かい一日、大きなターミナル駅の、駅前広場。この春休みが終わると高等部三年になる此花希は、この帽子にリボンはやりすぎたかと思い、ちょっとごまかすように、帽子の鍔を両手で触っていじった。
 朝の十一時前。恋人との約束の十分前についたのはいいものの、人の視線が少し痛かった。いつもは平然と無視するのだが、この格好はなんだか落ち着かない。相手が早く来ないかなと、希はそわそわしていた。
 いままで私服は男の子っぽいものが多かった希の、いかにも女の子女の子した格好。それも誰かに言われたからではなく、自分自身で選んだ格好。
 目的は三つ。
 一つは、希が制服以外の女の子らしい扮装をすることは珍しいから、恋人が喜ぶだろうということ。表現を変えると、希が恋人を喜ばせたいこと。
 二つ目は、わざと女の子っぽさを前面に押し出すことで甘えやすくすること。つまりこの日の希は、恋人に思いっきり甘えたいと思っていること。
 三つ目として、こういう格好も楽しそうだし一度はやってみたかったこと。
 もしかしてこれは恥ずかしいのかな、と、希は自分で思って、ぴんと来ずに、首を傾げた。
 最初の要因は、異性に媚びている点で、羞恥の原因になるかもしれない。
 二番目の要因も、一番目の要因と問題は似ている。家族に甘えたい、友人に甘えたい、恋人に甘えたい。そんな心理は、多かれ少なかれ、意識するにしろしないにしろだれにでもある心理だが、それを素直に表に出すことに羞恥を感じる人は少なくはないだろう。
 三番目の要因は、これだけなら希が羞恥を感じることは少なかったかもしれない。学校の制服は完全に女の子用だし、バイトで男性客を見込む目的のような制服を着たこともある。プールでの水着など、どこからどう見ても女の子専用だ。立場が女の子になった以上、希はそれに羞恥を感じることはほとんどなかった。むしろ積極的に利用したことだってある。
 どの要因で恥ずかしくなっても不思議ではないが、やはり希にはいまいち実感がなかった。
 そもそものきっかけは単純で、先日友達と買い物に出かけた時、なんとなくこの服を買ったことだ。希が男なら、ガールフレンドに一度は着せてみたかったような服。誘われるままに試着したら充分似合ったし、ちょっとした遊び心のつもりだった。女の服装はバリエーションが多いから、純粋にファッションとしても、身体に合わせた振る舞いや服装や装飾はそれはそれで面白い。彼も喜んで驚くだろうし、女の子っぽいこの服なら気持ちを表現する手段として利用する手もある。
 それをこの日、行動に移してみただけ。なのになぜ自分が落ち着かないのか、希は自分でもよくわからない。
 「え。ほんとに希!?」
 いつも通り、彼は約束の時間より少し早くやってきた。わけがわからないことを言って、ビックリしたように立ち止まる。希は彼にじろじろ見られていると感じて、とっさに動いた。大好きな人、朝宮怜悧の腕に、駆け寄って、抱きつく。
 「怜悧、遅い!」
 「え、う、え」
 いつもと違う恋人の態度に、怜悧は戸惑ったのかどうか、すぐには意味のある言葉は戻ってこない。希は彼に明るい笑顔を向けた。
 「なんてねっ。おはよう、怜悧」
 「お、おう。そ、その格好はどうしたんだ?」
 「変?」
 「い、いや。可愛くて、似合ってる。びっくりした」
 「よかった……」
 ちょっとだけ、安心する。希はにっこりと笑う。
 「お、おまえ、やっぱ今日化粧してるだろ?」
 「え? わかるの?」
 希ははにかみもせずに、少し驚く。
 「い、いや、まあ、毎日見てるからな。普通のやつなら気付かないな、うん」
 「わかっちゃうんだね」
 希は無意識に、普段の彼女がしないような、満面の笑顔を浮かべていた。怜悧はどぎまぎした顔で、希から視線が外せない。
 「お、お母さんにしてもらったのか?」
 「うんん、自分でしたよ」
 「え、おまえ、一人でナチュラルメイクなんてできるの?」
 ナチュラルメイク。化粧しているとはわからないような自然なメイク。
 もっともな疑問かもしれないが、微妙に失礼な言い方だとも思う希だ。わざと子供っぽく、笑いながらも膨れてみせる。
 「わたしがお化粧できると、変だと言いたいの?」
 「う、そ、そんなことないぞ。すっぴんでも充分いいけど、今日は、……きれいだ」
 「ありがと」
 なにやらぎこちない彼に、希は素直に笑って応じる。
 「怜悧も、今日もカッコイイよ」
 「お、おまえ、今日はなんか違うな……」
 「そう? 服のせい?」
 「いや、なんか違う。どういう風の吹き回しなんだ?」
 「たまには、わたしも甘えてみようと思って。今日は、甘えさせてくれる?」
 希は笑顔でぎゅっと彼の腕を胸に抱き、言葉どおり甘えるように頬を寄せる。希のそれなりに成長している胸のふくらみが押し付けられて、怜悧はいっそうぎくしゃくした。
 「お、おうっ。どんとこいっ」
 言葉だけは威勢がいいが、口調も硬い。希は「歩こっ」と笑って、怜悧の腕を引っ張った。どこか強張った態度で怜悧は歩き出し、希はそのまま彼の腕に抱きついて歩く。
 「キミの服見に行く前に、先にご飯にしよ。今日はハンバーガーがいい。当然、怜悧のおごりね」
 「お、おう」
 もう食べても戻さないと実験してからは、たまに希はそういうお店も利用する。怜悧に付き合ってばかりいたら、金銭感覚も味覚も贅沢になってしまうからという理由もないではないが、単に気の置けない気楽なデートというのが希好みだからという理由もある。背伸びをするのも楽しいが、年相当の行動も十分楽しいことを、希は知っていた。
 店を決めて、そちらに向かって歩く。
 希はにこにこと彼の横で歩き、怜悧はちらちらとそんな希を見るが、言葉がない。しばらく歩いた後、希は可笑しそうな顔で彼を見上げた。
 「どうしたの? 妙に大人しいね?」
 「い、いや、なんというか、どうしたのか聞きたいのはおれの方なんだけど……」
 「だから、甘えてるんだよ。いきなり調子に乗られたらどうしようかと思ってたけど、優しくしてくれて嬉しい」
 「……調子に乗っていいの? ホテル連れ込むとか?」
 「あはは。そんなことしたら怒って帰るから」
 くすくす笑いながら、希は彼のお腹を軽くぐりぐりする。
 「……もう! 反則だろ、これ!」
 あっと思う間もなかった。賑やかな歩道のど真ん中で、希はぎゅっと抱きしめられていた。
 いつもなら、こんなことされたらすぐに振りほどく。それ以前に、こうなるとわかっているから、人目のあるところでこちらからあんなにベタベタはしない。
 だから普段は、怜悧をずるいと思う。いつも人目を気にするのは希で、怜悧は好きなことばかりしてくるのだから。嬉しい時も怒らないといけないから。
 でも、今日はそんなこと気にしたくなかった。だから希もぎゅっと、笑いながら怜悧を抱き返した。
 「こんなとこでこういうことするの、キミも反則だよ?」
 「希が可愛いから!」
 「理由になってないっ」
 「うー、もう! ずるいっ。ほんとにホテル連れ込みたくなるっ」
 怜悧の手が希の頭にかかって、帽子をはずしながら、さらに強く希を抱きしめる。希は笑顔を絶やさなかった。
 「キミの頭はそれしかないの?」
 「希が言い出したんだぞ!」
 「わたしは、そう言い出さないキミが嬉しいって言ったんだよ」
 「う〜!」
 人目を気にせずに、怜悧は希の髪に頬をつけ、唇を触れさせる。希はくすぐったそうに笑って、そのまま目を閉ざして彼の胸に顔を預けた。
 道の真ん中で傍迷惑なカップルではあったが、通行人は避けるようにして通り過ぎていくだけで、非難の声を上げたりするものはいなかった。むしろやたらと目立つカップルなだけに、遠巻きにして眺める人もいた。
 希はそんな賑やかな繁華街の雑踏の中で、すべてを締め出して、そのまま彼に身を委ねる。どこか照れくさくて、甘い時間。
 いつもは先に離れる希が抵抗を見せないから、長い抱擁になった。怜悧はしばらく希の髪にキスを繰り返していたが、やがてひどく辛そうに、真剣な顔で身体を離した。
 「……男ってきついな」
 「ん?」
 「希を抱きしめてるともう、なんかいてもたってもいられなくなる」
 希は明るく笑おうとして、失敗した。
 真剣すぎる彼に、どう言葉をかけていいのかわからなくなる。最初に浮かんできた言葉は、「ごめんね」。言いかけて、希はぎりぎりで表現を変えた。
 「ありがと」
 「ば、ばか! 礼なんて言うな。ここで礼なんて言われたら、なんにもできないじゃないか!」
 なんとなく怜悧らしい物言い。希は少しほっとして微笑んだ。
 「うん、引いてくれて嬉しい」
 「……行こう、なにかやってないと、本当に襲ってしまいそうだ」
 怜悧はこらえきれないように、強く希の肩を抱いた。これもまた彼の気持ちを隠し切れない言葉だったが、抑えてくれてると感じたから、希は不快には思わない。
 「今日は、変なことしないで、ちゃんと優しくしてくれる?」
 「……どういうのがお好みだ? 普通か? ベタ甘か? おもいきってラブラブバカップルみたいにいくか?」
 「ひたすら優しいのがいいな。思いっきり、甘えさせて欲しい」
 「…………」
 「……だめ?」
 「お、おまえって、たまにそういうこと言うのはやっぱりずるすぎるっ」
 怜悧は、希の頬に唇をよせる。希は嫌がらずに、一瞬だけ目を閉じて、その頬へのキスを受けた。怜悧はそのまま、さらに強く希を抱き寄せてくる。希は素直に甘えて、彼によりそった。
 「怜悧だって、いつもふざけてるようなことしか言わないのに、たまにまじめになるよ。あれは、すごくドキッとする」
 「え? え? どういうのだ?」
 希はくすっと笑う。
 「わかってないなら、教えてあげない。でも、好きだよ、そんな怜悧のことも」
 「お、おまえはいつも素直でいろよ」
 「怜悧がずっと優しくしてくれるなら」
 「おれは充分いつも優しいだろ」
 「あは。強引なことが多いと思うよ?」
 「じゃあ優しくってどんなのだよ? そうだな、希がしてみせろよ」
 「いいよ。怜悧が……」
 大人になってくれるなら、と言いかけて、希はその言葉を飲み込んだ。
 「おれが?」
 怜悧は希が甘くするとすぐ手を出してくるから、紳士的にでもなってくれないと下手に優しくはできない。希の正直な本音なのだが、今はそんなことは言いたくなかった。希はなんでもないというふうに、明るく笑って首を横に振った。
 「今日は嫌。ちゃんと怜悧に優しくして欲しい」
 「……今日のおれはダメだ」
 怜悧は怖いくらいの真顔だった。
 「おまえが可愛くて愛しくて好きで好きでたまらない。キスして触ってもうずっと二人だけでいたい」
 「……怜悧……」
 今度の物言いは、ちょっと希の胸にジーンと来た。
 女の立場を利用して、露骨にわざとかわいこぶって、甘えてみたかっただけだった今日。なのに、そんな希相手に、気持ちを隠さない彼。自分だけ甘えたいのなら、彼にも甘えさせることも必要なのかもしれない。
 最後までさせることはまだ許せないが、それでも……。
 「くそ、もう! わかってるよ! 我慢する。今日は買い物だよな。エスコートするよ!」
 広がりかけた沈黙を破るように、怜悧は唐突にそう叫んだ。もう一度頬にキスを受けた希は、大胆なことを考えていた自分に内心焦りながら、うん、と頷いた。
 「メシ食ったら、後でアイスでも食べにいくか? 柊さんにも久しぶりに会いたいだろ?」
 希はにっこり彼を見上げた。
 「今日はいい。だれにもじゃまされたくない」
 「……すまん、やっぱまじでだめだ」
 怜悧は急に表情を消し、希の身体をぐいっと引き離した。
 「駅まで送るから、今日は帰ろう」
 「な」
 その怜悧の言葉は、希には予想外もいいところだった。思わず真顔で見返す。
 「どうしていきなりそうなるの?」
 「ごめん! 本当に、おれもつらいんだ。強引に下手なことして、おまえにこれ以上嫌な思いをさせたくない」
 「だからどうして? こんなわたしとは一緒にいられないということ?」
 「違う違う! おまえがやっと一歩素直になってくれたのに、おれは何十歩も踏み込みたくなってる。今のおまえに、なにもしないでいる自信がまるでない。明日までに頭を冷やしてくる。希に嫌われたくないんだ」
 「…………」
 その言葉はするりと希の胸に染み込んできた。いつもはまったく希に気なんて使っていないような怜悧の、希に気を使う発言。こちらもふだん強引なだけに、たまに気を使われるとそれだけで心が揺らぐ。
 怜悧は希の手を取って、来た道を逆戻りする。
 希は無言のまま、怜悧に手をとられて歩いた。
 希の思考はぐるぐると渦を巻いていた。この日このまま別れるのは嫌だった。かといって、怜悧のこの様子なら、希が普通に遊んでいこうと言っても、頷いてくれない可能性が高い。怜悧の方から気がかわってやっぱり遊ぶ、となるのが一番楽なのだが、その様子もない。
 だいたい、どうしてこういう展開になってしまっているのか。ただちょっと甘えたかっただけなのに。希は沈黙の中で、自分がなにを望んでいるのかを、嫌でも考えさせられる。
 結局二人、無言のまま駅前に戻ってきた。怜悧は希を、駅の改札前まで連れて行く。
 「じゃあ、今日はここまでだな……」
 ここで怜悧は手の平を開いて手を離そうとしたが、希は逆にぎゅっと握りしめた。
 そんな希の視線に耐え切れないかのように、怜悧は顔をそむける。
 「……今日だけだから。明日からは、ちゃんと優しくするから。夜にまた電話するよ」
 「…………」
 「ほら、手を離せ。変なことされたくないだろ?」
 怜悧が、わざと冗談めかしたように笑う。が、その瞳はまだ感情を反映している。抑えきれない思いが、視線にこもる。
 希は顔を上げて、まっすぐにそんな彼を見つめる。
 怜悧はまた少し視線を外し、吐息をついた。そのまま希の手を、空いてる方の手でつかみ、強く引き剥がそうとする。
 希は、もう一方の手で、その手をそっとおさえた。
 「……いいよ」
 「え?」
 希の静かな声に、怜悧の熱い視線が希を射る。
 「離さなくて、いい」
 希は怜悧の瞳から、視線をそらさなかった。
 「これから、家に来て」
 怜悧の目が激しい炎を宿す。
 「……おまえ、意味がわかってて言ってるのか?」
 希は真っ向から、その視線を受け止める。
 「怜悧の気持ちもわかるから。まだちょっと、手伝うだけしかできないけど、それでもいいなら」
 甘えるでもなく、はにかむでもない、揺るぎのない微かな声。
 強引でない、今の怜悧になら。
 「…………」
 彼の沈黙が痛い。だがそれでも、希は真剣な眼差しで、彼から目を離さない。
 ただ希の手だけに、ぎゅっと力がこもる。
 「…………」
 絡み合う視線。
 怜悧は無言のまま、開いたままだった手の平を、握りしめてきた。
 希の手を、強く握り返す。
 二人の手が、しっかりと繋がる。
 お互いに甘えて、甘えさせて、甘えあうような。そんな時間を求めた二人――。
 希はそっと、怜悧に身体を近づけた。
 怜悧がゆっくりと、希の手を引く。
 彼に引かれて、希は歩きだす。
 改札で一度手を離して、構内に入る。二人カードで中に入ると、怜悧はまたすぐ希の手を探ってきた。希は素直にそれに応えて、彼の横によりそう。
 春休みの一日だが、この時間下り電車はさほど混雑していない。でも二人なんとなくくっついていたくて、ドアの近くで向かい合って立つ。抱き寄せられた希は、そのまま怜悧の胸に手を当てた。
 「…………」
 「…………」
 沈黙が、希に、更なる覚悟を促す。
 男の生理にはかなり詳しい希だ。こちらから誘った以上は、ある程度までいってしまうしかないことを自覚していた。その分、怜悧がどこまで理性的でいてくれるのかについては、自信がない。できれば自分の肌は見せずに済ませたいが、完全に強引に来られれば抵抗しきれないかもしれないし、逆に優しくされても流されてしまうかもしれない。
 今日は危険な日ではないが、絶対に安全な日でもない。頭の中でそのこともしっかり自覚している自分もいて、改めて希はその行為を意識した。






 突然ふにふにと、怜悧が頬をくっつけてきた。希は「いきなり何?」という顔で笑い、ちょっとそれを避ける。怜悧はそのまま希の反対側の頬に手を当てて、希を逃がさない。
 頬擦りされながら、希は彼を蹴飛ばすわけにもいかず、逃げ出すわけにもいかず、困ったような笑顔でされるがままだった。
 すでに希は帽子を被っていず、リボンもほどいてつけていない。服装は朝と同じだが、ジャケットのボタンはすべて外していた。怜悧の片腕はそんな希の首を抱きこむようにしていて、希は怜悧によりそっている。
 午後三時。
 ご近所の小さな公園で、希は怜悧と二人、並んでベンチに腰を下ろしていた。園内は、この時間おやつタイムなのか、人の姿は少ない。おばあちゃんと孫らしい二人連れが、のんびりと遊んでいるだけだ。一本だけ植えられた小さな桜が、微かに風に吹かれて、可憐な花びらを震わせていた。
 あの後、自分の家に怜悧を連れ込んだ希は、玄関先でいきなり熱くキスをされた。なんとかご飯が先と彼の手を制したが、怜悧の感情の激しさに心臓はドキドキだった。そんな希だから、とりあえず手料理をご馳走することで状況をうやむやにできないかとも考えていたが、うやむやにはならなかった。希は色々話しかけたのに、怜悧の態度はもう一つしか考えていないことがあからさまだったからだ。
 そんなにがっつくと普通の処女なら怯えるぞ、と希は思いつつも、この時はそんな視線も嫌ではなかった。ただただその後に待ち受けている行為を意識させられただけで。
 食後、希の部屋に場所を変えて。
 自分でも、最後までしたくなった時には戦慄を覚えた。だが、いろいろ触られてしまったが、希は自分の肌を見せることもなく、なんとか怜悧をとりあえず満足させることに成功していた。
 後始末まで終わると怜悧は急に冷静さを取り戻して、いきなり羞恥の表情を見せた。そんな怜悧の態度は可愛くて、希は自分も少し照れながらも、笑顔で彼にキス。お互いなんとなく恥ずかしい気持ちを隠すように、二人、今、公園にいる。
 はずだったのだが、怜悧は何を思ったのか、突然希に甘えていた。
 「希のほっぺってやわかいなー」
 「……怜悧の頬は、普通?」
 希の頬を自分の頬でふにふにしながら、怜悧は子供っぽい顔で笑う。
 「気持ちよくないか?」
 「……体温は、ちょっと感じる」
 「おれも希の体温感じるぞ。ほっぺ熱いな」
 希は照れてしまって、また離れようと動いた。彼の身体を押す。
 「怜悧が変なことするから。ほら、こんな場所で変なことしないで」
 「はっはっは」
 怜悧は楽しそうに笑って、いきなり希の愛らしい鼻を唇で挟んだ。
 「んっ」
 さすがに希は少し暴れて顔を離そうとするが、怜悧は強引にそれをさせない。嬉しそうな顔のまま、希の身体を強く抱き寄せて、しっかりと腕の中に抱き込んできた。
 「おれの希は世界一可愛い」
 ベンチに座る彼の胸に、横から顔を預ける姿勢になって、希は顔を赤くする。だがそうしながらも、希はなんとなく笑い出した。
 「だれがだれのなの」
 怜悧はにこにこ顔で希の髪に手を通して、頭を撫でるようにして触り、そのまま髪にまでキスをする。
 「希がおれの。だからもっと甘えさせろ」
 「怜悧はいつも甘えてるよ」
 「今日までなんにもさせてくれなかったくせに」
 「キミの頭の中は、甘えるイコールそれなの?」
 「まあ、なんというか。男のりびどーがだな」
 笑顔のままだが、しっかりと力説する怜悧。希はまったくこの男はと思いつつも、くすくす笑う。
 「そういうの抜きなら、いくらでもいいのに」
 「え、ほんとか? おれも希の胸に抱いてくれる?」
 「うん」
 ちょっと照れながら、希は頷く。
 「変なことしないなら、いつでもしてあげるよ」
 「……なかなか難しそうだな」
 己を知る発言ではあるが、希としては笑うしかない。だが次の怜悧の言葉で、希の笑みは引っ込んだ。
 「そうだな、じゃあ慣れるように、早くもっと経験を積ませてくれ」
 「…………」
 少し目の縁を赤く染めて、希は無言で怜悧を睨む。いつもならもっときつい視線が飛んだだろうが、この時の視線に力はなかった。怜悧はくすっと笑って、口調を変えた。
 「……希は、こういうのがいいんだよな」
 意味がよくわからない怜悧の発言。希は、また変なこと言うと殴る、という目で怜悧を見上げ、怜悧は微笑んで、そんな恋人の瞳を見返す。
 「のんびり二人で、ただいっしょにいるだけ、というような」
 柔らかい怜悧の声音。希の心に染み入ってくる声。
 「……なにしてても、強引じゃないなら、いやじゃないよ」
 「希には遠慮しないだけだぞ」
 「それはそれで嬉しいけど、もうちょっと、わたしの気持ちも考えて欲しい」
 「希がおれの気持ちを考えてくるから。だからつい甘えちゃうんだよな」
 「……なんだか、不公平だよね。わたしは、甘えにくいのに」
 希は少し拗ねた言葉を出したが、その瞳は笑っていた。怜悧も笑って、そっと、希の髪に再びキスをする。
 「いくらでも甘えてくれていいぞ?」
 「怜悧はすぐ手を出すから」
 「はは、うーん。返す言葉がないな」
 午前中のことを思い出したのか、怜悧は珍しく苦笑いを浮かべる。
 「そう考えると、希って奥手なんだな。一歩ずつゆっくりと、手順を踏んで進みたい?」
 「……そうかも」
 いつもいつも相手が性急だったせいかもしれない。
 が、今なら、雰囲気が「そう」なれば、ムードに流されることもあるだろうなとも希は自覚していた。怜悧にそういう面でも余裕がでてきたら、確実に落とされる自信がある。
 「希が男なら女は苦労しそうだな」
 「…………?」
 希は、どういう意味? というふうに、少し顔を上げる。
 「女の方から攻めないといけない。十代の男なんだからもっと飢えててもいいのに」
 「それは偏見だと思う。流されない男もちゃんといるよ」
 「抵抗が強い男というのは嫌だ。好きな女にせまられたら普通ぐらつくだろ?」
 「……ごめんね、あの時、好きじゃなくて」
 「ばか、あやまるなよ。逆に、好きでもない女にせまられてほいほい抱く男も嫌だからな。あれはあれでいいんだ。ま、かなり傷ついたが」
 全力で向かってきた「怜華」を、きっぱりと拒絶した「望」。希にとっても、ちょっと苦い記憶だ。
 「でも、希は女を甘く見すぎてないか? 女としてどうなんだ? 希だってそういう欲求もあるだろ?」
 そういうことを真顔で聞くなバカ。
 そう思うが、今の希は、まだ男に対する直接的な性的欲求が少ないのだという自覚もあった。興味もあるし気持ちいいことも好きだが、男相手に具体的な行為をするのは、色々メンタルな部分でブレーキもかかる。
 「今はまだ、普通に遊ぶだけで充分楽しい」
 「はぁ……」
 怜悧はため息をつく。
 「男の欲求も知り尽くしてるくせに」
 「……そのせい、かもね。支配されたくない」
 「なんだそれは。別に抱いたって支配したとか思わないぞ。……たぶん」
 「……その最後の言葉は何?」
 「はっはっは」
 笑ってごまかす怜悧を希は軽く睨んだが、すぐに表情を緩めた。
 「それに、なんでかな、やたらと恥ずかしい」
 「どういう心理だ? おれは望に見せるのは嬉しかったぞ」
 「…………」
 今度は希がため息をつく。
 「キミだってさっきは恥ずかしがったくせに」
 「あ、あれは……」
 「怜華だって、きっといざとなれば恥ずかしがったんじゃないかな」
 「希はやっぱりずるい。本気で欲しいものがある時は恥ずかしいとか言ってられないだろ。それが手に入らないかもしれないなら、なおさら手段は選んでいられない」
 「少しは選んで欲しかった」
 「うーん、そういう意味なら、おれも希にそっけなくすればいいのかな? そうすれば、希から手段を選ばず誘惑してくれる?」
 「泣く」
 「う」
 「…………」
 「真珠の涙攻撃はずるいと思うんだが……」
 希はくすっと笑った。
 「キミも前はやってたよ」
 どちらかというと、泣き喚いてた感じだが。
 「希は女の武器の使い方がずるすぎる。昔のおれでも負ける」
 「年の差もあるんじゃないかな。もう、わたしたち、三年生になるしね」
 「まだガキだったと?」
 「いまも充分、怜悧はガキっぽい」
 「なにおう?」
 怜悧の腕がぎゅっと首に巻きついてきた。希は笑いながら、ちょっとだけ身をすくめる。
 「ほら、こんなとこが」
 怜悧も笑っていた。
 「ま、希に対してはな。どうも冷静になれない。大人の余裕なんていつのことなのやら」
 「わたし以外には、けっこう冷たいよね」
 「他のやつに優しくする理由はないぞ。おれの感情を動かすのは希だけだ」
 「うん、嬉しいよ」
 にっこりと、希はまた少し怜悧によりそう。怜悧も嬉しそうに希の髪を弄ぶ。
 「でも、今日の希は子供っぽかったよな」
 「そう、かな?」
 「ああ。なんかおまえの甘え方って、女が男に、というよりは、子供が甘えてるみたいな感じじゃないか?」
 「……そんな子供に変なことしたがったのはだれ?」
 「いや、甘える希はむちゃくちゃ素直で可愛いし」
 「……なんか、その言い方、いやだ」
 「はは。甘えさせて欲しいとか、だれにもじゃまされたくないとか、素直で可愛かったよなー」
 「忘れなさい」
 いつもならかなりそっけなくか、もしくは笑いながら言う言葉だが、この日の希の顔は赤くなっていた。いつもの物怖じしない態度ではなく、午前中のような素直な態度でもない、どっちつかずの態度。希は怜悧の胸に顔をうずめて、表情を隠す。
 そんな様子がわかるのか、怜悧は楽しそうに笑っている。
 「希もおれ以外に優しくしなくていいからな。おれだけ見てろ」
 「……もう、怜悧以外見えないよ」
 正直な今の気持ち。
 希の言葉に、怜悧はぎゅっと彼女を抱きしめた。
 「明日はどうする? 改めて買い物行くか?」
 「……明日は、身体を動かしたいな。今日みたいになると、ちょっと困るから」
 「おれは今日と同じで全然構わないが」
 「絶対いやです」
 恋人に抱かれたまま、くすくすと笑う希。ふてくされたように、でもやっぱり笑顔の怜悧。
 甘く優しく、時間が流れる。








 concluded. 

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更新日 2004/03/16

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