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夢の続き   (作:Taika Yamani)
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  エピローグ 「夢の続き」


 十六歳の誕生日の翌日。
 目を覚ました希は、自分がだれだか一瞬わからなかった。
 最初は、夢だと思っていた。
 「もしも男の子だったら?」
 そんな夢。男の子として生まれた自分。名前は此花望。
 両親に愛されて育ち、葉山月学園幼稚舎でいじめられる生活を送るものの、初等部に上がってからは道場通いをして、身を護る強さを、人を護れる強さを身につけた望。初等部中等部と、だれにもじゃまされることなく、静かに強く生きた望。不特定多数の人間を必要以上に寄せ付けず、なのに人から信頼され、好意を寄せられ、愛されて、自由に生きていた望。
 幼稚舎時代はいじめっ子だった三人の男の子とも仲がよく、同じ時期に知り合った少女朝宮怜華にも、すこし強引にだが心から愛されて。
 希にはなかった愛情。希が弱かったゆえに、強くなれなかったゆえに、手に入れられなかったもの。希は望が妬ましかった。そんな望を見ることは苦しかった。でも、羨ましかった。そんなふうに生きられたらいいと思った。
 ある意味残酷で、ある意味幸せな夢。絶対に手に入らない夢。
 だからこそ、途中から、夢と現実がわからなくなった。深い感情移入。楽な方に逃げた。希は望として生きていた。
 そして、目が覚めた時に、希は「望の記憶を持つ希」だった。それでいながら、身体は望。世界も、望の世界。
 強くて、かっこよくて、自分のことは何でもできて、愛されて、一人で生きていける身体。
 好きに生きていける身体。望としての記憶が、希の願望を解き放つ。
 その翌日の朝、望はこう呟くことになる。
 「我ながらいきなり無茶しすぎたな」
 怜華を無理やり犯したから。
 その日の怜華の様子もあきらかに変だったが、望が昨日の失言を謝り、優しく誘うとすんなりと望の部屋にやってきた。
 が、望が怜華を抱きしめると、彼女は思いっきり抵抗した。まさかいきなりこんなことをされるとは思っていなかった、という態度だ。
 望は彼女の頬を叩き、そしてレイプした。
 望にはレイプという自覚はなかった。怜華はこれまでも望が好きという態度を見せ付けていたし、望の誕生日など自分から誘っていたくらいなのだから。
 翌日怜華は学校を休み、望は見舞いに行った。会いたくないと本人は告げたようだが、望は顔パスである。怜華の家族は、望が顔を見せれば怜華の原因不明の塞ぎこみも晴れると考えたのだ。だが、そううまくいかなかった。望はここでも、また怜華を無理やり抱いた。
 泣き出す怜華。
 「こんなの望じゃない!」
 その口調、その言葉が、「希」に現実を突きつけた。そう、望のふりをしているだけで、望ではない自分。
 怜華が愛しているのは自分ではない。
 自分がやっていたことを急激に自覚して、希はその場を逃げ出す。
 その日から希は荒れた。望の身体なら、たいていのところに出入りできる。望の経験と記憶を使って人を騙し、酒や薬におぼれる。元に戻ることだけは絶対にイヤだった。
 弱い自分。なにもできない自分にだけは戻りたくない。かといって、希は望ではない。人に愛される自信もない。
 そんな中、まず望を心配して家を訪ねてきてくれたのは、「あの三馬鹿トリオ」。
 性別こそ違うが、「希」をさんざんいじめていた三人。そんな三人が、本気で望を心配する。あんなことをしたのに、怜華まで望を心配しているのだと言う。
 希は泣いた。泣きながら、三人を殴り倒した。ただたんに暴れたかっただけなのかもしれない。これまでの恨みを晴らしただけなのかもしれない。悔しかったのかもしれない。羨ましかったのかもしれない。愛されて育った「望」が。
 さらに荒れる希の元に、怜華がやってきたのは高等部の二年に進級した四月。
 希は彼女に会わせる顔がなかった。好きだった人「怜悧」の生まれ変わりとも言える女性。その人を無理やり犯してしまった自分。
 怜華のまっすぐな声が突き刺さる。
 「キミはだれ?」
 怜華の声でありながら、違う声。「怜悧」の声。
 希は泣いた。泣いて、すべてを話した。
 「怜悧」は黙って聞いていた。
 「ぼくは忘れる。だからキミも忘れるんだ。そしてちゃんと生きるべきだと思う」
 「怜悧」は優しく、そして強かった。
 希は翌日からまたまじめに学校に通うようになった。三馬鹿には謝り、授業にもでる。
 ここにきてはじめて、希は前向きになった。
 「希」とは違う立場と、違う身体。やりたいことができる身体。だれにもじゃまをされることのない環境。
 希にとってはむしろ都合のいい環境。
 「怜悧」を傷つけてしまった後悔は強かったが、その分だけ、前を向いた。向くしかなかった。それが「怜悧」への唯一の償い。
 童話作家になりたかったと思っていた「希」。
 夢はかなわないかもしれない。それでも、夢に向かって動き出す。勉強に励み、アルバイトでお金をためて、日々アイデアをひねって、文字を書き連ねる。
 怜華とはあれ以来口をきいていない。時々顔を合わせたが、なんと言っていいのかわからない。
 きっかけは人為的なものだった。また、あの三馬鹿トリオが。
 夏休みに入った七月、怜華の誕生日に、望を誘う。
 ただの友達との付き合いと思って出かけたそこに、怜華が待っていた。
 お互いすぐに、騙されたことに気付く。
 逃げ出したいと思った望より先に、怜華が笑った。
 これまで話せなかった色々なことを、お互い話した。いじめられて引きこもっていた頃の「希」。それに気付いていなかった「怜悧」。
 そしてあの日の後のこと。
 怜華の身体に放り込まれて戸惑った怜悧。犯されたのも、「望」の気持ちが「怜華」に向いたからだと思っていた怜悧。罪悪感にさいなまれる望に、怜華は笑う。
 「あなたも、わたしを少しは好きだと思ってくれてたんでしょう?」
 望は、希はすべてを告白した。「希」だったときから好きだったこと。そして今も、改めて好きなこと。
 「ぼくも、怜華の気持ちに引きずられてるのかな」
 怜華はそういった後、望に近づいた。
 少し背伸びをしながら。
 「初めてだったんだから、責任をとってくれるわよね?」
 気の強い怜華の声。
 二人そっと、キスをした。



 「という夢だ。希はどうだ?」
 希の十七歳の誕生日の夕方、怜悧はなぜだか自信満々にそう言った。つっこみどころが満載の夢の話をされた希は、ずっと笑いっぱなしだった。
 「わたしは見てないよ。妄想なんじゃない?」
 いくらなんでも、あの「希」がいきなり怜華を犯すなんてないだろうと思う。
 「おまえは甘い。ああいうのは、いざとなると女の方が大胆なものだ」
 「いや、大胆とか言うレベルじゃないと思うよ、それ」
 「じゃ、言い方をかえよう。あの状況の希にはそうとうのフラストレーションがたまってたと思う。その希が完璧に近い男の肉体と記憶を手に入れたわけだ。そうなっても不思議じゃないと思わないか?」
 「う〜ん……」
 「希のことは希の方が詳しいだろ。それに、あの子、絶対自慰を覚えてたろ?」
 「…………」
 怜悧の家の、怜悧の部屋。部屋に遊びにきている希は、床のテーブルに突っ伏した。
 「わたしの前で、そういう話はするなと言ったはずだけど?」
 椅子に座っている怜悧は、からからと笑う。
 「いつまでも無垢ではいられないぞ。乙女は女になるのだ」
 「……なりたくない」
 「嘘はダメだな、嘘は。今ここにこうしてきてるのはなんでだ?」
 「じゃあ帰る。そんなつもりでここにいるんじゃないよ」
 半分本気で立ち上がった希を、怜悧は慌てて引きとめた。
 「ごめん嘘です。もう言いません」
 数秒の見つめ合い。すぐに、希は笑い出した。
 「それも嘘のくせに」
 希が笑うと、怜悧は心からほっとしたような表情になる。
 「昔から、希って、笑うか不機嫌になるかだよな、こういうとき」
 「んー、そう?」
 「そーだ。同じこと言っても笑う時と冷たい時があった。昔は冷たい時が多かった」
 「……たぶん」
 また座った希は、一言言って、口を閉ざした。テーブルの上のジュースを、ストローから少しだけ口に含む。
 「たぶん?」
 「……昔は、気持ちがついていってなかったんだと思う。何度も言ったけど、急がないで欲しかった」
 「おれも何度も言ったが、急がずにいて、その気にならなかったら?」
 また見つめあった後、二人、笑い出す。「そこまで責任はもてません」などと言っていた希。今はもう、その言葉は言えない。口でちゃんと言ったことはないが、自分の気持ちが怜悧に伝わっていることを、希は既に知っていた。
 「でもさ、例の賭け、誕生日に期限を切ったのはなんでだ?」
 「あれから一年、同じ日なら、また元に戻るかもしれないとも思ったから」
 「ないな、それは」
 怜悧はきっぱり言い切った。希は笑う。
 「うん、自分でもそう思う。一年周期なんて都合のいい確率は低いというのはわかってる。もともと踏ん切りをつける期限という意味だし、あんまり意味はないかな」
 「まだ男に戻りたいのか?」
 「もうそれは思ってないよ。今ならまだ戻ってもいいし、いつかまた不意に戻ることもあるかもしれない、とは思ってるけどね」
 「おれはもう戻りたくないぞ」
 「そう?」
 「だって、他でも希が手に入るとは限らない」
 「何、その手に入るって。わたし、物じゃないよ」
 「じゃ、希の物にしてもらえるとは限らない」
 「……自分を物扱いなんてしないで」
 希の視線はまっすぐだった。怜悧は優しく微笑んだ。
 「希って、男でも女でも、あんまりかわらないな」
 「そう?」
 「うん」
 「自分では、だいぶ身体に引きずられてるのを自覚してるんだけど?」
 「それは、ある程度の適応だろ。このまま男に戻っても、望は何事もなかったかのように男として生きていく気がする」
 「……怜華だって同じだと思うよ」
 「おれはだめだな。望の理想の女にはなれない」
 「今の怜悧も充分、わたしの理想とは程遠いから大丈夫だよ」
 「……それ、誉めてないだろ?」
 「うん。でも、好きだとは言っている」
 今の希の、素直な気持ち。ただ微笑んで、怜悧の反応を待った。
 怜悧は硬直して、希を見つめている。
 長い沈黙だった。
 希ははにかむことなく堂々とさりげなく言ったつもりだったが、だんだんと落ち着かなくなってきた。沈黙が長すぎるのだ。もうとっくにわかってたくせに、と思う。顔を赤くすることもなくすむと思っていたのに、だんだんと顔が火照ってきた。
 「もう一回、ちゃんと聞きたい」
 やっと口を開いた怜悧の台詞は、震えていた。
 いつもみたいに、がっつくでもなく、からかうでもなく。
 希が「こいつわざと?」と半分怒って怜悧を見つめると、怜悧の表情は恐ろしく真剣だった。
 希は自分の頬が熱くなるのを感じた。
 「わたしは、怜悧が……」
 「…………」
 「…………」
 言おうとしたが、言えない。希は自分がこんなにも度胸がないことにびっくりした。
 「……怜悧って、すごいね」
 「そんな台詞じゃない」
 怜悧はまだ真顔だ。希は少し焦った。
 「そ、そうじゃなくて。よく平気な顔で言えるよね」
 怜悧の場合は、幼い頃からさんざん言い続けていたために開き直っていたという部分があるのだろうが、ああも常に言うことができたのはすごすぎる。しかも希は常に拒絶し続けてもいたのに。
 「本音だからな。ちゃんと伝えたいだろ?」
 「……それって恥ずかしくない?」
 「言葉にして欲しい気持ちもある。したい気持ちもある」
 怜悧は真剣にまっすぐに気持ちを伝えてくる。希はもうじっとしていられなくて、立ち上がった。
 「逃げるなよ」
 「に、逃げないよ」
 怜悧の視線が痛い。だが、完全にタイミングを逸していた。しかも「そう簡単に言ってあげないよ」などと冗談めかすにも、もう間が悪すぎる。激情にまみれてとか、さりげなくになら言えるのに、こうして言えと迫られると言えない。
 「怜悧が、先に言ってよ。そうしたら言ってもいい」
 「好きだ」
 ちょっとは困れ! という心の声は、当然相手には伝わらない。
 希は頬を朱色に染めて、怜悧に近づいた。
 「もう一回!」
 「好きだ。本気で好きだ。愛してる」
 「…………」
 だれもそこまで言えとは言っていない。その予想外の言葉に、希の身体は勝手に動いた。
 自分から、怜悧の肩に手を置く。
 ここで、抱き返されるかなと思ったが、怜悧の態度は正反対だった。驚いたように、怜悧の瞳が丸くなる。
 「希……?」
 「…………」
 怜悧の瞳を見つめたまま、そっと。希は素直に気持ちのままに、その唇に、自分の唇を触れさせた。
 唇の表面が、触れるだけのキス。
 ゆっくりと離れる。お互い、その瞳を見つめたままだ。
 希としては、今なら強引にされてもよかったのだけれど。ここでぎゅっと抱きしめられたいとも思ったのだけれど。
 いつもは自分からしてくるくせに、怜悧は無言で硬直している。
 だが、こういう行為で主導権を握れるのも、なんとなく嬉しい。希は自分がなにをやっているかを強く意識しながら、そのまま、怜悧の首に両腕を回す。
 今度は強く、自分からぎゅっと、怜悧に身体を押し付けながら。
 「大好きだよ」
 まっすぐに彼の瞳を見つめて。









 十六歳の誕生日の翌日。目を覚ました此花望は、ちくちくした罪悪感を感じながら、学校へと向かった。
 昨日、望の誕生日に、幼馴染みの朝宮怜華が自分の身体を使って望にぶつかってきた。
 「……望は、どういうつもりで、ここにわたしと二人きりでいるの?」
 怜華の気持ちを知りながら、怜華の部屋で二人きりになった望。怜華は全身で好きだと表明しながら、着ている服を脱ぎ捨てた。が、その発言は望に受け入れられるものではない。
 「わたしを抱かないと望の両親を不幸な目にあわせるわ。望だって今後ずっと幸せにはなれないでしょうね。あなたに直接手は出さないけど、あなたが付き合う子は絶対に許さない」
 脅迫めいた言葉で、望に迫る怜華。望はそんな怜華に冷たい言葉を残して、その場を去った。
 「キミとは絶対に付き合わない」
 自分でもきつい言葉だったと思う。だが、嘘のつもりはなかった。あの時本気でそう思った。
 そしてこの日、怜華に会った望は、その思いを新たにした。あんなにもはっきりと言い放ったのに、怜華の態度はまったくかわらなかったからだ。罪悪感を覚えた自分が馬鹿だったと真剣に思った。
 望はここで怜華に、一年間話しかけてこなれば付き合ってもいいと条件を出す。だが、怜華はすぐにその約束を破った。望の方からもぜんぜん話しかけなかったのだから、怜華にそれが耐えられるわけがないのだ。
 望は怜華を切り捨てようとしたが、結局つきまとわれるままに流されてしまう。なにも関係は変わらないまま、その学年は終わり、二人は高等部の二年生になった。
 二年では二人同じクラスで、幼馴染みの三馬鹿トリオも同じだった。昨年以上に騒がしくなり、望としてはいっそもう逃げ出したかったくらいだ。怜華は怜華で相変わらずせまってくるし、三馬鹿は三馬鹿でうるさい。望はかなりそっけないままに、その年も過ぎ去った。
 さすがにそれではまずいと真剣に考えた怜華が、押して駄目なら引いてみろ、という古い格言を実践に移すのは二年の一月。しかも同時に見合い話が舞い込んでいるという情報を流す。
 もちろん、ちょっとは望を慌てさせる作戦だったのだが、望は全然慌ても焦りも気にもしなかった。さすがにその作戦が失敗に終わったと知ったとき、怜華は泣いた。だが、怜華はめげなかった。それどころか、ここで性格が丸くなるようなら望もすぐに落ちたのかもしれないが、怜華はそんな性格ではなかった。逆にひたすら突撃していた。
 三年でも玉砕し、大学にもくっついていく徹底振りだ。望にきつく言われた回数は両手の数では足りないし、望が付き合った女、付き合おうとした女を徹底的に邪魔しまくった回数も半端ではない。
 望がキレたのは二十歳のときだった。
 大学に入って付き合った何人目かの女と強引に別れさせられた後で、しつこい怜華を望は抱いた。いつもいつも挑発されて、他の女との付き合いも邪魔されて、いい加減に欲求不満がたまっていたせいもある。望だって怜華が魅力的ではないとは思っていないのだ。ただ、その性格に難があるだけで。
 この結果、まさに泥沼になった。怜華は望の気持ちがなくとも喜んだし、既成事実を持つことですっかり彼女面をしだす。が、望はそれでも冷淡だ。一度抱いたことで、二度も三度も変わらないという感じで関係を持つが、いつもそっけない。正直なぜここまでされてまで怜華が望に拘るのか、その理由が望にはさっぱりだった。そしてさっぱりなまま、怜華はまた別の既成事実を望に突きつけた。
 「わたし、子供ができたわ」
 望の顔は、この言葉を聞いても冷たかった。
 「だれの子供?」
 この言葉には、怜華はさすがに泣いた。泣きながら凛然と言い切った。
 「望以外に、わたし絶対抱かれない!」
 怜華としても本当に、どうしてここまでしてるのに好きになってくれないのかが謎だった。結局怜華は両親まで使って強行に望に圧力をかける。こういう点が望の気に入らないところなのに、その時の怜華は使える手段を使わない女ではなかった。
 それは自信の欠落ゆえだったのかもしれない。望が追い詰めすぎたために、そこまでした。
 望は逃げなかった。妊娠という現実から逃げるほど卑怯な男ではない。それが怜華が意図的に仕組んだものであったとしても、だ。ある意味肉体的に篭絡されたとも言えるかもしれないし、怜華の執念の勝利とも言えるかもしれない。
 望が怜華に「好き」というたった一言を告げるまで、さらに数年の歳月を必要とした……。



 ちゅんちゅん、という小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 カーテン越しには、夏の朝の光。
 希はゆっくりと目を開いた。薄闇の中に、天井が見える。
 見慣れない天井だ。
 「長い夢……」
 希は呟いて、何気なく天井に手を伸ばして、自分の手の甲を見つめた。
 白い手。
 細く小さな、キレイな可愛い手。女の子の手。
 「…………」
 そのまま、身体ごと、手を横に倒すと、人にぶつかった。
 逞しい男の人の、子どもっぽい可愛い寝顔。
 怜悧の十八歳の誕生日の、翌日の朝。怜悧の部屋の、怜悧のベッド。怜悧の横で眠っていた自分。
 昨夜のことを思い出してなんとなく幸せな気分になりながらも、我ながらなんて夢を、と希は思う。「望」はひたすら「怜華」を拒絶しまくるし、愛のない肉体関係に発展するし、その上恋愛感情のないできちゃった結婚で、最後もどうなったのかよくわからない夢だった。これでは変な夢を見た怜悧を笑えない。
 「怜悧に言えば泣かれそう……」
 それとも、今なら笑ってくれるのか。希は怜悧の裸の胸に手を当てて、なんとなく、上から見つめる。
 男のままでも、この人を愛したのかなと、ぼんやりと考える。
 女として怜悧を愛した「望」。男として希を愛した「怜華」。
 今の夢のように、いつか、「望」のままでも「怜華」を好きになったのだろうか?
 「…………」
 今となっては、もう答えはでない。今言えることは、今の希が、今の怜悧を好きだと言うこと。
 希はそっと顔を近づける。
 好きな人の唇に。怜悧の唇に。希は、自分の唇を触れさせる。
 怜悧は身じろぎ一つしない。上を向いて、幸せそうに眠っている。
 「……せっかく、お姫様がキスをしてあげたのに……」
 以前なら絶対言えなかった台詞を呟いて、そのまま横から抱きつく。裸の身体が、相手の素肌に密着する。
 すぐに、お互いの体温が交じり合う。暖かい身体。優しいぬくもり。
 この先、女であることでイヤなこともあるのかもしれない。逆に、女であることでいいこともあるのかもしれない。
 男だったとしても同じこと。イヤなこともあれば、いいこともあって。
 どっちがいいのかとか、考えてもしかたがないことで。
 今の希は女だし、それで悪いとは思っていない。好きな人がいて、そのぬくもりに触れられて。
 「…………」
 男だったとしても、それは同じだったろうなと思う。目を開けた怜悧が、本当に幸せそうに、希を抱きしめてキスをしてきたから。
 「おはよ、希……」
 「おはよう、怜悧」
 希はにっこりと微笑む。なぜか、怜悧は顔を赤くした。
 「な、なんか恥ずかしい」
 希は笑ってしまった。
 「普通、それって、女の子の言う台詞だよ」
 「希は恥ずかしくないの?」
 「ん、そうでもない。だってもう全部見られたし」
 「う〜、昨日の希は可愛かったのに」
 「うん、昨日の怜悧は可愛かった」
 「……う〜……」
 「あはは。でも、わたし、痛かっただけだよ。なのに朝の恥ずかしさまで味わったら不公平だと思わない?」
 「希だって、最初は感じてすごい恥ずかしがってたくせに!」
 「でも、最後の方は痛かったよ。怜悧は一人だけ気持ちよくなってるし」
 「あ、あれは、途中でやめようかって言ったのに、希がしていいって言ったから!」
 「絶対止める気なかったくせに」
 「そ、それは、でもちゃんと訊いただろ!」
 「あそこまで乱暴にされるとは思わなかったよ。あんなに泣いたのすごく久しぶり」
 「だって、希って、身体軽くて柔らかくて気持ちいいし可愛いし」
 「感じてる怜悧も可愛かったよ。快感にもだえてて、一生懸命で」
 希から、怜悧にキスをする。怜悧はますます顔を赤くした。
 「素直で震えて痛がって悲鳴をあげる希は可愛かったのに、どうしてこう意地悪なんだ!」
 反撃がきた。舌が踊りこんでくる。
 希はとっさに離れようとしたが、腕が背に巻きついてきた。
 「ん!」
 朝っぱらから、熱いキスになった。希は抵抗しようとしたが、イヤではなかった。
 諦めて目を閉ざして、彼女もそっと、彼の背に腕を回した。





concluded.

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更新日 2003/12/26

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