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リヴァイヴァー
7話

作:MIEYA



 ――KOH

太陽が照り下ろす昼。
期末テストの四時限が終わり一同が一斉にリラックスした。近くの席のシューゴは早くも無残たる結果を予想したように頭を抱えているし、リンちゃんは既にテストの見直しを始めている。僕はなんともなしに窓から空を見上げ、特に何を考えるでもなくボォッとしながらホームルームの終了を待っていた。
『で、あるからして。今朝言ったとおり秋代先生は本日はお休みなので、保健室は開いていないから怪我をしたら職員室に来るように』
……そこで焦らすんだ。
焦らして焦らして、それでやっと担任の解散の声が掛かる。
一同はパッと三様だった。教室に残る者もいれば教室から飛び出していく者もいた。僕は暫く帰り支度に時間をかけ。
「よっ!」
シューゴの声に振り向く。リンちゃんもいる。シューゴは僕の前の椅子に座ると訊いた。
「どうよ、期末試験」
「うん。科学と数学はまあまあかな。国語は古文がちょっと。あとは普通」
「あー! どうしよー! 俺、全部駄目だー!」
「あんたはいつもでしょうが!」
 リンちゃんは呆れ半分でシューゴに言う。僕の隣にある机が空いたのでそこに座ると、
「あたしは……まあ、可もなく不可もなくってところかな」
「ふーん」
リンちゃんは学年でも結構成績が良い。常に三十番以内だし一桁に入ることもある。ああ見えて結構コツコツ型なのだ。
「でも意外だよね。ヨサネ理系の頭なんだね」
「うん」
「ヨサネ、絶対に文系だと思ったのに」
「数学とかの方が好きなんだ。歴史の年号とか覚えるの苦手だし」
ふーんと、リンちゃんが頷く。
「ところでこれからはみんな、フリー?」
「ああ、モチよ!」
「うん」
僕とシューゴの返事訊いてからリンちゃんは提案した。
「ならこれからカラオケにでも行く?」
「おっ、良いかも」
「あ、賛成……と、その前に食事しない?」
リンちゃんがキョトンとする。
「なんで?」
 僕はバツの悪い顔をして、弁当箱を見せる。
「実は、今日弁当持ってきちゃって……」
「あ、俺も!」
シューゴが見せたのはコンビニのサンドイッチ。リンちゃんは溜息一つ。
「せっかくどこかで食べてこ、と思ったのに……あんたらは……」
「あはは……」
「ワリイ。俺、時々テストと普段の授業、勘違いすることがあるんだよ」
さすがは赤点の帝王である。シューゴは悪びれずに言う。リンちゃんは、一つ頷くと、
「分かったわよ……あたし、食堂でなんか買ってくるから屋上で待って」
そう言いリンちゃんは教室を飛び出していく。シューゴは僕の方を振り返り、
「行こうぜ」
 その言葉に頷き、僕は椅子から腰を上げた。

その日の屋上はガラガラだった。
「おおっ、広いなぁ! あーあーあー!」
シューゴがなぜか叫びだす。僕は苦笑いを浮かべながら手近なフェンスに腰を下ろした。

大桜学園は生徒の自主性を重んじているらしく、学園の施設は可能な限りオープンにしている。屋上は危険なので立ち入りを禁止する場所が多いが、うちの学校では生徒間の親睦を深める場として最適、というのが理事長達の意見らしく、立ち入りが許されている。基本的に悪いことをしなければ何でも許されるのだ。そして、今の学校に悪いことをする人はいない、と。

「おーい! おーい! 見てるかぁ! ヨサネ、見ろよ! 飛行船だぜ! おーい! 俺は、ここにいるぞー!」
 シューゴのはしゃぎっぷりに少し呆れ、僕は軽く頭を抱える。すると。
「うるせえな!」
すぐ後ろの昇降口の上から人の声が聞こえてくる。そこから顔を覗かせたのは相模さんだった。
「まったく、ガキじゃねえんだからちょっとは……何だ……ヨサネじゃねえか……」
意外な顔を見てびっくりしたのか、相模さんの顔に驚きの色が浮かぶ。
「すいません。相模さん」
そこにシューゴがやってくる。シューゴは初めは誰かも知らない影に謝っていたが、それが相模さんだと判ると急に態度を変える。相模さんはシューゴに手を振る。
「よ、シューゴ。久しぶりだな」
「相模さんも。……こんなところで何やってるんすか?」
「寝てた」
そういえば寝ぼけ眼だ。すこし眠そうに目を擦りながら、相模さんは僕とシューゴを交互に見ると、にやりと笑った。
「あ、なんだ! お前ら、そういう関係だったのか! いやぁ、悪いな。良い所、邪魔しちまって。俺に構わず、続けてくれ……」
「すぐに、ラブコメに持ってくんだからな……相模さん、こいつはただのダチッすよ」
「分かった分かった……ヨサネ!」
シューゴが横で、全然分かってない、と呟く。相模さんは大きな声で言った。
「ちょっと話があるから、昇って来てくれ」
 そう言われたので僕は昇降口のはしごを昇り始めた。そこで、相模さんが僕の下にいるシューゴを睨む。
「そこ、チラリ禁止!」
 僕が下を見下ろすと。
 そこには、鼻の下を伸ばして僕のスカートの中を覗こうと頑張っているシューゴの姿があった。

さっきよりもずいぶんと風の強くなった昇降口に昇り、僕は相模さんの隣に腰を下ろした。相模さんを見やると、手にはブラックのペットボトルコーヒーが握られていて、一口飲んだ。
「……こうして、学校で話すのは初めてだな」
「ですね」
相模さんは少し伸びをした。僕はふと疑問に思ったことを相模さんに訊いた。
「愁さんは?」
「……お前、俺とあいつがオセロの黒と白とでも思ってんのかよ」
「そんなことないですけど……」
「なんだかな……」
 伸びをやめた相模さんは再び猫背になって言う。
「で、よ。どうだ、学校生活は。馴染んできたか?」
「はい」
「まったく、行き成り転校だもんな。驚くよな。俺だってビビッたもんな……」
「まったくですよ」
まったく、行き成り女に変えられた挙句、今までの場所で新しい人生を歩めって言われても、困りますよ。
相模さんは少し口淀んでから、続ける。
「……で、よ。話ってのは……ま、例にもよってレンツァーティアってパターン」
「なにかあったんですか」
「東の話……してなかったよな」
 ……東の話?
「俺たちってのは……レンツァーティアでいうと戦闘部隊、厳密には超能力部隊に配属されているわけなんだけど……ようするに、あれだな。重火器による武力的鎮圧を目的とする部隊と、超能力でRPGみたいにモンスター倒す部隊に分かれてるんだよ」
 なんか、言っていることが実も蓋も無くなってきたな。
「俺たちの任務は主に高ランク指定されたクリーチャーの殲滅、って訳だが。この部隊もたくさんの支部があるんだよ」
「へえ」
 初耳だな。
「まずは俺たちが所属するのは西野町支部。リーダーは……杏奈先生だけどな……」
心なしか少しげんなりして答える。
「……で、次に堆環街方面の支部……俺たちは東の奴らって呼んでいるんだけど、そいつらが東のクリーチャーを討伐してんだ」
「……なんか嫌っている言い方ですね」
「嫌っているよ」
 僕の質問にあっさり答える相模さん。
「他にも色々支部があって、もうそれに関してはいちいち全部説明すんのも嫌だし、俺も覚えてない。とりあえず、レンツァーティアが全国的な組織だって分かってくれ」
「はい」
そこで僕は腑に落ちない事を、訊いた。
「で……一体どういう話なんですか?」
「……実はな、組むことになりそうなんだよ」
「え?」
「東の奴らと……」
「は?」
相模さんは苦々しく笑うと、
「今日、ウチの御局がレンツァーティアの会合行ったのは知ってるだろ」
「訊かされてます」
 僕は、昨日の家の留守録に杏奈先生の声で『ヨサネちゃん! 明日、会合行ってくるから、よろしくピー!』という感じのメッセージが三件ほど入っていたのを思い出す。
「会合の議題の一つに、亜加瀬市のクリーチャー云々があがりそうなんだよ」
「うちの市の事が?」
「最近の活動は半端じゃねえからな。サキがいた時は一ヶ月に二度も出れば多い方だったけど……」
 僕は相模さんの言葉に聞きなれない名前が上がり、訊き返す。
「サキって?」
「ああ。昔の仲間。……死んだけど」
 ……死んだ?
 あまりにもあっさり言う相模さんに、僕は不可解な空虚感を少しだけ胸に宿した。
「話、戻すぜ。はっきり言って、最近のクリーチャー出現率は半端じゃねえんだよ。月に一、二回、出るかどうかのクリーチャーが、今は週に一度は現れやがる。はっきり言って、やってられっかって話だよ」
「そうですね」
「……これじゃあ、身が持たねえ。東も、俺達ほどじゃねえけど結構苦労しているらしい。だから、いっそのこと二つのグループを一つにまとめたら良いんじゃないのってのが、偉い奴らの考えだとよ……人の気持ちも知らずに……」
「現場を考えない上層部の良い例ですよね」
相模さんは再びコーヒーのペットボトルに口をつけると、
「大体やってられっかっての。東と手を組むなんて死んでもごめんだよ。んなことやるなら、ランボーとランバタ踊るほうがましだぜ」
……本当に嫌なんだ。
愁さんも同じ気持ちなのかな。
……紫季ちゃんは……どうなんだろう。
響ちゃんは……あんまりそういうの気にしないだろうな。
……東の人か。
どんな人たちなんだろう。

 ――NRT

西野町の都営に乗って七駅、松原町はあった。
 秋代杏奈は、都電から降りるとホームの階段を上り改札に向かう。そして、エイズ予防とマイナーな演歌歌手のライブを知らせるポスターがそれぞれポツリと張ってあるような寂れた構内に出ると、そこも通り抜けて駅前広間に出た。駅前の広間はありふれた広い造りになっており、バス停、コンビニ、ロータリーと、面白みの無い場所であった。
松原町は亜加瀬市の市庁があり、清貧を絵に描いたような、まさに『お役人の街』だ。ここには、他にも市立の施設が幾つも立ち並び、杏奈も図書館を利用しているが、今日、用事があるのは公民館だった。
レンツァーティア幹部の一人が経営するマイナーな発泡酒のメーカー、エーシャの名で、予約を取っていて、二時から会合である。
杏奈は右腕の時計に目をやる。十一時五十七分。直接行くには早すぎる時間だ。杏奈は、時間をつぶす為に近くのカフェテリアに向かった。

(暇ね……)
チーズハムサンドをかじり、アイスカフェオレで喉を潤した杏奈は、手持ちぶたさに添え付けのスプーンを弄りながら、外の風景を眺める。時折訪れるバスと電車、駅舎から出てくる人もまばらだ。スーツ姿の役人達が多く見られるが、それはまるでレゴのフィギュアのようで、歩き方まで人形のようである。
もう一口、サンドイッチをかじり、杏奈は目を窓から背ける。
 ガラン。
カフェテリアの扉に添えつけの呼び鈴が鳴る。杏奈が扉の方を見ると、そこには壮年の堅物そうな男がいた。
白髪かかった頭をオールバックにして五十代の老け顔に厳格な趣を醸し出している。体つきは良い。おそらく百八十に満ちるかどうか、しかし、それとは別に大岩を連想させる体格だった。そこにぴったりフィットとした紺の背広を装備しているのだから、まるでシークレットサービスである。
その男は杏奈にとって、見知ったというより見知り合っている相手で、杏奈が視線を自分に向けているのに気付いた男は、ウエイトレスの駆け寄るのも待たずに、杏奈の向かいに座る。
「久しぶりだな、杏奈」
ファーストネームで呼ぶ。杏奈は、顔に傍目にもあきらかなほど苦い表情を浮かべて答えた。
「久しぶりね、父さん」

秋代勇一郎はレンツァーティア関東本部司令で、同時に秋代杏奈の父親でもある。レンツァーティアは、関東、関西、四国、九州、北海道、東北、近畿、中国、中部の九箇所に支部に持ち、その一つ、関東を本部にしている。
本部司令といっても、支部の司令と変わらぬ立場である。なぜなら、本部には司令のほかに総司令が居て、総司令の下に各支部の司令が置かれるという構図になっているからだ。
司令というのは、支部をまとめる支部長の役職と同等で、数人に編成された部隊を操る。
部隊は、大隊長、隊長補佐(副隊長)、小隊長、隊員と分けられる。
軍隊ではないので、確固たる階級制度は無いし、一本筋の通った規律も無いのでいい加減といえばいい加減だが、上下関係はしっかりしている。というより、会社の構図と同じである。
ちなみに、小隊長は三種類に分類され、戦闘部、情報部、超能力部(PSY部)、となり、杏奈はPSY部隊の小隊長という役割である。
余談だが、PSY部隊は他の部より立場が低い。

杏奈は、あきらかに面白くなさそうな顔で目の前の父親に話しかける。
「久しぶりね。三月の総会以来かしら?」
「うむ」
自分から座っておいて、居心地悪そうに咳払いをする勇一郎。
ウエイトレスに、ブラックのコーヒーを注文して、テーブルに肘を突く。杏奈は、父のその癖に、少し苛立った。
「……で? 珍しいわね。こんなところで会うなんて。
 今日の会合は、大隊長クラスまでしか参加しないはずではなかったかしら」
「たまには、下の様子も見ておこうと思ってな」
(嘘ばっかり)
杏奈は、嘯く。
解っているのだ。この男が、何を考えているかなど。伊達に十数年、この男に養われているわけではない。杏奈は、意地悪に、わざと本筋から話題を話す。
「下の様子を『観察』するのはかまわないけど、大して面白いものでなくってよ。司令」
「そう言うな。杏奈だって、自分の支部が目をかけられていた方がいいだろ」
「まあね」
頷く。
正直、司令直々にというのは、強い。杏奈の株を上げるのに役立つし、部隊の発言力も上がる。しかし、別に杏奈は株とか発言力などはどうでもいい、権力に固執しない人間だった。
「で、お父様、今日は誰とお見合いさせたがっているのかしら」
「お見通しか」
勇一郎は鞄から数枚の写真を取り出す。そこには、自分より幾らか年上の、ビジネスマンの青年が映っていた。顔立ちが良く、眉の整った誠実そうな男性である。
「得意先のエリートでな。東北のアメフト大会で……」
「興味ないわ」
「杏奈!」
勇一郎がすがるように杏奈に食って掛かる。
「彼は、一流の商社に勤める有望な青年で、ほら、歳も近い。
 お前も、こんな危険な仕事をしていないで幸せを掴んだらどうだ」
「面白みの無い実業家相手に、人生の墓場に行くのはお断りよ」
 杏奈は、父親を払いのけるように立ち上がると、カフェテリアから出て行った。

無言で歩く杏奈の後ろを、かるがもの子供のように連れる勇一郎、と、いう光景が約10分ほど続き、二人の足は公民館に着いた。杏奈は、そこで後ろを確認もせず、足を止める。それを、ここぞとばかりに、勇一郎は杏奈に声をかけた。
「なあ、杏奈、私はお前に幸せになって欲しいんだ。
 このような仕事をいつまでも……」
しかし、杏奈は勇一郎をきっと睨むと、
「司令、ここはレンツァーティアの会合場所です。貴方もお立場があるでしょうし、公私混同を弁えたらどうでしょうか」
言葉に棘がある。勇一郎は無言で立ち尽くし、そこを数人の役員が通る。勇一郎は、居直り、一つ咳払いをした後、
「……そうだな。公私の区別はつけんとな。で、だ。秋代隊長。本日の会合の議題は知っているな」
「ええ」
杏奈は頷く。
「亜加瀬市を中心としたクリーチャー犯罪の増加。それに対する対案が主な議題です」
「特に、君の所、西野町のクリーチャー発生件数はすごい。今月だけで、10を越えるではないか」
「対応は間に合っていますわ」
「それで良いのかね」
そんな対応で良いのか、現状維持ではなく、もっと部隊を強化した方が良いのではないのか、勇一郎がそう言いたい気持ちは杏奈にはよくわかった。色々、思う部分もあるが、ここは流すことにする。
「それは、今日の議会で話すことですわ」
「う、うむ」
勇一郎は、少し押し黙ると、最後に、
「そろそろ、身を固めることも考えておけ」
 そう言い残し、公民館に入っていった。杏奈は、その背中を見送り、ごちる。
(結局、結婚させたがってるだけじゃない)

時計の針が、一時五十分を指す。
杏奈は、公民館の一室に設けられた会議室に入室した。既に西と東の隊長面々は集合しており、どうやら杏奈はかなり遅かったようだ。杏奈は、自分の持ち席に座り、書類の整理を始めた。
東の連中の声が五月蝿かった。
時計は、時を刻み、十分が過ぎた。
大隊長の長瀬典孝(ながせのりたか)が号令をかけた。
「これより、第七回、亜加瀬支部定例会議を始める。欠席者は……無いな。起立!」
 場の人間が椅子から立ち上がる。
杏奈は、その顔ぶれを見渡した。
大隊長の長瀬、そして、その秘書。視察に来た東京本部司令の秋代勇一郎。西の戦闘部隊長の山下、情報部隊長の鷹野松、東の戦闘部隊長の赤木、情報部隊長の唐島。杏奈と同等の立場にある、超能力部隊長の田崎耕哉(たざきこうや)である。
杏奈が、軽く並んだ顔を見渡し終わるのと同時に、長瀬が「礼!」と言う。
一同が、礼をした。
「着席。……本日は、この会合に足を運んでくれて、ご苦労である。度重なるクリーチャー犯罪が激化する中、我らレンツァーティアの対策も、現状では如何という考えに基づき、この度、第七回の対策会議を開くわけだが……」
長瀬の言葉を適当に耳に流し、杏奈は秘書から回ってきた書類を受け取り、目を通す。そこには、運営予算やスポンサーの情報や、幾つかのクリーチャー犯罪関連の記事、レンツァーティアの大まかな情報が載っていた。これも、適当に見流した。
「さて、本日の会合において、紹介したい方が居る。
 皆ももう気付いているだろうが、なんと、本日、東京の本部より秋代勇一郎司令が足をお運びになった」
そこで、拍手。
勇一郎が、長瀬の横に並び、手を軽く振る。長瀬は、身長160半ばしかない50過ぎの小男で、180の体格の良い勇一郎と並べると、正にこれが貫禄か、などと窺えた。
「秋代勇一郎司令は、そこに居る秋代杏奈隊長の一親等、父親にあたり、そのおかげで我々も今まで、優先的援助が受けられ、円滑かつ迅速なクリーチャー犯罪に対する対応が出来た。ここに、秋代司令と、杏奈隊長に礼を申したい」
一同が拍手をする。杏奈は、その拍手が、気持ち悪い拍手だと感じる。所詮、親の懐で怯えている、カンガルーの子供か、などと思ってしまう。
それから、司令、勇一郎の話が少し入り、その後、再び長瀬の演説が始まる。報告やら何やらで小一時間が過ぎ、やっと長瀬が本題に乗り出した。
「さて、それでは本日の議題に入る。
 最近、亜加瀬市ではクリーチャー犯罪が他の都市部に比べ急速に増加しているのが窺える。手元の資料に目を通して欲しい」
さっき渡された資料の中の、亜加瀬市のクリーチャー発生率のグラフを見る。グラフは、右上がりに上がっており、先々月までは二桁に満たなかったのが、先月からは10を軽々と超えている。
「と、見ての通りクリーチャー件数は先月に入って急激に増加した。調査によると、それに伴い他の地区での犯罪件数が減少傾向にあるらしい。つまりは、大皇政会の手が、我が地区に集中的に伸びているということだ。これは、遺憾たることだ。自覚して欲しい」
(大皇政会が……)
杏奈は、顔をしかめる。
正直、腑に落ちないことだ。的を絞っても、何一つ良いことは無い。彼らのしているのは実験である。レンツァーティアを倒そうというのではない。これでは、事件が表ざたになりやすいし、なにより、亜加瀬支部に対する挑戦ではないか。
他の面々も同じ事を考えているのか、唸り声が幾つか聞こえる。
「これに対する対策案を二、三、提案したい。まずは、戦闘部隊の強化。本部への出案の結果、西に十七人、東に十人の隊員が新入するそうだ」
「待ってください」
東の戦闘部隊長、赤木が不満の声を漏らす。
「なぜ、西側の増兵の方が多いんですか。東だって、対応に追われています」
(子供か?)
杏奈は、思う。
資料にも書いてあるが、西側のクリーチャー発生率のほうが多いのだから、自然と西に力を注ぐことになるのは決まっている。資料を見ていないのではない。資料を見ていても、尚、納得しない程、人間が出来ていないのである。
それは西も同じだ。
西の、戦闘部隊長、山下が勇ましく立ち上がった。
「貴様らの軍備は十分だろう。我々の現状の方が厳しい。先日も、三人の負傷者を出し、猫の手も借りたい状況だ」
「それは、貴様の無能がひきおこしてるのだろう」
「東の装備で、現状に対応できない貴様らに問題があるのだ。己の恥を知れ」
「西の横暴はそれだ! 何時もクリーチャー犯罪を……」
「東の無能さにはホトホト……」
「西の……」
「東の……」
頭が痛くなってくる。
今回の会合でも、また始まった。西と東は、軍備やら予算やらでやたら揉めるのだ。和解関係が上手く言って無い証拠である。亜加瀬の恥だ。
不毛な良い争いは、情報部も加わり、拍車がかかる。双方の理論、と言うにはお粗末な罵詈雑言は、次第に激化し、遂にはPSY部隊のことまで持ち出された。
「……大体、貴様らの超能力部隊? なんだ、それは? 先日も、お粗末な数合わせの隊員を一名入隊させたらしいではないか。
秋代君、父君の前で言いたくは無いが、君は教職に専念した方が良いのではないか」
東の情報部の唐島だ。杏奈は、すこし頭にくるが、別に言い返すほどではない。しかし、ここで黙っていると後で味方の連中に何を言われるか分からない。
杏奈は、しぶしぶ立ち上がり、口を開く。
「数合わせの隊員とはまた失礼な言い方ではないのかしら。能力者は、有限で希少です。力を持つ者を優先的に前線に取り入れるのを、間違ったやり方とおっしゃりたいのですか」
「そうと言っているのではない。ただ、一介の高校生に戦闘をやらせるのはどうか、と言っているのだ」
(それはそうね)
杏奈は、心の中で頷く。それは、常々思っていたことだ。一介の高校生がクリーチャー退治なんてやるものではない。だが、人手が無いのだ。
成人の能力者など見つからないし、一人、二人、見つかったところで、愁達を前線から離す余裕は無い。クリーチャー件数が今より減ってくれればそれも出来るのだが、それも望めない。
杏奈が押し黙ったのを機と見て、長瀬が話を打ち切る。
「……まあ、赤木君も言いたいことはあるだろうが、ここは上層部の判断で、西の強化を優先することにした。分かってくれ」
赤木が、仕方なさげな態度で席に戻る。杏奈は、肩の荷が下りたように、ふっ、と溜息をついた。しかし、間髪措かず、次の荷が載ってくる。
「さて……次の議題だが……軍備の強化は、それで良しとして。情報部、こちらは問題ないと思う」
双方の情報部隊長が頷く。
「で、超能力部隊だが……こればかりは、増強を得られない。何しろ、我々は神ではない。エキスパートの戦士はつくれても、魔法使いはつくれない」
それはそうだ。リヴァイヴァーの覚醒には、素質やら、起因やら、色々条件が必要である。人の意思で生み出せるようなものではない。
「そこで、だ。秋代君、田崎君、君達も既に聞いているとは思うが、今後は西と東の合同作業にしてもらおうと考えている」
「え」
「なに?」
杏奈と、田崎が声を上げる。長瀬は居心地悪そうに二人を見やると、続ける。
「現在のPSY部隊の隊員は八名。西の、大王子、相模、坂上、亜麻野。有川……は、アシスト専門なので、戦闘員とは呼べない。そして、東の、鏡、岡崎、長谷川。現在はその7人で掃討任務に当たっているわけだが……」
「現状では、高レベルのクリーチャーに対する対策に手が余るので、合同して、任務にあたれ、と?」
 杏奈の言葉に、長瀬が頷く。
(冗談じゃないわ)
杏奈は、胸中で愚痴る。あのじゃじゃ馬たちを、八人も面倒見るなんて、御免である。しかし、次に告げられた言葉は、もっと酷なものだった。
「……で、だ。司令の判断も仰いで、現状で最も作戦指揮に適しているのは、秋代君……ではなく、田崎君ということに決まった。田崎君、異存は無いかね」
「ちょっ、ちょっと!」
杏奈が、声を荒げる。
相模達を、東の連中に渡す? 納得できない。
杏奈は、田崎を睨む。田崎は、さも当然だと言う顔で、ふんぞり返っていた。杏奈は、そこから視線を移し、長瀬に怒鳴りつけた。
「納得できません。私のメンバーは、うまくやってきたつもりです。それを、何処の馬の骨かもしれない東の連中に貸すなんて! 我々は、道具ではありません」
「そうは言うがな、秋代君……」
「あきらめな、行かず後家さん!」
杏奈が振り向く。偉そうにふんぞり返っていた田崎は、姿勢を正すと、杏奈ににやつきながら言ってくる。
「あんたは、女なんだから、さっさと現役退いた方が良いんだよ。いつまでも、子供相手に教師ゴッコしてないで、結婚した方が良いんじゃないの」
(訊いてたのね!)
杏奈は、胸中の怒りが浸透するのが分かった。この男は、先ほどの父との会話を訊いていたのだ。そして、このような挑発をしているのだ。
田崎の容姿は、三十代中盤ほどの、体格も華奢な、せせこましそうな中年である。今は背広にネクタイだが、学校のジャージの方が似合いそうな風格をしている。杏奈の評価は、見るからに女々しい男、である。
そんな容姿も拍車をかけ、さすがに、杏奈は頭にくる。
「その発言は、女性差別よ!」
「そうかい。後家の姉さんは隊長に向いてねえんじゃねえか。
 せっかく良い話が来てるんだろ。チャンスじゃねえか。これを機に、身を硬めな」
女性と言うのは、最後にはかくも弱いものだ。結局男に負けてしまう。杏奈は、視線を勇一郎に移し、キッと睨みつける。勇一郎は居心地悪そうに、視線を少し外した。
「はははは」
田崎の笑い声が響く。杏奈は、悔しさに身を震わせた。
そこに。
「司令、大隊長、大変です」
会合付きの秘書とは別の隊員、情報部だろう、行き成り入出してくる。長瀬は、視線を情報部の隊員に移す。
「どうした」
「秋山市、竜神坂にある大皇政会の研究所がクラッシュしました」
「なに!?」
 場の空気が緊迫する。
「大皇政会分社、クラウドのものですが、おそらく研究員は全滅かと思われます。大皇政会許しで、研究施設のクリーチャー除去の命令が、東京本部より伝達されています」
「俺の出番だな」
 田崎が、立ち上がる。杏奈は、田崎に噛み付くように、同じように立ち上がり、
「待って、まだ私のメンバーを貸すとは一言も言ってないわ」
そう言うが、田崎は明らかにうんざりと顔を顰めて、杏奈に言う。
「私のメンバー、私のメンバーってうるせえんだよ。あんたのものじゃねえだろ」
「……そうだけど!」
「なに、こちらには鏡がいるんだ。
 全て、奴一人に任せておけば良い」
にやりと、田崎が笑う。
杏奈は、何も言い返せなかった。

 結局、今回の任務で杏奈は前線を退き、バックアップという形となった。

 ――KOH

 杏奈先生の電話を受け、僕達は秋山市の竜神坂に向かった。
竜神坂は、西野町の都電から、松原で乗り換え、別の都電で十数駅行ったところにある。
僕らは、松原市で会合の行われているのが具合の良いということで、一度、松原の駅前に集合ということになった。
リンちゃんとシュウゴを交えたカラオケ騒ぎの最中かかってきた電話なので、二人の顔色を窺いながらその場を抜け、僕は松原に向かった。
既に、愁さん、相模さん、紫季ちゃんは到着しており、二十分ほどして、響ちゃんも到着した。遅れたことで響ちゃんが相模さんに絞られたのは言うまでも無いことで、僕達は杏奈先生の引率でそこから竜神坂に向かうことになった。
竜神坂は、多くの警官が闊歩しており、人通りも少なかった。
何度か、救急車のサイレンが聞こえる中、レンツァーティアの送迎バス、っていう言い方も変だけど、向こうの用意してくれた車で現場に向かった。

「うわぁ、こりゃすげえな」
相模さんが、驚いたように声を上げる。
現場は、物々しさに溢れていた。レンツァーティアの戦闘部隊……そう、愁さんが言っていたが、重火器で武装した兵隊が数十人体制で1km四方のドームを回っており、周りに人を寄せ付けなかった。
「こんな強そうな奴らが居るんなら、あたし達に任せないで、こいつらが始末つければいいんだよ」
「彼らは、あくまで『クリーチャーを外に漏らさない為』だけの集団。敵との勝負は貴方達がつけないといけないのよ」
 杏奈先生が、物静かに答える。
 松原からのことだが、杏奈先生の元気が無い。愁さんや相模さんもそれに気になって、何度か視線を送った。紫季ちゃんも気遣って、声をかけたが、適当にはぐらかされておしまいだった。
杏奈先生の視線が、不意に動く。僕も視線の先を追った。そこには、中年の縮こまった男の人と、三人の、僕らと同じぐらいの青年がいた。
一人は、ノッポ。赤のジャケットの下に、ランニングシャツを羽織り、Gパンで決めている。髪は長めの茶髪。
もう一人は、チビ。大きめのTシャツに短パンで眼鏡をかけていた。
正直、二人は何処にでもいるような印象で、余り深く脳裏に焼きつかない顔立ちだった。だが、最後の一人、彼は違った。
愁さんと同じぐらいの長身に、女性的な顔立ち。かなりの美形である。肩にかからない程度の髪をヘアーワックスで軽く流し、すらっとした体に、皮のジャンバー、皮のズボン、皮のブーツを、似合うぐらいに着こなしている。
中年の男が、杏奈先生に声をかけてくる。
「遅かったな。二十七分の遅刻だ」
「ごめんなさいね。お茶が美味しくて、おかわりしてたの」
 僕の横の紫季ちゃんが、『うわっ』、と呟く。そのぐらい、二人の仲が険悪なのが分かった。男は、チッ、と、舌打ちすると、
「いいさ、内申下がるのはあんたなんだからな。……ああ、こいつらが、あんたのところの……ふーん」
 相模さんが、舌打ちを返す。相模さんは、今にも噛み付きそうな形相だった。愁さんに視線を送るが、同じように愛想良い顔はしていない。
「自己紹介を頼む」
「……ええ。私は、秋代杏奈。西のPSY部隊、隊長よ。隊員の紹介をするわね。彼が、大王子愁。で、相模郁美」
「はっ! 女みてえな名前だな!」
(あちゃあ……)
僕が、心の中で呟く。それは、相模さんに対する禁句なのに……
「テメエ!」
案の定、行き成り小男に飛び掛りそうになった相模さんを、愁さんが羽交い締めにした。小男は、えへらへらと笑いを浮かべると、
「なんだよ。西の奴らは猛獣だな」
そう言ってくる。相模さんは、秋代先生を向くと、聞いた。
「なんだよ、先生。このクセエ奴は?」
「臭え、だと? 自分らのコマンダーに言い草だな、オイ?」
「コマンダー? はぁ?」
相模さんが、気を抜かれたように聞き返す。杏奈先生は、しょうがないという感じで、しぶしぶ説明し始めた。
「みんな、聞いて頂戴。今回の任務は、あたしが指令じゃないの。全ては、彼に一任してあるわ」
「おい? 待てよ、なんでだよ?」
「先生、もっと詳しい説明を、お願いします」
 相模さんに続いて、愁さんも口を開く。先生は、説明を続ける。
「これからしばらく、西と東は共同の戦線を張ることになるわ。クリーチャーの増加に伴っての、あたし達の対応力が問題に問われ、このような結果になったの。今日の会合で決まったことだから、決定済みよ」
「なんで、杏奈先生じゃねえんだよ!」
 相模さんが、苛立ち、聞いてくる。しかし、小男はせせら笑いで、
「あんたらの先生は、保健室がお似合いなのさ」
「なら、あんたは体育倉庫の隅でねっころがってな」
「言うねえ、嬢ちゃん」
小男は、値踏みするように響ちゃんを上から、下から、嘗め回すように眺める。その間にふさがるように、杏奈先生が立ち、
「紹介を続けるわ。坂上夜沙音。亜麻野響子。有川紫季。紫季ちゃんのことは訊いているわね」
「ああ」
小男が頷く。
「じゃあ、次は貴方達よ」
「ああ。俺は、田崎耕哉。東の隊長だ。
 こいつが、右から、岡崎結城(おかざきゆうき)、鏡昭彦(かがみあきひこ)、長谷川成智(はせがわなるとも)。よろしくやってくれ」
「そりゃあ、そちらの態度しだいだな」
相模さんが、つっけんどんに言う。その態度が気に障ったのか、ノッポ、長谷川さんが食って掛かった。
「なんだ、テメエ! その態度は?」
「はあ、やんのか?」
「上等だ!」
噛み付き合い。
なるほど……ホントに、西と東って仲悪いんだな。
そこに、チビの眼鏡、岡崎君が割り込む。
「成智、馬鹿は相手にするな」
「だってよぉ……」
「……なんだぁ? 今のは聞き捨てなら無いねぇ……」
今度は、響ちゃんが岡崎さんに絡んだ。
「ガキは、ゲームやってりゃ良いんだよ。ほら、帰れ」
「黙れよ。ブス」
……うわぁ。
今にも、乱闘が行われそうな中、田崎さん……田崎隊長が場を沈めるように言った。
「……仲良くやってくれ……ってのは、酷だろうが、まあ、程々にしようぜ。作戦の説明、良いか?」
杏奈先生が頷く。
相模さんも、響ちゃんも、東の二人も、その言葉に落ち着きを取り戻した。
「作戦は、こう。
チーム編成を組んで、ホールから二箇所に分かれる道を、二手に分かれ攻略。研究ラボを抜け、奥にあるスーパーコンピュータ、クリーチャー制御に使われたもんだが、それを『何とかすれば』ゲームクリアだ」
「何とかって、何すんだよ?」
 相模さんの言葉に、田崎隊長は的確に答える。
「スパコンが、クリーチャーのバグを引き起こしているらしい。ラボの人間が直接行くのが最良なんだが、今や、全員墓場だ。お前らが攻略ルートを確保してくれたら、うちの情報部がそのルートでスパコンまで行き、処理する手筈になっている。お前らの任務は、ルート確保と、情報部の護衛……これは、戦闘部隊も混じることになってる」
「チーム編成は?」
愁さんが、訊く。
「第一チームは、鏡、岡崎、坂上。第二チームは、長谷川、相模、大王子、亜麻野。有川は、後方の救護班とバックアップだ」
「ちょっとまて!」
「なんだ、そりゃ!」
相模さんと、長谷川さんが、同時に文句をたらす。
「なんで、俺達が西とチーム組まなきゃならねえんだ」
「それは、こっちのセリフだ! テメエら、足手まといになんだよ!」
「これから合同作戦が増えんだ! 今から、チームワークつくらにゃ、死ぬのはテメエらだ!」
田崎隊長の言葉に二人が黙る。
……こういうところは、さすがに隊長だな……
「とにかく、振りでも何でも、仲良くやんなきゃなんねんだ。作戦に私情は持ち込むなよ。チーム編成に文句は言うな。決定事項だ」
 再び、皆が頷く。田崎隊長は、それを見流すと、確認した。
「そう言う話だ、分かったか」
一同が、はい、と返事をする。田崎隊長は、頷き、
「よし、作戦開始は、19:00。それまで、各自持ち場を離れず休憩を取るように!」
 その言葉に、僕らは解散した。
開始まで、小一時間か。

用意された、特設のテント。
 初めての、きちんとした作戦に緊張隠せずに、備え付けの時計から、TVに視線を移す。傍の椅子に座っていた響ちゃんが、文句を言う。
「まったく、何だよ、西の連中は! ムカツク! すげえムカツクゥ!」
響ちゃんの言葉で、TVの音が遮られる。僕は、響ちゃんの方を振り向く。
「話には聞いてたけどさ、あそこまであからさまに嫌がらせされるとは思ってなかったわよ。あの小男、何? サイテーじゃん? そう思わない? ヨサネ」
「う、うん」
あいまいに頷く。そして、響ちゃんからそむける様に、視線を動かす。
西の三人は、同じテントが嫌だからって、どこかに行ってしまった。相模さんと愁さんも同じである。
紫季ちゃんは、用意されたお菓子とお茶で、漫画を読んでいた。
「なんか、向こうの連中もオタク臭い奴らばっかだしさ。あのチビとか、もろに、そうじゃん?」
「でも、長身の人は、そうでもなかったよね」
 紫季ちゃんが、視線をこちらに移す。話に興味を持ち始めましたってしるしだ。響ちゃんは、ふん、と手を振ると、
「あいつも一緒一緒。皮ジャン、似合って無いし」
「でも、鏡さん。カッコよかったよ」
「紫季……あんた、もう名前覚えたの?」
「ふふん」
 響ちゃんが、うんざりする。紫季ちゃんは、僕に視線を移し、
「ねえ、あの鏡さんがなんて呼ばれているか知ってる?」
「知らない」
「全然、興味なし!」
 紫季ちゃんは、あっけらかんと言う響ちゃんを睨む。そして、僕に視線を戻して言った。
「あの、鏡さんってね、レンツァーティアでもかなり有名な人で、エースって言われてるぐらいなの」
「へえ」
「ふーん、そんなに強いんだ」
 全然興味なさげに、響ちゃんが訊き返してくる。
「うん。なんか、物凄い能力者らしいよ。強くて、かっこよくて。ねえ? なんか、良くない?」
「ダメ、ダメ、あんなの論外」
「……なら、どういうのが良いの?」
「別に。男に興味ないし」
「……レズ?」
 響ちゃんは、紫季ちゃんの頭を、ガッと掴み、睨みつける。
「……もう一回言ってみ?」
「レーズ」
あーあ。
二人の会話を、苦笑いしながら僕は見ていた。
そこに。
「こんばんは」
 テントに、一人の青年が入ってくる。愁さんでも、相模さんでも無い。あの、ノッポとチビの二人でもない。紫季ちゃんの顔に、軽く薔薇が咲く。
それは、鏡昭彦さんだった。
「やあ」
 鏡さんは、僕たち三人に挨拶をしてくる。紫季ちゃんは満面の笑みで、響ちゃんは嫌そうな顔を向けた。響ちゃんを見て、鏡さんは苦笑いを浮かべる。
「座って……良いかな?」
「はい!」
 紫季ちゃんが、自分の隣の椅子をさりげなく引いた。鏡さんは、ありがと、とそこに腰掛ける。ちょうど、僕と真向かいになる席だ。
「……君が、坂上さんか」
「……はい」
鏡さんの言葉に、僕は頷く。鏡さんは、軽くリラックスして、
「同じ作戦に付くから、いろいろ知っておきたいしね。……それに、西と東の仲は悪いから。少しでも仲良くなりたいし」
「そりゃあ、あんたらの出方しだいだわ」
 響ちゃんが噛み付く。しかし、紫季ちゃんが、響ちゃんを睨みつけた。鏡さんは、その光景に苦笑する。
「今回のことは、僕らでも色々揉めてね。……二人は納得できなかったけど、僕はちょっとでも近づきたいから」
「あたし達も、同じようなものです。でも、あたしも仲良くしたいのは一緒だから」
 僕はそう言い、意識的に微笑した。それが効して、鏡さんが和らぐ。
「そういってもらえると、助かるよ」
良かった。僕の方は、上手くいきそうだ。
「……君の話はよく、訊いているよ。坂上夜沙音、さん」
「……話って?」
「僕達の仲間内では、君は結構高いランクの能力者と見られてね。サイコトランスフォーム? あれは、かなり高レベルな能力なんだ。物質を、分子レベルで変形させる。すごい技だ」
「へえ」
「君は、能力のことに対して、それほど興味ないみたいだね」
「あ、ええ」
 苦笑いを浮かべる僕。鏡さんは、視線を紫季ちゃんに移し、
「生物を回復させる能力」
 そして、さらに響ちゃんに移す。
「水を、打ち出す能力」
 そこで、軽く笑い、
「考えてみれば、不思議だね。どうしてこんなことが出来るかって。考えてみたこと無い?」
首を振る僕。響ちゃんは、興味なさげに頬杖。でも、紫季ちゃんだけが紳士に答える。
「……あります」
「へえ」
興味ありげに、鏡さんが声を上げる。紫季ちゃんは、少し考えてから語りだした。
「父さんと母さん、クリーチャーに殺されたんですが……その時、能力に目覚めたんです。……ロマンチストなあたしは、神様の贈り物、って考えているけど……もう一人のあたしは……罪滅ぼし……そう考えているのかもしれない……」
「……そう」
……そうだったんだ。紫季ちゃんが、自分を責めてしまう性格っていうのは知ってたけど……
(……僕は、何も知らないんだ……)
 自分の身近なものが、自分の遠いところにあるのは、少し悲しい。
「坂上さん、君は?」
「……あ……分かりません」
「そうかい」
鏡さんは、頷くと、席を立つ。そして、僕を見て言った。
「今夜は、やけに胸騒ぎがするから……気を付けるように言いに来たんだ……今夜みたいな夜には、何かが起こる」
テントに、一条の風が吹く。その風に逆らうように、鏡さんは僕に背中を見せた。
「お互い、仲良くできるようにがんばろう」
それっきり。
鏡さんは、テントを出て行ってしまった。
「……不吉な奴」
 響ちゃんが、そう呟いた。

そして、19:00。
竜神坂、大皇政会クリーチャー研究所、入り口。
 田崎隊長の号令がかかり、僕らは集合する。西と東、自然と、作戦とは別の、お互いのチームに分かれ、命令に耳を貸す。
「いいか。今回の作戦は、クリーチャー殲滅ではなく、ルート確保だ。二チームに分けたのは、正直言ってやるが、どっちかが駄目になった時、どっちかが無事になるように、だ。だから、第二陣のルートは先行した方を採用する。だが、結局俺の言いたいのは、お前らが全員生き残ることだ。分かったか?」
 一同が思い思いに返事をする。
「分かったら、行くぞ! 作戦開始だ!」
 田崎隊長の声と共に、僕らは一斉に建物に入って行った。

 相模さんと、東の、長谷川さんが先行し、愁さんと鏡さんが、その後ろ、僕、響ちゃん、岡崎君が最後尾を走った。
「鬼が出るか? 蛇が出るか?」
「良いモンは、出そうもねえけどな」
 先行の二人が軽口を叩きながら走る。この二人、意外と似ているのかもしれない。
 そこに。
「ギィィィィィィ!!!」
「さっそく!」
 相模さんが、そう言い、火球を生み出す。
 ドォン!
 吹き抜けの二階、その踊り場から飛び掛ってきた山猫のクリーチャーに火球が命中する。それと同時に、クリーチャーが嫌な音を立てて燃え尽きた。
「やるじゃねえか」
 長谷川さんが、言う。相模さんは、当然よ、とでも言うように笑った。しかし、愁さんが叫んだ。
「来るぞ!」
二階の踊り場に、更に十体以上の山猫が現れた。それが、一斉に飛び掛ってくる。
「チィ!」
火球が、一体を燃やす。真空刃が、二体を斬る。
さらに、二条の雷と、前触れなく虚空に起きた爆発に、四体のクリーチャーが巻き込まれた。
 長谷川さんと、岡崎君である。
「やるじゃん」
響ちゃんが、感心したように言う。
しかし、まだ四体のクリーチャーが残っている。それは、丁度、僕らの最後尾に着地し、何の障害も挟まないで、僕と対峙した。
 四体のクリーチャーが踊りかかってくる。僕は、意識を高め、力を解放した。
 ザシュゥゥゥゥ!!!
 地面が、津波の起きた様に起伏し、四体を呑み込み、貫いた。
 血飛沫が、吹く。
 クリーチャーが、断末魔の奇声を上げ、絶命した。
「よっ、さすがエース!」
 響ちゃんが、僕をはやしたてるように言う。そして、軽く鏡さんを見るとせせら笑った。
「そちらのエースは、思ったよりも、少しも、やらないようね」
「な、なんだよ、その女。何にもしてねえじゃねえか。
 おい、鏡、何とか言ってやれよ」
「何もして無いのは、僕も一緒さ。……それより」
「ああ」
 愁さんが頷き、その言葉に続ける。
「新手が来ないうちに、行こう」
そう言い、目の前の二つの扉を指差す。それは、右、左に分かれていて、愁さんは右に足を運んだ。
「僕らはこっちだ。ヨサネちゃんたちはそっち」
僕らは、左に歩む。愁さんが、鏡さんに向かって言った。
「そちらは、よろしく。気を付けて」
鏡さんが、頷く。
愁さんを先頭に、相模さんと響ちゃん、長谷川さんは右の通路に入って行った。それを確認して、鏡さんが言う。
「僕らも行こう」
 僕は、頷いた。

「研究ラボ、だね」
 岡崎君が、巨大なビーカーのようなガラスケースと、備え付けの装置が幾つも、壊れた状態で立ち並んでいる広い研究室の一室で、言った。
「どうやら、ここでクリーチャーの研究をしていたみたいだ。それ、細胞」
 割れたガラスケースを指差す。そこには、出来損ないの犬のような、気持ちの悪い生物……それよりも、物体といった方が良い、それが散乱していた。赤く、血に染まって、何かに食い千切られたようである。
「仲間に食べられたんだね。クリーチャーの知的レベルが窺えるよ。この分だと……そうだね。百体近くはいるよ。研究所が、右と左で対になっている、ってのは考えられないから、長谷川たちの行った方は、たぶん別の施設、食堂とか、制御室とか、そういうのが置かれているんじゃないのかな。多分、彼らの方が正解で、ルートに選ばれるだろうね」
 そう言い、中央まで歩いていく。
「クリーチャーは、生物である以上餌を必要とする。そうなると、考えられるのは二つ。一つは共食い。もう一つは……そう、餌探しかな。でも、クリーチャーが食堂で食事しているかっていうと、なんか、考えづらいよね。だって、彼らは肉食に造られているから」
「そうなんだ」
 岡崎君が頷く。
「理由は簡単。人を食わせる為さ。殺人に意味する欲求を与えなければ、無知な生物は行動を起こさない。ほら、ペンギンに芸を仕込むときも、成功したら魚をあげるだろう。それと一緒さ。クリーチャーが人を殺す理由は至極簡単。食事の為さ」
「そういえば、クリーチャーに人が食べられるの場面を見たことがあるな」
……僕もだ。女性が弄ばれながら、食事にされるのを見かけた覚えがある。
「食欲、それがクリーチャーの人を襲う理由。熊とかと一緒さ。ただ、クリーチャーと動物の違いは……自然が生み出したか、人が生み出したか」
「人が、生き物を生み出すなんて間違っていると思う」
「どうかな。僕は、人が今よりも万能になるべきだと思うけど。……そうでなかったら、人は滅びてしまう」
人が、もっと優れるべき、か。でも、人がもっと優秀になって、神様みたいになって、その先に、何があるんだろう……
そんなことを考えていると、急に鏡さんが顔をしかめる。
「岡崎……確かに、クリーチャーが食堂で食事を取るというのは間違いみたいだ……しかし、これは……」
僕は、鏡さんが見ているほうに視線を移す。
そこには、十数匹ほどの、狼型のクリーチャーと、それに食される、二匹の同型のクリーチャーがいた。
僕は、咄嗟に口を押さえる。
「……なるほど。食す人間がいなくなったら、次は仲間を、って訳だね。何処まで、知的レベルの低い生き物なんだか……」
「……大丈夫か。坂上さん」
僕は、頷く……が、ちょっと具合が悪い。
時々、烏が車に轢かれていたりするが、これはその比じゃない。無残というか、散々というか、とにかく、目とか、内臓とか、歯だった物とか、そういうのが散らばって、3mほどの血の海を造っている。それが、妙な腐臭を出して、吐き気をもよおしてくる。
暫く、形無い生き物と、それを貪るクリーチャーの構図が続き、ふと、数匹がこちらを振り向く。
鏡さんが、言う。
「来るぞ!」
 三匹が飛び掛る。
 バシュンッ!
雷光が三条飛び、全てを焼き尽くす。
岡崎君は、一歩下がり、更に駆け寄ってくる二匹に雷を放つ。
 バシュンッ!
 五体のクリーチャーが灰になり、消し炭を上げる。
 仲間がやられたと気付き、残りの全てのクリーチャーがこちらを振り向く。そして、威嚇するように唸り声を上げた。
(……来る!?)
そう、直感する。そこに、鏡さんの声が届いた。
「坂上さん、調子が悪いなら目と耳をふさいだ方が良い」
鏡さんが言う。
 ……どういう意味?
 しかし、それを問う暇もなく、残りの全てのクリーチャーが、一斉に飛び掛ってきた。
(数が多い!?)
だけど、鏡さんは落ち着いた物腰で、クリーチャーに掌を掲げる。
そして、力を解放した。
 ドォォォォォォォン!!!
仮借ない、重力の嵐。
一瞬にして、数十倍になった自分の体重を支えきれなくなったクリーチャー達は、見る見るその姿を変貌させ、潰れていった。
 血の泉が、10m近くになる。
「……すごい」
僕は、そうとしか言えなかった。
一瞬にして、七匹のクリーチャーを倒した鏡さんは、息一つ崩さず、冷静に辺りを見渡した。
「……他に、クリーチャーはいないようだな」
「そうみたいだね」
岡崎君が頷く。そして、MOディスクを取り出し、少し離れたコンピューターに歩み寄る。
「せっかくだから、ちょっと情報収集するよ」
電源は、まだ生きているようで、コンピューターはちゃんとたちあがったみたいだ。……それより。
「鏡さん」
「……あ」
 鏡さんは、僕の方を振り向く。そして、すこし気まずそうに俯いた。
「……嫌なものを見せてしまったようだね」
「あ、いいえ。……あたしも、クリーチャーを沢山倒してきましたから。それより……」
視線を、クリーチャーの死骸に移す。あまり、見たいものではないので、すぐに視線を鏡さんに戻した。
「……今のは?」
「重力だよ。空間の重力を、数十倍にする。岸に打ち上げられた鯨だって、長生きしないだろ。人だって、せいぜい自分の体重程度の物しか運べないんだ。あれだけの負荷がかかれば、2秒も生きてられないさ」
「……すごいですね」
 そうとしか、言えなかった。
 相模さんの火球は、マグマほどの熱量がある。愁さんの真空刃は、全ての物体を引き千切る。響ちゃんの水槍だって……洪水とか鉄砲水の恐ろしさを知っているなら、どんなものか解るだろう。そして、僕の物質を変える力や、重力を増やす技。
 これじゃあ……まるで……僕達が……
「兵器ですね……」
「……ああ」
 僕の言いたいことを理解してくれたのか、鏡さんが頷く。
「僕達は、自分の中に絶えずナイフを持っている。……だから、能力のあり方は、真剣に考えるべきなんだよ」
僕は、鏡さんの、テントで言ったことの意味がようやく解った。
何気なく能力を使っている、響ちゃん。
能力の使い方に意味を得ている、紫季ちゃん。
能力を武器にしている、相模さん、愁さん。
 ……僕は……誰に似ているんだろう?
鏡さんが、優しく言う。
「今はいいさ……肝心なのは、僕らが兵器にならないことなんだから……その為に、意味を見つければ、良いさ」
 僕は、鏡さんに頷いた。

そこに。
 蜘蛛のクリーチャーが現れた。
蜘蛛のクリーチャーは、岡崎君の真後ろに現れる。
「ん?」
岡崎君は、軽く振り返り。
 ザシュ!
 クリーチャーが、岡崎君を、貫いた。

 絶叫が、響いた。








 あとくされ

 うい、こんちわっす。MIEYAです。
 放置もあれなので、リヴァイヴァ7話、お送りします。
 感想、お願いします。

 ……

 いや、それだけではなんなので、何か雑談でも。(汗
 シュワルツネッガーが知事に当選しましたね。
 カリフォルニア州知事として、というよりパフォーマンス色が強かった為に、
 お祭り騒ぎになってしまったカリフォルニア選挙。
 うがった目で見ると、シュワルツネッガーの売名行為にも見受けられます。
 自分の名を売るのに手段を選ぶ人間は、表舞台に立つのには向いてないと思いますが、
 一州の存亡をかける選挙を自分の為にしか利用しないような人間に、
 政治を任せる危機感を持たないという部分では、
 カリフォルニア州と日本は大変似てますね。

 で、次回予告ですが。
 そろそろいっぱいいっぱいです。
 始めた頃には、二週に1うぷを目指していたのに、気が付いてみればはや半年。
 で、次回は。
 最終回です。一部の。
 決して、一部さえ終わらせておけば二部を書かなくても良いな〜という算段ではないですよ?

 まあ、それでは。エンイー。



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