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※前回までのあらすじは
居候はレヴァの王子様 幕間「ユウの憂鬱」
をご覧ください。

―0―


 距離感覚は難しい。
 こっちから近づいたからといって相手が寄ってくるとは限らない。むしろ相手は遠ざかってしまう。そういうときには、相手の好きなものを用意して距離を縮める方法がある。
 賄賂、買収、大人の取引。
 つまりそういう状況だった。
「ほら、クロの好物のクジラ肉だよ」
 五月の連休明けに拾った子猫のクロは、クジラ肉につられてじりじりと近づいてくる。
 家族旅行につれて行かなかったことにすねたのか、知り合いの世話にご不満だったのか、家族旅行から帰って三日間くらいは家族に警戒しているようだった。知り合いに聞くと餌をあげに行ってもどこかに出かけたようで家にいないことも多かったようだった。ひょっとしたら家出癖がついて、外の誰かと仲良くなってしまったのかもしれない。
 しかし所詮、猫は猫。動物の本能として食べ物に惹かれる。クジラ肉の匂いにつられて、じりじりと近づいてくる。
 一回、ふん、と鼻を鳴らしてからクロは肉にかぶりついた。
「よし、よし」
 クロは顔を上げると小さく「みゅう」と鳴いた。
 クジラ肉の缶詰でクロと関係修復の機会が与えられ、人肌が恋しい朝方などにはクロがベッドに入ってくるようになった。





居候はレヴァの王子様

第六話 猫の言葉は猫だけが知る

作:Plantain


―1―


 夏休みの家族旅行から帰って七日目、すなわち夏休み最終日のことだった。
 明日から学校が始まりユウと会える。夏休み前の気まずさも少しは解消できるかもしれない。普通の友達としていられればよいという、はかない希望をもっていた。
 その日の朝はやけに目覚まし時計がうるさかった。
 二段ベッドの一段目。上の二段目にはメイが寝ている。
 一段目の布団の中で寝返りを打つ。うつぶせになり、ビーピーと鳴っている目覚まし時計に右手を伸ばし、アラームのスイッチをポンと押す。
 こんなとき、ずっと寝ころんでいられる猫になりたいような変な気分になる。けれども明日から学校が始まるから、練習と思って早起きをしようと考える。うつぶせの体勢から四つんばいの姿勢に移り、背中を逸らして伸びをする。停滞していた血液が再び流れ出すような感覚に、ふっと口から息が漏れる。
「にゃあ、あ?」
 布団を跳ね上げるようにして起きあがり、メイが寝ている二段目の下を叩く。
「うみゅ?」
 上の方でメイの声がする。ベッドの横から身を乗り出して、メイがいる二段目を覗き込む。
 淡い桃色のネグリジェがメイの身体をほんわかと包んでいて、セミロングの金髪はメイの頬を半分だけ隠していた。左手で布団をたぐり寄せるようにして座っていて、右手は半分眠っている目をこすっていた。
「どうしたユイ? まだ朝の六時三十分ではないか」
「あ、あのね。メイ。クロがぼくの布団にいないんだけど、メイの方にいるのかな?」
 メイぱちくりと目をしぱたいた。カーテンの隙間から入ってきた朝の光が、エメラルドグリーンの瞳で反射している。
「ふみゅ。ユイ、ちょっとこっちに来てくれ」
 掌を上に向けて前後に振る西洋式の手招きだった。
 手招きに応じる形で二段目に上がり、メイの正面にすとんと座る。
「ふみゅ」
 おもむろにメイは自分の頬をぼくの胸に押し当てた。
「え?」
 胸の上にメイの頬を感じる。ふわふわとした感触はメイの頬のやわらかさだけではない。
「あ、あの?」
 ふっ、とメイが顔を上げる。
「成長しているな。でもまだ少しだな」
 メイにつんつんと胸をつつかれる。
 あわてて左手で胸を押さえてから右手をひらひらと振って抗議する。
「ぼくのことはいいんだよ。クロがいないんだよ」
 メイはぽんぽんとぼくの肩を叩いた。
「まあ、まて。落ち着いて論理的に考えるのだ。正確には『クロはここにいない』ということだ。もっともこれでも曖昧だな。『クロは二段ベッドの一段目にも二段目にもいない』くらいになると限定されるかな」
 メイは「ふーみゅ」と両手を上げて伸びをした。桃色のネグリジェが動き、メイの胸のなだらかな丘陵をさらさらとなぞる。
「とりあえず朝ご飯を食べに行こうではないか。クロは今、居間にいるかもしれない」
「じゃ、じゃあ行こうか……て、着替えた方がいいよ?」
 そのまま居間に行こうとするメイを落ち着かせる。その後メイが顔を洗って着替えて居間に行くまでにしばしの時間を必要とした。メイは胸元がはだけた白いブラウスに短めのティアードスカートと今日も風通しのよい服装だった。
 我が家は古き良き時代の純和風であり、食事とお茶は円形のちゃぶ台を囲むように正座して行なう。いるかと思ったのだけれど食事の席にもクロはおらず、食後のお茶にもクロは現れなかった。
「やっぱり、鯨肉の缶詰がいけなかったのかしら」
 母さんはしきりに賞味期限が切れた鯨肉をクロにあげたことを気にしていた。でもぼくは、賞味期限は切れていたけれど消費期限は切れていなかったのを知っている。なぜなら同時に十個セットで買った缶詰の一つが今朝の食卓に出ていたからだ。
 たぶん原因は他にある。
「気にしないで大丈夫だよ」
 と母さんに言う。夏休み中に留守番電話に何件も入っていた無言電話と同じくらい気にしないでいいと思う。
「じゃあ全然気にしないことにする」
 そう言って母さんはさっさと生協の受け取りに出かけていってしまった。農林水産省有機栽培認定完全無農薬本純粋天然農法の夏野菜が大量に入荷されたのだという。
 母さんが去った後にはなぜか商店街の福引きのチケットが残された。
 ――立つ母福引きのチケットを残す。
 ちゃぶ台に座ってメイと二人きり差し向かいで食後のお茶を飲みながら、ふうっと大きくため息をついた。
「私はクロを探索に行ってくる」
 不意にメイが立ち上がり、服を上半身から脱ぎだした。
「ま、まってよ。なんで急に服を脱ぎ出すのさ」
「なにを不思議がることがあるのだ? これから探索に出るのだ。だから服は必要ない。故に服を脱ぐ。論理的に誤りはないぞ」
 既に上着を脱いで、ブラウスのボタンをはだけたままの状態でメイが不思議そうな顔をする。ふくらみのある素肌が「こんにちは」している状態で止まるのは絶対に間違っている。
「いや、その」
 健全な男子中学生はこの状態を潔しとしないはずだ。
 とりあえず顔を横に向けて、メイに言う。
「探索に出るから服が必要ないというのがよくわからない。それにぼくも探索に行きたいんだけど」
 もし探索に出るから服を脱ぐんだったら、ぼくも服をぬがなければならないことになる。最近はやっぱり素肌が空気に触れるとくすぐったい感じがして、上半身裸というのにも抵抗がある。
 いや、そんな事を考えている場合ではない。問題はメイが服を脱ぎだしたという現実だ。
 ぱさり、と服がちゃぶ台の上に落ちる音がした。
 背けた顔を前に戻す。
「あ」
 メイの姿を視界全体に捉えてしまった。
 その瞬間、黄金色の光がメイの身体を囲んで円筒状に立ち上がった。紫色の光束が筒の表面をなぞるように螺旋状に回転し、筒は半径を縮めてメイの身体に近づいていく。円筒がメイの身体に接した瞬間に円筒が球へ変形し光が強く輝いて、一瞬のうちに光がはじけた。
「みゅう。久しぶりだな。この姿に戻るのは」
 二、三回目をぱちくりとさせる。
 ちゃぶ台の上でしゃべっているのは黒猫だった。身体全体は漆黒の獣毛に覆われているものの、ぴんと立った黒い耳の間に一束の金髪が冠のように生えている。
「歴史的には、地球人もレヴァ星人と交流があった。レヴァ星人は猫型をしているが人型にもなれる。古代エジプトではレヴァ星人が王として恒星間通信施設としての役割を持つピラミッド建設を指導した。レヴァ星人特有の波動因子制御能力を発動させるためには猫耳が必要だった。古代エジプトの王は必ず髪の毛を飾りで隠していただろう。あれは猫耳を隠すためだったのだ」
 メイは偉そうに背筋をぴっと伸ばして二本足で立ち上がった。
「えっと、古代エジプトにはネコ一世、ネコ二世という王もいたらしいね。それで古代エジプトではネコが大切にされていたのかな」
 メイは器用にも二本足のままでちゃぶ台の上を歩き、てとてととぼくに近づいてきて、ぼくの胸を右前足でぽんと叩いた。
「それは関係ない。ネコが大切にされていたのは、ときおり王族が猫型で地域の査察に行ったからだ。おしのびでな」
 ちょっと胸がくすぐったかった。
「ちなみに私の祖父と地球とは関係がある。祖父であるプランク二五六世は若かりし頃ふらっと地球に遊びに来た時に、うっかり科学者に波動因子の秘密を少しだけしゃべってしまい半殺しにされかけた末に逃げ出したのだ。ところで」
 メイがおもむろに頷いた。猫が神妙な顔つきをするのを初めて見た気がする。
「ユイ、ちょっと私を抱き上げて耳の後ろを嘗め……いやなでてくれないかな。レヴァではそれが親しい間柄の正式な挨拶なのだ」
 メイの脇の下に当たる部分に両手を入れて抱き上げる。
 くるりとメイの身体を百八十度回転させ、正座しているぼくの太ももにメイの身体を落とし込む。上からメイのお腹を覗き込む格好になる。
 メイの下半身を目の前にしてちょっと恥ずかしかったり。
「あのさ、やっぱり」
 メイの耳の後ろをそっと撫でる。
「みゃ?」
 メイはかくりと首を傾けた。
 今のメイは裸で、あるものがついているのがしっかり見える。
「あの、やっぱ、メイって、男の子なんだよね」
 メイの猫耳がぴくぴくと動いて指の先がくすぐったい。
「うみゅ。あんまりあそこを見るな。男の子にとって大切なものが減るかもしれない」
「ご、ごめん」
「ちなみに今のユイは女の子だな。その薄緑のTシャツの下地に黒のタンクトップはいいな。微妙な胸のラインがタンクトップで強調されて。そして、さっき見えたのだがデニムの半ズボンなどはいているではないか。立ったら素足から膝上十センチまで丸見えだな。ちょっと恥ずかしいな」
 下半身から上半身まで全身丸見えのメイに言われたくない。
「あのね、ぼくが履いているのは半ズボンじゃなくて、ホットパンツだからね」
「そうか。地球人の洋服の分類は難しいのだな」
 くるりとメイは寝返りを打つようにして起きあがり、ぼくの太ももの上から畳に降りた。
「では、クロを探しに行こうではないか。猫耳は波動因子探知機になるからな。すぐに見つかるはずだ」




―2―


 玄関の前でメイはぴくぴくと両方の猫耳を動かした。
「ふーみゅ。クロはこっちの方に行ったようだ。どうやら学校の方向だな。というわけで私たちは商店街のほうに行こう」
 サマーサンダルから左の素足を引き抜いて、左足の親指でメイの右脇腹をつんつんと突く。メイは「ふみゅう」と小さく鳴いた。
「あのね、メイ。どうしてクロがいるのが学校の方なのに、商店街に行かなくちゃならないのさ」
「追跡を欺くために一度逆方向に逃げるというのが動物の本能だ。ユイの母上様から商店街の福引きチケットを託された事実もある。効率を考えれば初めに商店街に行くのが正しい選択だ」
「メイは考えているんだね」
「ユイは考えていないのか?」
 ちょっと腹が立ったり。
 もう一度メイの右脇腹を足で突いた。メイは「みゅう」と可愛い声で鳴いて身体をくねらせた。
 そんなこんなでメイと一緒に商店街に向かうことになった。
 家の前から東にしばらく歩くと住宅地と商店街の堺に幅六十メートルほどの広い川がある。そして住宅地と商店街を繋ぐ橋は、車道が上りと下りの二車線あって両側に歩道つきのそこそこ立派な橋だった。
 橋を渡ると二車線の道路の両脇にケヤキ並木が続いている。六十年前に道が開かれたときに植えられたケヤキだった。樹齢六十年を超えるしっかりとしたケヤキが視界の隅までずらりと並んでいる。そこがケヤキ通りと呼ばれる商店街のメインストリートだった。緑のトンネルで夏の日差しが遮られ、木々の隙間を通り抜けてくる風が晩夏の残暑を緩和してくれる。
 道の左右には、礼儀正しい執事さんが出迎えてくれる喫茶店や、地下に潜伏してお金で大人の時間を買う店や、真空管を含めた電子部品を大量に仕入れて安く売る店など実用的なお店がたくさんある。商店街のキャッチコピーは「歩けば猫のお買い物」といい、その心は「きゃっと驚く」らしい。
 午前九時三十分。ほとんどのお店は開いている。
 左側に携帯ショップがあった。ショーウィンドウに並べられた色とりどりの格安携帯電話がちょっと羨ましい。我が家では携帯電話を持つことは時間拘束の危険性と経済的理由といった観点で禁止されている。
 メイは尻尾をぴんと立てて、てとてとと赤煉瓦張りの歩道を先に進んでいく。
「ふみゅ」
 メイの視線が左のショーウインドウにずれる。メイの視線を追いかけて『グリーンハウス』という少女趣味のお店を見ると、「夏の魔法」と書かれた特売が行われていた。色とりどりの装飾がつけられたワンピースを主体に陳列されている。一番端には黒いワンピースを着せられたマネキンが飾り付けられており、マネキンの手には箒が持たされていた。どうやら『魔法』を主題にしているらしい。
「ユイ。箒が必要だったかな?」
 メイの顔だけがぼくの方を向いた。
「へ?」
「夏の少女に黒猫といったら、箒ではなかったか? ちがうか?」
「いや、ぼくが着ているのはそういう服じゃないから」
 白衣に朱袴とかだと箒が似合うけれど。いや、やっぱり夏はフリルとリボンの付いたパステルカラーのワンピースがいいかな。麦わら帽子に夕焼け空で二人きり、海に沈む夕日に思いを乗せて告白。少女の理想だ。
 いいなあ。
 いやまて。
 ふるふると首を振る。
「なにを考えているんだ? ぼく」
「なにを考えているんだ? ユイ」
 メイはぼくの方を向いたままで歩いている。
「あの、メイ、その」
「ふみゅ?」
「あぶな……」
 前方不注意でメイの頭がケヤキの樹と正面衝突した。樹齢六十年以上、台風にも負けず立っていた根元の堅さは伊達ではない。むしろ正宗をつけて「伊達政宗」とした方がいいくらいだ。ケヤキにやっつけられたメイが、こてんと仰向けにひっくり返る。
 あわててぼくはメイに近づいてしゃがみ込んだ。
「大丈夫?」
「うむ」
 メイはなんとか起きあがると、両前足で頭を押さえて情けなさそうな顔をした。
「猫も歩けば木の根に当たる、とかなんとか言うのは本当だったのだな。地球人の事象予測能力もなかなかのものではないか」
「それは『犬も歩けば棒に当たる』だよ」
「そして『後ろを向けばお姉さん』か?」
「へ?」
 くるりと後ろを振り向くと『グリーンハウス』という少女趣味のお店のお姉さんが立っていた。落ち着いたグレーのワンピースを身に纏いロングヘアーに赤い大きなリボンをつけた状態で、にっこりと笑って「いらっしゃいませ」と言われてしまい、ぼくは「あ、はい」などと間抜けな返事をしてしまった。
「ものがケヤキの根本だったので、気になったのですわ。アーノルド、あれを」
「は」
 後ろに控えていた執事が茶色い小瓶を取り出した。お姉さんは瓶を受け取り、中身をくっとメイの口に流し込んだ。
「ふみゅっ」
 再びメイがひっくり返る。
「アーノルド、この子をベッドへ」
「は」
 後ろに控えていた執事がメイを抱きかかえると、すすっと店の奥へと引っ込んでいった。
「えっと、そのメイは?」
「大丈夫ですわ。ちょっと効き過ぎただけですわ」
「その瓶の中身は?」
「気付け薬ですの」
 渡された瓶の蓋をとって、理科の時間で習ったとおり左手で仰ぐようにして匂いを嗅ぐ。ほわっとした匂いで頭がちょっとふらっとしたり。
「俗にはウイスキーとも申しますわ」
 俗ではなくてもウイスキーというと思う。お酒とたばこは二十歳を過ぎてから。そういえばメイの本当の年齢はわからなかったり。
「さてさて、小さいお客様。実は私のお店は商店街の福引きに参加しておりますの。商店街の福引き券をお持ちになられて?」
「あ、はい」
 ポケットから母さんに託された商店街の福引きチケットを取り出して見せる。
「まあ」
 そう言ってそのお姉さんは両手を合わせて嬉しそうに笑った。
「さ、さ、こちらにいらして福引きをひいてくださりません? 豪華景品を用意してありますの。私ハナと申しますの。お客様のお名前は?」
「ユイです」
 招かれざる客は入るべからず。招かれし客こそ入るべけれ。『こそ』は強調の係助詞で已然形で係結ぶ。招かれしおりある店内に訪ね入ることはべりしに、といった感じの雰囲気だった。
 店の内部は人形の家をそのまま大きくしたような様子だった。淡いパステルカラーを主体としながら、彩度を僅かに落として自然にとけ込む色合いにされていた。窓枠は煉瓦で固められていて、天窓は木枠のはめごろしになっていた。曲線を描くようにして二階に階段が続いていた。部屋の奥に円い木のテーブルが置いてあって、少しくつろげるようになっていた。
「こちらですの」
 ふと我に返って振り返ると、お店のお姉さん――ハナさんが一枚の服を両手で広げるようにして掲げていた。パステルグリーンのワンピース。胸元から首筋までレースの模様が入念に織り込まれていた。花の形を思い起こさせる周期的な模様が、微妙な光の濃淡を作りだしている。
 こくり、と唾を飲み込んだ。
 服に見つめられているような気がしてくすぐったかった。
 服に惚れ込むという感情をぼくは今まで持ったことがなかったけれど、その服からはそういう雰囲気が醸し出されていた。なにかに包まれたいという空気を二次元に展開して、それを三次元に再構成したような感じだった。
「気に入られまして?」
 小さく口から息を吐き出す。
「ええ、まあ」
「モデルになっていただけましたら、そのときの服を福引き券と引き替えに差し上げます」
「えっと、そういうふうに決まっているのですか?」
「今決めましたの」
「今決めたんですか」
「お客様の顔を見て決めますの。ほら昔から言うでしょう、需要あるところに供給ありと。市場原理ですわ」
 じっとハナさんを見る。
 そんないい加減では店の経営は成り立たない。非効率な経営を行う企業は市場から追放されると昔の偉い人が言っていたはずだ。
 そう思われているのに気がついたのか、ハナさんは口元に左手を寄せて微笑した。
「ほほほ。もともとこのお店は私の母のトメさんが趣味で始めたお店ですわ。今では母は田舎に隠居して、私がこのお店を任されておりますの。収益は関係ありませんわ。ではアーノルド」
「は」
 不意に脇に気配を感じた。
「へ?」
 アーノルドと呼ばれていた執事がいつの間にかそこにいた。
 とりあえず横に一歩動く。
「アーノルド。いつもわかるように来なさいと言っているでしょう。ユイさんが驚いているではないですか」
 ハナさんは人差し指をぴっと立てて、首を小さく右に傾けた。
「じゃあ、ユイさんを試着室に案内してさしあげて」
「は」
 ふわっと身体が宙に浮いた感覚がして、ひゅうっという風の音が聞こえたかと思うと、いつの間にか店の奥にある試着室に着いていた。
「どうぞ、こちらへ。私はこちらに控えております」
 アーノルド執事は軽く一礼した。
「あ、ありがとうございます」
 靴を脱いで試着室に上がり、カーテンを閉めて正面を見る。
 一畳だけの試着室で正面が鏡ばりになっていた。
 真っ白い空間の中に服を抱えて立っている。
 それがぼくだとわかっているのだけれど他人のように思えてしまう。
 やわらかい生地でできたTシャツを肌に直接着て、その上にタンクトップを重ねている。まだそんなに膨らんでいないから肌着には抵抗がある。けれどいまのままでも鏡を見ると円みを帯びて膨らんだ身体の形が服の上からわかってしまう。
 しゃぼんのようないい匂い。肩口から見える滑らかでやわらかさそうな肌色の皮膚。首を倒し、肩に頬にあててこすったら、ほんのりと太陽の匂いがした。鼻がむずがゆいような気がして手の中の服に顔を埋める。
 ふんわりとした服の生地はとても気持よかった。
 ふっと顔を上げる。
 鏡の中で一人の少女がぼくを見つめている。
 それが今のぼくだとわかった瞬間に、胸の奥がくすぐったいような感じがして、お腹の中でなにかがちょっと動いた。暖かいものが身体の中を流れて、皮膚の表面から甘い香りが立ちのぼってくる。その匂いが心地よくて、嬉しい気がして、心のどこかが変になってしまいそうだった。だからその匂いを消したくて目の前の服に手を伸ばした。
 手に持った服の中に肌着が含まれていた。
 着ている服を脱いで、一瞬ためらった後に胸に合わせてみるとそれは測ったようにぴったりだった。
「なんか、変、かな」
 しっかりとつけてみると、軽く合わせた時よりも肌着の感覚が強くなる。でもそれは窮屈というよりむしろ優しく包まれているという感覚に近かった。薄い桃色をした肌着の色は素肌の色とほとんど変わらない。周りに人はいないのだけれど誰かに見られているような気がしてしまう。
 ひゅう、と息を吐いてパステルグリーンのワンピースを身につける。
 服のサイズは大きくもなく小さくもなくぼくの身体に合っていた。
 くるりと身体を一回転させるとワンピースの裾がふわっと上がった。
 鏡の中の自分を見つめるのが気恥ずかしく、そそっと更衣室を後にする。白いサマーサンダルに素足を通しハナさんがいる所に歩いて帰る。
 ハナさんは両手を合わせて胸元に寄せ、満面の笑みを顔に浮かべた。
「まあ、まあ。お姫様みたい」
「そ、そうですか?」
 なんとなくこのままハナさんの言葉に乗せられてしまいそうな悪い予感がしたりしなかったり。
「失礼します」
 すっ、と気配を感じさせずにアーノルド執事が出現した。
「メイ様がお目覚めになりました。裸でしたので適当な服を用意致しました。すぐに参ります」
 アーノルド執事の手が一つの扉を指し示した。
 扉が開き少年が現れた。足元は黒い革靴に白いソックス、濃い茶色の半ズボンに革製のサスペンダー、上は白い半袖のワイシャツで首元は赤い蝶ネクタイが締められている。男の子にしては少し長い金髪は、頭の真ん中で分けられていて、黒い猫耳がぴょこりと突き出ている。
「まあ、まあ。王子様みたい。さっきは猫みたいだったのに」
 両手を頬に当てて、ぽうっとしているハナさんを横目に「本当に王子様なんですけど」というつっこみは無しにして、小さな声で「さっきは本当に猫でした」と言い訳めいた付け足しをした。
 メイはぼくたちの方に歩いてくると、申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「ふみゅ。迷惑を掛けてすまなかった」
 ハナさんはしゃがみ込んで、すすす、とメイの方に近づいていく。そして右手の人差し指を伸ばして、メイの頬をつんとつついた。
「ふみゃっ」
 ぴくっとメイの頬が波打った。
「みゅう。触る時は声を掛けてからにして欲しい。それがスキンシップというものだ」
「きめたわ」
 ハナさんが両手を合わせるように、ぽんと拍手した。
「福引き券で、メイさんの分のお洋服も差し上げますわ」
 市場原理無視で経営基盤の弱体化を招く経営判断だった。
 それはともかくメイの脇に近寄って小さな声でささやく。
「あのさ、その格好って、猫耳がついた男の子だけどどうしたの?」
「ふみゅ。人型だな。さきほどののエタノールが含まれた飲み物ですこし活性化したのだ。いつもの格好に戻るにはエネルギーがもう少し必要だ」
「どういたしましたの? 『おぼしき事言はぬは腹ふくるるわざ』と申しますわ」
 ハナさんに怪訝そうな顔をされる。
「あ、えっと」
 メイのお腹がくう、となった。
「お腹がすいたなあって」
 口元に手をあてて、ほほほ、とハナさんが笑う。
「ではでは、十時のお茶にいたしましょう」




―3―


 ティータイム。メイと並んでテーブルに座る。右隣にメイがいて正面にハナさんがいる。
 恐縮してしまうと言ったら、ハナさんは「今日はお客さんが来るのでお茶の準備をしておりますの。かわいいお客様ですわ。娘のお友達ですの。だからお気になさらないでくださいね」と返事をした。
 桃色の花模様があしらわれたティーセットがテーブルの上に乗っている。ティーポッドは布製のティーマットの上に置かれてあり紅茶の温度をほどよく保てるようになっていた。ティーセットは全てが桃色の花柄でまとめられていた。この花柄を含んだティーセットは、たぶん意匠権で保護されているのだろう。
 目の前にあるティーカップの中には透明感のある液体が既に注がれている。
 ティーカップの取っ手に手を伸ばす。
 耳たぶを思い起こさせる形をした取っ手は細くて、熱いティーの温度を感じさせなかった。口元にティーカップを寄せてティーの香りを楽しんでみる。渋さを含んだ香りはカテキンの記憶を想起させ、カップの中身をよく見ると底には茶柱が立っていた。
「緑茶ですね」
「グリーンティーですの」
「茶柱が立ってますね」
「ティーステムですの」
「幸運の印ですか?」
「グッドラックですわ」
 ふうっと熱いお茶に息を吹きかけたら緑茶の香りが立ちのぼった。
 ちらりとハナさんを見ると口元に微笑を浮かべてぼくを見ている。
 なんだかハナさんに注目されているような。
「わたしは可愛い子が大好きですの。アーノルド、写真を」
「は」
 ずさっ、と目の前にライカM2を構えたアーノルド執事が現れ、かしゃかしゃと写真を撮ったかと思うとすぐに姿を消してしまった。
「あのお、アーノルドさんは?」
「玄関に小さい客様がお見えになりましたの」
 ハナさんが指を差した先にアーノルド執事が見えた。
「今こっちで写真を撮っていたのは」
「それもアーノルドですの」
「一瞬で玄関に移動しているんですけど」
「アーノルドですもの」
 ハナさんは満足そうに頷いた。
 右隣のメイの方に顔を向けると、メイは渋い顔をしてグリーンティーを飲んでいた。両手でティーカップを掴み上げている。メイが顔を上げてぼくの方を向く。
「好きだ」
「へ?」
 唐突だった。
「言いしれない愛しさをユイに感じる」
 かたり、とメイはティーカップを置いた。
 メイの頬は少し上気して桃色に染まっている。
「初めて私の身体に覆い被さりキスをしようとしてくれた瞬間に運命を感じた。そしてユイの身体にレヴァ星人の血が混じっていることを知った瞬間に運命は必然に転じた。私とユイは出会うべきして出会ったのだ。私の心はユイに吸い寄せられ引き込まれている。私はユイに心奪われている。食べてしまいたいくらい、ユイが好きだ」
 ただひたすらに好きだと言うメイ。
「にゃ、にゃあ。急に言ってすまない。ただ、この姿で言わないと格好がつかないので。猫耳で男の子でないとな。やっぱりこういう告白は男の子がするものだろう? 地球ではよくあるのだろう。二人でお茶を飲んで告白というパターンは。ちがうか?」
 メイは猫耳をぴくぴくとさせた。
 男の子の姿をしていて猫耳をつけているメイはちょっと格好良くて、ちょっとかわいかった。そんなメイを見ているとやわらかくて温かい感情が胸に生まれて、メイを思い切り抱きしめてしまいたいような気持になる。それはちょっとだけ素肌を見られてしまった照れくささ、そしてその反動に似た気持だった。
「目をつぶってくれないか」
 メイに頼まれる。
「どうして目をつぶるの?」
 メイに訊ねた。
 メイは息をついて言った。
「その方が、かわいいから」
 とくり、と心臓が脈を打つ。
 かわいさとか、愛らしさとか、そんな形容詞がぼくに似合うなんて思ったことはなかった。でも今のぼくにそういう言葉が似合うのだとしたらどうなんだろう。
 ちょっと嬉しい。
 そうかもしれない。
 ぽっと頬と瞼が熱くなって、瞼の熱さを冷ましたくて、息を吐いてぎゅっと瞼を閉じる。
「それはちがう」
 肩にメイの身体の重さを感じた。
「もっと力を抜いて。でも」
「でも?」
「そんなユイも好きだ」
 頬にメイのやわらかい唇を感じた。
「あ」
 ふっと、身体の力が抜ける。
 触れた瞬間に身体の中へなにかが流れ込んでくる。それは泉から湧き出した水が溢れ込んでくるような感覚だった。身体の中でなにかが変わった。小さな花の蕾が開くような感覚だった。今まで見ていた無色の世界にうっすらと虹色が重なるような感覚だった。ふれているのが嬉しくて、流れを感じているのが心地よくて、流れ込んでくるものを全て受け入れてしまいたいと感じた。
 身体の力が抜ける。身体が溶けてしまいそうだった。
 この気持はなんだろうと思った。この気持を知らなかった。
 今までに感じたことがないくらい大きくて、切ないような満たされているような、甘いようなすっきりとしているような、あいまいではっきりとしていて、しびれるようでふわふわしている。
 抱きしめたい。
 包み込んでしまいたい。
 幸せになりたくて、幸せをあげたくて、だから誰かと一緒にいたい。
 ずっとそれだけを感じていたくて、それ以外の全てを忘れてしまいたくて、それだけが真実のような気がしてしまう。
 でも、ぼくは……。
 ぼくはなにか大切なことを忘れている。

 不意に頭に浮かぶ。
 ユウ。

 とん、という音を聞いた。テーブルの上に何かが降りた。
 視線を感じた。
 頬がほてって、ぎゅっと恥ずかしさが絞られるような気がした。
「いや」
 メイの身体から逃げる。
 ふっと、メイの唇が頬から離れた。
 目を開けた。黒い塊が視界に入った。黒い子猫がちょこりとテーブルの上に座っていた。
「クロ?」
 視線を上げるとテーブルの向こうにユウがいた。
「ユウ?」
 ユウはただ呆然とぼくとメイを見つめていた。口は半ば開いたようだった。
 ユウの髪型はツーテイルだった。顎の先と耳を結ぶ線の延長線上で束ねられたツーテイルだった。蝶結びの赤い紐を見たら、どこかに眠っていた懐かしさが湧き上がってくるようで心が苦しかった。
 唐突なユウの出現に違和感を感じなかった。
 ハナさんが「今日はお客さんがある」と言ったことを思い出したからではなく、さっきアーノルド執事が玄関にお客さんを迎えに行ったことを思い出したからでもない。
 理由はメイの言葉を聞いている瞬間に、ぼくがユウの気持を忘れてしまったから。ぼくがユウに言わなければいけないことがあるから。今ここにユウがいるということの意味があるから。意味があることはあってもおかしくない。だからユウが今、目の前にいても不思議ではない。
 テーブルの上にいるクロがぼくの方へ近づいてくる。
 テーブルの端からぼくの胸の中にクロがすとんと落ちる。
 ユウの髪の毛が動いた。ユウが動いた。ユウがぼくの隣へ来た。
「こっちに来てください」
 ユウの右手がぼくの左手を握る。
 そのままユウに左手を引かれ、メイから引きはがされるように立ち上がらされた。
 胸の中でクロが、みゅうと鳴いた。
 反射的に右手でクロを抱きしめた。




―4―


 ユウに左手を引かれていく。
 胸の中でクロが不安げに、みゅうと鳴く。
 ケヤキ並木の下を小走りに進んでいく。木の隙間から夏の日差しが歩道に落ちてきて、煉瓦のタイルに光の濃淡が作り出される。風が吹いて光の濃淡が揺れる。
 ユウの右手は少し汗ばんでいて柔らかかった。
 歩道と横断歩道の隙間の段差でサマーサンダルがつっかかった。
 抱いているクロが胸の中で揺れた。クロが鳴いて胸の中で動いた。胸の先がくすぐったかった。
 ユウの手を握りしめた。ユウは強く握り返した。
 歩行者用の青信号が点滅した。ユウに再び強く手を引かれ、また走り出して横断歩道を渡る。着ている服の裾が、ふわふわと風で揺れる。
 横断歩道の向こうに公園があった。夏休み最後の日にもかかわらず、商店街から外れたところにある公園には誰もいなかった。
 中央に池があり、高さが身長の二倍ほどある石のモニュメントが立っていた。モニュメントの側面に空いた穴から水が八方に溢れ出ていて、そのまま公園を囲む水路に流れ込んでいる。
 公園の中では青々とした芝生が広がっていて、一定の間隔をおいて広葉樹が植わっていた。夏の日差しは木の葉で緩和され、木々の隙間を通ってきた風の流れは少し湿り気を含んでいた。公園の反対側に一台のブランコがあった。
 小道を通ってブランコに近づく。
 ブランコの周りだけ芝生が少しはがれていた。
 ブランコにユウと並んで座った。
 ユウは、きい、とブランコを揺らした。
 ぽつり、とユウは言った。
 夏休みの間に何度もぼくの家に何度も電話をしたけれど留守だったこと、夏休み中クロはユウの家に入り浸りだったこと、今日はノンちゃんと買い物をする約束だったこと。
 ぼくもユウに話すことがある。
「あの、ぼくには、レヴァ星人の血が混じっていて」
 本当は気持ちをたくさん伝えたいのだけれど、事実を伝えることしかできなかった。
「それで、身体が女の子に変化して」
 ユウは、ぼくの方を向いていない。ただ正面を向いてブランコの鎖を握っている。
 久しぶりに会えたのに、二人でやっと話せるのに、なぜか心が苦しかった。
「今のぼくの身体は女の子だけど、でも、ちゃんとしっかり猫耳が生えたら、男の子に戻れるってメイが言っていた。それで、さっき隣にいたのは、メイで、メイは男の子で、あれがレヴァ星人の人型の本来の姿で」
 翼の音が聞こえた。鳩が目の前に飛んできた。
 公園の木が風で揺れている。
 鳩は首を前と後ろ前後させながら、公園をてとてとと歩いていく。
 空気は動いている。でも息が詰まる。
 言わなければいけない。
 前にユウの事を嫌いだと言ったのは嘘だったと言わなければいけない。ユウのことを大好きだと言わなければいけない。
「ぼくは本当は」
「そうなんですか」
 ふ、とユウが笑った。
「え?」
 ユウの目がぼくを見る。ユウの瞳に訴えるような哀しみの色を見た。
「そうなんですか。もうユイは。わたしのことなんか」
 翼が動く音が聞こえた。
 鳩が飛んだ。
「わたしって、なにを思ってたんでしょうね。夏休みが終わったら、全てが元通りになるって思ってたんです。あのときはユイは少しおかしかったんだって思いこんでいたんです。そんなはずないですよね。メイは男の子で、ユイは女の子になったんですよね。なんにもないと思うのがおかしいですよね。メイはずっとユイの家にいたんですよね。ベッドも同じなんですよね。もうAもBもやったんでしょうね。なんなんでしょうね。わたしって」
 ユウの口から淡々と吐き出されてくる言葉には抑揚がなく、ユウの息の流れは真っ直ぐだった。
「夏休みに何回もユイの家に電話したけど、だれも出なかったんです。一度、ユイの家にも行ってみたんです。ユイたちが家族旅行に行ってたってユイの隣の家のおばさんから聞いたんです。ノンちゃんとキイ君から、ユイがギター部に入るって聞いたんです。たぶん、もう天文部もやめちゃうんですよね。聞いてなかったです。わたしはユイになんでも話してたんです。でもユイはわたしになにも話してくれなかったんです」
 ユウは空を見上げた。
「どんどん、ユイはわたしから離れていく」
 空は青かった。ただ単純に青かった。吸い込まれそうに青かった。青は遠かった。
「わたしはユイのことを思っているんです。わたしはユイのことが好きです。だからユイのことを全部知りたいんです。単純に、ユイのことを全て好きになりたいんです」
 ふっ、とユウは息をついて首を振った。
 ツーテイルが左右に揺れた。蝶々の形に結ばれた赤い紐が髪の毛に従った。
「でも、ユイはメイのことが好きなんですね」
 ユウはただ真っ直ぐ前を見ていた。
 ユウの目に涙は出ていなかった。
「わたしは勝つまであきらめないって決めたんです。わたしはメイに勝ちます。そしてユイにも勝つんです」
 ユウは立ち上がった。ユウの視線は再び空を向いていた。
 きっぱりとしていて、さっぱりとしていて、りりしかった。
 ユウは美しかった。格好良かった。そういうユウに憧れている。
 ユウの首が回る。ツーテイルが空を切り、ふわりとユウの頬をこすった。
 ユウがぼくを見る。
「わたしはわたしの力でユイを振り向かせて見せます。わたし、絶対に、ユイを男にしてみせますから」
 人差し指から伸ばされた直線は、ぼくの胸を貫いていた。
 ユウはくるりと後ろを振り向いて立ち去った。ユウの後ろ姿は今までで一番、綺麗だった。
 ブランコに取り残される。
 一回小さくこいでみた。ブランコは、きいと鳴った。
「みゅう」
 手の中のクロが鳴いた。それはぼくに「ユウ」と聞こえた。
 小さな声でクロにささやく。
「クロ。ぼくはどうしたらいいのかな?」
 クロは困った顔をする。
 視線を逸らしてクロはもう一度「みゅう」と鳴いた。それはぼくに「YOU」と聞こえた。
 ――みゅう、ユウ、YOU。
 それがクロの答えだった。
 そして今日が夏休み最終日で、夏休みの宿題をやっていないことに気がついた。




#Can cats catch cat's call......?


―あとがき―

 読んでくださった方、お世話になった方に感謝です。

【予定】
 第七話 照明効果は証明効果
 最終話

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