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 ここで、一つの概念を紹介しよう。
 いや、一つの物の見方、とでも言おうか。


「モノには念が宿る」


 たとえば、そう、念の移りやすいもので、人形という物がある。
 人の形をかたどったモノ、人形。
 それは、小さな子どもにとって、友達であったり、お父さんであったり、お母さんであったりするだろう。

 あるいは、悪者をやっつけるヒーローでもいい。

 ただ、子どもが、その人形を使って遊ぶと、"本当"にそうなるのだ。
 人形は友達であり、お父さんであり、お母さんであり、ヒーローであるのだ。
 少なくとも、その子がそう思い込むから遊びが成立する。

 本当に人形が"本物"であるかのように錯覚するのだ。

 それは、なぜか。
 人形が笑ったり、怒ったり、あるいはビーム光線を放っているように感じるのは、なぜか。

 それは、『念』である。
 その人形は、友達だ、という念である。
 そして、喜怒哀楽の念。
 それが、物に、移るのである。

 楽しく「おままごと」をしていれば、家族に見立てた人形たちは笑顔だ。
 だが、取り外し可能なモヒカンをつけた宇宙人に乱入され、食卓を壊されれば、遊びに興じていた女の子は不機嫌になり、人形も不機嫌な顔を見せる。

 バッタ仮面の人形を手にした男の子が二人いる。
 二人が手にしているのは、両方ともバッターだ。つまり、二人ともヒーローだった。
 だが、男の子たちが人形遊びをはじめると、相手の持つバッターは悪者になり、自分の持つバッターはヒーローになる。
 相手のものは凶悪な顔、自分のはカッコいい。
 そして、相手のバッターが悪さをしたと言い、誇らしげに飛び蹴りをしかける。
 結果、二人の子どもはケンカを始め、お互いに相手のバッターが嫌いになったりする。
 このとき、確かに人形に念が移っているのだ。

 これらは、簡単な例え話である。
 人形が快、不快の感情を持っているわけではない。
 人が「そうだ」という主観をもつから、そう見えるだけである。

 だが、――その念は、人形に移る。移っている。

 子どもたちのイザコザの例では、念自体が小さい。
 だから、大したことはないと感じるだけなのだ。
 もっと大きな念を宿した人形は、動き回り、髪を伸ばす。日本人形に多いといわれる呪いの人形だ。
 強い念を受けたモノは時折、意思をもつ。
 そして、持ち主を狂わせる。
 "モノに宿る意思"に、心を喰われた者は狂うのだ。

 念を、呪いと呼ばれるまでに昇華したモノ――【呪装(じゅそう)】

 そう呼ばれるモノに"妖刀村正"がある。
 かの有名な"村正"だ。
 村正は刀剣の銘であり、一振りの刀を指すものではない。
 だが、名工と呼ばれた「村正」の作品は出来が良かった。
 徳川の凶事に関わったこの刀は、倒幕を企む人々の念がこもり、妖刀と呼ばれるまでになったのだ。
 その中には、呪装に至った刀もいくつかあっただろう。
 刀というモノは、人の命をその刃で絶つという性質上、強烈な念を受けやすいのだ。
 それでなくても、刀は象徴として祭られることが多い。

 いずれにせよ、強烈な念を持った呪装が存在する。

 あの凄まじい力。
 建造物を真っ二つに分ける斬撃。
 柄から刃先にかけて青から赤に変色した日本刀。
 少年の持つ呪装。

 だれの念がこめられた刀なのかは分からないが、間違いなく、事の始まりはソレにあった。



桜と風御子の事件簿なぞ如何
第二話

作:sana




 外科病棟の一室。
 そこでは、高校生ぐらいの少女が、小柄な女の子を連れて頭を下げていた。
「ありがとうございます。忙しいのに、わざわざこんな所まで」
「いや、気にしないで。楓さんのことだから……ほら、あの人ちょっと抜けてるとこがあるでしょ。コートも見つけたとき、どうしようか考えてたのよ」
 クスッと笑うと、看護士のお姉さんが言った。
 桜はナースセンターで「母の楓が忘れていったコートを取りにきた」という用件を告げ、応対に出た看護士に案内して貰ったのだ。
 母の勤めている医局は清潔ながらも資料が山と積まれた『楓らしい』部屋だった。床などは綺麗に掃除されているのに、整頓がされていない。いわゆる『一番使いやすい配置』というヤツだ。もっとも、他の医者の机も似たようなもので、楓らしい、と言うのはおかしいかも知れないが。
「それより、気をつけて帰ってね。今、物騒だから……昨日、運ばれてきた患者さんもその被害者だったし」
 それを聞いて、桜と緋色は二人で微妙な表情を浮かべた。

(今さっき、その犯人に襲われてた、…って言ったらこの人どんな顔するかな)
「(…黙ってた方がいいぞ)」
 緋色が、桜の袖を引っ張ると小声で言った。それに、桜も頷く。
「ありがとうございます。でも、タクシーを出して貰いますから大丈夫です」
「そう……また、顔を出してね。お母さんも貴女がくれば喜ぶわ」
「はい。失礼しました」
 緋色と一緒にペコリと頭を下げる。桜の礼は元気のいい大仰な動作で、緋色の礼は控えめな会釈であった。


 桜には、帰る途中、どうしても気になる場所があった。
 この病院に駆けつけた時、真っ先に破壊された緊急受付だ。
 そこは、一人の眼鏡をかけた中年の看護士が駐在し、機能していた。受話器を取り、救急車の要請を受けているようだ。
「どういうこと? 確かに、破壊されたはずなのに…」
 少しだけ目を見開いて桜が言った。独り言のようでもあったが、桜は答えを求めるように、緋色の顔を見た。
 その言葉に緋色は顎に手を当てて、考えるような仕草をする。深く被った白いベレー帽が表情を隠す。
 彼女の帽子は、目立つ薄緑色の髪を隠すためのものらしかった。緋色は長く綺麗な髪をうなじから持ち上げ、大きな帽子の中にまとめている。
 緋色が、帽子のつばを掴みながら言った。
「…【分界(ぶんかい)】…」
「なにソレ?」
 聞きなれない言葉に桜はハテナを浮かべて問う。
 緋色は目を閉じてツラツラと語り始める。彼女の足取りは目を閉じているとは思えないほど確かで、真っ直ぐ出口へと向かっている。
「結界って言葉は聞いたことあるな?」
 前を見つめたまま緋色が言った。
「うん、あるね」
 桜は真っ先に、漫画の中で陰陽士が魔除けの札を使う情景を思い浮かべた。
「分界は、結界の一種で、空間をコピーするんだ」
「……コピー? そんなことが出来るの?」
 頭を振ると緋色が続けた。
「説明をすると難しいんだが、……出来る。
 それで、分界は……こっちの世界……現世と、呼び分けるが、そのコピーを取って、別の次元を作り出す結界のことを言う。別の次元……つまり、分界で起こったことは現世では影響しない。たとえ、分界の中で世界が崩壊したとしても現世に影響は出ない」

 一呼吸つくと緋色が真剣な表情で蒼い目を緋色に向ける。

「現世から取り込まれた生物や物体は別、だがな」
 桜はのどをゴクリと鳴らすと魅入られたように立ちすくんだ。
(分かってはいたけど……それって、あのまま殺されてたかもしれないってこと?)
 刀の少年と対峙していたとき、桜はアドレナリンが分泌されていたからなのか、動けなくなるほど怖いとは思わなかった。だが、改めて危険を再認識すると血の気が引いていくのを感じた。
「普通の人間は分界を認識できない。取り込まれたが最後、術者の影響化から抜け出さないことには、生きて出ることはできない」
 整った顔で真っ直ぐに見つめてくる緋色に、桜は息が止まる思いで答える。
「私は…、私たちは逃げれたよ」
「いいか――」
 意図的に区切って、緋色は病院前に止まったタクシーをチラリと見た。
 桜の意識もそちらに流れそうになったが、緋色の言葉がそれを許さなかった。
「君は狙われている――」
 確固たる事実。それを確認させるかのように、
「――あの日本刀を持った男は、生きているんだ」
 緋色は、桜に突きつけるように、断言した。
 桜の顔が青ざめる。
 その顔を見て、緋色は辛そうに顔を反らすのだった。


 桜は「なぜ自分が狙われるのか」という疑問に気づかなかった。彼女は、人の真意を敏感に察することができるのだが、緋色の真意に気づけなかった。
 それだけ、動揺が大きかったのだろう。
 実際には、桜が狙われるのと同等の確率で緋色も狙われるだろう。少年は桜の"異能の力"に惹かれて襲いかかってきたのだ。
 ところが、緋色はあたかも、桜だけが狙われている、というように恐怖を煽るような言い方をした。
 それは、これ以上、この件について触れて欲しくないという意思表示だった。
 緋色は、桜が人とは違う、異能の力をもつことに気づかないでいて欲しいと思っている。


 このとき、緋色も迷っていたのだ。
 桜に教えるべきか、否か、と。
 刀を持った少年は、平和な日常から剥離している。
 少年に関わることは、彼と同じく、日常生活から外れることを意味しているのだ。

 教えれば、教えるほど、桜を不幸にしてしまうのではないか。
 そんな考えが、緋色を迷わせていた。

 ならば、黙して語らず、彼女のそばを離れるか?
 だが、それでは桜を危険にさらしてしまう。
 彼女が狙われているのは本当のことだ。

「何も語らず桜を守ればいい」

 そんな考えも浮かんでくるが、緋色は否定する。
 桜のそばにいるだけで、彼女の力の高まりを感じ取れるのだ。
 あの少年との出会い。
 緋色との出会い。
 それが、キッカケになったのだろう。
 何も知らずに、力を持て余すことの危険性を、緋色は誰より知っていた。
 近くにいて見守るだけ……なんてことができるとは、自分でも思えなかった。

 最善策は分かっている。
 桜を守り、彼女に【異能(いのう)】の制御法を教えることだ。
 でなければ、見捨てるのと同じだった。

 緋色は迷っていた。正確に言えば、戸惑っていた。
 桜に非日常を与えることに。
 自分が失ってしまった日常を、桜から奪ってしまうことに。


 タクシーの車内。
 二人は無言だった。タクシーの運転手も空気を察して話しかけてこない。
 桜は、先の言葉をリフレインしていた。
『分界』『別次元』『普通の人に認識できない』『私が狙われている』
 つまり、刀を持つ少年は、警察の目をどうにでも避けれる。なにせ、普通の人には襲われるまで認識できないのだ。下手をしたら、この瞬間にも隣りにあの少年が現れるかもしれない……あの不気味な日本刀を振りかざして襲いかかって来るかもしれないっ!
 桜は、頭に浮かんだ恐ろしい情景を頭から払いのける。
 嫌なことを考えると気分が滅入ってしまう。そこで、別なことを考えることにした。隣りに座る少女のことだ。
 ちらっと横顔を見ると、灯りの消えた商店街を眺めているようだった。心なしか憂いの混ざった表情をしているような気がする。

 緋色はいったい何者なんだろう。
 どうしてわたしを助けてくれるの。
 左手の傷を治してくれた"あの力"は、何だろう。

 左手がズキリ、と痛んだ。
(…緋色のことが知りたい。でも、……訊いてしまっていいのかな)
 タクシーの中は皆が一様に無言だった。ただ、走行音と微かな街灯りだけが五感を撫でる。その中にあって、緋色は身じろぎもせず、外に視線をなげる。
 桜の口が言葉を捜して、モゴモゴと動く。だが、音にならず、もどかしい気持ちがつのるだけ。
 切なかった。泣きだして感情を吐き出してしまいたかった。
 けれど、桜は、緋色を知らない。彼女の前で、そこまで自分をさらけ出すことは戸惑われた。
 桜はそんな、思いの篭った静寂を打ち破るキッカケを欲していたのだった。

 だから、(グウゥゥ……)という、気の抜けた呻き声のようなソレを聞いてしまったことで、力が抜けた。  真剣に悩んでいたことがバカらしくなったのだ。
「…ゴメン」
 少女が体を丸めて謝った。どうやら空腹に耐えていたらしい。
「プッ…アハハ。家に帰ったらお腹一杯食べられるよ……ウチのお父さんの料理はおいしいんだから」
「…そっか」
 緋色はバツが悪そうに苦笑いすると、
「お母さんは医者をやってるんだろ?」
 と軽く訊いた。
「うん。忘れ物が多い人だけどねー。この寒空にコートも着ないで、信じられる?」
「って、オレも着てないけどな」
 やっと、緋色が心からの笑みをみせた。誰もが見惚れるほど可愛らしい笑みだ。それを見ていると、桜はどうしても抱きしめたくなる。
「じゃあ、もっとお姉さんに寄りなさい。そうすれば寒くないでしょ」
 と言いながら自分から近寄って行き、肩を寄せて抱きしめた。ギュウってくらいに。
 緋色はそっぽを向いているが、照れているだけなのが分かると、桜という女子高生は調子に乗る。
「ほれほれ〜」
「……」
 一転して和やかなムードに包まれた車内で、運転手の男はバックミラーをみて苦笑する。
(姉妹喧嘩は収まったみたいだな)
 などと勝手な評価を下していた。


 桜は思った。
 あの少年は怖いけど……どうやら、私を助けてくれたらしい少女が一緒にいる。
 状況から考えてそうなのだろう。
 うん、多分、緋色ちゃんが助けてくれたんだ。
 得体の知れない子だけど、決して悪い子じゃない。
 まだ、会ったばかりだけど――そう、思う。
 だから、この子と一緒に居れば怖くない。
 何より、この子のリアクション、楽しいし。

「ねぇ、ヒーちゃんって呼んでいい?」
「ひ、ヒーちゃん!?」
 唐突に変な名で呼ばれ、緋色はうろたえた。
「そ、ヒーちゃん。緋色だからヒーちゃん。いいでしょ〜」
「お、……う、うーん。まぁ」
 ゼロ距離で説得にかかられ、反論が思いつかなかった緋色は、曖昧な返事を返す。
 それをチャンスとみたのか桜は畳みかけるように攻勢に出た。
「おっけー? …オッケーね! じゃあ、私はサっちゃんって呼んで!」
「お、おい…ちょっと待て。いくらなんでもそれは嫌だ!」
「それからねー、ヒーちゃん。『オレ』なんて一人称つかったらダメよ」
「おい! おまえ、人の話を――」
 流石に一人称まで指摘されて拙いと思ったのか、口調を強めたが……迫力に押されて言葉を遮られる。
「ヒーちゃん」
「…はい」
 緋色は押しに弱かった。
「いいよね?」
「……………ああ。…でも、サっちゃんは勘弁してくれ。……桜で、いいよな?」
 ある意味、二人の力関係が決定された瞬間だった。


 タクシーを降りた二人は大通りから、公園横の並木道に入り、車一台がやっと通れるほどの小道に入った。
 桜の家は、そのすぐ左手にあった。
 桜は少し、はしゃぎ気味に緋色を案内する。緋色はすでに桜の家を知っていたが、わざわざ指摘したりはしなかった。ただ、白を基調にした明るい感じの建物は改めて見ると、桜の人柄に合っている気がして、純粋に感嘆した。
(家にも人の念が宿るのかもな……)
 ならば、桜の両親も好感のもてる人間なのだろう。
 そして、インターホンの前。小さな柵にしきられ簡素な門が構えられていた。
「いーい。最初が肝心だからね。可愛く挨拶すればご飯貰えるから」
「オレは犬か!? それとも、猫か!?」
 思わず声をあげる緋色。すぐに、ハッとなって拗ねたように顔を反らした。
「少なくとも子猫ちゃんか、子犬ちゃんね」

 桜が指を押すと、すぐに若い感じの女性の声が返ってくる。
『はーい、皆川です。ご用件はなにかしら?』
 緋色はこの女性が桜の母親だと思った。
 高校生の娘を抱えるには若い感じがするが、おそらくそうだろう。タクシーの中で、家族は三人だけだと聞いている。
『ああ、ちょっと待って。用件を当てるから……配達? それも、ナマモノでしょう?』
「はい、正解。宅配物はとびきり上等な美少女でーす」
『あんた、自分でなに言ってるの……早く入りなさい」
 ガチャ、と音を立てて柵が開いた。
 今のが母子の会話なのだろうか?
「いくよー、ヒーちゃん」
「…あ、ああ」
 不思議と、桜の家が異界じみて見える。



 I県警察本部。
 敢然とそびえ立つ警察の砦。ここは、近隣における最強の警察権力の塊でもあった。
 その正面玄関口に二人の異装の若者が訪れていた。
 警察という公共機関に、道衣、袴姿の女性。そして、山伏のような格好をした180後半はあろうかという長身の男性。
 女性は長い黒髪を手で梳きながら、何が楽しいのか、鼻歌など歌っている。
 男性は目を閉じ、無言で立ち尽くしているだけなのだが、その佇まいは一目で只者ではないと分かる静謐を持っていた。
「あの〜、北神警部が第三応接室でお会いするそうです」
 受付の年若い女性が近寄り難い雰囲気を感じつつも、おずおず、といった態度で言った。
 濡れ羽烏の漆黒を、背に流す女性が視線を移すと、受付の女性は、見た目で分かるほどに肩を震わせた。
「ありがと。お邪魔したわ」
 口元だけの笑みで会釈をかわし、女性と男性は階段へと向かう。音を立てずに颯爽と歩くので、なにごとかと注目が集まった。

 何者だ?
 どこの人間だ?

 周りの騒ぎも気にせず二人は階上へ姿を消した。

 少なくとも、どんな名義でアポイトメントが取られたのかを知るものたちは違った意味で驚愕する。
 ――本庁、特殊A課――
 何が「特殊A」なのかは分からないが、身分証明は正当なものだった。警視総監の印は間違いなく本物だったのだ。

 まさか、ホントに本庁から超常現象対策の人間が送られてきた?
 悪霊退治か?

 特殊の意味について憶測が飛び交う。

 場違いな来訪者は、科学捜査の砦をしばし騒然とさせた。



「警部殿。何者ですか、彼らは?」
 若い青田(あおた)刑事は率直に疑問をぶつけた。
 普通ではない。何が違うかと言われれば困るが、青田刑事は「普通ではない」と思った。
 意味は「普通の"人間"ではない」という意味だ。
 彼の、感度の高いセンサーが、何らかの『異能』を探知したのかも知れない。
「特殊A課。何でも、外部からの協力という形で派遣されてきたらしいが…」
「……外部。本庁の刑事ですか?」
 北神(きたがみ)警部は短くなったタバコを手元の灰皿に捨てると、新しくタバコをふかした。
「正式には本庁の者でも…刑事ですら無い」
「え!?」
 青田刑事の予想通りの反応に北神警部は苦笑する。
「こっからは噂話なんだがなぁ……聞きたいか、青田?」
「はい」
「…そうか」
 話すと言いながら北神警部は黙ってサッシの奥から外の風景を観察していた。
 不審に思いながら青田刑事も黙っていたので、しばらく沈黙が場を支配した。
「奴らはな…」
 正面口から出てきた時代劇のロケ中のような二人を見ながら警部は言った。
「今回の傷害事件のような訳の分からん事件を担当しとる。いわゆる、超常現象担当係ってヤツだ」
「……」
 青田は北神と同じ様に二人を観察しながら、耳を傾けていた。
 彼らは駐車していた黄色のミニクーパーのドアを開き、乗りこもうとしている。女性の方が運転席に身体を入れた。
「その特殊A課が担当した事件は、ほぼ百パーの確率でホシをあげている。事件は殺人、傷害に限らず、何でもだ。…あまりの手際に奴らが裏で手引きしたんじゃにゃあか、と言う輩もいる」
「百パーセントはありえません。……その気持ち、分かります」
「そうだな……って、おいおい」
 突如、北神が額に手を当てて空を見上げた。青田も顔をしかめている。
 北神と青田の視線の先は、話題の特殊A課だった。
「彼らは帯刀許可を得ている、ということですか?」
「知らんが…そうだろうなぁ。あいつらに似合いっちゃあ、似合いだが」
 クーパーのトランクを空けて女性が取り出したのは、装飾がされた赤い鞘の日本刀。
 刀身半分まで抜いて彼女らは何か話し合いをしているようだった。
「間違いなく本物だぁな」
 刀身がギラギラと光を放つ。竹光ではなさそうだ。
 やがて、今度こそ車に乗り込み去っていく。駅方向なので現場か、もしくは滞在するホテルにでも行くのだろう。彼女らは警察に情報提供こそ頼みはしたが、それ以外は極力ノータッチ――つまりは、関わるな、ということだ。その点は、逆に釘をさされたくらいだった。
 警察としては、凶器を持って逃走中の犯人を捕まえないことには面目が立たない。
「やっかいだ…」
 事件発生から約一日経つというのに犯人のシッポを掴まえることができない。それどころか、別世界に逃げ込んだかのように、目撃者の一人も見つけることができなかった。これでは、捜査線を張ること自体、無駄な努力であるような気がしてくる。
 北神警部は彼女らが置いていった名刺に目を落とした。
 そこには、
 結界払い、三嶋舞歌(みしままいか)
 もう一つは、
 断魔士、宗祇修次(そうぎしゅうじ)
 と、あった。

 胡散臭いこと、この上なかった。



「…機嫌がいいな」
 鼻歌も高らかにリズムを取りながら運転する相方に注意を促す意味で言った。
「フンフン〜フフ〜ン♪」
 まるで聞いていない風の舞歌に、やれやれと首をふると修次は腕を組んで目を閉じた。
「間違いないようね」
「…?」
 修次が片目を開けて横目で見ると、ハンドルを叩く指が止まっていた。
「この気配、間違いなく居るわ。ザワザワする感覚があっち、こっちで。…特に、一つ。隠れもしないで結界つくってるのがいるわね」
「ほう」
 修次は感嘆の念を覚えた。
 何年も修行を積んだ彼でも、彼女ほど明瞭に結界や気の存在を感じることはできない。
「情報通り。この街は特異点みたいね」
「ならば、気の源を探らねばならん」
「長期滞在で本部に連絡、お願いね」
「承知した」
 修次は満足げに頷くと端末を立ち上げ、報告書を送る。その手つきは時代錯誤な格好に似合わず速い。
 彼は内心で舞歌の力量に舌を巻いていた。
 彼女のことはよく知っていたが、チームを組んだのは初めてなのだ。自堕落な所が目立ち、仕事の成果にムラがあるため、彼はひどく心配していた。
 だが、大丈夫なようだ。

「あたしはしばらく休むから。適当にやっといて」
 舞歌は「お願いね」と笑顔を向けるとホテルの駐車場に車を止めるや否や、外に飛び出していった。もちろん、愛刀を腰に帯びて。
「…うぬぅ」
 修次は唸るしかなかった。
 手のひらに乗せられた車のキーが憎らしい。



 皆川家の玄関は、艶のあるフローリングが敷かれた大きな空間になっていた。
 正面には折り返しの踊り場がある階段があり、見上げると二階のフロアが四方を囲んでいる。どうやら、遊び心のある建築士が設計したようだ。吹き抜けが大きく取られ、天井には合成ガラスから星空がのぞいていた。
 緋色は玄関にボゥっとたちつくしている。
 そして、星を掴もうとするかのように手を伸ばした。ひどく、ゆっくりとした動作だった。二度、三度、手を開閉する。
「……」
 手を降ろす動作もひどく緩慢だった。そして、手のひらを見つめて溜息をつく。
「…昔は屋根に登って、本気で星を取ろうとしてたんだよ、な」
 次に、視線を正面にある大きな階段に移す。そして、手すりに近寄り、おもむろに撫でた。滑らかな木材の感触が返ってくる。
「…手すり、か。昔はよく滑ってあそんだな」
 緋色はまるで昔を懐かしむように"桜の家"を見て回る。
 この家は緋色の家では無い。それに、初めて来る家だ。
 だが、緋色の目は郷愁に染まり、心は懐かしい昔の光景へと飛んでいた。
「ヒーちゃん、こっちこっち!」
 桜の呼び声。
 桜は、「ヒーちゃんのこと、説明してくるからっ」と言い、先に奥へとあがっていったのだった。
「ああ、今行く」
 夜空を見ていた緋色が応えた。だが、彼女の様子はどこか虚ろで、遠い昔をガラスの向こうに見ているようだった。

(…似ている)
 緋色の足取りは重い。
(……似ているんだ)

 緋色がまとっていた凛とした空気はすでになかった。
 "この家の気配"に削ぎ取られるようにして、すでに霧散してしまっている。
 今はただ、弱弱しい見た目通りの少女がいるだけだ。
 よたよた、と壁に身体を寄せるようにして歩く。
 緋色の中から、「桜と共に居るべきか」という、迷いと戸惑いが、身を縮めて隠れてしまったようだった。

 心を占めるのは、切ないもの、決壊しそうな感情。
 それが何か、おぼろげながら分かってきている。同時に自分が、危うい精神状態であることも理解している。
(この……空気は……似ているんだ)
 気配を肌で読み取ることのできる緋色だからこそ感じる。
(ここには、…あるんだ)
 緋色が失ってしまったものが。
 胸の奥底で切望していたものが、ここには……ある。
 ――他人のものだというのに、オレは
 右手を胸に当て、握りつぶそうとするかのように強く握る。その行為に意味は無い。黒いハイネックセーターにほつれができただけだ。
 緋色には、桜のいるリビングの光が、特に眩しく感じられた。
 それでも。
 場違いだと感じても。
 光を求めて、重い身体を前に出す。

 リビングルーム。
 玄関よりさらに広い空間。
 観葉植物、センスのいい欧風の食器棚、オーディオ類が、空間を適度に埋め、寂しさを感じさせない配置になっている。また、暖色の品のいいカーペットがフローリングに彩りを与えていた。
 そして、リビング中央には茶褐色のテーブル、それと淡い黄色のソファーが並んでいる。

 そこに桜と、彼女の両親の姿があった。
 桜はソファーから身を乗り出し、手招きしている。
 傍らには、優しそうな父親が微笑んでいる。
 その横には、興味深そうに目を細めた母親がいる。

 その視線の先には自分がいるのだ。

 ――そう思った瞬間
 緋色は、世界から音が消えたように感じた。
 家を覆う温かい空気も感じられない。
 慌てて近づいてくる桜や彼女の両親の声も聞こえなかった。
 視界が歪み、真っ白に染まり、脳が何も認識しない。
 けれど、何かが堰をきって溢れ出しているのだけが、鮮明に分かった。
「……うぁ……っ、……う、ぁぁ……」
 いつの間にか、緋色は膝を折って四つんばいになっていた。
 誰かが身体を起こして、抱きしめてくれる。
「よしよし。今は、思いっきり泣きなさい……」
 緋色は、我にかえるまで桜の母親、楓に抱きついて、泣いていた。



 街中を跳ぶように駆ける黒髪の美しい女性は、まるで風のようだった。
 彼女が駆け行く姿は、世の男性の目を引く魅力を十分に持っていた。
 だが、街行く人々は誰一人きづかない。
 鯉口を切られた刀が赤く輝く。
 舞歌は局所的に分界を作っているのだった。
 誰にも気づかれず、自らの周りだけを取り込んで。
 通行人との衝突など気にせず。
 ただ、覚えのある――間違えるはずのない気配を辿り、ひた走る。

 彼女が立ち止まったのは駅前広場の噴水。
 ――その前のベンチ。
「…緋色、見つけた…」
 探し人の気配が確かに感じられる。間違いなく、それほど時間の経っていないうちにココに居た。
 残念ながら、ここからの気配は断たれていたが、緋色が近くにいる証拠になる。おそらく、この街にいるだろう。
 そして、舞歌は同じ街にいるなら彼女を見つけ出す自信があった。
「…緋色、もうすぐ会える」
 舞歌の顔は喜色満面といった恍惚の表情をしていた。
 思わず分界を解いてしまったため、サラリーマンの方々が彼女から速やかに距離をとっていたことに彼女は気づかなかった。





〜sanaの勝手にフリースペースのコーナー〜

<用語説明という名の設定公開>
【呪装(じゅそう)】
 この章(?)のキーアイテム。いまだ、名前が未公開の少年が持つ日本刀がコレ。冒頭で色々、暴走的説明をしていたが、強い想いのこめられた物であれば、何でも良い。指輪や人形、日本刀などを主に考えている。
 現実に「呪いの〜」と名前のついた物は全てコレで処理しようと企てる作者。リングの呪いのビデオなんかも勝手に分類。
 呪装には、異能を持つ者の力を引き出す能力。持ち主の想いを引き継ぐ能力。持ち主の技能を引き継ぐ能力がある(まだ、増える可能性あり)。実は、技能を引き継ぐ能力が無ければ、例の日本刀を持ったばかりの少年が分界を使える説明にならない、というワナ。

【分界(ぶんかい)】
 かなり以前から考えられていた設定。世の中に異能者なんて規格外の人たちがいながら、表ざたにならないのは、こういう技術があるから。とかなんとか、考えました。のぞきに使っちゃだめですヨ? 拉致監禁はもっとダメ!
 本文で緋色が説明しているように、現世にあるものをコピーして別次元を作り出す結界。別次元というのは、別な可能性が生きている世界。概念に過ぎないので、これ以上の説明は難しい。どうやってコピーするかは、薄く張り巡らした現世の物を気で、擬似的に取り込む。これが、コピーするということ。気は精神、意志のエネルギー。だから結構、思い通りに……なったらいいなぁ。
 分界を探知できる距離は異能者の能力による。緋色が気配を探っている状態で、50mを予定。すでに張られた分界にも精神力次第で干渉可能。

【現世(げんせ)】
 分界と対語。要するに、この世。

【異能(いのう】
 個人が持つ、特異な能力。一人に一個。呪装により引き継いだ場合はその限りでない。

【気(き)】
 この話では、精神エネルギー、生命エネルギー、意志エネルギーの総称。個人で個別の色を持つ。色で性格判断ができるとか。例の少年が灰色。舞歌は赤色。

【特殊A課】
 とある組織が呪装が引き起こす問題に取り組んでいます。その組織が警察と提携。組織の一員を派遣するときの肩書きが特A。名前の由来は適当です。


<勝手にQ&A>
Q:いつ、TS要素が出てくるんですか?
A:最後ですっ! そこまで死ぬ気で書き上げますっ!
 少なくとも、緋色の過去を書き上げるまではっ!


乱文乱筆、ホント〜〜に申し訳ありません。 sanaより

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