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乱暴者プリンセス 2
作:eiri



 冷んやりとした感触が心地よい。熱を持った額が少しずつ冷めていく。
 拓実は薄闇がかかったような瞳を瞬いた。だんだんクリアになる視界。心配そうに覗きこむ雄介の姿がそこにあった。
「気がついたか。体の具合はどうだ?」
 目を覚ました拓実にほっとした顔で雄介が尋ねた。
「ここ、どこだ……?」
 額の濡れたタオルを掴んで上体を起こす。殴られた部分にずきりと痛みが走った。思わず顔をしかめると、雄介が肩を押して拓実をベッドへ沈ませる。
「まだ寝てろ。ここは俺の部屋。おまえの家じゃ遠いし、俺の部屋の方があそこからだと近かったからな」
 ということは、寮にきたのか。雄介は1年の時から寮住まいなのだ。
 雄介と拓実はここ私立青葉学園に通っている。
 この学園は拓実の家からはかなり遠かったものの、自由な校風となんといっても学生寮があったことが拓実が受験する決め手となったのだ。
 拓実はとにかく家から離れたかった。
 しかし、一人暮しをしたいと言っても両親が許すはずも無い。だが学生寮ならば、親も許してくれるだろうと思った。
 そして狙い通り、遠距離の通学が負担だから寮に入ると言った拓実に渋々両親も許しをくれた。
 そうして意気揚揚と入寮申請を出した拓実に待っていたのは、抽選漏れの知らせで。
 学園に隣接していることから入寮の希望者が多数にのぼり、今では抽選制となっていたことを拓実は知らなかった。
 念願の寮に入ることがままならなかった拓実はこの1年かなり荒れていた。
 年度の変わりに抽選が行われ、拓実は今回やっと当選したのだった。
 春休み中に入寮する予定で、今日も色々準備の為の買出しと荷物の持ちこみをしていた。
 春休みが終わるまでに間に合うように引越しを済ませないと色々面倒なので、休み中にも関わらず、拓実は連日学校と家を往復していたのだった。
「雄介、悪かったな。……助かったよ。サンキュ」
 バツが悪そうに拓実が言うと、雄介は気にするなという風に笑った。
「でもさ、どうして俺があそこにいるってわかった?」
 不思議そうに拓実が訊ねると、雄介は肩を上下に上げ下げして大げさに溜息をついた。
「いや、おまえ春休み前に持ってきたはずのゲームがねえって俺にまで電話かけてきてさ騒いでただろ? 今日こっちに戻ってきたら、何故か俺の部屋にあってさ。で、篠原がさっきお前見たっていうから探してたんだよ、行きそうなところ。だから」
「あ!そういや……そうかもな…いやー、わりぃな雄介。すっかり忘れてた」
 拓実は頭を掻いて照れを隠すようにおどけて言った。
「そんなことだと思ってたよ。んで探し当てたら、大乱闘の最中だろ? 普段ならあれくらい高みの見物すんだけど、何か様子が違ったから手出してみた。……おまえ体大丈夫かよ? 相当悪そうだぜ?」
 言葉は軽かったが、雄介の口調は真剣だった。本気で拓実を心配しているらしい。
「あー…今は大分楽だぜ。さっきは相当しんどかったけど」
「ずっと、悪いのかよ? 休み前にもだるいって言ってたじゃねえ?」
「なんか風邪が長引いてるっぽいんだよな。そのうち治るよ」
 雄介が呆れたように言う。
「医者行けよな、マジで。明日こっち来るんだろ? 寮っても一人暮しみたいなもんだぞ。病気したら辛いからな」
「わかってるって! 全部落ち着いたら、行くようにするから」
 ふいと横に顔をずらすと、煩そうに拓実が言った。
 雄介は強引に拓実の顔を引き寄せる。これ以上ないくらいの笑みを浮かべると、拓実の傷口へオキシドールをたっぷり含んだガーゼをするりと落とした。
「☆ksyべぢうybねいdsyえ!!!!!」
 声にならない拓実に雄介が殊更ニヤリと笑う。
「素直になれるおまじない、だぜ」
「〜〜〜〜〜〜〜っ! このサド野郎っ!!」
「へえ、命の恩人に向かってその言い草かよ。拓実ちゃんの綺麗なお顔に傷が残ると可哀相だからもっと手当てしないといけないかしら☆」
「〜〜〜っ!!……わかった! わかったよ!! 雄介君すみませんでしたっ!! だからその気持ち悪いカマ言葉だけは止めて下さい!!」
雄介のオキシドールガーゼを阻みながら拓実が言うと雄介は満足気に笑い、
「拓実君はイイ子ね☆」
と意地の悪い笑顔で言ったのだった。



 顔の腫れがひくまで寝てろという雄介の言葉で、拓実はそれならと早々に寝入ってしまった。
 雄介は、拓実のだらしない寝顔を見ながらくすりと笑う。
 東雲拓実とは小学生時代からの腐れ縁だ。拓実と出会った時のことは今でも鮮明に覚えている。
 5年生の時、転校してきたばかりの雄介に一番初めに話しかけて来たのが拓実だった。
 ものめずらしげに雄介の周りへ集まってくる級友を押しのけて、いつの間にやら雄介の目の前に陣取っていた。
 大きな黒目がちの瞳をくりくりさせた、好奇心いっぱいの顔。
 ぷよぷよしたほっぺたに桜色の唇。
(なんて可愛い子なんだろう)
 愛らしいその姿に、雄介ははからずしも胸をときめかせていたのだ。
 本気で女の子だと思った。だが、その愛らしく可愛らしい容姿から出された最初の言葉はギャップの凄さにカルチャーショックそのものだった。
『おう! おまえ。俺、東雲拓実っつーんだ。よろしくな! 名前なんていうんだ? 雄介雄介? バカ田口! てめえには聞いてねーよ! 俺はコイツに聞いてんの!! うるせーよ、バカ』
 可愛らしい唇から漏れ出る乱暴な言葉に雄介は顎が落ちるかと思った。
 黙っていれば薄倖の美少女のような女の子なのに、まるで男のような口調で話しかけてくる。
 思わず雄介は叫んでいた。
『し、東雲さん!! お、女の子なのにそんな言葉遣い、俺良くないと思う』
 その時の拓実の顔は未だに忘れる事ができない。
 驚愕と憤怒。まるで阿修羅像のような変化だった。
 なまじ整って可愛らしい顔なだけに、怒りに震えた表情には逆らえない迫力があった。
 震える肩に拳を握り締めたその姿はチワワが震えるみたいでどこまでも可愛いことには違いなかったのだが。
『バカヤロー!! 俺のどこが女だよ!! てめえの目はどこについてんだ!!!』
 言ったと同時に強烈な右ストレート。
 予期しない強烈パンチをまともに食らった雄介は、そのまま床へノックダウン。
 恥ずかしいことに椅子毎ひっくりかえってそのまま失神したのだった。
 周りで見ていた奴によると、雄介をノックダウンした後の拓実は、まるで絶頂時のモハメド・アリのように華麗でカッコ良かったそうだ。
 それから平謝りした末、雄介はやっと拓実に許しを得たのだった。
 付き合い始めてから拓実のことを少しずつ知るたびに、最初のイメージとまるきり違うことを雄介は悟った。
 喧嘩が好きで、短気。怒るとすぐに爆発するが、あっさりとして非常に付き合いやすかった。
 小学校から中学に進んでも拓実と雄介は一緒だった。喧嘩っ早い拓実を抑えるのは常に雄介の仕事になっていた。
 3年間同じクラスで過ごした雄介は親友というよりも、すっかり拓実の保護者的な立場になっていたのだった。
 受験する学校も示しあわせたわけでもないのに、同じ所だとわかった時には本当に驚いた。
 拓実は拓実なりの理由があったらしいが、素直に雄介は嬉しかった。
 拓実といると毎日が飽きない。次から次へと問題が起こったが、それも楽しかったから。
 寮を希望していた拓実が抽選に漏れて、雄介が受かった時は相当派手な喧嘩になった。とはいっても一方的に拓実が暴れていただけだったが。
 そうして、今回やっと入寮できることが決まった時の拓実の喜びようは今まで見たことも無かった。
 1年暮らした雄介から言わせれば、男ばっかりでむさ苦しい寮より家の方が断然良い。
 それでも拓実にとっては家にいるより何倍も寮の方がいいと言う。
 そこまで家が嫌な理由は何だと聞いたことはあった。拓実の答えはと言えば、顔を真っ赤にして、何でもねえと言う言葉と同時に腹部への重いパンチ。
 言いたくないものを無理して聞く必要も無かったので、雄介はその後聞くことはしなかった。



「う……ん……。雄介、今…何時だ……?」
 寝ぼけた拓実の声が聞こえた。
 雄介は読みかけの雑誌から視線を外し、時計を見遣る。
「ああ、もう6時過ぎてるな。そろそろ帰ったほうがいい。体はどうだ?」
 拓実の方へ顔を向けて雄介は答えた。
「ん……なんか気分は悪くないんだけど、力はいんねぇ。汗掻いて気持ち悪い。まだ顔腫れてるか?」
 ベッドから体を起こしながら、拓実が言う。
 雄介は改めて拓実の姿を見た。以前に比べて相当痩せたように思う。一回りほど小さくなった感じがした。
「顔は…ほとんど腫れ引いたな。っていうかホントに医者行けよ、おまえ。相当痩せたんじゃないのか?」
「そんなことないと思うけど……。握力は弱くなった気がするな。行くよ、近いうちに。とりあえず着替えたい。シャツ貸して、雄介」
 伸びをしながら拓実はベッドから降りた。
「ああ、じゃこれでいいか」
 雄介はクローゼットから適当なシャツを取り出すと、拓実に渡す。
「サンキュ」
 シャツを受け取ると、拓実は勢い良く来ている服を脱ぎ捨てた。
「そんなに汗かくなんて、やっぱり風邪だっ……!!」
 雄介が唖然とした表情で拓実を見ていた。
「何? どうかした?」
 雄介は顔を真っ赤にして、口を金魚のようにぱくぱくさせている。
 雄介のこんな姿は初めてだ。
 拓実は面白そうに雄介を見ながら、ベッド脇の椅子に引っ掛けたシャツを取ろうと体を捻った。すると胸の辺りで何かが重く揺れた気がした。
「は?」
 何事だと胸を見遣ると、そこには。
 平らなはずの胸に柔らかそうな二つふくらみ。

 ――――思考停止。

 拓実はそれが何なのか今いち理解できなかった。
「……え?」
 何だこれは。
 拓実は恐る恐るふくらみに触れた。
 柔らかくてぷるんとした感触が手のひらから伝わる。
 雄介の方を見た。
 火が出るほど真っ赤ってこういうことなんだろうかと思うぐらい赤い顔。口は開いているものの、言葉らしい言葉は発していない。
 あーとかうーとかそんな音がひっきりなしに出ている。
「……雄介。これ、何だろ……」
 呆然と拓実が口を開く。
「何だって、それは、あれ……っ!!」
「俺にはおっぱいに見える」
 拓実は雄介に近づきながら、言った。
 後ずさりながらこくこくと雄介も頷く。
「……だよな…」
 拓実の鼓動が速まる。血液の流れる音まで聞こえそうだった。
 嫌な予感に拓実の顔が見る見る青ざめていく。
 呆然と立ちすくむ雄介を突き飛ばして、トイレへと向かった。
 
 まさか、まさか、まさか、まさか――――!
 
 拓実は脂汗をかきながらズボンと下着を勢いよく引き下ろした。


「……っ! うっぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」


 拓実の断末魔のような悲鳴は、寮全体を揺るがせ隣の学園校舎まで轟いたのだった――――。








【あとがき】

ええと、やっと変化がありました。
次回はさらにどたばた劇になる予定です。





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