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SAK-UR-A39
第二話

NHK


 始業を知らせるチャイムが鳴り、先生に案内されてボクは教室に入った。
「みなさ〜ん! きのうお知らせした通り、転校生を紹介しま〜す! それでは自己紹介をどうぞ〜!」
 先生は小柄な割りに胸が大きく、コケティッシュな風貌で、しかもアニメ声だ。そんな先生にちょっと気圧されつつも、ボクはとびっきりの笑顔で挨拶する。
「……に、二年半ぶりに光ヶ丘に帰ってきました、水無瀬 晴ですっ! ヨロシク!」
 男の子たちから、おぉぉぉ! と歓声があがった。
 ボクは教室を見渡した。ボクの知っている顔が結構いる。その中の二人がボクに小さく手を振った。一人は楠見くん、もう一人は大森つばさちゃんだ。つばさちゃんとボクは、小学校に入学した時からボクが転校するまでずっと同じクラスで、大の仲良しだった女の子だ。
 ボクは小さく手を振って二人に応える。
「それじゃ水無瀬さん、後ろの空いている席にすわってくださ〜い!」
「ハイ!」
 席は二つ空いていた。一つは窓際、もう一つは扉近く。ボクは一番後ろの扉近くに空いている席に着席した。
「みなさ〜ん! それでは授業を始めますよ〜!」
 先生の合図で退屈な授業が始まる。……………嗚呼、退屈……………ホントに……………ホントに退屈だ……………退屈で死にそう……………先生、殺し屋になれるよ。
 ボクは退屈な話を聞かせてターゲットを暗殺する先生の姿を想像してみた。
 生徒が退屈で死にそうになっているにもかかわらず、先生の話は続く。
「……二十世紀末、このような状況から漫画・アニメの手法を用いた美術表現が登場しました。その先駆者としては村上隆、奈良美智などの名前を挙げることが出来ます。二十一世紀初頭にはそれらの手法を継承した芸術家が次々と登場します。一例を挙げると、青島千穂、タカノ綾などの……」
 くぅぅぅ、こんな訳の分からない話を、椅子に座ってじっと聞いていないといけないなんて……………。
「……ここで注意しなければならないのは、リキテンスタインと村上隆の違いについてです。1960年代から70年代にかけて活躍したロイ・リキテンスタインもまた、漫画・アニメをモチーフとした作品を描いていましたが、彼が漫画・アニメを作品のモチーフとして用いたのは、絵画に物語性を持ち込もうとするそれまでの美術の伝統に対するアンチテーゼだったからであり、漫画・アニメの持つイマジネーションの力を美術に持ち込もうとする試みではな当…は………い、……5次じょ…報…………を受けてい…す。V…Fしす……を中段し、…AK―……―…39をき…………て下さいかったからです。一方、村上隆は……」
 突然、先生の声が、がらり、と変わった。……………なっ! ななな、何だ!? なんだ今のはっ!?

 まただ。また首の後ろがチリチリするような感じ。

 さっきの声は明らかに先生の声とは別人のものだった。小学生くらいの女の子の声なんだけど、女の子じゃない別の何かみたいな、そんな感じの声だった。
 ボクは教室を見渡した。しかし、他の生徒は何事もなかったかのように、黙々と先生の話を聞いている。
「ねぇ、先生の声、さっき変じゃなかった?」
 ボクは隣の席に座る女の子に小声で話し掛けてみた。
「……へっ? 別にどこも変じゃなかったよ」
 女の子はボクの方を振り向くと、すぐに顔を戻してしまった。
 はにっ!? どうなってるの!? なんだか狐につままれたみたいな気分(*実際に狐につままれた経験ってないけど……)
 いや、まてまて、冷静に考えろ。今どき狐なんているはずがない。論理的かつ科学的に考えるなら、この先生は時々あらぬ声でしゃべるキャラで、生徒はそれに慣れてしまっているから、誰も不自然に感じないだけなんだ。きっとそうに違いない!
 ボクは取り留めもないことを、ぐるぐると考えた。その間にも時間は進み、1時間目の授業は終了した。

 その後何事もなく午前中の授業は終了し、昼休みとなった。
「ハルちゃん! いっしょにお昼ご飯たべよっ!」
 つばさちゃんがボクの席にやって来た。うん! と頷くボク。二年半ぶりにつばさちゃんと食べるランチだ。
「……ねぇ、つばさちゃん、ボクってずっと前から女の子だった?」
 つばさちゃんは、はぁ? と声をあげると、箸を止めてボクの顔を見た。
「なにそれ? 何かのジョーク?」
「そうじゃなくて……ん〜、今朝、学校に来る途中、突然、自分が本とは男の子なんじゃないかって気がしたんだ。でね、昔のことを思い出そうとするんだけど、他の人のことは思い出せるのに、自分のこと、自分がどんな姿をしていたかは、なぜか全然思い出せないんだ」
 ふぅん、と頷くとしばし考え込むつばさちゃん。
「……つまり、ハルちゃんは記憶喪失になってるってこと?」
 確かに《記憶喪失》と言われれば、そうなのかもしれない。
「つばさちゃん、ボクってずっと女の子だった? 男の子だったことってない?」
「もちろん女の子だったよ。まぁ、男の子みたいなところはあったけどね。昼休みなんか男の子たちと一緒に運動場でカバディやってたし……」
 カバディ!? そんな変なスポーツをボクはしていたの!? もし本当だとしたらメチャクチャ恥ずかしいじゃん!
 頬が熱くなるのを感じて、ボクは慌てて手で頬を押さえて隠した。でもこれで一つはっきりした。どうして自分のことを突然男の子だと思ったのかは分からないけど、ボクはやっぱり女の子なんだ。
「……とっ、ところでさ、窓際の席がひとつ空いているけど、今日誰か欠席してるの?」
 ボクは窓際に、ぽつん、と空いた席を見た。
「ううん、全員来てるよ」
「じゃあ、どうして席がひとつ余っているの?」
「分かんない。とにかくあそこは誰の席でもない、ずっと空席だよ」
 その言葉を聞いた瞬間、ズキン、と胸に小さく鈍い痛みが走った。……………なぜ、胸が痛むんだろう?
 ボクはこの胸の痛みがどこから来るのか少し考えた。と、つばさちゃんがボクの肩を、とんとん、と叩いた。
「……しもしも? ハルちゃん、わたしの話、聞いてる?」
「……えっ? 何っ?」
「いま、聞いてないフリして誤魔化そうとしただろう。つばさ様には、まるっとお見通しだぞっ! 楠見くんとの仲はどこまで進んでるんだ!?」
 はっ? 何のことだかさっぱり分からない。
「まだ白を切るつもり!? 今朝、楠見くんと一緒に登校するのを見ていたんだぞ! 楠見くん、小学校の時からずっとハルちゃんのこと好きだったのは知っているでしょう!?」
 が〜ん! 初耳だよ! まさに寝耳にミミズだよ!(*寝耳に水も、ましてやミミズなんて気持ちの悪いモノを入れられた経験ないけど……)
「……その表情、ひょっとして今まで気がつかなかったの!?」
 コク、コク、と頷くボク。
「はぁぁぁ、まさか気が付いていなかったとは…………楠見くん、可哀想ぅぅぅ! まぁ、仕方ないか。ハルちゃんって、ちょっと天然入ってるもんねぇ」
 ……つばさちゃん、いま、密かに失礼なことを言いませんでした?
「じゃぁさ、今日あたりハルちゃん、楠見くんに告白されるかもしれないね。楠見くん背高いし、ハンサムだし、勉強できるし、サッカー部でレギュラーだし、かなりポイント高いよ?」
 へぇ、楠見くん、サッカー部なんだ。なるほど、心臓破りの急坂を自転車で一気に駆け上がる楠見くんの脅威の脚力は、サッカーで培われたものだったんだね。ちょっと感心。
 ボクは楠見くんの姿を探して、教室を眺め回した。
 楠見くんは男の子三人と楽しそうにおしゃべりしていた。ふいに楠見くんは窓の外をみた。…………何だろう…………ボクもつられて窓の外に視線を向ける。
「えっ!?」
 ボクは自分の目を疑った。三階の窓の外に女の子がいたからだ。
 その女の子は小学校低学年くらいで、フリルが付いた白いワンピースに、ピンク色のリボンが付いた鍔広の白い帽子を被っていた。しかし、何より信じられないのが、その女の子が空中に浮かんで立っていたことだ。女の子はこっちを見ている。
「どうしたの? いきなり変な声だして?」
「…………いやっ! あのっ! まっ、窓の外っ!」
 振り返って窓を指差した時には、女の子の姿は既に消えていた。
「……うそっ!?」
「はぁ? 何もないじゃない」
 楠見くんは、まだ窓の外をにらんでいた。楠見くんの唇がかすかに動く。…………せんめつのまじょ? …………ボクにはその動きが《殲滅の魔女》と言っているように見えた。


 最後まで読んでいただきありがとうございます。NHKです。
 今回は(前回に比べ)少し文章量が多くなってしまいました。

 どうもこの作者は、お話の中で現代美術について何か語ろうとしていたようです。
 実に恐ろしいことです。(失敗してるし……)

 では次回作でお会いしませう。

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