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注意!

 この物語は倫理や道徳の枠に収まりきらない問題を含んでいます。倫理や道徳の正しさを信じて疑わない人には、とてもお勧めできません。お怒りになること間違い無しです。お心当たりのある方は申し訳ございませんが、ここでお戻りください。


歌舞伎町のマチア
Written by NHK


 これからボクが語るのは、愛と魔法と資本主義をめぐる冒険の物語です。それでは、始まり、始まり。



天使の歌声


 八月の太陽は激しくボクを照らし、クーラーの室外機は容赦なくボクに熱風を吹きかけます。

「……まっ、マッチ、マッチはいかがですか?……マッチを買ってください……じゅっ、10円、たったのじゅう…えん……で………す………」
 なけなしの気力を振り絞ってボクは歌舞伎町の通りを歩く人達に呼びかけましたが、その声もむなしく雑踏に吸収されてしまいました。ボクはその場に、がくり、と膝をつきました。

 じーじじじじじじじぃー。みぃ〜ん、みん、みん、みん、みぃ〜。

 壊れた目覚し時計みたいな音や、これまた壊れたサイレンみたいな音が聞こえてきます。こんな都会の真ん中にもセミはいるようです。ボクはセミの声を聞くたびに、故郷の九十九里浜のことを思い出してしまいます。

 ボクの名前は町田マチアといいます。14歳まで、母さんの故郷の九十九里で、おばあちゃんとボクの二人で暮らしていました。夏になると、おばあちゃんはボクの手を引き、九十九里浜に連れて行ってくれました。だからボクはセミの声を聞くたびに、九十九里の長い砂浜と、おばあちゃんのしわしわの手を思い出します。

 ボクは14歳になるまで、ずっとおばあちゃんに育てられました。だから、小さい頃の母さんの記憶はほとんどありません。父さんが誰なのかも知りません。
 生まれたときからボクは九十九里で暮らしてきましたが、ボクが14歳になった日、おばあちゃんが亡くなってしまいました。それでボクは、母さんを頼って、この歌舞伎町にやって来たのです。

 母さんは歌舞伎町の女王様です。女王様というのは、この歌舞伎町で最も偉い人のことです。母さんが歌舞伎町の通りを歩くと、歌舞伎町で働くすべての人が母さんに頭を下げます。
 母さんを頼って歌舞伎町にやって来たボクに、母さんはこう言いました。
「お前はマチアだから、街でマッチを売れば、いい商売になるだろう」
 その日から、ボクのマッチ売りの生活が始まりました。しかし、なぜかマッチは全然売れませんでした。母さんが機嫌のいい時に、気まぐれにくれるお小遣いが頼みの綱です。

 ところが、ボクが15歳になったその日、母さんは忽然と歌舞伎町から姿を消してしまいました。たぶん、毎週金曜日に母さんを訪ねて来ていた男の人と暮らすために、母さんはこの街を出て行ったのでしょう。

 ボクは母さんを追いかけるのはあきらめました。そもそも、どこに行ったかなんて見当もつきません。マッチの売上げだけが、ボクの生命線になってしまいました。

「……まっ、マッチ……買って……くだ………さ………い………」
 もう駄目です。限界です。おなかが空き過ぎて声も出ません。もう2週間、なにも食べていないのです。おなかの虫も、3日前に鳴くのをやめてしまいました。ボクの命もこれまでなのでしょうか……。
 ボクは、ばったり、とアスファルトの上に突っ伏しました。とその時、空から何かがゆっくりと降りてくるではないですか!?
 ボクは首だけを動かし、空を見つめました。
 それは天使でした! 小さな天使たちが、やさしい音楽を奏でながら、ボクの上に降りてきました!
「……パッ、パトラッシュ……あれがルーベンスの絵だよ?……」
 ボクはイマジナリーパトラッシュに話し掛けました。とうとうお迎えが来たようです。
 ちょっと目を閉じ、ボクは心の準備をしました。
 しかし、天使たちがボクの上に舞い降りようとした次の瞬間、ボクの目の前を何かが、ひゅん、と通り過ぎたかと思うと、

 びしっ! ばしっ! びしばしっ! びしっっ!!

 突然現れたハエたたきが、小さな天使たちを叩き落してしまいました。


マッチの精?


 アスファルトの上に叩き落された天使を、ぎゅむ、と黒くて小さな靴が踏みつけました。
 見るとそこには、夏にはとても暑苦しいゴスロリ衣装を纏った小学生くらいの女の子が立っていました。女の子の手には、さきほどのハエたたきが握られています。

 それにしても、なぜ? こんなところにゴスロリ少女が?
「あたしは、えぇと、何て言うか、マッチの精……みたいなものよ」
 女の子は、自己紹介(?)しました。しかし、どことなく、ちょっと偉そうな態度です。
 てゆ〜か、何でハエたたきを持っているのでしょう?
「……ん? あぁ、これ?」
 女の子はボクの視線に気付き、ハエたたきをボクの目の前に突き出しました。
「ふふん、これはロンギニルニル。魔法のハエたたきよ」
 まほう? なんだか頭が混乱してきました。
「まっ、そんなことはどうでもいいの。それよりあなた、苦労してるわね。大丈夫、あたしにまかせて! いっぱい売れるようにしてあげるから!」
 そう言うと、女の子は魔法のハエたたき【ロンギニルニル】を構え、

 「そうれっ!!」

 女の子がロンギニルニルを一振り!
 するとどうでしょう!? ロンギニルニルがきらきら光り、光の粒子がボクの体を覆い、

 なんだこりゃ!? うわぁぁぁ!!

 「どぉ? これが今のあなたよ?」
 そう言うと、女の子はどこから取り出したのか、大きな鏡をボクの前に置きました。
 鏡の中には、とてもかわいらしい少女がいました。
 ぱっちり大きな目に二重まぶた。小さな唇。すらりと通った鼻りょう。ボクの記憶に微かに残る若い頃の母さんにそっくりです。
「……これが……ボク?」
 ボクは恐る恐る自分の頬に触れてみました。


魔法とマホウ


「そう、それが今のあなた。もうこれで大丈夫よね!」
 女の子は指を、ぱちん、と鳴らしました。一瞬にして、ボクの目の前から大きな鏡が消えてなくなります。

「それじゃ、あたし、そろそろ行くわ。いっぱい売れるといいわね!」
 そう言うと、女の子は、あっ、という間に人ごみの中に消えていきました。
 あの女の子は、いったい何者だったのでしょう? それに、女の子が最後に残した言葉、
 いっぱい売れる? マッチがいっぱい売れる、ということでしょうか?
 ボクが首を傾げて、女の子の言葉の意味を考えていると、

「きみぃ、幾らだい?」

 振り返ると、スーツ姿の30代サラリーマンらしき男性が立っていました。
 やりました! さっそくお客さんです! これで【うまい棒】が食べられます!

「ありがとうございます! 10円になります!」

 男性の顔が瞬間、えっ! と驚いた顔になりました。
 しかし、すぐさま元の表情に戻ると、

「……ホントのホントに10円なんだな!?」
 どうにも疑り深いお客さんです。しかし、せっかくのお客さんをここで逃がす訳にはいきません。
「はい、10円です!」
 ボクは即答しました。すると、お客さんはボクの手を掴み、
「嘘じゃないだろうなぁ? 嘘だったら俺、怒るよ?」
 手を引っ張ってボクを立たせると、そのまま歩き出しました。

 お客さんはボクの手を握ったまま、早足でどんどん歩いていきます。

「……ちょ、ちょっと、どこに行くんですか?」
 お客さんの歩く速度があまりに速いので、足が追いつかず、もつれそうです。
 お客さんは、ちょっとボクを振り返ると、
「……どこ?って、そりゃあ……」

 お客さんは、ボクを連れて電飾がたくさん付いたビルの中に入りました。
 エレベーターに乗り、上階に到着。
 お客さんは、ボクの手をぐいぐい引っ張って赤い絨毯の上を歩き、ある扉の前で立ち止まりました。
 鍵を使って扉を開き、ボクを部屋の中に引っ張り込むと、カチッ、と鍵をかけました。
 ボクは恐る恐る部屋の奥をのぞきました。すると、そこには大きなダブルベッドが!!こっ、ここって、まさか、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!









                                  犯られてしまいました。


 しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく、しく……。


地上の愛


 目から涙がぽろぽろこぼれます。
 お客さんは、気まずそうな顔でタバコを一本吸うと、紙幣を何枚か置いて部屋を出て行きました。
 ボクはティッシュで涙を拭き拭き、お客さんが置いていった紙幣を見ました。

「ひっ! ひやぁぁぁぁ〜!!」

 しっ!信じられませんっ! いっ、いちまんえん札が、さっ、さんまいもありますぅぅぅ!!
 こんな大金、いままで見たことがありません!!
 まるで夢のようです!!

 ボクはそのお金を持って、生まれて初めて、レストラン【びっくりドンキー】に行きました。そして、注文した料理が来た時、またしてもボクはびっくりしました!
 ハンバーグです! 生まれて初めて食べるハンバーグ! 鉄板の上で大きなお肉の塊が、じゅぅじゅぅ、と音を立てています! あぁ! こんな大きなお肉をひとりで食べてしまってもいいのでしょうか!?

 その晩、ボクは久しぶりに満ち足りた気持ちで布団にくるまり、眠りについたのでした。


 それからもボクはマッチを売るため街頭に立ち続けました。だけどマッチは一個も売れず、ボクばかりが売れてしまいました。


 半年後、気が付くとボクは歌舞伎町の新たな女王になっていました。
 かつて女王だった母さんの生き写しみたいにそっくりなボク。そのボクが新たな女王になったのは、たぶん、偶然ばかりではないのでしょう。
 歌舞伎町がボクの第二の故郷になりました。しかし、ボクは思います。いつかはボクも母さんのように、この街を出て行くことになるでしょう。でも、今だけは女王という肩書きを誇らしく思います。

 JR新宿駅の東口を出たら、そこはボクの庭【大遊技場歌舞伎町】です。


 これでこの物語は終わります。でも本当は、愛と魔法と資本主義をめぐる冒険は、まだまだ続きます。しかし、それはまた別の物語。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。NHKです。

全編にブラックなギャグが満載の物語になってしまいました。
そもそも事の発端は、
『少年少女文庫』にダーク系のお話はあるのに、
ブラック系のお話が全然ないことに気付いたことにあります。
それで本作を書いてみたら、非常にブラックな物語になってしまったのです。

この物語は一読(一見?)悪のり悪ふざけで書かれたようにも読めます(見えます?)が、
実はそうではないことを理解していただけたら、
作者としてはこの上ない幸せであります。

この物語を読んで、お怒りになられた方もいるかもしれません。
しかし、批判も含めて、ご意見はしっかりと受け止めていくつもりです。

本作の元ネタ
『歌舞伎町の女王』……………椎名林檎 作詞・作曲 『無罪モラトリアム』に収録
『ヒポクリストマトリーファズ』……山本直樹 著 『BLUE』に収録

今回はブラックな物語だったので、
次回は明るく軽い(あ、かるい)物語にしたいと考えています。では、では。

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