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学園戦隊ジャージーズ

野々宮香織の憂鬱

Written by NHK


その1


 野々宮香織、当時六歳は、まだ他人を疑うことを知らない無垢な少女だった。

 七月。野々宮香織は、まだ真新しい赤いランドセルを背に、駆け足で家へと帰ってきた。
 そう、今日は終業式。明日からは待ち望んだ夏休みなのだ。明日から始まる長い休みに、彼女の心は浮き立っていた。
 彼女は意気揚揚と母に通知表を手渡した。母は「カオリちゃん、よく頑張ったわね」と言って彼女の頭を撫でる。彼女は、えへへ、と少し照れ笑いした。
 と、その時、庭の方から彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「お〜い、カオリ〜! ちょっと来てごら〜ん!」

 香織は、「は〜い!」 と答えると、裏庭へと駈けて行った。
 裏庭へやって来た彼女を待っていたのは、彼女の姉と、銀色のロケットだった。
 ロケットは全長十メートルほどの大きさではあったが、夏の太陽を受け、まばゆいばかりに輝いていた。
「うわぁぁぁ!」
 ――感嘆の声が、思わず彼女の口から漏れた。

「どぉ? お姉ちゃん、ロケット作ったんだよ。あんた、この前、『お星さまを近くで見たい!』って言ってたでしょ? このロケットに乗れば、お星さまが近くで見られるんだよ」

 姉は彼女の顔を見て、にっこりと笑った。
 香織の姉は、青葉山学院大学付属高校の制服を着ていた。顔は童顔、古風な銀縁の眼鏡を掛けている。黒く長い髪は風を受けるたびに、さらさらと音を立てた。頭もよく、美人で評判の姉のことを、香織はとても誇りに思っていた。
「このロケットでお星さまの所まで行けるの?」
「そうだよ。お姉ちゃんが開発した、プラズマ真空転移エンジンを積んだこのロケットなら、お星さまの世界まで行けるんだよ。カオリ、乗ってみたい?」
「お姉ちゃんすご〜い! あたし、 乗りたい! 乗せて!」

 そのロケットは香織にとって、夏休みの大きなプレゼントとなった。

 姉に助けられながら梯子を登り、香織はコクピットへと入った。
 コクピットは思いのほか狭く、椅子が一つ設置されているだけだった。姉は彼女を椅子に座らせると、シートベルトで彼女を固定した。
「お姉ちゃん。このロケット、一人しか乗れないの?」
「心配しなくても大丈夫だよ。操縦はとっても簡単だし、お姉ちゃんが無線で操縦の仕方を教えてあげるから」
 妹を落ち着かせるように、やさしく、ゆっくりとした口調で話し掛けると、姉はコクピットのハッチを閉じて梯子を降りていった。

『カオリ。聞こえる?』
 コクピットに取り付けられたスピーカーから、大好きな姉の声が聞こえてきた。
「うん! お姉ちゃん。よく聞こえるよ!」
 香織は窓に顔を近づけ、姉に手を振った。
『カオリ。あなたの目の前に赤いボタンがあると思うんだけど、分かる?』
 香織は窓から顔を離し、コンソールを見た。すると、そこには沢山のメーターやスイッチに並んで、一際大きく赤いボタンがあった。
「お姉ちゃん。あったよ〜!」
『じゃあ、その赤いボタンを押しなさい。後の作業はコンピュータが全てしてくれるから』
 香織は心臓をドキドキと高鳴らせながら、その赤いボタンを押した。

 ――発射、秒読ミヲ開始シマス。60……59……58……

 スピーカーから機械がカウントダウンをする声が聞こえてきた。
 ――あぁ、もうすぐお星さまを近くで見られるのね。お姉ちゃんありがとう。
 香織の心はときめいた。と、同時に、ロケットを作ってくれた素晴らしい姉に感謝した。香織は出発前に、大好きな姉の顔をもう一度見ようと窓に顔を近づけた。

 ――29……28……27……

 姉は、何故か泣いていた。香織に向かって手を振りながら涙を流していた

「お姉ちゃん!? どうして泣いてるの!?」
 香織は、姉の突然の涙に驚きの声を上げた。
『うぅ、それはねカオリ。もう二度とカオリと会えなくなるからよ』
 次の瞬間、香織は絶句した。
「どうして!? どうして二度と会えないの!?」
『予算が足りなくて、地球に戻れるだけの燃料を買えなかったの。ロケットの性能テストに協力してくれてありがとう。あなたの犠牲は無駄にはしないわ』
「うっ、嘘でしょ!? 嘘だと言ってぇぇえ! お姉ちゃぁああん!!」
 香織はハッチを手で力いっぱい連打したが、ハッチは開かない。
『あぁ、これがカオリとの今生のお別れになるのねぇ……』

 ――3……2……1……発射。

「千晶お姉ちゃんの馬鹿あぁぁぁあああ!!」

 香織を乗せた銀色のロケットは、青白い炎と白煙を上げながら、空の彼方へと飛び立っていった。
 この瞬間、野々宮香織は初めて他人を疑うことを覚え、また一歩、大人へと成長したのである。
 そして、野々宮香織に他人を疑うことを教えた張本人こそ、早瀬智宏を絶世の美少女に改造した人物。
 悪魔の新任保健医、
 野々宮千晶。
 その人であった。


その2


 ――ぜぇ、はぁ。ぜぇ、はぁ。ゆっ……夢か。悪夢、悪夢だわ。

 野々宮香織は荒い呼吸を整えながら、周囲を見渡した。そこはよく見慣れた自宅の自室だった。
 香織の体は汗で全身ぐっしょりとぬれていた。ナイアガラの滝も裸足で逃げ出すほどの汗が、後から後から噴き出した。
 ちなみに、どうすればナイアガラの滝が裸足で逃げ出せるのか、作者にも判然としない。

 どうやら、気絶した香織を早瀬智宏が家まで届けてくれたらしい。
 香織は目覚し時計を見た。時計の針は、朝の六時半を示している。

 ――早瀬くん、大丈夫かなぁ? 女の子になってしまったこと、家族の人たちに理解してもらえたかなぁ?

 香織は智宏のことが急に心配になった。
 彼女は風呂場へ行き、汗で汚れたパジャマを洗濯機に放り込むと、シャワーを浴びた。
 シャワーが終わると急いで制服に着替え、簡単に朝食を済ますと早瀬智宏とのいつもの待ち合わせ場所へと向かった。


その3


 家を出発して十五分。待ち合わせ場所のバス停前に到着した。
 そして待つこと暫し……早瀬智弘が現れた。
 智宏の長くつややかな髪が朝の光を受けて、まるで天使の輪のように光輪を作り出している。
 道行く人々が皆、彼(いまは彼女だが)の姿に見惚れ、足を止めた……が、当の本人は恥ずかしそうに俯いている。
 しかも、何故か手には小型ビデオカメラが握られていた。「智世」ですから、ビデオカメラは必須(笑)。
(illust by MONDO)

「おっ、おはよう、カオリ」
「お……おはよう、早瀬くん。じ……じゃあ、行こっか」

 二人は並んで歩き出した。
 いつもとは違う朝。香織は平静を装ってはいるが、内心ドキドキなのである。
 とびっきりの美人を横に緊張しているのだ。視線はつい、女性としては羨ましい限りのプロポーションへと向かってしまう。
 ――あぁ、早瀬くんって細くて痩せてるのに、どうしてあんなに胸があるんだろう? 私もあれくらい胸ほしいなぁ……香織はそっと、つるぺたの自分の胸に手をあててみた。
 ――って、なに嫉妬してるんだ私はっ。
 香織は自分の嫉妬心に気付き、慌ててそれを否定した。

「――ん? どうかした?」
 香織の視線に気付いて、智宏が振り返った。
「ヴぇ! 別にどうもしないよ。あは、あははっ! ……と、ところで、家の人達に、女の子になってしまったこと、ちゃんと理解してもらえた?」
「まっ、まあね。理解してもらえたのはいいんだけど、みんな大喜びしちゃってさ、名前まで智宏から『智世』に変えられちゃった」
「――ひょっとして、それでビデオカメラを持っているの!?」
「う、うん。……母さんに、『もし魔法少女が現れたら、それで撮影しなさい!』って無理やり持たされたんだ」
「――たっ、大変だったんだね」

「……あのさ、カオリはあの新任の保健医が危険人物だってこと知ってたんだろ?」
「う、うん。……早瀬くん、あの保健医の名前知ってる?」
「え〜と、何とか千晶だろ。それがどうかしたの?」
「あの人の名前は、野々宮千晶っていうの」
「ふ〜ん、野々宮千晶かぁ……ん? 『野々宮』ってひょっとして!?」
「そう。あの人、私のお姉ちゃんなの……」

 智宏……智世は絶句した。
 香織は野々宮千晶の危険性を示す例として、香織が小学校一年生の時に体験した【恐怖のロケット発射事件】について話した。

「――そっ、それはまたハードな体験をしたんだなぁ。……え? で、でも、カオリはどうやって地球に帰ってこれたの?」
「たまたま近くを通りかかった親切なグレイ型の宇宙人が助けてくれたの。……でも、こんな話、誰も信じてくれないんだよねぇ」

 確かに通常ならそんな荒唐無稽な話、誰も信じることなどないだろう。
 しかし、野々宮千晶の被害者である智世には、この話をリアルに信じることが出来た。
「オレは信じるよ!」
 そう言って彼(いまは彼女だが)は香織の手を取り、硬い握手を交わした。

 そうこうしているうちに、二人は学校に到着した。
「じゃあ、オレ、職員室で事情説明しないといけないから、先に教室に行ってて」
「うん、分かった」
 智世は職員室に向かって駈けて行った。
 香織は智世の背中が曲がり角に消えるまで見送ると、真っ直ぐ教室へは向かわず、保健室へと向かって歩き出した。


その4


 保健室では、野々宮千晶が男子生徒たちと談笑していた。
 無論、男子生徒たちは、どこか具合が悪くて保健室に来ているのではない。この若い保健医が目当てで、大した用もないのに保健室に屯しているのだ。
 ……と、そこへ勢いよくドアを開けて一人の少女が入ってきた。野々宮香織である。

 香織は取り巻きの男子生徒たちをズンズン掻き分け、野々宮千晶の前に立った。
 男子生徒の一人が、「何だよお前? 邪魔すんなっ」と香織に怒鳴ったが、香織はその男子生徒には目もくれない。

「野々宮先生っ」
 香織は精一杯ドスの効いた低い声で言った。
「何ですか野々宮さん?」
 こちらもドスの効いた低い声である。顔だけは笑っているところがなお怖い。
「折り入って、二人だけでお話がしたいのですが……」

 両者の視線がぶつかり、空中で激しく火花を散らす。とても直視できないほどの激しい火花だ。
 もし、どうしても見たいのなら、サングラスは欠かせないだろう。
 香織と千晶、互いの体からオーラが激しく立ち昇る。取り巻きの男子生徒たちは、二人の激しい対立に恐れをなし、コソコソと保健室を出ていった。
 最後に保健室のドアが閉まったところで、香織が切り出した。

「ちょっと、お姉ちゃん! どういうつもりよっ!?」
 香織は既に爆発寸前である。
「どういうつもりって、何を怒っているの?」
 一方、千晶は不敵な笑みを浮かべている。
「どうして早瀬くんを女の子に改造したのよっ!」
「私が!? 早瀬くんを!? 何のことだかさっぱり分からないわね。それとも私がやったって証拠でもあるの!?」
「――クッ、あくまでもシラを切る気ね」
「あくまでもシラを切る気よ――それに、あんた、宇宙から帰って来た時、『やさしいお姉ちゃんが欲しいよぅ!』って言って泣いてたじゃない。丁度いいじゃない。早瀬くんやさしそうだし、お姉ちゃんになってもらいなさいよ」
「プッツツィーん!!」

 香織の堪忍袋が遂に破裂した! 【家庭の医学】を手に姉へと殴りかかる!
 しかし、行動は千晶の方が僅かに速かった。
 本が振り下ろされるよりも早く、千晶は両手で香織を後ろに突き飛ばすと、一点身を翻し、薬品保管室へと逃げ込んだ。

「逃がすかっ!」

 すぐに立ち上がった香織は、千晶を追って薬品保管室のドアを開いて室内に踏み込んだ。
 ……が、そこは薬品保管室ではなかった。そこは、どこかの民家の風呂場だった。
 風呂場では小学校高学年くらいの少女がシャワーを浴びていた。少女はもちろん全裸である。香織と少女の目が合った。

「えぇぇぇえええ!?」
「きゃぁぁぁ! ○び太さんのエッチぃぃぃイ!!」

 少女は反射的に湯船から湯を掬うと、香織に向かってかけた。
 実にすばやい反応。ひょっとして、この少女は普段からその様な目に合っているのだろうか?

「きゃぁぁぁあああ! しっ、失礼しましたぁぁぁはぁ!」

 香織はパニックで頭の中が真っ白になった。香織は慌てて保健室へと戻り、ドアを閉めた。
 心臓がバクバクと激しく鳴った。――何で扉を開けたらお風呂場に繋がってるの!? まさか、あの扉は○こでもドア!? ……って言うか、あの女の子は何故こんな時間にお風呂に!?
 突然のハプニングに、姉、千晶に対する怒りは吹き飛んでしまった。


 それから三十分後。教室には膨れっ面をした野々宮香織の姿があった。
 少女にお湯をかけられて制服はびしょ濡れになってしまったので、現在は八鳥若菜から借りたジャージを着ている。
 香織は姉、千晶のことを考えていた。

 どうすれば、地獄の軍団長のような姉を倒し、
 早瀬智世を男に戻せるのだろうか。
 野々宮香織は、
 憂鬱であった。


次回予告


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。NHKです。

 あぁ、またしても10キロバイトを超えてしまいました。
 これでもエピソードを幾つも削ったのに、短く話をまとめるって難しいなぁ。

 それでは、第四話『結集する学園戦士たち』でお会いしましょう。


―― この物語はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。――

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