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学園戦隊ジャージーズ

ジャージレッドの誕生

Written by NHK


その1


 ……さて、時間を遡ること十五分前。ここに恋人を信じる一人の少女がいた。

 青葉山学院大学付属高校の校門前に、その少女は佇んでいた。
 日は西に傾き、ビルの谷間にその姿を隠そうとしていた。夕日を受けて佇むその少女の顔には、憂いの色が浮かんでいる。
 少女の名は野々宮香織。れっきとした高校生であるが、小柄なうえ童顔な為、一見すると中学生か……ともすれば小学生のようにも見える。
 さらに、著しく未発達な胸部が、幼い外見により一層拍車をかけていた。

 ――早瀬くん、遅いなぁ。何してるんだろ?

 香織は銀ぶち眼鏡のズレを直し、手元の時計を見た。
 夕暮れに佇む少女。古風な銀ぶち眼鏡をかけたその姿は、今や絶滅の危機に瀕している【文学少女】といったフインキを漂わせている。……が、それもそのはず。彼女は読書研究会に所属する、生粋の文学少女なのだ。
 時計の針は既に七時五分前を示していた。早瀬智宏が教室に忘れ物を取りにいって、二十分以上が経過している。
 彼女は、ふぅ……と黄昏色の溜息を吐き、手元の時計から視線を上げ、校舎に目を向けた。
 と、そこへ、一人の少女が校舎から歩いてくるのが見えた。

「あれぇ? カオリ、まだ帰ってなかったの?」

 少女は肩にクロスを担ぎ、野々宮香織に親しげに話し掛けた。
 彼女の名は八鳥若菜。野々宮香織のクラスメイトで親友でもあり、ラクロス部に所属している。
 健やかに育った手足、長い髪をポニーテイルで一つにまとめたその姿からは、十六歳の少女らしい明るく健康的な色香が漂っている。

 ちなみにラクロスの起源は、北米大陸のネイティブアメリカン達が戦闘や狩猟に必要な体力や勇気を培うために行ったスポーツにある。
 彼らが試合で使用する棒が、カトリックの司祭が持つ妁杖(La crosse)に似ているため、「ラクロス」と呼ばれるようになったのだ。

「今ね、早瀬くんが教室に忘れ物を取りに行っているから、ここで待ってるの」
「えっ! んん? 早瀬くん、まだ保健室から戻ってないの?」
「保健室? ……どうして早瀬くんが保健室に? どこか怪我でもしたの?」
「いや、そうじゃなくってね……えと、二十分くらい前かな? 廊下で早瀬くんとすれ違ったわけ。……で、早瀬くん、背中に最近ウチの学校に来た新任の保健医を背負ってたんだ。『何してるの?』って訊いたら、『廊下で倒れているのを見つけたから、とりあえず保健室のベッドまで運ぶ』って言ってたよ。『手伝おうか?』って訊いたら、『大したこと無いからいい』って……」

 若菜の話を聞いた瞬間、香織の胸中に言いようの無い不安が込み上げてきた。

「……カオリ、早瀬くん一人で保健室に行かせたのは、ひょっとしてまずかった?」
「えっ? どうして?」
「 若い保健医と男子生徒。間違いが起こってなければいいんだけど……」
「……そんな、早瀬くんに限って、そんなことしないよ!」
「まぁ〜! 『早瀬君に限って』ですって!? 嗚呼、二人は信頼しあっているのね〜っ」
「……信頼しあってるだなんて、そんな……」
「嘘ついても駄目なんですにょ〜。二人はラブラブなんですにょ〜」
「……ラブラブだなんて、そんな」
 香織は頬が熱くなるのを感じて、慌てて手で頬を隠した。
「羨ましい限りですにょ〜。あやかりたいものですにょ〜」
「……あやかりたいだなんて、そんな……若菜ちゃんには朝霧くんがいるじゃない」
「よっ、陽一ぃぃ? ダメダメ! あいつは単なる幼馴染だよぉ! そんな関係じゃないんだからねぇ!」
 朝霧陽一の名前を聞いた瞬間、若菜はクロスをぶんぶん振り回して香織の発言を否定した。
 ムキになって否定しようとするところが実に子供じみている。
 ――若菜ちゃんの嘘つき。嘘つき。嘘つき……香織は心の中で若菜にツッコミを入れた。
 ちなみに、クロスを振り回すのは危険なので止めた方がいい。
「それじゃ、私、帰るねぇ。……ばいばいキ〜ン!」

 八鳥若菜は、らぶ〜♪ らぶ〜♪ らぶらぶ〜♪ と、即興で作ったラブラブソングを歌いながら校門を出ていった。
 一方、ひとり残された野々宮香織の心中では、不安が等加速度的に増大していった。
 それは無根拠な不安ではない。……なぜなら、野々宮香織は、新任保健医の恐るべき真の姿を知る唯一の人物だったからだ。

 ――きっと何かあったんだ。……早瀬くん、いま助けに行くからね!

 香織の目には、決然たる勇気の炎が揺らめいていた。
 彼女は強い決意を秘め、
 校舎へと走り出した。


その2


 悪の秘密結社【黒猫十字軍】のアジトでは、自称、美人最高司令官デス・キャットと早瀬智弘が向かい合っていた。
 智宏は桁違いの美貌を持った美少女に改造された上、十字架型の台にベルトで縛りつけられていた。
 圧倒的に有利な立場にあるデス・キャットこと千晶の顔には、余裕の笑みが浮かんでいる。
「さぁて、早瀬くん。あなたに少し説明しなければいけないんだけど、まずは自分の左手を見なさい」
 早瀬智宏は、唯一自由に動かせる首を左に向け、自分の左手を見た。
 すると、手首に見慣れない腕時計が巻かれていた。金属製で、ライトの光を受けて七色に輝いている。
「千晶せんせ……じゃなくてデス・キャット様。何ですか? この時計」
「うふ、うふふ。見た目は普通のデジタル時計だけど、それはね……ジャージレッドに変身する為の変身ブレスレットなのよ。うふふ」
 楽しそうな、実に楽しそうな千晶の笑顔は、まるで悪魔メフィストフェレスが乗り移ったかのような笑顔であった。
「……変身ブレスレットなのは分かりました。けど、何のために変身する必要があるんですか?」
「ふふ、甘いわね。ただ可愛いだけでは日本中の男を虜にはできないの。……なぜなら、日本の男の六割はオタク。普通の女にはそれ程興味を示さないわ。しか〜し! オタク男のほとんどは戦闘美少女が好き! 戦闘美少女が好きなのよ! これを利用しない手はないわ!」
 拳を握り締め、力強く断言する千晶。
 要するに、このブレスレットを使えば、何かのヒーローに変身出来るらしい。
 ――オレ、ヒーローになんて興味ないし……智宏はこのブレスレットを捨てようと思った。
 だが、
「捨てようとしたって無駄よ。一度はめたら、私以外の人間には決して外せないんだから」
「なんだってぇ!?  だっ、だったら壊してでも……」
「それも無理ね。そのブレスレットはオリハルコン製だから、ダイヤモンドカッターでも切れないわ」
「ひっ、非道いっ! 外せぇぇぇ! そしてオレを男に戻せぇぇぇ!!」
「ほぉ〜、ほっほっほぉ♪」
 智宏は体を揺すって抵抗を試みたが、その程度で手足を拘束するベルトが外れるはずもない。
 手で口元を隠して高笑いを炸裂させる千晶。その様子は実に悪役じみている。
「変身する時はブレスレットについたボタンを押しながら、大声で、『ジャージすぱ〜く!』と叫ぶのよ〜♪」

 ――絶っっ対に言うかあっ!!

「……それにしても、あなたを選んで正解だったわ。元の素材が良くないと、ここまで美人にはならなかったでしょうね」
 千晶はうっとりと智宏の顔を眺めた。
 確かに、今の智宏の姿は、半端なアイドルなど全く相手にならない程に、可愛く魅力的だ。存在そのものが芸術と評しても過言ではない。
 ただ、しかし――
「男の子みたいなその言葉使いは何とかならないのかしら? まぁ、元が男の子だから仕方ないかぁ。やっぱりセンノーしないとダメみたいね」

 ――は? いま、何と?

「……で、デス・キャット様? い、今、何とおっしゃいました?」
「あら、聞こえなかった? センノーするのよ。洗脳。せ・ん・の・う」


その3


「いやだぁぁぁ! ちょっと、ちょっと待って! 嘘でしょ!? 嘘だと言って下さい! ……うわっ! ごっ、ごめんなさい! 男辞めます! 男心捨てます! 最初は上手くいかないかもしれないけど、頑張って女言葉使うから! だから、それだけは、それだけはぁぁぁ!!」
 智宏は叫んだ。声が枯れんばかりに叫んだ。ついでに力の限り暴れまくった。
 自分を拘束している十字架が、ぎしぎしと音を立てた。しかし、音を立てはするものの、倒れるとか、壊れるなどといったことは起こらなかった。
 無念。手足を拘束するベルトさえ、ほんのわずかも緩まない。
 その間にも千晶は洗脳の準備を着々と進める。一旦、扉から部屋を出ると、今度は二本のケーブルが付いたヘルメットのようなものを抱えて戻ってきた。
「じゃ〜ん! 天才美人科学者、デス・キャット様の大発明。洗脳装置『サティアンくん6号』だぞぅ! ……あ、ちなみに、これ、特許出願中ね」

 その様に物騒な発明、特許出願しないでもらいたいものである。

 千晶は嬉々としてヘルメットを智宏に被らせ、ケーブルの一本をコンセントに差し込んだ。そしてもう一本をパソコンと接続し、キーボードに向かって何かを入力し始めた。
 な、なんと! その入力の速さたるや既に人間の限界を超えていた! 人差し指二本での低速キー入力のことを俗に【五月雨打ち】と言うが、千晶の場合はこれはもう【ナイアガラの滝打ち】、あるいは【グレート・ビクトリア瀑布打ち】とでも呼ぶ他ない速さである。

 全てのデータを瞬時にして入力し終えた千晶は、悄然とする早瀬智宏の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
 純粋な子どものような笑顔……子供は無邪気である。無邪気ゆえに残酷。ゆえに子供は皆、恐ろしくも可愛い小悪魔である。
 千晶の心には超巨大な悪魔が棲み付いているのであろう。
 一方、悄然とする早瀬智宏の顔は、地球よりも、デスラー総統よりも蒼かった。

「では、では、早瀬くん。……心も可愛い女の子になってね〜♪」
「嫌ぁぁぁあああ!!」

 洗脳プログラムを実行すべく、【Enter】キーに指を振り下ろす千晶。それは死刑の執行にも似ていた。
 智宏は恐怖のあまり、硬く目を閉じて絶叫した。





 ――あ……あれ? 何も起こらない?

 恐る恐る目を開いた智宏が最初に見たものは、白目を剥いてゆっくりと床に崩れ落ちる千晶の姿と、【家庭の医学】を構えた野々宮香織だった。


その4


 早瀬智宏のピンチを救ったのは、野々宮香織が振り下ろした、固く重い本による一撃であった。
 流石は文学少女。本は剣より強し――である。
 なぜ本が【百科事典】などではなく、【家庭の医学】だったのかは、やや疑問の余地が残るが……。
 暫時、言葉もなくただ見つめ合う二人。沈黙を先に破ったのは野々宮香織だった。
「――あ……あの、間違いだったらゴメンなさいね。ひょ、ひょっとしてあなた……早瀬くん?」
 香織の声は震えている。
「――う、うん」
 智宏の声も同じく震えていた。
「――う、そ……ホントに早瀬くんなの? どうして!? どうして女の子になってるの!?」
「オレにもよく分かんないよ。先生を保健室に運んでる最中に気を失って、気が付いたらこうなってたんだ……」
「――そんな…………あぅ」
 またしても言葉を失う二人。
 野々宮香織は激しい眩暈を感じた。もう少し正確に表現するなら、精神的ショックをきっかけに手足の毛細血管が開き、急激な血圧の低下が発生。それが原因で脳に十分な血液が行き渡らなくなり、視野が狭まり視界が暗くなった。……うん、すごく正確な表現だ。
「あっ! あっ! カオリ! 気を失う前に、このベルト解いてぇぇ!!」
 気を失う寸前、フラフラになりながら智宏に近づき、拘束を解く香織。
 緩慢で生気のない動きは、まるでゾンビのようだ。しかし、気力を振り絞って何とか拘束を解くことには成功した。
「――早瀬くん、私、も、もうダメ」
 野々宮香織は、きゅう――と可愛い声を出して気絶してしまった。
 ――うぅ、ありがとう。カオリ……早瀬智宏は、完全に気を失い重くなった香織を背負うと、悪魔の秘密基地を後にした。
 智宏の目から一粒の涙が、まるで真珠のように光りながら零れ落ちた。

 この瞬間こそが、
 ジャージレッドの誕生、
 そして、黒猫十字軍との、
 激しい闘いの幕開けであった。


次回予告


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。NHKです。

 ようやく物語が始まりましたね。
 各話10キロバイト以内に収めようと思っていたのに、ちょっとオーバーしてしまいました。

 運営委員の皆様には毎回丁寧に編集していただき、ありがとうございます。
 それでは、第三話『野々宮香織の憂鬱』でお会いしましょう。


―― この物語はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。――

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