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学園戦隊ジャージーズ

黒猫十字軍の陰謀

Written by NHK


その1


「――おい、おい、……マジっすか?」

『人間は日々の生活の中で、一瞬一瞬多くのことを選択する。しかし、人間は選択を行っていると意識することは少ない。それはどの選択をしたところで、結果に大きな差が生じることはないからだ。しかし、その選択がその人の人生を大きく左右する選択であることが極稀に存在する。そうした瞬間、人間は誰しもそのことを第六感によって知覚することが出来る』

 この言葉は、C・G・ユングの孫にして、二十世紀最大の超能力者であるユリゲラーの言葉だ。
 しかし、そのような怪しげな言葉を本気で信じる者などそうそう存在しない。それは、この早瀬智宏の場合も同じで、彼もまた、そんな世迷言を信じるほどに素直な人間ではなかった。なかったのだが――
 信じていない。
 信じられる訳が無い。しかし、

「――ウソだろぉ? ……何かの冗談にしか思えねぇ」

 智宏の第六感は、彼が今、人生を大きく左右する瞬間に立っていることを知らせていた。
 早瀬智宏は宇宙人の存在や超能力の存在なんか信じていないし、【アトランティス】や【第四世界】といったオカルト雑誌を読む習慣もないごく普通の青年であった。
 ハンサムで運動神経がよく、勉強も出来るという他人が羨む特性を備えてはいたが、それも、彼が持って生まれた才能を無駄にしないよう十六年間努力を続けていた結果であって、彼が人並みはずれた何かを持っていたわけではない。

 しかし今、彼の脳裏には、何かの深夜番組で聞いたユリゲラーの言葉がいっぱいに広がっていた。

 現在、時刻は午後六時四十分。下校時刻を既に十分過ぎていた。
 智宏は部活のサッカーを終え、制服に着替えて部室を出たところで教室に忘れ物をしたことを思い出し、彼女の野々宮香織を校門で待たせて誰もいない校舎へと戻ってきたのだ。
 そして、忘れ物を鞄に仕舞い込み、廊下を急いで歩いていた智宏は、とんでもない光景を目にしてしまったのだ。

 智宏の目の前に、白衣を着た一人の女性が横たわっていた。
 ……いや、もう少し正確に表現するなら、「酔いつぶれていた」と表現するべきだろう。
 右手にはぐい飲み、左手には大吟醸【鬼殺し】を持ち、酒臭い息を周囲に撒き散らしながら寝息を立てていた。

 ――えっ、えと、何とか千晶だったかな?

 智宏は女性の名前を思い出そうとしたが、どうしても苗字が思い出せなかった。
 千晶は最近、この私立青葉山学院大学付属高校に赴任してきた保健医で、保健医には珍しく、若くて美人であった。
 しかも、ロングヘアー+黒ぶち眼鏡+童顔の容姿は、この学園に通う男子生徒から大きな人気を得ることに申し分無く条件を満たしていた。
 そう、彼女は学園のマドンナだった。男子生徒の誰もが千晶と話したがり、大した用も無いのに保健室へと通っていた。
 しかし、この早瀬智宏だけは違った。それは、千晶が保健室にやって来た男子生徒を使って怪しげな人体実験をしているという噂を耳にしたのと、彼女である野々宮香織から、「この新しい保健医に絶対近づかない」よう忠告を受けていたからだった。
「千晶先生、大丈夫ですか? 廊下で寝てちゃ駄目ですよ」

 ――廊下で寝る以前に、校内で酒を飲んでもいいのか?

 智宏は千晶の肩を揺すってみたが、千晶は、ううん……と小さく呻くだけで、一向に起きる気配がない。
 智宏は、はぁ――と溜息を吐いて、千晶の姿を見下ろした。
 彼の第六感は未だに彼に危機を知らせていた。この女に関わるな!  ……と。
 しかし、これまでの人生で第六感など感じたことのなかった智宏は、自身のそれに半信半疑だった。
 そして、人よりほんの少し責任感の強い彼は、自己保身の為とはいえ、倒れている人を見捨てることなど出来なかった。

 ――そんなこと、あるわけないよな。

 しばし逡巡した彼は、第六感の警告を無視し、この保健医を保健室のベッドに運ぶべく、よッ……と掛け声かけて彼女を背中に担いだ。

 彼は、
 人生を大きく左右する重要な選択を、
 誤ってしまったのだ。
 決定的に……。


その2


「――うっ、ううううう……」

 早瀬智宏は唸った。しかし、どうして自分が唸ったのか分からなかった。
 だが、その疑問は一瞬にして氷解した。真上から幾つもの強力なライトが彼を照らしていたからだ。
 まるで手術室にある無影灯のようなライトだ。

 ――ううっ、眩し。

 彼は目を細め、手で光線を遮ろうとした。が、そこで異変に気がついた。手が何かで縛り付けられたみたいに動かないのだ。それどころか、足も動かない。彼の脳裏に疑問符が音速で飛び交った。

 ようやく明るさに目が慣れてきたので、どうにか唯一自由に動かせる首を右に傾け、動かない右腕を見た。
 すると、案の定、右腕は手首の部分で丈夫そうなベルトによって固定されていた。
 次に、首を左に傾けてみる。すると、右腕と同様、手首をベルトで固定されていた。
 今度は首を持ち上げ、動かない足を見ようとした。
 そこで彼は信じられないものを発見した!
 胸部に小さな山が二つ。
 男にはありえない山。
 女にしか存在しない山。

 ――なっ!

「なんじゃこりゃぁぁぁ!!」
 智宏は叫んだ。 しかし、その声は男性らしい低音ではなく、女性あるいは変声期以前の少年のような、甲高い声であった。そして自身の声の異常に気がついた彼は……
「なっ! なんじゃあこりゃぁぁぁ!!」
 もう一度改めて、
 絶叫した。

 ――なっ、なんで? この声はなに? てゆ〜か、この胸のふくらみは? ……それ以前にここはどこ? なんで縛られてんの?

 智宏の脳裏をテラフロップスの速度で疑問が飛び交い、こめかみのあたりが痛んだ。智宏は頭の痛みを堪え、ここに来る直前のことを思い出そうとした。

 ――え、えと、確か……。



 …………………………………………
 ……………………
 …………
 ……早瀬智宏は背中に新任保健医を背負い、酒気を帯びた息を浴びながら、保健室を目指して廊下を歩いていた。

 ――ふぅ、人間って、意外と重いもんだなぁ……

 完全に脱力した人間は予想外に重く、急げども足はなかなか前に進まなかった。智宏の額に、じわり……と汗が滲んできた。
 漸くのことで保健室の前まで辿り着いた時、背後でごそごそと身を揺する気配がした。
「千晶先生、目が覚めたんですか?」
 智宏は呼びかけた。すると、「うふ、うふふ……」と忍び笑いが耳元で聞こえた。
「……先生?」
「早瀬智宏くん、捕まぁ〜えたぁ!」

 何のことです? そう言って振り返ろうとした瞬間、智宏は首筋に、ちくりっ――と鋭い痛みを感じた。
 慌てて振り返ると、右手に注射器を持った千晶が、ファムファタルのごとき妖艶な笑みを浮かべていた。

 ――あっ……

 そう短く叫ぶ暇もなく、早瀬智宏の意識は、底知れぬ暗闇へと墜落していった…………


 ……と、これまでのいきさつを思い出したところで、早瀬智宏は自らが置かれている状況を改めて確認した。
 どうやら手術台のようなものに縛り付けられ、寝かされているらしい。では、ここは病院の手術室なのか? とも思ったが、さして広くない室内には、用途不明の機械が所狭しと置かれていることから、どうやらそうでもないらしい。
 服はいつの間にか、女子の制服に着替えさせられている。太ももの辺りがやけに涼しいのは、スカートを履いているせいだろう。
 と、その時、智宏を拘束している台が、ウィィィン――とモーター音を立てて起き上がった。

「うふふ。お目覚めのようね、早瀬智宏くん」
 部屋の扉が開き、そこから黒いエナメルのスーツに頭部には黒い猫耳、そして白衣を着た女が現れた。
 顔はサングラスによって判然としないが、声や外見的特徴から、それが誰であるかは瞭然としていた。
 智宏は眉をしかめ、怪訝な表情を浮かべて尋ねた。
「……千晶先生、何やってるんですか?」


その3


「お黙りなさいっ! 私は美人保健医の千晶先生ではありませんっ! 悪の秘密結社【黒猫十字軍】の美人最高司令官、デス・キャットよっ!」
 智宏を指差し、びしっ! ……と見得を切り、あくまでも別人であると言い張る千晶。
 日常の世界に突如出現したエアポケット。次々と起こる非常識事態に、智宏は激しく眩暈を覚えた。
 自ら悪の秘密結社を名乗る人間が、一体どこの世界に存在するであろうか?

 ――しかも、自分で「美人」って言ってるし……。この人、酔ってるのか?

 酔っているとしか思えない言動。しかし、もしこれがシラフでの言動だとすると、かなり恐ろしい。
 智宏は、千晶が実際は【酔っている・いない】にかかわらず、「酔っているのだ」と考えることにした。
「……あの、千晶先生?」
「デス・キャット様と呼びなさいっ!」
 再び、びしっと見得を切る千晶。
「…………」
 智宏は、ヘタに逆らわない方が得策だと判断した。「……で、デス・キャット様、……えと、ここはどこでしょう?」
「ここは保健室の地下にある【黒猫十字軍】の秘密施設よ」
 公言してもよい秘密施設らしい。
「……オレに何をしたか知りませんが、元に戻して解放していただけると、大変有り難いのですが……」
「何を言っているの? せっかくこんなに可愛い女の子になれたっていうのに?」
 千晶は智宏の発言を、ふふん……と鼻で笑い、指を鳴らした。すると智宏のすぐ前の床が迫り上がり、大きな姿見が現れた。
 智宏は絶句した。
 そこには美少女が映っていたからだ。
 しかも、
 桁違いの美貌を持った……

 光沢を放つ黒髪。
 ぱっちりと大きな目に二重まぶた。
 小さな唇。
 すらりと通った鼻梁。
 白く透明な肌。
 ウエストは細く引き締まり、スカートからは、世辞など必要としない位の美脚が健やかに伸びている。
 存在そのものが芸術と呼べるほどの美貌。

 鏡に映った少女は、男なら衝動的に家に持ち帰り、部屋に飾りたくなるような、美しさと可愛さを兼ね備えていた。
 その証拠に、智宏本人でさえ「持ち帰りてぇ!」――と思ったほどだ。
 しかし、鏡に映ったその少女が、紛れも無く現在の自分の姿だと認識した瞬間――

「嫌だぁぁぁ! 持ち帰られたくなぁぁぁい! もっ、元に戻せぇぇぇ!!」

「ちょっと、違うでしょ。そこは『…………これが、ボク?』って震えながら驚いてみせるところよ」
「――オレをどうする気だっ!」
「あなたには【黒猫十字軍】の幹部として、世界征服の為に働いてもらうわ。その美貌で男達の心を捕らえてメロメロにするのよ」

 ――いっ、嫌過ぎる。


次回予告


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 『どんとこい! 辛口批評』のNHKです。
 まぁ、批評なんて堅苦しいこと言わず、賛否なんでも構わないので、思ったことを気軽に感想掲示板に書いていただければ、作者としては、大変ありがたいです。
 今回はちょっと短い話になってしまいました。その分、比較的速いペースで続きを発表できれば、と考えています。
 運営委員の皆さま、毎回素敵な推薦文を書いていただき、ありがとうございます。
 それでは、第二話『ジャージレッドの誕生』でまたお会いしましょう。


―― この物語はフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。――

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