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ブレインストーミング

 二十一世紀、オンラインゲームは新たな進化を遂げた。それは、二十世紀後半から飛躍的進歩を遂げた大脳生理学の成果を応用したもので、モニターやコントローラーなどを使わず脳で直接遊ぶ、画期的な遊び方だった。所謂【ブレインストーミング型】のゲームの誕生だ。
 プレイヤーは端末の椅子に横たわり、頭部に脳磁界干渉計測器を装着する。干渉器からは微弱な低周波が大脳に発せられ、プレイヤーの脳に直接映像を映し出す。プレイヤーの反応は計測器によって直ちにフィードバックされる。これによってリアルタイムで仮想現実内を自由に行動することが出来る。


ドラゴンクエスト 15

 前作から三年八ヶ月の沈黙を破って、スクエアエニックス社から発売された人気MMORPG『ドラゴンクエスト 15』は、ドラクエシリーズ初の【ブレインストーミング型】のゲームとなった。発売前は否定的意見も多かったものの、このゲームは瞬く間に280万本を売上げ、大ヒットとなった。


DragonQuest 15
――天空の花嫁になった僕――

Written by NHK


ただいま、重大なシステムエラーが発生しています。
現在、全力を挙げて復旧作業を行っています。
プレイヤーの皆さまには大変申し訳ございませんが、もうしばらくお待ちください。


 ―― 始まり ――

 あのシステムエラーの発生を知らせる声がこの世界に響いてから約一ヶ月が過ぎた。この世界は一日が四時間なので、現実世界ではもう五日が過ぎたことになる。

 今回のエラーは、セーブポイントでセーブも出来なければ、この世界との接続を切って、現実の世界に戻ることも出来ない厄介極まりないエラーだった。

 エラーが発生している間は何が起るか分からないので、出来るだけ動かないことが鉄則だ。
 この鉄則に従い、最初の二日くらい(現実では八時間くらい)はどのプレイヤーも辛抱強く我慢していたが、三日目からはみんは苛立ち始めた。

 僕だって社会人なので、長時間ゲームの世界に閉じ込められるのは大いに困る。というか、むちゃくちゃ困る。僕のように一人暮らしならともかく、家族と暮らしている人など、もっともっと困る。で、とうとう自殺者が出てしまったのだ。正確には、死亡を利用をしてこのゲームとの接続を切ろうとするプレイヤーが現れた。

 ところが、ここでさらに問題が発生した。

 通常、死亡したプレイヤーは一定時間以内に復活魔法ザオリクかザオラル(メガザルでも可)を唱えて生き返らせなければ、この世界との接続が切れて、プレイヤーの肉体は消滅する。
 しかし、死亡したそのプレイヤーの肉体はいつまでたっても消滅せず、また、復活魔法を唱えても決して生き返ることはなかった。

 この現象は様々な憶測を呼んだ。

 死亡したプレイヤーの意識は現実に戻ることが出来ず、この世界からも消えてしまったのだと言う人もいた。勿論、単なるバグだと言う人もいた。
 しかし、それらの意見は所詮憶測にしか過ぎなかった。なぜなら、システムエラーが発生して以来、この世界の管理者からは何の情報ももたらされなかったからだ。結果、自殺を試みる人はいなくなった。

 死亡したプレイヤーの肉体は、他のプレイヤーの手によって土に埋められた。
 それは、死者を弔うというより、不吉な存在を身の回りから遠ざけようとする心理の方が強く働いていたのだと思う。

 一ヵ月後、冒険に出ようとするプレイヤーはほとんどいなくなってしまった。
 なにせ、バトルで死ねば生き返ることも出来ず、本当に死んでしまうかもしれないのだから、のんびり冒険を楽しんでなどいられない。


―― 出会い ――

 ほとんどのプレイヤーが一日中町の中に閉じこもるようになる中、僕は、ゲームをクリアすることでこの世界から脱出しようと考え、仲間を集めた。

 幸い、僕の考えに賛同してくれるプレイヤーが見つかり、パーティーを組むことが出来た。

 僕のパーティーは、お互いに助け合いながら順調に成長していった。幸いにも聖水ぶっかけでメタルスライムを確実に倒すことが出来たので、レベル上げはそれ程難しくはなかった。
 バトルでは当然、即死魔法ザキやザラキを使う敵からは逃げまくった。

 ある日のことだった。
 森の中を進んでいた僕たちは、彷徨う鎧の大軍勢に遭遇してしまった。

 僕たちは必死の抵抗を試みたが、とにかく数が違いすぎた。
 大混乱の中、パーティーは散り散りになってしまった。

 僕は逃げた。
 暗い森の中を方角も分からずひたすら逃げた。

 死に物狂いの逃走が効を奏したのか、僕は彷徨う鎧の大軍団から逃げ切ることが出来た。しかし、僕は完全に方角を見失ってしまった。街の方角はおろか、自分の現在位置さえ分からない。

 僕は暗い森の中を彷徨い歩いた。

 彷徨い歩くこと三日。激しい疲労と睡魔が度々僕を襲う。
 この時、僕の判断力は極端に低下していたのだろう。僕は愚かにも腐った死体の住処に足を踏み入れてしまったのだ。

 たちまち腐った死体たちが僕を取り囲んだ。

 腐った死体たちは、ドラクエらしいユーモラスな姿と動きで僕に近づいてきた。だが、僕は恐怖のあまり貧血を起こしそうになった。
 そもそも僕は、ゾンビみたいな腐った生き物(?)が大の苦手なのだ。そんな僕にとっては、【バイオハザード8 ブレインストーミングバージョン】をプレイする人の気持ちはもう完全に理解不能だ。

 腐った死体の顔が僅かに歪んだ。それは勝利を確信しての笑みだったのかもしれない。
 たしかに今の僕は、か弱そうな女の子僧侶の姿をしている。「甘く見られたものだ」と普段の僕なら思うところだが、なにぶん、今は度重なるバトルでマジックパワーもほとんど残っていないし、アイテムも底をつきかけている。

 あぁ、僕の命もこれまでなのか……

 その時、ひとりの男が疾風のようにボクの前に現れ、瞬く間に数体の腐った死体を切り伏せた!! 男は光の剣を持った戦士だった。男は幻術魔法マヌーサの効果をもつ光の剣で腐った死体たちを翻弄しながら、次々と切り伏せていく。その姿は、僕にとってはまさに勇者さまだった。

 腐った死体たちを追い払った戦士は光の剣を鞘に収め、僕の方を振り返り手を差し伸べて言った。

「私の名前はミネアよ。あなたは?」

 あれ? もしかして女の人?

 これが僕と彼女との運命的な出会いの瞬間だった。


―― 二人旅 ――

 僕と彼女は一緒に冒険の旅をすることにした。彼女の目的もまた、ゲームをクリアすることでこの世界から脱出することだったからだ。

 戦士と僧侶、攻撃と回復。この組み合わせは最高に相性が良かった。

 男性戦士(実は♀)と女性僧侶(実は♂)。何だか変なカップルだが、とにかく僕と彼女の息はピッタリと合っていた。僕と彼女の仲は急速に深まっていった。

 彼女との旅を始めて半年ほど過ぎたある日、彼女は僕に言った。

「もし夢から醒めなかったら、それが現実じゃなくて夢だということを、どうやって証明できると思う?」

「どういうこと?」
「つまりね、広告製作会社で新聞の折り込みチラシを作っていた私なんて最初から存在しない夢みたいなもので、世界は元々こんな風に出来ていたんじゃないかって思うことが時々あるの」

 僕には彼女の言いたいことがぼんやりと分かった。

 確かに僕も、現実の世界で保育師として保育園で子供たちと接していた毎日が、最近なんだか遠い世界での出来事のように感じることがある。

 冒険の果てに僕たちはあの世界に目覚めることが出来るのだろうか?


―― 聖夜 ――

 冬。

 雪深い山奥の小さな小屋に僕たち二人はいた。
 今夜はクリスマス。僕たちはささやかながらクリスマスのお祝いをした。

 僕はレヌール城で譲ってもらった銀のティーセットを彼女にプレゼントした。
 彼女も僕にプレゼントを用意してくれていた。僕はさっそくリボンを解き、箱を開けてみた。そして中に入っていたのは……





                          ……エッチな下着だった。

 僕は質問した。

「……どこでこんなものを買ったの?」
「買ったんじゃなくてゥつけたのよ」
「……どこで見つけたの?」
「グランバニアの街にある教会よ」

 教会で見つけたエッチな下着……何だか背徳的だなぁ。

「その下着、あなたにとても似合うと思うの」

 ……複雑な気分だ。


 慎ましやかな食事を終えた僕たちは、小さな暖炉の前で身を寄せ合った。

 窓の外では真っ白な雪が音もなく降り続き、白銀の世界を深めていく。
 暖炉の中で燃える薪がパチパチとはじける幽かな音しか聞こえない。
 まるで時間が止ってしまったかのような静けさだった。

 彼女は僕の耳元に口を寄せて囁いた。

「まるで世界に私たち二人しかいないみたいに静かな夜ね」

 僕も彼女の耳元に口を寄せて答えた。

「そうだね」


 その夜、僕たちは寒さも手伝って、赤ちゃんが出来るようなことをしてしまった。

 この僕が女の子としてそんなことをするなんて、思ってもみなかった。というのは少し嘘だ。
 最近の僕は、自分が本当の女の子に変化しつつあるような気がしていたし、彼女とはいつかこういう関係になるだろうとも考えていた。むしろ、こうなることを僕は望んでいた。

「……赤ちゃん、欲しいな」

 僕は心からそう思った。それ程までに僕は彼女のことを愛していたし、彼女の子供を産みたいと願っていた。

 しかし、それは叶えられない願いだということも分かっていた。何故なら、所詮この世界は仮想現実で、肉体を持たない僕たちは、この世界を構成する膨大なデータのごく一部に過ぎないからだ。

 彼女は僕を抱きしめてくれた。
 僕は少し泣いた。


―― そして伝説へ ――

 僕たちは艱難辛苦の末、ついに破滅の魔王ミルドラーズを打ち倒した。それは、僕と彼女との一年間に渡る冒険の旅の終りを意味していた。

 これでようやくあっちの世界に帰れるんだな。

 そう思うと、少しは喜びが湧いてきたけど、でも、あっちの世界に本当に戻れるのだろうか? そもそも、あっちの世界が実在するのかさえ、今の僕には確信が持てない。それに、彼女と別れるのはとても辛過ぎる。

 僕の複雑な気持ちをよそに、物語はエンディングへと向かっていく。


 僕たちは、遥か天空に浮かぶ荘厳な神殿で、結婚式を挙げた。

 細やかな刺繍の施された純白のウェディングドレスに身を包み、ヴァージンロードをゆっくりと進む僕。
 天からは美しい花びらが降り注ぎ、僕と彼女を祝福する。

 祭壇にいるマスタードラゴンの前で僕たちは互いの結婚の誓いを述べ、指輪を交換し、キスをした。

 マスタードラゴンは参列者全てに向かって高らかに宣言した。

『おぉ、この者たち強き愛の絆もて遂に破滅の魔王を打ち滅ぼし、真の勇者となった。我はこの者たちの幸福が永久に続かんこと願う』

 こうして、僕と彼女の冒険の旅は幕を閉じた。









                          ……あれ? 終わらない。

 僕はマスタードラゴンに尋ねた。

「あの、これでこのゲームは終りじゃないの? どうしてあっちの世界に戻らないんですか?」

 マスタードラゴンは不思議そうな顔をして答えた。

『勇者よ、あっちの世界とは何だ? これからお前たちは勇者の血を絶やさぬよう子孫を残すのだぞ』

「え!? ……あ、赤ちゃん作れるんですかぁ!?」
『あぁ、当然だとも。何しろお前たちは勇者なのだからな……』

 マスタードラゴンは笑って答えた。

 ああ、そうか。そういうことだったのか。

 この瞬間、僕は全てを理解した。


 僕は思う。

 例えこの世界が現実ではなく、夢であっても構いません。
 そして、夢ならば決して醒めないでください。

 僕のお腹には、彼女と作った新しい命が宿っています。
 僕はいま、幸福の中にいるのだから……。


―― 後書き ――


 最後まで読んでいただき、有難うございます。NHKです。

 いつかはファンタジーを書こうとは思っていたのですが、実際に書いてみると、まるでファンタジーらしくない物語になってしまいました。

 しかも、「ドラクエには迂闊に手を出してはいけない!」と注意していたのに、迂闊にも手を出してしまいました。

 ファンタジー好きの皆さん、ドラクエ好きの皆さん、ごめんなさい。

 ところで、この物語を書いている最中、『ドラクエには人生の全てがある』と誰かが言っていたのを思い出しました。

 最後に質問です。【バイオハザード8 ブレインストーミングバージョン】がもし出来たら、皆さんは挑戦してみたいですか?


DragonQuest 3
・・・そして伝説へ?


 私が十六歳の誕生日を迎えたある朝、母は私に言った。

「おおマーニャ。あなたのお父さんは、実は勇者の子孫なのです。だから、あなたも勇者の血を受け継いでいるのですよ」

 初耳だった。

「お父さんはあなたが小さい頃に、魔王バラモスを倒す旅に出ました。さあ、十六歳になった今日、あなたも魔王バラモスを倒す為、旅に出るのです」

 母さんは物置から埃まみれの鎧と、金属製の重い剣を掘り出し、私の前に置いた。

「ちょ、ちょっと母さん! 私が勇者の子孫だなんてどういうことよ!? 私、魔王退治なんてしないからね!」
「何を言ってるの! この日のために私はあなたを男の子のように育ててきたのですよ!!」

 母のこの言葉を聞いた瞬間、すべての謎が氷解した。

 そーかい。そーかい。そういうことだったのかい。
 小さい頃から剣術を習いに行かされていたのも、女の子なのに私だけいつもズボンばかりで、スカートを履かせてもらえなかったのも、全てこの日のために仕組まれたことだったのね……。

 私の中で何かが、ぷつん、と音を立てた。

「勇者が何よ、このアマァ! 私だって他の女の子と同じように可愛いお洋服を着たかったし、他の女の子と同じようにピアノやバレエを習いたかったんだからね!!」
「うっせ! 黙れこのバカ娘っ! あんたは勇者の子孫なんだから、とにかく魔王退治に行けコラァ!!」

 逆ギレした母さんは私にブサイクな鎧を無理矢理着せると、私を家の外に叩き出した。

「いいか良く聞け! 魔王を退治するまで一歩たりとも家には入れんからなァ! このバカ娘っ!!」

 こうして私は母さんに家を追い出されてしまった。

 あぁ、腹が立つ! 誰があんな家に帰ってやるもんか!!

 私はすぐに町の武器屋へと向かった。鎧と剣を売って、当座の生活費に変える為だ。
 しかし、あまりいい値では売れなかった。元々大した品ではなかったみたいだ。

 まあいい。

 母さんのサイフから一枚だけクレジットカード(勿論アメックスだ)を失敬しておいた。
 これで何とかなるだろう。



 私は故郷の田舎町を離れ、都会に出た。



 私は、毎晩クラブに繰り出しては夜通し遊びまわった。
 支払いはもちろん母さんのクレジットカードだ。

 ある晩、私はいつものようにクラブで遊んでいた。すると、ひとりの男が私に声をかけてきた。
 その瞬間、私は運命を感じた。

 彼は医大に通う医者の卵で、父親は大きな病院を経営していた。

 私はすぐ彼に熱烈なアタックをかけ、ついに妻の座を手に入れた。
 これって、まさに玉の輿よね。

 私は幸福の絶頂にあった。



 百年後、完全復活を遂げた魔王バラモスによって、世界は闇に支配されてしまうんだけど、
 そんなこと私にはどうでも良かった。

 やっぱり、冒険とか魔王退治なんて男の子の仕事で、
 女の子のすることじゃないわよね。


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