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21世紀―――
誰もが期待していた新たなる100年の幕開けは、今思えば破滅への序章だったのかもしれない
政治不振からの国内外テロ・・・世界各国で次々に起こる反乱は、同時に市民を混乱に掻き立てるものとなった
そんな状況では他国に目が向けられるのは必然の事であろう
今まで溜まりに溜まっていた他国への不満は、湾岸戦争以来の本格的戦争となって、各国に広がった
平和な日本であっても、このような風潮は広がっていた
相次ぐ政治不信で、政界は完全に堕落
株価の値下がりは留まることを知らず、もはやアメリカに次ぐ経済大国の名は過去の物となっていた
総理大臣の交代は当たり前となり、半年もてば良いというほどだった

そして、2004年の幕開け
初詣で手を合わせる人達の願いは、誰一人違うものではなかった
しかし、そんな願いは、じめじめとした梅雨の到来と共に、儚く打ち砕かれる事となる
地獄のRAINY・・・後にそう呼ばれる一連の事件は、梅雨の雨の様に静かにおとずれた・・・





2004年6月6日午前1時 沖縄県那覇市・那覇国立生物学研究所

ここの研究室で、数人の男が巨大なカプセルの前にあるコンピューターを見つめていた。
「何か異常はないか?」
口にタバコをくわえた男が、コンピューターの前に座っている男に言った。
「はい所長、今の所順調に成長しています。」
「せっかくDNAからここまで再生させたんだ。ここで死なせたら、来月の期限に間に合わなくなる。」
男たちの見つめる巨大カプセルの中には、透明な液体が入っている。そのカプセルからは何本ものコードが出ていて、まわりにあるコンピューターに接続されていた。
「でも、本当に大丈夫なんですか? 一応、私達でコイツの事を調べておいたほうが・・・」
「そんな事したら、俺達あの世行きだよ。心配するなって。小説に出てくるような殺人生物がいるわけないだろ。」
「はぁ・・・」
そんな心配そうな表情に、所長が笑いながら答える。
「それより、コイツにもそろそろエサあげたほうがいいんじゃねぇか?」
「わかりました。」
男がコンピューターを操作すると、巨大カプセルの横にある機械が音を立てて動き出した。
「一応、タンパク質を中心として栄養豊富なエサを作ってみました。たぶんこれで大丈夫と思います。」
コンピューター画面のOKキーをクリックすえると、再び横の機械が音を立て出した。
少しすると、巨大カプセルの中の液体が白い煙のような物で覆われた。この煙のような物がエサらしい。
「頼むぞ、これで死なないでくれよ。」
所長は、心配そうな表情でカプセルを見つめた。
ビー、ビー、ビー!
突然、目の前のコンピューターが大きな音を上げた。
「な、なんだ!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
予期せぬ非常事態に、その場の所員達が一斉に慌て出す。
所長もくわえていたタバコを落とすと、コンピューターを見ようと体を乗り出した。
「こ、これは・・・い、異常に増えています!」
「増えているだと? コンピューターの故障じゃないのか?」
「い、いえ、そんなわけありません。・・・一万匹・・・十万匹・・・百万匹・・・すごいぺースです!」
男はそう言うが、所長にはとても信じられなかった。
たしかに爆発的に増える物はいるが、こんなぺースは間違いなく異常としか言いようが無いのだ。
しかし、目の前のコンピューターにはとんでもない数字が表示されている。
これが事実・・・
「一億匹・・・百億匹・・・! も、もうカプセルが限界です!」
「な、何!?」

ド――――――ン!

静かな深夜の那覇市内に、その爆音だけが異様に轟いた・・・



RAINY
〜Perfect Edition〜

作:いちろう



『今日の深夜未明、沖縄県那覇市にある、那覇国立生物学研究所が謎の爆発事故を起しました。この爆発で、ここの所長である小笠原祐二さんら4人の方の死亡が確認され、現在もまだ数人の職員が瓦礫の下敷きになっているもようです。沖縄県警では、原因の究明を急いでいますが、まだ詳しい事はわかっていません。それでは、次のニュースです。』


同年6月6日午後4時 福岡市内

市内にある福岡国立生物学研究所から一人の男が足早に出てきた。
この男の名は前田誠司。この生物学研究所で所長をやっている。
九州大学時代に小笠原と研究仲間であった。
そんな前田に小笠原の訃報が届いたのは、徹夜で研究所内でウトウトしていた午前5時ごろだった。
突然の事に、最初はどうしていいかわからなかったが、この日の夕方になってようやく気持ちが落ち着いて、空港へと向かう事にした。
親友の死・・・それは前田の心に大きな穴を空けていた。
「あれ? ・・・雨か。」
空港まであと少しと言う所で、突然、黒い雲に包まれた空から雨粒が落ちてきた。
そういえば、今日から梅雨入りだとテレビで言っていたのを思い出しながら、カバンから折り畳み傘を取り出し、前田は再び足を早める。
「うわああぁぁぁ!」
次ぎの瞬間、前田の前を歩いていた中学生ぐらいの少年が突然苦しみながらその場に崩れ落ちた。
前田は戸惑いながらも、すぐに少年の元へと駆け寄った。
「おい、大丈夫か!」
「うぅぅぅ・・・」
話し掛けても、少年は苦しそうな声を上げて、胸を押さえながら苦しそうな表情を浮かべている。
「きゃああぁぁぁ!」
と、再びどこからか悲鳴が聞こえてきた。
見ると、後ろの方でOLらしき女性が少年と同じように苦しそうに倒れこんでいる。
それだけではない、周りを見渡すと何人もの人が同じように倒れこんでいる。
「ど、どういうことだ?」
少しの間、前田は呆然と当たりを見渡していたが、すぐに正気を取り戻し公衆電話を見つけると、119へと連絡した。
電話を終え、再び少年の元へと戻る。
「もう少しで救急車が来・・・え!?」
少年に話し掛けようとした瞬間、前田は自分の目を疑った。
そこにあったのは先ほどまでの少年の姿ではなく、少女の姿だったのである。
顔はまだ先ほどのような少年の面影を残していたが、胸は小さいながらも膨らんでおり、体は少し丸みを帯びているように見えた。
「な、何なんだ一体・・・!?」



同じ頃、市内にある福岡県立病院でも異常事態となっていた。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
看護師の長谷川が息を切らしながら院長室へと向かっていた。
院長室の前に到着すると、彼女はノックをするのも忘れて急いで部屋へと駆け込んだ。
「小宮山院長、急患です! ドクターが足りないので来てください!」
小宮山と呼ばれた若い男はすぐに立ち上がったが、その表情は状況を理解しきれていない様子である。
「ドクターが足りないってどういうことだ?」
この病院は県内でも指折りの大きな病院で、医師も十分過ぎるほど配属されている。
それが、足りないと言うのはありえない話なのだ。
「とにかくすごい数なんです!」
いつも冷静な筈の長谷川が焦っているのもおかしい。
「まったく、何があったんだよ・・・」
小宮山は簡単に準備を済ませると、急ぎ足で治療室へと向かった。
「症状は?」
「ほとんど全員が体の中がひきちぎられるように痛いと言っています。検査の結果、内臓器官にかなりの負担がかかっている事がわかりました。」
「原因はわかったのか?」
「い、いえ、それが・・・まだ・・・。」
治療室に向かう間にも、長谷川から詳しい事を聞く。
この時は、小宮山もたいしたことはないだろうと思っていたが、治療室のある2階についたとたん、それは甘かったと痛感させられた。
通路にはベッドが足りずに座り込んでいる患者が何人もおり、苦しそうな声を上げていたのである。
それは、まるで地獄絵図のような光景だった。
小宮山はそんな様子をただ呆然と見ながら、治療室へと入っていった。
「・・・い、一体どうなってるんだ?」
治療室の中も患者で溢れていた。
「え!? そんな・・・」
小宮山と一緒に来ていた長谷川が、患者たちを見たとたん、突然驚いたような表情で立ち止まってしまった。
「どうした?」
「い、いえ・・・こんなに女性の患者さんが多かったかなと思って・・・」
長谷川がそう口にしたのと同時に、一人の医師が小宮山の元へと走ってきた。
「院長、運ばれてきた男性が女性に変わってます!」
「はぁ?」
最初は冗談かと思っていたが、どうやらその医師の話を聞くと、運ばれてきた男性が何もしてないのに次々に女性へと変化してしまったと言う事であった。
「検査結果は?」
「体内の女性ホルモン値が異常に高かったのと、内臓器官へのかなりの負担が確認されました。」
「そうか・・・とにかく、今は患者の救命処置の方が大切だ。」
小宮山はそう言うと、一人の患者の元へと向かった。
「先生、お願いします。」
長谷川から検査の資料を受け取ると、小宮山はすぐにそれに目を通した。
「出血がヒドイな。すぐに手術だ、準備しろ!」
長谷川が急いで器具を準備し始める。
「院長、部屋が全然足りません!」
準備をしている間にも、あちこちから看護師の声が飛んでくる。
「最低限の器具だけ持っていって、空いている病室を使え!部屋の消毒はしとけよ!」
小宮山はそう答えると、再び患者の方へと向きを変えた。
「まったく・・・今日は忙しくなりそうだな。」



それから数時間後、前田は近くの病院の廊下にいた。先ほどの少年の付き添いとして病院まで行ったのである。今、少年は治療を終え、部屋で安静にしている。治療と言っても、応急処置のようなものなのだが・・・
「前田さん!」
その時、後ろから誰かの声が聞こえた。振り返ると、そこには40代ぐらいの男が立っていた。
「あなたは・・・?」
前田にはその男に会った記憶はなかった。
「あ、すいません。私は福岡県警の田村と申します。」
田村といった男は警察手帳を取り出して言う。
「は、はぁ・・・」
「あなたが、第1目撃者だということで、出来ればお話を伺えないでしょうか?」
「ええ、いいですよ。では、場所を移しましょうか。」
前田の言葉で、2人は歩き出した。



「え!? ここだけじゃないんですか?」
2人は自動販売機近くの椅子に場所を移すと、話を始めていた。
前田は2本の缶コーヒーを買うと、その内の一本を田村に渡した。
「すいません。・・・そうなんですよ。長崎、佐賀、大分、山口でも確認されていて、その中でも特にヒドイのがここだそうです。」
缶のフタを開けながら、田村が言った。
「そうですか・・・。」
温かいコーヒーを口にしながら、前田はふと近くの窓に目をやった。
外は雨のせいか、この時間にしては早く暗闇に包まれており、救急車のサイレンが止まることなく鳴り響いている。
その時の前田の様子は冷静そうに見えたかもしれないが、実際心臓の音は、胸に手を当てなくてもわかるぐらいの鼓動を重ねていた。
目の前で広がっているのは、パニック映画のような光景・・・。いや、事実は小説より奇なりというように、それ以上のような物だろう。
「前田さん、前田さん!」
「え、あっ・・・!?」
田村の言葉で前田はようやく我に返った。どうやら、少し考え込みすぎたらしい。
「すみません。で、話というのは?」
前田は田村の座っている隣の椅子に腰掛けると、椅子の横のちょっとしたスペースに半分ほど残っている缶を置いた。
「第1目撃者ということですが、あの時何か気が付いたような事はありませんか?」
「気が付いた事ですか・・・」
数時間前の事を思い返してみる。
確か、あの時は福岡空港に向かう途中だった。そして、傘を取り出してすぐに叫び声が・・・
「そういえば・・・雨が降ってきた直後でしたね。周りで人が倒れだしたのは。」
「雨ですか・・・」
田村は手帳のような物を取り出すと、ペンを走らせた。
「でも、前田さんはどこも変わった様子はないですよね?」
「私はすぐに傘をさしたんですよ。倒れていた人は傘をさしていなかったと思います。」



「はぁ〜・・・」
部屋に戻ると、小宮山はソファにぐったりと倒れこんだ。
無理も無い。あれから10人程の緊急手術をしたのだ。どんなベテランでも疲れない医師などいないだろう。
「院長、県警の方が話が聞きたいとお見えになっていますが・・・」
疲れた表情の看護師、永野が、言う。
「後にしてくれと言ってくれないか? それが無理なら明日にしてくれと言ってくれ。・・・あと、死亡した患者さんの誰でもいいから1人の血液と、全員の血液検査の結果を持ってきてくれ。」
「わかりました。」
永野が走って行く音を聞きながら、1枚の紙を手に取った。
“総患者数536人、死亡者29人、性転換者189人・・・”
そこには、そんな数字がずらずらと書かれていた。
「・・・ったく、どうなってるんだよ・・・」
自分が今目にしているのは、テレビでしか見られないような信じられない光景・・・。はっきり言って、どうしていいかわからない状態なのだ。
「それにしても・・・この数字だよな。」
小宮山は体を起すと、テーブルに置いてある適当なペンを取ると、ある部分に線を引いた。
“性転換者189人”
動揺の1番の原因はこれである。
小宮山はまだ27歳とは言え、県立病院で院長を務めるほどの医師である。今まで数々の症状を勉強したし、目の前で見てきたりした。しかし、こんな症状は始めてである。
もちろん、男性に女性ホルモンを多く注入すれば、時間はかかるが胸は大きくなり、丸みを帯びた体つきになる。それはごく当たり前の事なのだ。
しかし、今回の症状はこれをはるかに上回っていた。男性が女性体に変化する時間はどれだけ多く見積もっても3時間以内。しかも、男性性器は小さくなり女性性器のような物が形成されていて、声帯が変化し声が高くなっていた。
こんな症状は見た事が無く、おそらく世界中さがしても見当たらないだろう。
「そうだ。」
小宮山は突然思いついたように、机の上にあったノートパソコンを操作し始めた。
メールの欄をクリックし、慣れた手つきでドイツ語を打ち始めた。
“親愛なる、ゲイリー医師へ・・・”
ゲイリー医師というのは、小宮山がドイツ留学中にお世話になった、ゲイリー=シュライデン医師のことである。ゲイリー医師は今年で70になるベテランで、医学の知識は小宮山と比べ物にならないほどの物を持っている。そのゲイリー医師にアドバイスを聞こうと考えたのだ。
コンコン
「院長、失礼します。」
ノックをして、永野が戻ってきた。
「全員の患者さんの血液検査の結果と20分前に亡くなった近藤雄介さん、28歳、男性、A型の血液をお持ちしました。まぁ、亡くなった時はほとんど女性だったんですけど・・・」
「ありがとう。」
ちょうどメールを打ち終わり、送信して、小宮山は資料と血液の入った試験管を受け取った。
そして立ちあがると、部屋の隅にある顕微鏡の所に向かった。



田村との話を終え、前田は病院の玄関近くに立っていた。
田村はこれから東京で緊急対策会議があるのだと言って、話が終わると急いで出て行った。
日が暮れても、雨は依然として降り続いている。
“原因は雨”と考えたせいか、いつもと変わらない雨のはずなのに、その時は不気味に感じられた。いや、もしかしたら本能的に何かを感じ取っていたのかもしれない。
前田は手に持っていた缶コーヒーを一気に飲み干すと、玄関脇の方に目をやった。
次から次に病院の敷地内に入ってくる救急車を、病院の中に入れない報道陣が撮り続けていた。中継が回ってきた各局のアナウンサーは、皆不安そうな表情で近況を報告している。
ふと思いついて、前田は雨の降る屋根の外に、缶を持った手を伸ばした。
空の缶に雨水が溜まると、2〜3度振って缶の中の雨水を捨て、もう一度雨の中に手を伸ばした。
そして、缶の半分ほど雨水が溜まると、それを持ったまま近くのタクシーに乗りこんだ。



東京・国会議事堂 午後9時

九州地方での事件に、中央も混乱していた。
国会議事堂には緊急対策室が設置され、先日総理に就任した佐々木総理や官房長官、各大臣などが集まっていた。
「す、すいません。遅くなりました。」
田村が部屋に入った時には、総理をはじめ、全ての人が着席していた。
全員に見つめられながら、田村は席についた。
「それでは、これから九州地方で起きた事件の第1回緊急対策会議を始めたいと思います。では、はじめに福岡県警の田村宗治警部による事件の説明です。さっそくで申し訳ありませんが、田村警部よろしくお願いします。」
司会者の言葉に、まだカバンの中から資料を取り出していた田村が立ちあがった。
「それでは、事件の説明です。この事件は今日の正午から夕方にかけての未明、九州地方を中心とする福岡、長崎、佐賀、大分、山口で、路上を歩いていた人が次々に倒れたというものです。詳しく確認できていませんが、被害者は5000人前後、死亡者も確認されています。病院によっては、患者数の多さに対応しきれていない所もあるので、他県への支援要請も行った方がいいと思います。以上です。」
「ありがとうございました。では、次に詳しい症状について、九州大学付属病院の瀬戸淳二医師にお願いします。」
瀬戸医師が立ちあがるのと同時に、田村は席についた。
「症状について、詳しい説明をします。ほとんどの患者に見られたのが、内臓への過重負担。死亡者の原因はほとんどこれです。あと、白血球数の減少、そして男性では女性への性転換が見られました。」
「性転換?」
これまで資料を見ながら聞いていた閣僚たちの目が変わった。
「はい。詳しい原因はわかっていませんが、性転換した男性の体内から多量の女性ホルモンによく似た物質が検出されました。ただ、体内に多量の女性ホルモンがあったとしても、数時間内に完全に女性体に変わってしまうと言う事は医学的には考えられません。」
会議出席者達が、あちこちで話をし始めた。
突然の大事件の上に、医学的には考えられない原因不明の症状である。落ち着けと言う方が無理かもしれない。
「皆さん、静粛に。それでは続きまして、原因の究明について、東京国立生物学研究所の鈴木賢治所長にお願いします。」
周りが静かになったのを確認し、資料を持った20代の男が立ちあがった。
「それでは説明・・・と、行きたいところですが、まだ情報が全然入っていませんので、私は明日にでも福岡に向かおうと思います。とりあえず今わかっている事ですが、一度に大量の人が倒れた事、外傷が無い事、内臓がやられている事を考えると、空気感染などによるものと考えられます。もしかすると、生物兵器によるテロ事件の可能性もありますよ。」
「テロ事件か・・・」
“テロ事件”と言う言葉に、周りは再びざわつき始めた。
世界中でテロ事件が多発している今、このような考えに行きつくのは当然と言えば当然である。
「ちょっとすいません。」
そんな時、田村が手を上げ、立ちあがった。
「私がこの事件の目撃者である福岡生物学研究所の前田誠司所長に話を聞いた所、前田さんは雨が原因ではないかと話していました。」
「前田・・・?」
その言葉に、鈴木が顔つきが変わった。
「雨ですか・・・。気象庁、どうですか?」
「はい、確かに事件の起こった時間帯に、九州地方で降雨が確認されています。」
「なるほど、わかりました。」
会議出席者全員が、手もとの資料に何かを書き始めた。
雨を使ったテロ事件の可能性・・・前代未聞の事だけに不安な表情を浮かべている。
「それでは最後に、今後の対策について佐々木総理にお願いします。」
佐々木総理はペンを置くと、ゆっくりと立ち上がった。
佐々木総理はほんの数週間前に総理に就任した若い総理である。まだ40代前半だが、将来性に期待されていた議員だったために選ばれたのだった。2ヶ月に1度は総理が変わる今、こんな若い総理が出てくるのも普通となってしまった。
「今回の事件で、国民の皆さんは不安になっていると思います。私達が全力をあげて、早期の解決を目指しましょう。以上です。」
「ありがとうございました。これで、会議は終了です。それぞれ、対策に移って下さい。」
田村、鈴木らはすぐに会議室を出ていったが、何人かの閣僚はあくびをしながらゆっくりと立ち上がっている。
そんな閣僚の様子を横目で見ながら、佐々木総理は席についた。
就任してすぐの大事件・・・1番頭が痛いのは佐々木総理だろう。
「俺も、何時まで総理が続けられるかわからんな・・・」
机の上に散らばった資料を整理すると、佐々木総理はゆっくりと会議室を出ていった。





6月7日午前4時半 福岡・博多漁港

大事件があった翌日の早朝にもかかわらず、ここはいつもと変わらない活気に包まれていた。
水揚げされた魚が、次々に運ばれてくる。
まだ少し夜の暗闇が残る中、一隻の漁船から1人の男が深刻そうな表情で降りてきた。
「山根さん、今日はどうでした?」
違う漁船から降りてきた男が話しかける。
「全然ダメや。今日は死んどるのが多すぎるな。商品になるのは半分ぐらいしかない。そっちこそ、どうやった?」
「こっちも同じようなもんですよ。やっぱり、昨日の事件が関係してるんですかね?」
2人の言う通り、漁船から移されている魚はいつもより新鮮さに欠けているように見える。もちろん、この二隻だけではない。全ての漁船が同じような結果である。
「山根さん、今日の朝飯はどうします?」
移されていく魚の一匹を手に取り、呟いた。
いつもなら、2人の朝飯は、自分達の捕った魚と決めている。
しかし、手に取った魚は、死んでいないにしても、どこか元気が無い。少し気が引けてしまう。それが、昨日の事件と関係があるとすれば尚更だ。
でも、山根は別に気にする様子も無く、魚を受け取ると、包丁を取り出した。
「そう言っても、商品として出すんだ。売ろうとしている側が食いたくないと言ってる場合じゃないだろ。」
慣れた手つきでさばいていくと、1分もしない間に魚はおいしそうな刺身に変わった。
「本当に大丈夫ですか?」
「身の色も普通だ。大丈夫だよ。」
心配する男を横目に、山根は一切れを口に運んだ。
いつもと変わらない味と歯ごたえが、口の中に広がる。
「ほら、大丈夫だ。むしろうまいぐらいだ。」
食べないのなら全部食べてやるというような勢いで、次から次に口に運んで行く。
別に変わった様子も無い。それを見てようやく安心し、残り一切れとなった刺身に手を伸ばす。
山根の手と男の手が、同時にそれに向かって伸びる。
しかし、直前で山根の手が止まり、男はなんとか一切れを確保する事が出来た。
「あ、すいません。ありがとうございます。」
他人に遠慮しない山根にしては珍しいなと思いながら、男は刺身を口に放りこむ。
だが、それは少し違っていた。
「確かに、そんなに味は変わらないですね。・・・!?」
そう言って、山根の方を見た男の視線の先には、何も言えずに胸をおさえながら、表情を歪める山根の姿。
「や、山根さん!」
呼びかけるが、苦しそうな表情を浮かべるだけで、返事は返って来ない。
やっぱり、魚がいけなかったのか・・・
男の口の中にはまだ飲み込みきれていなかった刺身が少し残っていたが、後ろに振り返って、海の中に吐き出した。
そして、山根のほうに振り返ると、再び声をかけようとする。
「や・・・山根・・・さん?」
いつのまにか、そこには若い女性が横になっていた。
長い髪に、きれいな白い肌。坊主頭で、多くのひげを蓄えていた山根ではないのは明らかである。
しかし、その女性が身に付けているのは、ワンピースやスカートなどというものではない。がっちりした、漁師の格好。そう、山根が着ていたのと同じ物だ。

“・・・それと、まだ未確認の情報ですが、運ばれてきた男性の何人かは、女性に変化していると言う事です。”

男の脳裏に、昨日漁師仲間と居酒屋で見ていたニュースが浮かぶ。
少し酔っていたために、その時は聞き間違いと思っていた。
まさか・・・
そう思った瞬間、急に胸に激痛が走り、男は意識を失った。



迂闊だった・・・
朝の対策会議の準備が進む会議室の席上で、佐々木の頭には後悔というか、自分に対する怒りばかりが浮かんでいた。
雨という、広範囲に影響の出るものを使った事件。少し考えれば、二次被害と言う言葉は、自然と出てきたはずである。
「総理、報告書です。」
秘書官が、次から次に、文字がびっしり詰まった紙を置いて行く。
博多漁港での事をはじめとして、各漁港での同じような事。さらに、個人レベルで、栽培している野菜を食べて倒れたなど、見るだけでも頭が痛くなりそうだ。
「ふぅ・・・」
新しく置かれた紙に一瞬目を通し、横に置いた。
そもそも、昨日の対策会議から間違っていた。
対策会議というのは名前だけで、よく考えれば、ただの報告会のようなものだったではないか。対策など何も考えていない。
確かに、原因がはっきりしない状況では、対策も考えにくいだろう。しかし、考えていれば、今回のような二次被害も十分予想でき、対策も考えられたはずだ。
「おはようございます、総理。」
会議の時間が近づいてきて、各大臣達が部屋に入ってくる。
誰もが眠たそうな目をしていて、緊張感のカケラも感じられない。
やる気が無い。
佐々木は一瞬、叫びそうになったが、そこは理性でなんとか抑えた。
こんな連中は言っても無駄。言ったら言ったで嫌な目で見られ、1週間もすれば国会で政策についての問題やら批判を言われ、辞めさせられる。
そんな時代だ。
「それでは、これから第2回対策会議を始めます。」
司会者の言葉で、“無意味”な会議は再び始まった。



午前8時 福岡・福岡国立生物学研究所

「ん・・・」
研究所の机の上で寝てしまっていた前田は、周りが騒がしくなってようやく目を覚ました。
もちろん、研究所の中には前田一人しかいない。騒がしいのは、この研究所が大通りに面しているからである。徹夜で研究をしていてそのまま寝てしまった時は、よく目覚し時計代りになる。
「ふぁ〜!」
背伸びをしていると、自分の足元にあるテレビのリモコンに気が付いた。
拾い上げると、ついでにテレビのスイッチをつける。
やはりやっているのは、事件の事ばかりだ。

“ではここで、各地に中継を回してみましょう。まずは福岡です。”
テレビの画面が、もう前線の移動した福岡に変わった。

“はい、こちら福岡です。ここ福岡では、すでに雨はやんでいますが、昨日の事件のせいか、人通りはいつもと比べてかなり少なく感じられます。私は、被害者が一番収容された福岡県立病院の前に立っているんですが、事件から16時間が経った現在まで、病院側からの正式な会見は行われておらず、まだ患者数や原因、症状など、詳しい事は一切わかっておりません。詳しい事が分かり次第、すぐにお伝えします。”
画面が再び、スタジオに戻る。
“ありがとうございました。まだ、詳しい事はわかっていないようですね。続きまして、今日の朝から外出禁止令が出ている広島からです。続いて、大阪からもお伝えします。”

“はい、こちら広島です。広島市内はまだ雨は降っていませんが、午前中の降雨が確実な事から、すでに外出禁止令が出ています。ここ本通は、いつもなら通勤通学の方達で人通りが激しい所なんですが、今日はまったく人通りが見られません。道路にも、先ほどから注意を呼びかけている広島県警のパトカーが走っているだけです。交通機関も、JRをはじめとして、全ての交通機関が今日の運行を中止しています。広島では、今日いっぱいは外出禁止令を解除しない方針で、明日の事については、直前まで検討した上で判断したいという事です。以上、広島からでした。続いて、大阪です。”

画面が大阪に変わった。大阪も、福岡と同様に雨が降っていないようで、まだ青空が広がっていた。

“はい、大阪です。私は今、梅田駅の前にいるんですが、まだ外出禁止令が出ていないということで、いつもの半分ほどの人がまだ出歩いています。気象庁によりますと、大阪では夕方から雨が降るということですが、安全を考えて、午後から外出禁止令を発令すると言う事です。よって、交通機関ですが・・・”

「どこも大変だな・・・」
そんな事を言っていると、机の上の缶コーヒーに気が付いた。
手にとってみると、まだ少し中身が残っている。
何時買ったっけ・・・?
まぁ、いいかと、口に運ぶ。
・・・・・・
「あー! 危ねぇ―――!」
飲み口を下唇につけた所で、ようやく気がついた。
そうだ、昨日病院の前で雨水を入れて持ちかえったのを忘れていた。あやうく自殺する所だった。
念の為、口をゆすいで、机に戻る。そして、パソコンの電源を入れた。
昨日、雨水を調べている途中に寝てしまっていたのだ。
画面が映ると、マウスを操作して、“顕微鏡”と書いてあるところをクリックする。
前田のパソコンには、顕微鏡が接続されていて、顕微鏡に映っている物がそのままパソコンの画面に映す事が出来る。しかも、他のソフトと連動して使用することが出来るので、こちらの方が便利なのだ。
「よし・・・」
数十秒の間隔の後、画面に丸で囲まれた、多少黒い点が映る真っ白な物が映し出された。これが、普通に顕微鏡を覗いた時に見える物と同じ物である。
かなり拡大したのだが、空気中に含まれるゴミが映るばかりで、まだ事件の原因となりそうなものは映っていない。
“編集”の所をクリックし、それによって出てきた中で、顕微鏡倍率拡大をクリックする。
ウィ〜〜〜〜ン・・・
数秒後、画面が消えて、また新しい画面が出てきた。先程より、少し黒い点が大きくなっている。こうやって、どんどん拡大していくのである。

“・・・あっ、ここで、福岡に動きがあったようです。中継を回してみましょう。”
テレビから聞こえてきた言葉に、前田は手を止めて、テレビの方を向いた。
画面には、福岡県立病院の前で、先程出ていたアナウンサーと一緒に、前田のよく知る顔があった。
“今ですね、この病院の院長である、小宮山院長がインタビューに答えてくれる事になりました。小宮山さん、よろしくお願いします。”
少し疲れた表情で、小宮山はカメラの前に姿を現した。
同時に、周りに構えていた報道陣立ちが一斉に集まってくる。
「小宮山!?」
テレビの向こうの前田も、報道陣と同じようにテレビの前に駆け寄った。
前田は、小宮山を知っていた。と、いうのも、小宮山は九州大学の医学部の卒業で、同じく九州大学で微生物の研究をしていた前田とよく共同研究をしていたのだ。
大学を卒業しても2人は親交があったが、近頃はあまり会っていなかった。
意外な所で、前田は小宮山の姿を見ることとなった。
“それでは、小宮山さん。今回の事件についてなんですが、ここの病院に運ばれた被害者はどのくらいですか?”
10本以上のマイクが、小宮山の前に突き出された。
“はっきりとはわかりませんが、相当な数ですね。もう、収容できる数ははるかに超えてるんで、症状の軽い方は他の病院への移送を進めています。”
“性別が変わるという症状もでているようですが、原因の方はもうわかってるんですか?”
“まだ原因はわかっていません。今、お話できるのはこれくらいなので・・・”
それだけ言うと、大勢の報道陣をかきわけて、病院の中へと戻ろうとする。
“ちょっと、小宮山さん、もう少しお話を!”
もちろん、報道陣が追いかけようとするが、警備員に固められていて、近づく事さえ出来ない。
小宮山はあっという間に、院内へと消えて行った。

「すいませーん!」
「は、はい!」
どこからか声がして、前田は何かわからなかったが、思わずそう答えた。
こんな日になんだろうと思いながら、テレビを消し、声のした方に向かう。
今日、ここ福岡生物学研究所には前田一人しかいない。
ここの研究員は福岡や隣接する県出身の人が多く、家族に事件の被害にあった人が多いのだ。皆、看病のために各病院に行っている。
前田は大学こそ九州大学に通っていたが、元々は神奈川出身なので、九州に家族はいない。ちなみに、鈴木は福岡、小宮山は佐賀、小笠原は沖縄の出身だ。
ぼさぼさになった髪を、手で直しながら向かう。
髭も汚く伸びていて、本当なら人前に出たくない所だが、誰もいないのでは仕方ない。
玄関に出ると、大きな段ボール箱を持った男が一人立っていた。
「すいません、お届け物です。顕微鏡、ですかね。」
「あ、はい。」
そういえば、今日新しい電子顕微鏡が届くのを忘れていた。
「ここにサインお願いします。」
「はい。それにしても、よくこんな日に来れましたね。」
白衣のポケットからボールペンを取り、誰もいない受付のテーブルの上でサインする。
「雨はもう止みましたからね。どうも、ありがとうございました。」
伝票を受け取ると、男は急いで出ていった。まだ多くの仕事が残っているのであろう。
研究所内は、再び前田一人となった。
「さて、運ぶか。」
少し大きめの箱を両手で抱え、部屋へと向かう。
普段なら何とも感じないのだが、徹夜明けの体にはずっしりと重い。
「よいしょっ。」
なんとか運び、顕微鏡をつないだパソコンの横に置いた。さっそく、上のガムテープを剥がし始める。
衝撃を和らげるための紙等を取り除くと、真新しい電子顕微鏡が姿を現した。今、パソコンにつないでいるものよりも、新しいタイプである。
新しい顕微鏡を机の上に置き、一通り辺りを片づけると、段ボール箱を下に置いた。まずは新しい顕微鏡がちゃんと機能しているか確認しなければならない。運んでいる間に壊れてしまっているかもしれないからだ。
何を使おうかと探してみるが、あまりいいものがみつからない。
あるのは昨日取ってきた雨水ぐらいだ。
「まぁ、別にいいか。」
あまり参考にならないかもしれないが、仕方ない。
観察していた容器を取り、一度パソコンのファイルを閉じる。そして、顕微鏡につないでいたコードを新しいものに付け替える。
接続が完了し、容器をのせると、最後にまたパソコン画面の“顕微鏡”の所をクリックし、席に着いた。
少しすると、ファイルが開き、顕微鏡の画面が映される。
先ほどよりも多少きれいに映っているが、倍率自体は変えていないので、前とほとんど同じように映っている。
確実に何かが映るというのであれば、性能を確認しやすいのだが、これでは難しい。
参考にならないかもという理由がこれである。
前田は少し画面を見つめた後、マウスを動かした。
「ためしに目一杯拡大してみるか。」
子ども心で、“編集”の“最大倍率”と表示されているところをクリックした。
どうせ映っても原子レベルの塵やホコリか何かだろう。だが、何も映らないよりはましである。
ウィィィィィ――――ン
いきなりの最大倍率のため、時間がかかる。
ようやく表示されると、案の定、画面いっぱいに黒っぽいよくわからない複雑な物が映し出された。
黒く染まった細い管が複雑に絡み合い、何かを形成しているように見える。
「・・・何だこれ?」
こんな物が映るとは、前田自身予想外だった。
故障か、とも思ったが、故障でこんな複雑な物が映るはずがない。
もちろん、塵やホコリでもない。大体、電子顕微鏡の最大倍率状態なのだ。映る物のほとんどが原子レベルの世界となる。
複雑に絡み合う細い管、所々に見える黒い影・・・
前田の知識で、これに似たものといえば一つしかない。
「微生・・・物・・・」
いや、そんなはずはない。
この映像から推測すると、この微生物の体長は原子の数倍ということになる。いくら“微”生物とはいえ、こんなに小さい物は訊いたことがない。
全体像を確かめるため、マウスを握る。
機能を確かめるだけだったはずが、いつのまにか体を乗り出すようにして画面に見入っていた。
再び編集をクリックし、今度は倍率を低くする。
ウィィィィィ――――ン
画面が消え、下のダウンロードを知らせる青い帯がゆっくりと左から右へと伸びていく。
気がつくと、マウスを握る右手に汗が滲んでいた。
未知への好奇心からなのか、恐怖からなのか。
考える暇もなく、青い帯は右端に到達した。
「!?」
ついに、画面に全体像が映し出された。
それは、ミジンコに似た物。形から見て、生物の類と見て間違いないだろう。しかし、決してミジンコではない。
推測通り、体長は原子の10倍程度の大きさで、透明な体の下に見える体内の構造は明らかにミジンコと異なっている。
「なんだよ・・・これ・・・」
微生物について、何年も勉強してきた前田だが、未だかつてこんな生物は見たことがない。
資料などを調べてみても無駄であろう。それほど、今までの常識からはかけ離れた生物なのだ。
しかし、驚くのはまだ早かった。
今まで気がつかなかったが、その生物は一匹ではなかった。
倍率をさらに低くすると、その周りの生物も姿を現した。
10匹、100匹どころではない、画面いっぱいに気持ち悪いぐらいの数が広がっている。
「・・・」
もう、前田は何も言えなくなっていた。
目の前に広がる、現実離れした事実。いや、今の前田にはもう現実かどうかもわからなくなっていたかもしれない。
ほとんど無意識状態で、前田は“保存”をクリックしていた。



院長室に戻り、小宮山はようやく一息ついた。
本当ならマスコミの前に出る気はなかったのだが、永野に少しだけでいいからどうしてもと言われ、しぶしぶ出て行ったのだ。
小宮山自身、外であれだけ騒がれていては仕事にならない。
「ふぅ〜・・・」
一つ溜め息をつき、机へと向かう。
徹夜で顕微鏡を覗いていたため疲れはあるが、疲れた等とは言っていられ無い。他の医者や看護師は徹夜で患者の治療をしているのだ。机の上での作業よりずっと大変なはずである。
散らかった机の上を整理しながら、小宮山は1枚の写真を手に取った。
徹夜の最大の成果といってもいいだろうその写真。
それをスキャナーに入れ、パソコンの電源を入れると、椅子に座った。
画面が映ると、メールボックスを開く。そこには“新着メール1通”の文字があった。
開くと、びっしりと書かれたドイツ語が目に飛び込んでくる。そう、昨日のメールの返事だ。

“君からのメールは久しぶりだね。それにしても君の言う事件、私の所にも情報は入っているよ。世界中の研究者が驚いている。私も、少し調べてみたんだが、残念ながら何もわからなかった。臓器への負担ならまだしも、性別がほんの数時間で変わってしまうというのは初めて聞いた。本当なのか、まだ信じられないぐらいだよ。”

「やっぱりか。」
予想はしていた“わからない”という文字。
小宮山だって、何年も勉強をしてきたのだ。一般的に知られているものや、症例の少ないものでも大体の知識は頭に入っている。
ここで“知ってるよ。常識だろ。”なんて書かれていたら、大恥をかく所だ。
文章はさらに続いている。

“私も調査してみるつもりだが、こちらで起こった事件ではないのでどうしても資料が足らなさ過ぎる。そこで、君にいろいろと情報を送って欲しい。出来る限り協力したい。

「やっぱり、そう言うか。」
待っていましたというように、スキャナーのスイッチを入れる。
ピピピピ・・・・・・ウィィィ――――ン!
少しすると、あの写真が画面に大きく映された。
ミジンコのような奇怪な微生物。生物学者に見せれば、間違い無くプランクトンの類だと答えるだろう。
しかし、これは小宮山が死亡した患者の血液から発見したものだ。しかも、かなりの数を。
マウスを操作し、返信メ―ルにこのファイルを添付する。そして、本文を打ち込んでいく。

“ゲイリー医師へ。協力に感謝します。資料が欲しいと言う事ですが、私が亡くなった患者の血液から発見した“モノ”の写真を送ります。先生の意見を聞かせてください。”

最後に送信をクリックし、席を立つ。そして、窓の方へと歩いた。
電気も点けず、外から見えない様にカーテンで閉めきられた部屋。その部屋の中を、カーテンの隙間から漏れ出した日の光が弱く照らしている。
前線が過ぎ去ったためか、雲一つ無い快晴だ。昨日の事件の事など、微塵も感じさせない。
「やべっ!?」
カーテンを少し開けたのに気づいた下の報道陣が、一斉にカメラを向けてきた。
慌ててカーテンを閉め、窓の下に身をかがめる。
静かにさせようと出て行ったのが逆効果だったらしく、前よりもカメラが増えていた。
まだまだゆっくり出来そうに無い。
立ち上がると、患者の様子を見に部屋を出た。



午前9時 JR東京駅・新幹線口

大きなスポーツバックを肩から下げ、鈴木は呆然と立っていた。
それもそのはず、電光掲示板には“運休”やら“運転見合わせ”の文字が流れており、切符売り場には足止めをくらった客が列を作っていた。
親友の前田の話を聞こうと、福岡に向かおうと思ったが甘かった。
動いているのはぎりぎり名古屋ぐらいまでで、広島はもちろん、まだ雨の降っていない新大阪、京都に向かうものさえ動いていない。

“いつもJRをご利用いただきありがとうございます。申し訳ありませんが、昨日九州地方で起こった事件のため、本日は運転を見合わせている区間がございます。事件の経過や天候の状態などにより運転を再開していく予定ですが、本日中の広島、新大阪への運転は難しいと思われます。”

「まったく・・・どうすりゃいいんだよ。」
スポーツバックを床に下ろし、それを椅子にする様にして座る。
事件なのだから仕方ないのだが、人間心理でどうしてもイライラしてきてしまう。
ちなみに、鈴木はここに来る前に羽田空港に行ったのだが、そこも同じ状態だった。少し考えれば同じ状態だと言う事は簡単に予想できそうなものだが、そこまで考えが至らなかったらしい。
鈴木はバックのファスナーを開けると、昨日の会議の資料を取り出した。
全30Pぐらいのもので、事件の事がかなり詳しく書かれている。会議で出た意見なども、そこに書きこんでいる。
昨晩、この資料に基づいて調べてみたのだが、いくつかの可能性が出るだけで、どれも決め手に欠けた。
やはり一番気になるのは、赤ペンで囲んだ“性転換”の文字である。
決め手に欠けるというのが、ほとんどこれなのだ。何を調べても、数時間で性転換してしまう化学物質など見つからなかった。
最初は大量の女性ホルモンを取り込んでしまったのが原因かとも考えたが、知り合いの医者の話を聞くと“その可能性はかなり低い”という事だった。
パラパラと資料に一通り目を通すと、それをバッグの中にしまった。
暇なのだが、昨日隅から隅まで読み、考えたものでは時間つぶしにならない。
他に何かないかと、バッグの中を探してみる。
「ん?」
何かが手に当たった。
取り出してみると、四つ折りの少し古い紙である。開くと、多少消えかかっているが、文字が書いてある。
“勇太   090−×××−××××   ”
「そうだ・・・今日は電話してなかったな。」
ふと思い出して、ズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
そして、紙に書かれていた番号を入力した。
プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・
耳に近づけ、騒がしい駅内で全神経を集中させる。
繋がることを期待しながら。
プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・
ピッ!
結局、自分で切ってしまった。
昨日から、全く繋がらない。家の方にもかけてみたが、同じだった。
勇太というのは、鈴木の年の離れた弟である。
福岡の実家に住んでいて、近くの中学校に通っている。
昨日の福岡での事件を聞いて、鈴木はすぐ実家に電話をかけた。
勇太はサッカー部で、あの時間帯はいつもなら部活をしているはずなのだ。
番号を押しながら、頭の中には最悪のシナリオが浮かんでいた。
しかし、無事か被害を受けたかどうかの前に、電話が全く繋がらない。
事件を知った全国の人々が、家族や親戚の安否を知ろうと押し寄せ、電話線はパンク状態になっていたらしい。夜のニュースでもやっていた。
鈴木は携帯をしまうと、顔を上げた。
もし、被害にあって、苦しんでいたらどうしようか。その前に、もうこの世にいなかったら・・・
目を閉じると、自分を慕っていた勇太の笑顔が浮かんでくる。小さいときに、サッカーボールを買ってやると本当に喜んでいた。
「勇太・・・」

“お客様にお知らせ致します。先ほど、協議を行いまして、12時ごろから博多までの直通列車を運行することを決定致しました。是非ご利用ください。尚、この列車は直通列車ですので、名古屋、大阪、広島などには停車いたしません。また、場合によっては、運行を中止することもございますので、予めご了承ください。切符ですが、ただいまより切符売り場での販売を開始致します。”

アナウンスが流れ、今まで所々で待っていた人々が一斉に切符売り場へと走っていく。
鈴木も立ち上がると、スポーツバッグを肩にかけ、ゆっくりとそちらへと歩き出した。



一通り病室を回り、小宮山は最後の部屋の前に立っていた。
そこは個室で、名札には“鈴木勇太”と書かれている。
小宮山はドアを開けず、立ち止まったまま動こうとしない。
ここ福岡県立病院には現在までに約1000人程の患者が運び込まれている。明らかに定員オーバーだ。
そのため、軽傷患者は待合室や診療室、処置室などを急遽改装した病室に、重症患者は普通の病室に運ばれている。
中でも、個室はかなりの重体患者が使っている。つまり、ここだ。
「失礼します。」
意を決して、ドアノブを回した。
すぐに、ベッドの上に横になっている少女と、傍らにいる両親の姿が目に入ってくる。
「あ、先生。」
椅子に座っていた母親が立ち上がり、頭を下げた。小宮山も頭を下げる。
父親の方は、ベッドの側でじっと立っている。
二人とも、表情からは生気が感じられない。
小宮山はベッドに近寄った。
胸は山のように服の下から突き出し、腰辺りまで伸びた髪の上に横になっている。
もう、中学生の少年の面影はどこにもない。
「何か変わったことはありませんか?」
「はい。・・・まだ、目も覚ましませんし。」
昨日、運ばれてきてから、勇太は一度も目を覚ましていない。
目は固く閉じられ、口には人工呼吸器が取り付けられている。
腕からも、何本ものコードが出ていて、それぞれ点滴やベッドの横の機械に繋がれている。
脈拍は安定しているが、なんとかもっている状態・・・それは、素人目にも明らかだった。
両親もそれはわかっているのであろう。父親は、息子の姿を見つめたまま動こうとしない。
「それでは、私は失礼します。何か変わったことがあれば知らせてください。」
もう一度、頭を下げ、後ろの扉を開けた。
勇太よりも症状の軽い人が何人も死んでいったのを間近で見た小宮山にとって、勇太の姿を見るのはあまりにも辛かった。
目の前に、確実に死に近付いている人がいるのに、自分は何もすることが出来ない。
医者として、本当に正しいことをしているのだろうか。
時々、そんなことで悩んでしまい、一日飲み明かしたこともある。
「おっと!」
「あ、先生!」
出たところで、部屋に入ろうとしていた永野とぶつかりそうになった。永野は勇太の担当看護師になっている。
考え事をしていて、よけいに驚いてしまった。
「そういえば、先生。先生の部屋に郵便が届いてましたよ。」
「郵便?」



「郵便?」
同じ頃、会議が終わり、部屋から出てきた佐々木に、一枚の封筒が秘書官から渡されていた。
現在の時刻は午前10時半。無意味な会議は意外と長く続いた。
「はい、送り主の名前が書かれてなかったので、一応調べてみたのですが、不審物は入っていませんでした。」
「そうか。」
封筒を裏返して見てみる。確かに、何も書かれていない。
おかしいのは明らかだが、調べたのなら大丈夫だろう。少し躊躇したが、すぐに封を開けた。
「これだけか。」
入っていたのは、三つ折りにされた一枚の紙だけである。他には小さなホコリさえ入っていない。
開いてみると、びっしりと字が書かれていた。


“ 無能な日本の政治家達へ

 私達は反日本政府のある組織だ。

 昨日の事件は私達が行った。堕落した君達への、目覚ましとして行ったのだ。

 今回の事件で、君達が変わってくれる事を期待する。もちろん、変わらないということならば、第2、第3の事件を起こさなければならない。

 また、何百人の命が散っていくことになってしまう。

 私達も、出来れば人殺しはしたくない。

 国民を生かすも殺すも、君達にかかっているのだ。

 賢明な判断を期待する。
 ”


「!!?」
力の抜けた手の上を一枚の紙が滑り、静かに地面に落ちた。
顔が、一瞬で青ざめる。
考える時間などいらない。一目でわかる。
“犯行声明文”
「?」
状況を全く理解していない秘書官は、不思議そうな顔で佐々木を見つめながら、落ちた紙を拾う。
佐々木の口が、わずかに開いた。
「おい・・・警察庁長官を呼んでこい。」
「はい?・・・どういう事です?」
「いいから早くしろ!」
国会議事堂が揺れそうな程の大声に、秘書官は驚いて飛び出して行った。
拾っていたはずの紙が、また地面に落ちている。
「くそ・・・」
佐々木は少しそれを見つめた後、拾い上げ、ズボンのポケットに突っ込んだ。



それは、小宮山の部屋の机の上に、無造作に置かれていた。
資料やら医療書やらがあって、ごちゃごちゃしている所にである。永野に言われなければ気が付かなかっただろう。
それを手に取り、そばのソファに腰を下ろした。

“さっき、下の受付の所で男の人がこの手紙を渡してくれと言ってたので。”

永野の言葉を思い出す。
少し怪しい気もするが、見たところ何の変哲もない普通の封筒。しかも、中にちゃんと入っているのか疑ってしまうほど薄い。
「どうせ、テレビ局かなんかだろ。」
玄関に溜まっている報道陣の様子を思い出せば、そのあたりが妥当な答えであろう。
別に躊躇もせず、机の上にあったハサミを取ると、封筒を開けた。
ハサミを戻し、封筒の中を覗く。
中に入っていたのは一枚の小さな紙。それだけだ。
取り出してみても、他には何も入っていない。
「これだけか。」
紙には小さな文字でいろいろと書かれている。
「え〜っと・・・」

“福岡県立病院院長 小宮山孝幸殿へ

まずはじめにこれだけは言っておく。これは冗談ではない。
私は昨日起きた事件の犯人だ。そして、私は今、君の行動を全て監視している。君は、事件についての重要な事を見つけただろう。それを一切、外部に漏らさないで欲しい。そうすれば、何もしない。だが、漏らした場合、君を含めこの病院の患者を皆殺しにする。先に言ったとおり、これは冗談ではない。すでにこの病院にはいくつかの爆弾を仕掛けている。これは契約だ。破られた場合、直ちに爆弾を爆破する。私だって、無用な人殺しはしたくない。君の賢明な判断を期待する。”

「!!!?」
読み終わると同時に、後ろを振り返った。
君の行動を全て監視している―――
完全にカーテンを閉めきっているこの部屋を監視しているということは、部屋内にカメラを仕掛けていると言う事になる。
小宮山は立ちあがり、部屋を一周した。
どこに仕掛けているかわかるはずはないのだが、とにかく周りを見渡しながら歩いた。
ソファに戻り、再び座る。
手紙には、賢明な判断をする様にと書いてあった。ここでの賢明な判断とは、どういったものなのだろうか。
犯人の言う賢明な判断は、間違い無く犯人の言う通りにする事だろう。
しかし、たくさんの人々を苦しめ、殺した犯人の言う通りにする事が正しい判断なのか。
医者として、昨日から多くの患者を見てきた。
苦しみ、もがきながら死んでいった人、最後まで子どもの名前を泣き叫びながら死んでいった母親・・・・・・。今までたくさんの死に立ち会った小宮山だが、これほどまでに怒りを感じた事はなかった。
目の前にいれば、間違いなく殴りかかったに違いない。
その犯人が、今、交渉してきている。
1000人の命か、犯人を助けるか―――
「・・・バカか、何言ってんだ俺。」
首を横に振り、フゥーっと大きく息を吐いた。
落ち着いて考えてみれば、何も考える必要はない。ここで犯人に逆らえば、1000人の命が失われる事になる。それでは、犯人がやっている事と同じではないか。
ここは必然的に、犯人に従うしかない。
パソコンのデータを消してしまおうと、立ちあがろうとする。
いや、ちょっと待てよ。
そういえば、何かがおかしい。
もう一度、犯人からの手紙を読んでみる。
「・・・・・・それを一切外部に漏らさないで欲しい?」
この文から推測すると、犯人は小宮山がまだ事件解決の手がかりを見つけただけで、まだ外部には何も言っていないということになる。
だが、小宮山はすでにゲイリー医師にメールを送っている。
なぜだろうか?
君の行動を全て監視しているという文、なにより小宮山が手がかりを見つけた事を知っている事から、監視しているのは間違い無いはずだ。
なのに、なぜメールを送った事を知らないのか。
何かが邪魔になって小宮山のしている事がよく確認できなかった? 送った時ちょうどトイレに行っていて見逃してしまった?
いや、あそこまで大きな事件を起した犯人がそんなヘマをするはずはない。
こうなると、考えられるのは一つしかない。
『もしかして、音声か?』
監視と言う言葉で、カメラだと最初から思いこんでいたが、この部屋に盗聴器を仕掛けているのであれば可能性がある。
小宮山は、昨夜、あの生物を発見した時に思わず“なんだこの生き物は!”と叫んでいた。前後の看護師との会話や音などから、音声だけでもこれが手がかりを発見したのだと考えるのは容易だろう。
そして、パソコンの音声は切にしていたので、メールを送る時はほとんど音は出ていないし、出ていたとしても外の報道陣がかなり騒がしくしているので掻き消されていた可能性がある。
「・・・」
あくまでも想像だが、現段階では一番可能性が高い。
しかも、もしそうだとすれば、犯人に従う以外に1000人の命を助ける事のできる方法がある。
『やってみるか。』
心の中でそう呟くと、音を立てないようにパソコンへと向かった。



作業机から少し離れた、テレビの近くのソファで、前田は横になっていた。
一度に物凄い数の情報が入って来て半ばパニック状態になっていた頭を休ませようと思ったからだ。
もっとも、体が落ち着いたせいか、よけいに考えてしまっていたりするのだが。
「ふぅ・・・」
ついには、先程保存した生物の画像を印刷して、顔の前に突き出している。
「体の構造から見ても、生物に間違いはない・・・か。大体、未知の物だったら、構造なんて参考にならないかもしれないし。」
未知の物。
新種の生物か、映画みたいに隕石に紛れこんでいた宇宙生物か。はたまた、恐竜と共存していた未知の古代生物か。
シーラカンスだって生きていたのだ。古代生物という推測でも、ないとは言えない。
前田の頭の中に、のっしのっしと大型恐竜が歩き回る情景が浮かぶ。
プルルルルルル・・・
「ん?」
電話の着信音が、恐竜達を一瞬で死滅させてしまった。
恐竜絶滅の真実はコレだったのか!・・・んなわけない。
鳴ったのは、ソファのそばにあるテーブルの上に置かれた前田の携帯だった。病院から帰って、適当に置いていた。
無駄な行動はしたくないという人間の性か、無理やりソファの上から体を伸ばして携帯を取ろうとする。
しかし、なかなかとれない。
仕方なく起きあがり、携帯を取った。
「はい?」



「前田。俺だ俺。」
“おっ、鈴木か。久しぶりだな。”
電話が繋がり、ぎゅうぎゅう詰めの車内で、鈴木はようやくほっとした顔を見せた。
勇太への電話を諦めて、前田に電話をかけようと思ったのだが、4度目でようやく繋がった。
何年かぶりに電話が繋がったような、そんな気がする。
“どうした? 今は研究所か?”
「いや、新幹線の中。今からそっちに行こうと思うんだけど・・・うっ・・・いいか?」
“いいけど・・・。大丈夫か?何か苦しそうだけど。”
「大丈夫。・・・な、何でもないから。」
話している間にも、周りの人がどんどん体を押してくる。
ようやくの、今日はじめての博多行きの新幹線。予想通りの超満員だ。実際は“超”どころではない。
車内は完全な満員で、運よく座っている人でさえ苦しそうにしている。
駅員の人達にもうちょっと何とかしてほしいものだが、もう彼等もどうしていいのかわからないだろう、ホームで腕を組んだままこちらを見ている。
“そうか?”
「ああ。」
本当ならここで携帯電話を使用してはいけない事になっているのだが、移動する事も出来ず、他の人達もかまわず使っている。車掌も時々回ってくるのだが、気にする様子も無く通り過ぎて行く。
「前田、悪い。もう切るよ。」
さらに押しが強くなってくる。このまま電話をしていれば、いろんな意味で危ないかもしれない。
“おう。いつぐらいに着くんだ?”
「まだよくわからないけど・・・、たぶん夕方ぐらいになると思う。」
“わかった。その時間は研究所にいるようにするよ。”
「サンキュー。じゃあな。」
“じゃ!”
・・・・・・・・
「あっ、ちょっといいか!」
切ろうとして、一つ思い出した。
幸い、前田の方もまだ切ってなかったらしく、受話口から声が聞こえてくる。
“どうした?”
「あのさ。勇太・・・知ってるよな?」
“勇太?・・・って、お前の弟だっけ?”
「ああ。」
“そう言えば、全然会ってないな。俺が最後に会ったのが、大学卒業の時だったから・・・5年ぐらい前か。もう中学生ぐらいにはなってるんだろ?で、勇太君がどうした?」
「探して欲しいんだ・・・連絡が取れないから。・・・無事を・・・確認して欲しい」
鈴木の声質が変わった。
“昨日の事件の被害に遭ってるかも・・・か。わかった、探してみるよ。”
「ありがとう。」
携帯を切り、上着のポケットにしまった。



前田も携帯をもとのテーブルの上に置き、ソファに座り直した。
さて、これからどうしようか。
簡単にOKしたものの、被害者は何千人という数である。どこの病院に搬送されたかわからないし、最悪の場合、県外の病院に移送された可能性もある。
「あっ、別に被害にあったってわけじゃなかったっけ。」
そういえば、そうだ。
鈴木の深刻そうな声で、被害に遭ったと決め付けてしまっていた。
しかし、連絡が取れないということは、何かあった可能性が高い。
「まずは鈴木の実家にでもかけてみるか。」
立ちあがり、作業机の方に歩く。
この研究所、はっきり言って、前田の家と言っても過言ではない。そのため、私物はほとんど研究所に運び込まれている。
最初は、研究で家にあまり帰らなくなったのが始まりだったが、しまいには家に帰るのが面倒くさくなって、住んでいたアパートを売って、1年前からここに住みついている。
去年は風呂の取り付け工事まで行った。
前田は私物の詰まった机の引出しの中から、1枚の紙を取り出した。
それは仲のイイ友達の電話番号をまとめたもので、鈴木の実家の電話番号まで書かれている。
ソファに戻り、再び携帯を手に取ると、番号を押し始めた。
ピッ
最後の番号を押し、耳に近づける。
プルルルルルルル・・・プルルルルルルル・・・プルルルルルルル・・・ピッ!
「あっ、前田です・・・」
“鈴木です。只今留守にしております。御用のある方は―――”
前田は渋い表情で電話を切った。
これでややこしくなってしまった。他に方法としては、病院に確認を取っていくしか思いつかない。
「小宮山・・・か。」
ふと、テレビに映っていた旧友の顔が頭に浮かんだ。



午前11時30分 福岡県警本部

中央とは別に、ここには現地対策本部が昨日の事件直後から設置されていた。
福岡県警本部長の他、隣接する県の県警関係者、主要交通機関関係者、気象庁関係者など、総勢30人ほどが大きな会議室に集まっている。
朝早くには福岡県知事も参加し、次々に来る資料や、テレビのニュースをじっと見つめている。
「県内のバス、私鉄は全線運転を再開、JR在来線では本州に向かう一部以外運転を再開。新幹線は小倉行のみ運転を再開していますが、今日の夕方には東京駅発の特別列車が博多に到着する予定です。」
「わかりました。特別列車に関しては、そちらの方でも十分な対策をお願いします。」
「はい、わかりました。」
交通機関の関係者の報告に、久地憲二県警本部長は軽く答えた。
交通機関の方はようやく落ち着いてきたようだが、こちらはまだそんな状況ではない。満員状態の病院からの患者の移送、原因らしい雨による食糧難への対策、なにより原因究明など、まだまだゆっくりなどしていられない。
久地の目の前には、すでに報告書が山の様に溜まっていた。
1枚を考えているうちにまた1枚、ようやく1枚が済むとまた1枚・・・これでは終わるはずも無い。
だんだんとイライラしてきて、部下に対する声も大きくなる。
「おい、山田! 昨日、東京に行かせた田村はまだ戻ってこないのか?」
「はい、警部ならまだ連絡がついてませんが・・・」
「まったく、どいつもこいつも。」
何があったのかは知らないが、中央に送った部下が戻ってこないのでは話にならない。
資料をテーブルの上に置き、首を右に左に回す。
昨日から不眠不休のデスクワークは、もうじき50を迎える体にはかなりこたえる。回している首の感覚もほとんどない。
「くそ・・・、夏には絶対連休とってやる。」
無意識で小さく呟いたその言葉。しかし、すでに夏もスケジュールは詰まっていたりする。



国立生物学研究所から福岡県立病院までは、バスで20分ほどかかる。
だが、この日は15分もかからずに着く事が出来た。
がらがらの道路、がらがらの車内。事件の影響とはいえ、気持ちがいい。
バスを降り、少し歩くと、県立病院の建物が見えてきた。
築20年の建物はお世辞にもキレイとは言えないが、設備は十分整っている。そのため、ここを訪れる患者数は多い。
近頃は別の場所に新しい病院を建てて移転するという話も出ていたが、患者の問題でまだはっきり決まっていないらしい。
今日は違う事で騒がしくなっていた。
玄関前に集まる、報道陣、報道陣、報道陣・・・
一体、何社が集まっているのだろうか。近づく事も出来ず、前田は足を止めた。
人の群れのため、前田の位置からでは玄関の扉がどこにあるのかさえ見えない。
さて、どうしようか。
裏口から入るという手もあるが、正面がこれだ。同じく人が群がっているか、鍵を閉めているかのどちらかだろう。
ここは病院の責任者に聞いてみるのが一番手っ取り早い。
携帯を取りだし、ボタンを押す。
プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・



プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・
小宮山がパソコンのキーボードを音を立てないように打っていると、近くの電話が鳴った。
手を止め、近くに置いてあった自分の携帯を取った。
「はい?」
“小宮山か?俺だ、俺。”
不審な音を立ててはいけないという緊張状態の体に、その親友の声は自然と吸い込まれて行った。
無意識的に、口元が緩む。
「前田・・・俺が忙しいの知ってるだろ?」
口ではそう言うが、表情は違っていた。
“わかってるよ、悪い。今、病院の下に来てるんだ、会えないか?”
「別にいいけど。」
“じゃあ、どこから入ればいいかな? 人が多くてさ。”
「?」
立ちあがり、カーテンを少し開けた。
さっきと変わらない、もしかしたら増えているかもしれない人数が、玄関前に溜まっていた。これでは近づけないのも当然である。
「わかった。今から裏口を開けてやるよ。マスコミに見つからない様に、裏口に回ってくれ。」
“了解!”
電話が切れ、携帯を机に置く。
そして、部屋を見渡した。
『ここで話すのは、危ないな。』
今まで書いていた文章をとりあえず保存して、部屋を出た。



2人の1年ぶりの再会は、2階の飲食店で行われた。
さすがに飲食店を病室には・・・ということで、ここだけは改造を免れた。しかも、病院にいるのはほとんど患者と言う事で、ここには数人の患者の家族や病院関係者がいるだけでかなり空いている。
2人は簡単な挨拶を済ませ、一番奥の窓側の席についた。
「それにしても大変だったろ、昨日の事件で。お前、疲れた顔してるもんな。」
「まぁな・・・って、お前も人のこと言えねぇだろ。」
眠たそうで疲れている顔と、同じく眠たそうでヒゲ面の顔。お互い、人の事を言える状態じゃない。
「それで、何かわかったのか。テレビじゃ、全然情報入ってこなくてな。症状とかは?」
「症状か。内臓への重度の負担。内臓破裂で死んだ患者もいたな。それと・・・」
「「性転換。」」
「か?」
ほぼ、2人同時に答えた。
「あぁ、そうだ。まったく、今までの常識を覆されたって感じだよ。信じられるか? 性器だって女性の物に変わってるんだぞ? 染色体だってそうだ。」
「俺も道路で見たときは信じられなかったよ。ちょっと目を離した隙に、女の子になってたんだ。マジックショーか何かかって、思ったよ。」
そう言って、自分で入れてきたコーヒーを口にした。
飲食店の店員は皆休んでいて、飲み物は完全セルフサービスになっている。
「ほんと、マジックショーならいいんだけどな。・・・これが現実だから、どうしようもないよ。」
小宮山もコーヒーを一口飲み、窓の外に目をやった。
昨日の騒ぎとは全く正反対の、静けさに包まれた福岡の街並み。
悪夢のような黒雲から抜け出した日光が、今が現実なんだと教えてくれているように2人を暖かく包む。
だが、今の2人には、現実と言うものが辛く感じる。
「・・・」
「・・・」
2人は何も言えなくなった。
コーヒーに映る自分の顔を、じっと見つめる。
自分達は、幸いにも何の症状も無く、こうして普通にコーヒーを飲んで、普通に会話している。
事件を目の前で見た2人にとって、それは幸せでもあったし、疑問でもあった。
なぜ、自分は無事なのだろう。無事で、なぜ、苦しんでいる人を直視しなければならないのだろう。
昔、どこかの国で、犯罪を犯した者へ刑罰として、犯罪者ではなく、その人の大切な人、周りの人を傷つけるというのがあった。
これは、それなのだろうか。
苦しめるために、わざと神が無事にしたのだろうか。
いや、違う。
無事な人には、自動的に課せられた使命がある。
苦しんでいる人を助ける。
医者として、微生物学の権威として、やれることはいくらでもある。
悩んでいる場合ではない。やれる事をやる事こそが、2人に課せられた使命。
小宮山の中で、思いは決まった。
「なぁ・・・」
「ん」
顔を上げ、先に口を開いたのは小宮山だった。
一度、辺りを確認して、前田の目を見る。
「実はな。患者の血液から、症状の原因を見つけたんだ。」
「マジかっ!?」
前田は思わず大声を上げた。
この人数の少ない飲食店で、その声はかなり響いたらしく、周りの人が一斉に前田の方を向いた。
「ちょっと静かにしろよ! 誰かに聞こえるかもしれないだろ。」
「悪い。で、どんなのだ?」
「どんなのって・・・、説明はしにくいんだけどな。わかった、写真を持ってきてやるよ。ちょっと待ってろ。」
カップの中のコーヒーを飲み干し、小宮山は席を立った。



「佐々木、ちょっと焦りすぎだ。少し落ち着け。お前が焦れば焦るだけ、国民が不安になる。」
「それはわかってるよ。でも、そんな落ち着ける状況じゃないだろ。」
首相官邸の一室で、佐々木ともう1人同じくらいの年齢の男が向き合って座っていた。
この男の名は米野真司。警察機関を統括する警察庁長官をやっている。
佐々木とは東京大学時代の同期で、仲もいい。佐々木が首相になってからよく相談などを受けている、佐々木に最も信頼されている人物だ。
「確かに犯行声明文が来て、落ち着いていられる奴はいないだろうけどな。」
「だろ。お前はよく落ち着いていられるよな。」
「まぁな。お前に言ってなかったけど、警視庁宛に他に2通の犯行声明文が届いている。」
そう言って、スーツの裏ポケットから2枚の折られた紙を取り出した。
それを佐々木に渡す。
開いてみると、佐々木が見たものと同じく文章が書かれていて、3通とも内容は異なっている。
「早く報告しろよ。何で黙ってたんだ?」
「よく言うよ。1通で慌ててたくせに。」
佐々木のものを合わせて、3通を机の上に並べてみる。
「実は警視庁に届いた物は、まだ内容がはっきりわかってないんだ。文章が暗号みたいになっててな。最初はこっちが昨日の事件の犯行声明文だと思ってたんだが、お前のを読んでみると、そっちが昨日の事件の犯行声明文みたいだな。」
「と、いうことは・・・」
「あぁ、まだ他の事件が起こる可能性が高いってわけだ。」
「くそっ!」
佐々木の表情が再び歪む。
あんな事件を起した犯人の事だ、またド派手な事件を起すに違いない。しかも、それがどんなものかわからないのが余計に恐怖心をそそる。
「今、警視庁の方で全力で暗号解読に当たっている。一応、政府の主要機関の警備を強化してな。心配無いさ、直に暗号が解読される。そうなれば事件も防げるし、うまくいけば犯人逮捕だって可能だ。」
「・・・」
米野の言葉も、佐々木には気を紛らわす程度の物にしか聞こえなかった。
頭に浮かぶのは、ただ最悪の結果だけ。
ドンッ!
何も出来ない自分への怒りと、犯人への怒りで、机をたたいた。



ガチャ!
小宮山は部屋に戻ると、すぐにパソコンへと向かった。
ここでも、音を立てないようにするのは忘れない。ちょっとしたミスが、自分の命、そればかりか全患者の命を危険にさらすことになる。
パソコンの周辺に置いていた資料を取り、適当な封筒に入れる。
そして、パソコンの前に座った。
保存していた文章を開き、ざっと読みながら考える。
「・・・やっぱ、まだ不十分だな。」
これは事件の事についてまとめた文章で、封筒に入れようと思ったのだが、やはりまだ不十分だった。
ファイルを閉じ、席を立つ。
前田に見せるのはこれだけでいいだろうか。
もう一度、確認して、部屋を出る。
プルルルルルル・・・
扉を閉めようとして電話が鳴った。小宮山の携帯ではない。部屋の電話だ。
「ったく。」
ここで無視して出て行くと、おそらく盗聴器で聞いているであろう犯人に怪しまれてしまうかもしれない。
全ての可能性を把握して、冷静に判断する。
この極限状態でやらなければならないのはそれだけだ。
「はい、福岡県立病院の小宮山です。」
ここでの最良の判断。これで犯人に怪しまれる心配は全く無い。と、思った。
「・・・契約違反だ。」
変声器を使っているのであろうその声が、小宮山の耳の奥まで響いた。



「そういえば、聞くの忘れてたな・・・」
新たにコーヒーを注いで来て、一息ついた所で、ここに来た訳を思い出した。
勇太の事だ。
事件を目撃した者同士、つい事件の話になってしまった。
小宮山が戻ってきて、少し事件の話しをしたら、勇太の事を聞こう。
そして、すぐにここを出よう。
ここにいなければ、他の病院を探さなければならない。
鈴木は夕方にはこちらに着くと言っていた。それまでにはなんとか見つけて、無事を報告したい。
今の時刻は午後1時を過ぎたところ。
運命の時間は、刻一刻と迫っていた。



「・・・契約違反だ。」
その言葉を聞いた途端、小宮山の顔が一瞬で青ざめた。
血の気が引くのが、自分でもわかる。
手の力が抜けていくような感じがして、受話器を持っているのがやっとであった。
それだけではない。頭の方は完全に混乱していた。
絶対の注意を払っていたはず、なのになぜ・・・。
「貴様、資料を入れた封筒を持って、友達の所に行こうとしていただろう?」
「!?」
驚いて、振りかえる。もちろん、誰もいるはずは無い。
だが、ファイルに資料を入れて持って行こうとしているのを知っているということは、盗聴器ではなく小宮山を見ていたということになる。
部屋の中に人の気配はない。カーテンも隙間無く閉めているので、外から監視されていると言う事も無い。
だとすれば、残りは隠しカメラということになる。
やはり、メールを送ったのを気づかれていなかったのはたまたまで、実は最初からカメラをしかけられていたのだろうか。
それとも、もしかして―――
どちらにしろ、最初から決め付けていたのが間違いだった。
全ての可能性を把握し、冷静に判断する。
他は出来ていても、最初でミスをしていれば全く意味が無い。
決して恐怖ではない。後悔、焦り・・・そして自分への怒りで、受話器を持つ手が震えた。
「紙に書いたとおり、これから病院を爆破する。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
ここで犯人を説得しようとしても全くの無駄。それはわかっている。
しかし、みすみす何百人と言う患者の命を失わせるわけにはいかない。
「・・・」
意外にも、迷っているように犯人の声が聞こえなくなった。
小宮山は祈る思いで、全神経を聴覚に集中させる。
「よし、いいだろう。しかし、病院を爆破しないと言うのではない。今から15分、時間を与える。」
「15分?」
「そうだ。お前が逃げるのに十分な時間だろう? だが、お前が患者の移送を優先させれば、お前は死ぬが、いくらかの患者の命は救われるかもしれない。これは、お前の人間性を試す物だ。患者を見捨てて自分は生き延びるか、それとも自分の命を捨てて患者を助けるか・・・。フフフ、見物だな。」
犯人は、明らかに楽しんでいた。
人間の命を軽視し、自分は遠くからまるで喜劇を見るような目で見るのであろう。最悪の人間・・・こんな奴に今、何百人の命が握られている。
怒りを押し殺して、小宮山は口を開いた。
「わかった。15分だな?」
「そうだ。今から15分後・・・1時半ちょうどに爆破する事にしよう。」
電話が切れた。
その瞬間、受話器を床に投げつけた。
受話器はプラスチック部分が割れ、中身の機械が見えたが、どうせここは爆破されるのだ、気にする事ではない。
床に落ちていた封筒を手に取る。
15分と言う限られた時間。迷っている暇は無い。
小宮山の心は決まっていた。
「くそっ!」
封筒を握り締め、部屋を飛び出した。



当たり前だが、小宮山が喫茶店に戻ると、そこには普通にコーヒーを飲む前田の姿があった。
15分後、悲劇が起こるなど全く予想していない自然な姿。その様子に、まだ高鳴っている心臓が、少し落ち着いた様に感じた。
呼吸が整うのも待たず、前田に近づく。
時間が無い。1分1秒が惜しいのだ。
小宮山に気づき、前田は飲みかけのコーヒーを置いた。
「おっ、小宮山。そういえば、聞きたいことがあったんだけどさ・・・」
前田が言い終わる前に、小宮山の口が開いた。
「悪い、帰ってくれないか。」
「えっ!?」
予想外の一言。
まだ言い終わっていなかったが、止まらずにはいられなかった。
驚いた表情で、小宮山を見つめる。
小宮山の方は、無表情で見つめ返す。
前田としてはわけがわからない。何か怒らせるような事を言っただろうか。
「ちょっと、どういう事だ? いきなり帰れって・・・」
「悪い。だけど、説明している暇が無いんだ。」
無表情のまま。
突然・・・それも、こんな無責任な事を言われては、いくら温厚な前田とは言え、起こらないわけが無い。
「いい加減にしろよ!」
前田は立ちあがると、大声を上げて、小宮山のむなぐらを掴んだ。
周りの人が、その声に驚いてこちらの方を向いてくるが、気にしない。
険しい表情で見つめてくる前田に、小宮山は目をそらした。
そんなつもりはない。・・・ただ、親友の命を助けたいだけ。
「1年間会わなかっただけで、お前はそんな奴になったのか!」
違う。
「何か言いたい事があるんだったら、説明しろよ!」
説明などすれば、友達思いの前田の事だ、止めようとするに決まっている。
もしくは、自分も一緒に死ぬと・・・
「どうなんだよ!」
それだけは絶対に避けなくてはならない。
前田には生きて、事件解決に力を入れて欲しい。
自分は、少しでも力になれるように資料を渡すだけ。
前田は天才だ。驚くほど頭の回転が速く、行動力もある。前田なら、必ず犯人を捕まえる事が出来る。
「何も言わないつもりか・・・。わかった、帰ってやるよ。」
掴んでいた手を離した。
「だけど、憶えとけよ。一生、俺の前に顔見せるな。」
「・・・」
前田は手をズボンのポケットに突っ込んで、下を向いて言った。
大学卒業後も仲良くしていた友達に、こんな事を言ったのだ。状況とは言え、前田もつらいはずだ。
少し間を置いて、歩き出そうとする。
前田が横を通りすぎる前に、小宮山は封筒を前田の前に突き出した。
「・・・持ってけ。」
絞り出したような声で、そう言う。
「・・・」
前田はそれを少し見つめた後、何も言わずに奪い取る様に取って、小宮山の横を通り過ぎて行った。
これでいい。これでよかった。
こんな別れになってしまったが、前田も後で気づくだろう。親友のこの気持ちが。
前田が立ちあがった時にテーブルにこぼれたコーヒーが、窓から入る日光に反射して、黒く輝いていた。



小宮山は、まずある病室に向かって走った。
現在は1時19分。タイムリミットまであと11分である。
前田に封筒を渡すのに少し時間がかかってしまったが、ここで考えている場合ではない。今はただ行動あるのみだ。
“鈴木勇太”と書かれた部屋で止まった。
ノックをするのも忘れて、勢いよく中に入る。
中には、永野と横になっている勇太がいた。両親は帰ったらしく、姿が見えない。
「あ、あれ、院長どうしたんですか?」
ちょっとうとうとしていたのであろう、永野は驚いて立ちあがった。
「今から勇太君を他の病院に移送する事になった。すぐに準備してくれ。」
「わかりました。」
その言葉で、永野はすぐに準備を始めた。
周りのものを急いで片付けて、ベッドを動かせる様にする。
小宮山は永野のその様子を確認しただけで、部屋を飛び出した。
時間が無い。今は・・・永野を信じるしかない。
続いて、1階に戻り、受付に向かった。
ここでは、全院内にアナウンスできる。
「院長、どうしたんですか?」
「すぐにわかるよ。ちょっと、貸してくれ。」
受付嬢は普段は来るはずもない院長に少し困惑しながも、マイクを渡しアナウンスのスイッチを入れる。
小宮山は一つ咳ばらいをして、フゥーっと息を吐いた。
小宮山自身、これは“賭け”だった。
“この病院内の医師、看護師、患者様、お見舞いの皆様にお知らせします。”
全ての病室、診療室、待合室にアナウンスが流れる。
“実は、この病院は今回の事件の犯人によって爆破されます。”
「えっ!?」
驚いた表情で、受付は小宮山を見る。
所々から、悲鳴にも似た驚きの声が聞こえてくる。
普通なら、こんなアナウンスはしないのが当たり前。それは言っている本人もわかっている。
しかし、10分と言う短時間で、何百人を避難させるのはどんなに頑張っても無理である。
パニックになるのは承知の上だが、避難できる人数は格段に増えるだろう。
“これは冗談ではありません。本当の事なんです。つきましては、動ける患者さんはすぐに避難をお願いします。医師、看護師の方々は出切る限りで結構です、動けない患者さんの避難を手伝ってください。避難したければしてもかまいません。各自の判断に任せます。”
言い終わり、小宮山は受付にマイクを返した。
「ありがとう。」
「あ、あの・・・院長?」
まだよく理解していないらしく、受付は困惑した表情を浮かべている。
すでに走り出そうとしている小宮山を呼びとめた。
「どういうことです?」
「聞いたとおりだ。君達は出来る限り避難する人の誘導を頼む。でも、25分を過ぎたら逃げてくれ。」
それだけ言って、小宮山は走り出した。
緊迫した言葉の無い様とは正反対の、普通の表情。まるで、何事もないような。
それだけに、受付はまだ信じられないといった感じでいる。
しかし、小宮山の言葉を思い出し、マイクを握った。



「くそっ!」
そのころ、小宮山は関係者専用階段を駆け登っていた。
今の時刻は1時22分。あとタイムリミットまで8分しかない。
コンクリート越しに、人々の悲鳴が聞こえてくる。相当なパニックになっているのであろう。それは確認するまでもなく、わかる。
“続けて、お知らせします。先程の放送の通りです。みなさん、すぐに避難してください。”
受付のアナウンスが聞こえてくる。
これで、動ける人はかなりの数が助かるはずだ。
そういえば、なぜ自分は最初に勇太を助けようとしたのだろうか。
5階を過ぎた頃、そんな事が頭に浮かんだ。
最も助かる確率の少ない勇太。普通なら、一番に見捨てるべき人物だろう。
でも、一番最初に助けようとした。家族でも、親戚でもないのに。
「そういえば、大学時代に鈴木って奴がいたっけ。」
あいつに少し顔が似てたなと思っていると、自分の部屋がある7階に着いた。
バンッ
勢いよく部屋に入ると、すぐにパソコンの前に座る。
幸い、電源は入ったままだ。マウスを操作し、文章ファイルを開いた。
本当ならこれも封筒に入れたかったのだが、間に合わなかった。
タイムリミットまであと6分。完成させて、メールで送る所までいけるかどうかはわからない。
だが、小宮山はそんな事を考えようともせず、キーボードを打ち始めた。
元々、諦めるのが嫌いなタイプの人間。今までも、どんなに生存率の低い患者だって諦めずに治療してきた。
カタカタカタカタ・・・
「・・・」
ディスプレイに物凄い速さで文字が打ち込まれていく。
これを火事場のバカ力というのだろうか。
あまりキーボードを打つのに慣れていない小宮山だが、今は信じられないスピードで手が動いている。
おそらく、小宮山にそんな意識はないのだろう。
頭に浮かんだ文字を、そのまま指先を使って入力する。その一連の作業を、ただ急いでやっているだけ。
「・・・」
あと4分。
時々目に入る左腕の腕時計が、小宮山に時間を告げている。
こういう時の1分1秒はとてつもなく速い。
3分
2分
時間は過ぎていくが、一向に終わる様子はない。
「あっ!?」
さらにスピードをあげたせいか、打ち間違いも増えてきた。
そのたびに、表情が歪む。
ついに1分を切った。
「くそっ!」
かなり進みはしたが、まだ終わらない。
あの犯人の事だ。30分ちょうどに躊躇無く爆発させるに決まっている。
50秒
40秒
30秒
腕時計の針が、さらに速く回っている様に感じる。
文字を打ちこみながら、時計に目をやる回数が増えてきた。
あと少し。あと少しなのだ。
20秒
10秒
「よしっ、終了!」
最後は少し雑な文章になってしまったが、なんとか完成した。
あとはこれをメールで送るだけ。しかし、時間はほとんど残されていない。
7秒
6秒
文章を保存して、メールの所をクリックする。
開いたらすぐにメール作成・・・とはいかなかった。
「なっ・・・!?」
現れたのは新着メール1通の文字。
「・・・こんな時に誰だよ。」
日頃の習慣のためか、時間が無いにもかかわらずメールを開いた。
本文にアルファベットの文字が並んだ。送信者の欄には“GEILLY”の文字がある。
「先生・・・」
昨日ゲイリー医師に送ったメールの返信が、こんなタイミングで来ていた。
読みたいが、一瞬、左手の時計が目に入る。
2秒
1秒!
「嘘だろっ!」
秒針が12を指した瞬間、小宮山は目を閉じた・・・。
ド―――――――ン!
「うわぁぁぁぁ!」
耳が引きちぎられそうな轟音が響いたかと思うと、地面が地震が起こった様に大きく揺れ、カーテンの隙間から強烈な閃光が部屋に差し込んだ。
小宮山は椅子から振り落とされ、床に倒れこむ。
机や周りに積んでいた本や資料が、雪崩のようになって容赦無く小宮山を襲う。
立つ事は出来るはずもなく、頭を腕で覆い、体を丸くしてなんとか踏ん張った。
ゴゴゴゴゴゴ・・・・
少しすると、揺れは止んだ。
小宮山は目を開けると、立ちあがった。
揺れのせいか、少しフラフラする。
「うわぁ〜・・・」
辺りを見て、思わず声を上げた。
大地震でもあったような悲惨な光景。本棚、テレビなどの家具はほとんど倒れるか崩れており、床いっぱいに本や資料が散乱している。
しかし、爆破されたにしては、よくこの程度で済んだものだ。
ド――――ン!
そうしていると、遠くで爆発する音が聞こえた。
そうだ、この病院はかなり広い。爆弾が一部にしか仕掛けられていないとすれば、説明がつく。
だが、一部と言ってもちゃんと考えて仕掛けているだろう。結果的には建物全体がくずれるように。
「ここも、危ないってわけか。」
外からはかなりの数の悲鳴が聞こえてくる。
一体、どれほどの人が避難できたのだろうか。そして、勇太は・・・無事だろうか。
「そうだ、パソコンは?」
振り向くと、机の上にパソコンだけがぽつんと置かれていた。
位置は少しずれているが、重かったのが幸いしたらしく倒れなかったらしい。
足元の本を掻き分けながら、そこに向かう。
先程の画面の状態で、問題無くディスプレイは表示されている。
「よくコードが切れずにもったもんだ。」
なにはともあれ、まだ少し時間がある。
今が文章を送る最後のチャンスだ。
床に垂れ下がっていたマウスを拾い上げ、倒れていた椅子を元に戻すとそこに座った。
ゲイリー医師のメールを読んでいる暇は無い。ここは残念だが、前田に託すしかない。
メール作成を開き、まずはゲイリー医師からのメールを添付する。
続いて、自分が書いた文章を。
バタン
「先生!」
添付しようとして、部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。
永野だ。
額には大量の汗がついていて、息を切らしている。
「どうした?」
一度永野の方を見て、すぐにパソコンに向かう。
「どうしたんです、院長? 早く逃げてください!」
永野は危険な中、ようやくここまで来たのだろう。白いナース服はすすで黒ずんでいる。
しかし、小宮山は考えようともせず、言い放った。
「悪い、俺はやることがあるから。君だけで逃げてくれ。」
「えっ・・・!?」
あまりにも普通な表情。死が迫っているという恐怖は微塵も感じない。
永野はしばし呆然としていたが、ふと腰に手をやって、ある物を取り出した。
そして、それを真っ直ぐ構える。
病院の看護師が持っているにはあまりにも不自然なそれ。
拳銃。
しかも、手は全く震えておらず、軌道は1ミリのブレもない。初心者ではない。訓練を受けたプロだ。
「・・・」
小宮山はチラっと永野を見たが、何も言わず、パソコンに向き直った。
それどころか、口元には笑みさえ浮かべている。
「驚かないん・・・ですか?」
先程とは違うするどい目つきで、だが少し困惑した表情を浮かべて、永野は言った。
「驚かないよ。大体、予想はしてたからな。」
「え!?」
手を動かしながら、話を続ける。
「考えてたんだよ。なんで俺が資料を渡そうとしているのがばれたのかを。」
「?」
「俺がメールを送ったときは気づかれないで、資料を渡そうと用意していた時には気づかれた。なぜか? やっぱり偶然とは考えにくい。で、考えたんだよ。もしかしたら、俺が部屋を出ている間にカメラを仕掛けられたんじゃないかって。」
ファイルを添付し終え、メールの本文を打ち始める。
「俺が部屋を出たのは患者の様子を見に行った1時間ほどと前田と話に行った30分ほどだ。どっちでも可能だけど、時間的に余裕がある1時間の方だろう。ちょうど、君が手紙を受け取って、俺の部屋の中に入った時だろ?」
「ただ部屋に入っただけで、私を疑ったと?」
「いや、違和感を感じたのは後になってからだ。」
ゴゴゴゴゴ・・・
再び小さな揺れが部屋を襲う。
永野は倒れそうになったが、右足でなんとか踏ん張って、銃口を向ける。
「君は手紙を受け取った後、それを俺の部屋に置いて、そのまま病室に戻った。おかしいだろ? わざわざこの非常時に手渡しで持ってくるほどの手紙だ。普通は重要な事なんじゃないかと思うのが当たり前。それを、アナウンスで俺を呼ばずに、わざわざ部屋に持って行って、しかも分かりにくいところに置いている。その上、俺と会った時、君に俺を探している様子は見られなかった。」
「・・・」
「つまり、その時に仕掛けたんだ。盗聴器も同じく、君が昨晩俺に資料を持ってきた時に仕掛けたんだろ? 最近、俺が部屋に入れたのは君ぐらいだし、まさか何週間も前からってことも考えにくいしな。」
「なるほどね。さすが、天才と言われているだけのことはありますね・・・」
「知識では前田に負けるけどな。結構、頭の“やわらかさ”には自信があるんだ。」
「そう・・・。やっぱり、急いでたのがいけなかったのかな・・・」
少し俯き加減で、そう呟いた。
「急いでた?」
「・・・勇太くんの事が心配だったから。早く戻ってあげようって思って・・・。だから、手紙の事も適当になっちゃって、気づかれちゃった。」
「なぁ、一つ聞いていいか? これだけはどうしても答えが出なかったんだ。」
最後にEnterを押し、小宮山は顔を上げた。
「何?」
「何で、患者を殺そうとしているのに、何も言わずに勇太君を助けたんだ? 自分が犯人だとバレないようにか?」
永野の口元がピクリと動く。
「だって、そうだろ? 勇太君を助けるのは、君にとって何のメリットもない。何でだ?」
「・・・そんな事、さっきの院長の推理より簡単ですよ。」
ド―――――ン!
部屋中に爆音が響き、カーテン越しの窓の外が赤く染まった。
火の手がすぐ傍まで迫ってきているらしい。
だが、2人は何も気にせずに向き合っている。
「私だって、そんな昔から組織にいたわけじゃないんですよ・・・」
ようやく絞り出したような声が、少し開いた口から漏れ出した。
「看護師を目指して・・・人を助けたい、一人でも多くの命を救いたいって・・・」
目は潤んでいて、今にも流れ出しそうになっている。
「だったら、なんでこんな事をしたんだ?」
「私だって、こんな事件が起こるなんて思っても見ませんでしたよっ! 病院の爆破だって、朝になっていきなり院長を監視するように言われて・・・」
「でも、その人殺し集団を手伝ったのは事実だろ?」
「わかってる・・・わかってるけど・・・」
涙が頬を流れ、永野は膝から崩れ落ちた。
力の抜けた手から滑り落ちた拳銃が、鈍い音を立てて床に転がる。
小宮山は無表情で見つめていたが、その気持ちは十分に感じていた。
全く偽りのない、真実の気持ち。外からの光で赤く輝く涙がそれを証明している。
歩み寄ろうと、小宮山は席を立とうとする。その時だった。
ド――――――ン!
いきなり横の壁が吹き飛び、物凄い音と衝撃が2人を襲った。
「きゃあ―――!?」
「くっ!?」
立とうとしていた小宮山は体勢を崩して床に倒れこみ、永野は衝撃で体を飛ばされて背中を強く打ちつけた。
背中を押さえて苦しんでいる永野に近づこうと、匍匐前進のような格好で周りの本を掻き分けながら前に進む。
爆発の時についたのであろう火で、部屋全体が赤く染まっている。
幸い、2人の近くにまでは迫ってきていないが、床中に散らばった本や資料に次々に燃え移っている。全体が火に包まれるのは時間の問題だ。
なんとか永野に近づき、服に少し血がにじんでいる肩を持った。
「君は早く逃げろ。今ならまだ間に合うかもしれない。」
その言葉に、今まで俯いていた顔を上げる。
「そんな、院長が早く逃げてください! こんな人殺しを手伝った私が生きるなんて・・・」
「いいから早く行け! 俺はまだやる事がある。」
「でも!」
「早く行け!」
今までに見せた事のないような表情で、永野を見つめる。
「人殺しをしたからって、死んでいいわけじゃない。お前も言ってただろ? 大事な命を救いたいんだって。自分の事だって同じはずだ。」
「・・・」
「君にはやれることがある。死んだ人への償いを、自分の行動で示せ。わかったな?」
永野は小さく頷くと、よろけながら立ちあがり、壁伝いに部屋を出て行った。
「頼んだぞ・・・」
一人になった部屋で、小宮山は壁にもたれかかると、一つ溜め息をついた。
いつのまにか、部屋のほぼ全体が火に包まれている。信じられないような熱さに襲われ、前田の額からは大量の汗が流れ、頬をつたう。
「さて、俺のやるべき事を終わらせるか。」
立ちあがり、パソコンの前に戻る。
途中、着ている白衣に火がついたが、気にしない。
マウスを操作し、“送信”をクリックする。
画面上に帯が現れ、左から右へと、少しづつ青くなる。
ファイルを二つも付けたためか、なかなか進んでくれない。
気が付くと、パソコンのコードにまで火が燃え移っていた。
「おいおい、マジかよ!」
コードのビニールがこげた独特の異臭が、鼻に入り、段々と小宮山の余裕が無くなってきた。
現在、50%が終了。
ここまでは何の異常もないが、細いコードがいつまでもつかわからない。
「急げ。」
70%が終了。
周りは完全に火に包まれていたが、全く気にしない。
小宮山の視界にはパソコンの画面しか入っていない。
「急げ!」
90%が終了。
小宮山の衣服には所々火の粉がついているが、これも気にしない。
白衣は半分以上が燃えて、黒くなっている。
熱さは、不思議と感じていなかった。
全くと言えば嘘になるかもしれないが、少なくとも飛びあがるような熱さは感じていなかった。
小宮山自身、自分の体も火に包まれているなんて気づいていなかったかもしれない。
「急げ―――!」
“完了”の文字を確認した瞬間、小宮山の視界が真っ白になった。



前田はタクシーに乗りこむと、違う病院へと向かっていた。
隣には、小宮山から受け取った封筒が置かれている。まだ中身は見ていない。
ただ、流れ行く窓の外の景色を見つめながら、考え込む。
なんで、あんなに強く言ってしまったのだろうか。
小宮山が忙しいのはテレビで知っていたし、それを承知の上で向かったのだ。
病院の下に着いた時も、今日会うのは無理だろうと思っていた。
でも、会えた。
久しぶりに会って、嬉しかったから、それが突然一方的に破られて、腹が立ってしまった。
普段でもそんなに怒る事はないのに。
「ふぅ・・・」
考えれば考えるほど、溜め息が出る。しかし、その事しか考えられない。
小宮山と初めて会ったのは、2人が大学3年の時だった。
もちろん、前田は生物学科で、小宮山は医学部だったので、普通ならなかなか知り合う事はないだろう。なぜ、知り合ったのかといえば、生物学科でウィルスの研究をするという事になり、ならばと医学部との共同研究になったからだ。
2人は当時から優秀だと学校中で評判だったので、すぐに話をするようになり、気が付けば鈴木、小笠原らとも4人で休日でも会うようになっていた。
卒業する前もしてからも、ほとんど喧嘩などすることはなかった。
掴みかかるなんて、本当に初めての事だ。そう考えると、笑みまで浮かんでしまう。
『帰ったら、謝ろう。電話でもして。』
心は決まった。
長く考えるより、早く謝ってすっきりした方が良い。自分が悪いのだから、なおさらだ。
考えもまとまり、ようやく封筒の方に目が向いた。
たしか、事件の事をまとめた資料だと言っていた。
取ろうと、手を伸ばす。
「え!?」
「?」
いきなり、前の運転手が声を上げた。
今まで音といえば車のラジオの音だけだったので(しかも、音が小さくて何を言っているか聞こえなかった)、余計に驚いてしまう。
「どうかしました?」
「あ、すいません! ちょっと、ラジオの音を上げてもいいですか?」
「ええ、いいですよ。」
何の事やらさっぱりわからなかったが、別にラジオの音がついていてもなくても気にならないタイプなので、二つ返事でOKした。
どうせ、なんでも無い事だろう。なんでもない、普通の事―――

“繰り返します。先程、福岡県立病院から爆発音があり、炎が上がったという情報が入ってきました。まだ、詳しくわかりませんが、すでに建物が全壊したという情報もあります。現在、消防隊が・・・”

前田が運転手よりも大きな声を上げたのは、それから間もなくの事だった。



前田の乗ったタクシーが病院に引き返した時には、病院の周りは大変な事になっていた。
すでに病院の周囲200メートル以内は進入禁止になっていて、近くの道路も厳戒態勢が敷かれている。
パトカーや救急車、消防車は県内全ての車両が集結しているのではないかと思うぐらいの数が道路に止まっていて、病院には全く近づけそうにない。
前田のいる所からは、ただ燃えあがる炎と黒煙だけが確認できる。
「うわぁ〜・・・、すごいですね。」
「・・・」
運転手はそう呟くが、前田は声を出す事も出来ない。
頭の中は完全な真っ白で、呆然と煙を見つめる。
小宮山と話をして、喧嘩をして病院を出たら、病院は炎を上げて燃えた。もう状況がどうこうというより、何が何だかさっぱりわからない。
人生、どこでどうすればこんな方向へと進んでしまうのだろうか。
見つめる煙は何も答えてくれず、もくもくと上空に舞い上がると、空の青に溶け込んでしまう。
「だから、ここからじゃいけないんですよ。他に近い位置にいる救急隊はいないんですか?」
近くにいた救急隊員が、無線に向かって叫んでいる。
応援に呼ばれているのだろが、隊員の言う通り、この混雑では行けそうにもない。
それは前田も同じだ。
本当なら飛び出して行きたいところだが、どうすることもできない。
空に広がる黒煙を見ていると、気が遠くなってくる。
気が付いた時には、前田は道の真中で座り込んでいて、目には冷たいものが浮かんでいた。



東京・首相官邸 午後2時30分

首相官邸内の会議場には、本日2度目となる緊急召集がかけられていた。
本題はもちろん、病院爆発事件についてだ。
この事件の連続に、これまで余裕を見せていた他の大臣達もさすがに動揺している。中でも一番なのは、言うまでもなく佐々木だ。
特に険しい表情で、テーブルに隠れた足を小刻みに動かしている。
「おい、落ち着けよ。」
「わかっている。」
米野の言葉にそう答えるが、全く落ち着く様子はない。
周りからは静かに座っている様に見えるが、隣に座る米野にはその押し殺した怒りが嫌というほど伝わってくる。
米野だって、怒りを感じていないわけではない。
ただ、警察庁長官という立場、事件を冷静に分析しようとしているだけだ。
「では、福岡県立病院の爆発事件についての緊急会議を始めたいと思います。」
司会者がそう言うと、部屋にいる全員が真剣な眼差しを向ける。今回ばかりは違う。
「はじめに米野警察庁長官から事件の報告をしてもらいます。」
米野は立ち上がると、佐々木の肩にポンと手を置いて前へと進んだ。
ようやく佐々木の“足の運動”が止まる。
「これは、先程福岡県警の久地本部長からの連絡によるものです。今日の午後1時半頃、福岡市内にある福岡県立病院から爆発がありました。被害状況など。詳しい事はあまりわかっていませんが、あらかじめかなりの数の人が病院の外にいたということで、被害者は思ったほどはでないと思われます。」
「この事件の犯人は、昨日の事件と同一犯なのか?」
「警視庁に届いていた犯行予告状から判断して、おそらく同一犯であると予想されます。」
「なに!? 犯行予告状が届いていたのか?」
大臣達の表情が変わった。
「君、何でそれを公表しなかったんだ?」
「文章は暗号化されていてまだほとんど解読できていませんでしたし、内容が分からない内の公表ではただ不安感を与えてしまうだけと判断したからです。」
「何が不安感だ、公表していればそれなりの対応も出来ていたかもしれないんだぞ!」
「これでは警察庁長官に落ち度があったとしか言えんな。」
出た。
ついに大臣達が本性を現し始めた。
何か問題が起こると、1人に全責任を負わせて、自分達は何も間違った事はしていなかったと言う。
これで、今まで何人の総理や議員が辞めさせられた事か。
腐敗しきった日本政府の本性といって良いだろう。
佐々木は何も言わず鋭い目で大臣達を見ながら、再び足を動かし始める。
「今回の事件の責任は君が取る事になるぞ。」
「そ、そんな・・・!?」
米野は何か言い返そうとするが、言葉が出ない。
大臣達が持っている、特有の威圧感。それが一斉に米野に向けられる。
警察庁長官とはいえ、この世界ではまだ若手の米野には威圧感に勝てるほどの度胸も存在感も持っていない。
引きつった顔で、席に戻る。
しかし、大臣達の攻撃が終わるはずもない。
「覚悟はしておくんだな。マスコミから相当言われるぞ。」
「!?」
「辞表でも書いておいた方が良いかもな。ハハハ・・・」
「いい加減にしろ!」
その雰囲気を破ったのは佐々木の怒鳴り声だった。
今まで静かにしていたとは思えないような、鬼の形相で大臣達を睨みつける。
自分達よりははるか年下とはいえ、さすがに総理相手では黙ってしまう。
「人事会議をやる予定はなかったはずだ。今は大切な事があるだろう?」
「ですが総理・・・もっと対応がきちんとしていれば・・・」
「過去の事を話すつもりはない。今は今後の危機に対してどう対応していくかが先決だ。」
「・・・」
佐々木が司会者に視線を向ける。
「は、はい。続きまして・・・」
それからの進行は、さすがに早く進んだ。
だが、すんなりと進んでいるわけではない。
資料を見ながら真剣に考えている佐々木に、大臣達から嫌な視線が注がれる。
佐々木は気づいていたが、もう何も言わなかった。
言ってもどうにもならないのだ。なら、言わない方がいい。
「それでは、これで対策会議を終了します。各自、対応に当たってください。」
司会者の終了の声がかかった瞬間、大臣達は一斉に立ちあがり、ドアに向かって歩き出した。立っていないのは佐々木と米野の2人だけだ。
大臣の1人が、佐々木の横で立ち止まる。
「あなたも、いつまでも総理のイスがあるとは思わないでくださいよ。」
佐々木は目を瞑って、何も言わない。
大臣が部屋を出たのを確認して、ようやく口を開く。
「腐りきった連中が・・・。日本の未来は絶望的だな。」
そう呟いて、隣に座る米野を見る。
米野は資料を両手で持ったまま、深刻そうな表情で、全く動こうとしない。あれからずっとこんな状態だ。
「おい、米野! そろそろ行くぞ。」
「なぁ、佐々木、俺が・・・何百人の人を殺したのか?」
ようやく顔を上げて、出た言葉がそれだった。
「何言ってんだ? お前は自分が考えた最善の方法で対応した。それでいいだろ。俺だって、間違った方法だとは思っていない。」
「だが・・・」
「あいつ等の言う事なんて気にするな。さっきも言った通り、今は過去のことより今後の危機への対応が大切だ。」
「・・・」
「おら、お前らしくねぇぞ! 警察庁長官どの。」
「・・・フフ、そうだな。」
少し口元に笑みを浮かべて、立ちあがる。
それを見て、佐々木も立ちあがる。
「それでは総理、これからどの様に対応すればいいでしょうか?」
こちらも少しふざけた口調。
「そうだな・・・。まだ予告状の解読が出来てないんだろ? 予告状が2枚来ているって事はまだ事件が起こる事が十分考えられる。お前は予告状の解読に全力を尽くしてくれ。」
「わかった。」
「あとは、警戒だな。各県警に連絡して、各都市の主要施設および政府機関の警戒をさせてくれ。特に今までの事件は九州地方に集中しているから、ここには自衛隊の出動も考えてみるよ。」
「了解!」
やっといつもの元気な声を出して、米野は走り出した。
これでなくては米野ではない。この若さで警察庁長官までのぼりつめたのは、あの元気があったからといっても過言ではない。
「さて、俺も仕事だ。」
米野の後姿を見ながら、佐々木も歩き出した。



太陽が西の空に隠れ始めた頃、前田は研究所のソファの上で横になっていた。
時計の針は午後5時を指している。
車の音がしないせいか、今日は住み処に帰るカラスの鳴き声がいつもより多く聞こえるような気がする。
部屋にはテレビがついているのだが、前田は何かを見ているわけでもなく、ただ天井に目を向けている。
研究所に帰ってからずっとこんな様子だ。もっと言えば、帰りのタクシーの中でも同じだった。
もう、何もしたくない。一人になりたい。
その気持ちから、運転手に行き先の変更を告げた。

『現在、救出活動を続けていますが、今だ数多くの行方不明者が瓦礫の下敷きになっていると思われます。この病院の院長である小宮山孝幸さんの行方もまだわかっておりません。・・・』

テレビでは、昨日と同じく全チャンネルが特番をやっている。
いくつかの局では、カメラマンとアナウンサーを乗せたヘリを飛ばしていて、上空から無残な病院の様子を映し出している。
築20年の建物は跡形もなく崩れてただの瓦礫の山になっていて、まだ行方不明の小宮山がこの中で生きているとはとても思えない。
テレビを見ると、容赦なく現実がつきつけられるので、前田はテレビを見ようとしていないのだ。
それでもテレビをつけているのは、奇跡的に小宮山が救出された時のためである。
目をつむると、小宮山の顔を思い出す。
タクシーの中で考えていた事が、また頭の中を占領する。
しかも、あの時とは状況が違う。もしかすると、あれが最後の会話だったのかもしれない。
だとしたら、最悪の別れではないか。
「くそっ!」
後悔、そしてなによりも自分への嫌悪感で、壁を蹴る。
もちろん、これですっきりするわけではない。
足の裏からつたわってくる痛さに余計に腹が立ってきて、何度も壁を蹴る。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!」
壁を突き破りそうなぐらいに、どんどん力を入れていく。
一体、昨日からどうしたというのか。
親友の事故死を聞かされ、次は道端で何人も倒れる人を見せられ、最後は小宮山の・・・
いくらなんでもこんなに悪い事が続くなんてどうかしている。
そうだ、それこそ自分が一番おかしいんじゃないか。
何も起きていない、自分が一番―――
「くそがっ!」
全身の力を足にこめて、思いっきり壁を蹴った。
バンッ
足が当たってしまい、テーブルの上にあったノートパソコンが床に落ちた。
ちぎれそうなぐらいにコードをピンと張って、画面を下にして倒れている。
前田は無視してそのまま横になっていたが、少ししてようやく頭を上げた。
拾い上げて、机の上に戻す。
「?」
また横になろうとして、パソコンの画面にぺージが表示されているのに気が付いた。
メールのぺージ。
合わせて、新着メール1通の文字が目に入った。
こんな時に誰だろう。
久しぶりに見た文字に、横になるのを止め、パソコンの前に座った。
友達とあまりメールをしない前田にとって、届くメールは仕事関係の事が多い。政府の研究機関や企業からの調査要請とかだ。
近頃は電話での対応が多くて、メールの使用は減っていた。
この状況からして、メールの内容は簡単に想像できる。
おそらく、今回の事件の事で協力して欲しいと言う事だろう。
昨日は県警の田村と話をしたのだし、政府か警察から事件の調査協力要請があるのではないかと予想していた。
マウスを動かし、新着メールをクリックする。
重かったらしく、ちょっとの間があって、メールが表示された。
送信者  小宮山 ―――
「!?」
手が止まる。というより、体が固まってしまった。
政府や警察ではない。そこにあるのは親友の名前。
しかも、もうこの世にいないと思っていた人物だ。

『この時間は予定を変更して、福岡県立病院の爆発事件についての特別番組をお送りします。この事件は今日の午後1時30分頃、福岡市内にある・・・』

メールの到着時刻は午後1時34分となっている。
事件が起こった時刻とほとんど一致する。
「本当に・・・小宮山から・・・?」
まだ信じられないといった様子で、ゆっくりとマウスを動かす。

“ 前田へ

 お前がこれを読んでいるとき、俺はもうこの世にいないと思う。
 それはお前ももう知っているだろう。
 さっきは悪かった。お前とすっきり別れようと冷たく言ったんだけど、逆にすっきりできなかったな。許してくれ。

 じゃあ、時間が無いから本題に移るぞ。
 前田、お前にこの事件の解決を頼みたいんだ。
 昨日の夜、俺が患者の血液や症状を調べて、いろんな事がわかった。調べた限り、この事件は普通じゃない。
 本当なら、こういう事は警察に頼むべきなんだろうが、俺を含めて事件について多くを知った者は命を狙われている現状からすると、これ以上の被害は避けたい。
 お前を危険な目にあわせる事になるかもしれないが、引きうけてくれ。
 このメールに、俺が調べたことをまとめたファイルと、俺のドイツ留学の時に世話になった先生からの事件についてのメールを付けておいた。参考になると思う。

 これ以上、被害を増やさないためにも、お前のやれる事、やるべき事をやってほしい。

 期待してるよ。じゃあな。 ”

添付ファイルを開くと、きっちりとまとめられた文章とドイツ語で埋め尽くされた文章が出てきた。
マウスを握る手が、強くなる。
「頼みたい? ふざけるなよ・・・。いつもいつも他人を頼らないお前が、死ぬ前にこれか?」
その手が、小さく震え出した。
「調子よすぎるんだよ、このバカが・・・」
気がつくと、頬を冷たい物が流れていた。
別に悲しいわけではないが、無意識に流れて、一つの雫となってパソコンのキーの上に落ちる。
「やってやろうじゃねえか! あの世でよく見てろよ!」
左手で涙をぬぐい、パソコンを閉じた。



警視庁―――

ある部屋に、警視総監、米野以下10名の捜査官が集められていた。
警視総監、米野以外の捜査官達は、1人づつ与えられた机の上で、真剣な顔で作業をしている。
それを見つめる米野の表情ももちろん真剣だ。
ここでは犯人から送られてきた予告状の暗号解読をしている。そして、この10人は全国から集められた暗号解読のスペシャリスト達だ。
誰もが数々の難事件を犯行前に解決に導いてきた実績を持っているのだが、この暗号解読には苦労している。
すでに作業に入ってから10時間近く。一つ目の爆破事件に間に合っていないだけに、全員の暗号解読に対する気迫はすごいものが感じられる。
「いいか、一つ目の事件の予告状を参考にするんだ。」
米野はそう言うが、これが簡単そうに聞こえて簡単ではない。
まだ2枚の予告状の内、どちらが最初の事件の物なのかもわかっていないのだ。
10人のうち、半分がこちらを1枚目と仮定して調べる、もう半分がもう1枚を1枚目と仮定して調べる、というような状態で作業を進める。
効率が悪いかもしれないが、どちらか1枚を1枚目と仮定して、それで間違っているよりははるかにいい。
すでにオレンジ色に染まった西日が窓から差し込んできて、部屋にいる12人の影を作り出す。
まぶしくない様にと、米野は窓を背にして、そこに立った。
米野から真っ直ぐに伸びた影が、部屋を横切る様に、部屋のドアまで達している。
ガチャ
「?」
ノックも無しに、そのドアが開いた。
その隙間から、米野の一番よく知った人物が頭を出す。
「そ、総理!?」
あまりに意外な人物の登場に、警視総監は声を上げた。米野はもちろん冷静だ。
「どうされたんですか、総理?」
米野にとっては親友かもしれないが、他の人にとっては日本国の総理大臣である。驚いて当然だ。むしろ、この場合は米野の方が非常に特殊なのだ。
「ちょっと気になってな。」
そう言って、ドアを閉めると、歩いて米野に近づく。
「さっきの会議で、九州地方の各都市と政府機関には自衛隊の出動を正式に決めた。あとは予告状がはっきりしてくれると一番ありがたい。」
「悪い。こっちは時間がかかりそうだ。」
「だろうな。」
佐々木も作業中の捜査官達を見つめる。
誰もが一生懸命に作業していて、まだ手がかりを掴んだとかそういうのには見えない。
事件を未然に防ぐための最大のキーだと考えていた佐々木の顔が、無意識に歪む。
「どうにも特殊な暗号らしくてな。過去の犯罪データを全て洗い流してみたんだが、どの解読方法にも当てはまらないんだ。」
部屋の横に山の様に積み上げられた資料を指差して言う。
「そうか・・・。」
「今は、予告時刻がまだ先なのを祈るだけだよ。」
「ああ。」
そう、今は祈る事しか出来ない。
気まぐれな人殺し野郎に、弱い立場のこちらが祈らなければならないというのは変だが、そうしか出来ないのだ。
悔しいが、腹を立てていてもどうにかなるわけではない。
佐々木は窓の前に立つと、そのオレンジ色に染まった瞳を、ゆっくりと閉じた。



佐賀・唐津総合病院

ここ、福岡県に隣接する佐賀県の病院にも、たくさんの患者が運ばれていた。
佐賀県にも性転換事件は起こっているが、福岡県と比べるとかなり少ない。
患者のほとんどは地元の人より、福岡県内の病院では対応しきれなくなった患者や、今回の爆発事件で被害に遭った人が多く運ばれている。
そこの個室に、永野は横になっていた。
治療は先程終了し、やけどを負った全身に包帯が撒かれている。
まさに、九死に一生だった。
火に包まれて崩壊寸前だった病院の中を、ふらふらしながら降りていると、たまたま通りがかった救助隊に遭遇し、無事に救出された。救助隊の人が言うには、もう限界だと病院内から避難している途中だったという。
火傷は負ったが軽傷で、幸い命に別状はないらしい。
永野は体の中で唯一自由に動かせる頭を横にして、じっとテレビを見つめていた。
そこには、ほんの数時間前まで足を踏みしめていた建物の、無残な姿が映っていた。
わたしは、どうして生きているのだろう?
見ている内に、そんな事が頭を過る。
小宮山を助けようと決めた時、同時に自分の死を覚悟していた。
人の命を助けなければならない立場の人間が、人殺しの手助けをしたのだ。全く未練は無かったし、死んで当然、仕方がないと思っていた。
それなのに、小宮山は言った。
自分に今、出来る事をしろと。
自分に素直になって、本当にやらなくてはならないこと。
一人でも多くの人を助ける。
単純かもしれないが、今はこれしか浮かばない。

永野が看護師を目指し始めたのは高校生になってからだった。小さい頃から、外科医をしていた母親の影響で憧れを持ってはいたが、本格的にはこのころからだ。
というのも、この頃ある出来事があったのだ。
その日、永野は学校からの帰り道、公園の前を歩いていた。
すでに夕方で、公園には小学校低学年ぐらいの男の子が1人、ボールで遊んでいた。
そして、ボールが永野の前を転がったのだ。
永野の前を通りすぎて、道路にの真中に達したのはほんの一瞬だった。
この後は、もうテレビで見たような光景。
ボールを取りに道路に出た男の子に、1台の乗用車がブレーキをかける間もなく突っ込んだ。
男の子の体は人形の様に宙を舞い、ドスッと鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。
車の運転手はわけのわからない悲鳴を上げて、そのまま車を発進させてしまった。
その場所には、永野と男の子だけが取り残された。
もちろん、永野はすぐに対処できたわけではない。
数分間、黒い道路上を真っ赤に染めながら横になっている男の子を、ただ立って見つめるしか出来なかった。
でも、なんとか正気に戻り、近くの公衆電話にすがりつくように駆け寄って、119に電話した。
救急車が来てからも、永野は男の子に付き添いつづけた。
興味とか、そんなのではなく、ただ男の子が気が付いたとき、誰もいなくてはかわいそうだと思ったからだ。それに、この辺りで病院といえば母親の勤めている病院しかない。お母さんなら絶対にこの子を助けてくれる。そんな思いもあった。
案の定、病院で迎えたのは母親だった。
母親は一言、ありがとうとだけ言って、男の子を乗せた担架とともに走って行った。
人の命を助ける。これを強く意識したのはこの時だった。
知らない人が、知らない人の命を懸命に助けようとする。命を奪う戦争とは全く逆で、何か後ろにすごく大きなものを感じた。
この夜、母親に言ったのだ。私、看護婦になる、と。
看護学校に入学した永野は、順調に過程を終えて、無事に卒業。その後、福岡県立病院に就職した。
実際に人の死に直面したりして、夜中中泣いてしまった事もあったけど、毎日毎日一生懸命に働いた。
1番嬉しかったのは、担当の患者が笑顔で退院していったときだった。ありがとうと言って見せた笑顔は、今でも昨日のことのように覚えている。
ある日、永野は家でネットを見ていた。
この時、全てがおかしくなり始めた。
あまりニュースを見れていなかった関係で、政治関連のHPを検索しながら眺めていた時、ふとあるぺージを見つけた。
“日本政治改革論”と書かれていたのが目に入り、迷わず入った。
全く怪しくはない。ニュース番組で討論されている事がわかりやすく簡単にまとめてあるような感じで、今の政治が無知な人でも興味をもつには十分過ぎる内容だった。
当然、永野自身も気に入って、掲示板に“とてもよかったです。”と書き込みをしたぐらいだ。
数日後、永野の元にぺージの管理人からメールが来ていて、内容は、このぺージの会員になりませんか?というものだった。
書かれていた文章をまとめると、あのHPは会員になっている人が月に一度集会を開いて話し合い、その内容を参考にして運営しているということらしい。
看護婦の仕事が結構忙しかったので悩んだのだが、結局は会員になることにした。
3ヶ月ほどが経って、集会の日と休日が重なったので、永野は初めてその集会に参加した。
場所は福岡県南部の山中の施設。
場所からして、明らかにおかしいのは考えてみればすぐにわかりそうだが、HPの内容で信頼しきっていた永野は、別に気にする事もなく、そこに向かった。
でも、それが間違いだった。
まず、最初にやったのは、九州地区代表者と名乗っていた男による講義。
徹底的に日本政府への批判を言い、聞いているだけでも頭がおかしくなりそうだった。
しかし、これはまだ軽い方。
次に行ったのは、なぜか銃の訓練だった。
的には政府関係者の写真が張りつけられたパネルが使われており、参加している50人ほどの人はそれに向かってさまざまな銃を撃っていた。
初めて集会に参加した初心者には指導をしてくれる人がいて、永野も1から教わり、最後には的に当たるようになった。
その後も、1日中、様々な事をやった。
思い出すのも辛い。
その1日で、完全に洗脳されてしまったのだろう。その後の集会も毎回参加するようになった。
そして、今日―――
HPに書かれた文字を見て、永野は自分の目を疑った。
“昨日、腐った日本政府についに神の怒りの鉄槌がくだった。”
間違いなく、この組織の仕業。それは一瞬でわかった。
そして、鳴った携帯電話。
“小宮山を監視しろ。もし、変な真似をすれば殺せ。詳しい事は後々指示する。”
前回の集会で渡された拳銃を右手に持って、永野はその場に立ち尽くした。

「バカだな・・・私。」
考えれば考えるほど、自分がバカらしくなってくる。
人の命を助ける事を目指していたはずなのに、自分の軽はずみな行動から、何百人の人を恐怖に陥れてしまった。
人の命を助ける事は大変だけど、人の命を奪う事は簡単。まさにその通りだ。
悔しくて、悲しくて、馬鹿らしくて、情けなくて・・・目から涙が流れ出す。
「うっ、うっ、うっ・・・」
体を震わせるのと同時に伝わってくる、火傷の痛み。
亡くなった人は、こんなのは比にならないぐらいの痛みを感じて、力尽きていったのだ。
涙がとまらない。
「あの・・・永野さん?」
「!?」
突然、後ろから声がして、永野は涙を拭くのも忘れて振りかえった。
見ると、心配そうな顔で、看護師が立っていた。
「痛みますか?」
「あ!? い、いえ・・・、大丈夫です。」
ようやく気がついて、涙を拭く。
「痛かったら、遠慮無く言ってくださいね。」
心配そうに見てくる看護師に、永野は少し赤く腫らせた顔で笑顔を見せる。
痛みが無いわけではないが、その理由を言うわけにはいかない。
「点滴を交換しますね。」
若そうな看護師だが、慣れた手つきで点滴のパックを交換する。
いつもは自分がやっている作業。それをベッドの上で見るのは、永野にとっては変な感じだ。
言うつもりは無いのだが、ついついこうした方がやりやすいですよと口を出してしまう。
「そういえば、永野さんって、看護師の方でしたよね?」
「ええ。」
こんな所で同じ職種の人が出会うのは稀だが、一番打ち解けやすいという利点がある。
いつのまにか2人は笑って話していた。
「早く元気になって下さいね。永野さんを待ってる患者さんもいっぱいいるでしょう?」
「そうですよね。」
一瞬、勇太の顔が浮かぶ。
「患者を助けるこっちが、ダウンしてたらどうしようもないですしね。」
「そう言われるとつらいなぁ〜。・・・患者さんを助けるか。そういえば、看護師のやるべき事ってどういうことだと思います?」
「看護師のやるべきことですか?」
突然の質問に、若い看護師は考え込む。
簡単そうだが、実際よく考えてみると、難しい質問かもしれない。
「やっぱり、一番は患者さんを助ける事でしょうかね。看病とか励ますとか精神的なサポートもあるし、とにかく全般的に命を助けるって事じゃないですか? 命って言うと大げさかもしれないですけど。」
「助ける事・・・」
「あっ、ごめんなさい。次の仕事がありますんで。」
部屋の時計を見て、看護師は立ちあがった。
「また、来ますんで。また、話を聞かせてくださいね。」
看護師が部屋を出て、また永野一人になった。
「やるべき事・・・助ける事。」
ふと、まだついていた横のテレビに目をやる。

“今入ってきた情報によりますと、犯行予告文がまだもう1通届いているということです。しかし、その暗号がまだ解けておらず、警視庁では全国の暗号解読の精鋭を集めて、全力で暗号解読に当たっています。”

「私がやれる事、やるべき事!」
永野の心は決まった。



鈴木を乗せた新幹線は、無事に小倉を通過し、目的地である博多へと向かっていた。
すでに東京を出て5時間以上。
終点までの直通、車内は虫一匹入れそうにないぐらいの満員状態ということで、鈴木を含めた全員が疲れきった様子でいる。
“お疲れ様でした。まもなく博多に到着します。”
放送に、あちこちから歓声があがる。
鈴木も、やっと安心した表情に変わった。
ここまでの時間はまさに地獄だった。
立っている上に、体を動かせないほどのすし詰め状態。飲食はもちろん、本を読む事や寝る事もしにくく、さらにはトイレにだって行きにくい。
鈴木は仕方なくほとんどの時間寝ていたのだが、無理な姿勢のせいで体中が痛い。
狭いスペースで体を伸ばしながら、窓の外に目をやる。
夕焼け空に照らされた福岡の街並みが、そこに流れていた。
正月に一度帰っているので、別に懐かしいというものは感じないのだが、事件の事もあるので少し感じる物がある。
いつもと変わらない福岡の街。
なんにせよ、街中がパニック状態になっているのではないかと心配していたので少し安心した。
“まもなく、到着致します。お忘れ物の無いよう、お気を付けください。”
それから数分して、新幹線は博多駅に到着した。



「失礼します!」
バンと勢いよく扉が開いて、若い男が部屋に入ってきた。
作業を続けている10人以外の、佐々木達3人が目を向ける。
「あっ、総理、失礼します。」
まず、佐々木に敬礼して、米野の方へと向かった。佐々木も米野の方へと歩く。
「実は、先程女性から、予告状の暗号解読法を教えると言う電話があったんです。」
男は興奮した様子で話し始めた。
その言葉に、作業をしていた捜査官達も顔を上げる。
「本当か?」
「はい!」
佐々木も表情を緩ませたが、米野の表情は変わらない。
「しかし、本物かどうかわからんぞ。いたずらと言う事も考えられる。」
テレビでも情報が流れている今、米野の言う通り、いたずらという可能性も否定できない。
むしろ、状況から考えれば、いたずらの可能性の方が圧倒的に上だろう。
「でも、その解読法がやけに複雑なんです。たかがいたずらでそこまで用意しますかね?」
「テレビでも解読できないと報道されているんだ。難しい解読法を用意するのは当然だろう。」
「ですが・・・」
相当自信があったのだろうが、そこまで言われては何も言えなくなってしまった。
「まぁ、まぁ、それはやってみないとわからないだろう?」
男の持っていた紙を覗きこみながら、佐々木が言った。
「佐々木! ・・・い、いや、総理! それでもしいたずらだったらどうするんですか? 間に合わなくなるかもしれないんですよ!」
「かと言って、ここまで十数時間何も進んでないんだ。このまま続けても結果が変わるとは思えない。俺なら、可能性が低くてもそれに賭けるけどな。」
「・・・」
「どうしてもと言うのなら、さっきみたいに半分に分けてやってもいい。それなら、同時進行で出来る。」
「・・・いや、全員でやらせよう。」
米野は男から紙を強引に取ると、捜査官達の前に立った。
「聞いてのとおりだ。今から解読法を説明する。全員、現在の作業を一時中断。これから説明する方法で作業を再開しろ。」
全員が頭を上げたのを確認し、口を開く。
「まずは―――」
説明が終わると、各自作業を始めた。
パソコンに文字を打ちこんでいく者もいれば、紙に文字を書いている者もいる。10人が、それぞれの方法で作業を進めている。
佐々木はその様子をじっと見つめていた。
どうしてかはわからないが、この方法で合っていると感じていた。
そのため、どこか安心した表情でいる。
10分ほど、静かな空気が流れて、それから大きな声が響いた。
「できました!」
1番前に座って作業をしていた男が立ち上がった。
「読みます。・・・EKI・・・FUKUOKA・・・です!」
「できました、こちらも同じです。」
「こっちも同じです。」
次々に声があがる。
間違い無い。あの方法で合っていた。
佐々木は米野に歩み寄る。
「福岡の駅・・・か。これまでの事件から考えて博多駅と考えて間違い無いだろう。」
「だろうな。」
「・・・なぁ、米野・・・怒ってるか?」
「当たり前だ。これでもし間違っていたら、たとえ総理のお前でも殴りかかってたかもな。」
口ではそう言っているが、顔は笑っている。
「冗談はやめろ。じゃあ、俺はこれから対策を協議してみるよ。お前は博多駅に連絡をいれてくれ。」
「わかった。一応、他の大きな駅にも連絡をいれとくよ。」
「頼む。」
佐々木は捜査官達に適当に挨拶をすると、部屋を後にした。



「これで・・・いいんだよね。」
電話が終わっても、永野はしばらくその前に立っていた。
警察に暗号の解読法を教える。組織の連中に知られたら、ただでは済まないだろう。
でも、自分で決めた事。後悔はない。
永野が暗号の解読法を知ったのは小宮山の部屋に手紙を持って行く前の事だ。
元々、小宮山への手紙も暗号形式で行われる予定だったのだが、急遽、渡す直前に電話がかかってきた。
「予定が変わった。今から暗号の解読法を教えるから、自分で通常の文章に変えて、ターゲットに渡せ。」
永野の事は信頼しきっていたのだろう、その組織の人物は簡単に暗号の解読法を指示した。
それを、永野は覚えていたのだ。
自分の出来る事。
これで結果がどうなるかはわからないが、今の自分にやれる事はやったと思う。
永野はようやく歩き出して、自分の部屋へと向かった。
途中、包帯に包まれた患者や、苦しそうに歩いていく患者が目に入る。県立病院ほどではないが、こちらもヒドイ。
永野には、とても直視する事は出来なかった。
ここの病院の患者はほとんどが爆発事件で被害に会った人達。つまり、自分が関わった人達。
爆弾犯が被害者の中を歩く時、どういう風に感じているのだろうか。普通なら、表情には出していなくても心の中では笑っているだろう。永野は全くの逆だった。
心臓が押しつけられるような苦しみ。それと重なって、頭の中でうごめく何かで、もうおかしくなってしまいそうだった。
「・・・っ」
ついに耐えられなくなって、人気のない方に曲がった。
少し歩いて、だんだんと落ちついてくる。
手を当てなくてもわかるほど心臓が高鳴っていて、額には汗がにじんでいた。
どうしようもないくらい、つらい。
また後悔や怒りが湧き上がってきて、涙が流れ出す。
本当に、これから償っていく事で、つらさは和らいでいくのだろうか。
小宮山の言う通り、やるべき事をやっていけば、自分は許されるのだろうか。
全然わからない。
カチャ!
「!?」
突然、何か冷たくて堅い物が背中に当たった。
気が付くと、いつのまにか黒ずくめの男が背後にぴったりとついていた。
男が手に持っているのは、さっき、自分が小宮山に向けた物と同じ物。
「永野未樹。これから一緒に来てもらう。」
「・・・はい。」
涙を拭いて、永野は小さく頷いた。



“えっ、駅に爆弾が!!?”
「はい。断定・・・までとはいきませんが、おそらく80%以上の確立で事件が起こると思います。」
佐々木が出て行った後、米野は携帯電話で博多駅に連絡を取っていた。
突然の報告。しかも、それが警察庁長官からと言う事で、電話の向こうの声から、パニックになっているのが感じられる。
“こちらではどのようにすればいいのですか?”
「まずは駅の中から、全員を避難させてください。もう少しすると、自衛隊、警察がそちらに到着すると思うんで、その後は自衛隊、警察の指示に従って下さい。」
“わ、わかりました。それで、時間は何時までに避難させれば良いんですか?”
「時間はわかってないんですよ。なるべく早くお願いします。こちらには今日は新幹線、在来線、地下鉄とも運転は見合わせているという連絡を受けているんで、避難は早く済むんじゃないんですか?」
“そのつもりだったんですが・・・”
「?」
駅長が、申し訳なさそうにぼそぼそと話し始める。
“実は―――”
「東京から、満員の乗客を乗せた新幹線が到着した!? い、いつですか?」
“・・・ほんの数分前です。”
「おぃ、おぃ・・・」
米野は目の前の椅子に倒れこむ様にして座った。
犯行時刻がわからない今、避難させるのになるべく時間をかけたくない。
駅の中の人を全員非難させるにはかなり時間がかかる。普段なら最悪だが、米野はある事を考えていたのだ。
今日は離発着する車両がないため、駅の中にいる人は少ない。
警視庁には、今朝、福岡県警を通して、全面的な運転の見合わせという報告を受けていたので、もちろんそうだと考えていた。
しかし、実際は違った。
しかも、最悪のタイミング、最悪の乗客数だ。
“それで、どうしましょう〜。”
電話から、さっきよりも小さな声が聞こえてくる。
「とにかく、すぐに避難させてくださいっ!」
“わ、わかりました!”
電話が切れる。
最後はついつい怒鳴ってしまった。作業を終え、一休みしていた捜査官達が何事かと一斉に見つめてくる。
米野は恥ずかしくなって、立ちあがると、逃げる様に部屋を出て行った。



「はぁ〜、着いたー!」
新幹線から降りると、鈴木はホーム上で大きく背伸びをした。
体のあちこちからポキポキというなんとも響きの良い音が返ってくる。
ホームには鈴木たちの乗ってきた新幹線の乗客しかいなかった。
他のホームには1台も新幹線は止まっておらず、人の姿も見えない。
夕方の博多駅でこんな状況を見ると、事態が普通ではないのがよくわかる。
鈴木は荷物を肩にかけると、エスカレーターで下へと降りた。
下の階にも人はほとんどいない。
売店、喫茶店はどの店も閉まっていて人がおらず、唯一、改札に鈴木たちを待つ駅員が3人ほど準備をしている。
別に珍しいわけではないのだが、鈴木は辺りを見まわしながら、改札をくぐった。
ほぼ無人の博多駅。福岡出身で、子どもの頃からよく駅に来ていた鈴木でも、こんな状態を見るのは初めてだ。
鈴木はそのまま1階へのエスカレーターに乗った。
すると、アナウンスがかかる。
『お客様にお知らせします。』
「ん?」



博多駅に近い喫茶店に、男が座っていた。
サングラスをかけ、帽子を目深にかぶり、博多駅を見つめている。
男はポケットから携帯電話を取り出すと、電源を入れた。
ついた画面には、ただ“ OK? ”とだけある。
「フフ・・・」
口元に薄気味悪い笑みを浮かべて、男はボタンを押した。



『只今、警察より、この博多駅に爆弾が仕掛けられているとの連絡が入りました。ただちに駅から避難してください。繰り返します、警察より―――』
“爆弾”という言葉が聞こえた瞬間、あちこちから悲鳴があがった。
同時に、一斉に走り始める。
「うそだろ!?」
真偽を確かめる暇もなく、鈴木も周りにつられる様に走り始めた。
迷っている暇は無い。
カバンが落ちない様に右手で支えながら、エスカレーターを駆け下りて行く。
本当に爆弾が仕掛けられているのなら、一体どこまで逃げれば良いのだろうか。
駅の中はもちろん、隣接するビルや地下街も安全とは言い難い。
頭の中に駅の地図を思い浮かべて、走りながら考える。
「うわぁぁっ!」
「きゃあぁぁぁ〜!」
周りの人達は悲鳴や奇声をあげて、ただ出口を目指して突き進んでいる。
ほとんどパニック状態なのだろう。
どちらかといえば、こんな状態で冷静に避難経路を考えている鈴木の方が珍しい。
しかも、鈴木の普通でない行動はこれだけではなかった。
『こっちだ!』
出口を目前にした所で、鈴木は人の波から抜けて、全くの逆方向に走り出したのだ。
確かに、その方向にも出口はあるが、目の前の出口と比べると明らかに遠い。出口に着くまでに爆弾が爆発しないという保証は無い。
しかし、鈴木は躊躇無くその方向へと体を動かした。
確証は無いが、この方が安全な気がする。ただ、それだけだ。
逆の出口に向かう人達をうまく避けながら、出口に向かって走る。
鈴木と同じ方向へと向かっている人はいない。
鈴木だけが、まだ出口の見えない方向へと走っている。
『これで俺だけ死んだら、本当の馬鹿だな。』
周りの人を見ながら、そんな事を考える。
でも、絶対に死にたくない。だからこそ、こちらの道を選択したのだ。
やがて人の波が消え、幾分か走りやすくなる。
肩に掛けたバッグの重さを感じながら、スピードを上げていく。
前方、あと50mぐらい先に、ようやく外の光が見えてきた。
助かった。
そう思った瞬間だった。
ドンッ!
鈴木の後方、走って来た方向から、物凄い音が響いた。
と同時に、背中に衝撃が伝わってくる。
次の1歩を踏み出そうと、足を上げた瞬間、体が浮いた。
「うわぁ!」
足を地面につけようとするが、それができない。
そのまま背中から、台風の時のような猛烈な突風に押し流される。
こうなると、どうすることもできない。
無重力状態のまま、すごいスピードで前方に流される。
さっきまで離れていた出口が、いつのまにか目の前まで来ていた。
出口から勢いよく、飛び出す。
目の前には街路樹。
『危ない!』
鈴木は不意に体を回転させた。
バンッ!
「うっ!」
そのまま街路樹につっこみ、ようやく体が止まった。
これだけ勢いよくいったのだが、ほとんど痛みは感じていない。
背中からいったのが良かったのだろう。しかも、バッグがクッションになってくれて助かった。
鈴木は偶然に感謝しながら、頭を出口の方に向けた。
依然として、出口からたくさんの物がはきだされている。
新聞紙、ゴミ、おかし、弁当、何かの板まで、おもしろいぐらいたくさんの物が飛んでいる。
それが鈴木に向かって飛んできたので、鈴木は腕で顔を覆った。
すごい風圧で、出口から離れている鈴木でも前を見るのが辛い。
ガンッ、ドンッ!
また遠くで音がしたかと思うと、今度は出口から白い土煙が吐き出された。
辺りが一瞬で見えなくなる。
おそらく、反対側で建物の崩壊が始まったのだろう。
それを考えていて、ようやく今のが爆弾の爆発だと気がついた。
後ろから爆発音がしたという事は、爆弾は出口方向かその上の階で爆発したということになる。
あちらの状況はよくわからないが、こっちに来ていなければ危なかったかもしれない。
「ようやく今日の運が回ってきたか・・・」
とは言っても、こちらは安全と言う保証は無い。
土煙がようやくおさまって、視界が開けてくると、鈴木はよろよろと立ちあがり、歩き出した。



「それでは、これから対策会議を始めます。」
福岡県警本部、現地対策室では、前回のメンバーとともに、前田が集まっていた。
「まずは前田さん、お願いします。」
「はい。」
九州地方全域の地図の前に立つ。
そこには被害状況が示されていて、被害者の出た地域は赤く塗りつぶされている。
見た感じ、福岡、佐賀、長崎、大分のほぼ全域が赤く塗られているが、やはり福岡が1番ひどい。
「では、事件の原因について、詳しく説明したいと思います。皆さんも承知のように、今回の事件の原因は雨だとほぼ断定されています。」
全員が頷く。
「その理由としては、雨の降り出した時間と、事件が発生した時間が一致する事。もう一つは、アメダスのデータから、昨日降雨の確認された地域しか事件が起こっていないという事です。」
リモコンを使って、近くの画面に、天気図を映し出した。
降雨が確認された所、つまり図に青く表示された部分と、被害者状況を示した赤い部分がほぼ一致する。
前田は続けた。
「雨には、まだ何なのかは特定できていませんが、おそらく生物兵器と思われるものが含まれていました。」
「せ、生物兵器!?」
全員がざわめき出す。
無理も無い。生物兵器が使われたという事は、大きなテロ組織が関わっているという事。覚悟はしていた事だとはしても、どうしても焦ってしまう。
一人の若い男が前に出る。
「と、言うことは、生物兵器が撒かれたのはこの辺りですかね。」
指を指したのは福岡県との県境近くの佐賀県東部。ちょうど、被害が出た地域の真中にあたる。
「だろうな。」
福岡県警本部長、久地も同調する。
前田は何も言わない。
「よし、佐賀県警に連絡を取ってくれ。」
「わかりました。」
久地の指示で、若い男は勢いよく部屋を飛び出して行った。
前田は無言のまま、男の後姿を見ていた。
「続いて、対策について、気象庁の日高さんお願いします。」
前田に代わり、日高と呼ばれた男が前に出た。
そのまま、前田は久地の元へと近づく。
「久地さん、ちょっと用事があるので、この辺で・・・」
「は、はい。すいませんね、呼び出したりして。」
「いえ、また何かあったら報告します。」
一礼をし、自分の資料をまとめて、部屋を出た。



「あれ、鍵開けてたっけ?」
研究所に戻ると、正面の扉の鍵が開いているのに気が付いた。
鍵をかけて出るのを忘れたのか。久地の電話で飛び出してきてしまったので、よく憶えていない。
でも、鍵をかけた気がする。
「まさか・・・泥棒?」
一応、警戒しながら中に入る。
今は6時過ぎ。電気のついていない研究所の中は、薄暗い。
近くの部屋から一つ一つ電気をつけながら進んで行く。
そういえば、小宮山のメールでは、真実を知った者は犯人によって狙われると書かれていた。
もしや、暗殺しようと研究所に忍び込んでいる者がいるのだろうか。
「・・・」
そう考えると、足が止まってしまった。
もしそうだとしたら、単なる泥棒の方がよっぽどマシだ。
ガタッ!
「!!!?」
メインルームの方で音がした。
体を、寒気が襲う。やはり、誰かがいるのだ。
近くにかけてあったほうきを手に取る。
こんな物で勝てるわけは無いだろうが、何も無いよりはいいだろう。
それを両手でしっかりと握って、メインルームに近づく。
メインルームの扉の隙間から、部屋の光が漏れ出していた。灯りがついているのはこの部屋だけだ。
前田はさらに足音を殺して、扉のそばで構えた。
ゆっくりと、気づかれない様に隙間から中を覗く。
部屋の奥、前田の机の近くに1人の男がいる。大胆にも、マスクも無いもしておらず、顔が丸見えだ。
でも、どこかで見た事があるような・・・
「あっ!?」
すぐに思い出した。
「おい、賢治! お前、何やってるんだ!」
「よぉ!」
鈴木だった。
両手に持っていたほうきを放り投げて、あきれた表情で鈴木に向かっていく。
「いくらここが東京国立研究所の管轄機関とはいえ、不法進入までしていいとは知らなかったよ。」
「不法進入? 大体、夕方は研究所にいるって言ったのはお前だろ。」
「だからって、勝手に入るなよ・・・」
反省している様子は微塵も無い、ケロっとした表情で言う。鈴木は、昔からこんな性格だ。
こんな性格で、生物学研究施設のトップとも言える東京国立生物学研究所所長という大任を任されているのだから、鈴木をよく知る前田としては複雑である。
「まぁ、ちょうどよかった。ちょっと付き合ってくれ。」
「?」



「そうか、小宮山が・・・」
10分後、鈴木は前田の運転する車の中にいた。
そして、そこで小宮山の死を聞かされた。
「くそっ! なんで、あいつが・・・」
さっきのような能天気さは消え、怒りと悲しさで手が震えていた。
鈴木も大学時代に小宮山と親しかった仲だ。悲しくないはずはない。
「こういう事聞くと、何で俺だけ生きてるんだろって思うよ。」
「でも、お前は助かってよかったよ。」
「どうだかな。」
何で俺だけ生きているんだろう―――
これは、前田も思っていた事だ。だから、鈴木が口に出さなくても、その気持ちは痛いほどわかる。
周りの人は死んでいくのに、なぜ、自分だけ? 自分はそんなに特別な存在なのだろうか。他の人には出来なくて、自分には出来る? いや、そんなわけはない。自分も、周りの人と何ら変わらない、ただの人間。
そんな事が、頭の中を巡り巡って、頭がおかしくなりそうになる。
赤信号で、車が止まった。
でも、これから前に進むには、切り替えていかなくてはならない。
前田は、自分の考えを、自分の言葉でまとめた。
「生きると死ぬって、本当に紙一重なんだなって、今回の事件で思ったよ。俺達は、紙一重で、生きてる。」
「ああ。やつらは紙一重って事だけで人の生死を決める事が出来る。考えられるか? 紙一重で人を殺せるんだぞ?」
「だったら、紙一重で人を救えるんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「生死だけじゃない。俺達がその時その時にする事で全ての未来は変わってくる。奇跡だってそうだろ? その奇跡が起こるまでに、その過程があるから奇跡が起こる。俺達の一つの行動で、人を救う事も出来るんじゃないか?」
「さぁな。でも、お前はそう信じてるから動いてるんだろ?」
「もちろん。」
鈴木は、窓の外を見た。
行き先はまだ聞いていなかったが、道を見れば大体どこに行こうとしているかは分かる。
この道といえば、あそこしかないのだ。
「でも、どうして福岡空港なんだ? 今、空港に行っても、人が多すぎてどこにも行けねぇぞ。」
「わかってる。それは東京方面の話だろ。だったら、沖縄ならどうだ?」
「沖縄ぁ!? 沖縄なんて行って、どうするつもりだ?」
「それはお前の頭で考えてみろ。」
「???」
考えてみても、今回の事件と沖縄とが、どうしても繋がらない。
沖縄で思いつくといえば、先日親友の小笠原が爆発事件で亡くなった事ぐらいだろうか。
そういえば、事件のせいで小笠原の葬式に行く事が出来なかった。
「まさか・・・、今から小笠原の葬式に行くとかじゃねぇだろうな?」
ダメもとで聞いてみた。
「遠からずも近からずって所かな。」
「はぁ!? バカかお前は? こんな時に葬式なんて・・・」
信号が青になって、車が動き出した。
「鈴木、生物化学兵器をばら撒く最適な天候って知ってるか?」
「最適な天候? そりゃ、風の強い日じゃないのか? 広範囲に撒けるし。」
「これが違うんだな。最適なのは晴れた日だ。」
「晴れた日?」
「晴れた日は上昇気流が発生するから、生物化学兵器がそれに舞い上げられて、良い具合に広範囲に撒く事が出来るんだ。風の強い日は、広範囲に広がりすぎて、地域によっては兵器の量が致死量に至らない可能性がある。そして、一番最悪なのは雨の日だ。」
「雨の日はせっかく空にばら撒いた兵器が水に解けて流れてしまい、人体への影響が少なくなってしまう、だろ?」
「あぁ。」
鈴木が先に言った。
「だったら、奴らはどうして雨の日に撒いたと思う?」
「知るか。天気予報を見てなかったんじゃないか?」
「んなわけねぇだろ。雨の予報は1週間前からされていたし、あれだけの事件を起こす奴等が天気予報をしっかり確認してないわけが無い。」
「じゃあ、どうしてだよ?」
「奴等は事件を起こしたんじゃない。起こされたんだ。」
「起こされた?」
「これを見てくれ。」
前田は助手席においていたカバンから、一枚の紙を取り出して、鈴木に渡した。
紙には天気図が印刷されていた。
「これがどうした?」
「それは気象庁のHPから印刷してきた物だ。上に書いてあるのが昨日の天気図。下にあるのが一昨日の天気図だ。上の天気図には、福岡上空に雨雲があるのがわかるだろ?」
「ああ。」
「それで、その雲は一昨日はどこにある?」
「一昨日? ・・・ん〜、微妙だけど、沖縄上空辺りか?」
「そう、昨日福岡上空で事件の原因となる雨を降らせた雲は、一昨日つまり那覇国立生物学研究所が爆発した日には沖縄上空にあったんだ。これだけ言えば、もうわかるだろ?」
鈴木の表情がどんどん変わっていく。
「ま、まさか・・・、そんなわけないだろ!」
「俺だって、信じたくない。だから、確かめに行くんだよ。俺達でな。」
「・・・」
「警察は佐賀の方を捜索するらしい。この事が気づかれなくて良かったよ。警察が絡むと、間違い無くあいつが犯人にされてしまう。その前に、俺達が無実を証明するんだ。」
「・・・」
無言の鈴木に、前田はさらに続けた。
もう一つおかしいのは、2つの爆発事件はかなり前から予告状を送っていたのに対し、性転換事件だけは事件後に予告状を送っていること。
これは、性転換事件が奴等の予想外の事件であったことを証明しているのではないのかと。

車は、薄暗くなってきた福岡空港の駐車場へと入った。



2人が空港内へと急ぐと、今日の沖縄行の便は最終便を残すのみとなっていた。
全日空492便、7時15分発。
2人は急いで手続きを済ませ、沖縄に向かう飛行機に乗りこんだ。



沖縄・那覇空港 午後9時

いくら日本で一番日の入が遅い沖縄とはいえ、この時間ともなるとさすがに真っ暗だ。
街の中で目立ってこの空港が、明るくライトアップされている。
照明に照らされながら、2人は空港に降り立った。
時間のせいもあるが、さすがに人が少ない。
2人は5分もかからない内に出口に向かう事が出来た。
「これからどうする? こんな時間だし、泊まる所でも探すか?」
「いや、これから行こう。時間が無いしな。」
「これからって、どうやって行くかわからねぇぞ。」
「大丈夫。ちゃんと飛行機の中で調べておいた。」
前田はそう言って、カバンから沖縄バス路線表と書かれている文庫本ほどの大きさの本を取り出した。
「飛行機の中でそんな事してたのかよ。」
鈴木はずっと寝ていたので、飛行機の中で前田が何をしていたか全く知らない。
「行くぞ!」
「へいへい。」
昔から何をするにも準備の良い前田の性格に多少呆れながら、鈴木はその後を付いて行った。



“次は、国立研究所前〜、国立研究所前です。”
ビー!
「おいおい。本当にこんな所にあるのか?」
バスに揺られて20分、研究所に近づくにつれてバスはさらに田舎道へと入っていった。
辺りにビルは無く、民家や農地があるぐらいで、かなり暗い。
押しボタンを押した鈴木が、誰もいない車内で思わず声を上げてしまった。
「まぁ、研究するにはもってこいだよな。」
前田は窓の外を見て普通に言った。
確かに生物を研究するには、街中にある福岡国立研究所や東京国立研究所よりはるかにいいだろう。
「そりゃ、そうだろうけどな。」
そう言っている間に、バスが止まって扉が開いた。
2人はカバンを持って、急いで席を立つ。
「ありがとうございました。」
「すいません、空港に戻るバスで今日走るのはあとどのくらいですかね?」
「戻るバスですか。そうですね・・・、今から10分後のバスが最後になりますね。」
腕にした時計を見ながら、愛想の良さそうな運転手が答えた。
「そうですか。ありがとうございます。」
前田が最後に降りると、客のいなくなったバスが走り去って行った。
それと同時に、2人は暗闇に包まれる。
「うわぁ、暗いな〜。バス停がどこかも見えないじゃねーか。」
今、2人を照らす明かりといえば、かなりの間隔を空けて設置されている街灯しかない。
目が慣れるまでは、歩くのも怖いぐらいの暗さになっている。
「急ぐぞ。10分後のバスに乗り遅れたら、野宿になるからな。」
「それだけはカンベン。」
周りを確認しながら、ゆっくりと2人は歩き始めた。
1歩1歩確認しながら、まるで肝試しをしている様に歩いていく。
そのうち目が慣れてきて、ようやく普通に歩けるようになってきた。
しかし、いくら進んでも研究所がどこかわからない。
「どこだ、研究所って?」
「よくはわからないけど、研究所前ってバス停につけるぐらいなら、そんなに離れてはないだろ?」
「でも、でっかい空き地ぐらいしか見当たらねぇぞ。」
「「ん、空き地・・・?」」
2人は顔を見合わせると、空き地に向かって走り出した。
肝心な事を忘れていた。那覇国立生物学研究所は爆発事故を起こしていたのだ。
立ち入り禁止のロープを跨いで、先へと進む。
まもなく、二人の前に小さな丘のような物が現れた。
だが、丘ではない。触ってみると、土や砂ではなく、丘全体がコンクリートの破片で出来ている。
「これだな。」
「あぁ。」
丘を見上げる。
それは、まさに無残な姿だった。
研究所、建物の姿はどこにもない。ただ、コンクリート片や金属片などが丘のように積み重なって、2人の前に広がっている。
どうやれば、ここまでひどくなってしまうのだろうか。
火事や地震の後どころの壊れ方ではない。言葉にするならば、ビルの解体作業後に近いかもしれない。
あまりの光景に、2人はしばらく言葉を失ってしまった。
「これだけの被害で、よかったって言った方がいいんだろうな。」
「ああ。こんな田舎じゃなきゃ、大変な事になってる。」
たしかに、ここが民家や農地しかない田舎ではなく、街の中にあったとしたらどうなっていただろう。
研究所の隣、いや、これだけのひどさだ、34軒隣のビルでも安全とは言えない。
「おい、もう8分経ったぞ。そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
前田は無言で頷くと、周りを適当に見回して、そこを後にした。



夜の9時を過ぎ、国会議事堂では再び対策会議が行われていた。
「はぁ・・・」
大臣達の冷たい視線を感じながら、佐々木は溜め息をついた。
あれだけ言っておいて、防ぐ事が出来なかった博多駅爆破事件。大臣達に腹が立つというよりは、あとわずかで防ぐ事が出来たという悔しさで、自分に腹が立つ。
だが、地方の中心駅爆破事件で、死亡者100人以下というのは立派な数字だろう。
「米野君、私の所には予告状は事件前に解読に成功したという情報が入っているのだが、それでも事件が起こったというのはどういう事だね?」
大須賀法務大臣が、米野を睨みつけるような目つきで言った。
米野は俯いたまま、ゆっくりと立ち上がる。一番ショックを受けているのは、佐々木ではなく、米野だ。
「・・・解読後、すぐに事件が起こってしまいました。」
小さな声で、呟く様に話す。
「仕方の無い事だと?」
「いえ・・・、責任は取るつもりです。」
大須賀が頷き、米野は席についた。
『お、おい! 責任を取るって・・・』
隣に座っている佐々木が血相を変えて、小声で言った。
しかし、米野は落ち着いて、佐々木を見る。
『すまない。でも、少なからず、俺には責任がある。それを・・・』
『それなら俺にも責任がある! 何で1人で背負おうとするんだ! お前がそうするなら、俺も・・・』
『お前はダメだ!』
『えっ・・・』
『お前には、この国のリーダーとして、この後も頑張って欲しい。』
『米野・・・』
「すいません!」
米野は手をあげた。
「どうぞ。」
司会の言葉で、米野は立ち上がる。
「退室の許可を、お願いします。」
「はぁ?」
「許可してやれ。」
突然の言葉に、司会はわけが分からなかったが、大須賀はそう言った。
他の大臣達も、同意したというように頷いている。
「はぁ、許可します。」
「ありがとうございます。」
大臣達に一礼すると、佐々木も見ずに、米野は部屋を後にした。
ガチャ
佐々木は米野の後姿を追った。
もう後悔は無いのだろう。どこか誇らしげにも感じられる。
部屋の扉が閉まり、ようやく振り返る。
「!?」
その瞬間、体中を何かが走った。
大臣達の、満足そうな表情。
思わず、右手に力が入る。
これではただの見せしめではないか。
事件を防ごうと頑張った人間が辞めさせられ、何もしていない人間が大臣という立派な椅子の上で笑っている。
こんなバカな事があるだろうか。
「くそっ!」
佐々木は大臣達を睨みつけた。
揃いも揃って気持ちの悪い笑顔を浮かべている。自分は良い事をした。自分は悪を倒した、正義の味方なのだというように。
「総理、総理はどのようにお考えで?」
「!?」
頬のしわを動かして、岡部国土交通大臣が言った。
そう、こんな奴等が1人の辞任で満足できるはずが無い。
「総理はおっしゃってましたよね? 前の失敗の事は考えず、今は先のことを考えろ、と。」
『何っ!?』
「でも、事件は起こってしまった。前の失敗をきちんと反省して、それを先に生かしていれば、事件は防げたかもしれませんなぁ。」
「もしもの話をしていても、どうしようもない。」
「ほぉ? では、総理は失敗をしても、失敗の事は無視して、先に突っ走ると?」
「そんな事は言っていない!」
「そうだとしても聞こえるんですよ。事件を防げなかった、今のアナタの言葉からはね。」
「・・・っ!?」

それから30分後
テレビで、佐々木賢一郎内閣総理大臣と米野真司警察庁長官の辞任が発表された。
官房長官の説明によると、2人とも、今回の事件での対応に不備があり、その責任を取ってのものだと発表した。



「まさか、佐々木総理が辞任とはな・・・」
那覇空港近くのホテルにチェックインし、2人はようやく部屋で落ち着いていた。
しかし、鈴木がテレビでも見ようと電源を入れるなり飛びこんできたのがこれだ。
「期待してたんだけどな。」
前田や鈴木だけではない。全国の人々が同じ気持ちだろう。
佐々木は、その若さと真面目な性格から、就任当時から珍しく高い支持率を誇っていた。
佐々木の掲げた改革というのが、徹底的に無駄をなくすというものだ。これは政策に使われている金を総理大臣直轄の調査班が徹底的に調査し、必要が無いというものであれば総理大臣命令で容赦無く回収するというもので、一部の議員から反対があったものの内容が内容なだけに、口を出してくる者はほとんどいなかった。
ここで反対をすれば、国民に“自分は税金を無駄に使っています”と宣言しているようなものになってしまうのである。
まだ始めて数週間ほどの政策だったが、効果は抜群で、すでに税金の不正流用が発覚した議員が5人も逮捕されている。
この政策で政治評論家達も佐々木を高く評価し、“戦後最高の総理大臣”との声も上がっていた。
これからどんな事をしてくれるのかと誰もが期待していた矢先の、辞任となってしまった。
「やっぱり今回の事件が大きかったんだろうな。」
下で買ってきた缶コーヒーを一口飲み、前田は呟いた。
ベッドの上で転がっている鈴木とは違い、前田は机の上で資料の整理をしている。
「で、研究所に行って、何か発見はあったのか?」
「発見というか、あれだけの爆発なら十分に推理通りにいくって事がわかったぐらいだよ。」
「フォローするどころか、逆に疑惑が深まったってわけね。」
「あぁ、佐々木総理と同じ、皮肉な結果だよ。」
まとまった資料を茶封筒に入れ、前田は立ち上がった。
背伸びをして体を伸ばしながら、窓際へと向かった。
壁いっぱいに広がる大きな窓からは、向かいのビル、その奥には明るく輝く那覇空港が見える。
前田は椅子に座り、窓の外を眺めた。
真っ暗な空に、絵の具を散らした様に満天の星空が輝いていた。
福岡ではとても見ることは出来ないだろう。
事件の事は忘れて、しばらくその星空を見つめていた。
いつだっただろう。同じように、空を見つめていたような気がする。
「やっぱり沖縄の星はきれいだな。あの時と同じだ。」
「えっ・・・!?」
いつのまにか、鈴木もそばに来て星を見ていた。
「あの時?」
「ほら、1回だけ、4人で大学の卒業旅行っつって沖縄に来ただろ。」
「あ・・・!」
そうだった。
今から5年前、大学卒業を祝って、前田、鈴木、小笠原、小宮山の4人で沖縄に行った。
なんせお金の無い時だったから、最終日はホテルに泊まる金が無くなってしまい海岸近くで野宿になってしまった。
その時仰向けで眺めていた星空。そう、ちょうどこんなふうに輝いていた。
「・・・」
「・・・」
2人とも、言葉を失ってしまった。
あの時の思い出が、頭の中に浮かんでくる。
小笠原も、小宮山も、楽しそうにこれからの事や自分の夢を話していた。
でも、2人はもういない。
「あいつらのためにも、明日頑張ろう。」
「・・・そうだな。」
鈴木は立ち上がり、ベッドの方へと歩き出した。
前田も立ち上がる。
ピカッ
「ん?」
歩き出そうとして、止まった。
窓の外で、何かが光ったような気がする。
もう一度窓の外を見てみるが、何かわからない。
星ではなさそうだし、向かいの建設中の建物でもないだろう。
「気のせいか。」
別にいいやと、前田もベッドに向かった。
それにしても今日はいろいろな事がありすぎて疲れた。研究で徹夜する時よりも疲れているかもしれない。
テレビをつけたまま、鈴木はベッドの上に横になってすでに目を閉じていた。
もう、すーすーと寝息をたてている。
「ったく、テレビぐらい消せよ。」
前田にも鈴木が大変だった事は十分分かっている。だから、そうは言っても口元には笑みがこぼれていた。
リモコンを拾い上げて、電源に手をかける。
スー・・・
「えっ!?」
突然、リモコンの上を、赤い点が流れて行った。
一瞬の事だったが、確かに見えた。
前田はその点を目で追った。
赤い点は床を通り、ベッドの上に上って行く。
そして、横になっている鈴木の体の上を通って、ある場所で止まった。
鈴木の額。
まるでほくろの様に、じっと額の上で止まった。
何かで、こんな光景を見たことは無かっただろうか。
カツンと、リモコンが床に落ちた。
「賢治、逃げろ!」
「・・・」
鈴木は寝ているのだ。逃げれるわけが無い。
前田は近づくと、一気に鈴木の足を引っ張った。
ドスッ
「ん、な、なんだ・・・!?」
ベッドから落ちて、ようやく目を覚ます。
その直後だった。
ドン!
部屋に銃声が響き、ベッドの上の枕が揺れた。枕に、はっきりと周りが少し焦げた小さな穴が現れる。
前田は体を低くし、ベッドの影に隠れた。
「ちょ、ちょっと、どうした?」
「いいから来い! 死にたいのか?」
まだ状況がよくわかってないようだが、手を引っ張って何とか隠れさせた。もう、誰も殺させるわけにはいかない。
ドン、ドン、ドン
銃声はさらに続く。
窓には、いくつものくもの巣状のヒビがはいっていた。強化ガラスが使われているはずだが、いとも簡単に突き抜けている。これに当たれば、軽傷ぐらいでは済まないだろう。
「お、おい、どう言う事だよ!」
ようやく状況を理解してきたらしく、鈴木が慌て出す。
「つけられてたらしいな。どうやらここで息の根を止めようと思ってるみたいだ。」
「マジかよ!」
鈴木はさらに姿勢を低くした。
ドン、ドン、ドン
壁に、いくつもの穴がついていく。
果たして、隠れていたままで自分達は助かるのだろうか。もし仲間がいたら、この間にこちらに向かってきているかもしれない。その場合、いくら隠れていても終わりである。
「やっぱり、逃げるしかないか。」
ベッドから、少し頭を出してみる。
ドン、ドン、ドン
すぐに頭を引いた。
やはり相手には完全に見えている。普通に逃げては撃たれる可能性が高い。
「おい、賢治。部屋の明かりのスイッチに手が届くか?」
「え?」
鈴木の隠れているベッドの横の壁には、この部屋の明かりのスイッチがあった。
「手を伸ばせば届くかもな。でも、その間に狙われるぞ。」
「わかってる。俺が奴を引きつけるから、その間に頼む。」
「・・・わかった。」
「よし。」
前田は鈴木から少し離れると、耳に神経を集中させた。
ドン、ドン、ドン
部屋に、銃声だけが響いている。前田はそれを聞いていた。
遠くから狙えて、強化ガラスまでも撃ちぬくことができる銃。普通に考えれば、そう連射できる銃ではない事はすぐにわかる。
ならば、どこかで補充をしなければならないはずだ。
・・・
銃声が止まった。
前田が、少し頭を上げてみる。
1秒、2秒、3秒、4秒、5秒
ドン、ドン、ドン
また、始まった。
頭を下げて、銃声に耳を傾ける。口には、笑みが浮かんでいた。
ドン、ドン、ドン
ドン、ドン、ドン
・・・
また止まった。
「18発か。」
前田が、もう一度少し頭を上げる。
1秒、2秒、3秒、4秒、5秒
ドン、ドン、ドン
頭を下げる。これでわかった。
奴は18発前後で発砲をやめ、補充に5秒ほどの時間を取っている。この時がチャンスだ。
ドン、ドン、ドン
「4発、5発、6発・・・」
鈴木にも前田の考えている事が分かったらしく、じっと前田を見つめている。
ドン、ドン、ドン
「15発、16発、17発。」
ドン
「18発!」
銃声が止まる。
「賢治っ!」
準備をしていた鈴木は、すぐに立ち上がるとスイッチを切った。そして、すぐに隠れる。
部屋の明かりが完全に消えた直後、また銃声が始まった。
焦った犯人は、めちゃくちゃに乱射している。
「いいか、次の補充のタイミングでこの部屋から逃げるぞ。」
「わかった。」
銃声に耳をすます。
「15、16、17。」
ドン
「18、行くぞ!」
銃声が終わったのを確認して、二人は一気に飛び出した。
後ろの方で銃声が始まるがもう遅い。
そのまま部屋を飛び出して、廊下を走り抜ける。
「おい、この後どうするんだ? まさかずっと走って逃げ続けるつもりじゃないだろうな?」
「この後? そりゃ、後は専門の人にまかせるよ。」
「専門の人?」
「ああ。これだけ大騒ぎすればそろそろ来るはずだ。」
ウ〜〜〜〜・・・
遠くの方から、聞き覚えのあるサイレン音が聞こえた。
「警察か。」
「俺達はこのまま下に降りて警察に合流するぞ。合流すればもう安全だ。」
「わかった。」
ようやく助かりそうな雰囲気になって、2人はさらにスピードを上げた。
途中、エレべーターホールに着いたのだが、エレべーターではもし犯人に出くわした時逃げ場が無いという事で、階段を選択した。
長く続く階段を、急いで降りて行く。
「!?」
いきなり、前方に人影が見えて、2人は急停止した。
とっさに身構える。
「だ、大丈夫ですか?」
現れた男の後ろから、さらに男と同じ服装をした男達がぞろぞろと上がってくる。
それは警察官だった。





6月8日 沖縄・那覇警察署 午前8時

「前田さん、鈴木さん、朝ですよ。起きてください。」
「ん?」
前田が起き上がると、そこはあまり見慣れない部屋であった。多少混乱しながら、昨日の事を思い出す。
『そっか、警察署か。』
ようやく思いだす。
そう、2人はあの後、ここ那覇警察署に保護されていたのだった。
「鈴木さん、起きてくださいよ。」
そして、まだ起きない鈴木を起こそうとしているのは、昨日2人を事情聴取した、沖縄県警刑事一課銃器取締り部の佐藤昌孝刑事だ。
昨日保護された後も、2人は決して楽というわけではなかった。
夕食をもらった後、日付が変わる時刻までの事情聴取。もちろん、福岡県警の久地本部長にも連絡が行き、前田は数十分にわたって説教を受ける事になってしまった。
最後には“明日の昼までには、こちらから何人か派遣しますんで、絶対に動かないでください。”と付け加えられてしまう事となった。
「んん・・・?」
ようやく鈴木が起き上がる。事情聴取の後にすぐ寝たはずだが、なぜか前田より眠たそうにしている。
事情聴取の後、前田はすぐに眠ろうとはしなかった。一つ、まだ確かめたい事があったのだ。
小宮山から受け取った資料の中で、一枚だけまだ見ていないものがあった。見ていないというよりは、見てもわけがわからなかったと言った方がいい。
それは、ドイツ語で書かれた紙。小宮山からのメールの本文によると、それは小宮山のドイツ留学時の先生、シュライデン医師に今回の事件について意見を求めたメールの返信らしい。
シュライデン医師の事は、小宮山から何度か話を聞いていたので、前田はよく知っていた。
でも、医学部でドイツ語を学んでいた小宮山と違って前田は一度も勉強した事がなかったので、それを読むことができなかったのだ。
それで昨日の夜、鈴木が寝ている横で翻訳ソフトを使いながら一生懸命一つずつ訳していた。
「さて。」
顔を洗って身形を整えると、ノートパソコンに向かう。
昨日は眠かったので、翻訳はしたものの内容について考えるまでいかなかった。
ファイルを開き、文章を読み始める。
半分ほどまで読んだ所で、一つ気になる言葉があった。

“実は、昔ある研究所で今までの常識からは考えられない小さな生物が発見されたという噂を聞いた事がある。本当かどうかはわからないが、噂によれば、90年代初期に、日本、アメリカ、ドイツの合同南極調査隊が持ちかえった氷の中から発見されたらしい。”

写真を見ても私はこれが何かよくわからないが、この事が少し気になったと、その後に書かれていた。
「南極の氷か・・・」
確かに、南極の古い氷の中には、まだ発見されていない未知の生物が眠っている可能性がある。
しかし、あんな殺人鬼のような生物が実在するのだろうか。あんな生物が実在したのなら、これまでにかなりの生物が被害にあっていることになる。
前に考えていた、恐竜絶滅が頭に浮かぶ。
「ほれ。」
考えていると、鈴木が朝食を運んできた。
「佐藤さんからだ。近くの喫茶店から持ってきたらしいぞ。」
「サンキュ。」
鈴木は前田の向かい側に座ると、朝食を食べ始めた。
「それにしても、これからどうするんだ? 久地さんに動くなって言われてるんだろ?」
「ああ。でも、行くしかないだろ。別にそれで逮捕されるってわけでもないし。」
「まぁ、そりゃそうだろうけどな。でも、行くってどこに行く気だ?」
ノートパソコンを閉じ、前田も朝食を食べ始める。
「昨日の夜に聞いたんだけど、爆発事件の生存者が市内の病院に入院してるらしいんだ。その人達から、詳しい話が聞けるかもしれない。」
「話してくれるか? そんな事。」
「聞いてみなきゃわからないだろ。福岡県警の人達が来るまでに出来るだけ調べよう。」
「・・・わかった。」
現在は8時20分。あと残された時間は3時間ほどしかない。
今日の沖縄の空は、厚い雲に包まれていた。



午前9時を過ぎた頃、2人は準備を終えて出発しようとしていた。
準備といっても、持って行く荷物はほとんど無いのですぐに終わった。前田は資料とノートパソコン、鈴木に至っては手ぶらだ。
病院に行くことを佐藤に話すともちろん猛反対されてしまったが、護衛の警官を二人付けるという事でなんとか合意した。
2人が1階に下りると、すでに玄関の所で佐藤と警官2人が待っていた。
「この2人が護衛につく、山下と工藤です。まだ若いですが優秀な奴らですから。」
「よろしくお願いします。」
「お願いします。」
山下と工藤と呼ばれた2人が頭を下げたので、前田達も頭を下げた。
佐藤の言う通り、2人は見た感じかなり若かった。しかし話によると、2人とも銃の腕がすばらしいらしく、特に工藤は今年の全国新人大会で入賞したほどの実力だという。
「それでは、前田さん、鈴木さん、くれぐれも危ない事をしない様にしてください。また襲われそうになったら、すぐに連絡してください。」
「わかりました。」
それから、山下、工藤を加えた4人は、佐藤の用意した車に乗って、病院へと向かった。



生存者が入院しているという県立総合病院は、那覇警察署から車で15分ほどの所にあった。
大きな病院で、市内はもちろん市外からも多くの人が訪れているらしい。
「421号室です。」
山下が受付で病室を聞いてきて、4人は病室に向かった。
病室前で名札を確認して、前田と鈴木が部屋に入る。山下と工藤は外で待つらしい。
コンコン
「失礼します。」
部屋に入ると、六つのベッドがあった。左側の窓際のベッドだけカーテンが閉まったいたが、他には患者達の姿が確認できる。
全員の視線が、2人に集まった。
「あの・・・」
左側の一番手前のベッドの男が、口を開く。
「もしかして、前田さんと鈴木さんですか?」
「えっ?」
いきなり名前を呼ばれて、二人は驚いてしまった。
確か佐藤は連絡を入れていないと言っていたので、二人が来るのは知らないはずだ。その前に、会ったこともないので、顔や名前も知らないはずだ。
「・・・そうですけど。」
「やっぱりですか。いや〜、おニ人の事はよく聞いてましたよ。私は研究員の楠木です。」
楠木と言った男は、笑顔で言った。
「はぁ。」
「事件の事を聞きたいんですよね?」
「はい。」
「では、一番よく知っている人間から聞いた方がいいでしょう。」
よく分からない事が多いが、意外にあっさりと話が進んで行く。
楠木はどうぞと言って立ち上がると、2人をあのカーテンの閉じたベッドへ案内した。
「どうぞ、こちらです。」
「はぁ、でも大丈夫なんですか? カーテン閉まってますけど。」
「大丈夫ですよ。人に見られたくないと恥ずかしがって、いつもカーテンを閉めてるだけですから。」
そう言って、楠木はカーテンを開けた。
「えっ・・・」
そこに寝ていたのは、中学生ぐらいだろうか、幼い顔立ちをした女の子だった。
白い肌に、長く伸びた黒髪。寝顔がとてもかわいらしい。
まさか女の子が寝ているとは思わなかったので、前田も鈴木も少し戸惑ってしまった。
カーテンを完全に開けて、楠木が女の子に話しかける。
「所長、起きてください。」
「ぅん?」
まぶたの下の瞳が、少し動く。
「前田さんと鈴木さんがお見えになってますよ。」
「前田と鈴木・・・?」
ゆっくりとまぶたが開き、女の子は起き上がった。
眠たそうな目で、2人を見つめる。
「お〜・・・、誠司に賢治・・・久しぶりだな〜・・・」
「久しぶり???」
2人が目を見合わせる。
「お前、この子知ってるか?」
「いや・・・知らない。」
「俺も知らないぞ。」
「だろうな。」
「じゃあ・・・誰?」
女の子の方を見る。
ベッドの上で背伸びをして、まだ眠たそうにしている彼女。どこかで見た事があるような気もするが、10歳以上離れている女の子に下の名前を呼ばれるほど親しくなった事はない。
そんな悩んでいる2人を見て、楠木は笑みを浮かべながら話した。
「あなた達がとてもよく知っている人ですよ。」
「よく知っている人?」
「ええ。おニ人とは同じ大学の同じ学部だったと聞いていますよ。小笠原所長は。」
「はぁいぃぃ???」
聞き間違いだろうか。いや、確かに聞こえた。
この女の子が、小笠原だと。
「え、ちょ、ちょっと・・・」
さっきからわけがわからない。
どう見ても、この女の子が小笠原だとは思えない。それ以前に、小笠原は死んだはずだ。
「福岡の方で、性転換事件があったのはおニ人とも知っているでしょう? 小笠原所長は、その性転換事件の最初の被害者なんです。」
「でも、小笠原は死んだはずじゃ・・・」
「発見された時がすでにこの姿でしたからね。いくら言っても、警察の人に信じてもらえなかったんですよ。小笠原所長は研究所内にいた事は確かだという事で、まだ身元が確認されていない人の中の1人が所長だという事になったそうです。あまりにも遺体の損傷がひどくて、まだ身元が確認されていない人が何人もいるんですよ。」
「じゃあ、本当に・・・小笠原?」
「ええ、そうですよ。」
前田は小笠原(女の子)に近寄った。
小笠原はまだ寝足りないのか、またこっくりこっくりと寝息を立てている。
そう言われてみれば、小笠原の面影が残っているような気がする。
「おい、小笠原、起きろ!」
肩を持って体を揺らすと、ようやく目が開いた。
「誠司・・・どうしたんだよ、朝っぱらから。」
この瞬間、前田はこの女の子が小笠原だと確信した。
小笠原の体が、今は女の子だという事も忘れて、抱きついた。
「小笠原ー!」
鈴木も続く。
「わ、ちょっと、おい!」
おかげでようやく完全に目が覚めたが、自分の体の事を思い出して急に恥ずかしくなってしまった。
ニ人をはねのけようとしたが、その前に前田と鈴木が離れた。
前田の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「バカが。死んだっていう報告があったのに、生きてる奴がどこにいるんだよ。」
「悪い。なかなか連絡も出来なくてな。」
「でも、良かったよ。生きてて。」
「ああ。それにしても今日は2人揃ってどうしたんだ?」
「あ、そうそう。」
そうだった。予想外の再会があったが、2人にはやらなければあった。
資料を小笠原に手渡して、話を切り出す。
「小笠原、九州の方で事件があったっていうのはもちろん知ってるよな。」
「・・・・・・ああ。」
資料に目を通す小笠原の表情は、明らかに変わっていた。
「それについて、聞かせて欲しい。」
「・・・そうだな。」
パラパラと資料に簡単に目を通し、前田に返した。
そして、俯きながらゆっくりと話し出す。
「お前達の考えているとおり、事件の原因となる生物を作ったのは俺だ。作ったというより、再生させたという方が正しいな。」
「!?・・・どうして?」
「脅されたんだよ。」

それは、今から5年前の事であった。
その日、1人の男が小笠原の元を訪ねて来た。
男は、全身黒づくめでいかにも怪しかったが、その男が出したものによって、小笠原は逃げる事が出来なくなってしまっていた。
拳銃。
男は言った。
「実はある物を再生させて欲しい。あなたの技術があれば十分に出来ると思っている。もちろん、謝礼は十分にする。」
拳銃を突きつけてまで要求する物だ。明らかに危険な物というのは、小笠原にもその段階でわかっていた。
しかし、断るわけにもいかない。断れば、間違い無く殺される。
しぶしぶ了承して、男を研究所内に入れた。
「これを再生して欲しい。」
男が出したのは、完全に密封された試験管だった。中には、何か液体のような物が入っていた。
男の話によると、これは南極の氷から取り出したもので、この中で眠っている生物を蘇らせて欲しいという事だった。
男の方でも再生は試みたらしいのだが、設備が少ない関係で失敗してしまったらしい。
2004年の7月までには再生させて欲しいと言って、男は立ち去った。
そのままやめても良かったのだろうが、小笠原は言われた通りに作業を始めた。
最初、液体の中にいる生物を顕微鏡で見て、自分の目を疑った。
今までの常識を越えた、とても小さな生物。何か嫌な予感がしたが、そのまま続けた。
最初、再生は思いのほか順調に進んだ。
氷の中で眠っていたおかげで非常に保存状態が良く、遺伝子を取り出すのは容易な事だった。
難しかったのはその後。
一応、何度も培養状態には入ったのだが、それからすぐに死んでしまうものが多かった。
ようやく順調に行き始めたのが、今年に入ってからだった。
そして、事件が起こった。
6月6日の深夜。新しく作ったえさを与えた途端、とんでもない勢いで増殖を始めたのだ。
生物を入れていたカプセルの許容量はすぐに限界に達し、大爆発を起こした。
そばにいた研究員はほぼ即死。運よく生き残ったのは小宮山を含め、たった5人だった。
そして、小宮山はその時に生物の入った液を浴びてしまい、性転換してしまった。

「南極の氷?」
「確かにそう言っていたぞ。」
南極の氷といえば、気になることが一つある。
「小笠原、ここはパソコン大丈夫か?」
「ああ。この病棟はそういった機械はないらしいからな。実際、俺も使ってるし。」
小笠原は、横においていた自分のノートパソコンを指差した。
それを確認して、前田は小笠原のベッドに座って自分のパソコンのスイッチを入れた。そして、ファイルを開く。
「どうした?」
気になった鈴木が、画面を覗きこんでくる。
「いや、小宮山の持ってた資料の中にも南極の氷って書いてあるものがあったんだよ。」
「へー」
それを聞いて、鈴木が何か思いついた様に考え出す。
「そういえば、俺の研究所で、そんな話を聞いたな。」
確認しておくが、鈴木は東京国立生物学研究所の所長である。
「えっ!? どういう話だ。」
「いや、前に先輩に聞いた事があるんだよ。俺が来る前に、東京研究所から南極から持ちかえった氷が盗まれたって。」
「もっと詳しい事はわからないか?」
「いや、これ以上はな。俺が配属される前の話だし。」
前田はパソコンの方に向き直ると、マウスを動かし始めた。
もしかしたら、どこかにその事件の関連記事が載っているかもしれない。
検索ぺージを開き、“南極の氷”と打ち込んだ。
出て聞いたものから、該当のぺージを探す。少しして、見つかった。
開くと、当時の新聞記事が表示された。

“1999年4月4日。今日の深夜未明、東京世田谷区の東京国立生物学研究所から、南極の氷が盗まれました。他に金品などが盗まれていない事から、警視庁では事件の目的も含めて、犯人の行方を追っています。この南極の氷は、1991年に、日本、アメリカ、ドイツの合同南極調査隊が持ちかえった物で、日本に持ち帰った物が同研究所に研究の為に保管されていました。”

「小笠原、男が訪ねて来たってのは何時だ?」
「5年前だから、1999年の7月だな。」
「ってことは、小笠原の所に持ちこまれた氷は、この時盗まれたもので間違いないみたいだな。」
一応、そのぺージを保存して、前田はパソコンを閉じた。
そして、立ち上がる。
「つまり、こうだな。まず那覇研究所爆発事件で一気に上空に生物が舞い上がった。その生物達はそのまま前線に乗り、翌日夕方に福岡上空へ。そして雨に溶け込んで地上に降り、事件が起こった。」
「ああ。」
「だな。」
「それにしても、何であの生物がどんな機能を持っているか最初に調べなかったんだ?」
「・・・」
前田の問に、小笠原は黙ってしまった。
「その時に殺人生物だと分かっていたら、どうにかできたはずだろ?」
「・・・わかってるよ。俺だって後悔してる。何で作っちゃったんだろうって。」
小笠原の物とは思えない、重く、暗い口調。
「事件のニュースを見た時、すぐに原因が俺が作った生物だってわかったよ。でも、どうしようも出来なかった。どうすればいいかわからなくて、悩んで、悩んで・・・」
「・・・」
「時々、俺は生きてちゃいけないんじゃないかって思うんだ。なぁ、誠司。俺、どうすればいい?」
思いつめた顔。
本当に悩んでいたのだろう。いつのまにか、楠木を含めた部屋にいる生存者達も同じ表情になっていた。
前田は一度目を瞑って、大きく息を吐いた。
「だったら、自分の出来る事、やるべき事をやれ・・・」
「えっ・・・?」
小笠原が、前田を見上げる。
「お前が死人を生きかえらせる事が出来るんなら話は別だけどな。悩んだって死んだ人は戻ってこないんだ。これからは今生き残った人達のためにやっていくしかないだろ。」
「出来る事・・・。俺に何が出来るかな?」
「何だって出来るだろ。生物はお前が作ったんだ。生物を殺す薬を作る事だって出来るだろうし、とにかくお前が出来る範囲の事をやればいい。」
「・・・そうだな。」
重かった部屋の空気が、少し和んだような気がした。
「ありがとう。少し気持ちが楽になった。」
「他人の受け売りだけどな。」
2人の顔に笑顔が戻る。
他人・・・そう、小宮山の残した言葉だ。
なぜかあの言葉が頭に浮かんで、気が付いたら口にしていた。
小宮山が救ってくれたのかもしれない。
「今日はありがとう。これからどうするんだ?」
「これから? たぶん福岡県警の人に叱られに行くよ。」
「警察に叱られるって、お前何したんだよ。」
「ちょっとな。」
部屋中が笑い声に包まれる。
そういえば、笑ったのは久しぶりかもしれない。
「それじゃあな。」
パソコンと資料を手に持った。
「ああ。また来てくれよ。いろいろ話もしたいし。」
「ああ。約束するよ。また旅行でも出来たらいいけどな。」
「そういえば行ったな。大学卒業の時だったっけ? 今度は沖縄はやめてくれよ。」
あの時、小笠原だけが旅行の行き先に文句を言っていた。
なんせ小笠原は沖縄出身。行き先が沖縄ではただの里帰りになってしまうのだ。
今度は違う所にと言って、何とか納得させた様に憶えている。
「わかったよ。じゃあな。」
「ああ。」
手を振って、今度みんなで旅行できる日を夢に見ながら、歩き出そうとする。
それはすぐに、本当の夢となってしまった。
ドンッ
大きな音がして、一瞬部屋が揺れたような感じがしたかと思うと、小笠原の体は傾いた。
頭から、赤い物を出しながら・・・
「小笠原ぁ―――!!!」
前田は駆け寄って、地面に倒れそうになった小笠原の体を支えた。
すでに意識は無い。だが、表情は笑ったままだ。
「どうしました?」
音を聞いて、山下と工藤が部屋に飛び込んで来た。そしてすぐに、言葉を失ってしまった。
「工藤、医者を連れて来い! それから本部にも連絡しろ!」
「は、はい。」
工藤が走って部屋を出て行く。
ドン、ドン!
さらに、数発の銃弾が部屋に撃ちこまれる。
しかし、前田は小笠原の体を支えたまま、動こうとしない。
それを見て、すかさず山下が向かう。
「前田さん、ここは危険です。逃げてください。」
「・・・」
前田は俯いたまま何も言わない。鈴木もその場で立ったままだ。
「前田さん!」
「・・・小笠原を、お願いします。」
小さな声が、ようやく前田の口から漏れ出した。
山下は頷くと、前田に代って小笠原を支える。
前田は小笠原を支える時に落ちたパソコンと資料を拾い上げて、部屋を飛び出した。鈴木もそれに続いた。



どうして・・・
廊下を走りながら、前田の頭にはその思いしかなかった。
ようやく立ち直って、これからの事を考えていた。笑顔まで見せていた。
なのに・・・
「くそっ!」
そのまま階段を1階まで降り、裏口から外に出た。
辺りを見まわすが、怪しい人影は見えない。だが、どこからか狙われているのではないかという恐怖心が、ゾクゾクと体に突き刺さる様に感じられた。
ここにいてもどうしようもないので、先に鈴木が走り出そうとする。
しかしその瞬間、前田の手が鈴木の肩に触れた。
「鈴木・・・」
「どうした?」
鈴木が振り向くと、前田は資料とパソコンを突き出す様にして立っていた。
「2人で逃げていると狙われる。ここは別々に逃げよう。これはお前が持って逃げてくれ。」
「ああ、別に良いけど。」
前田から資料とパソコンを受け取る。
「死ぬなよ。また、警察署で会おうな。」
「ああ。」
それだけ言って、鈴木は走り出した。
鈴木が見えなくなると、ようやく前田は歩き出す。
鈴木と逆の、さっき銃弾が飛んできた方向に。
「覚悟しとけよ。」
前田は、決意していた。
親友を2人も殺されて、もう黙っているわけにはいかない。



11時を過ぎた頃、那覇警察署に福岡県警の職員4名を乗せた車が到着した。
しかし、何か様子がおかしい。
次から次へと、パトカーが署から出て行っている。
「何かあったのか?」
何も知らない職員達は、首をかしげながら署内に入っていく。
その署内も同じような状態だった。
どの人達も忙しそうに動き回り、誰も彼らに気が付かない。
「すいません。」
「は、はいっ!」
ようやく近くにいた女性警察官が気が付く。
「どうしたんです、この状況は?」
「はい、何でも護衛をつけていた福岡の人達が病院で襲われたらしくて。」
「はぁ?」
絶対に動くなと言っていたはず。だが、怒っている場合でもなかった。
詳しい状況を聞き、乗ってきた車へと急いだ。



どこまで走っただろうか、前田は倉庫の密集している場所へと来ていた。
まだ昼前だが、空は夜が近いような暗さに包まれていた。さらに場所が場所だけに、よけいに暗く感じられる。
前田はある倉庫に入ると、立ち止まった。
姿は見えないが、誰かが追ってきていたのを感じていた。どうやら誘い出す事に成功した様だ。
前田は振り向いた。しかし、誰もいない。
少し笑みまで浮かべて、口を開く。
「まだかくれんぼをする気か? 俺を殺しにわざわざここまで来たんだろ? 早く出てこいよ・・・」
「田村さんよぉ!」
倉庫入り口近くに積まれた荷物の影から、前田の言った通り、田村が現れた。
一昨日に会った時と同じ格好。一つ違うのは、手に拳銃が握られている事ぐらいだ。
「どうして俺だと分かった?」
5メートルぐらいまで近づいてきて、前田に銃を向ける。
「勘だよ。まぁ、お前の行動が怪しすぎたしな。あれ以来県警の方に連絡も入れなかったんだろ。」
「ほう。それだけでわかったのか?」
「いや、さっきネットで5年前のおもしろい記事を見つけてね。」
「!?」
「お前が犯人グループに入った理由がわかったよ。」
田村の表情が険しくなる。
「南極の氷が盗まれた日と同じ日の記事だ。確か、ストーカー殺人事件の裁判の記事だったっけな。」
「それ以上言うな!」
ドン
銃弾が、前田の頭の横を通り抜けた。
しかし、前田は余裕の表情を崩さない。
「その様子だと、図星みたいだな。」
「ああ、お前の言う通りだよ。」
前田はインターネットで南極の氷が盗まれた記事を見つけた時、その下の記事に気になる文字を見つけていた。
“去年10月、小倉警察署の田村宗治さんの長女綾さんがストーカー行為を行っていた29歳の会社員黒井雄介容疑者に殺害された事件で、捜査の面で警察に不備があったとして、警察を相手取った損害賠償裁判が昨日行われました。”
途中にある田村宗治の文字。
「確かに綾は俺の娘だ。娘は、綾は前からストーカーに狙われていたんだ。」
「・・・」
「ある日、耐えられなくなってついに警察に相談。だが、それから1週間も経たない内に殺されてしまったよ。」
「俺だって最初は犯人が捕まって、ようやく気持ちは落ち着いた。で、落ちついて、思ったんだよ。警察は何をしてくれたのかって。」
「俺は警察官だったからな。ちょうどその時に綾が相談した警察署に異動になったんだ。それで調べてみた。するとどうだ? 綾が相談した事が書かれた紙は一枚も無いし、どの署員に聞いてもそんな事は知らないと言った。」
「結局、警察は何もしてくれてなかったんだよ。苦しんでいるのに、無視して・・・殺人犯と同罪なんだ、奴等は!」
田村の口調が次第に強くなっていく。
「それが、お前が警察をうらむ原因か?」
「ああ。その時だよ、組織の幹部だって言う奴に会ったのは。そいつにいろいろと聞かされたよ。今の日本は、こんな状態だってな。」
「・・・」
「お前もわかるだろ? この腐りきった日本の状態が。それで俺は、徹底的に日本を変えるという組織に入った。」
「・・・だからって、何百人の人が死んでいくのを黙ってみていたのか?」
「俺はあまり乗り気ではなかったけどな。組織の連中が言うには、これが一番政府の奴等に無力さを感じさせる方法らしい。だからやった。」
「ふざけるなよ!」
「!?」
田村を睨みつけた。



その頃、鈴木は資料とパソコンを持って走っていた。
後ろから誰かが追いかけてきているという感じは無かったが、止まったら撃たれるような気がして走りつづける。
前田は無事だろうか。そんな事を考えていると、どこからか音が聞こえてくる。
ウ〜、ウ〜、ウ〜
パトカーだ。助かった。
鈴木は裏道を出て、大通りに出る。
こちらに向かってきているパトカーをすぐに見つける事が出来た。
「お〜い!」
まるでタクシーを止める様に、手を大きく振って止める。
「大丈夫ですか?」
中に乗っていたのは工藤だった。
「はい。前田を見ませんでしたか?」
「見ませんでしたけど・・・えっ、一緒じゃないんんですか?」
「一緒にいると狙われるかもしれないんで、別々に逃げる事になったんです。」
「わかりました。とにかく乗ってください。」
ドアが開き、鈴木は助手席に乗りこんだ。
“こちら沖縄238。鈴木さんを保護しました。前田さんは別に逃げているもよう。どうぞ。”
“了解。引き続き巡回を。”
“了解。”
ドアを閉める。
「病院の方向へ行ってみましょう。」
「はい。」
パトカーはUターンして、病院へ向けて走り出した。



「本気で人が死んで全てが変わると思ってるのか? 人が死ぬってどういう事かわかってるのか?」
前田の声は、もう怒鳴り声に近い物になっていた。
「わかっている。俺だって綾を殺されたんだ。大切な人を失う悲しみが、お前に分かるか?」
「わかるよ。俺だって目の前で親友を2人殺された。だが、お前を殺そうとは思わない。そのツラを一発殴りたいとは思っているけどな。」
そう言って、胸の位置まで手を上げ、拳を握り締めた。
田村は銃を向けたまま動かない。
「殴りたい。その気持ちだよ。俺達にとってはな。」
「殴ると殺すを一緒にするな。お前はこれで、本当に何かが変わると思ってるのか?」
「何かは変わると思っているよ。」
「今まで殺し合いで何が変わった? 何か変わったことがあったか?」
「室町時代の民衆がよくやっていただろ。いろいろと要求して一揆を。それで、変わった事だってある。」
「だったら、お前の頭は室町レベルって事だなっ!」
「!?」
ついに前田が田村に殴りかかった。
しかし、こちらは拳。相手は銃。いくら不意打ちとはいえ、勝てるものではない。
ドンッ!
銃弾が、足をかすめた。
前田は田村の数メートル手前でよろめき、地面に膝をついた。
「話では何も変えれない今は、力で変えていくしかない。」
「話でだって解決できる。それが民主主義ってもんだろ?」
「民主主義、民主主義とは言っても、結局政治に影響を与えているのは、自分の欲望だけで生きている裏の人間どもだ。組織の奴等の話でよくわかった。」
ピカッ
ゴゴゴゴゴ・・・!
雷が、暗い空を一瞬照らして、轟音を上げた。
そして、空からポツポツと雨が降り出してくる。
「・・・なぁ、お前娘を殺された時どういう気持ちになった?」
「許せなかったよ。悲しくて悔しくて、もうわけがわからなかった。」
「そうだよな。普通そうなんだよ。誰だって。」
「何が言いたい?」
「お前が殺した人達の家族も、同じ気持ちになるんだよ。家族だけじゃない。友達や親戚の人だってそうだ。何千、何万の人がそんな気持ちになる。一度その気持ちを感じたお前ならわかるだろ? それがどんなに苦しい事かって。」
「くっ・・・」
「だったら何でやった?」
「・・・うるさい。」
「娘さんだって、天国でお前のした事を見て、どう思っているか。それが復讐だとしても、娘さんが悲しむ事だってわかるだろ。」
「うるさい。」
「人を殺した時点で、結局お前も同じなんだよ。お前が言う、許せない奴等とな。むしろ、タチが悪いぐらいだ。」
「うるさい!」
ドン、ドン、ドン!
勢いで、引き金を引く。しかし、興奮しているせいで狙いが定まらない。
全てが前田のはるか横を通り抜けて行った。
「確かに、誰にでも許せない奴等はいる。でも、殺してもどうにもならないだろ。そこで気持ちを押さえて、話して、訴えて行けばいいんだ。そうすれば、絶対に変わる。」
「うるさい!」
ドンッ!
「!?」
銃弾が、前田の頬をかすめた。
血が、線となって流れ出す。
「知ったような口を聞くなよ。今度言ってみろ! その頭をぶち抜いてやる。」
もう止められそうに無い、狂気に満ちた顔。
しかし、前田は怯えることなく、笑みを浮かべていた。
「何でぶち抜くって?」
「この銃でだよ! ふざけてるのか!」
「ふざけてるのはそっちだろ? その銃は確か6発までが限界のはずだが・・・もう6発撃ったぞ。」
「何っ?」
今だ!
その瞬間、前田は一気に田村の胸に飛びかかった。
田村は手から銃を離し、背中から地面に倒れる。
田村に上乗りになって、前田は拳を上げた。
「さっき殴りたいって言ったよな!」
渾身の力を込めて。田村の頬めがけて放つ。
「クソッ!」
バコッ!
しかし、それよりも先に、田村の拳が前田を捉えた。
あまりにも重い衝撃が胸に走って、前田は崩れる様に横に倒れた。
なかなか起き上がれない前田を横目に、田村は胸を押さえながら立ち上がる。
「これでも一応、警察官なんだ。武道には自信があってね。」
近くに落ちていた銃を拾い上げ、上着のポケットから一発の銃弾を取り出し、銃にこめた。
それを、起き上がれない前田に向ける。
「ただ殺すのも面白くないしな。面白い物を撃ち込んでやるよ。」
「ぐはっ、がっ・・・」
逃げたいが、起き上がれない。
胸が潰れたように痛く、息をするのが精一杯の状態だ。
「これは、あの事件の原因となった生物を積めた弾だ。ゆっくりと、苦しみながら死んでいくんだな。」
前田に向けて、引き金を引いた。
ドンッ!
動けない目標に向かって撃つのは、造作も無い事だ。
左肩に命中し、血が流れ出す。
「あっ・・・」
前田は、肩から力が抜けて行くような感じがした。
「じゃあな、前田所長。」
ぼやけていく視界に、田村が自分から離れて行っているのがうっすらと見える。
「ま・・・て・・・」
喋ろうとするが、声にならない。
もうダメだと諦めて、完全な仰向けになった。
ザー・・・
倉庫の屋根に開いた小さな穴から落ちてきた雨水が、顔に当たる。もう、冷たいという感覚は無い。
全身の力が抜けて、視界もぼやけてほとんどなくなってしまっていた。
『小宮山・・・悪いな・・・』
薄れゆく意識の中で、死んだ親友の事を思い出す。
『資料も渡したし、後は鈴木がやってくれるよ。俺はもうすぐそっちに行く。』
ウ〜〜〜、ウ〜〜〜
うっすらと、サイレンの音が聞こえてくる。
『なぁ、俺、“出来る事”はやったよな・・・』

やったよな・・・・・・・・・


視界が真っ白になり、意識が途切れた・・・。




東京・首相官邸

会見を終え、佐々木は首相官邸から出てきた。
もう、やる事は残っていない。後は、代りの人間達にまかせるしかない。
玄関に、迎えの車が到着する。
「総理、ご苦労様です。」
「もう総理はやめてくれ。今はただの40過ぎのオッサンだよ。」
運転手の言葉を、笑顔で返す。
車に乗りこむ前に、佐々木は振り向いて官邸を見上げた。
果たして、これから日本はどうなって行ってしまうのだろうか。
後任の総理大臣には、あの岡部国土交通大臣が就くと言う話を聞いた。ろくな政権になりそうに無いのは考えなくてもすぐに分かる。
「はぁ・・・」
大きな溜め息を一つつく。
今は、せめて日本が崩壊しない事を願うばかりだ。
佐々木が乗りこむと、車はゆっくりと動き出した。
今日の東京の空は、雨は降っていないが昼にしてはかなり暗い。
気象庁によると、東京は今日にも梅雨入りする見込みらしい。





3年後―――

鈴木は今日の仕事を休み、ある場所に来ていた。
唐津総合病院の病室。
ノックをして、病室に入る。
入るとすぐに、ベッドの上で起き上がっている少女が見えた。
「よ、勇太。元気にしてるか?」
「あ、兄ちゃん。」
その少女、勇太は笑顔で答えた。
あの後3ヶ月間、勇太は意識が戻らないままだった。しかも症状は悪くなる一方で、1週間に一度の手術は当たり前となっていた。
それでも懸命の治療で、症状はだいぶ回復し、現在は起き上がれるぐらいまでになった。
しかし、体は完全に女性のものとなっている。
「そういえば髪の毛切ってもらったんだな。」
鈴木は椅子を持ってきて適当に座ると、勇太の長かった髪が耳ぐらいまでの長さになっているのに気がついた。
「ちょっと邪魔だったから、適当に切ってもらったんだよ。」
確かに、今まで坊主に近いぐらいだった髪が、目覚めた時にはロングヘアーになっていれば邪魔だろう。
「本当は前ぐらいの長さにして欲しかったんだけど、看護婦さんがこれぐらいにしなさいって。」
「ハハハ、今は女の子だからな。見てる側としては、あんまり短いと変だしな。」
「やめてよ。まだ女の子って言われるのに慣れてないから。」
「そうだよな・・・。まぁ、ゆっくり慣れていきゃいいさ。」

“今日、テロ対策特殊部隊『ATSF』の合同訓練が、福岡で行われました。ATSF福岡の工藤俊幸現地部隊隊長の話によると、今回の訓練は近頃急増しているテロ行為への・・・”

ベッドの横のテレビが、今日のニュースを伝えている。
「そういえば、母さん達は来たのか?」
「夕方に来るって言ってたよ。」
「そっか。じゃあ、仕事も今日は無いし、夕方ぐらいまではここにいるか。」
「ほんと? そういえばこの前ね・・・」

あれから、福岡の街はようやく元の姿に戻りつつある。
爆破されれた博多駅、福岡県立病院はすでに新しい物に建て替えられた。
事件の後に制定された性転換被害者保護法によって、事件の被害にあった人達も普通の生活を送っている。
しかし、テロ事件は一向に減る様子は無い。
犯行を行っているのは同じ組織らしいが、まだ誰も捕まっていないし、組織が何なのかも掴めていない。政府も警察も、お手上げ状態の様だ。
そして、あの日以来、前田の消息はわからない。

「それから・・・」
勇太の話を笑顔で聞きながら、鈴木は窓の外を見た。
青空の中を、白い雲がのんびりと流れている。
この空を見ていると、あの日の事が夢の中の出来事の様に思えてきてしまう。
「兄ちゃん、聞いてる?」
「あ、悪い、悪い。」
勇太に促されて、目線を戻した。嬉しそうに話す勇太の顔。
こんな世の中でも、その表情を見ると気持ちが晴れてくるような気がする。
トントン
「失礼します。」
ドアが開いて、両手に昼食を持った看護師が入ってきた。
「昼食ですよ。」
「すいません。」
今日の昼食はうどんだ。
看護師が出て行くのを待って、鈴木は立ち上がった。
「じゃあ、俺は近くで弁当でも買ってくるよ。」
「うん。」
確か、近くにコンビニがあったはずだ。
部屋を出て、1階に下りると、外に出る。
今は5月。春の日差しが暖かい。暖かいというか、もう暑いぐらいだ。
この日差しを、前田もどこかで浴びているのだろうか。
あれから、一度も前田の姿を見ていない。あの日も、病院に戻った後にすぐに福岡県警の人達に保護されたので、その後はどうなったかわからない。
でも、どこかで生きていると信じている。あいつは、そんな殺されるようなやわな奴じゃない。それは1番良く知っている。
信号が赤になって、鈴木は立ち止まった。
まぁ、そんな事ばかりも思っていられない。今は、やらなくてはならないことがある。
自分のやるべき事、やれる事。
みんなから託された思いを、無駄には出来ない。
「さあ、頑張るか。」
信号が変わり、鈴木は歩き出した。



END

〜PROJECTに続く〜





<登場人物>

・前田 誠司 ――― 福岡国立生物学研究所所長。27歳、神奈川県出身。真面目で、一つの事にとことんやりこむタイプ。小笠原の葬式の為に空港に向かおうとしていた途中で事件を目撃し、以後、事件解決に関っていくことになる。鈴木、小宮山、小笠原とは九州大学で共に勉強していて、前田は特に微生物関係の研究をしていた。

・鈴木 賢治 ――― 東京国立生物学研究所所長。27歳、福岡県出身。真面目だが、前田よりは少し能天気なところもある。直接的に事件とは関係していなかったが、東京で緊急対策会議が行われた時に会議に参加し、その後、前田と共に事件解決に関わった。前田とは九州大学で共同研究をしていた仲。

・小宮山 孝幸 ――― 福岡県立病院院長。27歳、佐賀県出身。医師として、県立病院に運ばれてきた患者達の治療に当たった。患者の血液中から原子の数十倍ほどの生物を見つけたが、その事で犯人により病院を爆破され、死亡。死ぬ直前、前田に自分が調べた資料を託した。九州大学医学部の出身で、前田とは当時共同研究で知り合った。

・小笠原 祐二 ――― 那覇国立生物学研究所所長。27歳、沖縄県出身。2年前、黒いコートの男に今回の事件の原因となった生物の再生を頼まれ、脅された挙句しぶしぶ了承した。訪れた前田、鈴木に真実を語ったが、監視していた犯人によって射殺された。九州大学で、前田、鈴木と同じ生物学を学んだ。

・田村 宗治 ――― 福岡県警刑事一課警部。39歳。小笠原に生物の再生を依頼し、前田と鈴木を監視していた人物。昔、娘がストーカーに悩んでいたのに、殺されるまで警察が何もしてくれなかった事で政府に強い不満を持っており、反日本政府の組織に入った。妻はすでに離婚していて、殺された娘の他に息子と他に娘が1人ずついる。

・佐々木 健一郎 ――― 日本国第94代内閣総理大臣。43歳。前総理の解任のため、異例の若さでその職に就いた。近頃の総理にしては稀に見る真面目な性格で、国民の期待も大きく、政治不振のこの時代で支持率70%前後という高さを維持している。気になると、自分から積極的に動く行動派。

・米野 真司 ――― 警察庁長官。43歳。東京大学時代に佐々木とは同期で、悩みなどを相談するほど仲がいい。今回の事件でも、佐々木をサポートした。

・鈴木 勇太 ――― 鈴木健治の年の離れた弟。12歳。中学校のサッカー部に所属していて、事件の日もいつも通りグランドで練習していて被害に遭った。

・長谷川 藍 ――― 福岡県立病院に勤務する看護師。25歳。いつも冷静な判断で、仲間の看護士や医師達からの信頼があつい。今回の事件では珍しく焦っていた。

・永野 未樹 ――― 福岡県立病院に勤務する看護師。23歳。実は今回の事件を起した組織のメンバーの1人で、小宮山を監視し、病院を爆破した。だが、やさしい一面も持っている。

・楠木 泰弘 ――― 那覇国立生物学研究所の研究員。30歳。爆発事件で生き残った一人。奇跡的に性転換は免れた。

・久地 憲二 ――― 福岡県警本部長。48歳。現地対策本部の責任者として、事件解決に力を尽くした。

・佐藤 昌孝 ――― 沖縄県警刑事一課銃器取締り部の刑事。34歳。ホテル襲撃事件の後、保護された前田、鈴木の事情聴取を行った。

・山下 浩輔 ――― 那覇警察署の若手警官。26歳。前田と鈴木が沖縄を訪れた際、後輩の工藤とともに2人の護衛についた。

・工藤 俊幸 ――― 那覇警察署の新米警官。24歳。前田と鈴木が沖縄を訪れた際、先輩の山下とともに2人の護衛についた。



<あとがき>

TS要素が少なく、内容がかなり重いこの話を、ここまで読んでいただきありがとうございました。
まずは、お疲れ様です(笑)。
コメントにも書いた通り、この話は2年前に前・中・後編の3作として書いたものを、大幅に加筆したものです。前回よりもかなり細かくなったためにあまりにも量が多くなってしまって、去年中に書き上げるつもりが今年の夏までかかってしまいました。
さて、話は変わりますが、2年前というと皆さんも知っての通りアメリカ同時多発テロが起こった年です。前RAINYの後編を投稿した数日後の事件でしたので、衝撃を受けたのを憶えています。この作品がテロ事件が絡んだ作品だったと言う事もありますけど、一番衝撃を受けたのは事件の規模でした。
読んでいただいた通り、この作品にはJR博多駅の爆破テロというのがあります。実はこれを書くとき、私は少し悩んでいました。「こんな事件はありえないだろ。」って。
確かに大きな規模のテロ事件はありますけど、博多駅は九州地方の交通網の中心。あまりにも規模が大きすぎると、感じていました。一度は内容の変更を考えたぐらいです。
でも、最終的には話の展開上、読者の皆さんの反応を気にしながら、そのままで行く事にしました。何を悩んでいたのだろうと思い知らされたのは、それから1ヶ月後の事です。
思えば、あのテロから世界はおかしくなっていったような気がします。
アフガン攻撃にイラク戦争。湾岸戦争以来の本格的な戦争が起こり、各地でテロ事件が増えていった様に思います。平和への意識が、薄れてしまったのでしょうか。
考えてみてください。簡単に死亡者何千人といって、どのくらいの人が悲しむでしょうか。両親や兄弟はもちろん、作品中の前田や鈴木のような親友達、親戚達も悲しむでしょう。1人の人間で数えてもこの数です。それが、何千人という事で考えてみると、とんでもない数になってしまいます。
それを考えても、平気で人が殺せるでしょうか。
戦争の最中に一つだけ嬉しかった事があります。それは各地で戦争反対の動きがあったことです。
特にロンドンでの反戦活動は凄く、実際には戦争参加を止める事は出来ませんでしたが、ブレア首相らの地位を危うくしたのは事実です。
私は、何もみなさんにロンドンのような活動をやってくれとはいいません。でも、平和であってほしいと願ってください。
戦争は絶対にやってはならない。そう願うだけで十分です。
よく、平和平和と言っているだけで、何もやらない奴はダメだと言いますが、私はそうは思いません。
作中にもあるように、「やるべき事、やれる事」でいいと思います。大きな行動が出来なくても、願っているだけでも十分。その願いが集まれば、次第に大きくなり、必ず何かに繋がると思います。
また今年も、8月がやって来ました。
日本にとって8月は、何かと戦争についての出来事が多くある月です。ぜひ、平和について少しでもいいので考えてみてください。
先日、広島・平和公園でまた折り鶴放火事件がありました。逮捕された大阪の大学生は、就職がうまくいかなかったからやったと話しています。こんな身勝手な動機で、全国、全世界の平和への願いが踏みにじられました。少し考えれば、どういう事をしているかわかるはず。平和への関心が薄れているとしか思えません。
近頃は、8月6日のテレビの特番の数も減ってきています。
戦争の悲しみを忘れないためにも、私達1人1人が訴えていかなければなりません。
みなさんには「やるべき事、やれる事」を是非、今月、さらにその後も続けてやっていって欲しいと思います。
長くなってしまってすいません。
では。


2003年8月5日


(この物語はフィクションです。実際の人物、事件、団体には一切関係ありません。)


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