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鋼鉄のすーぱーひろいん……??

よっすぃー 作



 それは突然の出来事だった。

 
GOOOOOOOON!

 耳をつんざくような轟音にふと目をやると、目の前に巨大な物体が迫ってきた。

 あっ!と、瞬きする間もなく、

 ちゅど〜ん!!

 そんな間抜けな音と共に、長沢博史の身体はこっぱ微塵に吹っ飛んでしまったのだから。
 享年19歳。合掌……

「って、そんな訳ないだろう!」
 
 えっ、生きていたの?
 と、本人のクレームにより、話を再開することにする。


 

「で、オレがどうなったって?」
 声は出ないが、意識レベルで博史は文句を言った。
 場所はどこか判らない。一切の景色が闇の中、混沌とした博史の意識に直接語りかける声の主がいた。
(すまんこってす。わてがへまをやってもうたばっかりに、博史はんにえらい迷惑かけてしまって……)
 そう言って、ひたすら低姿勢で謝る声の主。実は人間ではなかった。
 この声の主、アーカスは宇宙船の人工知能なのである。
 言うのもばかばかしいが、このアーカスが博史をはね飛ばした犯人なのである。
(えーと。症例で言えば、脾臓破裂・両足切断・右腕裂傷・肋骨骨折3本。え〜と、それから………)
「あ〜っ、もういい!」
 律儀に症状を列記するアーカスを、博史は無理矢理止めさせた。これ以上聞くと気が重くなる。
「要するに瀕死の重傷なんだ。で、そんな状態にもかかわらず、オレはこうして元気に話を出来るんだ?」
(それでっか?あんさんレベルに置き換えて話をすると、身体の方を医療マシンにぶち込んで修理……じゃなくて、治療しております。で、今みたいに会話が出来るように、意識を切り離してわてとリンクさせとりますのや)
 ふ〜ん。結構高等レベルな事をしているのね。博史は感心した。
「まぁ、口幅ったいようですが、超光速飛行が出来て、自立意識を持っている宇宙船ですからなぁ」
 調子に乗って自画自賛するアーカス。自分で自慢してどうする!
 ほっときゃ「日本一」なんて書いた扇子でもあおぎそうな、お調子モンの宇宙船であった。
「そもそもおまえが、オレをはね飛ばさなければこんな事をしなくても済んだんじゃないか?」
(ぎくぅ。それ言われると辛うおますなぁ。公務中やったのでその辺はご勘弁を………)
 ばちもんの大阪弁で調子のいいことを言う。
 アーカス曰く、自分はある宇宙生命体が治安維持のために作った宇宙船で、以前から太陽系近辺をパトロールしていたという。今回の事故もその時の公務中に発生した不可抗力だと言うのだ。
「じゃあ、TV番組なんかで『実録・UFOが出た』なんて言うのはおまえの仕業か?」
 思いついた疑問をアーカスに投げかけると、アーカスは(待ってました!)とばかりに、喜々として話し始めた。
(さいです。わても若かったと言うのかなんちゅうのか、つい調子に乗ってアダムスキー型やらなんやらとか『謎の飛行物体』とかで話題になったのに味をしめて、ちょっと遊んだこともおます。どなたかが『未知との遭遇』なんて映画を作ったときは、人の噂が怖い反面感激したことを憶えとります)
 おいおい。おまえが謎の飛行物体だったのか?こんな奴が正体だったなんて、NASAが知ったら泣くぞ。まぁ、訳が分からんと言う意味では、間違いではないだろうけど。
 博史はあきれて二の句がつけなかった。
 が、アーカスはその沈黙を納得ととらえたようだ。ここぞとばかりに話題をすりかえる。
(そこで怪我させた上で、こんなモン頼むのもちょっと気がひけるんですが、わての頼み聞いてもらえまへんか?)
 ひたすらC調で喋っていたアーカスだったが、不意に真面目な口調になり博史に懇願してきた。
「な、なんだよ。頼みって?」
 とっさのことに驚く博史。
(さっきも言ったとおり、わては宇宙の広域指名手配犯を追っかけとります。どんなやつかは追々説明しますが、奴は遺伝子操作した宇宙怪獣を放って、地球に対して悪さしよるんです) 
「それをオレが退治しろと?」
 恐る恐る尋ねた。
(さいです。話が早よおまんなぁ。ま、直接素手で喧嘩せいという訳やおまへんよって、そない心配せんでもよろしおます。怪獣と戦う機動兵器に乗ってくれたらよろしおますねん) 
「よろしおますねんて、そんな気楽に言われても……」
(他に頼む人がおまへんねん。それになんやったけ……別に無理矢理ヘンなプラグに押し込めたりとかOSのいい加減な機体に乗れとか、そんな外道な真似はしませんよって。最新のハイテク兵器やさかい、安心しとくれなはれ)
 と、説得されること1時間37分。とうとう博史はおれてしまった。なんでも知的生命体のいる星では、現地人を介在してでないと戦闘行為をしてはいけないらしいのだ。理由は知らないけど。
「で、まさかと思うけど、オレの精神をその機動兵器とやらに移植するんじゃないだろうな?」
 一瞬、不気味な考えが頭をよぎったが、
(そんなことしません)
 と、強い口調でアーカスが否定した。
(最初に外道な真似はしまへんと言いましたやろ?それにどき流行ませんわ。その手のサイボーグ手術は)
「そうなの?」
(さいだす)
 断言するアーカス。いまいち不安だが、それ以上は追求しなかった。と、いうよりも、追求するのが怖い。 
(喋ってる間にあんさんの身体の治療が終わりました。早速リンクを切って戻しますわな。生まれ変わったようなまっさらな身体でっせ)
 その直後、博史の意識は再びフェードアウトした。
 



 気が付いたとき、博史はベッドで眠っていた。
『博史はん、博史はん。起きてくださいや〜』
 耳元でアーカスの声がして、博史は飛び起きた。
 きょろきょろと辺りを見回すと、広さの感覚が判らない真っ白な部屋。例え方はおかしいが、陳腐なTV番組のUFO特集に出てくる、宇宙人の人体実験の場所みたいなところだった。
「なんでアーカスの声がスピーカーじゃなく、耳元から聞こえてくるんだ?」
 相変わらずきょろきょろ見回しながら博史が尋ねた。
『ええ、まぁ。ほんのちょいと細工しまして、外耳に小型の受信機を喉に送信機を埋め込ませて貰いました。あんさんが通常時に普通の生活をおくれるように目一杯配慮した結果だす』
 自慢げにアーカスは言う。全く自分勝手な奴だ。
「外耳に細工をしたって、外見にヘンなことをして、妙ちくりんなサイボーグなんかにしていないだろうな?」
 なにせ相手は未知の人工生命体である。何をしでかすか分かったものじゃない。
『疑り深こぅおますなぁ?通信装置以外は神に誓っていろてませんて』
 どうだか?怪しいもんだ。
 身体の無事を確かめるように、無意識に博史は耳を触ろうとした。
 ところが………

「えっ…………………」

 ?????
 博史の頭の中には疑問符が大量に並んだ。(実測1327個・日本野鳥の会調べ)
 髪の毛が妙に長い。
 しかも細く、艶やかだったりする。
 落ち着いて観察すると、髪の長さは肩より少し長く、ほのかにシャンプーの薫りがした。
 博史の頭髪は短髪ではないが、だからといって肩までかかるような長さは無い。
 しかもその視線の先にあるものは……
 胸だった。
 いや、胸があるのはおかしくないけど、どどーんとボーリュームたっぷりに膨らんでいたら、びっくりするに決まっている。
「なんじゃこりゃ〜!」
 思わず松田○作並みに叫んだ声は甲高く、どう考えたって自分の声ではない。
 反射的に右手は口を、左手は何故かそれよりもかなり下の部分を触っていた。具体的な場所は言わなくても判るよね。そのあらざるべき感覚に、博史は恐怖し全身に悪寒が走った。
「ぎえ〜っ!」
 ひきつりながら悲鳴を上げる。あるべきところにあるべきものがなかったら、誰だって驚くに決まっているだろう。

嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?
嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?
嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?嘘だろ?!
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

 頭の中にはその言葉だけがエンドレスで駆けめぐる。
 信じられないことだが掌にはぷるるんとした弾力に富んだ胸の感触と、股間の喪失感とどこか頼りない感覚に溢れていた。
「か、か、鏡はどこだ〜っ!」
 思考のループから立ち直ると、博史は思わず叫んだ。
(はい、お待ち)
 二つ返事で等身大の姿見を出すアーカス。
 そこに映っていたのは………
「しおりんじゃないか!」
 しおりんこと西崎栞。
 TVにグラビアに引っ張りだこの超人気アイドルである。上品なお嬢様フェイスに極上のプロポーション。上品さを失わない程度に、親しみやすく明るいキャラクター。誰もが憧れる超絶の美少女がそこにいた。
(さいでおますな)
 のほほんとした口調でアーカスが同調する。
 そりゃ町中でしおりんに会ったりしたら、サインのひとつでもねだるし、握手くらいはねだるだろう。
 でも、ここが宇宙船の中で、しおりんに出会うのはどう考えたって尋常じゃない。しかも彼女の姿が映っているのが、姿見という現実は、とてつもないことを意味している。
「さいでんなじゃなくて、どうして姿見にしおりんが映っているんだ?」
(はぁ?そんな初歩的なことを聞くんですか?鏡は入射した映像を反転して映す………)
「そんな小学生の理科みたいな事を尋ねるわけないだろう!どうしてオレの姿がしおりんになっているんだ!」
(どうしてって?見たまんまでおまんがな)
「へ?」
 って、おい、まさか……博史は息をのむ。
(いや〜。基本体型が違いすぎるだけに、合わせるのにえらい苦労しましたわ)
 顔があったら「てへっ」と言いそうな口調で、あっけらかんとアーカスが答えた。
「ふっ、ふざけるな!なんでオレが西崎栞にならなきゃいけないんだ!」
 顔を真っ赤にしながら博史が怒鳴った。
 そりゃぁ確かにしおりんは可愛い。お近づきにはなりたい。熱狂的なしおりんのファンである博史としては当然の発想だ。でも自分がしおりんになってどうするのだ?
(ていうか、あんさんの身体を再構成出来んかったんですわ。さっき言ったように両足切断しましたやろ?それで材料の絶対量が不足しまして、苦肉の策で一緒に事故った西崎栞はんの身体をコピーさせてもらいましてん)
「えっ。まさか、アーカス………おまえ………しおりんまで怪我させたのか?」
 思わずつっこんでしまった。
(ええ、まぁ……)
 口ごもりながらもあっさりと肯定するアーカス。
(話せば長いんですが、ちょこーっと車も引っかけてしもうて、そこに乗ってたんが栞ちゃんやったんですわ)
 至極大雑把に状況説明するアーカス。自分がしでかしたことを、些細な事故としてとらえる辺り、意外に大物かも知れない。
(まぁ、切断したあんさんの両足を培養して、肉体を再生しておきますさかい、しばらくはそれで我慢しておいておくんなはれ)
 アフターケアはばっちりです。と、自身満々のアーカス。元は自分のしでかしたへまだとは、これっぽっちも感じさせない見事な開き直りである。
 が、アーカスでなければこの状態を解決することが出来ないのもまた事実である。
「……いったい、どれくらい?」
(そうでんなぁ。半年か1年くらい……)
「い、1年?」
 そんなに長い間、栞ちゃんの姿でいるっていうのか?
(多少の不便はあるかもしれまへんが、憧れの栞ちゃんと24時間一緒にいられるんだす。頼みますわ)
 くどいくらい「お願い」をするアーカス。
 素直には承伏できないけど、身体が治らない以上この姿でいるしかないのも間違いなさそうだし、半年や1年も培養カプセルの中で過ごしたくはない。
「しょうがない。我慢してやるよ」
 小さくため息をつき、博史は不承不承承諾する。でないと話が先に進まないもんなぁ〜。
(ご英断痛み入ります。知っての通り栞はんも怪我しているもんで、当分芸能活動が出来ないので、あんさんが代わりをやってくれるとごっつぅ助かるんですわ。マネージャーはんが隣の部屋で待ってるさかいよろしゅう頼んます)
 みるからに明るい声を出し、こっちの心の準備というものを一切無視して、ぱかっと隣の部屋との仕切りを外した。
 オープンされた隣の部屋では、妙齢の女性マネージャー(とおぼしき人物)が心配そうな表情を博史に向けていた。
「良かったわ〜っ。栞が大怪我をしたっていうから、一時はどうしようかと途方に暮れていたけど、博史さんが代わりを演じてくれるってアーカスさんから聞いて正直ホットしているの」
 博史を見るなり彼の両手を握りしめ、涙を流さんばかりに喜んでいる。
「あ、あのぅ……」
 何か言おうとする博史。やるとは言っていないのだが……
「あっ、ああゴメンなさい。挨拶が遅れちゃったわね。私はこういう者よ」
 慌てて名刺を差し出す。名刺には『マネージャー今井孝子』と記されていた。
 聞くと案の定、西崎栞のマネージャーであった。見た目30歳前後の、社長秘書か弁護士といった印象だろうか?博史(というか栞)より頭ひとつ程度長身で、スーツの似合う大人の女性ある。
「色々大変かも知れないけど、精一杯サポートするから、一緒に頑張りましょう」
「あ、はぁ、はぃ」
 ガッツポーズをして励ます孝子に、曖昧に博史は答えた。
「でもまず、その格好をなんとかしないとね」
 ため息混じりに孝子が言う。
 確かに今の博史は素っ裸だ。改めて我が裸をまじまじと見ると実に魅力的だ。あまり高すぎず、といってチビでもない程々の身長。公表しているサイズよりもボリュームのある形のよいバスト。すっきりと引き締まったウエストに、それに続く見事なヒップラインとすらりと伸びた脚。グラビア誌を席巻しているだけのことはある、思わず見惚れてしまうスタイル抜群の美人である。
「じゃぁ、まず、服を着ましょう。その格好じゃ外に出れないわよ」
 そう言うと、有無を言わさず博史を別室の方に引っ張っていった。
 その様をモニターしながら、安堵のため息をつくアーカス。
 (ふーぅ。なんとかなりそうでんな。一事はどうなるかと……まさか栞ちゃんに怪我させて、ごっつう損害賠償を請求されてるなんて、言われへんもんな)
 それが本心かいっ!



 
 さて。
 契約?も無事終了し、アーカスの監視から逃れた博史だが、後門の虎よろしく今度は孝子が立ちはだかっていた。
「身だしなみはきちんとね。しおりんはアイドルだから、常にファンの視線に注意しないといけないのよ」
 そう言いながら衣装バッグを開き、孝子は用意した着替えをてきぱきと取り出した。
「これ………着るんですか?」
 渡された衣装を手に取り、ひきつった表情で博史は孝子に尋ねる。
 言うまでも無く博史が手にしているのは、ブラジャーにショーツといった女性ものの下着類である。それも100%コットンの安物ではなく、適度な光沢がありフリルなどの装飾が可愛い、シルクの高級ランジェリーであった。
「当然じゃない。その姿で男ものの服が着れると思う?」
 極めて簡潔に孝子が答える。が、博史が照れているのは全く別の理由からである。
「こ、これをしおりんが着けていたのか……」
 この状況はファンとして興奮せずにはいられない。
 自分ひとりだったら鼻血噴出モノ、更にはコレクターズアイテムとして永久保存するものであるが、孝子が目の前にいるためかろうじて理性が勝っているのだ。(おいおい)
「違うわよ。近所のスーパーで買った新品よ」
 博史の興奮を見透かすかのように孝子が言い放つ。
 微かに落胆の表情を見せたのは気のせいだろうか?気のせいということにしておこう。
「い〜い。まずはショーツからよ」
 孝子が極めて事務的に指示を出す。こころなしか「こいつに任せて大丈夫か?」という雰囲気が見え隠れしているが。
「穿くの?オレが?」
「当然でしょ。いつまでも裸でいたい?」
「いや、それは、遠慮したいけど」
 しおりんの裸は綺麗だが、ずっと素っ裸というのも正直辛い。女物を自分が着るのはちょっとした抵抗があるが、観念して着ることにした。
 ショーツ自体は開き穴がないだけでビキニタイプのブリーフと大差がないので、それを穿くこと自体にさして躊躇することはなかった。もっとも履き心地は大違いだが、それについては私は穿き比べたことがないので描写は割愛させてもらう。
「穿きましたよ」
 いざ穿いてみると、以外にフィットすることに感心(当たり前だ)して博史が答える。
「じゃあ次はこれよ」
 言い渡したのは当然のごとくブラジャーである。もちろんそんな趣味のない博史にとって初体験のモノであり、四苦八苦しながら着付けたことだけ報告しておく。

『おっ。ごっつう可愛くなりましたやん。見間違えましたで』
 モニターを再開するなり、わざとらしいヨイショを連発するアーカス。
 確かに可愛いのは可愛い。博史の今の格好は、黒のレース付きTシャツにヒョウ柄のミニスカート。デニムのブルゾンジャケットに黒のミュールといういでたちであった。
「ぬかしやがれ!しおりんが完治するまでだからな。代役を務めるのは!」
 大声を張り上げて抗議する博史だったが、今の外見では迫力が伴わず効果が全く無い。
『皆まで言いなさんな、わかっておますがな。なるべく早う再生しますんで、それまであんじょう頼みまっさ』
 軽薄な物言いだが、今は信じるしかない。博史は孝子に連れられてアーカスを後にした。




 それにしても………
 人生は不幸の連続だと博史は思う。なにがって?これがね。

「わぁ〜〜〜〜っ!!!!」
「しおりん!!!しおりん!!!しおりん!………」


 イベント会場に野太い歓声としおりんコールが響き渡る。親衛隊の一糸乱れぬ統制が、曲の終了とともに怒声の渦に豹変した。
「はい!しおりんこと西崎栞チャンでした〜」
 MCの締め言葉と同時に博史は客席に向かって手を振った。
「みんな、ありがとう♪」
「うぉ〜っ!!!」
 更に声援が大きくなり、地響きのようにホール一杯に満たされる。その中を通って博史はステージを降りていった。
 控え室に引っ込んだあとも地響きのようなしおりんコールは続いていた。
「は〜っ。疲れた……
「おつかれさま。ミネラルウオーター、いる?」
「ください」
 控え室に戻ると絶妙のタイミングで孝子がLサイズのカップを差し出す。並々注いだミネラルウオーターを一気に飲み干すと、博史は身体ごとドレッサーに突っ伏した。
「だらしない格好は止めてよね」
 孝子が注意するが、疲労困憊の身にそんな言葉は通用しない。
「しおりんのスケジュールがこんなにきついなんて、想像もつかなかったよ〜」
 スタジオの控え室で博史は一人ぼやいた。
「ほらほらダメよ。壁に耳有り・障子に目有りって言うでしょ?今あなたはしおりんなのよ。滅多なことを口走らないようにね」
「でも……」
「でももへちまも無い。それと脚!そんなに広げていたらショーツが丸見えでしょ。見せるのは彼氏の前だけにして頂戴」
 早速チェックが入り孝子に窘められる。博史が西崎栞の代役を務めて1週間。ほぼ1日1回出る発作であった。
 それもムリはない。
 実際博史が想像するよりも、西崎栞のスケジュールはハードだった。今日も朝イチからFMラジオのゲスト出演に始まり、TVのバラエティーショーの出演、握手会、雑誌社の取材にグラビア撮影と、息つく暇もない忙しさであった。
「こんなに多忙な生活なら、彼女がスリムな理由もよく解るよ」
「何言ってるの。これでもあなたが慣れていないと思って受注量をセーブしているわよ。ホントのしおりんならこれの1.3倍は仕事をしているわよ」
「当社比1.3倍ぃ〜?!」
 悲鳴ともいえない声。今でも大概多忙なのに、その1.3倍もこなしていたというのか?が、「そうよ」と、孝子はあっさり肯定した。
「オレ………身体持つかなぁ〜」
 と、博史がぼやいた。
 その時である。孝子の携帯に妙なメールが入ると同時に、博史の意識にもアーカスの声が聞こえていた。
『緊急事態です、博史はん。例の宇宙怪獣が都心めがけて行軍しとります。悪いんですけど、すぐに出動してぱっぱとやっつけたってもらえまへんか?』
「はへ?」
 意味がわからず素っ頓狂な声を出す博史。
『もぅ、反応の鈍い方でんなぁ。宇宙怪獣が出たからやっつけたって下さいと言っとりまんねん』
 いらついて怒鳴るアーカス。
「アーカスから聞いた?しおりん………いえ、博史クン。次のスケジュールに影響が出ないように、急いでやっつけちゃってくれる?」
 メールを読み終わった孝子が、そう言いながら出動を後押しする。既にアーカスが裏で話をつけているようだ。
「おぃ、ちょっと待ってよ。出動って、怪獣相手に女の子の細腕で素手で立ち向かうっていうのか?オレを殺す気か?」
 怪獣相手と聞いてビビりまくる博史。当然だろう。仮に元の男の姿であったであっても、立ち向かうのは無茶だと思うぞ。
『その点なら心配おまへん。ちょいと腕を斜めに持ち上げて「セットアップ!」って、叫んでくれまっか?』
「なんだそりゃ?」
『いいから言っておくんなはれ!』
 命令口調のアーカスの気迫に押され、博史は不承不承「セットアップ!」と言われたとおりに叫んだ。
 バシュン!
 メカニカルな音と共に、博史の右腕にブレスレッドが現れた。俗にいう○○戦隊なる者達が付けているようなアレだ。
『リストバンドがでましたやろ?そしたらGO!と叫んでおくんなさい』
 もう自棄だ。博史は言われたままに「GO!」と叫んだ。
 するとブレスレッドが、まるで安っぽいオプティカル合成を被せたように放物線を放って輝きだし、やがてその光が全身を包みだした。
 その様を孝子も呆然と見つめる。
 時間にしてほんの2〜3秒くらいだろうか?ブレスレッドの輝きが収縮すると、つい先刻までのフリルのたっぷりついたステージ衣装から、メタリックな戦闘服に変化していた。
 目にも鮮やかなブルーとシルバーを基調としたコスチュームは、博史の身体のラインを際だたせ、胸や腰など要所要所にメタルちっくなプロテクターが配されていた。フェイス部はというと、耳に鋭角的なアンテナが付き、そこからフレームレスのサンバイザーが付いていた。手足はロングブーツ背中に巨大なジェットパックが2セルと、どちらかというとビジュアル重視の戦闘服といったイメージだろうか。
「すごーい、すごーい。カッコいいじゃない!バトルしおりん」
 傍にいた孝子が服を見るなり無責任に囃したてる。ちなみに孝子がなにげに言った『バトルしおりん』という名前が、そのまま彼女の戦闘時のコードネームになってしまった。
「人ごとでそんなに喜ばないでください!」
 顔を真っ赤にして反論しようとしたが、言葉の途中で背中に付いたロケットブースターが点火し、博史は大空の彼方へと飛んでいった。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉ……………」
『心配おまへん。オートパイロット機能は万全ですさかい、どっかのアレみたいに居眠りしていても無事に到着します』
 いや、博史が心配しているのは、そんな問題じゃないと思うけど。




「GAOOOONNN!!!」

 どこかの都心部で、そんな雄叫びをあげながら宇宙怪獣が街を蹂躙していた。
 体長は50メートル程度。BWHと体重は不明だが、デカいことは間違えない。硬い鱗に覆われた前足は、見るからに凶悪そうな面構えであった。
 暴れ狂う怪獣に対して自衛隊の戦闘ヘリや戦車が出動して鎮圧に当っているが、強暴な宇宙怪獣の前では全くの無力と言ってもよかった。
「隊長。我々の武装では、あの怪物に対処する術がありません!」
「ダメです。歯が立ちません。退却許可を」
 隊員たちの悲痛な叫びが次々と発令所に届く。
「ぐぅっっ………」
 ゴ○ラ以来頻々と来襲する怪獣に対して、世界でも類の無い対処能力を持つ自衛隊にしてこの有様である。幸いにして迅速な避難活動が功を奏して死傷者こそ出ていないが、今のままでは出動した自衛隊そのものが壊滅するだろう。
「止む得ん!攻撃を維持しつつ前線を後退!」
 苦虫を噛みつぶした表情のまま、前線指揮官は後退を指示した。
 屈辱的な後退に気をよくしたのか、宇宙怪獣は更に凶暴化し、見る見るうちに都心のオフィス街が廃墟と化していく。

 その様を上空?から見ていた博史は、正直参戦するか否か躊躇していた。
 理由はたったひとつ……………………………怖いのだ。それもめっちゃくちゃ。
「ちょっと………あんな凶暴な怪獣相手に、どうやって素手で立ち向かうんだよ?」
 もっともな意見である。
 今の博史の恰好―バトルしおりんモードと言っても、ジェットパックを背負った女の子に過ぎない。たかだか160センチ少々の美少女が、どうやったって50メートルにもなる怪獣とタメに闘えるはずが無い。
 その疑問に対するアーカスの回答は簡単明瞭だった。
『大丈夫でんがな。ワテらの科学力を信用しておくんなはれ。その戦闘強化服はただ飛ぶだけの機能やおまへんで』
 自身満万に言いきるアーカス。
『せやけど、ここは一丁様式美が必要だす。初陣やし、皆の見ている前でビシっとポーズ決めたっとくなはれ』
 あくまでも脳天気に言い放つ。人類が滅亡してもコイツのスタンスは変わらないのではないだろうか?既に諦めの境地に立つ博史は、言われるままにビルの屋上で決め台詞を放った。

(ここに好きなセリフをはめ込んでください)!!!」

 怪獣に向いきめゼリフを放ち、指を突きつけるポーズはとても決まっていた。
 言うまでもなく口上の前にギャラリー達のざわめき、「あれはなに?」「鳥だ!」「飛行機だ!」「いや、ばとるしおりんだ!」の合いの手があったことは付け加えておく。
 ポージングを取りつつ舞い降りた、西崎栞の艶姿に、周囲は修羅場を忘れやんやの喝采に包まれた。
 あろうことか怪獣による惨状を取材するはずの報道関係のヘリまでも、一斉に博史を捉えシャッターを切りまくっていたのであった。(当然といえば当然だが)
『まずは小手調べに肩パッドに装着しているミサイル一斉発射といきまひょか?』
「あぁ、そうしてくれ」
 言われるままに同意する。発射のショックに備え、博史は歩幅を広げ腰を落として対応した。
「………」
 何も出ない。
「………」
 やっぱり何も出ない。
「…なんにも出ないぞ」 
『音声入力システムやさかい、あんさんが喋らんとなんにもできしません。そんなもんメタルヒーローの常識やおまへんか?』
 勝手な理屈をたてて小ばかにする。初めて使って誰が分かるんだ?
「じゃあ、ミサイル発射」
 博史が言うと同時に肩パッドが開き、ペンシル大のミサイルが怪獣めがけ次々と射出された。
 BAGOOOONN!
 自衛隊のミサイルではキズひとつ付けなかった硬い鱗に、博史の放ったミサイルは小さなダメージを与えることができた。
 が………
「おぃ。挑発してどうする!自衛隊の部隊が出てあの様なのに、この細腕で勝てる訳無いだろう!」
 当然の如く怒りに燃え上がった宇宙怪獣は、博史めがけて行軍を開始した。
『心配おまへんて。そのスーツは1万℃の高温にも耐え得るし、2千トンの衝撃にもびくともしないように設計されとります』
 またもや胸を張って答えるアーカス。 
 でも……
 不意に不安が走った。
 それも凄まじく。
「念のため聞いておくけど、その熱や衝撃を受けても、中の人間は大丈夫なんだろうな?」
 念を押すべく至極もっともな質問をアーカスにぶつけた。
『えっ、え〜とっ………』
 突然の突っ込みにアーカスがうろたえた。
 暫し考えた後、ゆっくりと答えた。
『…………GOOD・LUCK!』
 
考えてなかったのかぃ!!!
 その瞬間に、まるで堰を切ったかのように、怪獣が博史めがけて火炎を吐いてきた。
「うわちっちっち!」
 色気の無い叫び声をあげて間一髪避ける博史。
『回避能力はなかなかでんな』
「バッキャロ〜。死ぬかと思ったじゃないか!」
『肝っ玉の小さい男でんな〜。そんなことで死にやしませんて』
「……オレは女だ!」
『じゃあ、肝っ玉の小さい女』
 即座に言い換える。
「誰が女にしたんだ!」
『そういう星の下に生まれたんでしょう』
「勝手に運命付けるな!」
 と、怪獣を無視して口論をしていたら、髪の毛数本を焦がすような至近距離を火炎が通過した。
「やっぱり辞める。死にたくないよ!」
 のた打ち回って博史が悲鳴を上げる。
『それはもうムリだと思いませよ〜』
「何故?」
『↓こんな理由で』
 と、下行を示す。
 既に世間は博史を「バトルしおりん」として認知していた。(早いねェ〜)
 しかも民法各局に加え国営放送までもがライブで博史の戦闘状況を放映している。それは当然だろう。国民的人気美少女アイドルが、そのプロポーション丸出しのメタルスーツを着て、凶悪な宇宙怪獣と闘っているのだ。こんな恰好の素材をTV局が放っておく筈が無い。
『ま、注目の的。って、ヤツでんな〜』
 その言葉を裏付けるように、わらわらと報道局のヘリ近づき、博史の後を追いかける。
「バトルしおりんは只今駅前第4ビルを抜けて第三ビルの上空を飛行しています。怪獣の前足が彼女を叩き落そうと振り落とされた。危ない!なんとか間一髪難を逃れたようです」
 報道記者がまるで野球中継のように、彼女の一挙一動を実況する。他の報道ヘリも同じである。(ついでに言うとグラビア雑誌のチャーターヘリも何機かいたりする)
『あんさん、あんさん。ちょこまかと逃げ回るだけでは、被害が拡大するだけでなんの解決にもなりませんで』
 あくまでも脳天気、あくまでも他人事としてアーカスが語る。
 ま、客観的に見ればアーカスの言っている通りである。
「ウルサイ!当事者は必死なんだ!」
 反論するがその力は弱い。なにせ被害地域が拡大しているのだから、その現実は否定しようがない。
 そんなことを言っている間にも怪獣は暴れ狂い街を破壊する。防戦する博史が結果的に被害を大きくしているのだった。
「おい、傍観していないでなんとかしろよ!元はといえばおまえの仕事だろうが!」
『そうやってひとに責任転嫁して、今時の若い人は………しょうがおまへんなぁ。なんとかしまひょ』
 間の抜けたアーカスのぼやきと同時に、上空に光る点が現れた。
「なっ?」
 博史を始め報道ヘリや野次馬達が目をやった途端、光る点は見る見る大きくなり、ごつごつとした大型爆撃機の威容を見せた。
「これは……」
 子供がブロックで作った戦闘機。そう表現すべきだろうか?力強いデザインだが、航空力学を根底から無視した無茶苦茶なフォルムだ。
『戦闘爆撃機グランファイターでおま。わての艦載機ですわ』
 得々とアーカスが言う。そんなのがあるなら早く出せよ!こみ上げる殺気を押さえつつ博史はそう思った。
 そんなこんなの内にグランファイターは大型のミサイルを発射し、宇宙怪獣を牽制しつつ再度距離を取り出した。
「おぃおぃ。見せるだけかい!」
 思わず突っ込みを入れると、『真のエンターテーメントはこれからだす』と勿体付けたセリフが返ってきた。
 するとどうだろう。大型爆撃機のグランファイターが空中分解するような動きを見せ、みるみるうちに人型の戦闘ロボットに変形した。
『ふっふっふっ。戦闘モード、人型巨大ロボ マッハグランディスですわ』
 再び胸を張って答えるアーカス。マッハグランディスはマッハグランディスで、太陽をバックにしっかりと登場ポーズを作っていた。
「そんないい物があるのなら早く出せよ!」
『真打ってのはいいところで登場するもんでっしゃろ』
 またもやしゃぁしゃぁと答える。
『それにマッハグランディスはこれ単独では動きませんねん。当たり前やけどパイロットが必要だす』
 その一言に悪い予感がよぎった。
「まさか……」
『察しよろしおますな。あんさんが操縦しますんや』
 叫ぶ間もなく、博史はマッハグランディスの中に吸い込まれていった。
『芸が無いなぁ。せめてフェード・○ンとかの掛け声かけたらええのに』
 一人呟くアーカス。そんな余裕があるか!っていうの。

 


「ここは?」
 博史がふと我に返ると畳にして3畳程度の小さな部屋にいた。
『気がつきましたか?ようこそ、マッハグランディスのコックピットに』
 またまたスピーカーからアーカスの脳天気な声が聞こえてきた。
「おっ、おまっ……またまたオレを拉致したな!」
『拉致だなんて人聞きの悪い。ちゃんとご協力をお願いしているじゃないですか』
「オレがロボットの操縦なんかできると思うか!」
 ニュータイプじゃないんだゾ。そう言いたげな博史であった。
『その点は大丈夫ですわ。コックピットにスイッチや操作レバー等がおまへんやろ?』
 言われてみればその通りだ。しかも博史の両手両足首には、電気コードのようなケーブルが繋がっていた。
『リアルコントロールシステムだす。その名の通りあんさんが動いたとおりに動きますさかい、気張っておくんさいや』
 ふっと声が消え、その後で一言添えられた。
『お達者で〜』
 ちょっとマテ。先刻と一緒じゃないか!

 そんなドタバタしている間も、件の宇宙怪獣はマッハグランディスめがけて突進していた。
「ちょっと、タンマ。寄るな〜。」
 ガツン!
 怪獣の強引なタックルに、大音響と共に博史は後ろにひっくり返った。
 もちろん言うまでも無くマッハグランディスもひっくり返り、背後の建物を瓦礫の山に変えていった。
『あんさんが破壊工作をしてどないしますんや』
 博史の無様な姿にため息をつく。
「やばいと思ったらなんとかしろよ!」
 この期に及んでも能天気なアーカスに博史がキレる。 
『しょーがおまへんなぁ』
 身体があったら肩をすくめるような声を出して、アーカスが助け舟を出してやることにした。
『じゃあまず、牽制のアームキャノンを撃ちなはれ』
「アームキャノンね」
 言葉と同時にマッハグランディスの手首が折れ、キャノン砲がぶっ放された。
『続いてマクロウエーブ照射』
 胸部装甲板から電子レンジ数万台に相当する強力な電磁波が照射され、怪獣の動きがとまった。
『今だす。とどめのグランソード!』
 マッハグランディスの両腕から光の帯が迸り、巨大な剣を形作った。
『はい、決めポーズ』
 言われるままに正眼の構えを取る。
「斬!」
 掛け声とともに胴に一振り。血飛沫をあげて怪獣は崩れ落ちた
『ようやりましたな。初陣としてはまずまずでんな』
 70点と辛口評価のアーカス。ちなみに怪獣は処理の遅れから辺り一面に腐臭を撒き散らし、現地住人約300人が「気分が悪い」と病院に担ぎ込まれたことを追記しておく。
『ま、次回も気張っておくんなはれ』
 軽く言い流す。
「次ぎもあるのかよ〜」
 博史が愚痴る。
 ありました。一週間後にきっちりと。その折もバトルしおりんとマッハグランディスが出撃したのはいうまでもない。

   
 

 で、その後どうなったかというと……

「おぃ」
(はぃ?)
「はぃ?」
「はぃ?」
 博史の質問の後に続く3つ疑問符。言うまでもなくひとつはアーカス、ひとつは孝子である。ではもうひとつは?
 「しおりんが完治しているのにどうして俺がこのままなんだ?」
 相変わらずしおりん姿のままの博史が叫ぶ。あの事故から5ヶ月余り、すっかり完治し元気になったしおりんを横目に博史は吼えているのだった。
 ちなみに今の衣装は男物のMのシャツにツイードのプレーンタイ。ボトムはレディースのスリムジーンズである。見た目が美少女だけに、ちょっと着崩している様がめちゃ可愛い。
『あんさんが今辞めたら、誰が地球の平和を守るんですか?見ず知らずの宇宙船に全てを任すなんて、そんな無責任なこと仰りゃしまへんやろな?』
 アーカスが詰め寄ってくる。
「オレはずっとやるなんて了承していないぞ。それに、だ。仮に続けるとしても、しおりんの姿でいる必要は無いじゃないか!」
「それは今更無理よ」
 孝子が即座に否定する。
「どうして?」
「『バトルしおりん』はもうファンのみならず世間の皆様に広く浸透しているわ。そのおかげで新規のCMやクライアントもついているの。それを今更消滅、ましてやむさくるしい男の姿で継続だなんて、世間が許してくれないし我が社の存亡に関わるわ」
 理詰めで説得にかかる。
「だったら、本物のしおりんがやれば……」
『あんさんはか弱い女の子に、こんな危険な仕事を任せるんでっか?同じ男として信じられまへんわ〜』 
 白々しくもそんなセリフを吐く。
「それに栞が認めないわ。彼女は今やアンタのファンなのよ」
「オレの?」
 思わず指を指す。見れば潤んだ瞳で本物の栞が博史を見つめていた。
「だって、だって。元に戻したらお姉さまの凛々しい姿が見られなくなっちゃうじゃないですか?」
 涙目で訴え懇願する。バックに百合の花が咲き乱れているのは気のせいだろうか? 
「ちょっと、ちょっと。今の俺の姿は栞ちゃんのコピー……」
「違いますぅ。バトルしおりんの凛々しいお姿は、お姉さまがやってこそ映えるんですぅ」
 反論する間もなく即座に否定が入る。
「栞は元々ナルの気があるからね。恋愛対象としては今のアンタがぴったりなんでしょう」
 瞳をウルウルさせている栞に代わって孝子が解説する。
「で、ものは相談なんだけど、このまま正式にウチの事務所に入る気はない?そうすればちゃんとお給料も払うわよ。自衛隊からの報酬もあるから、今度は危険手当もつけるし」
 懐柔案を提示する孝子。栞の身体が二つあれば、今以上に営業をつっこむ事が出来る。魂胆が見え見えだ。
「お姉さまがそのままの姿でいてくれたら、ワタシが親衛隊を仕切りますし、身も心も捧げますぅ」
 しなを作って栞が擦り寄ってくる。ファンとしてはこれ以上の幸せはないだろうが、それはあくまでも元の身体での場合だ。
「ちょっと、オレはトイレだって素っ裸だって、もっと恥ずかしいことまで、栞ちゃんの秘密を知ることになるんだぜ」
 もはや充分知り尽くしているのだが、敢えて栞に投げかける。
 が、……
「栞は身も心もお姉さまのものなんですからぁ、そんなものは当然です。お姉さまが望めば、もっと恥ずかしいものでも大事なものでも……いいえ、栞の全てをお姉さまに捧げます」
 きっぱり。一点の曇りもなく言いきられた。
「男冥利に尽きるわね」
「だから絶対にそのままでいてくださぃ〜」
『それでもあんさんは、自分のエゴのために、元のむさい男に戻ろうというのでっか?』
「「どうなの?」」
 アーカスに続いて孝子と栞も詰め寄る。
 もはや逃げ道は無い。博史の答えるセリフはたったひとつしか用意されていない。
「や、やらさせていただきます」
「やった〜!おれでお姉さまはワタシのものよ〜♪」
 頬を紅潮させながら栞が抱きつく。
『よっ、三国一の果報者!』
 アーカスが合いの手を入れるが、博史の心中は複雑だった。
 これは幸せとは言わないぞ。
 傍目には百合の花咲く美少女二人。が、博史の心の中は地獄絵図が舞っていたのかも……




「早くまともな生活にもどりた〜い」
「お姉さまは今が一番なの!」

チャンチャン♪
 


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