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再会ピック 最終章

作:奄美平次




 恭子はギターを弾くのに興味があったのか、次第にのめり込むようになっていた。
「ねえ、どう? 秀忠さん」
「もうそろそろかな」
「え、なにが?」
「一緒に行けるのは」
恭子が千郷の代わりに駅前で弾こうとすることに秀忠は、恭子の気持ちを知ったのか何も言わない。

 それから一週間がたったある日、恭子が一通り弾けるようになる。
「なあ、あいつに聞いてみるか? 俺にできるのこれくらいだから」
「うん」
秀忠はあのピックで千郷と入れ替わる。
「あ、恭子さん」
千郷もあの一件から恭子と仲良くなり、千郷からも時々教えてもらう恭子だった。

 それもそのはずだ。恭子は千郷と話したあの後、秀忠と一緒に千郷が眠る墓に墓参りに行ったのだから。
「ここさ、千郷の・・・」
「うん、これで千郷さんの機嫌が直ってくれれば」
「そうだな」
その風景を一部始終、見ていた千郷はジッと眺めている。
(恭子さん・・・)
墓に手を合わす恭子の姿を見て、何か胸がつまる思いをする千郷だった。
 その後、孝治と入れ替わった千郷は秀忠に素直な気持ちを話す。
「ねえ、恭子さんとどう?」
「どうって?」
「うまくいってるの?」
「あぁ、もちろん!」
秀忠も恭子とは何も変わった事のない秀忠は素直な気持ちで答える。
 それから千郷の気持ちも晴れたのか、嬉しそうに秀忠たちと入れ替わる。

 恭子が弾けるようになり、秀忠も苦手なあの部分がうまく弾けるようになる。
「秀君、やっぱり弾けるようになったじゃない」
「そうだな」
孝治と入れ替わった千郷もなんだか嬉しそうだった。
「なあ、千郷?」
「なに、またあの話・・・」
秀忠は駅前での話をし始め、千郷は怪訝な顔を浮かべる。
「別にいいわよ、もう私やり残した事ないし・・・」
「そうか、じゃあ」
しかし千郷はすぐ表情を変え、何も言わず喜んで駅前で弾く事にする。
「そのかわり・・・」
「なに?」
「秀君と一緒に弾きたい」
「わかった」
秀忠も千郷の思いを正直に受け止め、その話をして安心したのかすぐ、千郷が帰った。
「孝治?」
「何、秀兄」
「そういえば、孝治って千郷の曲って弾けるんだっけ?」
「姉ちゃんの曲?」
「あぁ、俺がいつも弾いている・・・」
秀忠は孝治に千郷と話した事を話す。
「お姉ちゃん、弾く気になったんだ」
「気が変わったらしい」
「そうなんだ、その曲だったら俺も弾けるよ」
「じゃあ、いいか」
駅前で弾く話は孝治が一緒に弾き、途中からあのピックを使い千郷と入れ替わり、千郷の願いを叶えようとする話でまとまる。

 話がまとまり、音響の部屋で一段とやる気を見せる秀忠だがその秀忠を考え深そうに見守る姿があった。その姿とは恭子だった。
「どうかした、恭子?」
「いや・・・」
恭子の表情は曇るが、仕方ない。恭子は千郷と仲良くはなったが、秀忠も千郷と会う事が多くなって、秀忠の気持ちが千郷へいってしまわないか心配なのだから。
「この頃、変だよ恭子」
「そう?」
戸惑う気持ちを隠すように恭子もギターを弾く。しかしそんな気持ちを持っているせいか恭子はいつもは間違わない場所で間違う。
「どうした?」
「別に・・・」
「なんか、変だぞ」
秀忠も恭子の変化に気づかないわけがない、ずっと一緒に練習していたのだから。だが恭子は隠し続ける。

 恭子の気持ちを秀忠は察したのかあのピックを使わず、孝治を呼ぶようになった。
「いつ、誤解解くの、秀兄」
孝治もわかっていたのか、秀忠に耳打ちする。
「え・・・?」
「知らなかったの。恭子さん、秀兄がお姉ちゃんの方に気持ちがいってしまうんじゃないかって心配なんじゃ・・・」
「それでか、やっぱり・・・あいつ」
秀忠は孝治に言われ、恭子が間違える意味の確信をつかみ、恭子の元にいく。
「なあ、恭子? ちょっといいか?」
「なに? 秀忠さん」
「孝治、二人っきりにしてくれるか?」
「うん、わかった」
孝治は部屋を出て行き、秀忠は恭子と二人っきりになった。
「なあ、もしかして・・・恭子? お前」
「悪い? 今の彼女は私なんだから・・・心配したっていいじゃない」
「だけど・・・お前さ、どう感じてるんだ? 俺と千郷の関係」
「彼と彼の元カノ、今はそれ以上の関係に戻ろうとしている・・・」
恭子の言い分も悪くはないのだろうけど、秀忠本人として否定する。
「なんか、勘違いしてるな、やっぱり」
「どう?」
「俺が会うようになったのはあのピック買ってからだぞ、それにあいつだってそれわかってお前に教えてると思うよ。いちゃつきに来てる訳じゃないんだし・・・」
「だけど・・・」
「どっちにしても俺は駅前で演奏したら、あのピック捨てるつもりだから。あいつも思い残すことなくあっちの世界へ逝って欲しいだけ」
しかし、秀忠が言う事に恭子は納得はしなかった。
「ねえ、その後の事考えてる。千郷さんも弾くんでしょ、あの曲」
「あぁ、孝治に入れ替わってもらう」
「だったら千郷さん、気持ち残るんじゃ秀忠さんへの気持ち・・・」
「そうか?」
「私だったら残ってあっちへ逝けないかな?」
恭子は自分だったらと正直な気持ちを秀忠に告げる。
「まあ、その時はその時だ、別にあのピックを捨てちゃえばいいだけだし」
「楽観的ね、秀忠さん」
「そう」
「練習しよう、千郷さんのために」
「そうだな」
恭子はまだ心配を内に残し、ギターを弾く。
 ギターの音色を聞いた孝治も中に入り、3人で練習をする。

 恭子は気持ちをうちに秘めたまま、恭子の気持ちとは裏腹にトントン拍子に事が運んでいく。
「ねえ、何そんなに急いでるの? 秀忠さん」
「知っているくせに、恭子も」
「だけど・・・私は・・・」
恭子はなぜか嬉しそうではない。
「どうかした? 恭子」
「早いんじゃない・・・まだ」
恭子は千郷と秀忠をまた引き離してしまうのではないかと心配になっていたのだ。
「ねえ、あれ貸して」
「あれって?」
「ピック、早く弾いて!」
突然表情を変える恭子に尋常じゃないのか、秀忠は恭子に聞く。
「何かするのか?」
「千郷さんと話すの。このままじゃ、千郷さんかわいそうだよ」
「千郷と話してどうする気だ」
何がなんだかわからない秀忠に
「千郷さんに聞くの、これでいいの?って」
「今さら聞いても、千郷の気持ちは変わらないと思うぞ」
「いいの! 秀忠さんが弾かないなら、孝治君弾いて」
「え、俺?」
「お願い」
恭子の気持ちが痛いぐらいわかる孝治は、ピックに手を伸ばす。
「孝治!」
「秀兄、いい加減にしてくれ」
「孝治君・・・」
「姉ちゃんにも気持ちがあると思うよ、ただそれをすれば喜んで帰ってくれるとは俺は思わない・・・まあ、小さい頃の優しいお姉ちゃんの事考えたら」
孝治の気持ちを知り、何も言い出せなくなった秀忠はピックを渡す。
「それに姉ちゃんだって事故の時より嫌な気持ちになって本当に取り憑くよ、秀兄に」
「あぁ」
ピックをもらい、弾き始める孝治。いつものように千郷に入れ替わる。
「何か用? もう準備できたの?」
「ううん、ねえ千郷さん?」
「なに? 恭子さん」
「おい、恭子」
「秀忠さんは黙ってて」
恭子はそう言うと秀忠を外に出し、千郷と二人っきりにさせる。
「あの曲弾けば、後は思い残す事ないの?」
「どういう事? 恭子さん」
「秀忠さんとやり直したいとか恋人同士に戻りたいとか・・・ピックがあれば秀忠さんと一緒に」
千郷はそれを聞き、恭子が言いたい意味がだんだんわかってきた。
「それは、ピックがあればいつも秀君と一緒よ。でも・・・孝ちゃんじゃなく秀君が弾いてたら会えないし、それに私、秀君に会ってから一度もやり直したいなんて思った事ないわよ」
「え?」
「だって、秀君には恭子さんがいるんだもん。それに私がどうやってもできない事もあるし」
自分の思いを恭子に話す千郷だが、次第に表情が曇り始める。
「それって」
「うん。だって私はあの歌弾けたら・・・やり残したことないし邪魔もしたくないし、私はもう死んじゃったんだし・・・」
千郷は遣り場のない悲しさを恭子に話す。
「ねえ、秀忠さんがなんか急いでるみたいなんだけど・・・」
「秀君が?」
恭子も千郷の姿を見てこの頃の秀忠のことを相談する。
「トントン拍子に決めてきて、この頃変なの」
「秀君のことだから、心配いらないよ」
「もしかして、千郷さんが思っているより早く別れが訪れても?」
恭子は突然の言葉に千郷が驚くかと思っていた。
「その時は、入れ替わらなきゃいいんじゃない」
「だけど・・・」
「入れ替わらなきゃならないときは仕方ないよ、秀君が後悔するだけだよ」
「それでいいの? 千郷さん」
「だって・・・それに恭子さんのために弾いてくれていれば。そのために・・・教えていたのよ、私」
千郷は覚悟を決めていたようだ。その話をした後、千郷は帰っていった。
 千郷が帰り、孝治は恭子に話しかける。
「どうだった? 恭子さん」
「なんか、悲しそうだった。千郷さん」
「やっぱり」
孝治と話している声を聞き、秀忠も部屋に入ってくる。
「なんか言ってた? 千郷」
「覚悟を決めているみたいだよ、千郷さん」
「覚悟って」
「もう会えなくなっちゃうこと。それも強制的に」
千郷との話を聞いている秀忠だったがどうも納得がいかない。
「強制的・・・?」
「そうじゃない、入れ替わることが千郷さん自身でできなくて、あのピックを使うと千郷さんも入れ替わってしまうって考えたら・・・」
「それって、俺が千郷のこと気にしてたら、入れ替わるって事じゃないか?」
「そう言うこと、多分共通してるのがあの曲だけ」
「だったらいいじゃないか、あの曲を駅前で弾けば」
「もう千郷さんと会えないのよ!」
そう言われても秀忠には恭子という付き合っている彼女がいる。
「お前がいるから、恭子がいるから。死別にしたあいつのことを思い出すのはやめにしたいし」
「秀忠さん・・・」
恭子は何も言えなくなった。
「それに、お前が練習しているうちに弾けなくなっていた一番肝心なところも弾けるようになったし、あいつも気兼ねなくあっちへ逝けると思う」
「そうなんだ」
「だから、早めに決めてきたんだ。気持ちが変わらないうちに」
「じゃあ」
秀忠のその言葉を聞いて安心した恭子だった。

 駅前で演奏をする日が待ち遠しいのか、恭子は天気予報ばかり気になる。
「なに、天気予報ばかり気にしてるんだ?」
「だって気になるんだもん」
だが、その天気予報が秀忠の運命を左右する。
「ねえ、なんだか来週から天気悪くなるかもしれないわよ」
「え・・・そんな」
秀忠も週間予報を見るが週の後半にかけて傘マークが目立つ。
「どうする・・・雨なんか絶対いやだぞ」
「そう言ったって・・・」
「雨は嫌だぁ・・・」
「だから・・・」
傘マークを見て秀忠は不安になる。

 そんな心配をよそに日にちだけは近づいてくる。
「あ、もう明日か」
「もう明日? それ考えたら緊張する」
「それだったら、秀兄に抱きつけば。緊張が解けるよ」
緊張する恭子にそう話す孝治に恭子は顔を赤らめる。
「もぉ、孝治君。それ貞子さんにしてるの?」
「もうしょっちゅう」
「違うだろ!」
「しまった、秀兄がいたんだ」
「お、おそい」
孝治の言ってたことを兄として気になる秀忠は貞子に聞きに行った。
 緊張が解れた恭子は練習をし始め、別に動揺している素振りはない。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫よ」
気になっていた孝治は恭子に話しかける。
「俺が気になってたら、気にしなくてもよかったのに」
「どうして?」
「そっぽ向いてたのに」
「いいの、ありがとう。落ち着けたから秀忠さんとのやりとり聞いてたら」
「そう」
孝治も安堵の色を浮かべる。
 その後、3人で合わせて練習をして明日に控えた。

 当日、駅前に着くまでやはり、恭子は緊張していた。
「私、ちゃんと弾けるかな・・・」
「もう、気にしすぎ。間違っても誰もわからないよ」
「そうだよ、どっちにしても3人で弾いてるから聞こえないよ」
夕方に合わせ移動している車の中で、恭子の緊張をほぐそうと秀忠は話し続ける。
 駅前に着き、駐車場に車を止めた3人はギターを担ぎ駅前に行く。秀忠が準備をしているうちにまた恭子は緊張はしてしまう。
「ねえ、聞いてくれるかな」
「いいんだよ、恭子。別に聞いてもらわなくても、俺らは千郷のために弾くんだから」
「姉ちゃんに来てもらうからさ」
孝治がそう言うと気づいたのか、緊張から解かれた恭子はペットボトルの水を飲む。
「やるか!」
秀忠の一声で孝治も恭子の気も引き締まる。

 秀忠の思い出から始めた駅前での演奏。それまでとても長かった気がする、それは秀忠も恭子も一緒だった。ただ秀忠たちの持ち歌は、千郷が弾きたがって逝ってしまったあの曲だけだ。
 その曲をただくり返す3人だ。それを繰り返し繰り返し歌っているうちに、恭子も慣れてきたのか間違うことも少なくなったときから3人の目の前に人が集まろうとしていた。目の前で座り込む若い女の子もいた。
「ちょっと面白い手品をします」
秀忠はそう言うと孝治の前を遮らせるように恭子に布をかぶせさせる。その間、孝治はピックをあのピックに持ち替える。千郷と入れ替わるのだ。
「お姉ちゃん、安心してきて。お姉ちゃんが来たかった場所だから・・・」
孝治はそう小声で言うと弾き始め、千郷と入れ替わる。空にはなぜか雲が広がり始めていた。
 秀忠は孝治が千郷と入れ替わったのを確認し、恭子は布を引く。
「え〜?」
周りで見ていた人は驚きを隠せない。さっきまで弾いていた男の孝治があの一連の動作で女の千郷と入れ替わったのだから。千郷に入れ替わり、太陽の光が雲で遮られ駅前の周辺は少し暗くなってきた。何かの前触れなのだろうか・・・。
 さっきまで男2人に女1人で歌っていた歌声が千郷と入れ替わって女2人に男1人という別の歌声に変わり、周りもその変化にも驚いていた。
 その歌声が響いているのか始めたときより黒山の人だかりになっていて真っ暗がりの空から雨まで降ってきていた。
 千郷と入れ替わった後、歌いっぱなしの秀忠たちにも時間がくる。
(もうそろそろだな・・・なぁ、恭子)
(そうね)
恭子にアイコンタクトを送り、恭子も気づいたようだ。歌っていたその歌で終わりにしようと恭子は千郷にアイコンタクトを送る。
(わかった)
千郷も笑顔を浮かべ、恭子に合図を送る。
「ありがとう!」
歌い終え、片づけに入る秀忠たちに近寄る人もいたが、なにも持ってきていないことを知ると誰も近寄る人はいなくなった。
「そろそろ帰るか?」
「そうね」
秀忠はそう話し、車の方に行く。雨はじゃじゃ降りで千郷もまだ帰ろうとはしない、なにか嬉しいのか、しかし部屋で会ういつもの千郷ではなかった。
「千郷、よかったな。あそこで弾けて」
「秀君・・・」
「千郷?」
千郷は表情を急に変え、秀忠の胸で泣く。
「ありがとう・・・秀君」
「ううん、それ言うんだったら孝治に言えば。俺の代わりに入れ替わってくれてるんだから」
泣きやまない千郷の髪をそっと撫でる。しばらく千郷は落ち着いた。
「そうね、孝ちゃんの一言も頼りになったしね」
「聞こえてたの? 千郷さん」
「うん、ずっと近くで待ってた」
「そうか、ここじゃ濡れるから車に入ろう。孝治も風邪ひくから」
千郷を抱え、秀忠は車の中に入った。
 車の中に入り、しばらくし落ち着きを取り戻した千郷は、悲しい目で秀忠を見つめる。
「これで最後かな・・・」
「千郷・・・」
それを意味するのはもう会えないと思う、千郷の気持ちからだった。
「わからない・・・」
千郷の表情を見て、戸惑いを隠せない秀忠はなにも言えない。ただ言えるのは千郷がやり残した、駅前でのギター演奏が終わったことだけだ。
 その後答えが出なく、千郷は帰っていった。

 それからあの余韻が忘れられない秀忠は、同時にあの千郷の表情を忘れられない。
「どうかしたの? お兄ちゃん」
「なに? 貞子」
「ずっと落ち込んで、嬉しくなかったの?」
ずっと考え込み、いつもと違う表情を浮かべる秀忠に貞子が近づく。
「あれから何かあったの?」
「なんで?」
「なんか変だもん、お兄ちゃん」
「そうか」
そう話す秀忠の顔は、寂しそうな顔をしている。
 しばらくいつもの部屋にこもる秀忠。
「秀忠さん、どうしたの?」
「この頃、あそこにこもりっきりなの」
「そうなんだ」
「何かあったの? 恭子さん」
「わかんない、私は」
恭子が来ても気づかない秀忠。
「ねえ、あれどうしたのかな? 秀忠さん」
「あれって?」
「ピック。千郷さんが入れ替わる・・・」
「まだ持ってるかな、お兄ちゃん」
「そう、たぶんそれよ」
恭子から言われ、貞子は確認しに部屋に入る。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「なに?」
「あのピック、どうした?」
「あぁ。まだここに・・・」
ピックはまだギターの弦に挟んであった。
「なに気にしてるの? お兄ちゃん」
「え?」
「まだ千郷さん、気にしてるの?」
秀忠の本音を聞こうとする貞子に秀忠は口を開く。
「なあ、貞子?」
「お前が孝治と、俺らと同じ思いしたら、どうだ?」
「孝治と? それは・・・」
「そうだろ、なにも言えなくなるだろ」
「だけど・・・」
秀忠の話に貞子は戸惑う。
「でも、お兄ちゃんには恭子さんが・・・」
「お前さ、孝治と別れろって言われたら泣くだろ」
「それは・・・」
「あいつ、そんな感じだった。演奏して車に乗った後のあいつの顔」
「安心したんじゃ・・・」
「だけどな・・・千郷のやつ」
「それって秀忠さんが望んでたんじゃ・・・私のこと」
貞子たちに話を外で聞いている恭子は部屋に入ってくる。
「ルール違反じゃない、それじゃ。私だって好きな人と別れるときには泣きたくなるわよ」
「恭子・・・」
「千郷さんだってやっぱり秀忠さんに寄ってたのよ、気持ちも」
「そうかもしれないけど・・・」
秀忠は恭子の訴えになぜか動揺する。
「絶対、そうよ」
「私だったら、ずっと孝治の近くにいたいもん」
「ねえ、進行中のカップルが言うんだから、もちろん私だってつられそうになったの、我慢してたのよ」
「恭子・・・」
「目、真っ赤だったのよ。千郷さんの気持ちわかるから」
恭子の必死の訴えで貞子がなにかつかみ、秀忠に差し出す。もちろんあのピックだ。
「お兄ちゃん、ほら。どこかしまおう、捨てられないんだったら」
「わかった」
「ちゃんと鍵が付いている場所にね」
秀忠はそう言われるまま、楽譜とか置いてある場所より遠くにある引き出しにピックを入れる。
 恭子たちの話を聞いて、秀忠は千郷のことを忘れるのに必死だった。

 だがそう簡単に秀忠の中にいる千郷が消えるはずがない。それに耐えかねた貞子は孝治にあのピックを使わせる。
「秀兄、姉ちゃんといい決着して」
「あぁ」
孝治はすぐ、ギターを弾き千郷を呼ぶ。
「どうしたの? 秀君」
「なあ? 千郷。まだやり残したことあるのか?」
「え・・・? ううん、別に」
「じゃあ」
千郷と話しているうちに普段の秀忠に戻る。
「あの時は嬉しくて、感極まってあんな風になったけど。帰って我に返ったら秀君に悪いことしちゃったかなって」
「じゃあ」
しかしそう言う秀忠の顔は寂しく、しばらく考えるようにうつむく。
「いいのよ、秀君」
千郷の顔にはなぜか安堵の色が伺えた。
「わかった。貞子、ライターと灰皿」
「うん」
貞子はすぐキッチンの方に行き、ライターと灰皿を持って戻ってくる。
「はい、お兄ちゃん」
秀忠は貞子から灰皿を受け取り、ピックを手にする。
「じゃあな、千郷」
「ありがとう、秀君」
ピックに火を付ける秀忠に千郷はなにも拒絶しなかった。
「お兄ちゃん、千郷さん・・・」
しかしずっと一緒にいた貞子はそうでもなく悲しそうに秀忠を見つめる。
「いいのよ、貞子ちゃん・・・元気でね」
「千郷さん!」
「元気でね。孝ちゃんと仲良くね」
千郷がその言葉を話しているうちにピックも燃えていて、次第に足の方から孝治が姿を現し始める。
「秀君、ありがとう。楽しかった・・・」
「千郷・・・」
「恭子さんと仲良くね、仲良くしてなかったら化けて出ちゃうから・・・」
「わかった」
秀忠がそう話すともう前には千郷の姿はなく、孝治が前にいた。
「どうだった?」
「あぁ」
「その顔は姉ちゃんと決着ついたんだ」
「もちろん」
秀忠は少し悲しそうだった。

 ごく普通のカップルに戻れた秀忠たちは、ピックもなくなりなに変わらぬ生活を続けていた。ただ変わったと言えば、千郷のために駅前で歌った恭子の歌声を聞いたレコード会社の社長さんから、歌手になることを勧められ恭子はパン屋の店員をやめ、歌の道に進んだことだ。秀忠もギターの腕前を認められ、恭子のマネージャーとしても恭子と一緒にいることになった。

おわり

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