戻る


再会ピック 第1章

作:奄美平次




 もう周りは暖かくなっている。ただ気持ちはそうではなかった。どう見てもごく普通に見られる武村秀忠には。わかるのは秀忠が楽しんで遊ぶ気ではないことだ。
「あ〜ぁ、金がねえ」
そう秀忠の財布には大した金額が入っていない。別に働いていないわけではない、立派な22歳の社会人だ。ただ給料日前で残り少なめで生活しているからだ、そのためか友人や女友達と歩くことは滅多にない。
 昼が過ぎ、腹が減った秀忠はどことなく彷徨っていると焼きたてのパンの香りにつられ
パン屋の前まで歩いてきた。
「ここって?」
パン屋は秀忠が働いている会社の近くだった。
「いらっしゃいませ」
パン屋の奥から若い女の子の声が聞こえ周りの同じ店より入りやすい店だった。
 それより秀忠には店に入ってから気になっていた、その日にいた女の子のきれいな声。
「かわいい子がいるんだ」
そう思いパンをいくらか選んだ秀忠はレジに行くとそこには秀忠好みの小柄でかわいい女の子、岡野恭子がいた。
 その店で懐かしく新鮮な気持ちになった秀忠は恭子のあの笑顔が忘れられない。

 その気持ちは次第に確かな物になっていく。
「あれ? あそこじゃないんだ、武村」
「えぇ」
昼休み、いつもは近くにある喫茶店でランチを食べていた秀忠だが会社があるビルの外を歩いてどこか行ってしまった。
 秀忠が出かけていった先は恭子がいるあのパン屋だ。
「いらっしゃいませ!」
入ったとたんやっぱり活気のいい挨拶で迎えられ食欲も増し、昼飯のパンを買う秀忠で、その日レジにいたのは秀忠が気になる恭子だった。
 昼飯を近くの公園で食べ会社に戻る秀忠に
「どこ行ってたんだ、いつものところに行ってもいないから・・・」
「どうした?」
同僚の前島が寄ってくる。何があったのだろう、前島は不安な顔をした秀忠の顔を見つめる。
「だって俺、重いもの持つの嫌だから、武村がいると助かるんだ」
「たまには、お前・・・」
秀忠のCDショップも例外とはいかず、倉庫の中に運ばれてきたCDの入った段ボールが積まれ前島は見るからに秀忠より体つきはいい方とは言えず入荷日になるとこうやって秀忠を探す前島だった。
 ちょうど入荷日も重なり、新譜のCDをただ並べるだけなのだが非常に疲れた気がする秀忠だった。
 その帰りだった、会社から帰るためパン屋に近い道をいつものように自転車で通る秀忠は向こうの方で女の人の人影を見つけ、近寄ろうとしたがすぐその人影はどこか行ってしまった。その人影が恭子だと秀忠は知るよしもない。

 それから週末も休みなしで働く秀忠がレジで客足を窺っていると恭子らしき女の子が友達を連れて秀忠の店へ入ってきた。
(あの子・・・あそこの店の・・・)
その女の子に気づいたのかその姿が棚で見えなくなるまで送っていた。
 しばらくしレジ打ちをしている秀忠の前にその女の子がCDを持ってきて秀忠の顔を見て
「あれ? お昼の・・・」
「え?」
CDを持ってきたのは恭子だった。
 それから少し驚きを隠せない秀忠の表情を見て前島が
「お前、何かあったのか? この頃」
「いや・・・べつに」
しかし秀忠はすぐに顔に出る性格で前島に伝わり
「彼女でも・・・」
「そんなんじゃ・・・」
秀忠はただ否定するしかなかった、まだ友達にもなっているわけでもないのだから・・・。

 その後、いつものように昼飯をパン屋で買って公園に行くと
「あの・・・」
後ろから声をかけられた秀忠が振り向く。
「やっぱり、よかった」
声の主は恭子だった。
「あそこのCDショップなんですね」
「えぇ」
ベンチも仕切ってはなく秀忠の横に気にすることなく座り話しかける。
「そういえば、店大丈夫?」
「うん、他の子が店番してるから」
「そう」
その店には恭子と同じくらいの年の女の子ばかりがいる店だった。
 そんな心配をよそに昼飯を食べた恭子はさっさと公園を出て行く。
「なんだったんだろう」
恭子がどこか行ってしまい呆然としていた。

 しばらく昼間に恭子と一緒に食べるようになって、
「そういえば、名前って」
「岡野恭子、武村さんでしょ?」
「うん、どして俺の名前・・・?」
「だってそれ・・・」
昼飯の時まで着替えずに恭子の店に行っていた秀忠の服に大きく名前が書かれた名札が付いていた。それから恭子のことが気になって仕事が手に付かない秀忠はミスをし続ける。
「どうした、武村?」
「え、べつに・・・」
前島に恭子のことを話すことができない秀忠は次第に恭子への思いも強くなっていく。
 そんな秀忠は後々恭子の意外な顔を見ることになる。

 ずっと仕事で久しぶりの休日、家でゆっくりしている秀忠に
「今日、遅くなるから・・・」
「彼氏とデートか?」
「うん!」
妹の貞子は笑顔で出かけていく。
「さて、どこか行くか?」
秀忠も嬉しそうな顔で支度をする。それもそのはず、つい2、3日前が給料日だったのだ。
 その笑顔のまま、街中までいく秀忠であった。
「今日も1人か、周りはカップルばかりだっつうの」
車の中でいつしかその笑顔も消えていた。
 車をパーキングに置き、大通りへ秀忠は歩いていく。
「え?(黒山の人だかり・・・ってこの頃茶髪のカップルだらけじゃん)」
大通りに出て大勢の人を見て秀忠は非常に驚く。
「全然前に進まないじゃん」
大勢の列に紛れ込んだ秀忠は前が詰まっていて一向に進むことができず、引き返そうと後ろからも押さえられて身動きがとれなく仕方なく前へ動くしかなかった。
 その列は交差点でなくなり交差点を曲がった秀忠の先には人影はまばらだった。
「何だ、あっちで何かやってるのか」
そう思い秀忠はまた行列の方へ行こうとしたがもう忍びこむ余地すらなかった。
「しかたないな・・・」
振り返る秀忠は少しうつむいて歩いている女の子を見かける。
「あれ?」
女の子は秀忠の方に歩いてきて、秀忠は女の子の顔を見るとその女の子は恭子だった。
「どうしたの?」
「え?? わっ! 武村さん」
「暗い顔して・・・」
声をかけてきたのが秀忠と知った恭子は驚きながらもいつもの笑顔を見せる。
「どうして、ここに?」
「もちろん、遊びに」
別に他の用事もない秀忠は恭子に即答する。
「独り?」
「うん」
恭子の声はなぜか寂しかった。
 一緒に歩く秀忠だが恭子の表情が気になって顔を眺めている。
「何かついてますか? 顔に」
「いや・・・」
ジッと見つめていた自分に気づいた秀忠は顔を少し赤らめる。
しばらく人通りが多い道を一緒に歩いている恭子に
「そう言えば、パン屋のBGMってうちで買ったCDの曲」
「えぇ」
楽しそうに話しかける秀忠の表情とは裏腹に恭子の表情はさっきまでの表情に戻る。
「どうしたの? さっきから・・・」
「私ってそんなに魅力ないですか?」
「え?」
突然何を言うかと思う秀忠は驚く。そのことが頭に残り何を話していいかわからなくなる秀忠の顔を見て恭子が
「あの・・・」
「なに?」
少し気を取り直したのか恭子の表情がかわり
「私と付き合ってくれませんか・・・?」
「え・・・?」
告白は突然な事だとわかっていたがとても急すぎる。秀忠はそう思う、それは昼休み一緒にいることで考えていた事はあるが秀忠は告白されるとは思わなく、必要以上に戸惑う秀忠の表情はまるでさっきまでの恭子のようだった。
「だめですか?」
「いや・・・」
別に断る理由もない秀忠は恭子と付き合うようになる。
「実は、私友達少ないんです・・・」
「え? 店の店員さんたちとは?」
「気が合わないんじゃないんですけど、なかなか一緒に出かけることはないんです」
秀忠の車に乗った恭子はそう話し出す。
「俺でもそうだよ、たまにしか出かけないし・・・」
「え・・・でも」
恭子は秀忠の言葉に驚き
「それってやっぱり・・・」
「男と女との違い?」
「そうじゃないけど・・・」
そう言う恭子だがなんだか秀忠が言ってたのが当たっているような顔をする。
「何かあったの? 昔・・・」
「私・・・・・・付き合ったことないんです、好きな人いてもずっと片思いだった」
「それで?」
何か恭子が言っていることがネガティブに感じる
「それで、店の子たちと出かけないんだ、彼氏の話されるの嫌だから・・・」
「そうじゃないけど・・・」
「そうだよ、俺が誘おうとしなかったらどうしてたと思う?」
「え・・・?」
秀忠に言われ、少し怒る表情を見せる恭子は
「あなたになにがわかるの?」
「べつに・・・ただ好きな人といたいときぐらい前向きになろうよ、考えぐらいは」
「武村さん・・・」
「俺もそうだったんだ、パン屋に行くまでは」
「え・・・?」
自分に会いに来ていたとは思っていなかった恭子は驚きを隠せなかった。

 付き合うようになり会社を後にする秀忠に
「秀忠さん・・・」
「あ、恭子ちゃん」
恭子もパン屋から帰るところだった。
「恥ずかしいんじゃ・・・いいよ、まだ武村でも」
「いい、そっちのほうがいや」
そう言い恭子も自転車を引いている。
「秀忠さんも自転車で通勤してるの?」
「恭子ちゃんだって」
「私はすぐ近くだもん」
「すぐってどれくらい?」
「30分ぐらいかな」
「俺より近いな」
意外に近くで驚く秀忠に
「秀忠さんは?」
「俺でも1時間はかかるよ」
「じゃあ、車で来ればいいのに」
「車だと余計に時間がかかっちゃう。うちの辺車が多くてすぐ渋滞してるし・・・」
「そうなんだ」
そう話し、恭子と別れる秀忠は家に帰り
「ただいま」
「あ、お帰り。おそいね、この頃」
「そうか?」
貞子が出迎えざまにそう言い
「彼女でもできたの? また・・・」
「なんで?」
家に入る秀忠の変化にいち早く気づく
「前までのお兄ちゃんに戻ったみたいだもん」
「ずっと同じだぞ」
「ずっと暗い顔してたよ」
「そうか・・・?」
貞子にそう言われ秀忠は自分の部屋に行く。

 しばらく経ったある日の帰り道、いつものように恭子と帰る秀忠は
「今度どこか行こうか?」
「どこかって?」
「恭子ちゃんが行きたいとこ」
恭子は秀忠の顔を見つめ
「なに?」
「秀忠さんの家」
「え、俺の家?」
「うん」
恭子はどうしても秀忠の家に行きたいと言う顔を見せる。
「俺1人暮らしじゃないよ、妹いるけど・・・」
「いいよ」
秀忠は恭子を家に連れていくことをなぜか拒んでいたが恭子は今度の秀忠の休みに行くことにするのだった。
 秀忠の休みが近づくにつれ挙動不審に陥る。
「どうした?」
「いや・・・」
秀忠が前島の言葉に動揺するのを見て
「武村、彼女いるだろ」
「え・・・?」
「何かあの子のときにそっくりだし・・・」
前島が言うあの子とは秀忠が前に付き合っていた彼女で貞子が言っていた人ももちろん同一人物だ。
「実はさ、この前から・・・」
「誰さ、彼女って」
「パン屋の子」
秀忠は正直に前島に話す。
「別にいいじゃない、家に入れるぐらい」
「でも・・・まだ俺アレやめる気になってないから・・・」
「じゃあ、まだ」
「練習はできないけど、まだ何かあればいいなと思って・・・」
「そうか・・・」
前島は秀忠の気持ちを知り
「彼女に話してみることだな」
「え・・・?」
「彼女が何か変えてくれたり・・・・・・するかもな」
そう言い前島はそれっきり話すことはなかった。
 あっという間に休みが来る。秀忠は恭子と約束した場所に行く。
「待った?」
「いいや」
待ち合わせた場所は特別なところではない、いつもの公園だった。
「車の中にいてもいいのに」
「そういう訳にはいかないよ」
「そう」
恭子は秀忠の車に乗り嬉しそうな顔を浮かべ秀忠の家に向かう。
 しばらくし秀忠の家に着く恭子は秀忠に連れて家に入る。
「どこなの、秀忠さんの部屋って」
「こっち」
秀忠は自分の部屋に恭子を連れていき
「何飲む?」
「いいよ」
「ジュースでいいね」
「うん、ありがとう」
飲み物を取りに部屋を出る秀忠で、その間恭子は部屋を見渡していた。
「きれいにしてる、秀忠さん」
そう思いながらもふと目にとまる物がある。それは秀忠が趣味で弾いているギターだった。
「ねえ、ギター弾くの?」
「え? あぁ、一応ね」
ジュースを持って帰ってきた秀忠に聞く恭子だが、秀忠は嬉しそうに話そうとはしなかった。それもそのはずだ、秀忠は彼女との約束を果たすことができなかったのだから・・・。「ねえ、弾いて秀忠さん」
「え、今から?」
「うん!」
嬉しそうに言う恭子に押されギターの方へ行く秀忠はギターの中身を見て
「今度じゃいけない?」
「え。どうして」
「ピックがない・・・どこ行ったんだろう」
秀忠はなかなか練習をしていない上にピックがないと弾き語りができないのだ。
「弾けないの? 今日」
「あぁ、ちょっと」
「じゃあ、買いに行こう」
残念がる恭子は出かけようとする。
「買ってきてもどっちにしても鳴らせないよ」
「え?」
「うちの周り家だらけだからうるさくできないんだ」
秀忠の言うとおり秀忠の家の周りに民家がたくさん建っている。
「このドアの向こうって何?」
どうにか秀忠に弾いて欲しい恭子は秀忠の部屋を見渡し、不自然に付いているドアノブを見つける。
「防音設備の部屋」
「あるんじゃない」
しかし秀忠は恭子をその部屋に入れようとはしなかった。
「まあ、いいや。今度でいい」
「え?」
「準備ができてないんだったら今度でいいよ」
結局弾いてくれない秀忠に悲しげに話す恭子は
「でもどうして、ギターを弾くようになったの?」
「あぁ、いとこが高校の時にバンドやっててそのいとこを見てたら俺も弾きたくなってアルバイトして買ったんだ」
「そうなんだ」
最初はあまり嬉しそうな顔をしていなかったが、秀忠の話を聞いているうちに恭子の顔に笑顔が戻った。
 その話をした後、貞子が帰ってくるまで恭子と一緒にいる秀忠だった。
「今度買いに行こう、ピック」
「あぁ」
その約束が後々秀忠を困らせる結果を呼ぶ。

 秀忠の家に行った恭子はあのギターに興味を示したのか
「どこか行く予定あるの?」
「ちょっとね」
仕事が終わった後、何をしに行くのか大きな書店に入っていった。
「何探してるの」
友人を連れ恭子が行き着いたのは楽譜が置いてあるコーナーだった。
「楽器弾けるんだぁ、恭子」
「え? 違う、私じゃないよ彼、彼が弾くって聞いたから」
「彼いるんだ、かっこいいんだ」
付き合い始めたばかりでどう言っていいかわからない恭子はただ秀忠の好きそうな楽譜を探すのだった。
「彼ってどんな人・・・?」
「どんな人って仁美会ったことないかな? CDショップの店員」
恭子にそう言われ、恭子と店のBGMを買いに行った仁美はレジにいた秀忠の顔を思い出す。
「もしかして・・・あのいつも昼時に買いに来る?」
「うん」
「でも、どうして彼の話に興味がないような顔してて」
「いつも昼間にあの人と食べていたらそんなこと関係なくなっちゃった」
そう話す恭子の顔を楽しそうだった。
 それからしばらくし秀忠の休みがやってくる。

 休みが来て、秀忠は嬉しそうな顔でいるかと思えば決してそうではなかった。
「どうしたの、秀忠さん?」
「いや」
「顔色、悪いよ」
「そんなことないよ」
秀忠の表情を見て恭子は何か察し
「何か隠してる?」
「べつに・・・」
「もしかして・・・ギター置いてあるけど弾けないとか?」
「そうじゃない」
隠すつもりはなかったが前の彼女との約束が尾を引いているのだろうか、しかし秀忠はそのまま隠し、楽器屋に行く。
「え、こんな所にあったんだ」
「知らなかったの? 恭子ちゃん」
「うん」
その楽器店は秀忠のCDショップがある階のすぐ上の階にあった。
「ねえ、ピックってどれ?」
「あぁ」
待ちきれないのか恭子はピックを探す。
「ここ、こっち」
そこはギターの弦やチューナーが置いてある場所にプラスチックの箱に区分けしてある。
「これさ、三角の・・・」
「これで何するの?」
「え、弾いてた人を見たことない?」
「うん」
自分と違う環境で育ってきた恭子に少しは仕方ないと思う秀忠だがこれほどとは思わなかった。
 いろんな色のピックを見て気に入るピックを探している秀忠と一緒に見ている恭子は
「ねえ、こっちに変な形をしたのがあるよ」
「え!?」
その言葉を聞いて恭子の方へ行く秀忠は恭子の手の中にあるピックを見て驚く。それも秀忠が見たことがない形をしていたが手にはしっくりとくる。
「これ、いいな」
そのピックも気に入った秀忠はピックを2つ買って帰る。
「これで聞けるね」
「あぁ」
ピックを買ってさっきまでのことを忘れた秀忠は喜ぶ。
 家に帰り、恭子とあの部屋に入ってギターを演奏し、それから恭子と楽譜を買いに行きひとりで練習する。

 その日は何ともなかった秀忠の体だが、練習をし始めていくらかたったある朝、秀忠は妙な夢を見る。
「また始めたんだ、ギター。私嬉しい・・・」
「あれ、お前もう・・・」
「私はずっと・・・」
その夢は死んだはずの前の彼女、千郷が出てくる夢だった。
 なぜいないはずの千郷が出てきたのか秀忠は不安になる。秀忠の夢に千郷が全く出てこないわけではない、時々悩み事があってなかなか眠れないときには夢の中に出てくるのだ。しかしこの頃そんな素振りを秀忠は見せてはいない。
「どした?」
「あぁ、今日さ千郷が出てきた」
秀忠は朝の話を前島にする。
「この頃、悩み事でもあるのか? 彼女のこととか・・・」
「べつに」
「じゃあ、どうして・・・」
しばらくしその理由がわかる。
 練習を続けているある日、秀忠がいつもの部屋に入りギターを手にするがそこにはなぜかピックはなかった。
「どうしたんだろう・・・」
秀忠は周りを一生懸命探すが見つからない。
「まあいいか、予備があるから」
もう一つ買っておいたピックを引き出しから取り出し演奏をする。

 しばらくしまた夢の中の千郷が出てくる。
「秀君、私・・・もう一緒にいられるから」
「でもお前、どうやって・・・」
「それは・・・」
秀忠が理由を聞こうと千郷に近づくと千郷の姿はなくそこにいたのは貞子がいる。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「なんで、お前がここに?」
「何言ってるの? うちにいるくせに」
気づくと朝になっていて秀忠は何だったんだろうと思う。
 その日、休みだった秀忠は防音設備の部屋にこもり練習をしていた。
「いらっしゃい、お兄ちゃんだったら部屋にいると思う」
恭子も休みで恭子を驚かそうと練習をしている秀忠の姿を見ようと部屋のドアを開け中に入る。
「あれ、あなたは誰?秀忠さんは?」
中にいたのは秀忠ではなく恭子が会っていない茶髪の短めの髪をした女の人がいる。
「どうして、秀忠さんのギターを?」
「あれ? これ私のギターよ」 
恭子は知らない女の人が奏でる音を複雑な気持ちで聞く。しばらく聞き慣れてきた恭子がよそを向いたとたん
「あれ? 来てたんだ、恭子ちゃん」
「え? 秀忠さん、いつから?」
「ずぅーっとここで弾いてたよ」
あの女の人はいなくなぜか秀忠がいた。
「え、ここに?」
「うん」
秀忠を疑うわけではないが恭子は素直に受け止められなかった。
「ねえ、茶髪の女の人知らない?」
「え? 茶髪の女の・・・」
「短めだった」
一瞬秀忠の目に浮かぶ女性はみんな茶髪だが長く伸ばしている。ただ1人だけいた、秀忠の目の前に。
「恭子ちゃん」
「え?」
「私? 何が?」
「その女の人」
そう秀忠の言った言葉で喉まで来ていた大切な言葉を飲み込んでしまい、言葉が出てこない。
「ここ鏡がたくさん置いてあるから、自分に見とれてたんじゃ・・・今日とってもかわいいもん」
「やだ・・・もぉ」
その女の人を秀忠は知らないまま時間は過ぎていく。

 その後、女性のことを恭子は忘れ秀忠に話すことはなく、取り憑かれたかのように秀忠の体に入り込み秀忠の気づかないまま女性へと入れ替わるそんなある日
「お兄ちゃん、ご飯だよ・・・」
そう貞子が部屋に入るとそこには秀忠はいなく
「お兄ちゃ・・・ん? え? 千郷さん」
そのかわりにいたのは、秀忠の前の彼女の千郷だった。恭子が言っていた女の人とは千郷のことだが、でもどうしてだろう・・・千郷は事故で死んだはずなのに。
「千郷さん・・・どうして、ここに?」
「だって秀君が・・・」
いることすら不思議な千郷にそう言われ貞子は頭を抱える。
「どうした、貞子?」
「え?」
貞子が気づくとそこには千郷の姿はなく秀忠がいた。
「千郷さんは?」
「何言ってるんだ? 千郷は死んだんだぞ」
「だって・・・」
秀忠がいることが信じられない貞子だが、その話を聞いた秀忠は
「ここにいたのか、千郷?」
「うん」
「短かったか、髪の毛?」
「うん、もちろん!」
恭子が言っていたことと千郷の髪型を思い出し、あの女性が千郷だとわかる。
「何か言ってたか、千郷?」
「お兄ちゃんが・・・お兄ちゃんに用があるんじゃ・・・」
「俺に?」
貞子にそう言われるが秀忠は貞子の言葉を信用できなかった。

 それを聞いた秀忠は昔千郷と撮った写真を取り出し、会社に行った。
「どうした? 武村」
「いや・・・ちょっと」
いつものように仕事はしてるが秀忠の表情が今までとは違う感じを受けた前島は
「なあ、言ってみろ」
「あぁ、この頃、練習してるうちに千郷が来るらしいんだ」
「千郷って事故で死んだ?」
「そうみたい・・・」
そのことを聞いて前島は驚かないわけにはいかない。
「お前は会ったのか・・・?」
「いや、なぜか俺がいるのに入ってきた貞子や恭子たちが・・・」
「もしかしてお前の体を・・・」
恐ろしくなったのか最後まで話すことはしなかった。
仕事も終わり、帰ろうとする秀忠の顔はまだいつもの顔には戻っていなかった。
「どうしたの、秀忠さん」
「え?」
「さっきから、ずっと・・・」
恭子と帰る秀忠は
「ねえ、この人だった? この前あの部屋で会った人って」
ポケットから朝持ってきた写真を出す。
「うん。この人、でも、誰?」
「俺の元カノ、でも今はいない・・・事故で死んじゃったんだ」
「え? でもこの前・・・」
秀忠の話に腑に落ちない恭子はこの前の千郷が言ってた話を思いだす。
「そういえば、あのギターって元カノの人のギター?」
「なんで?」
「そう言ってたから、その人」
その話が嘘でないのは秀忠は一番知っている。
「実はさ、あのギター、元はあいつが使ってたものなんだ」
「あの人もギター弾けるの?」
「あぁ、あいつから教わったんだ。あいつの家音楽一家だったから」
ギターを秀忠の部屋で始めてみたときのことを思い出す恭子。
「アルバイトして買ったって言うのは?」
「うそ、本当の事言うと誤解されるかと思って」
「そうなんだ、別に言ってくれても関係なかったのに」
ギターの話でなんで死んだはずの千郷がいたのかすっかり忘れていた。
 その後も千郷のことがわからないままあの部屋に入った秀忠は千郷と入れ替わってしまう。

戻る


□ 感想はこちらに □