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 AM・6:35。斎木家、斎木竜矢・瑠華の自室。
「おーい…起きろー?」
 斎木家長女、斎木瑠華は同居人、斎木竜矢の頬をぴたぴたと引っぱたいていた。
 中々起きない同居人に対して、業を煮やす瑠華。
「…………」
 部屋を見回す。
 手頃な雑誌を掴み、丸めて――。
 スパァン!!
 同居人の頭を殴り飛ばした。
「! …………?」
 竜矢はうっすらと目を開けた。
 目に映ったのは、彼の学校の女子制服を着た少女。
 竜矢は脳内情報を検索した。
 ………該当情報無し。
 彼の頭が弾き出したのは、
「えー…、どちら様で……?」
 ごしゃ!!
「起きろ!!!」
 どうやら、彼女に二度のボケは通じないようであった。


MAGICAL TWINS

作:MUCK

〜第3回〜
「気がつけば『お約束』?」


 

 AM・7:06。斎木家、リビング。
「あらお早う。朝食、テーブルの上に用意してるあるからね」
 手元の文庫本から目を離さず、恭香は竜矢たちに挨拶をした。
 恭香の言うとおりテーブルを見ると、既に龍人が食パンを片手に新聞を読んでいた。
 ふと気になって、恭香の方を向く瑠華。
「母さん、そういえば何読んでるの?」
「ん、あぁこれ?」
 恭香は文庫本を瑠華の手前に突き出した。
 文庫本の背表紙を見ると。
「………『少年少女文庫刊』?」
「るぅちゃんにも、一冊貸してあげよっか?」
「……いい…」
 タイトルは見なかった。恭香の表情がなんとなく怖くなったから。
「瑠華、何してんだよ? さっさとメシ食っちまうぞ」
「え、あぁ」
 その時、恭香が「チッ」と舌打ちしたかどうかは、定かではない。
 椅子に座り、食パンにマーガリンを塗っていると、龍人が新聞紙越しに口を開いた。
「今日が初登校だったか」
 バターナイフをふと止める瑠華。
「……うん」
「不安か」
「そうでもないよ、クラスのヤツ、皆顔見知りばっかだし」
 しばらく龍人は口を開かなかった。
「父さん?」
「……いや、それが本音か」
 うつむき、少しの間口をつぐむ瑠華。
 そして、
「……そうだね、不安なのかも知れない。顔見知りって言っても、あっちはオレの事知らないんだし」
「瑠華……」
「受け入れられるのかとか、そういうの、やっぱり不安…かな」
 竜矢はどことなく、かける言葉が見当たらなかった。
 彼女の境遇に、少なからず負い目があるからだ。
 龍人は相変わらず、新聞紙で顔を隠したまま次の言葉を紡いだ。
「『案ずるより産むが易し』という諺がある。あれこれ思案にふけるよりも、思い切って行動してしまえば、案外上手くいくというものだ」
「……?」
「あまり考えすぎるな、ということだ。それにお前には竜矢が居る。まさに『自問自答』に過ぎんだろうが、それでも少しは心の支えにはなる筈だ」
 瑠華は呆気にとられていたが、少しはにかみ、
「こいつがぁ?」
 と竜矢を指差してからかい気味に言った。
「何だよ」
 不機嫌顔だ。
「…何でもねーよっ。………父さん」
「何だ」
「ありがと」
「……気にするな」
 新聞紙越しなので、表情は読み取れない。
 いつの間にか恭香がつつつーっ、と龍人の背後にすり寄り、耳元で囁く。
「そんな『萌えー』な表情で言っても、説得力ありませんよ?」
 くすくすと口元を押さえる。
「む……」
 唸る龍人。
「それじゃ、俺たちそろそろ行くよ」
 椅子から立ち上がる竜矢。
「あら、バスの時間は間に合うかしら?」
「余裕だよ。行くぞ、瑠華」
「あ、うん。じゃあね、行ってくるよ。父さん、母さん」
「えぇ。行ってらっしゃい」
 竜矢と瑠華がリビングから消えて、玄関の扉が開けられてしばらくすると、恭香が口を開いた。
「…まるで本当の兄妹みたいですね……」
「……あぁ」
「龍人さんは、時間はいいんですか?」
「……」
 龍人は黙って立ち上がった。その姿はどことなく焦っているようにも見えた。






 AM・8:24。新座市、私鉄バス車内。
 以前も書いたが、斎木家は都市部から離れた郊外にある。
 その為、バスを利用しても30分以上はかかってしまう。
 だからこそ瑠華はいつもよりも早く起きて『準備』をしたのだが……。
「そういやお前、どこで着替えたんだよ? 制服に……」
 素朴な疑問を瑠華にぶつける。
「心配しなくても、アンタが寝てる間に全部終わったよ」
「え、俺より早く?」
「『女のコ』ってのは大変なんだよ、色々と」
「ふーん」
<第三高校前ー、第三高校前ー、お降りの方はー……>
 バスのアナウンスが車内に響く。
「あ、ほら。降りよ」
 ああ、と返事を返して、二人一緒にバスを降りた。
『第三高校前』のバス停留所といえど、校門までは少し道がある。
 その間、特に喋ることもなく、二人は歩いていた。
 しかし、沈黙に耐え切れなくなった瑠華が、竜矢に尋ねた。
「竜矢」
「ん?」
「『魔法』、多少は扱えるようになったのか?」
 その疑問に、竜矢は拳を自分の顔の前に差し出した。
 ぱっ! と握りこぶしを開くと、ボッ! と一瞬だけ炎が舞い上がった。
「おぉっ」
「これくらいはな。制御ってのが難しいんだ。手加減なしなら……」
「なしなら?」
「……いや、なんでもない」
 彼自身、苦い思い出があるのかそれ以上触れようとはしなかった。
「それよりさ」
 今度は竜矢が瑠華に質問をした。
「何だよ」
「お前……さっき名前で呼んだよな?」
「えっ?」
「ほら、どうなんだよ?」
「え、あっ、いや、その……」
 意地悪な顔つきで瑠華に尋ねる竜矢。
「がっ、学校で『オレ』とか『オマエ』とか呼んだら変だろ!? だからだよ!」
 うろたえながら竜矢に怒鳴る瑠華。
 そうこうしてる内に、校門が見えてきた。
「じゃ、じゃあ、オレ…私、職員室に行ってくるから!」
 と言い残し、たっ、と昇降口に消えていった。
「……言葉遣いなんて心配しなくても、今の時間登校してくる奴なんて少ねぇよ……。大方母さんに何か吹き込まれたな?」
 そんなことを呟きながらも、どこか嬉しそうな竜矢だった。




「はぁ………」
 職員室へと続く通路をてふてふと瑠華は歩いていた。
 彼女は今でも、校門の前で竜矢にとった態度が正解なのかどうか図りかねていた。
  『るぅちゃん? あなた、目の前の女の子がいきなり『オレ』とか男言葉喋ったら、どう思うかしら?』
 と、昨日母親に言われた忠告が頭の中に残っていたことが影響したかも知れない。
「どうしろっつーんだよ……」
 そんな感じで、彼女は自身の考えに埋没していた。
 当然、曲がり角を直進してくる人影に気付く筈もなかった。
 ドン!
  「うわ!」「あっ!」
 出会い頭に衝突する二人。
「痛てて、ごめんなさい」
「あ、だいじょうぶだよ。 おや……?」
 瑠華の顔を覗き込む男子生徒。
 つられて瑠華も相手の顔をのぞきこんだ。
(こいつ、誰だっけ………?)
 目の前の男子生徒の顔をまじまじと見つめ、必死に記憶を探る瑠華。
(……見覚えはあるんだけどな……?)
 じっ、と見つめ合う二人。
 膠着状態を先に崩したのは、男子生徒の方だった。
「可憐だ」
「は?」
『今、小学生の間でオオアリクイが大流行!』とでも聞いた様なリアクションをとる瑠華。
「君のような美少女を今迄放っておいたなんて、なんたる不覚! どうか、許してくれたまえ」
 この発言を聞く限り、彼も(当たり前だが)瑠華のことを知らなかったらしい。
 大袈裟なアクションで瑠華にすり寄り、腰に腕を回す男子生徒。
「えっ!? あっ!?」
「僕は鳳、鳳誠治。以後お見知りおきを」
(オオトリ、セイジ……思い出した!!)
 彼は瑠華が竜矢だった頃のクラスメイト、つまり竜矢のクラスメイトで、そこそこの美少年。気に入った女の子には全て声をかけるという悪評の持ち主だ。
 性格は見ての通りで、しかもそこそこの信者を獲得しているということが彼を勘違いさせる一因となっている。
  (そうだ、鳳誠治! 三高一の女ったらし!!)
 まぁ、一般の男子生徒の評判なんてそんなものだ。
 そこまで思い出して、瑠華は現在の状況を再確認した。
 彼女は鳳の腕に抱かれたままだ。
 ドン! と彼の胸を突き飛ばし、
「な、何……!?」
 何してんだよ!? と言おうとしたらしいが、言葉にならなかった。
「おや。つれないね?」
「あっ、当たり前……でしょ!?」
 思わず出そうになる男言葉を必死に押しとどめる。
「わ、私、職員室に用があるから!」
 と、強引に先に進もうとするが、鳳は壁に手をつき瑠華の進路を遮る。
「僕はたった今、君に用が出来たよ」
 いやみったらしく白い歯を見せる。
 瑠華は彼の左足に重心が移動したのを見計らい、一気に抜き去った!
「!!」
 反射的に腕を伸ばすが、後一歩のところで瑠華には届かなかった。
「……まいったね」
 鳳はポリポリと頭を掻き、落ち込んだように見せるが――。
「おぉ!? そこに見えるは1−Eのアイドル、新見美佳さんではないかっ♪」
 彼の目は常に新しいターゲットを探しているのだった。
 





 AM・8:45。新座市、市立第三高校前。
 竜矢と瑠華が登校し、遅れること二十数分。
 通学路を二人の女子生徒が歩いていた。
「まずいのよ」
 背の小さいほうの女子生徒が、沈痛な面持ちで呟いた。
 もう一人の女子生徒はまたいつもの発作が始まったか、とでも言わんばかりに、
「何がよ、ミユ?」
 と、事務的に聞いた。
「非っ常〜にまずいのよ! どうしよー!? りっちゃん!」
 2年B組所属、睦宮美憂はわたわたと腕を振り回して事の重大さをアピールする。
 同じく2−B所属、りっちゃんこと鳴木葎は深〜いため息を吐き、
「だから、何がまずいのよ?」
 と、多少投げやりに聞き返した。
 うぅっ、と葎の迫力に気圧され気味の美憂。
「き、昨日ね…? 竜矢クンが……」
 竜矢とはもちろん、我らが斎木竜矢の事である。
「竜矢…? あ、斎木のことね。で? その斎木がどうかしたの?」
「あのね? 竜矢クンが、知らない女のコと一緒に歩いてるの見たの……!」
 カッ! と目を見開き、 両手を頬に当てる。
 世にも恐ろしいっっと言ったご様子。
「へぇ、あいつが? よかったじゃない。 彼女が出来るような奴じゃないしさ」
「よくなーいっ!!」
 そんなに高くない背を腕を伸ばして威嚇する美憂。
「いくら竜矢クンがそんな彼女作るようなタイプじゃないって言っても……!」
 彼女は勢いでまくしたてていた口をはたと止める。
「そっか」
「何?」
「そうよ!一緒に歩いてたからって彼女とは限らないじゃない! たまたま出会ってたまたま一緒に歩いてただけなのかも知れないし!」
 葎はそれはナンパではないのかというツッコミが浮かんだが、これ以上事態をややこしくしたくないので止めておいた。
「さ、葎っちゃん!」
「ん?」
「時間ないよ? 早く行こ?」
 葎は黙って携帯電話を取り出し、時刻を確認した。
 8時52分。
 ちなみに始業時間は9時である。
 葎は息を吸い込み猛ダッシュを始めた!
「あっ!? 葎っちゃん、待ってよお〜!」
「誰のせいでこんな時間になったと思ってんのよ!!」
 結局、美憂を見捨てられなかった葎は、美憂を抱えて驚異的なタイムを弾き出したのだった。






 AM・9:00。第三高校、2年B組教室内。
 始業のチャイムが鳴り響く教室内で、竜矢は頬杖をつき窓の外を眺めていた。
 教室の前の引き戸が開けられ、出席簿をもった眼鏡の女性が教室に現れた。
 2−B担任、茨木ひとみだ。
「よーし皆、始めるぞー? …ん? どした、鳴木」
「なっ、何でもっ、はぁっ、ない、ですっ」
「………登校時間には余裕持てよ? よし、出席の前に一つ伝える事がある。転校生だ」
(あいつ、このクラスに転入になったのか)
 竜矢は頬杖をつきながら担任の方を向く。
「喜べ、男子生徒諸君!……女の子だ」
 おおおっ!! と男子からの嬌声が上がる。
「さ、お姫様のご登場だ。いいぞー?」
 教室の外にいる女子生徒に入室を促す。
「は、はい」
 男子生徒お待ちかねの女子が姿を表す。
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」
 男子諸君から雄たけびが上がった。
 教室に入ってきた女子生徒――言うまでもないだろうが、瑠華だ――は後ずさった。
「こらこら、このコが怖がってるだろ? ……ん?」
 ひとみはクラスの女子の中で、一人だけリアクションが違う生徒を見つけた。
 彼女はぷるぷると小さな体を震わせ、転校生の顔を見つめたまま口をあんぐりと開けている。
「あ……ああ……あ…」
 彼女の友人の鳴木葎も、何事かとその少女を見る。
 その少女――睦宮美憂はすうっと深呼吸をし、
「あああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 クラスの生徒が何事かと美憂の方を見やる。
「なんだ? 睦宮。知り合いか?」
 ひとみが美憂に近づく。
「え、あ、いや、知り合いって程の…」
(竜矢くんとその娘が一緒に歩いてたのを見ただけ、なんて言える訳ないじゃない!)
 彼女は焦った。
 ひとみはふうっ、とため息をつく。
「何でもないなら、そんな大声出すんじゃないよ? ほら、席につく!」
「でも、茨木センセっ…!?」
 ひとみは美憂の頬をつまみ、左右に引っ張った。
「ひ・と・み・先生だろ? あんたはそんなに私の給料減らしたいのか? ん?」
「ご、ごめんなひゃひ…ひほみひぇんへー……」
 彼女は「茨木先生」と呼ばれるのを嫌う。語感がかわいくないからだ。
「分かればよろしい」
 つかつかと教壇に戻る。
「さ、紹介するぞー。ほれ」
 ひとみは瑠華に自己紹介を促す。
「あ、斎木…瑠華、です。よろしくおねがいします」
 たどたどしい喋り口に男子はクリティカル・ヒットだが、女子の幾人かは疑問を表情に浮かべた。
「ん、気付いた奴もいるようだね? 名字の通り、この娘は斎木竜矢君所縁の者だ」
 竜矢は一気に注目を浴び、少し固まった。
「家庭の事情で親戚に預けられていたそうだが、この度ここに転入となった。続柄は……何だこりゃ? 『一応妹』ぉ?」
 竜矢は頬を掌から滑らした。
 瑠華はバランスを崩しかけた。
「う〜ん、まぁ『義理の妹』ってとこか? 席は……お兄ちゃんの隣でいいか」
 指示棒で竜矢の隣の席を指す。
『お兄ちゃん』と呼ばれ、複雑な表情をする竜矢。
「じゃ、出席とるぞー? 荒木ー?」
 と、担任が出席を取る間に、竜矢の隣の席に瑠華がやってきた。
 無言で席に座る瑠華。
「(どうしたんだよ? オマエ…)」
「(別に……)」
 肩を寄せて喋る竜矢。
「(ただ、ちょっと言葉に詰まっただけだよ)」
「(それにしちゃ……)」
「お、早速内緒話かー? 仲いいなー。次、斎木竜矢」
「はい」
 話の腰を折られて多少不機嫌気味の竜矢。
 眉根を寄せて再び窓の外を眺める。
 こうしているだけでも、結構気は紛れるものだ。
「よし、男子はお終い。次は女子だな」
「(もう男子終わったのか)」
 担任の言葉に、ぼーっとしながらもそんな事を考える竜矢。
 しばらく、担任が名字を読んでは生徒が返事を返すという作業が続いた。
 しかし、その単調な作業はある生徒の名前を読み上げたところで一時停止することとなった。
「黛ー? 黛? 居ねーのか? ま・ゆ・ず・みー?」
 返事はない。
「委員長のヤツ、またかぁ? ここんとこしばらくだな……。黛 那由他、欠席っと」
 手元の出席簿に記入するひとみ。
「ほい、次。命ー?」
 再び単調な作業に没頭する。
 しばらくして、最後の名字が読み上げられた。
「渡部ー?」
「はい」
「うし。出席確認完了! んじゃ、がんばれよー」
 トントンッ、と書類をまとめ、教室から出て行くひとみ。
 それにタイミングを合わせたかのようにワッ! と瑠華の席に群がる級友達。
「ねぇねぇ、どっから来たの?」
「是非マネージャーに!」
「彼氏、いるの?」
「かわいーねー」
「やっぱり、一緒に住んでるんだ?」
「ス、スリーサイズは?」
「付き合ってください!!」
 一度に質問(一部違うが)を浴びせられ、戸惑う瑠華。
「ちょっ……通してっ…!」
 その中に、ちょっと違うテンションの声が混じった。
「ぷあっ! はっ! やっと通れた! ちょっとみんな! 瑠華ちゃんとまどってるでしょ?」
 頭一つ分違う背丈の少女、睦宮美憂が人ごみの中から現れた。
 彼女はその背に似合わず割と自己顕示欲旺盛で、こういう場は一番に仕切りたがる。
「はじめまして! あたし、睦宮美憂! ミユって呼んでね!」
 生徒手帳に『むつみやみゆう』と平仮名で書く美憂。
「さっきまで思いっきし敵視してたくせに……」
「何か言った? りっちゃん!?」
 親友の不穏当な発言を制する。
「あ、あのー…」
 瑠華の戸惑い交じりの声に、はっ、と我に返る美憂。
「ご、ごめんね? あたし、どーも周りが見えなくなっちゃうトコがあって……」
 自覚症状はあるらしい。
「改めて、よろしく!」
 美憂はにこやかに笑い、手を差し伸べた。  瑠華は少し柔らかな表情になって、その小さな手を握り返した。
 二人がしっかりと握手ところで、始業のチャイムが鳴り、その場はお開きとなった。
 しかし瑠華はこの後休み時間のたびに人ごみの台風の目となるのだった。






 AM12:58。第三高校、2−B教室。
四時限目も終わりに差し掛かった頃。
 倫理の教師が『グリプス戦役の発端とその政治的影響について』の講義をしている。
 そもそもの授業はプラトンの哲学についての授業だったハズが、予想以上に早く終わってしまい、こういった話をして時間稼ぎをしているという訳だ。
「えー、ですからー、腐敗し堕落した連邦政府に対しー」
 ここまでに「連邦政府」という単語が少なくとも10回以上は出て来ている。
 そこへ、授業終了のチャイムが鳴った。
「といったところで講義はお開き! また明後日のお楽しみ」
 別に誰も楽しみにはしていない。
 そんな視線もかまわず、さっさと荷物をまとめて出て行ってしまった。
 教室の引き戸が閉められたところで、思い思いの行動を取る生徒たち。
 ある者は購買へ、ある者はその場で弁当の包みを広げ、ある者は……
「瑠華ちゃーん、一緒にお弁当食べないー?」
 至ってさわやかに近づく美憂。
 彼女の魂胆は瑠華とは別のところに在ったようだが。
「悪ぃ、睦宮」
「は、はひっ!?」
 目的の人物から不意に声をかけられ、動揺する。
「今日俺ら、弁当持ってきてないんだ。それに、コイツに学校案内しなきゃいけねーしさ」
「あ、そだね……」
「だったら俺が代わりに!」
 教室のどこからかそんな声が聞こえてきた。
「行くぞ、瑠華」
 無視した。
 二人一緒に立ち上がり、二人一緒に教室から出て行った。
 そんな様子を、友人の鳴木葎は黙って見ていた。
「残念だったねー…」
 とだけ呟いた。
 そんな彼女の心配をよそに、美憂の顔はとっても幸せそうだった。




 廊下を歩く斎木兄妹。
「……学校案内なんかしなくたって、オレ学校知ってるし…」
「バカ。何のためにお前連れ出したと思ってんだよ」
 頭に疑問符が浮かんだ。
「今日おまえ、ずっともみくちゃにされてたじゃないか」
「あ……」
 瑠華は、これが竜矢なりの気遣いなのだと理解した。
「へへっ」
「……?」
「らしくないな、と思ってさ」
「何だよ、それ」
「もとは自分の……体だったからな。客観的に見る事が出来るからかな」
 誤解のないように都合の悪い部分だけは小声で話す。
「…………」
 反応はなかった。
 しばらくして、生徒用トイレを過ぎたあたりで竜矢は口を開いた。
「そうだ、お前、トイレ、男子用入るなよ?」
「え」
「まぁ、その体で立ちションが出来るっていう器用なマネができるなら止めはしねーけど、あまりお勧めはできねーな」
 瑠華は黙ってしまった。
 女性歴(こう書くと語弊があるかもしれない)3日目とは言え、その身体構造の違いを嫌という程思い知らされた彼女は、切り返す言葉が見つからなかった。
 しばらく歩き、幾人かの生徒とすれ違い、階段を上ると、
「ここならいいだろ」
 二人は屋上に着いた。
 まだ春だからか、頬を撫でる風が気持ち良い。
「あ、昼メシ買ってきてねぇじゃん」
「ほれ」
 竜矢は瑠華に四角い包みを渡した。
「これ……!」
「今日忘れてったろ。まぁ、無理もねーか、あの騒ぎの後じゃ」
「でも、持ってきてないからって……」
「『だから購買に行く』とは言ってねぇだろ? 口実だよ」
 と、そこで会話を打ち切り、ドカッと屋上の床にあぐらをかく。
 瑠華もそれに倣い、あぐらをかく。
「見えてんぞ」
 慌てて正座に座りなおす。
 しばらく、カツカツと弁当箱の底を箸が叩く音が空に吸い込まれていく。
 カチャ、と箸を納め、
「ごちそうさま」
 と、竜矢は一息ついた。
 数分遅れて、
「ごちそうさま」
 瑠華は箸を置いた。
 腕時計を見る。まだ授業開始にはかなりある。
 ゆっくりとした時間が流れた。
 その間、二人は特に何か喋るでもなく天を仰いでいた。
 ふと瑠華は竜矢の横顔を見た。
「……何?」
「いや、やっぱりオレの顔だなー、と思ってさ」
 竜矢はその発言の意図するところが分からず、眉間に皺を寄せた。
「この体になって、鏡とか見てさ、現実見せられて、もう元には戻れないんだ…って実感するたびに……」
 瑠華は視線を戻した。
「オレはもう『斎木竜矢』じゃない、この体に早く慣れよう、ってさ。でも、そんな時にオマエの顔見ると、やっぱり、『決意』、揺らいじゃうんだ」
「瑠華……」
「やっぱり、未練なのかな。こういうのって」
 竜矢は今朝の父親の言葉が頭をよぎった。
『それでも少しは心の支えになる筈だ』
(こういうとき、ってやっぱり、俺がそばに居てやるべきなのかな)
 ゴク、と竜矢は唾を飲み込んだ。
「……なんてな!」
「は?」 「ンな辛気くさい顔すんなよ! そりゃあ、元に戻りたくないなんて言ったら嘘になるけど……」
 竜矢は瑠華のいきなりなテンションに戸惑った。
「オレは人生、こんなことで諦める気はないよ。だから、そんな顔すんなって! …オマエのせいじゃ、ないんだしさ」
「瑠華……ありがとな」
 少し頬を紅潮させ、
「…いいよ。それよりそろそろ戻ろ?」
「あぁ」
 二人で立ち上がり、歩き出そうとしたその時。
「見つけたよ」
 扉の方から聞き覚えのあるかもしれない声が響いた。
「あ、あんたは……!」
 瑠華は声をわななかせた。
「覚えてくれていて光栄だよ、瑠華さん。そう! 僕の名前はー…!!」
「「誰だっけ?」」
 ハモった。
「おっ…鳳だよ! 鳳誠治!! キミと同じクラスの!」
「そういえば居たな、そんな奴」
 竜矢が率直な感想を述べる。
「…今日初めてキミと出会い、キミと同じクラスになった……これはもう、運命だとは思わないかい」
 敢えて聞こえないフリをして、瑠華に歩み寄る鳳。
「運命?」
「そう……天の思し召し…まさしく運命だよ」
 フッ、と鼻を鳴らし、髪を掻きあげる仕草をする。
(何だ、コイツ……)
 竜矢はこの男子に多少嫌悪感を持った。
 今まで、この少年に特に関心を持たなかったため、級友達の言うような悪評は実感しなかった。
 しかし、こうして対峙してみると。
(ムカツク)
 瑠華の方は、今朝早速(したくもないのに)実感したため改めて、という感じだ。
「さ、こんな男はほっといて、僕と…」
 彼の言葉はそこで遮られた。
「……なんだか知らねーけど、いきなり出てきてそれはねーんじゃねーのか?」
 声を低く、底冷えのする声で鳳に近づいた。
「…………」
 鳳は表情を崩さない。
 代わりに、
「ちょっと……退いてくれないかな」
 何かを手で除けるような仕草をした。
 ブオッ!!
「うあっ!?」
 ドン!!
 竜矢は急激な強風に煽られ、屋上のドアの傍の壁に叩きつけられた。
「うっ……くっ……!」
 背中の激痛に苛まれ、苦悶の声を上げる。
「りゅ、竜矢ッ!?」
 慌てて駆け寄る瑠華。
「……見たところ、君も“能力者”のようだったからね…? この位は防げて当然だと思ったけど…いや、見込み違いだったみたいだね」
 竜矢を見下ろし、続ける。
「この僕から女性を遠ざける存在は、何者も認めないよ。たとえ、それが彼女の兄だろうとね」
 鳳は、完全に優位を確信した。
 瑠華は、竜矢の顔を覗き込む。
「だ、大丈夫……?」
 瑠華は言葉を詰まらせた。
 今の彼に何を言っても無駄だと悟ったからだ。
「痛ってぇ……」
 竜矢はゆっくりと立ち上がる。
 瑠華は今の彼の感情にある程度見当がついていた。
「おや……? 結構タフなんだね?」
 嘲笑を交え、評価を下す。
 頚椎の辺りに左手を当て、ゴキゴキと首を鳴らす竜矢。
 彼は心の中の感情を抑えきることが出来なくなった。視界には、目の前の瑠華と鳳しか写らなくなった。
 つまり、完全に、『キレた』。
「そうか……」
「竜矢…?」
 前髪でも隠しきれない眼光、そして殺気を揺らめかせ、鳳に近づく竜矢。
「テメェも『まほー使い』なんだな……?」
 鳳はおや、と怪訝顔をした。
「『魔法使い』とはまた幻想的な言い回しだね? 確かにこの異能の力はある意味では『魔法』と言えるかもしれないけどね」
 竜矢は答えない。
 代わりに、右手を固く握り締めた。
「テメェも『まほー使い』なんだな……!!」
 鳳は嘲笑を崩さず何か言おうとしたようだが、そこで彼の余裕は断ち切られた。
「な…何……!?」
 竜矢の右手に、彼の言うところの尋常ではない『異能の力』が集約されていたからだ。
「つまり…手加減は要らねぇってことだな!!!」
 歩みが駆け足に変わった。
「え、いや、ちょっ、待っ…!」
 竜矢は屋上の床を強く踏み込んだ!
「地獄の底まで! カッ飛びやがれぇぇ!!」
 ひゅごうっ!
 ズドォン!!
 竜矢の放ったアッパーから爆炎が舞い上がった。
 彼の体は衝撃に耐え切る事が出来ず、鳳は高く空へと打ち上げられた。
「うわあぁぁあああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ………
 鳳の体はみるみるうちに小さくなり、そして消えた。
「…テメェも『まほー使い』みてぇだったからな…? この位は防げて当然だと思ったが…見込み違いだったみてぇだな」
 ストレスが解消されて、幾分スッキリした声で言った。
 瑠華は大空――鳳の消えた辺り――を見つめて、一言。
「『地獄』……?」
 キメつぶし。
「…………」
 また振り返って、一言。
「ま、最初のアレよりはマシか?」
「……だから」
 昨日のことを笑いのタネにされるのは、もうしばらく続きそうだった。






 PM・4:42。斎木家、玄関。
「「ただいまー」」
 あの後、鳳は結局戻らなかった。
 しかし、竜矢には彼があれで引き下がるとは到底思えなかった。
(ギャグキャラは死なないんだ)
「お、兄貴、姉ちゃん、お帰り」
「なんだ、達矢。帰ってたのか」
「うん。やっぱ二人とも、居るんだなぁ」
 二人は顔を見合わせた。
「「は?」」
「いや、大掛かりな夢かなーと思って」
「「なんだ、それは……」」
 同じタイミングで嘆息する。
 瑠華は大きく背伸びし、
「あぁーあ。ヤな汗かいたな。ちょっと、シャワー浴びに行ってくるよ」
「また?」
 そんなに気になるもんかなぁといぶかしむ。
「うん。先に部屋戻っててよ。ついでに着替えてくるから」
 足取りも軽やかに浴室に向かう瑠華。
 頭をボリボリと掻き、部屋に向かおうとする竜矢。
(見込み違い……か)
 竜矢は今回の事で自身の力不足をはっきりと自覚していた。
「やっぱり、修行かなぁ。ベタな展開としては」
 竜矢は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。
 脱衣所に乱入した達矢が、右ストレートでK.O.されるほんの90秒前だった。


 つづけ。



【あとがき&偽予告】

『あとがきのネタに困ったときは、キャラをゲストに呼んじゃおう! 企画』

 そんな訳で、記念すべき第一回の今日は、本作のヒロイン斎木瑠華さんにお越し頂いています。

「どうも」

 どうも。ということでなんか喋って。

「なんかって……なんでここにオレ呼んだの?」

 うーん、今回は新キャラの顔見せシナリオだし、下手なこと喋るよりはゲストとしてキャラ呼んで、それでいてある程度設定ばらしても構わないキミに白羽の矢が立ったというわけさ。

「設定…」

 うん。表設定も裏設定も。

「そんなに作ったのか?」

 そうだよ。もともとTSっ娘はキミじゃなくて竜矢に務めてもらう予定だったの。だけど、主人公のTSなんて今更目新しくもなんともないし、新人が印象持ってもらうには竜矢の分身作ってそのコをTSさせた方が新鮮だと思って。

「はた迷惑な……だったら始めから竜矢にやってもらってりゃ…」

 その場合も竜矢の名前が瑠華に変わってキミという新しい人格が生まれてただろうね。

「くっ…」

 ま、これからもストーリー進行に応じてゲストとして来てもらうかもしれないから。その時はよろしく。

「結局何も喋ってないんだけど」

 その時にぶっちゃけてもらうよ。はい、これ。

「何コレ?」

 カンニングペーパー。

「変な文章が書いてあるだけじゃないか。こんなもんテストに使えないぞ?」

 ンな問題出さないよ。今から次回予告やるから、その為の台本。

「ペラ紙一枚は台本とは言わないんじゃないの?」

 やかましい。ほら、まずはこの文から。

「はいはい。じゃ、いくよ……」










「君たちに、最新情報を公開しよう!」

 一足遅れて、新キャラが(また)登場!

 本人は至ってマジメ、けどどこかズレてる委員長! その真の実力は如何に!?

 そろそろどうだろ バトル! な展開!

 次回、マジカルツインズ第4回、「戦うボーイ・ミーツ・ガール」に乞うご期待ッッ!!

 追伸!前回書き忘れたけど!

「この次回予告、及びタイトルはその時の『ノリ』で考えられています。実際の展開とは異なる場合がありますのでご了承ください。もちろんアーム・スレイブなんて出てきません」

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