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少年少女文庫・リレー小説実行委員会主催...


小さなお守り







Prologue





                 プロローグ担当: MaSaMiさん




 彼女は、資料や文書が堆く積まれている中、辞書を片手に古文書に格闘している最中だった。そもそも彼女の指導教授が水富湖(みふこ)市史の編纂委員の一人で、その縁で彼女も資料の下調べなど正課の授業や研究に加えて教授のお手伝いをさせられる破目になった訳である。
 ましてや一帯の新産業都市指定やそれに続く水月(みつき)・富等津(ふらつ)・湖有(こう)の3市合併をめぐるゴタゴタとか大正期に立地が始まった湖有の化学工場立地の経緯・更には明治時代の水月炭鉱の発見や果ては江戸時代の富等津城下や湖有宿の発展とかを担当するのなら、彼女も何らかの縁が無きにしも非ずなので良かったのだが、彼女が担当したのは中世──それも水月神社が創建される以前の話なのだから殆ど許容範囲の外でしかない。
 もっとも美味しいところは先輩たちが全て頂いてしまい、結局彼女には誰もやりたがらないようなところが回ってきたと言うことなのだが。

 自分の運の悪さを呪いながら古文書を調査しているところに、突然何処からとも無く少女がやって来た。

「せんぱ〜い。」

 図書館には場違いな大声の主は彼女の後輩らしい。その後輩に背後から抱きつかれて彼女は作業を中断せざるを得なかった。
「君は人の感情を逆撫でするのが得意らしいね」
「だって〜。先輩って可愛いんだもん(はぁと)」
「それが目上の人間に対して使う言葉遣いなのかね」
「うふふっ。夕べは結構気持ちよかったでしょ……」
「……………それより何の用だ」
「あ、そろそろお昼だから……、一緒に食事に行かない?」
「ご好意は嬉しいが、生憎この状況下では食事に行ける状況ではない。ま、表の廊下のロッカーに鞄がしまってあるけど、その鞄の中に携帯食があるから」
「先輩も大変ですね〜何を調べているんですか?」
「水月神社の由来についての古文書だ。伝承の部分と史実の部分が綯い交ぜにされてて、結構骨が折れる」
「あ、おばあちゃんの実家だ〜で、どんな由来なの?おばあちゃんに聞きたいと思ってたんだけど、死んじゃったので教えて貰えなくて〜」

 駄々っ子のように甘える後輩に対して彼女は今まで古文書を調べて解明された判ったところを一通り説明し始めた───。


 凡そ史書では「平安の御世」と記された頃。その「平安」とは京の都の一握りの者のみが専らとしたものであり、それ以外の諸人にとっては「平安」とは程遠い貧困と荒廃が常であった頃。例によって水富湖一帯も豪族・長者・侍・野盗が何時果てるとも無く相争っていた。
 そもそもの元を正せば水争いである。いみじくも大河とは言い難く後背地も広大とは言えぬ智須川水系。雨が少なくなれば俄然流れも細くなり、田畑が干上がることも珍しくは無かった。湖の水はと言えば海水も混ざっていて到底田畑に引けるものではない。俄然、僅かな川の水を巡って互いが相争うことになるのは当然の帰結となる訳で、其処へ都の貴族の勢力争いやお家騒動も絡んで事態は混迷を極めていた。
 そんな中での話である。

ある満月の夜。
湖の真ん中に一艘の小船が浮かんでいた。小船にはこの世の者とも思えぬ美しい白拍子が誰かを待ちわびるが如く佇んでいた。其処へ何処からとも無く、小船が二艘近づいてきた。
 一艘の小船には若侍が、もう一艘の小船には海女が乗っていた。三艘の小船は一箇所に集まると、三人は一艘 ──白拍子が乗っていた船── に飛び乗った。三人は幼馴染だった。
 子供の頃から一緒になって野山を駆け水遊びをしていた。やがて一族郎党の中でそれ相応の応分を果たす年頃となると、彼らは互いに思い思われる関係になり、時として逢瀬を愉しむこともあった。しかし、戦乱が激しくなるに連れ互いの一族郎党が相争うようになると、表立って会うことも出来なくなる。斯くして夜な夜な人目を避けて湖の上での逢瀬を常とするようになったのだ。

やがて三人は服を脱いで肉体を露にした。若侍の服の下からは筋骨質の肉体が現れた。が、それは男の肉体ではなく、それ相応の膨らみと丸みを持つ女の肉体であった。海女も裸体を現した。中から現れたのは少し痩せていたが男の肉体である。この二人は産後直ぐに母親を亡くし、その際に祈祷師からお告げを受けて夫々本来の性とは違って育てられたのである。最後に白拍子も全裸となった。白拍子の装束に似つかわしく白い肌と均整の取れた肉体……「女」としては申し分無かった。──その白拍子の股間には男と女の両方の特徴が存在していたと言う一点を除けば、である。

暫く時間が経過した後、小船に乗っていた三人に矢が射掛けられた。起き上がっていると、松明を持った侍を乗せた船が三方からやって来た。夜な夜な姿を消す三人の行方を怪しんだ夫々の一族郎党が放った追っ手だった。しかも相手は不倶戴天の敵。迷わず三人に矢を放つのは当然の帰結であった。最早逃げ場は無いと悟った三人は互いに手と手を取り合って湖に身を投げた。装束だけが寂しく残された無人の船だけが残された。それは湖に写った満月とも重なって、それこそ竹取の翁の物語を髣髴とさせるものであった。

その後も争いは果てることなく続いた。
とは言うものの、鬼や物の怪の噂が実しやかに語られ、天神・金神の祟りを恐れていた時代。湖に身を投げた3人の霊が怨霊として祟るのではないかと誰もが恐れた。事実、この悲劇の後も疫病・飢饉が人々を苦しめ──もっとも医療や技術が発展していないご時世で は祟りがあろうと無かろうと被害が甚大になるのは当然と言えば当然だが──その度ごとに怨霊の祟りを人々は恐れていたのであった。
 都での実権が府内の寝殿から鳥羽の院庁へと移っていく頃、湖の辺に3人の霊を祀る祠が建てられた。その祠は後々人々の信仰を集めることとなり、やがてその周りに市を為し大いに賑わった。これが水富湖水月神社の由来である。


「……と言うのが経緯らしい」
「ふーん……でもそんな由来があるのなら、私たちがこんな関係になるのも不思議じゃないんだよねっ」
「元を正せばお前が勝手に望んだことだ。私の希望ではない」
「気にしな〜い。気にしな〜い」
「ぉぃ。私は気にするぞ……って、何故に脱ぐ!?」
「根を詰めてばっかりだと頭に血が周らなくなるんだよ〜こんな時には気分転換♪」
「一寸待て!人が来たら……ん……んんーっ!!」
 本が堆く積まれている書庫で、彼女は下着姿になった後輩の唇で口封じされると押し倒された。書物の山と傍らに置かれた二人の鞄だけが二人の行為を見守っている。そして後から書庫へとやって来た後輩の鞄には件の話題となった水月神社の御守りが彼女の存在を知らしめるかの様にぶら下っている。




この水月神社の御守から、"お守り"の話が始まる。
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