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そーいうもんか?

作:よっすぃー



 朝、起きたら女になっていた。
 見た目は20歳前後の女子大生みたいな印象であった。
 肩まである髪が清楚な中にも理知的な印象を与えていた。
 極上。
 と、までは言わなくても、10人が10人とも口を揃えて「可愛い」と言ってくれるであろう美人だ。
 ただオレがその美女である事が問題なんだが……
「とりあえず、この場をどう繕うかだな」
 膨らんだふたつの胸に戸惑いながらオレは腕を組んだ。
 今の見た目はどう繕っても妙齢の女の子だが、本来のオレは32歳のれっきとした男だ。もちろんそれなりの社会的地位もあるし、子供こそいないが女房もちゃんとひとりいる。
 それがいきなりこんな状態だ。パニックにならなかっただけでもオレの精神力を褒めてもらいたい。
 それよりも問題なのは妻の反応だ。
 目が醒めたら旦那の姿が無く、代わりに見ず知らずの女が隣に寝ていたらどう思うか?
 考えただけでも背筋が凍る。
 オレはまずその不安と戦わなくてはならなかった。


 ところが、だ……
「あら、あなた。女の子になっちゃったの?」
 オレの姿を見るなり言った、妻の第一声がこれだった。
 拍子抜け……というよりどうして?という疑問符で頭の中が一杯になった。
「ちょっと待てよ。目に前に面識の無い女がいるんだ。「アンタ誰?」とか「夫はどこに行ったの?」とか言うのがふつうじゃないのか?」
 普通はそんな反応じゃないのかと、思わず問い返す。
 しかし、妻から返ってきた答えはオレの意に反するモノだった。
「何言ってるの。私と一緒に寝ていたのはあなたしかいないでしょ?それにそのパジャマを着ているのよ。導き出される答えはひとつじゃない?」
 理論整然と妻が言う。確かにそうかもしれないけど、
「おぃ、仮にも自分の夫がいきなり女の子になっているんだ。ふつうは驚くかパニックになるものだろう?」
「驚いたわよ。私より若くて可愛いんだもの」
 オレの抗議にしゃあしゃあと妻が答える。
 いや、そういう問題じゃなくて生活の問題とか、世間様に対する反応とか色々あるだろうに。
 そのことを指摘すると、
「そうでもないんじゃない。背丈や体型は私と同じくらいだから着るものには困らないし、肉体労働じゃないからクビになることはないでしょう?あぁ、そうね、夜はちょっと残念よね」
 ちょっと頬を染めながら妻が言う。
「夜は困るって……その程度なのかい、おぃ」
 オレの存在は一体なんなんだ?
「さあさあ、いきなりでパニくるのは解かるけど、さっさと仕度して出かけるのよ。女の仕度は時間がかかるからのんびりしている暇は無いわよ」
 反論を唱える間もなく、妻によってオレはパジャマを剥ぎ取られ、ブラとショーツをあてがわれたうえに化粧を施され、シックなダークブラウンのスーツを着させられた。
「スーツったって、これスカートじゃないか!」
「そりゃレディースなんだもん、当然じゃない。私用だからちょっと大人っぽいデザインだけど、大丈夫、似合っているわよ」
 だから、そういう問題じゃないんだって。
「ほら急いで。早くしないと遅刻して、あなたの上司にどやされるわよ」
 問答無用で黒の革靴を履かされオレは家から追い出された。
 
 
「そうか、佐藤君。女の子になっちゃったのか」
 これが上司のセリフだった。ちょっと待てよ、女房と一緒じゃないか!
 正直、この姿で出社してオレだと信じてもらえるかどうか不安だったのに、いざ蓋をあけてみたら呆気ないほどあっさりとした返事が返ってきた。
「あのぅ、驚きませんか?ふつうは」
「別に」
 これまた妻と同じ反応が返ってくる。
「性別が変わったからって君の能力が変わったわけじゃないだろう?」
「そのつもりですが……」
「なら別に問題は無い。むしろそれだけ若くてきれいな姿なら、取り引き先の受けもいいだろう。今まで以上に頑張ってくれたまえ」
 そう言ってさっさと自分のデスクに戻ってしまった。
 それってセクハラなんだけどなぁ。 
 言って無かったがオレはとある会社の営業職だ。それも比較的堅い商品を扱う会社である。
 そういう訳かどうかは知らないが、オレの勤め先は女性社員が極端に少ない。20代に限定すればひとりもいない。
 そんなところに若くて綺麗な女の子がいたらどうなる?女王様はちょっと大げさとしても、社内のアイドル扱いされるのはまず間違い無いのじゃないか?
「佐藤さん。お茶、ここに置いておくからね」
「あ、ありがとう」
「佐藤さん。これ、頼まれていた資料」
「助かるよ」
「佐藤さん」
「佐藤さん」
「………」
 とまぁこんな具合で、異常なぐらいにちやほやされて何かと便宜を図ってくれる。ただ問題なのはそのアイドルがオレだということだよな。
 それは訪問先についても同じ事。
「そうなんだ。佐藤さん、女性になってしまったんだ。まぁ、同じ商談するのなら、むさくるしい男より綺麗な女の子の方がいいから問題無いですよ」
 ある取引先からはそう言われ、別の取引先では、
「いや〜、最近はそんな若くて綺麗な人と話す機会に恵まれなくて。佐藤さんが担当なら商談の件、前向きに考えてもいいですよ」
 と言われ、末恐ろしい事に今まで散々苦労していた新規契約や大口注文も、こんな具合に拍子抜けするほどあっけなくどんどんとれてしまったのだ。
「佐藤君、なかなか好調じゃないか。この調子でどんどん契約を取ってきてくれよ」
 上司はすこぶる上機嫌。
「こんな可愛い人を邪険に扱うわけにはいかないでしょう」
 取引先もすこぶる上機嫌。
 不機嫌なのはオレ一人だけ。


 そう、誰一人としてオレが女になったことに驚きも興味も示さない。誰もが「あ、そうなんだ」で始末し、こちらから言っても「可愛いから良いじゃないか」で片づけてしまう。
 それは病院でも同じこと。
「まぁ、虫や怪獣になってしまったら問題だろうけど、あなたの場合女の子になっただけだし、しかもかなり可愛いのだから別に問題はないでしょう」
 と、あっさりあしらわれてしまった。
 役所も同じ。
 市役所に出向くと、
「別にいいんじゃないですか。なんだったら戸籍の性別欄変えておきますけど?」
 の一言で片付けられてしまうし、運転免許センターに行っても、
「写真替えておきます?」
「いえ、そうじゃなくて」
「視力とかが変わりましたか?見たところコンタクトとかもしていないようなので、再検査の必要も無いと思いますけど?」
「ヘンだと思いませんか?突然見ず知らずの女がこんなことを言いに来て」
 思いあまって尋ねてみた。
 が………
「佐藤さんなんでしょう?だったらいいじゃないですか」
「だからそうじゃなくて………」
「この免許は有効です。次の書き換えの時に来てください。その時に写真も一緒に交換しましょう」
 とりつくしまもなく追い返される始末。日本の行政ってどうなっているんだ?
 妻に至ってはもっとひどい。
「次の日曜日にあなたの服みんなフリマに出しちゃって、代わりに二人の服を買いましょう」
 と、職場まで電話をかけてくる始末。
「ちょっと待てよ。じゃあオレは何を着れば良いんだ?」
「私と共用すればいいじゃない。どうせ男物なんか着れないのだから、置いていても無駄でしょう?」
「そういう問題じゃないだろう」
「婦人物の洋服って高いのよ。ちょっとでも足しにしないと。そういうわけだから休みの日は空けておいてよ」
 オレの立場ってそんなものなのか?
「だから困惑しているって言っているじゃない」
 休日にフリマでオレの服を売り払い、代わりに婦人物の服を大量ゲットした妻が答えた。どうでもいいけど説得力がないぞ。
「ホントにそう思っている?」
「思っているわよ。夜は手持ち無沙汰なんだもん」
 きっぱりと言い切る。
「その他は?」
 思いあまって問い返した。
 妻は少し首を捻り、
「別にないわね」
 きっぱりと言い切った。
 オレの存在意義って………

 
 れから数ヶ月。
 いいも悪いもこの生活ですっかり女の子の暮らしに馴染んだ頃、
「おはよう……て、えっ?」
 当然だけど夫婦であるオレと妻は同じベッドで寝ている。今は同性だから仲のいい女友達…いや、見た目は明らかにオレの方が年下だから姉妹だろうか?だったのだが、
「おぃ、一体どうしたんだその身体?」
 驚いて目を丸くするオレに反応して身体を触りまくる妻。
 ピンクのパジャマをはだけると、たくましい胸板。浅黒く筋肉質な四肢。甘いマスクだがうっすらと無精ヒゲのあるフェイス。
 それってまるで………
「あらやだ、男になっちゃてるわ」
 あっさり言う妻。
「大変じゃないか!すぐに病院に行こう」
 慌てふためいたオレは妻を引っ張っていこうとしたが、彼女は動じる様子もなく落ち着き払っていた。
「ま、なっちゃったもんはしょうがないじゃない」
 あっけらかんとしている。
「しょうがないって、美奈子おぃ………」
「別にいいんじゃない。これで夜の生活も不自由しなくなるわよ。ア・ナ・タ………」
 彼女………いや彼の目が妖しく光っていた。
 そう言う問題かぃ。
 
 
 


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