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狩人 - 第1の石【前編】 -
作:DEKOI

 

<<1:誇りのない仕事>>
 
 ニューヨークの大通りと呼ばれている場所から少し裏に入った所。ここに一軒の雑居ビルがある。階数は4階でさして大きくない。そんなうらぶれたビルの1階にそのバーはあった。
 『Marshland Vulcher』
 それがバーの名前だ。直訳すれば『湿原の禿げ鷲』。なかなか不吉な名称だ。
 カウンターが1つに椅子が8つ。それしか客の座る所はない。
 カウンターの向かい側には1人の男が椅子に座りながら暇そうに新聞を読んでいた。
 男は黒人特有の黒い肌を持っていた。年齢は解りにくいが60近くはいっているのではないのだろうか。身長は190、いや2mに迫ろうとしているのではないのだろうか。肩幅も広く骨太な感じを漂わせている。顔は長方形の角を荒く削ったかのような形をしており、細く釣り上がった目に真一文字に閉められた口がふてぶてしい。短く刈られている毛髪は、頭頂部寸前まで禿げあがっていた。
 男の雰囲気はバーのバーテンダーのものではなかった。どこかのボディーガードか荒事専門の仕事をしている男にしか見えない。
 彼の名前はグレイ=コリン。このバーの経営者にしてこの雑居ビルのオーナーだ。表では客が全く来ないバーをやっているが裏では彼の名前はそれなりに知られている。
 ベトナムからの帰還兵でそのまま裏の世界に落ち、殺し屋として名を馳せた男だ。現在は殺し屋を引退して情報屋と武器の密売を手がけている。情報屋としての腕はニューヨーク随一とまで言われている。
 グレイは新聞から顔をあげてドアの方を見た。それと同時にドアが開いた。
「クロウか。」
 無愛想にグレイはドアを開けた人物に声をかけた。ドアの所には1人の少年が立っていた。16才前後だろうか、身長は160台半ば。毛羽立った短い灰色の髪に大きめだが鋭い眼差しを持ち、首に赤いマフラーを巻いている。
「帰ったぜ、ジジイ。」
「相変わらずの口の悪さだな、この糞ガキは。」
 グレイは少年の口の悪さに思わず苦笑する。苦々しいという意味の苦笑ではない、しょうがない奴だといった感じのある意味暖かみすら感じられる苦笑だ。
 クロウはずかずかとバーの中に入ってくると手ごろな椅子に腰掛ける。グレイは壁に備え付けられた棚から1本のバーボンを取り出すと水割りにしてグレイの前に出した。
「ところでクロウ。下水道で何か収穫でもあったのか?」
 グレイはもう1つ水割りを作りながら質問した。クロウが行ったこの街にある地下遺跡の情報元は実はグレイだったのだ。
 浴びせられた質問にクロウは水割りを飲みながら顔をしかめた。後ろにあるドアの方を振り向くと少し大きめに声を出す。
「入ってこいよ。ジジイにお前の事、一応紹介しておきたいからよ。」
 クレイの声に応じてか再度ドアが開かれた。グレイはドアに立った人物を見て目を丸くする。
 その人物は13才前後の少女であった。身長は150cmくらいだろうか、美しいブロンドヘアーをツインテールで纏めている。澄んだ青い目はパッチリと見開かれており、唇はサクランボのようにピンク色に染まっていた。美しいというよりも可愛らしいといった印象が強い少女だ。
 ところが少女は何故か上に紺色のジャケットを羽織り、ジーパンを履いていた。その格好のせいで彼女の愛らしさが少し台無しになってしまっている。
「なんだこの娘は? お前のコレか?」
 グレイは右手の小指だけ突き上げた。しかしその顔は言っている内容とは異なり真面目な表情が浮んでいる。
 それに対しての2人の行動は対照的であった。
 クロウは心底呆れたかのような表情を浮かべて水割りを煽るだけであった。
 少女は顔を真っ赤にした。手を握って全身を震わしている。照れているのか怒っているのかわからないが。
「ふざけんな! 俺は男だぞ、そんな関係のわけないだろうが!」
 少女はグレイに向かって怒鳴り声をあげた。どうやら原因は怒っている方のようだ。
 しかし少女の言っている内容はグレイには理解できない物だった。グレイの鋭い眼力は少女の服の胸の箇所がわずかにだが押し上げられてるのを捕らえていたからだ。そんな物は『男』ならない筈だ。
「ジジイ、こいつの言っている事は間違っていねえよ。少なくともついさっきまではこの女は男だったんだ。」
 不思議そうに見つめているグレイにクロウは助け船をだした。その説明を聞いてグレイはさらに合点がつかなくなる。
「下水道で何があったのか、説明するからよ。黙って聞いててくれ。」
 
「『カオスクリスタル』か。聞いた事はねえな。」
 クロウが下水道で体験した出来事を聞き終えたグレイは顎をしごきながら呟いた。
「何か不思議な力を持った石の噂とかでもいいからないのか? あてもなく探すのは無理っぽいからよ。」
 クロウは3杯目の水割りをあけながらグレイに質問する。
 ちなみにクロウのすぐ隣に座っていたアイン−−少女の名前だ−−は顔を真っ赤に染め上げ、目を廻しながらカウンターでうつぶせになっていた。ビールを貰ったのだがコップの3分の1の所まで飲んでひっくり返ってしまったのだ。
「うふふー、いい気持ちなのら〜。」
 アインは笑みを浮かべながら意味不明な事をぼやいていた。その笑顔は少女の顔によくあっていてとても愛らしい・・・筈なのだが、なんだかにやけていてそうでもなかったりする。
 クロウとグレイはそんな少女のあられもない格好を見て軽く溜息をついた。呆れ返ったような空気が辺りにただよう。
 クロウはアインを揺すった。彼女はクロウの手を邪険にあしらおうとするが、しつこく揺すられて「ふみゅ〜」と訳のわからない台詞を呟きながらふらふらと身を起こす。
「あっちの階段から上にあがれるから、どっか適当な部屋で寝ろ。」
「ふあ〜い、わっかりました〜ぁ。」
 クロウの宣告を聞いて、赤く染まった顔のままフラフラと立ち上がるとアインは千鳥足を踏みながら奥の部屋に行ってしまう。
 バーには国籍不明の少年と黒人の初老の男が残された。
 2人して無言で酒を交わす。少女がいた時とは異なり静かな、そして寒々とした空気が流れている。
 4杯目をあけだしたクロウを見つめつつ、グレイは切り出した。
「クロウ、本当の事を言ったらどうなんだ。」
「・・・・何の事だ?」
「お前はあのお嬢ちゃん達の手伝いする気などないんだろう? 大方『カオスクリスタル』とやらを集め終わったら奪って金に変えるか自分の力にするつもりだな?」
「そうだ。」
 クロウはグラスを空にしながらあっさりとグレイの問いを肯定した。
 グレイは苦笑した。空になったクロウのグラスに5杯目の酒を注ぐ。
「相変わらず、他人を自分の道具として見ない男だな。お前が死んだら確実に地獄行きだろうな。」
「あんたもだろ。」
 グレイの皮肉を少年は即座に切り返した。その間も少年の表情は少しも変わろうとしない。
「全く、お前という奴は・・・。お前がこの店にあの嬢ちゃんを連れてきた時は少々驚いたぞ。連れができたのかと思ったぜ。」
「そんな不要な物、俺には必要ない。」
 クロウはグレイの言葉を言下の元で切って捨てた。そして再び酒を口につける。
 グレイは少し寂しそうな、そして悲しそうな目で酒をあおる少年を見つめている。
「お前の職業柄しょうがない考えかもしれんな、「裏狩人」クロウ。」
 
 この世には「狩人」と呼ばれる者達がいる。
 人知の知れないものを「狩る」事を目的とした者達が。
 霊、化物、魑魅魍魎、悪魔そして、神。
 または魔法や超科学と言われる物がこの世にはある。
 「それら」は人間の前に殆ど現れない。だが人間に「彼ら」が牙むいた時、人間に太刀打ちできる術は無い。
 だが「それら」を「狩る」存在もこの世にはいるのだ。
 その事を知る者は、彼等を尊敬と畏怖をこめて「狩人」と呼ぶ。
 
 だがどのような事にも「表」があれば「裏」も存在する。
 かつてある「狩人」に関わる人物達が協力をして「狩人」に仕事を依頼する為のネットワークを作成し、1つのサイトを立ちあげた。
 だがそのサイトに要望される依頼の中には「狩人」の仕事の主旨から外れたものもあった。
 『何の能力も無い普通の人間を殺して欲しい。』
 『理由はないがある建物を破壊して欲しい。』
 そのような依頼は後を絶えなかった。
 ネットワークの創設者達は打開策として「狩人」の主旨にあわない依頼を自動的に排除するシステムを作成した。
 だが創設者の中にユダがいた。
 彼は排除した依頼を修復、収集する機能を作成し、秘密裏に別のサイトに掲載するようにしたのだ。
 その瞬間、「狩人」は「表」と「裏」に別れた。
 
 己の異能の力を用いて非合理な殺人や破壊活動をする「狩人」。
 その事を知る者は、彼等を軽蔑と侮蔑をこめて「裏狩人」と呼ぶ。
 彼等の存在を知る者は殆どいない。
 
 
<<2:成り立て乙女>>
 
 窓から差し込んできた日差しにアインは目を覚ました。
 頭の中で割れ鐘でも叩いているかのようにガンガンと痛みが走った。男性の頃に何度か味わっている症状、すなわち2日酔いという奴だ。
 もうちょっと強かった筈なんだけどな。これも身体が変化した為かな、前はビール3缶はいけたのに。彼女は意識を失う寸前に理性を総動員する事によって潜り込む事に成功したベットの中から這い出しながらそんな事を思った。
 立ち上がって頭をハッキシさせる為に頬を数回平手で叩く。それでもやっぱり欠伸がでてしまう。
 アインは起きた直後からどうも妙な感じがしていた。怪訝そうに眉をひそめる。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「臭い、な・・・・。」
 そう、彼女は体臭に敏感に反応していたのだ。腕を近づけて嗅いでみる。なんとなく甘酸っぱい匂いがしてくる。
 彼女は3日前から遺跡にいた為、4日程シャワーをあびていない。身体が臭くなるのもしょうがないかも知れない、が
「男の時は気にならなかったのになぁ。それに臭った時も酸っぱい臭いだったのに、今の臭いは・・・・。」
 身体中の臭いを思わず嗅ぎまくるアイン。超が付くほどではないが不快である事には変わりない。
 シャワーを借りよう・・・・酒の後遺症で未だに呆けている頭で彼女は思いつつ、部屋を出た。
 そこでとんでもない試練がある事も忘れて。
 
「う〜〜〜〜〜〜〜〜。」
 シャワー室の前でアインは顔を紅色に染め上げていた。シャワーをあびるという事はすなわち服を脱がなくてはならない事に脱衣所についてやっと思い出したからだ。
 この身体になってから彼女は未だ裸を見ていなかった。それ以前に変化してしまった自分の身体を見たくなかったのだ。
 身体の不快感を取る為にシャワーを浴びたい、でも裸を見たくない。彼女の中で凄まじい葛藤が繰り広げられた。
 結局は不快感を取りたいという気持ちが勝った。
『いずれ元に戻れるとはいえ暫くはこの身体で生きていかなければならないのだ。だったら観念した方がいい。』
 自分の心に半ば強引に説得すると彼女は服を遂に脱ぎだした。
 服を脱ぎ終わり、全裸になったが彼女は出来る限り下を見ないようにして浴室に向かおうとした。
 だが彼女は不覚にも脱衣場についている鏡を見てしまった。次の瞬間、アインは硬直したかのように立ち止まり、鏡をジット凝視していた。
『か、かわいい・・・よな?』
 変わってしまった自分の顔を始めて本格的に見て、最初に思った事はそんな事であった。
 男の時とは比べ物にならないほど伸びた睫毛につぶらな、と表現していいような瞳。アメリカンチェリーのような毒々しい色ではない、昔行った事がある中華料理店ででてきた杏仁豆腐に据え付けられていたサクランボのように奇麗で可愛らしいピンク色の唇。薄い色だが光によって黄金色に輝く髪・・・・「カワイイ女の子」のパーツを組込んだような顔立ちだ。
『身体はどうなってるんだろう。』
 未知なる領域に対する好奇心と男としての助平な気持ちが沸き上がり思わず下に目がいきそうになる。しかし寸でのところで理性が働き慌てて浴室に跳び込む。
 蛇口を力一杯捻る。勢いよく溢れ出るシャワーをいつも通り頭から浴びる。
 ところが
「あいたたたたたた!」
 勢いよく出てきたシャワーの水滴に肌が敏感に反応し、軽い傷みが全身に走った。
 シャワーの蛇口を急いで閉める。それに伴いシャワーの水流が収まる。
「ふえぇぇぇなんなんだよ。いつも通りにシャワーを浴びたのに肌が痛いだなんて・・・。」
 女に急に変わってしまった為に通常よりも肌が敏感になってしまっているのが原因なのだが、そんな事は彼女にわかりようがない。
 気を取り直すと今度は身体の不快感が復活してきた。
 シャワーを止めて柄の長いボディー・ブラシを手に取り、ブラシの箇所にボディーシャンプーをつける。ボディーシャンプーは刺激が強く身体を拭き終わった後が爽快な物だった。アインも昔から愛用しているタイプだ。
 シャンプーを泡立たせてからやっぱりいつも通りアインは力一杯ブラシで腕をこすった。
「いでえぇ〜〜〜〜〜〜!!!」
 ブラシでこすった箇所に強烈な痛みが走った。例えるならば切り傷に塩をすり込まれたような痛みだ。
 敏感になった肌に堅いブラシで刺激性の高いシャンプーをすりこんだせいなのだが、彼女にはわかる訳がない。
 腕を見てみるとブラシを当てた所が蚯蚓腫れのように赤くなっていた。
 傷はジンジンと鈍く痛む。無意識のうちに目に涙が浮んでくる。あまりのもどかしさにアインは怒りを感じた。最も怒りが浮んだ顔は頬を膨らませて拗ねているみたいでとても愛らしい物であるが。
「女の肌ってこんなにひ弱なのかよ! たく面倒くさいなぁ。」
 憤るも痛いものは痛い。仕方がないので手の平で石鹸を転がして泡だたせ、手ブラシで全身を洗う事にした。
 まずは手で腕や脚を洗い始めた。男の時のような堅くて角ばっている物とは違って柔かくて丸みがあって、要するに触わっていて気持ちが良かった。
「えへへへへ。なんか気持ちがいいなぁ〜〜〜
 自分の身体とは思えないその感触にアインは知らぬうちに恍惚とした目つきになっていた。息もちょっと荒くなっている。
 手足といった末端部分を洗い終えたところでアインはふと我に帰った。額から一筋の冷や汗が流れてくる。
「この先は、ちょっと辛いなぁ。」
 この先とは胸やお尻や股間部の事だ。これらには嫌がおうでも『女』を感じさせる部品が満載。アインが躊躇するのも仕方がないかもしれない。
「うううう〜〜〜〜、えいっ!」
 躊躇に躊躇しまくった後、意を決して胸に手を当てた。
 
 弾むような感触。
 
 そうとしか例えようのないものがアインの手の平の下から発生した。
「うわぁ、これが乳房かよ。」
 男の時に何回か女を抱いた事があるが実際に自分の胸が膨らんでしかも実際掴んでみると全く感覚が異なっていた。
 胸を今度は意識して掴んでみた。
 
 ビクンッ
 
 そうとしか表現しようがない衝撃をアインを襲う。
「へえ、結構・・・敏感なんだな。」
 胸をよく見てみた。小さくなった手にすっぽりと収まるくらいの大きさの丘が胸から盛り上っているのがわかった。はっきしいって、ちっちゃい。
「なんだか・・・『悔しい』なぁ。」
 アインは思わず心の中で浮んだ言葉を口にしていた。
 次の瞬間、自分が何を口走ったのかに気付いて顔を真っ赤にして頭をぶんすか横に振る。
「ちがちがちがちが違う〜〜〜〜!! おおおおお俺は胸が小さいのが悔しいんじゃないそーだ俺は悔しくなんかないぞそりゃあ確かに触わったら気持ちがいいしもっと大きいほうがうれしいけどってそうじゃないだろう俺! しっかり『男』である事を保つんだ俺! 頑張れガッツだ俺!」
 1人シャワー室で大声で男言葉で独り言を叫びまくる可憐な少女。絵になっていない。
 アインは支離滅裂意味不明な事を叫んでいたが、しばらくしたら肩で息をしてはいるが押し黙った。
「ととととととと、取りあえず胸はこれぐらいにしておこう。では次は・・・・。」
 アインは視線を胸よりも更に下におろした。視線の先には男性の象徴があった箇所に女体の秘密への門が存在している。アインはその場所を硬直したかのように凝視した。
 心臓の鼓動する音が1鼓動1鼓動毎にはっきりと聞こえてくる。
 頬に火がついたかのように、熱くなってきていた。
 ゴクリっ息を呑みこむ。
 意を決して泡まみれの手をゆっくりとおろしていき秘密の門に・・・・・
 といった18禁の表現レッツゴーになりそうになったまさにその時、
 
 ガチャリ
 
 シャワー室と脱衣所をつなぐドアのノブが唐突に音を立てた。突然の音にアインは手を上にあげて反射的にドアの方を振り向く。
 勢いよく開かれるドア。
 完全に開かれたドアの向こうには裸になったクロウがドアノブを掴んだ状態で立っていた。
 昨晩からの飲酒で頭が半分呆けていたクロウであったが、アインの姿に気付いて壁に衝突したかのように硬直し、顔を強張らせた。目が驚きで真ん丸になっている。
 対してアインは口をO型に開いた状態で、クロウの素っ裸を見ていた。やっぱり彼女も目が驚きで丸になっている。
 クロウの身体には幾つかの裂傷や弾痕がついていた。彼の今までの生き様を如実に表している。筋肉もボディー・ビルダーのような空気でも中に入っているのではないかと疑いたくなるような膨れ上がり方をしておらず、適度な脂肪と筋肉が調和した身体をしている。長時間の戦闘にも対応できる理想的な筋肉の付き方をしているのだ。
 ちなみに誰もが気になるであろう彼の『アソコ』は・・・・・彼の尊厳を保つ為に秘守させて頂く。あえて言うならば中の、ほんのちょっと下か。
 アインの身体は逆に生まれたての赤ん坊のように染み1つない艶やかな肌をしていた。白い肌は白磁を、黄金色の髪は金糸を思わせた。胸が少々(どころでなく)小さいのをのぞけば腕や脚は見事なプロポーションを作っていた。その姿は美の女神の幼き姿を連想させた。
 そしてアインの身体中に石鹸の泡をくっつけていた。その格好は濡れて潰れた羊の毛を張り付けているみたいで煽情的で艶美で倒錯的であった。
 若い男女が裸で見詰め合う。こんな状況になったら普通はここの文面では書けないような卑らしい事が起こったとしてもしょうがない、だろう。
 ところが一方は自分の本質は男だと思っており、もう一方は目の前の女の子がほんのついさっきまで男だった事を知っている。
 よってこの2人の間では(18禁表現)なんて起こりようがないのが現状である。
 のだが、アインは身体が女性化した事である程度の女性らしい羞恥心が内面で生まれてきていたのも事実であった。
 幾つもの事象が複雑に混ざり合った結果、
 
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
 
 2人が見詰め合ってから十数秒後に、4階建ての雑居ビルの窓ガラス全てを内側から叩き割る高周波と化した乙女の甲高い悲鳴が響き渡り、クロウはシャワー室に置いてあった洗濯機(5kg対応)を顔面にめり込ませる事になった。
 
 
<<3:噂の石>>
 
 体育館を連想させる場所であった。整然と机が一列で並べられており、はるか向こうには人型の絵が書いてある射撃の的が釣り下げられている。ここは『Marshland Vulcher』のある雑居ビルの地下に建造されている射撃場だ。
 クロウは彼の愛銃、コルト・パイソンを片手で構えていた。彼の視線の先にはコンクリート壁に床に垂直にほんの少しだけ打ち込まれている直径2cm程の大きさの釘の頭がある。距離にして50メートルはあるだろう。
 引き金を引く。撃鉄(*1)が激しく弾丸の雷管(*2)を叩いた。火薬が爆発する激しい破裂音が辺りに響き渡る。
 螺旋の糸を引きながら銃口から飛行学に基づいた特殊な形状をした黒い鉄の塊が空に飛び出した。
 弾丸は音の壁を突き破りかねない速度で飛んでいく。そして50メートル先の釘の頭に直撃した。生まれた激しい衝撃によって釘はコンクリートを削りながら壁にめり込む。
 続けざまに引き金が引き絞られる。撃ち出された弾丸は外灯に引き付けられる蛾の如く釘の頭に命中し続けた。
 6発の弾丸が全て放たれた。その6発の弾丸全てが釘の頭に命中した。当初は少ししか打ち込まれていなかった釘は今や頭すら壁にめり込んでいる状態になっていた。
 空になった薬莢(*3)をシリンダー(*4)から排除する。床に金属音が鳴り響いた。
 クロウが後ろを振り向くとそこには双眼鏡を覗きこんでいる姿で硬直しているアインがいた。
「すっげえ・・・・。」
 アインの口から呆然とした呟きが漏れた。
 コルト・パイソンの重さは1kgを超えている。それをクロウは片手で持って50m先にある釘の頭に6発連続で命中させたのだ。更に壁に釘が埋め込まれたという事実を考慮するならば弾丸は全て釘の頭に対してほぼ垂直に命中している事を意味している。
 50m先の釘の頭の大きさは針の穴よりも小さく感じられるだろう。それに対して6発連続ピンホールショットを成功させたという事は、クロウの腕前が桁外れな事を意味している。
「大した事ではない。俺達の稼業の者ならこれくらいの曲芸、できて当然だ。」
 クロウは大した事をした風でもなく、銃を左肩から釣り下げているガン・ホルダーに収めた。
 次に彼は机にある一丁のオートマチック式の拳銃を手に取ると双眼鏡から目を外したアインに向けて放りなげた。
「わわわ、な、なんだよ。」
 慌てて投げ渡された拳銃を空中でキャッチすると、アインは頬を膨らませてクロウに抗議する。その表情も拗ねている少女を思わせて愛らしい。殆どの人達はその顔をみたら怒りよりも愛護心が心の内に生まれるだろう。
 ところが少女の愛らしい怒り顔に対してクロウは冷ややかな視線を少女に返した。
「一応俺がお前の護衛をある程度はやってやるが、限度がある。最低限の自己護衛術くらい身につけてもらわないとな。」
「あ、それもそうだな、確かに。」
 アインは納得したかのように何度か頭を縦に振った。
「それじゃあまず基礎体力の向上からやるぞ。腕立て伏せ500回を5セット、さあやれ。」
 さらりととんでもない事を言いだすクロウ。
「無茶苦茶いうなーーーーー!!! 第一銃を渡した時点でやることといったら普通は射撃訓練じゃねえのかよ!」
「銃を常に持った状態で訓練をするだけだ。いいからとっととやれ。」
「すいません、できません、ゴメンナサイ。」
 アインは深々と土下座しながら拒否の意志を表した。
「ちっ、しょうがないな。じゃあこのビルの4階から地下1階まで通じる階段を30往復な。これならできるだろう。」
「うわぁ、リアルな数字・・・・。それも多分無理かと・・・・」
 
 チャキ
 
「いいからさっさとやれ。」
「はい〜〜〜わかりました〜〜〜〜。」
 額に青筋を浮かべたクロウに拳銃を突き付けられてアインは血の涙を流しながら特訓をする為に階段にふらふらと向かうのであった。
 
「ジジイ、『石』について何か情報が手に入ったか?」
 アインが地獄の訓練をしているのを尻目にクロウはバーに向かうとそこでグラスを拭いているグレイに声をかけた。
 グレイは唇の片方を釣り上げながらニヤリと笑った。
「クロウ。情報料はもらえるのだろうな。」
「当然だ。こういった事はギブ・アンド・テイクをはっきりさせないといけない、それがアンタの教えだったろうが。」
 クロウの言葉にグレイは今度は苦笑を浮かべると、カウンターの下からクリップでとめられた何枚かの紙束を取り出してきてクロウに渡した。
 クロウは渡された紙束に書かれている内容を読んでいく。しばらくすると、彼の眉間に皺がよってきた。
「ネクロード・ファミリーか。この街に根城を置くマフィアだったな。」
「そうだ。そこのドンのライバード・ネクロードが1つの宝石を入手したらしい。それ以来、奴の家族は住居から一歩も外に出てないそうだ。」
「だが、これだけではネクロードが手に入れた宝石が『カオスクリスタル』であるとは断定できないと思うが?」
「もう少し読んでみろ。何で俺がその宝石が怪しいと思ったのかわかる筈だ。」
 グレイに促されてクロウは資料を読むのを再開した。
 しばしたって、全て読み終えたクロウは資料をカウンターに置く。その顔には納得がいっているかのような表情が浮んでいた。
「なるほどな。宝石を入手していらいネクロードの住居の側の下水道に若い女の死体が転がり始めた、って訳か。」
「しかも身体の一部が欠けたな。傷痕をみると何か巨大な肉食動物によって食いちぎられた様に見えたらしい。」
「『カオスクリスタル』は所有者に強力な力を与える代りに邪悪な側面を引き出す、か。所有者をカニバリズムにしてしまう、確かにあり得そうだな。」
 クロウはカウンターの席に座った。グレイはそれを見て水の入ったグラスを少年の前に置く。
「どうするんだ? マフィアが相手ではお前でも結構苦労するだろう?」
 クロウは目を閉じて考え込んだ。5分ほどたつと唇を歪めてニタリと笑う。
「ふん、だったら捨て石を正面にぶつければいい。ここらに転がっている雑魚を利用すればいいのさ。」
 クロウはさもおかしそうに声を潜めたまま笑い続けた。
 
 その頃
「あ、あと15往復〜〜。ガンバレ俺〜〜〜〜。」
 アインは汗だくになりながらヘロヘロと階段を上っていた。
 
 ● 注釈
 (*1)鉄砲の撃発装置のひとつ。弾丸を発射させるために雷管を強打する部分。
 (*2)火薬類の起爆点火装置。雷汞(らいこう)・窒化鉛などの起爆剤を金属容器につめたもの。
 (*3)銃砲の発射薬を詰める、底部に雷管を備えた筒。
 (*4)弾丸を装填する円柱。リボルバー形式の銃特有の物である。



 <あとがき>という名の戯れ言
 
 こんにちは。DEKOIです。
 
 さあ主人公君の正体の一部がでてきました。
 
 はっきし言います。彼は悪党です。(現時点では)目的の為なら手段を選ばない残虐非道な男です。
 
 彼の非道っぷりは次回にでてきます。つうかかなり酷い事をしますコイツ。
 
 現在リアル仕事も忙しく、新作の執筆もあり、しかもある事をやる事が決定したので凄く忙しいです。
 
 ですからまったりと執筆させて頂きます。第1部の時のスピードはちょっと無理っぽいです。御了承下さい。
 
 それではまたこのような挨拶が出来る事を願いつつ、筆を置かせて頂きます。またお会いしましょう。
 
 by DEKOI


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