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 そこは暗く、そして空気の重い場所だった。
 おおよそ20m四方の大きさの部屋だろうか。だが辺りを包む暗闇がこの部屋を一層大きくしている。
 床には大きな逆五芒星が描かれており、白く不気味に輝いている。
 その中央に1人の人物が立っていた。
 それは男だった。年齢は大体60歳ぐらいだろうか、顔は皺だらけだ。だが髪の色は闇の様に漆黒で頭も禿げ上がっていない。身長は180くらいか、背筋がピンと伸びている。切れ長の目とまるで鷹の嘴のように尖った鼻を持っており、男に鋭い印象を与えている。
 男は漆黒のローブをまるで中世の魔導師のように着ている。そして静かにまるで瞑想をしているかのように目を閉じていた。
 不意に男の背後にあるこの部屋のドアが開かれた。ドアから薄い光が漏れてくる。そこには1人の女性と思わしきシルエットが浮かび上がっていた。
「ヴァンドル様、失礼します。」
 その女性は男−−ヴァンドルに声をかけてきた。確かに声は女性の物だ。だが奇妙なほど硬質的な印象を持っている。
 ヴァンドルは目を開けた。その目には異様に深い、おぞましい何かが宿っているような気がするのは気のせいか。
「なんのようだい、ランラ。」
 ヴァンドルは鋭そうな見た目と違って軽い口調で背後の女性に声をかけた。
「あなた様の『ゲーム』相手の事で御相談がございます。」
「ああ、蘇芳君の事かい?」
「はい、御進言させて頂きます。あの男は進めようとしている件にとってあまりにも大きな障害に成長する可能性があります。今の内に手を打っておくべきだと思います。」
「彼の『剣』の事かい? 確かにあれが覚醒したら蘇芳君は間違いなく人間界最強の戦士になるだろうね。」
 ヴァンドルはそこで笑った。おぞましい笑みだ。目をアーチ状に歪め、口も三日月を形作っている。人間がこのような醜悪な笑みを浮べえるのだろうか、そう考えさせてしまう笑みだ。
「だがわかっていないねぇ、ランラ。そうなったらもっとこのゲームが楽しくなるんだよ。人形である君にはわからないかなぁ。」
「この件の障害を取り除く任務を私は受けております。どうか坂上蘇芳抹殺の任務を私めに御与え下さいませ。」
「ああ、君の判断にまかせるよ。好きにしなさい。」
「ありがとうございます。では私はこれで。」
 ランラは一礼するとドアを閉めた。部屋が再び漆黒の闇に覆われる。
 ヴァンドルはクスクスと笑い出した。口の三日月のカーブが更に鋭角になっていく。
「さあて、悪の魔法使いから勇者様に第一の刺客が放たれた。勇者はこの試練を乗り越える事ができるだろうか。楽しみだなぁ。蘇芳君、今の君ではランラに勝てないよ。さあどうするかね?」


狩人 - 闘神降臨 -
作:DEKOI

<< 再会 >>

 白と紺色を組み合わせたセーラー服という貴重な遺物を着た5人組の少女達が道を歩いていた。
 そのなかで一際目立つ少女がいた。他の子も髪の毛を染めているが肌の色がまるで違う。透き通るように白い。その子だけ白人なのだ。
 可愛い少女という子は結構いる。だが文字とおり掛け値なしの美少女というのはそうそういないものだ。
 そしてその少女は掛け値なしの美少女だった。ぱっちりとした大きな瞳、整った柳眉、小さいがふっくらとして軟らかそうな唇・・・・まさしく美少女という言葉を体現したような顔をしている。美しいブロンドの髪の毛が背中まで伸びている。セーラー服の上からでもわかる程でるとこは出て、ひっこむ所は引っ込んいるメリハリのついた体型。男ならほぼ全員憧れ、女なら確実に嫉妬するだろう。
 5人はたわいもない話を楽しんでいるようだ。この所出てきた若い俳優がどーだの、新しくでた服のセンスがあーだの、オジサンには絶対ついていけない会話が繰り広げられていた。
 ベチャクチャお喋りをしながら彼女達は歩道を歩いていた。どうやら進行方向にある車道が赤信号になったらしく、彼女達のすぐ横に車が停まった。
 その車はランドクルーザーだった。無骨で流行の車のような洒落たデザインは一切見られない。車の中には2人の男が入っていた。
 長髪で細面の30歳くらいの男が助手席に座っていた。黒ぶち眼鏡をかけている。取りたてて特徴のない男だ。その男はしきりに頭をポリポリと掻いていた。
 運転席に座っている男は一種異様な男だった。はっきし言ってしまえばその男は美形だった。見た目の年齢は25歳くらいだろうか。顎が鋭く尖っており、鼻も高い。口はどちらかと言えば小さめだ。だがその目はまるで鷹や鷲のような猛禽類のように鋭く、険しい目をしている。何よりも特徴的なのは髪だ。文字通り真っ白、それも純白なのだ。その髪の毛を男は中分けにしている。
 その男を何気なく見て美少女は硬直した。その目は驚愕で大きく開かれる。
 車道の信号が青になった。ランクルがゆっくりと前に進んでいく。
 美少女は他の少女達の方を向くと手を合わせて頭を下げた。
「ゴメン! いきなり用事ができちゃった、ここで失礼するね。」
 流暢な日本語だ。どうやら必死になって勉強したらしい。流れてくる声も容姿に相応しく男の心を魅了しかねない美しいソプラノだ。
「どうしたのクロード? いきなりそんな事言って。」
「理由はあとで言うから。それじゃあね、バイバイ!」
 クロードと言われた少女はクルリとまわれ右をすると走り出した。キョロキョロと辺りを見渡す。
 そこに一台のタクシーが走ってきた。『空車』の表示がでている。
 クロードは手を振ってタクシーを停めた。そしてドアが開くとほぼ同時にタクシーの中に乗り込む。
「あそこに走っているランドクルーザーを追って下さい! お願いします!」
「お嬢ちゃん一体何を・・・」
「乗ってた人が生き別れの兄に似ていたんです! お願いします!」
「よっしゃわかったぁ! まかせろ!」
 クロードのデマカセをあっさりと信じた運転手は猛スピードでランクルを追い出した。
 
 クロードが追っているランクルに乗っているのは坂上 蘇芳と伊藤 雅之とういう名の者だ。
 2人共「狩人」だ。「狩人」とは怪奇現象を専門に扱う仕事人と思ってくれればいい。
 裏社会に密接した仕事が「狩人」には多い。中には汚れ役のような仕事もあるという。事実、彼等は2人とも仕事の為、そして仕方なかった事とはいえ人を殺した事もある。殺らなければ殺られるような状況など「狩人」には腐る程ある。
 蘇芳は人間だが伊藤の正体はバイザという名前の魔族だ。このように人間でないものが「狩人」をしている者もそこそこにいる。有名どころでは「ティンクル・ピクシー」という渾名を持つ妖精2人組みだ。ちなみにそのうちの1人はバイザと結構深い因縁を持っている。
 ある事件で蘇芳は人類の存亡に関わる大陰謀に巻き込まれてしまった。
 その件を阻止する為に「狩人」の仕事をすると同時に蘇芳はその事に関する情報を探っていた。
 ある時、蘇芳は「狩人」のある事件に携わっていると、伊藤と接触した。
 そこで伊藤は蘇芳が関わっている件について知り、その協力を申し出たのだ。
 それ以来、彼等は一緒に行動をしている。
 
 蘇芳と伊藤を乗せたランクルはある1つ山に向かって走っていた。
 その山は別に他の山と同じ何も変哲のない山だ。富士山や恐山のような霊山とかいう訳ではない。
 ただその山は人気がない、ただそれだけが彼等がその山に向かう理由だった。
 蘇芳は車を運転しながらバックミラーをちらりと見つめた。そしてポツリと呟く。
「伊藤さん、気付いていますか。」
 ぽりぽりと頭を掻いて、肩にフケを落としながら伊藤も鋭くバックミラーを見つめる。
「ええ、気付いています。タクシーが一台、明らかに私達の車を追いかけていますね。」
「巻くのは少々この車だと難しいですよね・・・、どっかで向かえ撃ちますか。」
 蘇芳はハンドルを大きくきった。そして前方に見えた総合デパートに入っていった。
 クロードの乗せたタクシーも同じようにデパートに入っていく。ランクルが地下駐車場に入っていくのを見て、クロードは嫌な予感がしてきた。
「運転手さん。ここまででいいです。後は直接会ってみますから。」
「そうかい? 気をつけるんだよ。」
 お金を払ってクロードはタクシーを降りる。そして歩いて地下駐車場に向かう。
 地下駐車場は所々明かりが点いているが全体的には暗かった。クロードは慎重に足を進めた。
 駐車場の奥まった所に目的のランクルが見えた。間違いない、あの人のランクルだ。クロードはそう思いながらゆっくりと近づいていこうとした。
 ふと気がつくと、首に手術で使われているメスが突きつけられていた。誰かがいつの間にかクロードの後ろに立っている。その人物が彼女にメスを突きつけているのだ。
 一瞬なんの事かわからなかったが、やっと事態が把握できたと同時に全身を冷や汗がドッと流れた。心臓がとびだすんじゃないかと思うくらい激しく鳴る。身体が小刻みに震え出す。
 目の前から1人の人物が歩いてきた。白髪で猛禽類の目を持った青年。彼女はその人物を知っていた。
「蘇芳さん。」
 クロードはその青年の名前を震える声で言った。蘇芳の目が大きく開かれる。
「君は・・・・クロード君? 何故ここに、いや君が何で日本にいるんだ?」
 
 クロード=デスタンが蘇芳と出会ったのは故郷であるフランスの農村であった。
 出会い方は最低にして最悪といってもいい。なんせ敵同士だったのだから。
 クロードの母親が死んでから幾日かたったある日、父親が異形の化物に化し、クロードを男子から少女に、それも吸血鬼という化物に変えたのだ。
 吸血鬼と化したクロードは父親に操られるまま、村人を襲い血を啜い、命を奪った。
 その連続殺人事件を解決する為に雇われた「狩人」が蘇芳だったのだ。
 親友を殺すという凶行を行おうとした時、クロードと蘇芳は出会い、戦った。
 結果は蘇芳がメインの武器として使用している剣も持たない素手の状態だったのにも関わらず、クロードはボッコボコのギッタギタのけっちょんけっちょんにされたのだ。ようするにクロードの完敗。
 その後、蘇芳はクロードの実家に潜入し、諸悪の根元であった死んだ筈の彼女の母親を倒して彼女を悪夢のような生活から解放したのだ。
 蘇芳はクロードに偽造戸籍を与えるなどの後始末をすると村から立ち去った。
 蘇芳が村を立ち去った数ヶ月後、クロードも村を出て日本に留学した。
 故郷の村にいるのが辛いから、といのうが建前上の理由だ。実は裏にはもう1つの願望があったのだ。
 その願望を今、彼女は叶えた。だが蘇芳にもう一度会いたいという願望は叶えたのはいいが、その出会い方は最初の頃と同じくらいあんまりいい状況とは思えない。
 この人と私ってどうしてこんな会い方しかできないんだろう? 心の中で彼女は頭を抱えていた。一回目は敵同士、二回目は自分の全裸を思いっきり見られて(一回目もだが)、三回目の今は地下駐車場という暗い所で首にメスを突きつけられてのご対面なのだから。
「蘇芳クン、この子と知り合いなんですか?」
 クロードの後ろに立っている伊藤が蘇芳に不思議そうに声をかけた。ちなみにまだメスはクロードに突きつけたまま。彼女を油断なく見ている。
「はい、私がある事件を受けた時に会った子です。危険な子ではないですよ。」
 それを聞いて、伊藤はメスを引っ込めた。クロードは大きく溜息をつく。いくら喉を切り裂かれた程度じゃ死にはしない−−−彼女が吸血鬼になった時に異常ともいえる回復力と肉体復元力を手にしたからで常人なら絶対に死ぬ−−−が切られたら痛いし、何よりも刃物を突き付けられればやっぱり怖い。
 その様を見て蘇芳は軽く苦笑した。彼女の不死身性を知ってはいるが、やっぱり首にメスは怖かったんだろうと気付いたからだ。
「ところで、なんで君は日本にいるんだ? その格好からして日本の学校に通っているみたいだが。」
 確かに今の彼女の格好はセーラー服という名の一部のマニアなら涎を垂らさんばかりに羨ましがる物を着ている。この格好をした少女を見て学校に通っていないと想像する奴はちょっとおかしな人だろう。
「え、えーっと、あの、そのう・・・・。」
 クロードの顔が真っ赤になり、手を組んだり解いたりを繰り返す。
 残念ながら『貴方に会いたくて日本に来ました』なんて言える程、彼女は胆が据わっていなかった。
 その様子を見て伊藤はニンマリと意地悪そうに笑う。察しがついたからだ。
「まあまあ。女の子を問い詰めるという意地の悪い事はしないであげましょうよ。」
「はあ。まあ伊藤さんがそう言うなら・・・・。」
 蘇芳、全然気がついていない。
 この男、前にも蘇芳に気がある女性(本人は断固として否定したがっているが心の底では否定できていない)と2人っきりである事件に関わるという事をしたが、その時に女性がもう珍妙なほど慌てふためき、好いているという事を態度で表していたのだが、まっっったくその事に気がつかなかったのだ。
 坂上蘇芳。彼は優れた判断力と推理力、そして明晰な頭脳を持っているが、自分に関する色恋ざたに関してはそら恐ろしくなるほど鈍かった。
 
<< 説明 >>

「そうか、故郷にいるのが辛くて飛び出したのか。でも何で日本に?」
「ええええ、えーっとですから・・・・。」
 心の底から不思議そうに聞いてくる蘇芳を見てクロードはその鈍さに泣きたくなってきた。こういう人って自分の色恋ざたには結構鈍いんだろうなーとか思っていたがここまで鈍いとは。
 端からその光景を見ていて伊藤は吹き出しそうになるのを必死に我慢していた。すでに盛大に肩が震えている。
 ちなみに彼等がいる場所は総合デパートに設置された喫茶店の中だ。白髪の美形の青年と白人の美少女、そしてトッポイおっさんという組み合わせは妙に目立つ。
「ま、まあまあいいじゃないですか。彼女の追求はそれぐらいにしてあげましょう。」
 伊藤は必死に笑い出すのを耐えながら蘇芳を諌めた。顔は半分以上笑っているが。
「はあ、わかりました。」
 蘇芳はなんだか納得してないようだがそう答えた。その姿を見たクロードはほっとすると同時になんだが腹がたってきた。
『1人の女が男を追って故郷を捨てて追いかけてきたというのにこの人はあぁぁぁ!!』
 ジト目で蘇芳を睨むが全っ然蘇芳はその事に気付かない。鈍いにも程があり過ぎる気がする。
「君と再会できたのはよかったよ、それじゃあ伊藤さん、行きましょうか。」
「え? あ、あのう・・・。」
 いきなり立ち去ろうとする蘇芳を唖然としながらクロードは見つめた。
「大丈夫だよ、ここの会計は私が済ませるから。」
 『そうじゃねぇだろ。』クロードと伊藤は同じ事をほぼ同時に心の中で突っ込んだ。
 伊藤は大爆笑しかけていた。耐えるのに全神経を投入する必要があった。
 クロードの身体が小刻みに震えている。怒りで。胸の内をメラメラと業火が燃えている。頭の血管がぶち切れそうになっていた。
「蘇芳クン、せっかくですからもう少し休んでおきましょうよ。」
「ハァ、まあ構いませんが・・・・。」
 伊藤は蘇芳を止めた。理由はあまりにもクロードが可哀相すぎたから。あとこんな面白い状況をもう少し観察していたいという気持ちもあった。こんな所がやっぱり魔族っぽい。
「ですが、これからやろうとする事を考えますと、あまりこうマッタリとした雰囲気は・・・・。」
 蘇芳は困ったように頭を掻いた。
 それを聞いて伊藤のさっきまで笑み崩れそうになっていた顔が引きしまる。その目に真剣の如き鋭い輝きが宿る。
「それもそうでした。確かにこれから君がやろうとしているのは本当に命を賭けた行為だからね。」
 クロードの目が大きく見開かれた。驚愕の表情を浮かべて未だに立っている蘇芳を見つめる。
 対して蘇芳は先程と変わらないホンワカとした雰囲気を持ったままだ。だがその目は何かを決意したような光が宿っている。
「命を賭けるって・・・蘇芳さん何をしようとしてるんですか?」
 クロードも「狩人」という仕事が常に命懸けの物だという事は気付いている。だがそれとは何か違う、もっと大変な事を蘇芳がしようとしている事になんとなくだが彼女は気付いたのだ。
「いや、君に言っても意味はないし・・・。」
「言って下さい。」
「いや、だから、」
「言って下さい。」
「いや、」
言って下さい。
 美少女に詰め寄られる美形の青年という修羅場は見ていて大変楽しい物なのだな、と伊藤は邪悪な事を考えていた。
 助けを求めるように蘇芳は伊藤の方を見た。あっさりと視線を逸らす伊藤。やはり邪悪だ。
 クロードの方をチラリと見てみる。彼女の目元に涙が浮んでいるのがわかった。自分の事を心配してくれてるのかな、と思った。
 好きな人がなにか大変な事をしようとしている、それが不安でたまらない、という清い乙女心に全く全然これっぽちも気付かない蘇芳であった。
「言っていいと思います? 伊藤さん。」
「いやア、その判断は蘇芳クンにまかせますヨ。ハハハハハハッ。」
 凄まじいほど不自然な言い方で伊藤は蘇芳の問いに答えた。完璧にからかって楽しんでいる。
 蘇芳は再び椅子に腰を下ろした。困ったように口をひん曲げている。
 せわしなく頭をぽりぽり掻いている。どうやら判断がつきかねているようだ。
 伊藤は顔の表面は真面目なまま、心の内ではニヤニヤ笑いながらそんな風にしている蘇芳を見つめている。
 蘇芳はふと、クロードの方を見てしまう。彼女の目には更に涙が溜まっている。もうすぐ堤防が決壊しそうだ。
 そんな風な彼女を見て蘇芳は上を見上げて溜息をついた。
 
「実は結構やばい件を受けているんだ。」
 蘇芳は観念したようにクロードに説明をしだした。
「まぁ、内容は詳しく言えないがね。ただ今の私では少々力不足だと思えてね。」
「はぃ? 蘇芳さんが??」
 クロードは唖然とした表情で蘇芳を見つめた。
 蘇芳の実力はクロードが知っている範囲内でもとんでもない物だったような気がするのだが。少なくても人外の化物であるはずの自分、それもあの事件の後で見つけた新しい能力を使ったとしても勝てないかもしれない程の実力の持ち主の筈だ。
 その人物が力不足の事件って一体なんなんだろうか? クロードは興味よりもうすら寒さを感じた。
「それで力を更につけようと思ってね。」
「正確に言いますと、蘇芳クンが持っている『剣』、あれの封印を解こうという事になりましてね。」
 伊藤が蘇芳の言葉を引き継ぐ。
「『剣』って、あの鉄板ですか?」
 蘇芳の『剣』、それはクロードの言う通り剣と言うより鉄板と言った方が正しい物だ。
 遠目からみれば弥生時代の銅剣に見えなくもない。だが刃の長さが150cm、幅が50cmで厚みが10cmの剣を普通『剣』とは言わないだろう。
 更にはその剣の物質は何故か原子核と電子単位で固定しており、ダイヤモンドを遥かに上回る強度を持っているのだ。
 まさしく史上最強の剣だ。ただし重さが300kg近くあって常人では扱えない物でもあるのだが。
「そう、蘇芳クンの剣です。あの剣は実はかつては魔界の七王の1人、プライド様が持っていた剣なんですよ。」
 七王。それは『人間界』と言われているこの世界とは別の次元にある世界、『魔界』にて最大級の力を持つ七体の魔族の事をさす。
 そのうちの1人、プライドに伊藤ことバイザはかつて仕えていた。
 プライドははるか昔にバイザを含んだあまたの魔族を率いてやはり『人間界』とは別の世界、『妖精界』を支配しようと侵攻した事があった。
 その戦いの最中、バイザは重傷を負い人間界に逃げ込み今に至っている。
 またプライド自体も『妖精界』の住人達の殆ど特攻ともいえる決死の攻撃を受けて倒されてしまい、今や長い休眠期間に入ってしまっている。
 蛇足であるが、バイザに重傷を負わしたのも、プライドに止めを刺したのも『人間界』で「狩人」をやっている「ティンクル・ピクシー」の1人だったりする。
 そして主を失った剣は流れに流れて何故か人間界に流れ込み、そして蘇芳の手に入ったのだ。
 その蘇芳とプライドの部下であった伊藤が知り合いというのは何か運命じみた物を感じないではいられない。
「あの剣は今は休眠状態になっているんです。本来の力を全く用いていないんですよ。」
「すなわちあの剣の隠された力が解放すれば、蘇芳さんのパワーアップに繋がるって事ですか。」
 クロードは納得したように頷いた。しかし直に疑問に思ったような顔になる。
「あれ? 何で剣の力を解放する事が蘇芳さんの命懸けの行為に繋がるんですか?」
「剣の力を解放すると言いましたが、正確には剣と契約する事を意味しているからなんです。」
 伊藤は眼鏡を持ち上げながら深刻な表情で言った。
「もし契約に失敗すれば蘇芳クンの魂は剣に食われてしまいます。すなわち、死ぬって事です。」
 クロードは真っ青になり、思わず蘇芳の方を見た。蘇芳の表情は全くの無表情のように見える。だがその目にはある強い決意が見て取れた。
「そして契約の儀式を行う際に剣は自分の持ち主に相応しいか、契約者に試練を与えてきます。その試練に打ち勝って始めて契約が結べるのです。」
「どんな内容の試練なんですか?」
 伊藤は頭を左右に振った。
「わかりません。だがとてつもなく辛い試練である事は確かでしょう。」
 彼等の周りに重苦しい空気が立ち込める。気不味い雰囲気が漂う。
「あの、蘇芳さん・・・」
「私は、やるつもりだよ。」
 クロードの言葉を先じて、蘇芳は宣言した。
「今、私が関わっている事は失敗は絶対許されない事なんだ。そしてあの男には恐らく、現在の私では勝てない。」
 蘇芳の脳裏ににやけた笑いを浮かべている老人の姿が映った。胸の内に沸き起こった憎悪の炎に思わず歯ぎしりをしてしまう。
 あの男、ヴァンドルを倒す為に蘇芳はここ数ヶ月間修行をつんだ。確かに多少は腕は上がっただろう。
 しかし、あの男を倒すにはまだ力が足りない。その事が蘇芳にはわかっていた。
「時間がない以上、例え危険な行為だとわかっていても力を得る為ならばやらなければ・・・・!」
 ヴァンドルが言った言葉が脳裏に浮ぶ。
『蘇芳君。ゲームをしよう。今から丁度1年後に僕は魔界の門を開けて七王の1人グリードを召喚する。それを止めてみたまえ。』
 奴が定めた期限まであと9ヶ月を切った。その間にヴァンドルの居場所を探し出し、儀式を止めなければならない。そうしなければ、人類は滅びる可能性が高い。
 儀式を止めようとする際に必ず奴は自分の前に立ちふさがる。すなわち奴を倒すだけの力を自分は最低限、持っていなければならない。
 その為にも危険だとわかっていても力を得る為には試練を受けなくてはならない、蘇芳はそう覚悟を決めていた。その決意は固い。
「伊藤さん、そろそろ夜になります。完全に暮れる前に行きましょう。」
 蘇芳は立ち上がる。伊藤も頷くと立ち上がろうとした。
 試練の内容がわからない以上、他の人に迷惑がかかると困る。だから蘇芳と伊藤は人気のない山に行って、契約の儀式を行おうとしていたのだ。
「待って下さい!」
 クロードは蘇芳を止めた。
「私も・・・私もついて行かせて下さい。」
 クロードはじっと蘇芳を見つめた。だが蘇芳は頭を横に振った。
「駄目だ。試練がどんな物かわからない以上、君にも危険はありうる。だから・・・・」
「私もあの後、結構実力が上がりました。だから迷惑はかけません。」
「しかし・・・」
「お願いです。本音を言えば・・・・もう貴方と・・・・別れたくないから・・・・。」
 最後は尻つぼみになって消え去りそうになっている。顔も真っ赤っかだ。
「えっ? なんて言ったんだい?」
 蘇芳、乙女のある意味告白ともいえる言葉を聞いていない。もうここまで来ると鈍いとか鈍感とかそういうレベルではない。
 伊藤が長い溜息をついた。この男、どこまで色恋ざたに疎いんだ。あまりの事に呆れ返っていた。
「まぁ、いいじゃないですか。私が守ってあげますから。」
 伊藤が助け船を出した。
「いえ、ですが・・・・」
「いいからいいから。さあ、行きましょう。」
 蘇芳とクロードを押しながら伊藤は喫茶店の出口に向かって歩きだした。
 
<< 試練 >>

「ここがいいですかね。」
 山に入ってから幾分か歩いていると、人間がぎりぎり立って歩けるほどの大きさの横穴をみつけた。
 辺りはもう真っ暗だ。すでに時刻は9時をまわっている。
「では契約の儀式を始めましょうか。さてと、久しぶりに本性を現しましょうかね。」
 伊藤はブルッと身体を震わせた。すると全身から黒い霞が吹き出して伊藤の身体を覆う。
 数瞬後、霞はあっという間に消え去った。そこには伊藤とは似ても似付かぬ者が立っていた。
 服は何も身につけていない。身長は165cmくらいか、頭から爪先まで血のように真っ赤だ。目が大きく釣り上がっていて、瞳孔がない。それどころか顔には目があるだけで鼻も口も耳もない。髪の毛も赤い触手のような物で出来ていて、真上に伸びている。身体より大きなコウモリのような翼が背中から生えている。尻から一本の細い尾が生えており、先端が矢印のように尖っている。そして胸の所がわずかに隆起している。股間には何も見当たらない。
 蘇芳とクロードは伊藤の正体を見て唖然としていた。
「伊藤さん、あなた女性魔族だったの?」
 蘇芳が呆然とした口調で呟いた。実は蘇芳は伊藤が魔族だという事は知っていたがその姿を見た事はなかったのだ。
「ええ、ですから自分の事を『私』って言ってたでしょう?」
「いえ、私も自分の事を『私』って言いますが・・・。」
 伊藤、いやさバイザと蘇芳が間抜けなやり取りをしている。クロードはその横で呆然としたままある事を考えていた。
『なにこの人、女だったの? そう言えばここ一週間以上蘇芳さんと一緒に行動しているって言ってたけどようするに蘇芳さんと2人っきりになってたっていうの? 何よそれさっきから私の援護みたいな事言っていたけどそれって自分の方が蘇芳さんとの付き合いが長いからという余裕な態度だったって事? きいぃぃぃ何て羨ましいの、いえそうじゃなくて何よそれ私の方があの人の事をずっと思っているんだから。負けないわよ、私は元々人間なんなんだし容姿だって私の方が恐らく負けてないだろうし、いえもしかしたら蘇芳さんってああいった方が好みだったりいえそれはないわ、あの人は絶対ノーマルだろうしそう言った意味では私の方が・・・・』
「クロード君? どうしたの?」
 蘇芳に声をかけられて我にかえるクロード。思いっきり嫉妬女モードに入ってた事に今更ながら気付く。
「いえ、なんでもないです!」
 ブンブンと頭を振って今までの考えを打ち消そうとする。その横でクスクスとバイザは笑っていた。
 それを見てまた嫉妬モードに思考が突入しそうになったがギリギリで踏みとどまる。
「さてと、儀式を始めますよ。蘇芳クン、剣を出して。」
「はい。」
 蘇芳は背負っていた剣をバイザに差し出した。
「そのまま持ってて下さい。」
 バイザは右のひとさし指を左手のカギ爪で傷つける。傷口から赤い血が流れ出した。その血で蘇芳の剣の持っている手と剣に何やら幾何学的な模様を書いていく。
「これでよし。これで蘇芳クンと剣とのコネクタが接続されたと同じ状況になった筈です。後は剣に自分の思考を乗せるようにすれば剣が君に対して試練を始めるでしょう。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「気をつけなよ、蘇芳クン。なんせ相手は私の元主君プライド様の持ってた剣だ。かなり辛い試練になると思うよ。」
 今のバイザの顔は全く表情は読めない。だが口調からして蘇芳を心配しているようだ。
「はい、わかりました。」
 蘇芳は頷いた。その目には強い決意が見える。
「蘇芳さん・・・・。」
「大丈夫だよ、クロード君。それじゃあ行ってくるよ。」
 蘇芳は横穴の中に入っていった。クロードは心配そうにその背中を見つめていた。
 
 蘇芳は横穴に入ると、剣の穂先を下に向けて目を閉じた。
 剣に自分の思考を乗せるようにしてみる。
 しばらくすると、突然足元が沈むような気配がした。
 驚いて目を開けてみるとそこはさっきまでいた横穴ではなく、完全なる暗闇だった。
「試練が始まったのか?」
 蘇芳はそう思った。ふと気付くと握っていたはずの剣が無くなっている。
「さて、何が始まるんだ?」
 蘇芳は油断なく身構えた。
 不意に何かが蘇芳の足を掴んだ。足元を見てみる。その目は驚愕に見開かれた。
 それはこの前倒した富樫政義という男だった。息子の命を救う為に外道に堕ちた男。その男が蘇芳を恨ましげに睨んでいる。
『なぜ私を殺したんだ』
 政義の声が直接頭に響く。
『私は息子を助けたいだけだったのに何故』
 政義は蘇芳の身体によじ登ってくる。
『痛い。痛いわ』
 蘇芳の横から声が聞こえてきた。振り向くとそこには太った女性がいた。
 その女性はマリーという名の女性だった。彼女の腰から下はなくなっていた。切断面から血がぼたぼたとこぼれている。そして頭を手で持っている。
 クロードの母親によって異形の化物に変えられた女性。彼女を蘇芳は確かに殺した。
『あたしは悪くなかったのになぜ貴方はあたしを殺したの』
 蘇芳の背中に何かが触れる。それは青黒い触手だった。振返ると真っ二つに切り裂かれた異形の女が立っていた。
『死にたくない、アタシは生きたかっただけなのになんで』
 オフェリー=デスタン。生き返りたい為だけに自分の夫を息子を、マリーを化物に変え、村人を殺した女。彼女もまた蘇芳が倒した。
『お前はなんで生きているんだ』
 蘇芳の前方から巨人が歩いてきた。ある自動車工場にてフレッシュ・ゴーレムの材料にされた人達。その一人一人が蘇芳に声をかけてくる。
『お前は私達を救えなかったのに、なぜお前は生きているんだ』
 ヴァンドルに異形の化物に変えられた人達が蘇芳を非難する。
『痛いよ、苦しいよ』
 蘇芳が手にかけた化物達が擦り寄ってくる。
『なんで私がお前に殺されなければならないんだ』
『俺達が死んでなんでお前が生きているんだ』
 蘇芳が殺してしまった人達が這ってくる。
『お前に命を奪う資格があると思っているのか』
『お前もこっちにくるんだ』
『死ね、死ね、死ね、死ね、死ネ、死ネ、死ネ、シネ、シネ、シネ、シネ』
『殺してやる、お前を殺してやる』
『兄さん、なぜアタシを助けてくれなかったの』
 目の前に蘇芳の妹、楓が立っていた。腹から内臓が飛び出ていて、顔が半分えぐれて骨が見えている。
『なぜアタシを助けてくれなかったの、兄さん』
 楓が近づいてくる。自分の内臓を持ちながら。非難の目で蘇芳を見ながら。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 
 クロードはぐるぐると蘇芳が入った横穴の前を歩いていた。すでに蘇芳が横穴に入ってから30分が経過している。
「クロードちゃん。落ち着きなさい。」
 バイザは近くの木に寄りかかりながらクロードに声をかけた。クロードはキッとバイザを睨む。
「そんな事いってもあの人が心配なんです! だって私はあの人が」
「好きだから?」
 バイザにズバリと言われてクロードは声を詰まらせる。その顔は真っ赤になる。
 バイザは肩をわずかにすくめた。呆れているのか面白がっているのか目しかない顔からは表情が伺えない。
「確かに蘇芳はイイ男だもんねぇ。惚れるのもまあしょうがないか。」
 さっきまでの丁寧で飄々とした態度とはうって変わっている。なんだかふてぶてしい態度だ。恐らく、こっちが本性なのだろう。
「伊藤さんも、そうなんでしょう?」
「この姿の時はバイザでいいよ。そうだねえ、あいつが気にならないって言ったら大嘘だね。」
 バイザは木から身を放すとクロードの方に歩いて行った。
 その姿をクロードはちょっと嫉妬のこもった視線で見ている。
「でも惚れてるっていうかというと、ちょっと違うかな。あいつは、蘇芳はあの人に似ているからね。」
「あの人?」
「私が人間に化けている時の男性の事。姿は全然似てないけどね、似てたんだよあの人と蘇芳の性格は。」
 バイザはクロードのすぐ横に立った。お互いに見詰め合う。クロードはちょっとキツメに。バイザは優しげに。
 じっと見詰めているうちにクロードの目から険悪さがとけていく。それでも、やっぱり見詰め合っている。
「私は300年程前にプライド様と一緒に妖精界を攻めたんだ。そこでエッジていうメチャクチャ強い妖精の戦士と戦ってね。で、あと少しで死ぬって所まで追い込まれたんだ。」
 バイザは懐かしそうに語り始めた。上を向いて上空の星を見る。クロードもつられて見た。
 今日は雲一つないようだ。全天に星々が瞬いている。まるで白い宝石を黒いビロードに撒き散らしたかのようだ。
「なんとかこの世界にまで逃げ込んだ。でも私、魔族だろう? だから聖職者達に狙われてさ、あとちょっとで退治される所だったんだ。」
 バイザは話を続けた。
「そしたら1人の男が私をかくまってくれたんだ。理由は何でだと思う? 『怪我した人をみすごせないから』だってさ。馬鹿だよね。私は人間じゃなくて魔族なのに。」
 バイザがクロードに後ろを向けた。そして4歩ほど離れた。
「ある日さ、聖職者達が私を捕らえにあの人の家に押しかけたんだ。あの人なにをしたと思う? ドアを押さえて聖職者達が入ってくるのを押さえて言ったんだ。『早く逃げろ』って。」
 バイザの足が止まった。そして自分の足元を見つめる。
「何でそんな事するんだよ。私を突き出さないのか、私はそうあの人に言ったんだ。そうしたらさ、あの人こう言ったんだ。『友達を助けるのに理由なんていらないだろう』って。笑いながら。」
 バイザの肩が震えている。足元の草が上から落ちてくる何かによって揺れる。
「私はその為に逃げれたよ。でもあの人は捕まって、悪魔をかくまった邪教徒として処刑されちゃったんだ。大馬鹿野郎だよね、自分の命より、私の、友達だからといって他人の命を優先したんだよ、大、馬鹿やろう、だよね。」
 上を向いた。何かがこぼれるのを耐える為かのように。
「人間って汚いとこいっぱいあるよね。でもあの人みたいな人もいるんだよね。他人の為に自分を本当に投げ出せる人って。蘇芳もそうなんだよね。あいつってさ、本当他人の為に自分が怪我ばっかしてるんだよ。」
「そうですよね、そういった態度を取られると、見てて辛いのに・・・。」
「だろ? だから見過ごせないんだ。もう300年近くも経ったのに私、まだ覚えているんだ、あの人のあの時の笑顔。もうあんな思いしたくないんだ! だから私は・・・・!!」
 クロードは後ろからバイザを抱きしめた。バイザの身体は大きく震えている。クロードの腕に冷たい液体が流れてきた。
 バイザはクロードの腕を手に取った。そしてぎゅっと握り締める。
「私は魔族だからね、あいつと幸せになる資格なんて最初っからないんだよ。・・・アンタはその資格はある筈さ。私にできるのはあいつの手助けだけ。自分の気持ち、大切にしなよ。絶対にあいつと幸せになるんだよ。ううん、あいつを幸せにしてあげてくれよ。その役目は多分、アンタにしかできないだろうからさ・・・。」
「バイザさん・・・・」
 くるりとバイザはクロードの方を向いた。そして両肩を両手でポンポンと叩く。
「頑張りなよ。応援、してるからさ。」
 目しかない顔なのに、クロードにはバイザが自分に笑いかけてくれているように見えた。
 クロードの目から涙が流れてきた。必死になって止めようとするが、止まらない。
「ありがとう・・・・。」
 クロードはバイザの胸で泣いた。バイザはそっと抱きしめる。
 しばらくそのような状態が続いた。クロードは泣き止むと、赤い目を擦りながらバイザから離れる。
 バイザが頭を掻いた。頭の触手がブヨンブヨンと動く。
「さあてと、私達の仕事をやりましょうか。」
「・・・・はい?」
「囲まれているよ、私達。恐らく目的は蘇芳の命でしょうね。」
 バイザが腰だめに構えた。クロードも鋭く周りを見回す。
「クロードちゃん、私達に今できる事は何?」
「あの人を守る事、でしょう?」
「そういう事、くるよ!」
 辺りから黒い鎧を着た何かが現われた。手に手に西洋の幅広剣を持っている。
 2人の女は駆け出した。自分がやるべき役割をなす為に。
 
<< 雲耀(堅い板の上に薄紙1枚をしき、それに砥ぎ済ました錐を当て、 紙の表から裏へ突き抜く時間の事) >>

 蘇芳は暗闇の中で頭を抱えてうずくまっていた。
 今まで襲ってきた幻影に彼は完全に打ちのめされていた。
 その時、彼の目の前に白い光が現れた。
 蘇芳は顔を上げる。そこには死んだはずの彼の両親が立っていた。妹が立っていた。
 妹−−楓が蘇芳に近づいてくる。にこやかに笑いながら彼に手を差し伸べる。
『兄さん、今まで頑張ったよね。でももういいんだよ。さあ、アタシ達と一緒に行こう。』
 楓は優しく笑いかける。両親も笑っている。まるで蘇芳を歓迎するかのように。
 蘇芳の手はフラフラと楓の手に伸びていった。
 
 バイザは両手に紫色の光を宿しながら鎧達を次々に触れていった。
 バイザの本来の能力は呪術ではなく、精神を直接攻撃、破壊するサイコ・ヴェーブだ。その能力を用いれば常人ならば瞬時に廃人と化す。
 鎧達は仮初めの魂を宿して動かしているリビング・アーマーであった。彼女のその攻撃には魂を形作っていることすらできない。触れられたものから片っ端から崩れ落ちていく。
 バイザはクロードの方を見た。彼女もかなり善戦している。
 クロードは両手の平に穴を開けて血を常にこぼした状態にしていた。
 クロードが左手を思いっきり振って血を飛ばす。その血は瞬時に硬化して赤黒い弾丸と化し、鎧達を撃ち貫く。
 鎧が一体クロードの後ろから迫ってきた。右手の血が勢いよく飛び出して硬化していく。数瞬後には彼女の右手から1本の赤い50cm程の棒が生えていた。
 大きく右手にできた棒を後ろから迫ってきた鎧に向かって叩きつけた。鎧は大きく切り裂かれ、地面に倒れふす。
 新たな見つけたクロードの能力。それは自らの血を自在に増殖させ、自分の意志で流血させたり硬化させたりする能力だった。彼女はこれを『ブラッド・コントロール』と呼んでいる。
 クロードの目が暗闇で赤く輝く。手の爪もねじくれた鉤爪に変わっている。吸血鬼としての本性を表しているのだ。
「あの人には一歩も近づけさせないわ、ドンドンかかって来なさい!」
 クロードが手から血を流しながら大きく宣言する。その姿は血まみれの戦乙女を連想させた。
 襲いかかってくる鎧の数は凄まじいものがあった。だが彼女等は一歩も後退せずに鎧達と戦いつづけた。
 ふと、鎧達の進軍が止まった。その隙に2人はお互いに接近しあった。
「バイザさん、あきらめたのでしょうか。」
「いいえ、恐らく大物がくるから手駒の被害を避ける為に引かせただけでしょうね。」
「さすがは七王の1人プライドの元側近であったバイザ。戦経験も豊富ってわけか。」
 2人が声をした方を見る。そこには一体の黄色の鎧が立っていた。その鎧には何故か顔に目と鼻がくっついていた。さらには胸の部分が隆起している。鎧というよりも女性の形をした鉄の像と言ったほうが正しそうだ。
「リビング・アーマーがしゃべった・・・・?」
 バイザの声に驚きの感情が含まれていた。古今東西、様々な魔術について知ってい る彼女でも、そんな技術等聞いた事がなかったからだ。
「私はアガルガン親衛隊の一騎、黄のランラ。」
「へぇ、名乗るだなんて礼儀正しいのね。」
 クロードが軽口を叩く。だが赤い目は鋭くランラを睨んでいる。
「名乗る事にしている。死に行く者にはな。」
 後半の台詞はクロードのすぐ後ろから聞こえてきた。バイザとクロードが弾かれたように後ろを振り向いた。
 すぐ後ろにランラは立っていた。クロードは手を振って血の弾丸をランラに浴びせようとした。だが弾丸が当たろうとした次の瞬間にはランラの姿はかき消えていた。
「瞬間移動!?」
 バイザが驚きの声をあげた。咄嗟に後ろにジャンプする。その背中に何かが当たった。
「?」
「そういう事だ。」
 次の瞬間バイザの腹を何かが貫いた。ランラの腕がバイザの背中から鋭い突きをいれて体を突き破ったのだ。
「ガアァァ!」
「バイザさん!」
 バイザが苦痛の悲鳴をあげる。クロードがそれを見て駆け寄ろうとした。その目の前にランラが現れる。
「!?」
「心配している暇があるのか?」
 ランラの手がクロードの喉を大きく抉った。血しぶきをあげて倒れるクロード。だが傷口から白い煙が立ち昇り、瞬く間に治っていく。
「この・程度の・怪我なら・すぐ治るわよ。」
「ほう、お前は実験番号θ−112の実験体か。まさか完成体があったとはな。」
 クロードの目が驚愕で大きく見開かれる。
「何・・・ですって?」
「たしかあるサンプルとしてフランスで死にかけさせた女に、生きるために家族を実験材料に提供するように言ったという記録があったが・・・。まさか実験が行われてそして完成していたとはな。」
 クロードの全身が大きく震えだした。その目には強烈な怒りと憎悪が映し出される。
「貴方達・・・貴方達だったの! 私の家族をあんな風にしたには!!」
 クロードの両手から赤い棒が生まれた。それをランラに向けて振るう。
 だがそのランラの姿は瞬時に消えた。
「ついでだ、お前の耐久テストもやっておこう。」
 ランラの声がクロードのすぐ後ろから響いた。それとほぼ同時にクロードの背中が大きく切り裂かれる。
「きゃあああああ!」
 クロードの悲鳴が辺りに響き渡った。
 
 蘇芳の手が楓の開かれた手に触れそうになった。
 だが、その手は触れるほんのすぐ手前で握られた。楓の顔に不思議そうな表情が浮かぶ。
 蘇芳は下を向いたまま、手を引っ込めた。下を向いているのでどんな表情を浮かべているのかわからない。
「違う・・・。」
『兄さん、なにが違うの?』
「私は、逃げるために戦っているんじゃないんだ。憎しみの為だけに戦っているんじゃないんだ。」
 蘇芳は下を向いたまま、低く呟いた。楓がじっと、その様子を見つめている。
「お前をうしなった時に私に生まれた思い。あんな思いをもうしたくない、あんな思いを誰かにさせたくない。」
 蘇芳はまだ下をむいている。胸の前で両手をギュっと握り締める。
「だから私は戦っているんだ。苦しんでいる誰かの為に、そして私自身の思いの為に。」
 蘇芳の顔が上がった。その顔には笑みが浮かんでいた。悲しげな。それでいて力強い。
「まだ、お前達の元には行けないんだ。私は戦うための力を持っている限り。誰かが私のような者を必要としている限り。」
 蘇芳はじっと楓を、そして両親を見つめた。
 楓は蘇芳をじっと見つめ返していた。その目はふっとやわらぎ、優しい笑みが顔に浮かぶ。
『そうなんだ。まだ、兄さんにはやる事があるんだね。』
「ああ。」
『頑張ってね。兄さん。アタシはずっと兄さんの事を応援しているから・・・・。』
 楓達の背後の光が強くなっていく。それと同時に楓達の輪郭が消えていく。
 蘇芳はその光景をじっと見詰めていた。
 
 気が付くと、辺りの風景は白一色に染まっていた。蘇芳は真っ白な世界の中にただ1人立っている。
「我が試練を乗り越えし者よ。」
 声が辺りに木霊する。蘇芳の目の前にあの鉄板剣が浮かんでいた。
「言うがよい。汝の欲望を。」
「私の欲望・・・?」
 蘇芳はじっと剣を見つめた。そして一回頷くとはっきりと宣言した。
「私は戦いたい。妹が死んだ時に沸き起こった思いを他の人にさせない為に。暴虐な力に耐えられない人を守るために。」
 両手が前に上がる。胸の前で握りしめる。
「誰かが苦しんでいるなら手をとってあげたい。誰かが大変な目にあっているならそれを手伝ってやりたい。」
 蘇芳は目に強い意志を宿した。そして胸のうちに宿った欲望−−夢を口にする。
「私は力が無い者を守るための、一振りの刃になりたい!」
 静寂が辺りを包む。
「かつて、我を握りし者は己の高慢なる欲望の為に我を振るった。だが彼の者が倒れた時、我は眠りについた。我を満たす欲望を持つ者を待つために。」
「暖かく、優しく、純なる欲望を持つ者よ。これは契約だ。汝が欲望を満たす為に我を振るえ。我は汝が欲望を叶える為に汝の力となる。」
「我を掴み、我の名を呼べ。我が名は・・・・・」
 蘇芳は剣を手に取った。そして頭の上に掲げる。
「神薙(かみなぎ)!!」
 辺りを光が包み込んだ。
 
 クロードは全身を切り裂かれて木に寄りかかっていた。息が大きく荒れており、たえだえだ。
「クロードちゃん・・・・。」
 バイザが必死になって立ちあがとうとする。だが腹部から血がだらだらとこぼれている。動きたくても体が動いてくれない。
 ランラはクロードをいたぶっていた。すでに彼女の回復力も底をつき始めていた。もう殆ど治ろうとしない。
「どうやらここまでのようだな。では処分させて貰おうか。」
 ランラの手が鋭い手刀の形に変わる。それが凄まじい速度でクロードの頭を貫こうとした、その時。
 彼女等の背後で凄まじい破裂音が鳴り響いた。ランラが思わず後ろを振り向く。
 そこには1人の青年が立っていた。その青年を見てクロードの顔に笑みが浮かぶ。そしてそのまま気を失ってしまった。
「坂上、蘇芳・・・!」
 蘇芳の右手には一本の日本刀が握られていた。刀身は100cmぐらいか。美しい流線を形作っている。
 蘇芳の目が鋭くランラを睨む。リビング・アーマーであり、生来の生き物ではない筈のランラが何故か気押される。
「伊藤さん、動けますか?」
「ええ、なんとかね・・・。」
「ではクロード君を連れてすぐここから離れてください。」
 蘇芳はランラを睨んだままバイザに向けて呟く。
 バイザは必死になって立ち上がると、ランラの横を抜けて気を失っているクロードを抱きかかえる。そして翼をはためかせて飛んでいく。
 ランラはその様子を無視して蘇芳と睨みあった。
「坂上蘇芳、ヴァンドル様の命により貴様を抹殺しにきた。」
「そうか、貴様はヴァンドルの手駒か。ならば倒すのみ!」
 蘇芳が剣を横に振った。すると剣の柄がするすると伸びていく。そして柄の長さが1m以上にまで達すると鍔が割れて、大きく広がっていく、そして
「刀が、伸びていく!?」
 刀身がうねりながら大きく広がり、そして伸びていく。最終的には幅1m、長さは5mを超える超巨大な刀に変貌する。
「我が一閃よ達せよ! 雲耀の速さまで!!」
 蘇芳は右手拳を剣を持ったまま耳のあたりまで上げ、左手を添えて左肱(ひじ)は胸 の当たりにつけ、 刃を体の後ろに向けて構えた。 これぞ示現流特有にして基本の構 え、「トンボ」だ。
「我が名は坂上蘇芳! 力なき者を守りし刃也!!」
 蘇芳は気を吐いた。
 
「チェストオオオオォォォォォ−−−−−−!!!」
 
 裂迫の気合が口から発せられた。そして一閃を放つ。
 剣がランラが瞬間移動をしようとするよりも速く、ランラを捕らえた。剣が地面を穿つ。
 次の瞬間、地面が凄まじい勢いで陥没した。生まれでたヒビが辺りに、そして山全体に広がっていく。
 山に巨大な亀裂が入る。そして大きな地響きをたてながら山が崩れ落ちていった。
 
「嘘・・・・」
 バイザに捕まりながら、気がついたクロードは目の前で起こっている非現実的な光景に、絶句した。
「魔界最強の剣と人間界最強の戦士が結びついたんだ。・・・まさしく、人間界に最強の闘神が降臨したも同然さ。」
 バイザは飛びながらそう呟いた。だがその声から半ばあきれ返ったような感情が見て取れる。
「だがここまで凄いとはね・・・。相手にする奴が可哀相だよ。」
「蘇芳さん、試練を乗り越えたんですね。」
「そうさ、アンタが惚れた男は勝ったんだ。覚悟しなよ。アンタの彼氏候補は世界最強の戦士なんだからね。」
「あら、私が惚れた人ですもん。それくらい凄い人じゃない筈ないわ。」
「よく言うわね。全く、あんた達は本当にお似合いになれそうだよ。」
 2人の女性の笑い声が夜空に木霊した。
 
「・・・・以上で報告を終えます。」
 漆黒の部屋の中でランラはヴァンドルと対峙していた。ランラの体は半ば抉れて失っている。
「ほう、蘇芳君はあの剣を解放したのか。さすが僕が選んだ勇者様だ。」
 ヴァンドルは心底楽しそうに呟いた。その顔にはあのおぞましい笑顔が刻まれている。
「ヴァンドル様、お願いがございます。どうか体を修復してください。今度こそ坂上を・・・・」
 ランラはひざまずきながらヴァンドルに懇願した。
 ヴァンドルはランラに歩み寄ると、頭に手を置いた。
「知っているかい、ランラ。壊れたオモチャはどうするのが一番手っ取り早いと思う?」
「はい? ヴァンドル様?」
 ランラの頭に置いた手にヴァンドルは力をこめた。するとあっさりとランラの体が縦に潰れてしまう。
「捨てちゃうんだよね。」
 パッと両手を開いてヴァンドルは楽しそうに笑った。
「さあて、蘇芳君。君はこの場所を探し出せるかな? 楽しみだなぁ、早く遊びにきてくれよ。」
 ヴァンドルの哄笑が漆黒の部屋に響き渡った。



 <あとがき>という名の戯れ言
 
 10作目、11作目、12作目、そして今回の13作目を6日で執筆するという魔行を行ったDEKOIです。こんにちわ。
 
 ギャグ、シリアス、ギャグ、シリアスと交互に頭の中の芸風チャンネルを切り替えていたら見事に頭の中がバースト状態。つうか辛いですまじで。
 
 しかもそれぞれにコンセプト変えて書いたからもう何がなんだか。コンフュとメダパニを同時にくらった気分です。
 
 しばらく執筆抑えようかな・・・と気弱になってしまいます。
 
 さーて今回のヒロインは−吸血鬼−に出てきたクロードです。やっと蘇芳と再会させてあげる事ができました。これを機に彼女も「狩人」の世界に足を踏みこんでしまいます。ヨーミン最大のライバルの出現。さて彼女等が出会ったらどうなるのやら。楽しみにしていてください。
 
 伊藤さんの正体も判明させたし、蘇芳は超絶パワーアップさせたしさてこれから「狩人」達が合流をし始めます。・・・どうやって書こうかなぁ・・・・。
 
 ではまた皆様にお会いできる事を願いつつ、筆を置かせて頂きます。ごめん、これ以上書けないっす・・・。
 
 by DEKOI
 
 


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